緋天日蝕 狂乱ノ蒼月
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__________死んだか

 

 

この状況下だ、何が起こっても不思議ではないが

 

 

 

どうだ、お前はまだ生きたいか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あえてくだらない話からしてみようと思う。

 

 

国の繁栄を第一とする人間を右翼、世界平和を第一とする人間を左翼と呼ぶ。語源はフランス革命時、旧体制の維持を目指す派閥を議長から見て右、新体制の確立を目指す派閥を左に置いた事から。保守、革新とも呼ばれる。

 

右翼は国、または国民の保護のために意思を決定し、繁栄のためなら殺し合いも辞さない。逆に左翼は世界を平和に保つために行動するが、現場にいる人はおざなりにされる。両者の中間は中道と呼ばれるが、現代の国家運営において中道を保つことは不可能に近い。

 

 

また、日本のインターネット場ではネット右翼、ネット左翼が汚い罵り合いを繰り広げる事がある。それぞれ日本大好きな自己中と日本大嫌いな自己中で構成され、「はやぶさ帰還神wwwブサヨ憤死www」とか「GDP3位転落wwwルピウヨ涙拭けよwww」とか言い合っている。

 

間違っても現実の右翼左翼とネットの右翼左翼を一緒にしてはいけない、根本的な存在意義が違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

民族的思想の話

 

日本人は何か不満な事があっても怒らずに黙っていたりさりげなく指摘するのを美学とするが、大部分の外国人はそれの意味がわからない。ほとんどの場合はその場で怒ってクレームを出し改善を求める。店側にとっても言ってくれれば対応できるし、問題点としての情報も手に入る。笑顔で帰ってブログで不満をぶちまける日本人にはいつしか『静かな爆弾(サイレントボム)』という異名がついた。

 

 

ただ、当の日本人は「んな短気なマネできるかボケエ」と思っていて、それを曲げる意志は無い、その必要も無い、ぶっちゃけ騒がれると迷惑だ。

 

 

 

 

ドライブルールの話

 

韓国のドライバーは危機回避に定評がある。というのも彼らは後方への注意を一切断っているからであり、結果前方からの脅威に対して信じられないくらい強くなったからである。急旋回急ブレーキ当たり前、信号なんぞ無いも同然、そこに隙間がある限り彼らは直進し続ける。故に回避技術が超一流となり、どんなものに対してもさっとかわしてしまう。

 

本人は「事故ってないからいいじゃん」だが、世界からどう思われてるかは『お察しください』

 

 

 

つまり、どんなものであれ、絶対に相容れない2つというのは存在するのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「目が覚めたか。どうなったか覚えているか?」

 

 

体育をやっているクラスの掛け声が窓ガラス越しに響いてくる。鼻孔には薬品独特の臭いが入って来て、ここが保健室である事を伝えていた。

 

視覚が戻ってきて、まず見えたのは赤色の髪と紺色のスーツ。ここは学校、どう考えても教師だ。ぼやけてよく見えないが、女性らしい。

 

「高天原高校2年情報科A組、出席番号24番の白兎(はくと) 大悟(だいご)。ここまでは大丈夫だな?」

 

今言われたプロフィールが自分らしい。少し考えてみればそうだった気もする。

 

ただ、何か妙に記憶が混濁していた。

 

母、兄、出雲

 

 

逃げろ。何から?

 

 

「体は大丈夫そうだな」

 

女教師に助けられつつ上体を起こす。そこでようやく意識を完全に取り戻し、記憶も完全に復旧する。相変わらず意味不明な単語は浮かんでいるが。

 

「っ……」

 

自分がいるのは保健室だと視覚が確定させていた。真横にいるのは保健医ではなさそうだが、白衣の教師は見当たらない。

 

その代わり、女子生徒が1人、窓際で壁にもたれ掛かっていた。肩に届かない短髪の髪は少しだけ焦げ茶がかり、ぱっと見の身長は150後半から160前半。襟章の色から判断すると2年、同い年だ。制服であるブレザーに邪魔されているが、体に相当量の包帯が巻かれているようだ、そのせいもあってか見るからに不機嫌な顔で、睨み付けるようにこっちを見つめている。

 

しかし、それよりも目立つものが横に立てかけてある訳で。

 

剣、ぶっとい大剣だ。黒と紫で着色された左右対照の両刃剣が女子生徒左横に鎮座していた。

 

 

一通り室内を観察し終えてから時計を確認、午前11時26分。

 

 

「見えてるか?」

 

「まぁ…なんとか」

 

赤髪の教師が覗き込んでくる。見事な赤色の長髪だが染めてる風は無く、よく見れば目も赤色、ついでに言えばだいぶ若い。

 

この目立つ髪はよく知っている、国語のある日は毎日教室までやってきていた。

 

「私はわかるか?」

 

「えー……榊原…先生」

 

「そうだ、榊原(さかきばら) 日依(ひより)」

 

国語教師だ。年齢不詳の居住地不明だがその目立つ髪色と若い外見から男子生徒に人気が高く、彼女の授業は出席率が総じて高いという。肝心の授業は、やや現代人の語学レベルを把握できていない感がある、どう見ても難しすぎです本当に。

 

「ちょっとこれを握ってみろ」

 

「?」

 

お札が1枚出てきた。

 

表面にタニシがのたくったような文字が書いてある紙幣ほどの和紙だ。国語教師榊原はそれをなぜかピンセットで摘んで差し出してきている。

 

「……」

 

掴む

 

 

バチィ!!と、電流の走ったような衝撃が来た。

 

 

「ふむ、成功か。喜べうまくいったぞ」

 

「いやその前に今のやつ説明欲しいんですけどねぇ…!!」

 

勢い余ってベッドから転げ落ちた。威力は対暴漢用スタンガンほどあっただろうか、痛い。

 

何を喜べばいいのかと榊原を見れば、こっちに言ったのではなく窓際の女子生徒に向けて言っていた。当の本人は不機嫌な表情を崩さないまま右手をひらひら振って対応。

 

いいから早く話終わらせ、と言いたいようだ。

 

 

「とりあえず……何がどうなってこうなったんです?」

 

「ああ、それに関しては少し長くなる上に信じて貰えるか怪しいが」

 

と、榊原が自分、白兎大悟を指差す。性格には腹部、つられて下に視線を移す。

 

「一度、刺されて死んだんだ」

 

制服に大穴が開いていた。

 

「…………これは誰に弁償させりゃいいんですか?」

 

「案外冷静だな」

 

「そりゃいきなりそんな事言われてもねぇ……」

 

話がぶっ飛びすぎているというかファンタジックというか。ここは地球であり自分は人間だ、刺されて死んだらそのまま火葬されるしかない。

 

「信じないならそれでもいい。だがこちらとしては君は貴重なケースでな、まず話を聞いて、できれば協力して欲しい」

 

「何に……」

 

「詳しい話は放課後にしよう。昼休みまでここで休んで、授業が終わったら図書資料室まで来てくれ。それまでアレに質問してもいい」

 

言って、女子生徒を示した。相変わらず不機嫌だ、近付ける気がしない。

 

「じゃあ私は失礼する。放課後に図書室内の小さい部屋だぞ」

 

 

榊原日依がこちらに背を向け、保健室から出ていく。取り残されたのは大悟と女子生徒。

 

「…………」

 

「……………………」

 

 

 

どうすりゃいいのこの空気。

 

 

 

「…………」

 

5秒程沈黙していたら、女子生徒が先に行動を起こした。大剣は放置して壁から背を離し、ゆっくり歩いて近付いてくる。さっきまでの不機嫌な顔はいずこかへ消え去り、不敵な笑顔を形成、不機嫌は嫌だがこれはこれで怖い。距離1mほどで停止したが、ベッドに手をかけてぐいっと顔を寄せてきた。

 

「私の事は知らないよね?」

 

「あ…ああ……」

 

にぃまと口元を歪ませたまま問い、それから視線を下に移す。腹部と背中にはブレザーとワイシャツを突き抜けた大穴があり、素肌が見えている状態だ。体に傷は無く服だけが破れているので、変なファッションに見えていただけない。

 

「悪いけどこれは自分でどうにかしてね、今お金無いの」

 

「……なんつーか、自分がやりましたーみたいな言い方だな」

 

「まぁね、あなたを殺したの私だし」

 

 

 

…………なん?

 

 

 

「ちなみにおあいこよ?私だって左腕吹っ飛んだし」

 

ほら、と袖を捲ってみせる。包帯ぐるぐる巻きだったが、手首より下5cmあたりが輪のように赤く染まっていた。ただ添え木のようなものは無く、普通に包帯が巻いてあるだけだ。

 

「もうくっついちゃってるけどね」

 

「…………何故くっつく……」

 

「そういうもんだし。…ってなんか疲れてない?」

 

「お前らはもう少し常識というものを考えた方がいい……」

 

話が奇想天外すぎて脳がついていけない。もういっそ芝居やってるとでも思ってしまおう、これはゲームの中だ、相手は台本通り喋ってるだけだ。

 

「話をまとめるぞ。まず何らかの原因で俺が暴漢と化した」

 

「察しがいいわね。詳しく言うと自我が吹っ飛んだっていうか覚醒に近いけど」

 

「それを止めるためにお前はアレで俺を刺し殺し」

 

「そこ行くまでに私がボコボコにされたのも忘れないでよ」

 

「……じゃあ殴り合った末に俺だけ死んで、世間一般が認知しない何か超常的な技術により蘇生したと」

 

「ひよりちゃんがねー。どうやったのかはよくわかんない」

 

 

 

概ねわかった、一般人のキャパシティを超えている

 

 

 

「じゃあな」

 

「ちょっと待ちなさいな」

 

出ていこうと思ったら左腕を掴まれ、反転した体を再反転させられる。やめてくれ、本能が叫んでいるのだ『関わるな』と。

 

「あなたには期待してるの、だって私のこのケガ具合よ?ひよりちゃんをして『歴代最強』といわしめたこの私を」

 

「それはどんな最強なんだよ」

 

「だから今からそれを説明するんじゃない」

 

それ長くなりそうか?ジャージに着替えて購買言ってからじゃ駄目か?

 

なんて言ったら怒られそうなので黙っておく。キチガイの話には頷きつつスルーがベストだ。

 

「オーケーわかった、とりあえず君の名前を教えてくれ、お花畑な人として記憶しておく」

 

ピキ、と青筋が立った、しかし笑みは崩れなかった。

 

「高天原高校2年C組芸術科、武内(たけうち) 氷澄(ひずみ)」

 

「芸術科ぁ???」

 

青筋が2つになった、しかしそれでも笑っていた。

 

これ以上余計な事言われる前に言いたい事言ってしまおうと思ったらしい、説明に移る。話してる間は大人しくしておこう、早く購買に行きたいし、何より怒ったらきっと恐い。

 

 

「世界は侵食されようとしているの」

 

「中二病か」

 

さっそく決意が折れた

 

「私だってこんな恥ずかしい事言いたかないわよ!!」

 

怒られた

 

「……で、それを水際で食い止めるのが私達」

 

「具体的にはどう食い止めるんだ?」

 

「アレで」

 

大剣を指差す

 

さっきも言ったが太い剣だ、全長1mちょい、幅は20cmほど。あれだけ大きいと重量もかさむだろう、案外怪力なのかもしれない。

 

「こうやって」

 

何かを引っ張る動作をした。こう、小型エンジンのスターターを引っ張るような。

 

「斬り殺す」

 

「……ちょっと待て間に入った動作の意味は何だ」

 

「それをあなたにも手伝って欲しいってワケ」

 

無視か

 

 

 

つまり何だ、異世界からやってくる怪物?を始末する作業に加われという理解でいいみたいだ。

 

 

 

「じゃあな」

 

「こら」

 

今度は右肩を掴まれる。そこを力点にして女子生徒、氷澄さんと三度ご対面。

 

「どうも根本的に信じようとしてないみたいじゃない」

 

「お前はいきなり『アナタニハ不思議ナ能力ガアリマース』なんて言われて信じられるのか?」

 

「……無理ね」

 

「だろ?」

 

なら仕方ない、と背を向け、大悟から離れていく。帰ってよしという事でいいんだろうか、なら購買行かせてもらうが。

 

一応気付かれないように、そろーっとドアへと向かって、音を立てないよう開ける。

 

 

 

瞬間、視界が暗転した

 

 

 

「え……」

 

つい数秒前まであんなに明るかった、しかし、今はもう何も見えないほどに暗い。

 

「じゃあちょっと実体験して貰いましょうか、今後の為にもね」

 

 

いや、違う、真っ暗になったんじゃない。

 

 

夜になったんだ、一瞬にして。

 

 

「『常夜(とこよ)』っていうの。ここにいる間は時間の進行が無いから昼ご飯の心配は無いわよ」

 

背後から軽い声が響いてくる。次いで何か重たい金属を持ち上げる音。

 

「ただ私が解除しない限り一生ここでさまよう羽目になるけど」

 

 

振り返る

 

右手1本で大剣を持ち上げる氷澄がいた

 

 

「……これが…件の侵食されてるってやつ…?」

 

「んー、ちょっと違うかな。ここは普通の空間に物質情報を依存してて、見えないけど常に存在するもの、いわば裏側ね。けどまぁそういう解釈でもオーケーよ」

 

氷澄背後にある窓の外では星が輝いている。現代日本ではほとんど見れない天の川が見事にかかっており、その右横にアンタレスを中心としたさそり座、更に右にてんびん座、春の大三角形。夏手前の南の夜空だと思われる、今は5月に入った所だから、季節は遵守しているようだ。

 

なお、グラウンドから響いていた掛け声は夜になったと同時に一切聞こえなくなっていた。

 

いなくなったのは彼らではなく大悟達の方だ、それくらいはわかる。

 

「ところで今からあなたをこれでぶった斬る訳だけど、何か言いたい事はある?」

 

「いや……いやいやいやちょっと待てちょっと待て!?」

 

 

ギュィィィィィン!!という何かが高速回転する音。見れば大剣の刃に細長く黄色い光がまとわり付いており、所々ちらついている事から剣身の周りを高速で周回している事がわかる。

 

そう、まるでチェーンソーのような。

 

 

「大丈夫、既にあなたは私と同類だから、手足吹っ飛んだくらいどーってこたないわ」

 

「でも…痛いんでしょう…?」

 

「そりゃもうめちゃくちゃ♪」

 

 

 

 

あ、まずいこの人キレてる。

 

 

 

 

 

「だぁりゃああああ!!!!」

 

ドアから廊下にダイブしてそのままうずくまる。

 

ギャリギャリギャリギャリギャリ!!という破壊音がコンクリートの破片をぶちまけた。

 

「おまっ…お前今完全に胴体狙っただろ!!」

 

「あら何の事かしらうふふふふふ」

 

横薙ぎに振るわれた大剣はまずベッドの仕切りを両断し、次いでコンクリの柱、木製の扉、壁、金属の棚までを美しささえ感じる真一文字で切断した。もし跳んでいなければその扉と壁の間に大悟が入っていた事は間違いない。

 

「大丈夫よ胴体だって再生するわ。試した事無いけど」

 

「おいいいい!!」

 

捕まる訳にはいかない、何せさっきの話に従えば既に1回喰らっているのだ。そう何回も脊椎断裂される言われはない。それにあの性格だ、「前後逆にくっつけちゃったー♪」とか必ずやる、絶対にやる、それでもう1回斬られるとかそういうオチに違いない。

 

逃走、逃走、逃走。

 

「大!!斬!!撃ぃぃぃぃ!!!!」

 

2秒で追い付かれた。

 

「うわぁぁぁぁぁ!!!?」

 

今度の犠牲者はリノリウムの廊下。コンクリの上にシート敷いただけなんだへーなどと考える暇も無く、崩れた体勢を直して氷澄に向き直る、逃げるのは諦めた。

 

「……今の避けられるのは予想外だったわ」

 

「脳天直撃コースだったぞ!?」

 

稼動し続ける回転鋸を引き抜き、ギチリと切っ先を大悟へ向ける。剣単体でも十分な殺傷能力があるだろうに、なぜ回転させようと思ったのか。

 

「アメノハバキリ。かつてスサノオノミコトがヤマタノオロチを切り刻んだ時に用いたものよ。切断力を高めるギミックがあるのは当然でしょ?」

 

先読みして説明してくれた、ぶっちゃけいらん説明ではあったが。

 

しかし

 

スサノオ?

 

 

 

何かスイッチが入った

 

 

 

「む……」

 

あれだけ怖かった回転音が聞こえなくなる。別に真の自分が覚醒したとか一瞬で武道を修得したとかそんな感覚は無い。

 

これは恐らく『慣れ』だ。

 

それには氷澄も気付いたようで、突き出していた大剣アメノハバキリを引き戻し、両手に握り直した上で頭の右に構える。剣道における八相の構えに似ているが、切っ先は倒れて大悟に向き、姿勢も中腰並に低い。どう打ってくるかは不明だ。

 

「いきなりどうしたの?」

 

「さぁ?」

 

姿勢は低く、視界は広く。

 

右足を少し後ろへ伸ばし、飛び出す体勢を整える。

 

距離、目測3メートル。

 

 

「ッだぁ!!!!」

 

大きく踏み込むと同時に手首を回して遠心力を入手、ただでさえ高い切断力をさらに高めつつ袈裟斬りに振り下ろしてきた。

 

大悟から見て左上から右下へ、穴は左下だ、そこに潜り込む。そうしたら真横に氷澄の足が来るので、正面衝突のエネルギーをそのまま利用するべく足払いをかけ

 

「ッ!!」

 

跳躍により回避される。新体操選手も拍手ものの捻り込み1回転を決め、大悟後方に着地、そのまま真一文字に第2撃を入れてきた。

 

「今度こそもら…ッ!!」

 

 

 

大剣の柄を蹴り上げる

 

 

 

「た……ぁ……?」

 

持ち主の手元から弾け飛んだそれは窓ガラスを突き破って外に消え

 

 

直後、キン、と耳鳴りがして、世界に明るさが戻った。

 

 

「……」

 

「…………?」

 

解放された職員玄関から一際大きく体育の声が響いてくる。授業中のためそれ以外に目立った音は聞こえず、氷澄の硬直も相まって、何か妙な静けさが大悟を取り囲んでいた。

 

今起きた事が信じられないとばかりに驚きの表情で固まっている。左から右に振り抜いた体勢のままなので、変なオブジェといえばそう見えなくもない。

 

「…………」

 

「………………」

 

「………………何」

 

荒ぶる鷹のポーズで対抗するのはまずかったか。

 

「なるほどねぇ……」

 

硬直から立ち直り、武器を失った両手を見つめる。その後諦めたように溜息をつき、大剣が消えていった窓へ歩いていく。

 

そこはさっき盛大に割れたはずだが、何事も無かったようにしっかり窓枠にはまっていた。向こうの世界でどれだけ破壊しようがこっちには持ち越されないらしい、勝手に修復されるのか、根本的に違う世界なのか。

 

「あ…まず……」

 

「ん?」

 

窓から外を見る。

 

いくら修復されるといっても空中にいきなり現れた異物には対応できないようで。

 

アメノハバキリは進路上にあったカカシの首を両断し、その先の植物資源科の畑に突入、何かの苗を盛大に掘り返していた。

 

「じゃあね!放課後ちゃんと来なさいよ!」

 

 

氷澄が走っていった。

 

 

「……はぁーっ…」

 

怖かった

 

何なんだあの子

 

畑に飛び出してまずカカシを修復しようとしている。綺麗に切断された首部分に添え木を追加し、そこらにあった針金でぐるぐる巻きにした、結果ぐらついているものの修理には成功、小首かしげてるカカシを作るとはさすが芸術家。そうしてから大剣を握って力いっぱい引き抜く。

 

「に゛ゃっ!?」

 

 

転んだ。

 

 

「大丈夫かー?」

 

「っ…いいからアンタは昼食行きなさいよもう!!」

 

今のはだいぶ恥ずかしかったようだ、すぐ立ち上がって簡単に土を払い、飛び散った苗を埋める作業に移る、頬には赤が混じっていた。

 

「昼食行きなさい言われてもねえ……」

 

白兎大悟はこの状況を無視してメシ行けるほど冷たい人間ではない、例え数十秒前に斬り殺されそうになった相手だとしても、明確に悪意があった訳では無し。

 

 

少し先にある昇降口で自分の靴を手に入れて、畑に降りる。

 

 

「……もしかして農作業とかしたこと無いのか?」

 

「土なんて…!練って固めるためのもんじゃない…!」

 

それは粘土だ

 

全体的に土かけすぎ、というかほとんど埋没している。いちいち教育するのも面倒なので氷澄の横にしゃがみ込んで余計な土を払っていく。それを見て一時作業を中止した氷澄だったが、すぐに手を動かし始めた。どんな表情だったかはあまり見えなかったのでわからない。

 

 

「こんなもんだろ」

 

一通り苗を元に戻し、立ち上がって畑から出る。素人にしてはよくできた方だ。

 

「草なんて埋めときゃいいと思うんだけどねぇ……」

 

「光合成って知ってるか?」

 

「そのくらい私だって知って…わっ!」

 

 

また転んだ

 

 

「……大丈夫か?」

 

手を差し出す。少しむっとしたが、掴んで、立ち上がる。

 

「あんた物好きねぇ。マゾ?」

 

「…………どっちかと言われれば」

 

 

「……………………」

 

「いや引くなよ、どっちかならだぞ、引くな、引くなよぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「…………」

 

「……どうしてこうなった?」

 

「私に聞かれても」

 

 

 

順番に整理しておこう

 

まずジャージに着替えようと教室に帰り、机の上に新品の制服が用意されているのを発見した。一緒に残された書き置きから察するに、榊原先生が用意してくれたらしい、ありがたく袖を通して、他の生徒より一足早く購買へ。

 

それで…そうだ、購買前で氷澄と遭遇した。昼休み前の授業中なので鉢合わせする可能性は元から高かったのだが、食堂入口で綺麗に対面するとは思わなかった。一緒に購買に行き、カツサンドか焼きそばパンかで少々の口論になり、うだうだやっているうちに生徒が集まってきてしまったためほとんどランダムでパンを掴んで会計、脱出。

 

 

気が付いたら屋上であんパンを啄んでいた。

 

 

 

「なぜ人間は選び放題な時に限ってこんなどうでもいいものを引き当ててしまうのか」

 

「奪われたくない、独り占めしたいって思ってるから焦ってそうなるのよ、独占欲が強い証拠」

 

なるほど

 

「それにまだマシじゃない、私なんかバターロールよ」

 

なるほど

 

「そっちの方が独占欲強いじゃん」

 

「それは、まぁ…内蔵されたやつの特性というか……」

 

内蔵?

 

「……仕方ないし、もうちょっと詳しく話してあげるわ」

 

「あの超絶非科学的な話の続きか?」

 

「…………」

 

何か言いたそうな顔をしたが、否定はしなかった、自覚はあるらしい。

 

溜息ついてバターロールを最後まで食べ切りお茶のペットボトルを開ける。

 

「結局ね、体は人間そのままなのよ。あるモノを体内、正確には脳に入れて、能力を底上げしてるの」

 

「へー」

 

「……なんか投げやりね」

 

「呆れたっつーか慣れた」

 

いきなり夜になったと思ったら息つく間もなくチェーンソーぶん回されたのだ、今更何言われようが動じるつもりはない。驚かせたければそれ相応のネタを持ってきて頂きたい、例えばToD2のバルバトスとアナゴさんは中の人が同一人物だとか、あのNEAとこのネアは同一人物だとか、グラハムエーカーとミスターブシドーは同一人物だとか。

 

 

「あなたはつい数時間前に神となりました」

 

 

コーヒー吹いた

 

 

「中二病かっつーの!!」

 

「いやこれが真実だから面倒でねぇ……」

 

ははは、と乾いた笑いが氷澄から漏れる。

 

「神様を降ろしてきて体に入れるの。それをジェネレーターにして魔法みたいなの使ったり、再生力をカンストさせたりする訳。どういう能力が出るかは入れた神によるらしいけど」

 

「……人体の限界はどうなってる…」

 

「肉体の耐久力はあんま変わらないけど、細胞の増殖限界は無視できるらしいから寿命は短くならないって……大丈夫?」

 

「今更何言われても驚かないと思ったんだがなぁ……」

 

 

天を仰ぐ、空は青かった。

 

 

神か、そんなもんにはなりたくなかった。その地位を手に入れるために世界と戦った少年は志半ばで倒れたが、奥さん、案外簡単に手に入るみたいですよ。

 

 

で、どうなんの?心臓発作で人殺せるようになる?

 

 

「いきなり特殊な能力が手に入る訳じゃないわよ、術に関しては伸びやすい特性が付くってだけ。特化するんじゃないから訓練すればたいていどうにかなるけど」

 

「チェーンソー回したりか?」

 

「それは剣の能力」

 

私自身の力じゃないのよ、と言いつつお茶を一口。何か気に食わなかったらしくパッケージを睨み出した。

 

「やっぱりさぁ、ボトル詰めの緑茶売るより茶葉とお湯売った方がいいと思うのよ」

 

「ペットボトルの存在意義に真っ向から喧嘩売ってる主張だな」

 

「利便性は認めるけど敢えて緑茶を詰める意味がわからないわね、ファンタとかコーラとかそれ専用のやつでいいじゃん」

 

「最近の若者は急須で入れる緑茶の味なんてほとんど知らないんだよ」

 

 

 

若者のする会話ではないと思う。

 

 

 

「……まぁ、内蔵されたのが武神だったりすると基本戦闘力も高く出るみたい。…ぶっちゃけ何が入ったかわかんないけど」

 

「わかんねえの?」

 

「だって緊急事態だったし…」

 

氷澄が少々言い淀む。

 

色々あって忘れていたが、大悟がこんな奇想天外な事に巻き込まれる根本的な原因を聞いていなかった。よくわからないがかなり暴れてしまったようだし、氷澄だって出会い頭にチェーンソーヴィィィンした訳では無いだろう。

 

 

いつものように登校した白兎大悟は待ち構えていた大妖怪に襲われその衝撃で真の力が……無いな。

 

 

「緊急事態ってのは、隠岐の大天狗が攻め込んできたのよ。日本三大妖怪に数えられてる奴でさ」

 

「ってうぉぉぉぉい!!」

 

「え?」

 

有った、有ったわ。

 

「……そいつは正面口から堂々と侵入してきて、宣戦布告するかの如く生徒1人に襲い掛かったの。その後で常夜展開してスクランブル、わかってると思うけど生徒1人ってのがあなた」

 

あるんだなそんなベタな展開とか思う、天狗に刺されて本当の私デビュー!…おいやめろ。

 

 

いや、殺したのは氷澄じゃなかったか?

 

 

「そいつは?」

 

「私が着いた頃には死んでた。それで、代わりにもっと厄介なのがいたってワケ」

 

なるほど、そこで暴走開始したらしい。どうりで記憶が無い訳だ。

 

「後は私とあなたのタイマンよ、ギリギリ勝ったけどね」

 

「暴走した理由は?」

 

「そんなすぐわかったら苦労しない」

 

理由未だ不明と、将来的には解明される言い方をしたが、暴走なんて頻繁にするもんでもないだろう、早いうちには特定して頂きたい。

 

「まぁ…この学校はこういう事やるために作られたから、誰がやられても結構な確率でこうなった気もするけど」

 

「え?」

 

「素質持った生徒が集められてるの、逆指名されて入学したでしょ」

 

そういえばそうだったか、確か3年の身体測定が終わったあたりで教師に呼び出され、あれよあれよと進路決定したんだった。おかげで受験シーズンはかなり楽しく過ごさせて貰った。

 

その代わり、入学してから地獄な訳だが。

 

 

「ま、詳しい事はひよりちゃんに聞きなさいな」

 

言って、氷澄が立ち上がる。

 

「最後にひとつ」

 

「んー?」

 

「その…妖怪とか何やらと、俺も戦うのか?」

 

「そりゃ本人の意思でしょ、強制したって何の意味も無い」

 

 

本人の意思、か。

 

 

「なぜ戦おうと?」

 

「……当ててみなさい」

 

ニヤリと笑い、階段方向へ。そのまま氷澄は消えてしまった。

 

 

「…………戦闘狂って訳でも……いや否定できないのな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして放課後、しつこくカラオケ行こうと誘ってきた友人を振り切って4階まで登り、図書室への扉を開ける。ひとつの階を丸々使った巨大な部屋にこれでもかと本を詰め込んでいて、所蔵量は大学レベル。放課後は勉強したい生徒がちらほら現れる。あと最近の学内図書室に見られる傾向として、ファッション誌やアニメ情報誌が一番目立つ位置に置いてある点が特徴、ライトノベルも相当数貸し出し中。

 

今日は定期テスト前でもないので勉強している生徒はおらず、読みたい本を探す眼鏡っ娘と、携帯ゲーム機で通信対戦に興じる男子2人がいる程度だった。特に仕事もないようで、図書委員も読書に没頭している

 

「……ふむ…」

 

あの図書委員は有名な図書委員だ、黒いストレートの髪と整った顔の作りで入学式当初から目立ちまくり、学園のマドンナ(80年代)とか学園のアイドル(90年代)とか俺の嫁(00年代)とか呼ばれている。要するに美人な訳だ。

 

木花(このはな) 咲夜(さくや)、1年、植物資源科。

 

まぁ美人なだけで本来なら関係無い事であるが、大悟の目的地へ通じるドアは彼女の背後だ、話しかけて中へ入る許可を貰わなければならない。

 

ゆっくり歩いてカウンターまで移動、向こうもそれに気付いて顔を上げ、途中で本を持っていない事に気付く、バーコード読み取り機を元に戻した。

 

「えー…その奥に来いって言われて来たんだけど」

 

「あ、はい。白兎大悟さんですね、承っております」

 

根回しはしてあったらしい、言ってすぐに笑顔になり、机に貼ってあった紙片を剥がす。代わりに呼び出しベルを置いて、椅子から立ち上がった。

 

「もう少しでこちらに来ると思いますから、それまで中でお待ち下さい」

 

図書資料室のドアを開け、カウンターの内側へと誘導される。初めて入ったが大方の予想通り本だらけで、4面ある壁のうち2面が本棚で多い隠されており、中央にはパソコンの乗ったテーブル。左の壁にはもうひとつドアがある、この先に部屋などあるのだろうか。

 

 

 

「18分遅刻」

 

そのドアの横のソファ、焦げ茶髪の女生徒が読書に勤しんでいた。

 

「……ホームルーム終わって1分でどうやって来いって?」

 

「無理じゃないでしょ、ダッシュしなさいダッシュ」

 

「授業終了5分前に帰り支度始めるタイプだろお前」

 

「…………何か問題でも?」

 

 

とりあえずバッグをテーブルに置き、氷澄側の丸椅子に腰掛ける。足組みながら読んでいるのは小型のハードカバーで、表紙にはタイトルしか書いていない、何の本かは計りかねた。

 

「まぁ、逃げずにちゃんと来た点は褒めてあげる。性格からしてすっぽかすと思ってたんだけど」

 

「来るだけはな、その先はまだ未定だぞ」

 

「えーえーわかってるわかってる」

 

本から目を離さないまま答える。氷澄さんは昼と違って上機嫌なようで、笑顔が不敵でない上に声も軽い、何かいい事でもあったのか。

 

「1人あたりの仕事量半分…給料据え置き…ふふふ……」

 

どうやら良からぬ事のようだ。

 

 

「粗茶ですが」

 

「あ、どうも」

 

緑茶を出す木花咲夜、その後大悟の隣の席に氷澄用も配置。お盆を片付けてから、図書委員の仕事に戻るためか部屋の出口へ。

 

「どうぞごゆっくり」

 

 

出ていった。

 

 

「……メンバー構成とかどうなってんの?」

 

「今のところ戦闘要員は私だけね。あの子は教育中だけど戦闘にはまったく向かないし、ひよりちゃんはオーバースペックだし」

 

ああ、マイラブリーエンジェルさくやたん(10年代)も既に人間を辞めていたか、その情報が全校生徒に知れ渡ったらどれだけの人間が暴徒と化すだろうか、まだファンクラブとかは設立されていないようだが。

 

しかし、ごく一部の方々は萌える、絶対に。

 

「一人でやってんの?」

 

「今はね、運がよければ今日中にもう一人増えそうだけど」

 

「…………」

 

「いや別にどっちでもいいわよ、真剣に困ってる訳じゃないし」

 

ぱたりと、読んでいた本が閉じられる。

 

「強制できる類のもんじゃないしね、肉体的にも精神的にも」

 

 

笑顔

 

これと同じ顔が不敵に歪んで大剣振り回してきたとは、女というのは恐ろしい。

 

 

「……その件について午後の授業中考えてみたんだが」

 

「ん?」

 

「妖怪やら何やら言っても、それがそのまま…実体化?してる訳じゃ無いんだろ」

 

「例外除く。すば抜けて高位な神様ならそのままで降りてこれるし、その逆の場合でも怨念自体が肉体を持つ事もあるけど。まぁほとんどはご想像の通りよ」

 

「つまり、相手も俺らと同じ」

 

「そ、生身の人間」

 

 

 

喫茶店で飲み物を頼む時くらい軽い口調で、その単語は発せられた。

 

言った直後、氷澄の顔には昼の不敵さが戻り、ソファにもたれ掛かった体勢も相まって見透かされた気分になる。考えてる事は全部わかるとでも言って来そうだ。

 

 

 

「……相手が人間で…それを?」

 

「言ったじゃない、斬り殺すって」

 

「…………」

 

「だから絶対に強制できない。法律上の罪なんていくらでも揉み消せるけど、精神面でそれを許容できなければ戦わせる意味は無い」

 

 

それでも誰かはやらなきゃいけないんだけどね、と付け足し、ソファから丸椅子に移動した。緑茶入りの湯呑みを左手で引っ掴んで、中身を一気飲み。

 

「殺さないといけないのか?」

 

「放置したら三桁単位で死人が出る」

 

 

百を守るために一を殺す

 

よくある話だとは思っていたが

 

 

「でも、拒否するんでも話だけは聞いてくように。どっちにしろ、あなたはもう人間の枠組みから外れてるんだから」

 

「……あぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、来てくれたか」

 

重い話に区切りをつけ雑談すること数分、目立つ赤髪の国語教師が入ってきた。職員会議の後すぐ来たらしく普段生徒の目に入らないような冊子を携行し、ついでにテストの答案も持ち込んでいる。ここで仕事するようだ。

 

「どうだ?どこまで説明した?」

 

榊原はまず氷澄にそう問いながらテーブルに紙束を置く。そして問われた氷澄さんが親指を立て、先端を奥のドアへ。

 

「とりあえず実地研修」

 

「そうか」

 

少し待っていろと言いながら奥の部屋に消えていく。氷澄はお茶のおかわりが欲しくなったらしく急須へ寄っていき、ついでに置かれた紙束を覗き始めた。

 

漢字のテストだった、1週間前に大悟も受けている。普通に授業を受けていれば何の問題もないが、満点を取るのは恐らく無理だろう、あからさまな満点阻止問題が混ざっていたのだ。

 

 

漢字に直せ

『ぼろ』?つぎはぎだらけの衣類のこと

 

 

アホかと思う。

 

「赤…ッ!?」

 

目的のブツに達して何か見てはいけないものを見たような顔になる氷澄さん。色的にも評価的にも真っ赤っ赤だったのであろう、膝をついて轟沈していらっしゃる。

 

赤い点数を取った場合は何があったか。確か書き取り100回とかそんな小学生レベルの課題を出された気がする。

 

「っ!!」

 

「!?」

 

鋭い目つき(泣)で睨まれた。

 

「……もしかして…勉強時間削られてたりするのか…?」

 

「そりゃ…いや……あなたには関係ないわ、うん」

 

無理矢理笑って首振りし雑念を振り払う。相当無理してるようでなんかもういたたまれなくなってきたが、与えられた情報を統合すると大悟に手伝えるかというと何とも言い難い。誰だって殺人などやりたくないのだ、例え最近の危険な若者であっても。

 

結論を出すにしても実地研修とやらを終えてからで

 

……実地研修?

 

 

「待たせたな、こっちだ」

 

いつの間にか背後に赤髪が立っていた、準備完了らしい。

 

「とりあえず我々が何と戦って何を阻止しているか見て欲しい」

 

「……相手は人間って聞きましたが」

 

「そうだな、だが完全に生身の人間という訳でも無いんだ」

 

奥に招かれる。

 

倉庫、いや倉庫ではないかもしれないが、少なくとも大悟には倉庫に見えた。使っていない道具や資源を備蓄している場所は普通倉庫と言うだろう、それと同じだ。

 

 

右、刀剣類

 

左、銃器類

 

正面、物資、メンテ具、弾薬

 

 

「危ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!!!!!」

 

「声がでかい!!」

 

後ろから蹴り倒された。

 

「各所に話はつけてあるから合法じゃないけど違法でもない、だからって騒ぐとバカが忍び込む可能性が出んの、オーライ?」

 

「お…オーライ……」

 

改めて室内を確認、大別してまとめると、保管してあるのは剣、銃、消耗品。どれを取っても殺傷能力は高そうだ。刀剣類は氷澄のものと同じようなファンタジックな代物中心で、基本的に日本製、ちらほらと西洋風が混じっている。そのすべてがあのチェーンソーのようなお花畑な能力を持っているんだろう、よく見ればチェーンソーも安置されていた。

 

そして銃器類、拳銃が数種類端に固まって壁にかけられている。大悟がわかるのはここまでだ、後は何かゴテゴテしたのが並んでるようにしか見えない。

 

「これ、流通は……」

 

「火器は中古か、試作品だな。残念ながら最新の制式装備は手に入らないが、性能だけならなかなかだぞ」

 

例えば、と言いながら銃コレクションに歩み寄り、そのうち1丁を持ち上げる。まず第一に大きく、弾倉が2つついていた。側面のジョイント部分から察するに2丁の銃を接続したもののようで、上部にも何かの電子装備を追加、いわゆるハイテクというやつだ、ここ数年で開発されたものだろう。

 

「XM29」

 

「…使えと?」

 

「いや、これは少々重すぎる」

 

XM29とやらを壁に戻し、反対側の壁、刀剣類から日本刀を1本選出、こちらへ渡してきた。

 

「とりあえず護身用として持っていてくれ、宿らせた神の記憶が多少は流れ込んでいるだろうからただの素人よりは扱えると思う」

 

細い刀身だがズシリとくる、やはり模造品ではなく本物だ、これを振り回すとなるとかなりの腕力がいる。

 

などとやっているうちに氷澄さんはこっちの数倍重そうな大剣を持ち、何かでかいリボルバーみたいなのを壁から取り上げ腰に装着、ダイエットってレベルじゃない。

 

「別に筋肉ムキムキな体じゃないからね。見たい?」

 

「いえ特には」

 

「即答…かよ……」

 

 

なんか落ち込まれた。

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「出雲へようこそ」

 

「…………何が起きたし」

 

生い茂った木々、石畳の参拝道、巨大な社。まさしく出雲大社だ、日本で一番有名な神社である

 

なぜこんなことになってしまったのか、それを語るには30秒ほど時間を遡る事になる。

 

 

榊原氏は討伐すべき対象の中から危険度の低い相手を選別してくれたようだ、何でも対象の境内侵入を阻止しろとの御達示らしい。大悟に向かって喋っていた訳ではないのでどこの国境かは聞き取れなかったが、なるほど、我らが日本神話総本山だったか、浅間神社くらいにしてくれればよかったのに、学校の近くにひとつあっただろ確か。

 

それで問題はその後だ、直径20センチほどの青銅で形取られた鏡が出てきた。そこからの経過を単純に現象だけ言うと、光を反射するための鏡が生意気にも自ら発光し始め、重力を無視して2メートルほど浮上、「構成記憶」とか「分子化システム起動」とか「弾道計算開始」とか榊原が呟いた後、「発射」の一声でホワイトアウト、気付いたら鳥取の石畳に寝転がっていた。

 

「大事な事なのでもう一度言おう、何が起きたし」

 

「ひよりちゃんからのエネルギー供給をオモイカネ経由の制御で安定させた物質転送システム、だっけ?」

 

「なんじゃそりゃ……」

 

「ブラジルまで2秒で行けるんだって」

 

「…………マッハ454かぁ……」

 

とりあえず石から尻を離し、横にあった狛犬の頭をつついてみる、本物だった。

 

 

「で、どうすんの?」

 

「あの鳥居を越えられたら私の負け、その前に仕留められたら勝ち。今から観戦してもらうから」

 

「応援してりゃいいの?」

 

「黙って眺めてなさい」

 

 

言って、氷澄は札を1枚取り出した。昼に保健室で触らされたあの札だ、結構なスパークを受けるのは大悟だけだろうか、ピンセットで摘んでたあたり榊原も怪しい感じだが。

 

その札を2回ひらひらと振って、それから手を離した、重量に従って落ちていく。

 

「うーん、町の方でぶらぶらしてんのかなこれは」

 

「……今何やった?」

 

「説明すんの面倒だからカットで」

 

酷い

 

氷澄が見ている方向へ視線を向けると、神社出口、その先の出雲市市街が見えた、目標はあそこにいるらしい。普通ならそのまま歩いて出ていくのだが、剣とか銃で武装してる訳で

 

「武器はとりあえずここに置いといて」

 

と、道から外れた茂みの中に大剣と巨大リボルバーを放り込んだ。

 

「大丈夫なのかよ?いきなり必要になったりしたら」

 

「大丈夫大丈夫」

 

枯れ枝等でうまく武器を隠した氷澄は次いで携帯電話を取り出し、メールを打つこと1分、出口へと歩き出す。

 

 

「あ、観光したい?」

 

「そうだなぁ、隣にいるのがもうちょっとモデル体型に近かったらそういう気分にもなったんだろうがなぁっ……!!!!」

 

言ってる途中でつねられて脇腹に激痛が走る

 

「…………まぁここはよく来るから見たい時に見ればいいわ」

 

全体の半分ここ、といいながら道を降りていく。どうやら次あるかもわからない段階だというのを忘れてるようだ、鳥頭、声に出したら殴られるだろうか。

 

 

 

しばらく歩いて川を越え町の方に出る、日が傾いて来ている上に平日なので参拝客はそれほど多くなく、静か、というか閑散としていた。不景気の影響だろうか、夕日に照らされて下校する中学生が数人いるのみ。後はまぁ、名前も知らない虫が鳴いているくらいだろうか。

 

「場所わかんの?」

 

「大体は」

 

分かれ道の度に札をひらひら振って、数秒悩んだ後に再び歩き出す。どうやらあれで探知できるらしい、説明は拒否されたが、恐らく氷澄自身の能力とやらで間違いないと思われ。

 

日本神話についてはあまり詳しくはないものの、神の総数は八百万、現存する物語に登場するのは100ほどで、そのうちの戦神を抽出するとなると、スサノオとかタケミカヅチとかほんの数柱まで絞られてしまう。まして女性となると探し出すのも難しくなってくるはず。

 

となると

 

「もしかして今、魔法使いが銅の剣装備してる状態?」

 

「……時代はマルチロールよ」

 

どうやら図星らしい

 

「まぁ、ちゃんとした前衛がいてくれれば専念してもいいんだけどねぇ」

 

「へぇーー」

 

「…………へっ……」

 

あからさまにすっとぼけると、苦笑いと薄笑いの混じった顔をしながら札を振る作業に戻った。そのまま数秒歩いて、今度は止まる。

 

「……反対…側?」

 

「何が」

 

 

反転、疾走

 

 

「ナメんなやごるあああああああああああああッ!!!!」

 

行ってしまった

 

「…………ってちょっと待て置いてくな迷子になるだろがああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

名前:白兎大悟

年齢:17

状態:迷子

 

 

 

 

「勘弁してくれ……」

 

あの疾走速度は絶対に人間の限界を超えている、簡潔に表すなら『ウサイン・ボルトがトップスピードでトラック5周』といった所だ。まぁ、数秒間とはいえそれに追従していた大悟もいろんなステータスがカンストしているような気もするが

 

こんなことになるなら携帯番号聞いとけばよかったか、いやそれもそれでめんどくさそうだ。幸い出雲大社と出雲市駅の大鳥居は見えているので、あそこに戻って待つか、最悪新幹線で帰宅することもできる

 

とりあえず、見失ってからそう時間はたっていない、後々付けられるであろう言い掛かりを受け流すため捜索だけはしておこう

 

「すいません、鬼のような形相の女子高生がどっち行ったかわかりませんか」

 

「ああ、あっちに行きましたよ」

 

鬼のような云々だけで通じるとは正直思わなかった、やはりあの速度は目立っているのか

 

爽やかな笑顔の青年にお礼を言って小走りにそっちへ向かい、ホテル街に突入、数秒見回してUターンする。これは違う、何がかはわからないが本能がこっちじゃないと叫んでいる、というよりは、制服姿でそこをうろつくのは危険すぎた

 

「見つかりませんでしたか」

 

爽やか青年が話し掛けてくる。さっき道を教えてから数十秒、教えた道を逆走されたらそりゃ結果を聞きたくもなる。が、さっきの位置から一歩も動いてないってのはどうかと思う。

 

「あの速度じゃ追いつくのは難しいでしょう、何か別の方法を考えないと」

 

「いやいいんだ、捜したっていう事実が重要なんでな」

 

「はははは」

 

となるとどうするべきか、安全策を取るなら出雲大社で待ち続けるべきだが、あの様子では氷澄が帰ってくるまで時間がかかる、最低でも数十分の暇潰しが必要だろう

 

午後5時、夕食には早いがそういえば昼がアレだった

 

「そう思い付いた途端に腹減ってくるんだからな……」

 

「ならすぐそこに出雲そば屋がありますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とてもイタリアンな感じの料理が出てきた

 

「…………」

 

出雲そばとは蕎麦の実を殻ごと挽いた粉で作った麺で、郷土料理三大そばに数えられてるとか何とか言う説明書きがあり、実際その通りの麺が出てきたが、めんつゆには確実にトマトが入っている、それを煮詰めて煮詰めてドロドロにしたらしく、10人に『これは何か』と聞いたら口を揃えて『スパゲッティ』と答えるだろう

 

「何この…何?」

 

思わず呟いた

 

「創作そば」

 

聞こえていたらしい、テレビの前に陣取った女性店員が短く返答。なお、店内にいる人間は大悟とその店員2人のみである

 

「出雲そばを頼んだつもりなんですが…」

 

「……創作出雲そば」

 

 

恐らくメニューなんて存在しないのだろう

 

 

「まぁ……」

 

食えるものならなんだっていい、そう思い込んでイタリア風出雲そばを口にする。見た目はアレだが味は案外……いややっぱアレだ

 

なんというか茹ですぎである、パスタは固めに仕上げるのが基本という性質上、例えそばにとって最高の茹で具合だとしてもくったくた感しか残っていらっしゃらない

 

「ふむ…やっぱ合わないか」

 

「やっぱと申されますか」

 

「もしくは味噌煮込みスパとか……まぁいいわ、おフランス製エナジーバーをあげよう」

 

銀色の包装がされた棒を投げて寄越した

 

「代金もいらない、気が向いたらまた来なさい」

 

手をひらひらと振って、以降テレビから目を離す事は無かった。どうやら本当にタダでいいらしい、代金取られたらそれはそれで文句言っただろうが

 

 

引き戸を開けて外に出、振り返って店名を確かめる、喫茶店『ストライクイーグル』、前衛的すぎた

 

 

「おや…?」

 

「ん?」

 

声につられて後ろを向き、先程の青少年がいるのを発見、なぜか妙に汗ばんでいた、息も上がっているようである

 

「口に…合いませんでしたか……」

 

「口に合うってレベルじゃねえな。それでどうした?」

 

「少し鬼ごっこをね……」

 

そんな全力でやったのかと

 

「捜し人は見つかりました?」

 

「見つからねえから出雲大社戻ってようかと思ってた所だ」

 

「まぁ、それが妥当でしょうね」

 

実際問題氷澄がどこに行ったかまったくわからない、なら早めに戻っておいた方がいいだろう、もしかしたらもう待っている可能性もあるし

 

まさか先に帰ってたりとかはしていないと思う、さすがに

 

「出雲大社ならこっちから行くのが近道です」

 

「そうか」

 

示された道を確認し、足を動かしてそっち方向へ

 

 

 

 

3歩進んでそこで止まった

 

 

「………………」

 

「おや?」

 

「……………………」

 

「うん?」

 

どうしたのかわからない、という顔だ。どうせ演技だろう、地元民であればこの間違いはありえない

 

「……出雲駅と出雲大社は一直線の通りで繋がってて、それぞれに大鳥居が立ってんだ」

 

「はい」

 

「これがまたバカでかくてだな、相当遠ざからない限りどこからでも見えるんだ」

 

「そうですね」

 

あれ、と指差す。巨大な赤い鳥居が2つ、数多の家屋を乗り越えて突っ立っていた

 

「そして今お前が教えた近道」

 

 

指を反対方向へ

 

 

「悪いが俺には近道とは思えない」

 

「…………」

 

青少年は笑顔のままだった

 

思い返せばそうだ、ホテル街への誘導、美味しいとは言い難い店の紹介、完全に正反対な事を教えてきている

 

であるならば、この道を行ったとしても出雲大社に着くとは考えられない

 

「お前……」

 

 

 

動きは右の方であった

 

 

 

「はぁ…はぁ…やっと追い付いた……」

 

身長160cm前半、茶色い短髪、高天原高校指定のブレザー

 

ウサイン・ボルトも真っ青の速度で大悟を置き去りにし以降のこうなる元凶となったマジカル(?)女子高生、武内氷澄さんである

 

距離10m、町中走り回っていたのか、フルマラソン直後のような疲れよう

 

「っっとにあっちこっちとうろちょろうろちょろ手間かけさせやがって…!!」

 

「え…?いやそんな動き回ってはいない…ような……」

 

ここから100m以内でたむろしていただけとは自信を持って言える、それをあっちこっちと言うかどうかという話だが

 

「覚悟…できてんでしょうね!!」

 

 

 

返答は、暗転だった

 

 

 

 

 

 

 

 

天頂を中心に無数の星が広がっていく。写真でしか見れないような濁り一つ無い天の川が現れ、大鳥居と相まって幻想的な光景に、夕暮れ時の出雲が一瞬で成り代わった

 

常夜、通常の時間軸から隔離された一種の異空間

 

「いきなり何を…!?」

 

それを発生させた張本人である氷澄は札を1枚取り出して大きく振り上げ、肩の高さに達すると同時に手首ごと消失した

 

いや違う、空間に穴が空いている、消えたように見えるのはそこに突っ込んだ部分だけだ。氷澄はその奥で何かを掴み、思い切り引き抜く

 

 

出雲大社に置いてきたはずの大剣がそこから現れた

 

 

「これ以上逃がすか!!」

 

そして疾走。とりあえず言わせて貰うと大悟は逃げた覚えなどこれっぽっちも無い

 

もしくは昼前のアレがまだ継続中だったとか

 

「すいませんでしたー!!」

 

それでも条件反射で謝罪してしまうのが情けない

 

斬撃を避けるべく右へ横っ飛びし、そのまま飛び込み前転で距離を稼ぐ

 

が、そもそも氷澄の狙いは大悟ではなかったようで

 

「ち…ッ!!」

 

激しく空の切る音、人間1人の着地音

 

 

嘘つき青年が氷澄の猛攻を受けていた

 

 

「……え何でいんの!?」

 

常夜(これ)についての知識が無いためそのへんどうなのかわからないが、何かおかしい、一般人がいるべき場所ではない

 

考えている間にも上、下、横と三連撃で青年を追い詰め、しかし命中を出せないでいる。やがて青年が大きくバックステップを決め後退、仕切り直しとなった

 

「くそ…フェイントがうざい……」

 

「ちょ…ちょいちょいちょい…どうなってんのこれ」

「あれ、いたの?」

 

「い…………」

 

キチリと大剣アメノハバキリを鳴らせ、左手を手放して札を1枚

 

ずぶりと日本刀が出現した

 

「どうもこうも、あいつが今回の標的よ。アマノジャク、名前くらい知ってるでしょ」

 

「あま…?」

 

「あ ま の じ ゃ く」

 

 

天邪鬼、仏教において煩悩の象徴とされる悪鬼神、もしくは小鬼。出現の由来についてはいくつか物語があるが、人の心を察して悪戯を仕掛ける妖怪とされる点は共通する。数ある妖怪の中では最も有名な部類に入り、『うりこ姫』等の昔話から現代文学に到るまで幅広くその名を見る事ができる

 

いずれにしてもあまり力のある妖怪とは見なされていないが

 

「ただのイタズラ好きな腹黒大学生だと思ってた」

 

「そう思えるんなら脳みそはまだ健全ね」

 

鞘から抜かれた日本刀を渡され、それを杖代わりに立ち上がる。青年改めアマノジャクさんはやや離れた場所で一息ついて、風呂のボイラーを破壊して鉄パイプを入手中

 

「こういうの苦手なんだけどなぁ」

 

優しそうな笑顔はいずこかへ飛び去り、微笑よりは嘲笑に近い顔となっていた。鉄パイプ片手に笑みをこぼす光景は不良にしか見えなかった

 

「じゃあ今から片付けるから、必要以上に近付かないこと、変な気を起こさないこと、まずいと思ったら即目を逸らすこと」

 

 

アメノハバキリが持ち上がる

 

 

片手で中段に構えたまま正面を睨み付け、空いた手で大悟を下がらせる。相手は完全に逃走体勢らしく鉄パイプを構えながらもじりじり後退

 

「無謀だねぇ、そんな必死に抵抗してどうするのさ。洪水を素手でせき止めるようなものだ」

 

「少なくとも今ここでアンタを止める事はできるわよ」

 

「はは、それは違いない」

 

 

 

戦闘前の挨拶は済んだらしい、ギチリと剣身を鳴らして両手持ちに切り換え、アマノジャク目掛けて一直線に疾走する。まず左下からの斬り上げは横に避けられ、続いての斬り下ろしも空を切った。そこで何か変な動きをされたようだ、三撃目は奇妙な位置でキャンセルされて躓いたような格好になる

 

フェイントだ、右足で踏み込んだ後に右へ移動されればそうなってしまうだろう。脊髄反射というものがある限り即応することは不可能に近い

 

はずだった

 

「ッ!?」

 

驚きの声を上げたのはアマノジャク、フェイントに引っ掛かったかどうかのタイミングで氷澄の左腕が柄から離れ、最後に残った武器を穴から引き出す。長さ約70cm、トイレットペーパーの芯みたいな太さの銃身が付いた巨大リボルバー。振り抜きながらそれの照準をアマノジャクへ合わせ、何の躊躇いもなくトリガー

 

爆煙と轟音が2人を覆い隠した

 

 

「うわ…!」

 

強烈な衝撃波に両腕で顔を覆い隠す。その間に隣で着地音がし、次いで咳込み

 

「やっぱ…近距離で使うもんじゃないわね…げほ…」

 

「近距離どうこう以前にこういうのって複数対象の制圧に使うもんじゃないのか…?」

 

「まぁ…こふ…最初はそういう目的で持ってたけどね」

 

巨大リボルバーを腰の上あたりにベルトで固定して、氷澄は爆煙へ視線を戻す。普通だったら諸共生きていないはずだが

 

「人に取り付いてる特性状、銃で撃ち殺しても意味ないの。こういう専用の武器で逃げられる前にまるごとぶった斬らないと」

 

「逃げてからじゃ駄目なのか?」

 

「いくら私でも見えない相手は斬れないわよ」

 

 

煙が収まってきた、氷澄がアメノハバキリを構え直す

 

 

「もう少し現実的な攻撃をしてもらいたいもんだね……」

 

アマノジャクも火傷を負っているものの軽傷の部類に入りそうだ。逃げるのは諦めたらしい、落とした鉄パイプを拾って戦闘継続姿勢

 

だが攻撃力不足は明らかだ、できればこちらも刃物が欲しいと考えたのだろう、あたりをざっと見渡して、大悟の手元に照準を合わせた

 

 

 

ああ、狙われている

 

 

 

「ち…!!」

 

2人が同時に駆け出す、アマノジャクは大悟目掛けて、氷澄はそれを遮るように。1秒足らずで両者がぶつかり戦闘再開

 

せず

 

「わかりやすくてありがとう!!」

 

 

とても滑らかな動きで氷澄の脇を通り抜け跳躍、一気に大悟へ襲い掛かってきた

 

 

「危ない!!」

 

いやもう遅い、遅いがしかし、体は勝手に動いた

 

振り下ろされる鉄パイプに対し日本刀を合わせ、左へ傾けて軌道をずらす。凶器はアスファルトへ落ち、刀の目の前にはアマノジャクのマヌケ面

 

 

僅かに手応え、掠っただけだ

 

 

アマノジャクは着地の反動を使って小ジャンプを行い大悟の背後へ回る、半回転して2度目の鉄パイプを防御

 

「素人だと思ったんだけどなぁ…!!」

 

「いや素人ですけど…!?」

 

体が勝手に動くのだから仕方ないだろう。鉄パイプを弾き上げて大きく後退、その横を氷澄が駆け抜けていく

 

「自衛くらいはできるみたいね!」

 

斬撃、回避、距離を取る

 

アマノジャクは氷澄とは戦おうとはしなかった、まともに交戦しても無駄、という判断か。まず大悟の武器を奪ってからカタをつけるという行動方針

 

というかあの大剣は大振りすぎる、捉えるのは難しいのでは

 

2回、3回と空振りを続け、その度にアマノジャクが大悟に近付く。氷澄もわかっているようだが、ことごとく先手を打たれていた

 

「ああもう…!!いつもだったら斬り倒して終わりなのに…!!」

 

それは予想外に素早いという意味か、それとも手加減しているのか

 

「あっ…」

 

合計6度目の空振り、氷澄とアマノジャクの位置が完全に入れ代わった

 

アマノジャク反転、来る

 

「おいおい洒落んなってないぞ!」

 

まず速い、氷澄も人間離れしていたがこいつはそれ以上。そして動きが読めない、前後左右どこにでも行きそうな姿勢、もしくはフェイント。さっきみたいな油断はしてくれていない

 

右から来た殴打を刀で防御するも衝撃は無し、急いで守りを上に向け、跳ね上がった鉄パイプを受け止める

 

「ぐ…ッ!?」

 

がら空きの腹を蹴られた

 

「なるほど、確かに素人だ」

 

足がアスファルトから離れる、蹴られて飛ぶのは初めてだ、別に嬉しくはないが

 

とりあえず今わかる事は、日本刀が大悟の手を離れている事だ

 

 

洒落になっていない

 

 

「いい線はいってると思うけどね」

 

落着、一回転して俯せになる。その間金属同時の衝突が2回起きて、次に氷澄の舌打ち

 

膝をついて頭を上げる、目の前にアマノジャク

 

「もう少し、頭使わなくちゃ」

 

とても印象の悪い笑顔だった

 

たしか腕が飛んでも再生できるんだったか、だが狙われているのは確実に首だ、さすがに無理じゃないかと思う。1日に2回も死ぬ奴なんて自分くらいのものだろう、帰ったら自慢しよう。いやふざけてる場合ではない

 

振り上げられた日本刀が加速を開始し

 

その後方

 

 

 

回転鋸の始動音が聞こえた

 

 

 

「じゃ…………」

 

飛んだ、大悟の首ではない、アマノジャクの胴体が

 

斬られた勢いで上半身は横の家屋まで吹っ飛び、下半身も氷澄が蹴り飛ばして反対側へ。そうしてからようやく血が噴き出し始めた、それほどの速度で斬られたのだ

 

「あ……?」

 

立ち上がれなくてもがいている、両腕をじたばたさせて仰向けになり、そうしてようやく腰から下が無い事に気付いた

 

「え…嫌だ…なんだこれ…!!…なんだ…死ぬ…?…死ぬのかあはは……嫌だ死にたくない…死にたくない死にたくない…!!」

 

ああ、ゾンビのようだ、腕だけで這おうとしている。それを見た感情が応対するのをやめた、気持ち悪くない代わりに目を逸らす事ができない

 

やめろ、こっちに来るな

 

「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくな………………」

 

 

 

這って、這って、あと1メートルの所で大剣に頭を潰された

 

 

ほぼ同時、常夜が閉じられた

 

沈みかけの太陽、鳴いている虫。夕暮れの出雲だ

 

青年は、消えている

 

 

「ごめん」

 

氷澄に肩を押されて反対側を向いた。そうされるまで目が離せなかった

 

「なるべく穏便に済ませようとしたんだけど、あれ以上は危険だったから」

 

背中を2回叩かれて、一気に肺に空気が入る。呼吸するのも忘れていたか

 

「無理だよねぇこんな事やらされるの。帰ったら全部忘れて」

 

携帯電話を開く音、迎えを呼ぶのか、迎えというかワープというか

 

深呼吸3回、いや4回。どうにか肺を落ち尽かせて、口から声を絞り出す

 

「お前は……」

 

震えている、我ながら情けない

 

「お前はどれくらい…これ…やってんだ……?」

 

「……入学してすぐだから、1年とちょっと。よく発狂しないもんよね」

 

「どうして…やろうと……」

 

「それは……」

 

数時間前にも聞いたような気がする、その時ははぐらかされた。だが今回は言い淀む

 

「家…貧乏だったから……」

 

「……そ…か…」

 

それが最後

 

 

 

一瞬だけ出雲大社の大鳥居が見えて、大悟の視界はホワイトアウトした

説明
【狂気の月】世界に点在する神々の物語、それが今浸食されている。一つの神話により生み出された『悪』は他の神話さえ飲み込まんとし、ある者は染め上げられ、またある者は抵抗し。だが、それをせき止める両手は余りにも小さく―――【嘆きの太陽】
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