熊な日 |
「ふぁ〜」
私は小さくあくびをしながら、静まり返った学校の廊下を歩いている。まだ廊下にも教室にも人の影はない。
外からは部活の声が木霊のように聞こえてきた。朝の冷たい空気が沈殿しないのはこのためだろう。
幾つかの扉を通りすぎて教室につくと、深呼吸をする。朝の弱い私がこんな早朝に、学校へ来るのは理由がある。
「おはよ!」
私は勢い良く扉を開けて、彼の席へと視線を動かす。しかしそこには彼の影はなく、クマが座っていた。
「おはよう。桐島さん」
クマはこちらを向くと私の名前を呼んだ。私は状況に理解がついていけない。熊に会ったら視線を合わせたまま逃げるんだっけな。と他人事のように考えていた。
「驚かしたかな。俺だよ。迫川翔」
動けない私にクマが彼の名前を名乗る。そういえばこのよく通る声は迫川君だ。いつもと変わらず、おおらかにしゃべっている。もしかして着ぐるみだろうか。
「本当に迫川君なの?」
質問にクマが頷くのを見ると
「よかった……」
私はほっとして彼の席へと歩みよる。着ぐるみとか彼のイメージと違うけど、熊がいるという現実よりは受け入れ易かった。
「やっぱりいきなり熊がいたらびっくりするよな」
「それ着ぐるみ? 良く出来てるね」
その姿は近くで見ても、熊そっくりだった。毛皮の色も、顔の造形も、時々覗く牙でさえ、よく見る作り物の熊とはまったく違う。それも大きいのだ。座っても立っている男子の身長を超えていそうだ。どうなってるのだろう?
「いや。本物なんだ」
「騙されないよ。背中にチャックがあるんでしょ?」
私は冗談を笑い飛ばしながら、クマの背中に廻る。だがそれらしきものは見つからない。毛の中に埋もれてるのかな?
首をひねりながら毛皮をかき分けてみる。しかし何処に人工物の欠片もない。そこには柔らかな毛皮と温かい肌があるだけだ。
「くすぐったいよ」
「あ、ごめんなさい」
クマが体を震わすので、私は驚いて手を引っ込める。この体はぬいぐるみじゃないようだった。
「こっちこそ……。でも何もないだろ」
迫川君も困惑気味に謝る。別に迫川君が悪いわけじゃないのに、そう思うが口に出せない。私は頷き返すだけ。
「そんな顔をするなよ……椅子に座って……な」
気づかないうちに私はひどい顔をしていたらしい。固まった顔に努めて笑みを浮べると、即されるまま隣の席に座る。
「混乱させちゃったかな……僕も見た目が熊になったときはめまいを覚えたよ。それも連休初日にだよ」
クマの表情は読み取れないが、迫川君は明るくしゃべる。私は自分の感情が整理できずに、黙って彼を見つめていた。
「色々悩んだし困ったよ。こんな体でどうやって生きていこうかとか。でも悩んでも人間に戻らないし、嘆いても始まらないからさ。それならこのまま生きていこうと思ったんだ。熊も悪くないんだぜ。身長は高いしさ、力も倍以上あるし、四足なら走るのも早いしな。って俺は何を話してるんだ」
「ふふっ」
クマは困ったように頭をかく。その姿はマスコットみたいで愛らしい。私は悩んでいた自分とのギャップに顔が綻んでいた。
「やっと表情が和らいだ」
「ごめんね」
「ううん」
「なんか私は謝ってばかりだ」
「そうだね」
そういって二人で笑いあう。この会話と気遣いは確かに迫川君だった。見た目が熊でも中身は迫川君なら、それでもいいかな。
「両親はどういってたの?」
笑いが収まると、クマな迫川君に向き合って尋ねる。自分の子供が熊になったらどう思うか。想像もつかないが、すんなり認めれるとは思えない。
「別に何も言ってなかったな」
「え? 何も?」
「ああ、うちは放任主義だからさ」
「でも熊になったんだよ!?」
「そうなんだけどね。気にしてないようだったよ」
「そうなんだ……」
余りにも無頓着な親と思ったが、迫川君がそういうなら追及も出来なかった。
「変な親だろ」
私の思いを察したのか、迫川君は笑って言葉を続ける。理解はできないが、そういう親もこの世にいるのかもしれない。
「でも他の人は? 近所の人とか」
「何回か見られたけど、驚かれただけかな」
「ええ?」
私はびっくりして迫川君の顔を見つめ返す。その顔に変化は見られない。そんな事があり得るのだろうか。
「熊が街中にいるんだよ。大騒ぎになるはずでしょ?」
「ならなかったよ。多分、誰も気にしてないのかな」
「でもさ、普通の熊は人を食べるんだよ。それがこんな町中に出たら危ないじゃん」
「確かになあ。でも俺は熊ではないし」
「いや見た目は完全に熊だよ!」
「そうだった。でもなにか違うのかも」
私の言葉に迫川君はおっとりと驚く。さっきまで悩んでたって言ってたじゃん。突っ込みたいが我慢、我慢。
「私には違いわからないけど……」
「そうかなあ。まあ何も無いし大丈夫だよ」
「本当?」
「桐島さんは心配性だなあ。問題ないよ」
迫川君は私の不安をよそにあっけらかんと答える。彼は自分のことには無頓着なのだ。他人にはあんなに気を使うのに……
「それならいいけど……」
不安で言葉尻を濁したが、迫川君は気にしていないようだ。これでこの話は終ってしまったようだった。
「宿題しなきゃなあ」
迫川君は会話が途切れると、教科書を見ながらつぶやく。彼の机の上には数学の教科書がおいてある。
「連休中の宿題?」
余りに拍子抜けな話題だったが、無視するわけにもいかない。連休中に宿題がいくつも出ていた。
「出来なかったからさ」
「大変だったんだよね」
「まあね。桐島さんはやってきた?」
「少しだけ」
そうは言うけど全くやってきてない。連休中は宿題のことなんて忘れていた。まあいつものことだ。
「じゃあ、一緒にやろうか」
「分からなかったら教えてね」
「やってみてからな」
私は迫川君の言葉に頷いてから、鞄から勉強道具を取り出す。横では彼が机に向かっている。大きな手で器用に鉛筆を持って、ノートに文字を書きこんでいた。本当に熊のキャラクターのようだ。
私もそれに習って数字に向かう合う。訳のわからない記号がいっぱい並んでいる。しばらく頭を抱えながら勉強をした。
「終わった?」
私は迫川君が顔を上げたので尋ねる。
「桐島さんも終わった?」
「まだ。分からない所があって」
「どこ?」
迫川君はそう言って私の本を覗き込む。彼の顔がすぐ隣にある。いつもなら胸が高鳴るところだが、流石にそうはいかない。
「この問題」
「これはこうやってね……」
私が何とか問題を指定すると、迫川君は解説をしてくれる。しかし私はその顔に釘付けだった。つぶらな瞳に大きな鼻。そして思ったより小さい口。私は不思議なことに恐怖よりも好意を感じていた。迫川君だと分かったからだろうか。
「分かった?」
「え、うん」
迫川君の言葉で我に返ると、クマの顔は遠くへ去っていた。
「他の問題は?」
「後は大丈夫」
「よかった」
満足そうにいって迫川君の視線は机に戻った。私もノートを見てみると、そこには見事に答えが書いてある。その字は柔らかく綺麗で彼の字と少しも変わってない。
「ありがとう」
私はお礼を言ってから時計を見る。もうそろそろ他の生徒がやってくる時間だ。そういえば外からの聞こえる声も少なくなって、鋭かった空気も和らいできている。
「そろそろ席に戻ろうかな」
「そうだね」
否定して欲しくていった私の言葉はあっさりと肯定される。熊になっても普段と変わらない。私の気持ちを分かっているのか、分かっていないのか。
「ん、今日もありがとう」
「またね」
「じゃあまた」
迫川君は気負った様子もなく私を見送ってくれる。私は今日はもう"また"がないと知りながら、迫川君の元を去った。
私の席は窓際の前。一番後ろに座っている迫川君は振り返らないと見れない。私は振り返りたいという欲求を落ち着かせながら、時がすぎるのを待った。
日の暖かさにうつらうつらしていると、扉を開く音で目覚めた。視線を向けると男子が迫川君の方を見て、呆気に取られている。
「おはよう。柿崎」
そこに迫川君の鷹揚とした声が響く。相変わらず焦った様子はない。私は柿崎がどう反応するか心配しながらも、なにか起こらないかと期待して見ていた。
「ん? 翔か?」
「ああ」
「え? マジか?」
柿崎は迫川君だと気づくと、興奮した様子で駆け寄る。その表情には驚きや怯えなんて、一切見当たらない。
その姿を見て、私は戸惑っていた。余りにも考えていた状況と違っている。もっと混乱があって然るべきだ。
しかし私が面食らっているうちに、柿崎は迫川君と談笑を始めている。彼の様子には熊と話しているという気負いは見当たらない。
柿崎が変なのかと思ったが、違うようだった。私が眺めている間に、一人やってくるたびに迫川君の周りに集っていく。その内に彼を囲むように人だかりが出来ていた。
みんなは迫川君を見れば驚くが、それ以上でもそれ以下でもなかった。
そこには熊に対する恐怖も、人が熊になったことに対する疑問も持っている気配もない。まるで突然、有名人になった同級生に対する反応のようだ。
もしかして私が知らないだけで、前例があるのだろうか。と思って携帯で検索してみたが、そんな事件は見つからない。少なくとも一般に知られている話ではないようだ。
「お前ら、席にもどれよ」
そうしている間に担任がやってきた。教壇からの声で、みんなは散り散りに自分の席へ戻っていく。私も迫川君から目を離して、担任の反応を観察する。しかし担任には驚いている気配が感じられない。
「迫川か?」
「はい」
担任は気だるそうに尋ねる。別に興味はないが、義務で聞いている調子だ。迫川君のほうがずっと緊張している声だ。
「ずいぶんでかくなったな。席が一番後ろでよかったわ」
「はあ」
「じゃあホームルーム始めるぞ」
担任はそれだけで、後は一言も迫川君に触れなかった。普段通りに進行して、特別な内容もなく終えると、教室から去っていった。
そして日常が戻ってきた。みんな熊がいる状況にも慣れて、当たり前のように会話をしている。私は迫川君について疑問を呈してみるが、不思議な顔をされて誂われるだけだった。
授業も滞りなかった。教師は誰も驚かず、少し話をする程度だ。後は規定量の授業を作業のように進めていった。驚くほど普通の一日だった。
「でさあ……」
もう窓から西日が入ってきて、教室を山吹色に染めている。すべての授業は終わって放課後だ。迫川君はいない。部活に行ったのだろう。
私は女子数人の話を聞いている。会話はどうでもいい下世話な話題だ。馬鹿馬鹿しいと思いながらも、好意的な返事をする。みんなそうやっているのだ。
「そろそろ部活に行くね」
教室にも廊下にも人が少なくなった頃、グループの一人が話を切り上げる。それを機に何人かは部活へと抜けていった。私も去りたかったが帰宅部なのでそうはいかない。
「どっかに行こうか」
「行こう」
残った女子は絵梨果の提案を口々に賛同する。彼女がここでは中心的な存在だ。
「そうだね」
私もみんなに続いて同意する。面倒だけど彼女の癪に障れば、次の日から私の居場所はないだろう。
連れ立って歩きながら、受動的な日常に満たされなく感じていた。熊になるという思いもよらない状況を見たからだろうか。
誰だって熊になったり、猫になったり、虫になったりするのだろうか。そうだとしたらこんな小さな閉鎖的な関係を守る必要があるのだろうか。
私は隣の会話を聞かず、私も熊になったら、とか考えてしまう。どんな感じなのだろう。凄い力が出たり、見えないものが見たりするのだろうか。
そうすればすべてが変わってしまうのだ。何て素敵なんだろう。
「おい! 珠理」
「え、どうしたの?」
絵梨香の大声で妄想から覚めた。何回か呼ばれていたようだ。みんなの注目を一身に集めている。
「なにぼうっとしてるの」
「ごめんなさい」
「まあいい。ほらあそこ。翔君がいる」
絵梨香が指さした先を見るまでもなく、正面にはクマが歩いていた。男子と比べても頭二つは飛び出していて、見つけないほうが難しいぐらいだ。
「本当だ」
熊の見分けはつかなかったが、この学校に他の熊がいるなんて話は聞いていない。迫川君なのだろう。
どうしたのだろう。もう部活は始まっている時間だ。迫川君はバスケ部の副部長をしている。弱小で部員は少ないが、一生懸命練習をしていたはずだ。
「話しかけてきなさいよ」
「へ?」
「ほら行って来なさい」
唐突な命令に驚いていると唐突に背中を押された。私はつんのめりそうになって歩を進める。何とか体勢を整えて顔を上げると、そこには絵梨香の姿はなかった。
「何で押すの?」
私が驚いて振り返ると、そこにいる全員が野卑な笑を浮かべている。ああ、私は生贄に選ばれたんだ。
「行ってきなよ」
グループの中から誰ともなく声が飛び出してくる。それが彼女たちの総意なのだろう。私は小さくため息をつきながら、迫川君の元を目指した。
迫川君は速かった。短い足を交互に動かして、ずんずんと砂利道を進んでいく。私は走ってそれを追った。
「迫川君!」
息せき切って手の届きそうな距離まで追いつくと呼び止める。予想よりも大きな声が出てしまった。
「桐島さん。どうしたの?」
迫川君は立ち止まってこちらを見ると、不思議そうに尋ねる。
「いま帰り?」
「うん」
「部活はどうしたの?」
「……やめた」
「え?」
私が耳を疑って見つめると、迫川君は喋ったことを後悔したという雰囲気を醸し出している。私はそれ以上何も言えなかった。
沈黙を嫌ったのか、迫川君は歩みを再開する。私は遅れまいとその横へと走り寄った。さっきよりもずっと楽で、私が追いつくのを待ってくれたようだった。
「部活はやめたんだ」
迫川君は隣から見つめると、自嘲的な調子で私の視線に答える。
「どうして?」
「この手じゃあドリブルも出来ないんだ」
そう言って迫川君は、投げやりに熊の手を振ってみせる。それは肉球と爪で出来た大きな手だった。
「でも字も書いてたじゃない」
「あれも練習したんだ」
「じゃあ、練習すれば……」
「練習しても熊じゃ大会にも出られない」
「あ……ごめんなさい」
私はとっさに謝ってしまう。大会でがむしゃらにプレイしていた姿を思い出して、苦く寂しい気持ちを味わっていた。
「謝ることじゃないよ」
「でも……」
「僕も少し凹み過ぎたかな。たかだか部活だし」
迫川君の無理した明るい声に、私はショックを隠し切れない。
「黙らないでよ。僕は大丈夫だからさ」
「わかった」
私は無理に顔を上げると迫川君を見る。熊の顔が牙を見せて笑っている。私もそれに作り笑顔を返した。
「うん。桐島さんは笑っていたほうがかわいいよ」
「……へ?」
私は迫川君が放った突然の言葉に惑乱してしまう。何を思っての言葉?
「そうだ。桐島さんは部活に入ってないんだよね」
「う、うん」
私が動揺しているのに迫川君は話を変える。少しは自分の言葉に責任を持って欲しい。
「じゃあ学校終わったらどうしてるの?」
「絵梨香たちとカラオケ行ったり、買い物したり、御飯食べたりかな」
「じゃあ駄目か。どいつも部活だしなあ」
迫川君は自分だけ納得して難しそうな声を上げる。一体何の話だというのだろう。
「どうしたの?」
「ああ、部活がなかったら暇だからさ。どうしようかなって」
「じゃあ私と付き合ってよ」
私は言葉を吐き出し終わってから混乱する。何を考えて出た戯言だ。どう受け取られるか、どう反応されるか分かったもんじゃない。
「へ?」
「あ。えっと、そういう意味じゃなくて、勉強を教えてほしいなって。そう。朝だけじゃあ、まだ分からないところもあるし。私は勉強苦手だしさ。でも迫川君にも予定があるだろうから、無理しなくていいの。唐突な思いつきだから、気にしないで」
案の定出た迫川君の驚いた声に焦って、さっきの発言を打ち消そうと、早口で言葉を重ねる。何て事を喋ってしまったのだろう。
「何でそんなに慌ててるの?」
「慌ててないよ!」
「そう? ならこれからは一緒に勉強しようか」
「え?」
私は迫川君の唐突な同意に固まってしまう。迫川君の顔を見るが、楽しそうに笑っているだけだ。
「あ、でも変な噂立てられるかもよ」
「大丈夫。そんなこと気にしないし」
私の恋心を知らないのは、クラスでは迫川君と一部の男子ぐらいだ。
「そうか。じゃあ明日からは図書館で勉強しようか」
「うん。そうしよう」
否定することもないので二つ返事で了解する。嬉しくてにやけてしまいそうだ。
「帰り道はこっちでいい?」
「こっちでいいよ。電車だから」
もう校門を通り抜けて公道に出ている。私は話に夢中で気づいていなかった。
「電車なんだ。遠いの?」
「そんなでもないよ。二駅ぐらいだし」
「でも三十分はかかるんじゃない?」
「そうだね」
家から駅までを入れれば、四五十分はかかるかもしれない。それでも道のりは迫川君の事を考えているだけで、辛いことはない。
「朝早く来るの大変だろ?」
「私は朝が強いから」
私は笑顔で嘘を返す。本当は朝に布団から出る時が、一日で一番つらい時間だ。
「でも朝から学校で勉強しようと思ったの?」
「迫川君はどうなの?」
とっさにいい返答が浮かばないので、逆に質問をしてお茶を濁す。流石に本音は言えなかった。
「学校で勉強する方が落ち着くからかな。静かな教室は気が引き締まるし」
迫川君はしばらく考えこんでから答える。
「それじゃあ私は邪魔かな?」
「いや教えるって自分のためになるし、桐島さんと勉強したり、話をするのは楽しいよ」
「よかった」
私はほっと胸をなでおろす。迫川君だから邪魔とは言わないとは思っていたが、もしそう言われたらと考えるだけで手が震えた。
「それで桐島さんは?」
話が戻ってしまった。そこまで聞きたいことだろうか。
「同じようなものかな。学校の方が勉強に集中できるし、教えてくれる先生がいるしね」
私は迫川君の答えと合わせて、理由をでっち上げる。
「職員室だから遠くない?」
「先生は迫川君だよ」
「なるほどね」
迫川君はよく分からない所で察しが悪い。それでも納得はしてもらえたようだ。私は肩の荷が降りた心持ちだ。
「じゃあ、次のテストで前の平均+十点を目指そう!」
「へ?」
「やっぱり教えるなら目標ないとね」
「そう?」
「決まってる」
「分かった。頑張る」
迫川君がうれしそうに意気揚々で話すので否定できない。何だかハードルを上げてしまったようだ。
「桐島さんはまだまっすぐだよね」
迫川君は話が一段落すると立ち止まって尋ねる。何の変哲もない十字路だ。
「駅だからね」
「僕はこっちだから」
そう言って迫川君は目の前にある路地を指差す。そちらを見てみると同じように住宅街が続いている。
「そうなんだ」
「明日からがんばろう」
「じゃあね」
「また」
私たちは声を掛けあって別れた。私は次の交差点まで歩いてから、後ろを振り返る。そこには誰の姿もない。隠れていないか、しばらく待ってみたが、それらしい影は見つからなかった。
絵梨香たちは飽きて、遊びに行ってしまったのだろうか。信じられないので歩きながら、時々後方を確かめてみるが、彼女たちを見つけられない。
「やった!」
私は絵梨香たちがいないのを確信すると、声が出てしまう。嬉しくて黙っていられなかった。驚いたように何処かに犬が鳴く。誰かに聞かれたかもしれない。私は恥ずかしくなって足早に立ち去る。
それでもにやける顔は直らなかった。これで放課後も迫川君と一緒にいられるのだ。これまでは考えもしなかった。
熊になったお陰だった。これなら熊も悪くない。素敵な一日になった。私は喜びを噛み締めながら家に帰った。
説明 | ||
短編小説です。突然、人が熊になったらというありきたりな小説です。 | ||
総閲覧数 | 閲覧ユーザー | 支援 |
152 | 152 | 0 |
タグ | ||
短編 | ||
goohnさんの作品一覧 |
MY メニュー |
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。 |
(c)2018 - tinamini.com |