うたわれし騎士と呪い |
その若い騎士はあるとき国王に呼ばれて王宮へと赴きました。そして宮廷詩人の相談を受けるように命じられたのです。
「ある邪悪な魔術師を討っていただきたいのです」
そう依頼してきた宮廷詩人は、かつては流浪の吟遊詩人でした。それが立ち寄ったこの王宮で国王の眼鏡に適い、召抱えられたのです。以来、いくつもの王宮叙事詩や英雄譚を謳い上げて、国王やその賓客たちを楽しませてきました。
けれど、その来歴もここで終わりを迎えかねないと、詩人は嘆くのです。
「かの魔術師は、私にとって致命的な呪いを紡ぎ出そうとしているというのです」
詩人はかつて、魔術師の邪悪を歌うことでいくつもの国にその危険性を伝え、ついに彼を辺境の地へと追いやることに成功していました。そのことを恨み、魔術師は呪いを編んだのでしょう。
「どうかお願いします、騎士どの。魔術師を討ち、呪いの魔術を破壊してください。成功の暁には、私はあなたの冒険譚を、心をこめて歌い上げることを約束しましょう」
それは名誉を命とする騎士にとって何物にも代えがたい報酬といえました。騎士は必ずや使命を果たさんと誓い、意気高く旅立ちました。
愛剣と愛馬を供として、騎士は荒野を駆け、険しい山を越え、荒れ狂う河を渡り、やがて暗い森へと辿り着きました。
森の奥、老いてねじくれた巨木の洞の中に、その邪悪な魔術師は居を構え、騎士のことを待っていました。
「あのへぼ詩人の刺客か。さすがに耳聡い」
住まいとする樹木と似通った雰囲気の老魔術師は、しゃがれ声で迎えました。騎士は剣を抜き放ち、切っ先を相手の喉もとへと突きつけます。
「王の下命である。卑俗なペテン師よ、逆恨みの産物たる呪いの魔術とやらを出すがいい。そうすれば慈悲の刃をもってその哀れな生に終わりを与えてくれよう」
「やってみるがいい、若き騎士よ。呪いは俺の中にある」
鋭い切っ先を前にして、魔術師はいささかの恐れも見せず、自分の胸を指差しました。
「俺ごと、俺の編んだ魔術を斬るがいい。だがそのとき俺は末期の力を振り絞って、最後に一度だけ魔術を唱えてくれる。憎きへぼ詩人を呪ってくれる。たとえ首を一太刀に刎ねられようとも、この舌を動かすのを決して止めはすまい」
虚勢とは思えぬその口ぶりに、騎士の切っ先がわずかに揺らぎます。
「なんだ、その呪いとは、いったいどのようなものなのだ」
「デウス・エクス・マキナ」
にやりと、魔術師は薄い唇を歪めました。
「あのへぼ詩人の紡ぐ物語を殺す、爆発の魔術よ」
「爆発だと?」
「そう、奴の生み出す物語が、必ず理不尽な爆発によって締めくくられるようにする、そういう魔術だ」
龍退治の英雄譚であろうと、美しき姫君の恋物語であろうと、宮廷詩人の語ろうとするあらゆるお話が、最後にはそれまでの展開を無視した唐突な爆発によって終わらざるをえなくなる、そんな恐ろしい呪いであると、魔術師は言うのです。語り手たちの間ではそういう強引な物語の幕引きを「爆発落ち」と呼び、邪道や禁忌にも近い扱いとしていました。
もしも、そんな爆発落ちの物語しか歌えなくなってしまえば、宮廷詩人は死んだも同然です。そんなおぞましい魔術は、やはりなんとしても破壊せねばならないでしょう。
「俺を殺せば、確かにそれは未然に防げよう。だがさっきも言ったように、俺は命を賭して、最期に一度だけこの魔術を使ってみせる。若き騎士よ、へぼ詩人が歌うであろう貴様の物語を、必ずや爆発落ちで呪ってくれよう」
「私の物語を?」
この、いままさに終局を迎えている、邪悪な魔術師を討ち滅ぼすための冒険行のことを指しているのだと、騎士は理解しました。成功させれば王宮でいつまでも歌い継がれるであろう名誉が、爆発落ちという不名誉なものに取って代わられるのだと、魔術師は告げているのです。
そんなものを、宮廷詩人が歌ってくれるはずもありません。騎士の冒険はなかったものとして闇に葬られてしまうでしょう。騎士自身も、そのときには闇へと追いやられてしまうのでしょうか……この邪悪な魔術師のように。いや、実際に起きる爆発によって、ここで命を落とすのでしょう。己の名誉の行く末も確かめられぬまま。
動揺に、騎士の剣先がぐらりと下向きます。そこへ魔術師は畳み掛けます。
「若き騎士よ、ここで不名誉な死を遂げたいというのなら止めはせぬ。だがな、もしもこのまま引き返すのであれば、俺を見つけられなかったというささやかな失点で済むのだ。貴様の若さであればすぐにでも回復できる失地であろう。そして、より誇り高き名誉の杯を手にする機会も、またじきに訪れるはずだ。そうすれば、あんなへぼ詩人などよりもっと優れた歌い手たちに、その英雄を語られもしよう」
「……貴様を、見逃せと」
戯言をと言下に切り捨てることは、しかし騎士にはできかねました。名誉を強く望む彼の心は、翻せば不名誉を何より恐れるものでありましたから。魔術師の言葉は、その心の隙間に巧みに入り込んだのです。
「それとも、己の物語がいかに滑稽で惨めな閉じ方をするか、試してみるかね。それまでの長き展開も張り巡らされた伏線もすべてないがしろにした、身も蓋もない落着を望むかね。爆発の後には一音一語たりと続くことはなく、ただエンドマークが打たれるのみ。そんな尻切れが貴様の生涯唯一の冒険の結末となるのだ」
想像するだけで、騎士は恥辱に顔が朱と染まりそうでした。同時に沸き起こった恐怖の念が、とうとう剣を握る手から力を奪い、彼は力なく腕を垂らしました。
魔術師はその隙を見逃しませんでした。袖の中に潜ませていた短剣を素早く掌に滑り出させると、その毒の塗られた刃を騎士めがけて投げつけたのです。
致死の刃は鎧で覆われていない騎士の喉もとに突き立ち、たちまち彼の血液を不浄の毒で汚染しました。呼吸が止まり、けれどそのとき騎士は、ひとたびは緩めた剣を握る手に、再び力を込めたのです。その眼には鋭い光が宿っていました。失意と、怒りと、それら全てを超越した覚悟の光でした。
そして彼は末期の力を振り絞って、最後に一度だけ、刃を閃かせました。
刃は見事に魔術師の首を刎ね飛ばしました。
宙を舞う首が、こちらも最期の力で唇を震わせて、呪いの言葉を吐きました。
すぐさま、爆発が起きました。
すさまじい爆発はその場にあった全てを吹き飛ばし、後には真っ白な虚無が広がるばかりでした。
果たして、騎士の譚詩が宮廷詩人によって歌い上げられたのか否か、それはこうして彼の話が語り継がれていることからも明らかだろう。
魔術師は思い違いをしていたのだ。たとえ何もかもを吹き飛ばす爆発を最後に用意しようとも、成立してしまう物語というものは存在しうるのだということに、考えを至らせられなかったのである。
爆発は、結果として騎士の人間的な懊悩や、最後に見せた意地と勇気を、際立たせさえしただろう。彼の名誉は、ついに損なわれずに終わったのだった。
そのことを、詩人の残した歌が、いまも伝えている。
説明 | ||
お題「剣と魔法」。前回の話を書いていたとき、オチが思いつかないと泣き言吐いてたときにもらったアドバイス「爆発させよう」を今回も活かす方向になりました。お題も消化してる……はず。 | ||
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