【改訂版】真・恋姫無双 霞√ 俺の智=ウチの矛 四章:話の三
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 「……」

 「何故っ! 何故だ! 答えろ蘇飛!!」

 

 思春様の声だけが響いてるみたいに聞こえます。

 でも、私は其れに現実感を感じられません。

 

 だって、蘇飛様は、あんなに優しくて、あんなに頼りになるお姉さんだったんですから。

 あそこで、同胞と友人を何人も殺した仇と同じ鎧を身に付けているのも、何かの間違いです。

 あんな、汚くて醜悪で一寸の同情すら与える価値の無い塵と一緒だなんて。

 

 そうである筈です。

 そうでなくちゃいけません。

 そうでなくちゃ、そうあってくれなきゃ。

 

 でも、わたしのちいさなお願い事は、叶いません。

 前といっしょで、叶いません。

 

 「……投降、してくれないか」

 「ッ……それが、貴様の答えかァっ!!」

 

 思春様が、怒声を張り上げました。

 心の底から沸き上がる憎悪と殺意を乗せて、蘇飛にぶつけました。

 

 私達のやり取りに、北郷さん達が困惑しているのが伝わってきます。

 でも、そんな事に意識を裂く暇はありません。

 

 頼りになるお姉さんから、憎悪し排除すべき敵へと蘇飛への評価が替わり蠢く私と思春様に、

 周囲の状況なんて何の意味も持ちません。

 

 何か北郷さんが声を張り上げています。

 そんな瑣末なコト気にしている場合じゃないのに。

 

 あの、糞雌豚を此処で殺さなければ。

 冷たい殺気が私と思春様に満ち溢れます。

  

 刀を抜いて、十歩で届く距離のその頚を跳ね落とさなければ。

 

 そうして、刀に手を掛けた瞬間──

 

 「すまんが、もう時間切れだ。

  復讐は大いに結構、だが、俺達にゃ関係ないんでね」

 

 その言葉を合図に、馬が駆け出しました。

 両手を離していた私は体勢を崩しかけ慌てて掴まり、

 体勢を整えなおしたその頃にはもう、蘇飛は遥か後方に小さく佇むだけの点になっていました。

  

 「頼む、下ろしてくれっ! アイツは、アイツは許しておけない!!」

 

 思春様の怒声が聞こえました。

 私もそれに追随します。

 

 「一瞬だけでいいんです、馬を止めて、いや速度を落とすだけでも」

 「却下だ」

 

 しかし、一片の検討すら無く北郷さんは切り捨てました。

 

 「何故だっ! 貴様に我々の怒りをっ!」

 「分からないね。だけどアンタらが捕まったりしたら俺らが困るんだよ」

 

 思春様の怒気を、まるで心地よいそよ風でも受けるみたいに受け流します。

 

 「いいか、出会って一刻足らずのアンタらが拷問されようが犯されようが俺の良心なんてこれっぽっちも痛まない。

  けどな、そうなる事でアンタらが持っている俺達の情報が“今”流れたら困るんだ」

 

 それが解らない分際で、この商売はやってないだろう?

 そう言いたげな視線が、私と思春様に向けられました。

  

 「っう……」

 

 それで、自分に反論の余地が無い、と思ったのか、思春様は苦汁を飲んだかの様に表情を歪めました。

 でも、それでこの殺意を納められる程、私は思春様みたいに人間が出来て無いのです。

 

 「そ、そんなことしません! もとより復讐の後屍を晒すのは覚悟の上っ!」

 「アンタらの覚悟なんてしったこっちゃない。重要なのは官軍共がそれをさせてくれるかだ」

 「させませんっ! 醜態をさらし生き恥を描かされると分かっているのならば、自害も覚悟の上です!」

 「だからな。自害させて貰えるかも相手次第だって言ってんだろ。

  幼平が単身騎馬の群れに切り込んでどうするか知らんが、仮に無事目標を殺せたとして、そのまま確実に自害出来るのかよ」

 

 感情に任せ衝動を叫ぶ私に浴びせられるのは、氷水の如く冷え切った傍観者の論でした。

 

 「いや、そもそもお前等二人であの女を殺せるのか? 

  悠長に会話出来ていたあの一瞬だけが、アイツを殺す好機だった。

  今から向かえば、軽騎兵の群れに剣一本と己の身一つで立ち向かう事になる。

  どんな人外性能を手前らが持ってるかは知らんが、一騎当千が文字通り出来ない様じゃ刃が届く事が万が一にも無い」

 

 ぐうの音も出ませんでした。

 恐ろしく利己的で、なのに恐ろしく正論だったからです。

 矛盾を指摘しようにも、殺意という熱に浮かされた私の頭じゃ反論の一つさえ浮かびませんでした。

  

 「……分かった」

 

 苦しげに、思春様が呟きました。

 それで、会話が済んだと見た北郷さんは、もう興味は無い、とでも言いたげな背中を向けると、

 お仲間の方達に手で合図し、一層の早さで平野を駆け抜けました。

 

 もう、追手の矢も、馬の蹄が大地を踏み鳴らす音も、何もありませんでした。

 

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 「あれで良かったのかしら?」

 「……知らん」

 「へぇ、貴女にしては無責任な返答ね」

 

 形だけの追撃を指示し、周囲には誰も居なくなった平原に佇む騎影は二騎。

 一つには官軍を指揮していた女性が、もう片方には蘇飛と呼ばれた女性がそれぞれ居た。

 

 「……情でも移ったかしら?」

 「っ……そんな事は無い。黄祖殿の怪我はどうだ?」

 「ええ、至って落ち着いているわよ。でもあの娘、ちょっと落ち込んでたわよ、貴女が本気で殺しに来てたって」

 「仕方ないだろ、あそこで手を抜く訳にはいかない」

 

 寧ろ殺されなかっただけ恩の字だろう、と蘇飛が呟くと、女性はくすくすと笑った。

 

 「ところで、公覆と公瑾はどうしたのだ?」

 「祭は堅母様の許可が出なかったのよ。偶には一人でやってこいー、って。冥琳は冥琳でやってるわ」 

 「それで、こんな仕事に一人で?」

 「ええ。と言ってもただの賊討伐よ。私には容易い仕事だわ」

 「流石は稀小覇王殿だ」

 「ふふっ、貴女に言われるとまるで嫌味ね」

 

 楽しそうに笑う女性を暫く見つめると、蘇飛は彼らが逃げて行った方角をキッと見つめた。

 

 「……やっぱり情が移ってるのね」

 「馬鹿言え。奴らは賊、我らは官軍」

 「へぇ、その割には謝ったり投降しろなんて言ったりしているわね」

 

 女性の質問に蘇飛はばつの悪そうな顔を一瞬すると、直ぐに抑揚のない無表情へ戻った。

 

 「……唯の気まぐれだ。それに、同じ女の私に下った方が楽に死ねるというものだ」

 「そう言う割には寂しそうよ、貴女」

 「なっ!?」

 「やはりそうだったのね」

 

 呆れた、と一言漏らしながら肩を竦める女性。

 一方簡単なカマ掛けに引っかかってしまった蘇飛は益々その整った顔をばつが悪そうに歪めた。

 そして観念したのか、ぽつりと口を開いた。 

 

 「……彼女達も、人間なのだと実感しただけさ」

 「へぇ、それで?」

 「知らぬ人間を切り殺すのはそこらの豚を殺すのと変わらん。だが、知人を殺すのには一瞬の躊躇がいる。知人は人間だからな」

 「本当にそれだけかしら?」

 「ああ。その躊躇も、もう無い」 

 「……そう」

 

 一瞬の沈黙、その後、女性は再び口を開いた。

 

 「……私達に、大義は有るのかしらね。

  少なくとも、私達に命令をしたあいつらよりは余程民の為に生きている連中を切る私達に」

 「知らん。大体お前が解らぬ質問を私にするな」

 「そう……」

 「まぁ、お前の言わんとする事は分からないでも無いがな、私は唯の下級仕官だ。

  上が切れと命じれば切り、上が死んでこいと言えば死ぬのが私や将兵だ。

  だから、そんな小難しい事を考えられる程人間が出来てはいないのだよ」

 「謙遜してるのかしら?」

 「いいや、本心だ。大儀だの理想だの言うのには、私の様な武人では役不足だろう」

 

 そこまで一息で言うと、蘇飛は黙って空を見上げた。

 何処となく沈んだ空気に反して、綺麗な月夜だった。

 

 「それで、今回みたいな任務に何度も赴けるのね」

 「それが強さというのか、問題を丸投げしていると言うのかは分からぬがな。

  ……だが、もし立場が違えば甘寧とは良い友人になれただろうな」

 「あら、やっぱり情が移ってるじゃない」

 

 悪戯っぽく笑う女性に、蘇飛はどことなくこそばゆげな表情を浮かべ頬を掻いた。

 

 「……煩い。次会えば、躊躇なく切り捨てる。尤も、生きて連中に対面することはもうないだろうが」

 「そうね。冥琳なら四、五十人程度相手じゃ問題も起こらないわ」

 「だろうな。だが、仮に討ち洩らしや、甘寧や周泰に遭遇したときは……」

 「そう。頼りにしているわよ、凛涼(りんりょう)」

 「精々期待にこたえて見せるさ、雪蓮」

 

 

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 **

 

 

 /一刀

 

 

 まる一晩逃走を続け、馬を停めたのは翌日の太陽が天蓋まであと半分と迫るトコロまで昇った頃だった。

 幾ら馬が無類のタフネスで、乗ってる俺達が軽い子どもとは言っても半日以上駆けさせれば潰れかねない。

 何より、乗ってる俺達が辛くなってきた。

 激しく揺れる馬の上で眠るなんてことは不可能だし、一番小さい風がそろそろ限界だった。

 

 日本じゃ北海道くらいでしか見られない地平線まで広がる何もない草原のど真ん中に、ぽつんと数本だけ固まって生えた小さな木立の元で。

 周囲を存分に警戒して一通りの索敵を済ませた俺達は、馬を木に泊めると各々口を開くことも無く眠りに着いた。

 

 無論、誰か彼かが見張りをするのは当然で、

 一時置きに俺と文醜、顔良と興覇、霞と幼平、俺と興覇、の順で交代しながら計四時(八時間)の小休止を取る事になった。

 何故俺と興覇が二度かといえば。

 唯一の男である俺は流石に甲斐性の無さをアピールする気もないので立候補、興覇は単純にくじ引きで当りを引いただけだったりする。

 もっとも、一時置きに起こされるのは体力がまともに回復しないだろうから、最後の見張りは俺が一人でする積りだけども。

 

 そうして始まった最初の見張りの時間。

 そう言えば最近あんまり話してないよなー、なんて思いながら俺は文醜に向き直った。

 

 「なぁ文醜、お前と顔良っていつ出会ったんだ?」

 「ん? あたいと斗詩の過去に興味があるのか?」

 

 特に会話に意味も無いので無難そうな話題を振ってみると

 手持無沙汰に枝で遊ぶ文醜がのっそりと顔を上げ小首を傾げた。

 

 「うん。そう言えば知らねーな、と」

 「確かに。あたいも斗詩も話して無かったっけ。でもよー、そんな北郷が驚く様な事は無いぜー?」

 「俺の個人的興味に過ぎないから、別に驚きとかそう言うのは二の次さ」

 「ならいいけどよー。うーん……どっから話したモンかなぁ」

 

 悩む文醜を見て、もしかして俺と霞みたいに何か言いたくない事があったのかもしれないと思いつく。

 それを聞き出そうとしてたとしたら、非常に礼を欠いた事になる訳だが……。 

 

 「あ、何か聞かれたら拙い事でもあるのか?」

 「いや、別にそう言う訳じゃねーけど。そーだなぁ……あたいが斗詩と出会ったのは確か七歳くらいの時だったかな」

 

 どうやらそう言う訳では無かったようだ。 

 「それで?」と短く相槌を打ち、続きを促す。

 

 「その頃あたいはやっと一人で馬に乗れるようになってな、

  んで、ある時誰かがしくじったから拠点を移動することになったんだよ。

  あたいはそれが初めての一人で長距離移動でさ、三日目くらいで疲れて、乗ったままうたた寝を始めちゃった訳よ」

 「おいおい、大丈夫だったのかよ」

 「ん、まぁ怪我とかはしなかったんだけどな、気付いたら群れからはぐれちまって、辺りにゃ誰も居なくて、まあ軽く混乱した訳よ」    

 

 なはは、と照れ隠しに笑う文醜。

 何となくオチの読めた俺は続きを促す。

 

 「なるほど、んで、迷子になってる内に顔良を見つけたと」

 「いや、違ぇよ?」

 

 なんとテンプレじゃなかった。

 座ったまま某新喜劇宜しくこけると、文醜は不思議そうな表情で俺を見てきた。

 何となく気恥ずかしくて、こほん、と咳払いをひとつし誤魔化す。

 

 「何だかん言いながら彷徨ってる内にあたいは無事親父に発見された訳よ。

  あん時が唯一だったな、親父に殴られたの」

 「へぇ、あのおっさんでも文醜殴ることあるんだ」

 「おう、あたいもあんときゃ吃驚したぜ。痛いとか怖いとかより訳がわかんなかったからな」

 「愛されてるねぇ」

 「だなー。でも来年で元服なあたいとしちゃもうちょっと子離れしてもらいてーけど」

 「違い無いね」

 

 俺が笑うと文醜も何となく照れ臭そうに頬を掻きながら笑った。

 

 「それで、顔良はどこで?」

 「ん、ああ、斗詩とはな、この直後に会ったんだぜ」

 「は?」

 「いや、そんな顔されてもな。あたいでも今でもなんで斗詩があそこにいたかさっぱりわかんねーんだよ」

 「親父さんはなんて?」

 「『喜べ猪々子! 姉妹が出来たぞ』って。聞いてもそれ以上教えてくれねーし、斗詩は覚えてねーし」

 「なんだそれ、訳分からんな」

 「だよな。あたいが居なくなって戻ってきたら居た、ってことは多分あたいを探してる内に見つかったんだけどさ」

 「出所不明って訳かぁ」

 

 俺がそう呟くと、文醜は口をへの字に歪め目を細めた。 

 

 「おい北郷、お前が何を考えてるかは知らんけど、出所云々で斗詩を隔てるなら殺すぞ」

 

 純粋な殺気だった。俺も霞を罵倒されたらこうなるのかもしれん。

 尤も、個人的にも好感を抱いている良き友人にそう思われるのは不快でしかないので訂正する。 

 

 「そんなワケあるか。お前も顔良もおれにとっちゃ良き友人だ。

  大体俺自身最底辺のゴミカス生まれなのに人を生まれや経歴だけで判断する程、偉くなったつもりもないんでな」

 「そか、なら許すぜ」

 

 俺の訂正に安心したのか、向日葵が咲いたように満開の笑顔を見せる文醜。

 不覚にも見惚れてしまい自己嫌悪だ。

 

 「んん? どーしたんだよ北郷、なに? あたいに照れてんのかよ」

 

 けらけら笑いながら指をさしてくる文醜にどうにも腹がたったので言い返す。

 

 「ああ、見惚れたよ。なんだ文醜、お前も可愛い女の子なんだな」

 「ッ〜〜〜!! な、何言ってんだ馬鹿野郎!」

 「何って、見たままの事を言ってるだけさ。文醜は可愛いなーって」

 「あ、あたいが可愛い訳無いだろっ!? あ、あんまし適当なこと言うとあたいも怒るぞ!」

 「適当なもんか。文醜はとびっきり可愛い女の子さ」

 「う、うるせーっ! 次可愛いっていったらぶっ飛ばすからなっ!」

 「可愛い可愛い、めっちゃ可愛いマジ可愛い」

 「だから言うなっていったじゃねーかっ! マジ殴る! ぜってー殴る!」

 

 うがぁ、と両手を振り上げ生物の本能である威嚇的ポージングをする文醜。

 するとそこで声を張り上げた所為か。   

 

 「……ん、っ」

 

 寝苦しそうに風が声を上げた。 

 その動作を見て、何となくそろって声をひそめる俺達。

 

 「ったく、文醜騒ぐなよ、風が起きちゃうじゃねーか」

 「ってあたいかよっ! 大体北郷が」

 「んんぅ……煩いですよぅ……」

 「ほら見ろ、今のはどう見ても文醜が原因だ」

 「うぐぐ……」

 「まあ落ち着けよ、可愛い文醜さん」

 「だからっ!!」

 「しーっ。睡眠中の方が居るのでお静かに。それに原因は俺をおちょくった文醜だ」

 「ちぇ、心の狭い男め!」

 「ふははは、なんとでも言うがいい! すでにルート分岐を済ませた俺には関係ないからな!」

 「霞に言いつけてやるぜ」

 「ごめんなさい許して下さい文醜様」

 

 やっぱアレだな、気の置けない友人って大事だよな。

 下品なトークとかふざけたやり取りとか遠慮なく出来るから。

 

 文醜は女? だぜのぜ語尾に付いてるし細かいことは良いんだよ。

 

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 「んー……っ、そろそろ交代かな?」

 「えっ、もうそんな時間かよ」

 

 座っていた事で固まった筋肉を伸ばしほぐししながら太陽を見上げる。

 見張りを始めた頃は東寄りに傾いていたソレは、天蓋を通り過ぎ西寄りに傾いていた。

 大体午前の十一時ころに始めたのだから、正午からさらに半時経過した今頃が変わり目とみていいだろう。

 

 「そんな時間だ。意外と速かったな」

 「だな。あたい北郷と駄弁ってた覚えしかねーけど」

 

 けらけら笑いながら文醜は顔良と興覇を起こしに掛かった。

 先ず顔良を、頬をむにむにと突きながら起こす。

 

 「おーい、斗詩ぃ〜、起きろー」

 「んぅ……あと一刻だけ……」

 「起きないと●●(ピー)して【禁則事項です☆】して×××だぞ」

 「わぁぁあっ! 起きた! 私起きたよ文ちゃん!!」

 「ならよろしい」

 

 とてもじゃないが放送できない様なプレイを連発した文醜に、慌てて飛び起きる顔良。

 まあ、文醜が物凄くニヤニヤしてる辺りいつかやるんだろうけど。

 

 「じゃあ次は興覇か」

 「頼んだぞー」

 「おう、あたいにまかしとけ」

 

 何を張り切ってるか知らんがやる気いっぱいに文醜は頷いた。

 というかアレだけ騒いでも誰も起きないってすげえな。

 

 なんて思いながら推移を見守っていると。

 

 「おーい興覇、交代の時ぐえっ!?」

 

 起こそうと興覇の肩に触れた瞬間、ぞわり、と悪感が背中を駆けた。

 それが殺気と気付くまでの僅かな瞬間で、興覇は文醜の手首を掴むと、目にも止まらぬ早さで肩の関節を固めうつ伏せに押し倒してしまった。

 

 そして、興覇の手に握られ文醜の首に突きつけられているのは、鋭利な短刀。

 指を一寸動かすだけでも文醜の命を刈り取れるソレは、冷たく薄銀に光っていた。

 

 「っ!?」

 

 突然の事態に思考が停止し、情況を理解するまでに一秒。

 しかし命のやり取りにおいては致命的過ぎる大きな隙を、興覇に与えてしまった。

 それを悔みつつも、俺と顔良は武器を抜くと興覇に左右から突きつける。

 殺気を感じ取った霞と幼平が飛び起き周囲を眺めると、と状況を理解できず唖然としていた。

 

 「動くな、武器を捨てろ」

  

 駄目元で降伏を促してみる。

 しかし、興覇は微動だにせず文醜をいつでも殺せる体制のまま動かない。

 

 そのまま、一瞬にも永遠にも感じられる濃密な時間を感じ、誰かが唾を飲む音がヤケに響いた。

 十秒程経った頃だろうか、突然、ピクリと興覇が動いた。 

 殺るのか、と俺と顔良がいつでも興覇を無力化出来るように身構え……。

 

 不意に、先程までの冷酷な視線と纏わりつく濃厚な殺気が霧散した。

 再び急激すぎる状況の変化に目を白黒させていると、興覇が悪戯を注意された子供の様な、ばつの悪そうな表情をこちらに向けた。

 すでに小刀は手放され、武装を解除された状態で興覇は降参の証として両手を上げた。

 

 「えっと……その、文醜。すまん」

 「は? あ、ああ。あたいは別に気にして無いぜ?」

 

 不意の謝罪に戸惑う文醜。

 武器を突きつけたままどうしたものかと動けない俺と顔良。

 未だわけがわからないよと顔で表現する霞に何故か気不味そうにする幼平。

 

 「あの、その、なんだ。北郷と顔良にも謝る。突然すまなかった」

 

 謝罪をし、此方に一歩歩み寄ろうとした興覇を制止する。  

 その所為か少し寂しそうに表情を変えたが、だからなんだと。

 女の涙と悲しみなんてそう信用していいものじゃない、ってのは俺の経験則だからね。

 

 「謝罪は受け入れる。だが動くな。今の興覇に害意こそ感じないが、まだ信用出来る訳じゃない」

 「……分かった」 

 「先ず質問をする。首を横に振るか縦に振るかだけで答えろ。それ以外の動作を示した場合は切る」

 

 こくり、と頷くのを確認すると、文醜に立てと視線で伝える。

 俊敏に立ちあがると文醜は顔良の後ろに回った。

 これで一先ず無手で殺したり人質に取ったりできるであろう間合いに誰も居なくなった。

 

 それを確認すると、俺は興覇への尋問を再開する。

 

 「先ず、先程の行為は俺達を害する意図があっての行為か?」

 

 首は横に振られた。

 どうやら何かしら理由があったようだ。

 

 「二つ目、俺と顔良が止めにかからなければ文醜を殺していたか?」

 

 一瞬眉を歪め、思考を巡らせた後に、興覇は答えた。

 縦に首を振る。つまり殺していたと。 

  

 「……なるほど。では次の質問には発言を許可する。それ以外の行動を見せた場合は切る。分かったか?」

 「ああ」

 

 頷きつつ答えた。

 その様子をしっかり確認すると、俺は質問を再開した。

 

 「何故文醜を殺そうとした? 文醜に害意は無かったが」

 「文醜は寝ていた私に触れただろう? あの行為は触れられたことへの反射だったんだ。

  この場の人間ならば、私は恐らく幼平以外に同様の事をされれば、文醜にしたと同じく殺しに掛かると思う」

 「と言うと、興覇はそうならざるを得ない様な事が頻繁にあったのか?」

 

 ちらり、とさり気なく霞に行動を制限されている幼平に視線を送る。

 状況こそ把握していないものの、咄嗟に仮の敵味方を判断して味方の有益になるよう行動する霞には頭が上がらない。 

 

 「え、あ、はいっ。思春様は黄河流域では一番の江賊の頭領でしたっ!

  なので命を狙われる機会も少なくは無かったですっ!」

 「成程な……」

 

 ソレにしては過剰な反応だった気がしないでもないが。

 俺には、あれが害意の無い行為とするなら、どちらかというと過去のPTSD(心的外傷後ストレス障害)が原因の過剰反応に見えた。

 

 「あ、あと……これは余り愉快なお話では無いのですが……」

 「なんだ?」

 「私や思春様は奴隷上がりなので、あの頃に色々あって、寝ている時でも無防備にはならないように身体が反応してしまうことはあります」

 「明命の言うとおりだ。尤も、愉快な記憶では無いので口にしたくは無いが、害意が無かった事を証明できるのならば」

 

 そういう興覇を俺は手で制止する。

 今のところ矛盾は感じられないし、辛い記憶を態々掘り返すなんて半ば拷問まがいな事をするつもりもない。 

 

 「ふむ、じゃあ江賊になってからよりも以前の記憶が原因の大半なのか?」

 「……ああ。どうやら理解してもらえたようだな」

 「まあな。興覇の不幸と比較するつもりはないが俺も文遠も仲徳もひと悶着あった様な人間ばかりだしな」

  

 もしこれが信用させるための芝居だったら興覇と幼平はハリウッドも真っ青な大女優様だ。

 

 「仲徳、お前は様子を見てどうだ?」

 

 いつの間にやら起きていた風に尋ねる。

 嘘の発見とか人間考察には風が一番優れているからだ。

 

 「うーん、見たところ興覇さんは嘘を吐いている様には見えませんねー。

  今は瞳が不自然に泳いでいますが、瞬きの回数が極端に少ないですし、

  証言の際にもお兄さんから視線を逸らした様子も感じられませんでしたしー」

 「つまりは?」

 「嘘を吐いている、というよりはですね。

  証言が信じられるか、幼平さんと己がどんな処遇に晒されているか不安だ、という所ではないでしょうかー」

 「!?」

 

 なるほど、実に有りがちでこの現状が不本意な者なら思い浮かぶであろう思考だ。

 そしてソレを聞いた瞬間に、興覇の目が見開かれ息を飲んだ事でなおさらその予想が真実味を増した。

 ……ほぼ間違いなく害意は無かったと見ていいだろう。

 余り疑い過ぎて禍根を残すのも、恐らく暫くは行動を共にするであろう人間との関係性に適切なものではないし。

 

 「分かった。顔良、武器を下ろそう。文遠、幼平への警戒は解いてくれ」

 「……分かりました」 

 「ういうい」

 

 霞はやっとか、とでも言いたげに。

 顔良は不平不満アリアリですと言いたげに。

 

 「害意が無い事は理解した。それと興覇への対応を知らず行動し結果として武器を向ける事になった事を謝罪する。すまなかった」

 「え? あ、ああ。いや、いいんだ。それよりこちらこそすまなかった。文醜、本当に腕は大丈夫か?」

 「おう、あたいは頑丈だからなっ。興覇も気にすんなよっ」

 

 俺達の対応に興覇は戸惑っているようだ。

 必要以上に疑い警戒に晒されたかと思えば、途端に手のひら返したかのように柔らかい物腰になる。

 普通は警戒されたままだとか、もう殺されてたりだとかするだろう。

 特殊なハーレム系主人公なら馬鹿丸出しで無条件信頼ニコポナデポだろう。

 実際のところそんな奴がいたら暗殺しやす過ぎワロタだけど。

 

 尤も、興覇が後者を知ってるとは思わないけども。

 

 「あの、自分でやっておいてなんだが。本当に許して貰えるのか?」

 「いやさっき許すって言ったじゃん。こんな一瞬で前言撤回する程馬鹿じゃないんだけど」

 「それにあたいだって気にして無いって言ってるんだぜ? なんで興覇が気負ってんだよ」

 「せやせや。状況よう分からんけど一刀も文ちゃんもええって言うとるんやで」

 「私は文ちゃんが怪我しかけた事にはあんまり納得してませんけどね。興覇さんに害意が無かったのは本当だったみたいだし、文ちゃんも無事だったし」

 

 皆がそう言うと、何故か興覇は俯いてしまった。

 あれ、なんだこのデジャヴ。するとなんだ、この後の展開は……。

  

 「ど、どないしたんねん興覇! えっと、ウチらなんかしてもうたん?」

 「いや、違う……違うんだ……嬉しいんだ」

 「なんかしたなら謝るさかいに、って、は? 嬉しい?」

  

 興覇が顔を上げると、先ず目に入ったのは、その頬を伝う涙だった。

 そして、思わず見惚れる様な、綺麗な笑顔を浮かべていた。

 

 「ああ。嬉しいんだ。

  明命以外に、信じられる人間なんて私には居なかった。 

  受け入れてくれる人間なんて居なかった。認めてくれる人間なんて居なかったんだ」 

 「思春様……」

 

 ぽつり、と幼平が興覇の真名を呟いた。

 裏切られた、という事も少なからず関係しているのだろう。

 何だかその不安で弱くなっている心に付け込んだ様な気がするが、人から信頼の情を向けられると言うのは悪い気はしない。

 

 「その、軽い女だとは思わないで欲しい。

  だけど、受け入れてくれた皆に、私の真名を受け取って欲しい。私の真名は、思春だ」

 

 一体今までにどんな扱いを受けて来たのか。

 ほんの少し、興覇の側面を垣間見てそれを受け入れた。

 それだけで、この少女は俺達を信頼してしまった。

 

 それは、とても危うすぎる。

 鋭利で閉ざされた心でいたからこそ、この少女は耐えられてきたのに。

 一度氷が溶けてしまったら、もう二度と元には戻らない。

 

 ……だけど、それを指摘する強さは俺には無かった。

 言える訳が無い。絶望から拾い上げられた時、人間がどれだけ安堵しソレに依存してしまうかを知っているから。

 

 皆が何を思っているかは分からない。

 少なくとも風は俺と同じ結論に達したようだが、文醜は何処か照れた様子ではにかみ笑い、

 顔良は一瞬驚くも優しそうな頬笑みを浮かべ、霞は……予想に反し何やら難しそうな表情をしている。

 幼平は、心配と安堵と不安と喜びと恐怖をごちゃまぜにした感じで、言うなら躊躇していた。

 

 「よっしゃ、分かった。あたいは思春の真名を受け取るぜ。あたいは猪々子だ」

 「あ、ありがとう! 感謝する、猪々子」

 「……私は、ごめんなさい。もう少しだけ時間をください」

 「ああ、それで構わない。元々私の無茶な願いでしかないしな」 

 「でも、貴女に信頼された事は素直に嬉しいですし……いつかは、真名で呼ばせてくださいね」

 「っ、ああ! 感謝する」

 

 どう答えるべきか。

 ……なんて、悩んだふりをしながら、俺は分かっていた。

 俺にこれを受け取らない事は出来ない、と。

 

 つまらない同情が原因で、興覇の覚悟と信頼を踏みにじる行為と理解していながらも、だ。

 そう意志が固まっているのにも拘らず、俺が言葉に出来ないでいると、先に霞が口を開いた。

 

 「興覇、ウチはまだアンタんことなんも知らんし、なんや起きたら興覇が文ちゃん殺しよった事しか見とらん。

  真名を預けて貰った事はマジで交栄やと思う。でも、まだアンタんことは、ウチは真名で呼べん」

 「そうか……いや、正常な判断だ」

 「でもな、文ちゃんも顔ちゃんも信頼したんなら、ウチもアンタんこと知って、信頼してみようと思うで。

  やで、ウチの真名は霞、これをアンタに預ける」

 「っ! 感謝する。それだけでも、私は本当に嬉しいんだ」

 

 ぺこり、と頭を下げる思春に、霞は何とも言えない表情をした。

 どうやら照れているようだ。

 

 「んー……風は呼ばせてもらうのです。思春お姉さん」

 「っ、そうか!」

 「でも、です。これは風が思春お姉さんを認めた、とかじゃないのです。

  思春お姉さんに、同じ様な立場を経験した事のある人間としての同情なのです」

 「……どういう事だ?」

 「思春お姉さんの、気持ちのいい性格と意見は認められるのです。でも、やっぱり風は思春お姉さんの事を知らないのです」

 「確かに……だが、同情とはなんだ?」

 「風も分かるのですよ。絶望とか恐怖とか、そう言うのから救いあげられた時、その救いあげた人に頼りたくなってしまう気持ちが。

  というか、実際風は頼っちゃって許しちゃったのです。ねー、お兄さん」

 「ああ、風の言うとおりだ」

 

 それは、救った俺に向けられた言葉なのか。

 救われた俺に向けられた言葉なのか。

 

 「だから、風は思春お姉さんに真名を預けるのです」

 「相分かった。それも一つの動機としてあって良いものだと私は思う。よろしく頼む、風」 

 

 さて、これ以上は先延ばしにも出来ない。 

 俺は、この少女に──……

 

 

 「……俺も、思春。貴女の真名を受け取らせてもらうよ。俺は一刀だ」

 「ありがとう、では呼ばせてもらうぞ。 か、一刀」

 

 

 異性の真名を呼ぶのは初めてなのだろうか。

 一瞬だけどもり真名を呼ぶと、顔を真っ赤にしてしまった。

 

 思春は喜びでうち震えているが、俺はそんな気分になれなかった。

 俺は、最低だ。真名を同情何ていう極めて私的な理由で呼んだのだから。

 

 風はそうだと明言した。 

 俺もすればよかっただけの話なのに、俺は逃げた。

 

 何故逃げたのか。

 どうして本当の意味でむきあう事を恐れたのか。

 

 自分が訳が解らなかった。

 

 

 幼平の視線が、唯唯冷たかった。

 

-5ページ-

 

水曜更新どこいった

こんばんわ甘露です。

 

真名を預ける時はどのssでも名場面でイイハナシダナーですよね。

変化球狙い過ぎてデッドボールどころか球審にクリティカルな気がしないでも無いです。

 

ど う し て こ う な っ た

 

次こそは水曜日の更新を目指して。

 

では

 

P.S. 今日の更新分は色々アレなので、読者の皆様の客観的なご意見を頂けると本当にありがたいです。

   厚かましいですが是非、宜しくお願いします

  

説明
今北産業
・真相
・13なスナイパーの如く
・真名を呼んで

・中二病患っても僕は今日も元気です。
・思春さんが妙に可哀そうな事に。
・デジャヴとデジャブってどっちが正しいんでしょうか?
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コメント
デレてない明命が見れるとはある意味貴重ですねぇ。今後この二人はどういった行動を取るのか楽しみです。(minerva7)
あれ!?快活な明命はどこへ?!?ww 前回の襲撃者は雪蓮だったんですね〜・・・(めがねマン)
ハーレム作成の為にはここが踏ん張り時か?(eitogu)
明命の冷たい視線が気になります・・・思春もそうなんですが原作とは全然違う人間関係が出来そうですね。(よしお)
墜とせ!墜とせ!墜とせ!墜とせ!墜とせ!    そのまま思春と明命をイタダキマスだ〜(駆逐艦)
皆さんと同じく、明命の反応が気になりますね。二人が完全に孫呉から離れ、今後どのように変わっていくのか、楽しみにしてます。(峠崎丈二)
明命との関係が原作での思春との関係みたいになりそう。(アルヤ)
明命さんがこの後どうするのかが大いに気になります。(mokiti1976-2010)
それぞれの人間性が色濃く出た話でしたね。思春が真名を許した時のそれぞれの思考の仕方が違って面白かったです。骸骨さんと同様に明命の視線がどういったこと含んだ視線なのか次回が気になります。(シグシグ)
なにやら明命との関係が、他作品とは違う方向に進みそうで続きがきになりますねぇ(ロンギヌス)
明命がなぜ冷たい視線で一刀を見ていたのが気になりますね。嫉妬か嫌悪か、それとも別の感情なのか。(量産型第一次強化式骸骨)
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恋姫†無双 思春 明命  斗詩 猪々子 一刀 

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