聖六重奏 5話 Part3 |
血を継ぐということ
「河原さんは、わたしの退魔器を……いえ、性格にはわたしが戦う姿を見て、何を思いましたか?」
会長の話は続く。
そして、今までほとんど完全な聞き手に回っていた僕に、意見を求められた。
「何を思ったか……とにかく、すごいと思いました。圧倒される感じ、でしょうか。羨望の気持ちもあったかもしれません。同じ学校にここまでの力を持った退魔士が居るのか、と」
「そうですね。わたしが退魔器を顕現させた時、両親や親戚も同じ反応を示しました。数十人か、百人ほどの退魔士に見られることになりましたが、今の杪に対する禁書目録聖省の様に、難色を示した人は一人も居ません。
それはやはり、わたしの退魔器が剣だからなのでしょう。剣はどれだけ優れていても、出来ることは破壊のみです。それに、この剣は飽くまで霊体を斬るのであって、人間の体に物理的ダメージは与えませんから、対霊武器として重宝されど、倫理的に問題視されることはありません。
皆、期待通りの神童の誕生に、素直に喜んでいたと聞きます。……最初の内は」
この続きが明るい話でないのは、急に落ちた会長の声のトーンでわかった。
自然と僕の背筋が伸びる。
「わたしが、小学生になった頃でしょうか。ああ、わたしの退魔器は、四歳頃には完成していました。ですから、それから二年後になりますね。問題はこの剣の性質ではなく、この剣の所有者がわたしであることにありました」
「……かいちょ、萌さんに?」
退魔器の格と、その所有者の霊的才能は、正比例の関係だ。
所有者が凡人で、退魔器が優れている、なんてことは絶対に有り得ない。その逆も同様。
なら、会長に文句なんて付けられない筈。第一、四歳なんて早熟なら、尚更その非凡は明らかだ。
「知っての通り、わたしの剣は、飽くまで“剣”なのです。西洋風の両刃剣であり、そこに日本らしい要素は一切ない。わたしは容姿も、声も、母によく似ていますから、おかしなことではないのですが、ここである一つの危惧がすべきことが生まれました」
そんなの、高天原家の世継ぎとして相応しくない……なんて前時代的な考えは、ハーフの誕生を許した会長の家の人にはないか。
なら、一体どんな……。
「陰陽師としての才能はあるのか?この疑問は、早速わたしに呪符と式盤を使わせたことで氷解しました。――端的に言えば、わたしはどんなに簡単な陰陽の術も扱えません。
母の血が、色濃く出過ぎたということですね。これでは、たとえ優秀な陰陽師の婿を迎えたとしても、高天原家の陰陽師としての力は失われたも同然。陰陽の大家が、遂にその看板を下ろす時がやって来たということになります。それも、当代達の浅はかな考えによって。
……これには、高天原家だけではなく、退魔士協会も大騒ぎですよ。陰陽師を支えて来た家が、急に西洋教会風な退魔士の家に変わってしまうのですから、このままヴァチカンにわたしを取られないか、と必死になりました」
最後は自嘲的に笑って、会長は静かに紅茶に口を付けた。
僕もそれにつられてコーヒーを飲むけど、ぬるくなってしまっている。
「勿論、わたしに肩書きを“退魔士”から“エクソシスト”に変えるつもりはありませんし、両親も、飽くまで退魔士として家を存続させる決定をしています。ですが、そんな宣言一つでままならないのが世の中というもので、教皇庁からしょっちゅう使者が来る日々です。
禁書目録聖省も本部があるのは同じですから、杪目当てで来るついでに、わたしにも嫌みを言って行くのが恒例となっているのも、それが理由ですね。――本当、熱心なことですが、わたしは何があってもイタリアには行きませんし、行けません。エスプレッソは苦手ですしね」
最後のは冗談だったみたいだけど、案外、それが一番の理由の様な気もする。
ちなみに、僕もエスプレッソは苦手かな。美味しい店のを飲んだことのないだけかもしれないけど。
「でも、それなら、ローマへの修学旅行の時、大変だったんじゃないですか?ある意味、絶好のチャンスだった訳ですし」
「それは、逆に大丈夫でした。先生も居ましたし、単独行動は避けていましたからね。いくらアウトローの国と言えど、一人の女子高生を強引な手段でさらったりは出来ませんよ。それに、意外だと思われるかもしれませんが、わたしはこう見えて空手、柔道、合気道、一通り修めていますので、徒手格闘でも並の相手に負けるつもりはありません」
……本当に意外。
剣の扱いが並大抵のものでないのは、十分過ぎるほどわかっていたけど、体術の方面にも秀でていたなんて。
そういえば、本当に優れた剣士は、剣を失くしても敵を撃退出来るだけの筋力と、その技を持っているものって聞いたことがあるけど……やっぱり会長のイメージには合わない。勿論、冰さんとも。
「ちなみに、段位などは」
「あまり力を入れる時間もなかったので、全て初段です。ですが、合気道はもっと突き詰めて行きたかったですね。剣を取る際にとても参考になりますから」
僕はどの武道もよく知らないからわからないけど、剣道三倍段とか何とか、とはちょっと違う……か。
会長の剣は、飽くまで「剣術」なのであって、冰さんの「剣道」とは大分違うみたいだし。
あれ、でもそうなると、真剣も使う冰さんは剣術もきっちり修めているっぽい……?本人に訊いてみるのが一番かな。
「……なんとなくその顔から、思考が見て取れるので言っておきますが、合気道を柔道や空手の仲間として扱うのは少し違うと思いますよ。合気道の一つ一つの技や、姿勢は実戦にも使える素晴らしいものですが、立ち回りというものをしませんから、合気道だけでは戦えたものではありません。
尚、よく言われる剣道三倍段というのは、かなり限定的な状況でのみ成立するものですから、実戦とはやはり無関係に近いですね。ただ、一つでも武道を修めていると、様々な面で利点がある、というのは確かに言えます」
そういえば、入学当初は弓道部をごり押しされたなぁ……銃を使うにも、弓道は役立つから〜とか言われて。
けど、どうせ所属するなら、弓道部よりは剣道部かな。
……いや、副会長と冰さんのイメージで考えたけど、むしろ女子人口は弓道部の方が多めか?どうせ防具を付けたら、相手が誰だかなんてわからなくなるし。
対して、弓道部の道着姿か……それはそれで素晴らしいと思う。
うーん、やっぱり部活には入っておくべきだろうし、色々と悩む。些希さんとも相談してみようかな。
「さて、話はその程度です。これからは学校にまでわたし達の問題が絡んでくるかもしれません。やはり三年生になって、向こうも必死ですから。簡単に決着の付く話ではありませんが、出来るだけ生徒会の皆さんの迷惑にはならない様にしますので、ご了承下さい。お願いします」
「い、いえ、僕はそんな……頭を下げられてしまっても……」
会長に非がないのは、さっきの話で明らかだし、そもそも僕に文句を言うつもりはない。杪さんについても同じだ。
それなのに、こんな風にお願いされてしまうと……すごく申し訳ない気持ちになってしまい、僕も何故だか頭を下げてしまう。
典型的な日本人だなぁ……。
「ありがとうございます。それでは、これからは楽しいデートの続きとしましょうか」
「あ、は、はい」
すごく嬉しい筈なのに……どうしてだろう。心が涙をぽろぽろと溢しているのは。
……会長の大食いと、一般人とは異なった金銭感覚を知っているからかな。
「杪さん共々、お手柔らかにお願いします……」
いざ蓋を開けてみると、杪さんがセーブをかけてくれる立場だったので、僕の今月分の仕送りの全てを食い潰されるには至らなかった。嬉しい誤算だ。……けど、自分の財布が確かに薄くなっているのを見過ごせるほど、僕は裕福な学生ではなかった……。
“元カノ”と“今トモ”
筒ヶ内些希は、影の薄い少女である。
どれぐらい影が薄いかといえば、上手くやれば電車をタダで乗ることが出来る。何故かはわからないが、自動改札機が反応しないことが多いのだ。
また、どれぐらい影が薄いかといえば、出席しているのに欠席扱いにされたことが何度も何度も何度もある。手を上げて出席していることをアピールしなければならないのだから、これほど面倒なこともない。
また、どれぐらい影が薄いかといえば、テストで良い点を取ったのにも関わらず、点数が貼り出されない。テストの答案は、彼女の手を離れた別個の存在だというのに、その存在感の薄さが伝染しているとでも言うのだろうか。
しかし、「彼女が居る」ということを意識さえしていれば、彼女の存在を見失うことはない。
天性の影の薄さはあっても、彼女が人目を惹く美人であるのは事実であり、人混みに紛れることはないのだ。意識している事さえ出来れば。
その為、大灯寺来夜は彼女を街中でも見つけることが出来た。彼女を「元彼氏と居た綺麗な子」と認識していたから。
(ど、どうしよ……声、かけて良いのかな?)
即断即決。竹を割った様な性格、男勝り、見た目詐欺、色々と言われて来た来夜だが、この時ばかりは躊躇してしまう。
一応、自己紹介はしてもらったが、彼女は幼馴染の友人であり、つまりは他人。声をかける様な義理はない風に感じる。
相手は気付いていない様なのだし、このまま通り過ぎてしまえば、何の問題もない。
……が、それで良いのか?
誰かに無理矢理そうさせられるかの様に、来夜は声を発していた。
「筒ヶ内さん、だよね?」
色素の薄いパールピンクの髪は、見間違え様もない。
小柄な幼馴染とそう変わらない身長、スレンダーだが、均整の取れた体のライン。モデルと言われても疑問を持たない程、スタイルが良い嘘みたいな女の子。来夜はそう彼女を自分の中で評価していた。
無意識の内に、同じ女子として嫉妬すらしていたのかもしれない。
「はい。そうですが。……大灯寺さん」
「あ、えっと、こんにちはー。あ、来夜で良いよ」
特に話すことを決めていた訳ではない為、それ以上の言葉に詰まってしまう。
些希もまた、突然のことなので呆気に取られている。
「はい。こんにちは。……私が人に話しかけられるなんて珍しいから、ちょっと驚いてしまいました」
「え、そうなの?意外だなー」
「私、存在感薄いですから」
何故か明るい口調、表情でそんなことを言ってしまえるのだから、面を喰らうのは来夜の方で、生まれて初めて人との会話で詰まってしまう。
苦手な人だという訳ではなさそうだが、やはり声のかけ方が不自然過ぎたかもしれない。何を意識しているのかは、言葉に出さなくても、顔と雰囲気でわかってしまっているだろう。
「来夜さんは――」
「う、うん!」
来夜が話しにくそうにしているのに気付いた些希は、気を利かせて自分から口を開いた。
このまま沈黙を続かせるのも気不味かったので、来夜もそれをありがたく受け入れる。
「今でも聡志君のことは、好きですか?」
つもりだったが、あまりにストレート過ぎる質問に思わずぎょっとして、数歩下がってしまう。
「え、えっと……その……なんというか、あれは、聡志が一方的に言い出したことだし、わたしの方はまだまだ大好きというか、まだ諦めてなくて、聡志が落ち着いたらまた会えればなーとか、思ってて……」
それでも、質問されたからには、それに答えておくべきだろうし、この人なら野暮なことはしないだろう、と珍しく本心を弱々しく口にした。
今まで口に出したことがなかったのに、まだ二回会っただけの同い年の子にこんなことを言っている。不思議な感覚だが、逆に彼女以外には話せない気もする。
「そうですか。では、私とはライバルということになりますね」
「え?…………ええっ!?」
わが耳を疑う、というのはこんな状況のことを言うのだろう。
些希が言った言葉は、あまりにも脈絡がない様で……彼女の言っていることが真実なら、何もおかしく所はない。
来夜が聡志を好きと言った。だから些希も自分の恋心を打ち明けた。何もおかしくはない。だが、躊躇いがなさ過ぎる。
「う、嘘だよね……?」
「人の好きな人のことが好き、なんて嘘を当の本人の前で吐くのは、相当な勇気の要ることだと思いますが」
「つ、つまり本当……」
「はい。どこが好きとは言えませんが、男の子として聡志君を意識しているのは確かです」
そう言う些希の表情は、恥ずかしがるものではなく、また、嬉しそうなものでもない。本当に複雑で、微妙な、ミルクの混ざりきっていないカフェオレの様なものだ。
「ど、どうして今、それを?」
「私は聡志君と同じ学校どころか、同じ機関に所属してしまっています。これでは、あまりにアドバンテージが私にあり過ぎて、フェアーではありませんから」
「そ、そっか」
真面目、と言うのか、あまりに邪心がなさ過ぎると言うか……コメントに困ってしまう。
「……いきなり変な話でごめんなさい。でも、どうしても来夜さんに言っておきたかったんです」
「ううん。ありがとう。えっと、わたしも些希さん、って呼んで良いかな?」
「はい。……名前で呼び合うのなら、敬語は要りませんか」
「そうだね。堅っ苦しいのはわたしも苦手だから」
どちらともなしに手を出して、握手を交わす。
来夜の手も、色白で、頼りなさげなものだが、些希の方が更に色素が薄く、病人の様にすら見えてしまう。
――こうして、好きな相手を共有する二人が手を取り合っている時、当の本人は上級生二人と共に街をぶらついていた。
運命というのは時に残酷で、時にはものすごく甘く出来ているもので、来夜達と聡志達がその日、出会うことはなかった。
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年を跨いでしまった……今年もこの作品をよろしくお願いします | ||
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