オブリビオンノベル 2.第一話〜竜の血〜 |
皇帝が行方不明だとか、暗殺されたとか不穏な話題を耳にした。
もしそれが本当ならば街にかすかに漂う緊張感のようなものも納得が行く。宿屋で軽く情報を集めるべきだろう。
商業地区に居を構える宿のドアを開けると、すぐに特殊な剣を下げた人間が目に入った。
(あの剣はたしか……)
緑色の宝飾のついた豪華な剣、それはとある吸血鬼の一族の血を飲んだことで忠誠を誓う者の証だった。この剣を持つものはいかなる時もとある吸血鬼の一族に協力しなければならない制約を受ける。
しかし代わりに、常人とは比べ物にならない身体能力を手に入れることができる。そういう契約なのだ。
そしてその契約の証であり、一族にとっての目印ともなる。向こう側からすれば、私達の一族は近づけば分かるらしくこちらから特別なことをする必要は無い。
私はおもむろにその男に近づいて、声を掛ける。
「少し話があるのだけれど、いいかしら?」
「……畏まりました」
「ではこちらへ。店主、ワインと軽食とフルーツをお願い」
店主が、お嬢ちゃんはワインよりブドウジュースのほうがいいんじゃないかい、とか言ってきたから軽く睨みつけておいた。
確かに体の成長が止まっている意味ではそのほうがいいかも知れないがどうでもいい話だ。奥の空いているテーブルを選ぶ。私が椅子に腰掛けたのを確認してから腰を降ろすあたり忠実さは顕在らしい。
周囲に多少の人は居るが、酒場の喧騒もあるしある程度は人の耳を気にせず話はできそうだった。
私はコップに注いだワインで喉を軽く湿らせてから口を開く。
「貴方、名前は?」
「ロマヌスと申します」
「そう、ロマヌス。私は今日、こちらの方に戻ってきたのだけれど、” Terran”は顕在なのかしら?」
やや小さめの声で、身を乗り出した状態で話す。周りからすればしゃべっているのか怪しいだろうが、吸血鬼の私からすれば十分に聞こえる声量だった。そして、それは私達の一族の血を飲んだ契約者にとっても同じ事だった。
「無論です。今はタロス広場地区にある宿屋、タイバー・セプティムの地下に中枢が置かれています。中に入るには専用の鍵が要ります、必要ですか?」
「えぇ、後で顔を出すわ。幾つか確認したいことがあるのだけれど」
一旦会話を区切り、フルーツを齧る。こういった食事は私達にとっては趣味嗜好のものでしか無いけれど、何も食べないのもそれはそれで浮いてしまう。そして私は食べるのも好きなので、せっかくの料理などを食べないものもったいないと思う性質だった。
ロマヌスから差し出された鍵をバッグに仕舞いつつ話を続ける。
「今は、どういう状況なのかしら?」
という私の質問に、ロマヌスは暫し熟考し質問の意味を考えているようだった。
その質問の意味を王都の状況であると察するまでに数秒。察しのいいことだ。
「そのことについては、”Terran”にてお聞きください」
「ふぅん……」
返事から分かることは二つ。
一つは、部外者のいる場所でうかつに口にできない内容であるということ。
もう一つは、私が耳にした皇帝が行方不明であるといううわさ話が限りなく現実味を帯びている、あるいはそれに類似する悪い状況が進行中、ということだ。
私たち、”Terran”という種族の吸血鬼は王室、いやこの国そのものと深いつながりを持っている。それはお互いの利益からなる、いわゆる共生というものに近い。
私たちは、吸血鬼の力を使って夜を管理し、一定の害悪を取り除く役割を果たす。
また、私たちの血を飲んだ者は私達に服従する代わりに高い身体能力を手にすることができる。
この2つの利益を以て、私たちは王室と手を結んだ。無論、そこには敵に回すには危険過ぎる勢力であるという暗黙の脅しもあっただろうことは否定できないが。
私達の吸血鬼性は伝染するものではない。ある手順を踏んだ儀式を行わなければ仲間を増やすことは出来ないというのも、ひとつの判断材料だっただろう。
危険性は薄く、敵意もない、そして利益をもって交渉の席についた我らの議会の長たちは、この国の権力者たちと協定を結んだ。
その結果として私たちは一定の居場所を手にいれた。
その居場所を手に入れるための最たるもの、現皇帝──ユリエル・セプティムというらしいが、その保護は私達にとって重要事項であるはずだ。
どうやら急ぎ”Terran”へと顔を出しておく必要があるようだ。
私は席を立ち、ロマヌスに礼を言うとその足でタロス広場地区にあるという高級宿、タイバー・セプティムへと向かった。
備品を置いてある倉庫の奥、カーペットの裏にある隠し戸から地下へ入るとそこはどうやら古代遺跡を改造して利用している住処らしかった。
古くなった床石はところどころ割れて崩れている。
まったく、吸血鬼らしいことだ。表立って生活できないのだから仕方ないかも知れないがこれではらしすぎるだろう。
入り口を守っていた兵士に声を掛け、今の王子が何処に居るのかを確認する。
私のことを知らない連中ばかりだった。それも当然ではあったかもしれない。人間の寿命など数十年なのだから。
一番奥の部屋、王子の私室がある部屋の入口で近衛兵に止められたが、それを瞳術で魅了し納得させて、さらに奥へ進む。
そうして行き当たったドアを、私は盛大に蹴り開けた。
「邪魔するよ、ルシウス坊や」
「なっ……」
「久しぶりだねぇ、うまくやっとるかい?」
「ソマリのババア!?」
その瞬間、私は腰に下げていた剣を思い切り投擲した。
「まったく、急に帰ってくるとは相変わらず勝手気ままだな」
「たわけ、何物にも縛られないのがわしの流儀じゃ。大体、乳母に対してババアとは何事か。それよりも、どういうことじゃ?」
「どういうこと、とは?」
「たわけ、皇帝の行方のことじゃ。街で耳にしたわい。ガード共も何やら気を張り詰めておる始末、どうなっておるのじゃ。それに……ガードとは明らかに違った匂いを纏ったものもおったぞ」
「耳が早いな、それにさすがの観察眼だ。お前の見た違う匂いの連中はおそらくブレイズだろう。王室直属の親衛隊のようなものでどれもこれも手練揃いだ」
とりあえず姿勢を正した王子、ルシウスはガードに何やら支持を出してからこちらへとその視線を向ける。
そして話し始める前に、大きく息を吐いた。
「神話の夜明け、と呼ばれる宗教団体を知っているか?」
「神話の夜明け……確か、ディードラの王子であるダゴンを崇拝する連中じゃったか。旅先でも厄介な連中を何人か血祭りにしてやったことがあったのぉ、大抵は地下でコソコソして旅人を生贄に捧げる程度の事しかしとらんかったが……」
「そうだ、その神話の夜明けと名乗る連中がこの地で蜂起した」
その言葉を私は自分の聞き違いだろうと思っていた。けれど一向に話を続けないルシウスを前に、ほどなくそれが聞き違いではないと悟る。あまりにも、認識して受け入れるには衝撃的、というか予想外のさらに外を行く内容だった。
「……なんじゃと?」
「各地のガードや市民からの情報のもと、定期的に連中を減らすことで活動を制限させていたつもりだった。だが、今回予想外の勢力をもって蜂起された。結果として、皇帝は行方不明だ」
「行方不明、のぅ。お主らの手のものは同行しとらんかったのか?」
「常駐していたわけではないからな。予想外だったと言わざるをえないのが現実だ」
「ふん、どうやら相当な数での襲撃だったようじゃの。解せぬな、それほどの数をそうそう揃えられるものとは思えぬが……もしもそれが可能というのなら、厄介なことになるのぉ?」
それほどの勢力を一気に手にいれた、というのは平たく言えば何処かの有力者がそのまま教団に飲み込まれた、あるいは、内部から裏切り者が出たという可能性が高い。
何処かの有力者がそのまま教団に飲み込まれた場合ならばまだ救いはある。外部であることが変わりない以上、最低限のラインは引ける。
問題となるのはむしろ後者──。
「内部で裏切る可能性がある奴は、居るのか?」
「現在洗い出し中だ。外部の有力者も含めてな。しかし、皇帝の跡取りであった三人の息子たちはすでに殺された。皇帝が生きていなければ……」
「やれやれ、望み薄な話じゃのぉ。次の権力者に取り入る準備を進める、といったところか?」
「いや、事はそう単純では……おい、もしかして覚えていないのか?」
「なんじゃ? 何か他に問題でもあったかの?」
「これだから痴呆は」
「お前エンチャントした剣で斬るぞ?」
「つまり何か、ことを放置しておくとただの頭のいかれた連中の馬鹿騒ぎではなくなるということか?」
「そういうことだ、問題は皇帝の血筋が途絶え王者のアミュレットが失われた場合、極めて危険な状況に陥るということだ」
「ほぅ?」
「ほぅ、って……まさか世界をオブリビオンから守る竜の火の存在を忘れているわけじゃあるまいな?」
「竜の火……あ、あー。あったのぅ、そんなの。なるほど、そりゃ厄介じゃな。ディードラ連中侵略することしか考えておらんしのぅ」
オブリビオン、此処とは違う世界の存在は過去から今に至るまでずっとこの世界の侵略を目論んでいる。
その世界、オブリビオンからの干渉を防ぐためのものが竜の火と呼ばれるものだった。
竜の火は竜の血を引く皇帝の血筋の者が王者のアミュレットを身につけていることで維持されると言われている。
それが失われるということは、オブリビオンからの侵略が始まるということに他ならない。世界規模での混乱が起こることは間違いあるまい。
そのオブリビオンからの侵略者を、ディードラと呼んでいる。
「皇帝……竜の火……王者のアミュレット、のぅ……うぅむ」
「そうだ、一応皇帝の絵姿を書き記したものがある。お前もこちらで活動するなら見ておいてくれ」
そう言って渡された絵姿を見て、私は思わず息を飲んだ。
「この顔には、見覚えがある……そうじゃ、夢で見た……」
「なんだと? それは予知夢とかその類か?」
「うぅむ、可能性はあるのぅ……思えば何か赤いものが失われたような……ありゃアミュレットじゃったんじゃろか……」
「場所は何処か分かるか?」
「確か、洞窟だったか……いや、地下道じゃなあれは」
「地下道か」
ルシウスは話を途中で中断し私室の前にいる護衛に通達をするよう伝える。行動は少しでも早いほうがいい。可能性が少しでもあるのなら、それを確認するべきだろう。
少々のやり取りをした後、戻ってくるまでの僅かな時間に、私は自分が見た夢のことを考えていた。
──オブリビオンの顎を、閉じてくれ
オブリビオン、それが異界を示すことは間違いあるまい。
だが、オブリビオンの顎とは、何のことだろうか。
「ソマリ」
「……なんじゃ?」
「手伝え」
「……は?」
「お前もともと通り名の付くほどの腕利きだっただろう」
「ああ、無理」
「なんだと?」
平たくいえば、怠けすぎたのが原因だ。
その昔ならばドラゴンですら狩って見せると豪語していた時代もあったが、今じゃゴブリンの群れで死ねる自信すらある。
挙句魔法もほとんど忘れてしまった。せいぜいの所が最低限の基礎魔法と多少の路銀があるぐらいなのだ。
「……ソマリ、これはおそらくの私の推測だが。お前は今回の一件に深く関わる運命にあると思う」
「〜〜まぁ、そうじゃろうな」
不本意でこそあるが、おそらくあの夢はその暗示でもあるのだろう。あるいは、会ったこともない皇帝が最後の遺志を誰かに向けて飛ばし、それを受け取ったのが偶然私だっただけかも知れない。
しかし、必然というのは偶然の積み重ねでしかあるまい。
私がここ、シロディールへと帰ってこようと思ったことすらも、運命の一旦なのかも知れないのだ。
「我々は皇帝とアミュレットの捜索を続ける。見つかり次第連絡するからお前はそれまでの間にできる限り力を取り戻すことに努めろ。我々にはこの地を守らなければならない理由がある」
「そうじゃな、共栄とまではいかなくとも共存では有りたいものじゃ」
「さて、そこでだ」
「なんかくれるのか?」
「察しがよすぎるだろお前……まぁ、これだ」
「何じゃこりゃ? テントの模型か?」
ルシウスが袖机から取り出したものは、見た感じ精巧に作られたテントの模型のようだった。
その出来たるや見事なものでそのまま使えそうな程である。
「これは魔法の道具でな、設置して使えば元の大きさに戻る、持ち運びのできるテントだ。我々にとって、野外での時間経過はそのまま死につながるからな。こうしたアイテムが必要なのだ」
「ふむ、助かるの」
「武器は、とりあえず在るようだからいいとして、あとは魔法か?」
「そうじゃな、補助系の魔法が幾つか欲しい。変成系と幻惑系、神秘と治癒もありゃ上出来じゃが……」
それはそのまま、自分がいかに失ったものが多いかを再確認する結果となった。
随分と衰えたものだ。長いこと眠り呆けていたのだから仕方ないかもしれないが、現状の自分の状態を改めて確認して少々欝になる。
「変成系はチェイディンハルだな、北東の方にある街だ。幻惑系はブラヴィルだろう。南にある、大分荒れた街にある、神秘系はレヤウィンに……」
「まてまて、そんないくつも街を回っとる時間はなかろう、というかそんなにギルドは分散しとるのか?」
「ああ、魔術師ギルドの考えでな、一極集中するのはまずいという判断なんだそうだ」
「やれやれ、それでは有事の際にまともに動くこともできそうにないのぅ」
もっとも、連中がまともに役に立つかといえば怪しいものだが。
覚えている限り、ギルド内部での諍いや小競り合い、権力争いや謀反の企てなどよろしくやっているような連中だった。協力を頼むよりは迷惑をかけるなと言い含めるほうがよほど良い協力になると言って言い過ぎでないと評価するものはどれだけ居るだろうか。
「確かに、現状魔術師ギルドからの協力は得られていないらしい。もっとも、ブレイズ側も頼ることを躊躇している可能性もあるかもしれん」
「ふん……まぁよい。では、皇帝とアミュレットの捜索は任せよう。わしはしばらく自分の力を取り戻すことに専念させてもらう。どうせ各地に手のものは居るじゃろうが……そうさな……」
壁にかけてある地図を眺め、そしてふと北に目が行った。
懐かしい故郷は今頃おそらく、雪に埋もれているのだろう。そこに思い残すことは無いけれど、浸る感傷ぐらいは残っていた。
「コロルへひとまず向かってみるとするかの。その後進展が無いようなら、この街道を通るルートでそのままブルーマへ足を伸ばす、二つ回った所で進展が無くとも戻るようにしよう、それで構わんかぇ?」
ルシウスは了解したとばかりに頷いた。
運命という言葉は好きではない。
なぜならそれは人の関る余地が無いように思えてならないからだ。
人の営みを、人生を、あるいは結末を語るのに、運命という言葉は都合がよすぎて気に入らない。
仮に運命が存在するとして、運命を受け入れたら、人はどうなるのだろうか。
どうにもならないのだろうか。
あるいは、運命を乗り越えたら、人は何に成れるのだろうか。
あるいは、運命に飲み込まれたなら、人は何に成り果てるのだろうか。
竜の血 了
説明 | ||
前書き:本作品は、【The Elder ScrollsW:Oblivion】のプレイ記録をそのままノベライズ化してみる試みによって行われている小説作品です。パソコン版において、幾つかのMODを導入した環境下においてプレイを行っておりますので、ネタバレを多分に含みます。それらを了承できる方のみお進みください。また、このノベライズをするにあたっての環境として吸血鬼種族・システムとして【TerranVampires】と呼ばれるMODを導入してあります他、多量のMODによる環境の変更が行われています。ご了承ください。最初は適当に徘徊→その後TerranVampiresでのメインストーリーという流れになると思います。◆オブリビオンをわからない人でも楽しめるように書いていければいいなぁ、と思いますがこういうところわからねーよ? ってのがあれば気兼ねなくコメください。頑張って説明おりまぜていきます。◆正確には今回宿に泊まったタイミングでTerranVampires化しています(宿にショートカットして始めるアイテムがある)普通にプレイした場合Terranになれるのはクヴァッチの英雄になった後です。 | ||
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