双子物語-29話- |
新入生である、小鳥遊叶さんに先生も含めていきなりな質問をぶつけてしまったから
困ってしまっているようだ。何だか良い子そうだし、私としては歓迎なのだけれど、
よく考えたら私と同じように新しい地域にきて、あまりよくも知らない先輩と一緒は
無駄に緊張して疲れを増幅させる恐れがある。
私としたことが、後輩に無理を強いてしまう所だった。悩んでいるような彼女に
代わって私が断りを入れようと口を開いた直後。
「す、すみません・・・!」
「え・・・っ?」
「わ、私は・・・。この名畑とルームメイトになります・・・!」
隣でおろおろしていた親友を掴んで盾にするように前に突き出した。すごい力だ。
私と先生と叶ちゃんの間で冷や汗をかきながら、動きたくても叶ちゃんの力によって
身動きが取れない状態であった。
「そ、そういうことですので!」
続きの言葉は、親友の名畑さんがドモりながら慌てて言うので私はその光景にツボに
ハマリ、プッと噴出して、笑いを堪えるのに精一杯だった。そして、先生に肩をポンポン
と叩かれて同情の眼差しを向けられてしまった。
「振られちゃったわね」
「まぁ、状況も状況ですし。こういう時は親友が傍に居てくれた方が心強いものですよ。
当然といえば当然の結果です」
「そういえば、そうね」
30代の半ばであっても、20代の印象のある黒髪のやや短い髪を掻きながら
新入生の二人に謝っていた。二人はそれほど困っていなかったのか、それとも、
控えめなのか、先生の態度にもっと困っているように見えた。
私もあまり味わったことのない試みだったから、だいぶ楽しみだったのかもしれない。
それとも、この子だから・・・?
私が叶ちゃんを見つめていると、彼女は私の視線に気づいて、可愛らしくも元気よく
私に頭を下げた。後輩だけど、何だか少し楽しそうな子だから、仲良くしたいな。
そう思った私は顔を上げた叶ちゃんに手を差し伸べると一瞬きょとんとしていた
警戒をしているのか、少しの間、固まっている叶ちゃんに声をかけた。
「せっかくの出会いだし、お互い仲良くしましょう」
「は、はい!」
「おぉぅ、よかったじゃん。かなえ〜」
握手しようと一歩前に出る時に隣の親友からバンッと背中を強く叩かれた叶ちゃんは
バランスを崩して私の体に向かって倒れてきた。私は瞬時に体勢を保って叶ちゃんの
体を支えると、親友の名畑さんは小さい声でヤバッと言い、すかさず苦笑して片手を
後頭部に当てて、軽く頭を下げた。
「えへへ、ごめんなさい〜」
「・・・」
「かなえ?」
「どうしたの?」
叶ちゃんが私の胸元に顔を埋めるような形になってから、彼女の動きが電池が切れた
時計のようにピタリと止めていた。心配した私は叶ちゃんに声をかけると、それまでと
正反対にものすごい速さで私から一歩距離を置いて、輪郭がぶれて残像が残りそうな
勢いで頭を下げて謝ってくる。
「すみませんすみませんすみませんすみま・・・!」
「あぁ、そこまで謝らなくてもいいから!」
『わお、すごい速度』
まるで他人事のように、第三者を決め込む先生と名畑さん。先生はともかく名畑さんは
原因の一人だから、そういう態度はどうなのだろうと思ったら、無駄のない動きで
叶ちゃんは名畑さんの背後を取った。
「こらぁ、名畑ー!」
振り上げた拳の速度が早くて名畑さんの背中に命中するかと思ったら見切ったとばかり
に細かいステップを踏んで横にスライドして避けた後、全力で通路に向かって走って
いった名畑さん。悔しいのか恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしながら、その後を叶ちゃん
もすごい速さで追いかけていった。
二人で叫びながら走りまくっていたので、当たり前だが、寮に偉い人に見つかって
二人揃って寮長の部屋に呼ばれて正座で座らされながらお小言を二時間ほど聞いたとか。
後の晩御飯時に二人に会って、食事しながらそんな話を聞いて私はつい笑ってしまった。
「あぁ、笑うなんてひどいですよ、先輩〜」
「ごめんごめん・・・」
「むぅ・・・」
そんな簡単な話をして、楽しそうな表情の名畑さんと、少し不満気な叶ちゃんが
私の持っているトレイの上に乗っているご飯の量を見て、固まっていた。
恐る恐る名畑さんが私のトレイの上に乗っているモノに指を差して苦笑していた。
「それ、本当に全部食べられるんですか?」
「? じゃなきゃ、持ってこないでしょう?」
「す、すごい・・・。私も見習わなくちゃ・・・」
「見習うな・・・」
圧倒されたような二人の顔を見た後、私は広い食堂の見渡して空いている席を
見つけると後ろにいる二人を手招きをして誘う。ちょうど、3人が入れる席が
あったから、そこに向かって行くと、よく見るメンバーが顔を揃えて食事をしていた。
「あっ、先輩。瀬南、ここにいたんだ」
「おぉ、ゆきのん。ずいぶん遅かったね」
と、先に眼鏡をかけて、髪を真ん中で分けている親友で現在のルームメイトである
羽上瀬南がやわらかい笑顔を向けて返事をした。その隣にいるのが、いつも私がお世話に
なったり、お世話したりしている黒田美沙先輩がいた。
私は先客の二人に微笑みながら言葉を少し交わして席に座ると同じように後ろにいた
二人も空いている席に座って少し体を強張らせていた、ように見えた。
「この子たち、誰?」
先輩が物珍しいのを見るように叶ちゃん達に向かって指を向けると私は行儀が
悪いですよ、と伸びた手をペシッと叩くのと同時にびくっと反応した叶ちゃん。
どうやら、私が先輩の手をやんわり叩いたことにびっくりしていたようだ。そういえば
この人も校内で権力があって人気も抜群だったことをまた忘れていた。
普通にしていれば意外にもカリスマを感じる人なのにもったいないな。
「じゃあ、時間もないからご飯にしましょう」
「は、はい・・・」
二人は私に続くように、持ってきたご飯に手をつけ始めた。ここの食堂は生徒が
食べれないものができたときのために複数のメニューを用意して待っている。
その中で自分の好きなものを選べるようにしてあるというわけだ。私に至っては
この一年である意味有名になってしまったため、私がメニューから選ぶとおばちゃんの
好意により、自動的に全てが特盛りサイズになってしまうというわけだ。
そして、毎回恒例だが、私のこの食べる量を初めて見た子は例外なく、みんな唖然と
して、私の食べっぷりを見入ってしまうのである。この二人も同じような反応をしている。
「ねぇ、すごいね。かなえ〜」
「こらっ、人様のことを珍しげに見るんじゃありません!」
そう言いつつも叶ちゃんもさりげなく私の方をチラッチラと見てくるのだ。
「二人とも、私の食事風景を見てないで、ちゃんとご飯を食べましょう」
ジッと見られてまるで動物園で子供たちに見られている動物のような気持ちになり、
気恥ずかしさから、少々声を強くして言うと。叶ちゃんは謝り、名畑さんは元気よく
間延びした声で返事をしていた。
新入生達は最初こそ緊張した感じだったが、会話も弾めば少しずつ慣れていってる
のが見ていてわかった。
その日は全校生徒が新入生と同じ時間帯に全ての行事を終わらせることができる。
だが、生徒の中で部活に興味があったら、無条件で部活動をして良いことになっている。
つまりは、この日、丸一日を新入生のために空けておけということなのだろう。
私と、生徒会長となった美沙先輩は疑問と気になっていることを叶ちゃんや名畑さん
から聞いて、道を案内したり。様々な部活動をしている箇所を歩きながら説明をした。
聞いていくよりは、実際に歩いて目で見たほうが覚えやすいから。
「他にも何か質問はある?」
私が二人に問いかけると叶ちゃんが目を輝かせながら拳を握り、尋ねてくる。
「澤田先輩は何か部活動をしていないのですか?」
「ん〜、部活動に入るかはわからないけど。一応ね」
ただ、メンバーが少ないから同好会としての行動はしているし、あまり実を結ぶ
内容ではないから部としては成立していないだけだ。だが、予定としては何かをしよう
とは思っている。
「ちゃんとした部室はないけど、来てみる?」
「はい・・・!」
「あー・・・。ねぇ、叶」
「?」
「私・・・歩きすぎて疲れちゃったから、また今度にしない?」
言われてみれば結構歩いたような気がする。だからだろうか、少し体にダルさを感じる。
しかし、先輩と叶ちゃんはさすがというか、まだ元気そうでピンピンしている。
「大丈夫だよ。やだったら、名畑一人で帰ればいいじゃん」
「あ、ひどい・・・!ここから一人で帰れと!?」
ちょうど、生徒会の用事があると私達と別れたばかりの先輩。慣れている生徒は私だけ
という状況で名畑さんは、ギャグ的涙を流しながら叶ちゃんに訴えていた。
なんだかその様子を見ていると、彩菜の後ろにくっついている春花を思い出してつい、
笑いがこみ上げてしまう。
「大丈夫よ、部活動は逃げないし、またの機会にすればいいじゃない」
叶ちゃんの肩に手を添えて優しく言うと、叶ちゃんの態度が一変して、素直に目を
輝かせながら頷いていた。
「わかりました。先輩の言うとおりにします・・・!」
「おい・・・」
同じ意味の台詞を言っての態度の差に名畑さんは不満気に叶ちゃんの横っ腹にツッコミ
を入れていた。そのやりとりを見ていた私は久しぶりに電話をしたくなった。
懐に入れてある携帯に触れてから、私は二人を寮に連れて帰ったのだった。
やや電波の遠いこの地域で携帯電話の役目はあまりない。だが、よほど調子や天候が
悪くなければ、電話やメールは何とかできる。長時間は使用できないけど・・・。
夜、窓を解き放ち、電話をかける。ルームメイトの瀬南は他の生徒から用事があると
頼まれて今は不在である。
プルルルル・・・。
何度かコールをしてから、相手が出てきた。
「もしもし、私・・・。雪乃」
「あっ、雪乃・・・!? どう、最近は元気にしてる?」
明るくも、どこか上品さを感じる喋り方が特徴的な東海林春花が私の体を心配
してくれていた。まぁ、それが本音が少し混じりつつも、大体が社交的なものだけど。
「そっちも、彩菜とどうしてる?」
以前に、彩菜から春花と付き合っていることを聞かされて以降、思い出した際に
ちょっと気になってかけてみた。私も素直とは言い切れない。彩菜とも、母とも
それ以外の人と喋れる相手といったら春花しかいないのだから。
普通に私にぶつかってくれる、それだけで有難かった。ここにも親友はいるけれど
やはり、幼い時期からの親友はまた違うものだ。
「ちょっと聞いてよ、また彩菜ったらね〜。可愛い女子を見かけると後をつけて・・・」
いつものように愚痴を聞いているとホッとする。口を開けば彩菜のことばかりで
本当に好きなんだなぁと思える。その時、私は恋愛としての好きという意味がわからない
でいた。一度好きになった人はいたけれど、今思えばそれは憧れからの好きであったと
思う。どんな感覚なのか気にはなっているが、それを味わいたいという気持ちが今の私
の中にはなかった。
「ねぇ、雪乃。聞いてる・・・!?」
「うん、ほんとう・・・彩菜はダメダメだね」
「でしょう!」
少し話していたら、私の言葉がやや上の空だと気づいた春花。その時はようやく本当に
心配そうにしてくれた。
「本当に大丈夫・・・?」
「うん・・・ありがとう」
なんだかんだ言っても、彼女は私のことも芯には心配してくれているのだ。
私は平気だと伝えてると、そろそろ良い時間なので切ることにした。その直前に何かを
言っていた春花の声を、僅かながら耳で拾えたような気がした。
「がんばってね」
それから数週間経ち、やや緊張の面持ちをしていた生徒たちも慣れてきたのか
気楽な表情に戻ってそれぞれ、思い思いの場所を探して彷徨っているのをよく見かける。
気に入った部活動を探す生徒、学園内の知らない場所を積極的に探そうと興奮する生徒。
それぞれがとても楽しそうで見かける私もどこか微笑ましく見てしまう。
ここ最近変わったことといえば、去年と違って私のことを見る目が変わった人が
多くなったことだ。私を見ると、やけに嬉しそうに逃げて行く生徒が増えていっている
ように感じるのは気のせいなのだろうか。
そもそも、逃げているのに嬉しそうっていうのが反対の意味を示しているようで
自分で言っていても何かおかしいと思えるのであった。
屋上で、その話をしていると。私の同好会に入ってくれた瀬南が鈍感、と呟いて
前かがみにフェンスに肘を就きながら購買で購入した紙パック製のイチゴミルクを
音を立てて飲んでいた。それはもう豪快にズゴゴゴゴって。
「そりゃ、その逃げている子たちがゆきのんのファンだからでしょう?」
「・・・は?」
なんだ、それは。と心の底から出てきた「は?」であった。そんな心当たりが少しでも
あればこんな反応はしないだろう。それほど、突然で信じられないことである。
「なんで、そう思うの」
呆れながら私も、紙パックのヨーグルト味の何かを静かに飲んでいると、話に驚いて
少し火照った顔を心地よい風が程よく冷やしてくれる。
普通に考えて、モテるタイプは美沙先輩のような陽気で軟派なのにそれでいて勉強も
トップクラス、運動神経が鋭くモデル顔負けな美人が習得できる言葉だ。
それをこんな虚弱で貧相で愛想の無い私がそうなれるわけがない。第一なりたくない。
理由は疲れそうだから、である。
「まぁ、そういうことにしといてあげるわ」
「なんか引っかかれる言い方だなぁ〜」
授業の合間に交わした言葉が頭の隅に残っていたのか授業中にそのことを考えてしまう。
途中、先生に考え事をしているのを見透かされ、黒板に羅列した数式の問いを指されて
しまったが、私は難なく正解という武器を手にして先生の問題を返り討ちにした。
あぁ、成績優秀なのは間違いはないか。それだけ、一杯勉強しているから。
最後の授業を残して休み時間が訪れると、私はトイレに行こうと教室を出ると
私の横を違うクラスメイトの同級生の女子2人が少し怒った様子で通り過ぎていった。
確か、少し短期でよく喧嘩する場所を見られている二人か。
少しばかり記憶力の良い私は同じ2年の子達のことは生徒会を通じて役8割ほど
知っている。その中でも割と名前は通っている二人である。またどこかで口げんかでも
してきたのだろうか。
と、まぁ。そんなことよりも私の膀胱が積極的にアピールをしてくるので私は
いそいそと、歩くスピードを速めてトイレに直行する。運よく空いている箇所が
一つだけあったので、そこへ入って用を足した。
気持ちよくトイレから出ると、私の視界の隅に見慣れた人が見えたような気がした。
だが、振り返った直後には誰もいなかったため、気のせいかと割り切ろうとしたが、
私はなんとなくこのまま教室に帰るのが躊躇われた。
視界の隅に入ったと思われる階段の前に立つと、携帯の時計で時間を確認してから
躊躇うことなく、降りていって確かめることにした。もう後わずか1分程で授業が
再開してしまうが仕方が無い。
少し早足で、それでもあまり物音を立てずに探っていると、ようやく人の姿を
確認することができた。普段だったらその当人かどうかは把握できないが、今の状況
なら確実に当人だと断言できる。だって、この時間に廊下を歩いている生徒は他には
いないのだから。
その後ろ姿はやはり、見たことのある外見だった。確か、1年生の名畑観伽さんだった
だろうか。距離が少しあって、まだ気づかれては逃げられる可能性があるために
少しずつ彼女との距離をとっていく。
彼女は方向を急に転換させて、昇降口の方へ視線を向けると、上履きから外靴に変えて
外へと飛び出した。私も見失わないように、後を追いかけていって、名畑さんが
中庭の中心にある大きな木にもたれかかってため息吐いているのを見ていると私は
ゆっくりと歩いて名畑さんに近づいていった。
「・・・!?」
「やぁ、サボリかい?」
「澤田・・・先輩」
穏やかに、少しからかうような口調で名畑さんに話しかけると、名畑さんはいつもより
元気がなく、少しションボリしてるようだった。そして、うんざりしたような口調で
私に睨み付けてきた。
「お説教ですか?」
敵意を少し抱いた喋り方で私に突っかかってくる名畑さん。だけど、私は首を軽く横に
振って否定する仕草をしてから、こう呟いた。
「いや、サボっちゃおうよ。一緒に」
そんな私の言葉が信じられなかったのか、それとも相当に意外な言葉だったのか
名畑さんは私の顔を見ながら固まったように、目を大きく見開いて動けずにいた。
その様子に私は少し悪戯めいた笑顔を返して。私は、彼女の右腕を掴んで歩き出した。
続
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雪乃視点で新入生とのやりとりが中心のお話。普段、気の強い雪乃でも、懐かしい身近な人の声が聞きたくなるときもあるのです。基本、ほのぼので特にヤマ場がないかもしれない内容となっておりますw | ||
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