うそつきはどろぼうのはじまり 28
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少女は微笑み、使った針と糸を、きちんと元の通りに収めた。

旅の疲れと、夜も更けてきたこともあり、二人は早々に休むことにした。

エリーゼは着替えと化粧道具を手に浴室に向かう。湯を先に浴びて構わないと言われたので、有り難く使わせて貰うことにしたのだ。

少し熱めの湯にひたすら打たれながら、少女は考えている。頭の中には、お湯程度では決して流れ去らない疑念が、先ほどからずっと浮かんでいた。

悩みは極めて単純であった。この部屋の、寝台の数である。

(一つしか、なかったです・・・)

今までの宿では、いつだって二人分の部屋を取っていたから、こんな問題は起こらなかった。けれどもこの離島の宿は違う。一つの部屋に、常に互いが存在している。寝ても覚めても男がいる。

 

そんな二人きりの空間にもかかわらず、寝所は一箇所しかなく、天蓋の掛かった寝台は一つきりだった。最初は、多少広いようだがこれで一人前なのだと無理やり納得しようとしたのだが、枕が二つあるのである。それも、並べて隣り合わせに配置してあるなど、もはやこの寝台の意図するところは疑いようもなかった。

この事実に気づいた時、エリーゼは本気で悩んだ。アルヴィンには、そういう意図があって敢えてこの宿を選んだのかもしれない、とも考えた。だが、そのわりに自分への接触は相変わらず淡白な気がする。その気があるのなら、もう少し積極的になるはずだというのが、エリーゼの考え方であった。

だが、全くその気がないのに寝台一つという選択は異常極まりない。どうするつもりなのだろう、と長湯を終えた少女が居間に戻ると、男が顔を上げた。

「お、出たか」

「・・・何やっているんです?」

長椅子の脇にしゃがみ込んでいたアルヴィンは、肩を揉み解しながら立ち上がる。

「何って。見りゃ分かるだろ? 寝床作ってたんだよ」

男の言葉はもっともだった。確かに見れば、何をしていたのかは一目瞭然だ。

彼女が風呂に入っている間に、居間には立派な寝台が一つ出来上がっていた。机が隅に寄せられ、先ほどまで座っていた長椅子二つが繋げられ、一つの大きな寝台となっていたのである。

思わぬ伏兵の出現にエリーゼが呆然としている間に、男は寝室から枕と掛け布団を運んできて、出来立ての寝台の上に放り投げた。

「さて一丁上がり、と。んじゃ俺、風呂入ってくっから」

「・・・いってらっしゃい・・・」

完全に肩透かしを食らったエリーゼは、のろのろと寝室の扉を開けた。天井から吊るされている紗を開き、ぽすん、と寝台に腰を下ろす。横たわった寝台は一人で使うには空しいほどに広かったが、肝心の男は湯浴みを済ませると、さっさと就寝してしまった。

このまま寝るしかあるまい、と掛け布団をめくり、中へ入る。午睡をしているから、中々寝付けないかと危惧したが、睡魔は瞬く間に彼女の意識を眠りの淵へと誘い込んだ。

少しでも期待した自分が馬鹿みたいだ、とは思わなかった。残念だと思う反面、どこかで安堵している自分が、そこには確かにいた。

宣告通り、彼らはこの島での滞在の全てを休息に費やした。

朝は日が昇るまで寝坊をし、喉越しのいい果物をつまみ、浜辺に出て日向ぼっこをする。読書をしたり、新聞を広げたり、海水に足をつけて感触を面白がったり、たまにワイバーンと一緒になって水掛けごっこをして、海をめいいっぱい愉しんだ。

夕方、水平線の向こうに沈む太陽を眺め、部屋に戻って夕食を取る。湯を浴び汗と砂を流して寝台に潜り込み、一日が終わる。

逃亡者とはとても思えない娯楽的な日々が一週間ほど過ぎた頃、彼らは宿を引き払った。

「行こうか」

「はい」

支払いを終え、茶の外套を纏った男は傍らの少女に声を掛けた。頷きを返すエリーゼ服装も、南国柄の衣装ではなく、元の旅模様に戻っている。町を出、森の中に待機させていたワイバーンに跨り、二人は首飾りのような島国を飛び立った。

「ずいぶん長いこと休んじまったことだし、一気に距離を稼ぐぞ」

「安全操縦でお願いしますね」

そう冗談を口にしたエリーゼだったが、北上するにつれて、口数は減っていった。

笑顔こそ絶え間ないが、それは作り笑いだった。付き合いが長いアルヴィンは、それを即座に見抜いていた。

だが彼は、敢えて気づいていない振りをし続けた。何か気になるのかと問い掛けることは容易いが、彼女は間違いなく明白な回答を避けるだろう。

それに、理由は聞かなくとも予想がついていた。自分も同じように、行程を消化するにつれて、気持ちが沈んでいっていたからだった。

その日、アルヴィンがワイバーンを下したのは名も無き渓谷だった。魔物の背から降り立った大地に、さわさわと多い茂った草が揺れている。地図上に街道の印はない。当然、人里も近くには存在しない僻地であった。

この渓谷からエレンピオスの領域まで、目と鼻の先である。だが着陸せずに領空内に入るには、かなりの体力と神経を消耗する距離だ。そこで彼は、休憩所がないのであれば自作すれば良いと、ユルゲンスと協力して、ここに小屋を造った。

 

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