外史異聞譚〜幕ノ五十七〜
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≪漢中鎮守府・評定の間/文仲業視点≫

 

ボクが報告を兼ねて評定の間に上がってきた時、そこは修羅場と化していた

 

万座の中央に引き据えられているのは全身これ傷だらけの少女

 

ボクは直接面識はないけど、子敬ちゃんが黄巾の乱の時に合流した陣中で言っていた楽文謙とかいう子でまず間違いはないと思う

 

なんでボクが確信をもって言えるかっていうと、この子の容貌について子細に尋ねたのがボクだけだったからだろうね

 

ともかくもまあ、一刀をはじめとしてみんなの表情は酷いもんで、漢中平定に奔走していた時に豪族連中に確保されていた奴隷達の様子について報告を聞いていた時だって、ここまで酷い表情にはなっていなかった

てことは、ほぼ確信をもって言える事だけど、こいつらが何かやらかして一刀が暴走したんだろう

 

それを令則も公祺さんも仲達ちゃんも止めていないってことは、かなりのもんだと言える

 

ともかくも、ボクはまず自分の仕事をこなさなきゃならないんで、楽文謙の隣まで進み出て報告をする

 

「鎮守府下の門は通用口のひとつに至るまで封鎖は完了したよ

 徐軍師は司法隊と共に刺客の追跡中だけど、これは念の為、という感じだね

 一応12刻は交代で搜索を続けるから、それまでは来れないと言伝を頼まれてもいる

 五行軍駐屯地は白虎将軍が掌握に向かったって事で、ボクは報告を終えたら謹慎に戻ろうかと思っていたんだけど…」

 

まあ、そうもいかないか、これは…

とりあえずやらなきゃならない事があるみたいだしね

 

「いたんだけど、それよりまずは天の御使いを休ませた方がいいんじゃないかな?

 張局長、医者としての判断を訪ねたいところなんだけど」

 

一刀をこの場に残しておいて良いことは多分ひとつもない

それは、ぐったりとして目を閉じている一刀の様子と、他のみんなの様子を見れば一目瞭然だ

つまり、ボクはさっさと一刀を奥に追いやってしまえ、と言外に告げた訳だ

 

公祺さんや仲達ちゃんもきっかけが欲しかったんだろう

ボクの提案に飛びついてきた

 

「……そうだな

 主治医のひとりとして言わせてもらえれば、もう限界を通り越してるみたいだ

 他のみんなにゃ悪いが、休ませてもらわないとちとまずいね」

 

「そうですね

 では黄龍将軍、護衛をお願いできますか?」

 

「心得た」

 

ボク達の独断ともいえる扱いに、目を開いて抗議をしようとした一刀だけど、ボク達の顔を見てそれを諦めてくれた

 

「………了解

 じゃあ、すまないが俺は休ませてもらう事にする

 以降、天譴軍の皆の言葉は俺の言葉だと思ってくれ」

 

……まったく、一刀は本当に大馬鹿野郎だな

こんな時まで気を使わなくてもいいと思うんだけどね

 

そうして令明が車椅子を押し始めると、劉玄徳が声をあげようとしたんだが、ボクはそれを視線で押し留める

この空気を読んでくれたのか、関雲長が彼女の前に出て身体で押し留めてくれたのは有難い

 

だってさ

ここで一刀が暴発しただけならまだなんとかできるけど、仲達ちゃんや令則が爆発したら、いくらボクでも止めきれないよ?

 

ぐったりと車椅子に身を預けたままの一刀は、ボク達の横を通り過ぎる時に、みんなに声をかけているみたいだ

そして、ボクの横に来た時にも、やはり一言声をかけていく

 

「すまない……

 後は頼む」

 

………こりゃあ、座にいなかったのが幸いした、というべきかな

まだしも冷静に話せそうなのはボクしかいないみたいだし

 

ふと見れば、令則のやつは拳から血が滲んでいるし、公祺さんは余計な事を喚くのを堪えるかのように歯を食いしばってる

仲達ちゃんは顔は微笑んでるけど、目が全く笑ってない

 

……………こいつら、本当に何をやらかしたんだ?

 

ボクは一刀が完全に評定の間からいなくなるのを見送ってから、溜息をついて確認をする事にする

 

「……さて

 ちょっと状況が掴めないんでね、誰でもいいからボクに説明してくれないかな?

 とはいえ、今一番冷静かつ客観的な説明ができそうなのは美周郎、君だと思うんだけど」

 

ボクの名指しの指名に気を悪くした様子を見せず、周公謹は簡潔かつ的確にここまでの経緯を説明してくれた

 

なるほどね

一刀がブチ切れる訳だ

ただまあ、刺客に襲われて民衆に被害が出ていなきゃこうはなってなかったろうから、案外可愛いところもあるって事だね

むしろボクは安心した部分も大きいけど、これもその場にいなかったから、と言えるかな

 

じゃあ、さっさと片付けるとしようか

 

「で、司馬局長

 この場合の楽文謙は、どのように処するべきだと思う?」

 

この子は一刀が動力源ってくらいに色々と手遅れな状態なんだけど、一番恐ろしいのは“横に一刀がいない時”だ

その恐怖は一刀が長く漢中を空けて五胡の地に赴いた時に、漢中のみんなが思い知っている

 

多分、仲達ちゃんだけは、一刀の為ならなんでもするし、どんな状況になってもその原因が一刀なら恨み言のひとつも言わずに従うだろう

いや、ここまで愛されてるってのも怖いね、北郷一刀

 

つまり、逆説的なんだけど、この状況で最善手を打てる人間は仲達ちゃんだけだって事だ

 

他の面々には不幸以外のなにものでもないだろうけどね

 

ボクの問いかけに、仲達ちゃんは間を置かず、さらりと答える

 

「楽文謙殿には、このまま交州にお帰り願うのが一番かと

 なにしろ“使者”だそうですし、我々の恩人でもありますから」

 

「ふうん……

 じゃあ、お咎めはなしってことでいいんだね?」

 

ボクの返事に仲達ちゃんは頷く

 

「ええ

 楽文謙殿は曹孟徳殿の臣です

 ですので

“例え天律では事故とはいえ人民の殺傷に至った場合はそれが官であろうが民であろうが等しく同罪であり、そこに一切の差は存在しない”

 としても、彼女の罪を問う訳には参りません」

 

ちらりと横の楽文謙に視線をやると、彼女は驚愕に目を見開いている

まあ、そうだろうね

ともかく、仲達ちゃんの意図は読めたので、ボクもそれに追従する事にしようか

 

「なるほど

 ボク達の基準でいうなら、ボクを殺そうが天の御使いを殺そうが、単なる邑人を殺そうが罪科は同じだとしても、それを適用はできない、という事だね」

 

「ば、ばかな……」

 

楽文謙、その気持ちはよく解るよ

ただね、一刀はこういう事例を持ち出して、これが本来正しい律だと言い切ったんだ

 

「俺の知る歴史での曹孟徳にはこんな逸話がある

 畑を荒らしたものは例外なく死罪、という法を公布したんだけど、ある時曹孟徳本人が麦畑を荒らしてしまった

 それで臣下に必死で諌められて思いとどまったんだそうなんだが、曹孟徳は“自分を処刑しろ”とかなり強硬に言い張ったんだそうだ

 つまり、俺の知る歴史での曹孟徳は、律や法に例外はない、と考えていたという事だね

 そうであるなら、俺達は確かに天譴軍を背負ってはいるが、その命の重さは民衆と全く同じだと言える

 そうでなければ天律には意味がない」

 

楽文謙、君が天律がこういう性格のものだと知らないのは当然だけど、それを免罪符に甘くしてくれる仲達ちゃんは今ここにはいない

可哀想だけど、今の仲達ちゃんには容赦の欠片もないと思うよ

 

「過失だとしても天律では無罪放免はありえませんが、彼女を裁く律は我々にはありませんので、結果として殺人者となったとしても、我々は御礼を言わねばなりませんしね」

 

「あ、ああ……」

「ちょっと待てよ!

 その言い草は余りに酷すぎるだろ!」

 

呆然として涙を流しはじめる楽文謙を庇うかのように叫んだのは伯珪殿だ

うん、ボクも酷い言い草だと思うよ

でもね、これが“兵士”ならこんな事にはなってないんだよ

兵士は死ぬのも仕事のうちだからね、だから同じ階級の官吏と比較して、平均五割増し以上の給料を天譴軍は支払ってるんだからさ

 

「そうですね、これは失礼致しました

 今までの報告でも200名以上の死傷者を民衆から出しながらも我々を救ってくださった、その義心に心から感謝致します」

 

「う……」

「うあ…

 ああ……」

 

伯珪殿も気付いたかな?

もし自分が刺客に襲われたのを助けられたとして、それが兵士ならまだしも、民衆からそれだけの犠牲が出たら、普通は礼など言えないって事に

それを事実上、無罪放免しなきゃならないボクらの立場がどういうものかって事に

 

「郭奉考殿もご苦労さまでした

 これで我々は無用の嫌疑を諸侯に持つ事なく過ごす事ができましょう

 その見識と先見に厚く御礼を申し上げます」

 

「いえ、恐縮です」

 

まあ、君は悪くないさ、郭奉考

天譴軍が孫家に全面的に力を貸してまで江東のみならず長沙を攻略させようなんて、誰だって思いつきはしない

この策には致命的な欠陥があって、事実上拡大する孫家を抑える方法が今のところないんだからね

普通はそこまでして君の考えを邪魔しようとは思わないさ

そうでなくても間違いなく食い合うはず、だったろうからね

だから、そう苦い顔を無理に隠そうとしなくてもいいと、ボクは思うよ

 

「玄武将軍、いつまでも楽文謙殿を罪人扱いはできませんので、枷を解いてはいただけませんか?」

 

「了解」

 

ボクは近衛から枷の鍵を受け取ると、それを順に外していく

自責の念に駆られて呻きながら涙を流し続ける楽文謙には同情はするけどね

 

「では、どうぞこのままお戻りください

 非礼とは存じますが残念ながら見送りはできません

 通る道も死傷者の山で歩くのにも難義するでしょうが、配慮できぬ不手際は重ねてお詫び致します

 ………そうそう

 何もお持たせせずにお返しする訳にも参りませんし、いささか足りなくなってはおりますが、南部でも有用な薬石もございますので、友好の証としてお持ちください

 もう漢中には必要ないものでしょうから」

 

がっくりと膝をついたまま立ち上がろうとしない彼女に、仲達ちゃんは微笑みながらそう告げる

 

うん、やっぱりこの子と一刀は一緒にしとかないとダメだわ

なによりもボクらの心身の健康のために

薬石なんかいくらあっても足りないこの状況で、わざわざそれを持たせると言い出すとか、本当にどこまで追い詰める気なんだか

 

多分、完全に折れて二度と立ち上がれなくなるまで、かな…

 

「う…

 うあ…

 うああああああああああああああああっ!!」

 

床に爪を立て、額を擦りつけながら絶叫する楽文謙

魂まで砕け散りそうなその慟哭には流石に憐憫を感じずにはいられない

 

ボクは近衛に指示を出す事で、せめてもの慈悲をあげる事にする

 

「楽文謙殿を別室にお連れして

 あと、気が落ち着く薬湯を処方してあげるように」

 

『承知しました』

 

二名の近衛がそう返事をして、むずがる赤子のように泣き叫ぶ彼女を連れていく

 

 

いやあ、困ったね

これでまだ、劉玄徳と公孫伯珪を逃がす気が、仲達ちゃんになさそうなんだものなあ…

 

 

いや、言っちゃ悪いんだが、かなり恨むよ、北郷一刀…

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≪漢中鎮守府・評定の間/公孫伯珪視点≫

 

あたしは、泣き叫びながら別室に連れられていく文謙を呆然としながら見送っていた

 

傍らにいる曼成は泣きそうな顔で、それでも文謙を追いかけたいのを必死に堪えている

奉然ちゃんもあまりの状況に涙目だ

 

そう、あたしは結果として、楽文謙を見捨てた事になる

 

その立場や身体ではなく、心を

 

そんなあたしの袖をくいくいと引っ張る感触がある

それに気がついて呆然としたままの顔を向けると、そこには眠そうなようで厳しい目をした仲徳がいた

 

「他人事ではありませんよー

 伯珪さん、ここは心を鬼にしないと、伯珪さんも共倒れになりますよー」

 

共倒れ?

一体どういう事だ?

 

そんなあたしの疑問が理解できていたのか、仲徳は上座に視線をやりながらあたしに教えてくれる

 

「どうも奉考ちゃんや私達は、天譴軍の一番繊細な部分に触れてしまったようです

 逆鱗と言い換えてもいいかも知れません

 私としては天下の司馬仲達とここで競うのも面白いかな、と思わなくもありませんが、かなり分が悪いと言わざるを得ませんし、できれば間を置きたいですねー」

 

「やつらの、逆鱗……」

 

「はいー

 私と奉考ちゃんが考えていた策もありましたが、それはついさっきまでの天譴軍に対してのもので、正直今の天譴軍相手では下策もいいところです

 策を正面から力で叩き潰される、というのは非常に不愉快なんですが〜」

 

あたしは、小声で慎重に仲徳に尋ねる

 

「で、心を鬼にしろって、一体どういう事なんだ?」

 

仲徳はそれに真顔になって答える

 

「楽文謙さんは、まだやり方によっては助けようがありますから、今はとりあえず忘れてください

 そして…」

 

「そして?」

 

「涼州はもう切り捨ててください」

 

…っ!!

 

おい、ちょっと待てよ

確かに表立って肩入れできる状況じゃないが、切り捨てろってのはどういう事だ!?

 

なんとか顔に出さないように身体を強ばらせるあたしに、仲徳は諭すように告げる

 

「この上僅かでも涼州に肩入れする姿勢を見せれば、今度は洛陽が動きます

 天譴軍は微塵の容赦も躊躇もなく、涼州とそれに与する者を徹底的に叩き潰そうとするでしょう

 しかし、彼らは私達とはかなりの距離があり、これから涼州と五胡を相手取るつもりです

 そうであるなら、天譴軍は天の御使いの立場を利用し、董相国に出陣を要請するでしょう

 董相国と漢室はこれを断れません

 なぜならそれは、洛陽の民衆を敵に回す事に他ならないからです」

 

知らず、ごくりとあたしの喉が鳴る

 

「………そこまでするか?」

 

あたしの疑問に仲徳は即答する

 

「間違いなく

 河北は確かに肥沃で十分な兵馬を養える土地ではありますが、洛陽とは比較になりません

 そしてそこには大尉・賈文和、驃騎将軍・張文遠、車騎将軍・呂奉先という、大陸屈指の軍師と将軍がいます

 これを遊ばせるなどという選択肢は誰も考えません」

 

もしそんな事になったら、そこには絶望しかない

いくらあたしが白馬義従を引き連れて奮戦したところで、よくて同じ騎兵を扱う張文遠と戦うのが精一杯

そもそも、白馬義従以外の兵がこの二人を相手にまともに士気が保てるかどうかも怪しい

しかも、その時は本初のやつに追従した時とは訳が違う

完全に漢室の“敵”として扱われるって事になる

 

「だから、今の私達に何よりも必要なのは“時間”なのです

 ですからここは、心を鬼にしてください

 私と奉考ちゃんが、きっとなんとかしますから」

 

その瞳の光は強く、時間さえあれば策はあるのだ、と告げている

 

あたしは、その光を信じる事に決め、あとひとつだけ、どうしても確認しておかなきゃならない事を確かめる

 

「その策は、天譴軍と戦うためのものなのか…?」

 

仲徳はこれに僅かに首を横に振る

 

「戦わずに済ませるためのものです

 恐らく、この策が成ったとしても私達は彼らと五分にしかなれません

 でも、五分であれば…」

 

「会話はできる、と言う事か…」

 

あたし達の会話を真摯に聞いている曼成と奉然ちゃんに、あたしは苦渋の選択をして頷く

 

「お前達、あたしを軽蔑してくれてもいいぞ…」

 

そんな事はない、と言ってくれているその眼差しが、今のあたしにはとても苦しい

仲徳はあたしの言葉を聞いて、ほっとしたように表情を緩める

 

 

すまん、錦馬超

 

でもやっぱりあたしは、あたしの民と土地を犠牲にはできない

 

お前達に肩入れしてやりたいが、今のあたしにそれは選択できないんだ

 

 

そんなあたしに向かって、仲達のやつが問いかけてくる

 

「さて、公孫北平太守に劉平原相、貴方達は先の洛陽のときのように、この上涼州の味方を致しますか?」

 

既に決まった答えだ

玄徳には悪いが、あたしはここで断言させてもらう

 

「いや、あたしは涼州からは一切手を引く

 もし頼ってきたら捕縛して天譴軍に引き渡す事も約束しよう

 決して匿ったりはしない」

 

 

信じられない、という表情の玄徳と、微笑みを佩いたままの仲達の頷きに、あたしは俯いて唇を噛み締める

 

みんな、すまん

 

こんな情けないあたしを、許してくれ…

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≪漢中鎮守府・評定の間/諸葛孔明視点≫

 

もっと早く天律書に目を通しておくべきでした

 

優先順位を間違えたとは思ってはいませんが、私はその事を深く後悔していました

 

私達や漢室に限らず、律というものはその組織の性格と方向性を一番明確に示すものです

 

なぜなら、律と法は民衆を政事に組み込み、兵馬を養い、農業や商業・工業を発展させ、なによりもその組織がどの方向を向いているかの指針となるものだからです

 

今までの天譴軍は、その策謀は容赦の欠片もない徹底したものであっても流血を可能な限り回避するという、策の上たる部分に腐心していました

ですので、唐突ともいえる武断的な方針を宣言する可能性は限りなく低い、と考えていたんです

 

事実、つい先程までは、天の御使いさんは刺客の所業に深い怒りと悲しみを覚えてはいても、その路線を崩そうとしてはいませんでした

 

それが激変したのは、郭奉考さんが楽文謙さんを救うために論説を駆使し、唯一といえた突破口に桃香さまと伯珪さんが便乗した直後です

 

会話の流れから察するに、これらの部分で天譴軍の方々の逆鱗に触れたといえるのは、恐らく民衆を軽視したともとれる私達の言動にあります

 

桃香さまに限ってそのような事はありえないのですが、桃香さまは恐らく、民衆の被害を嘆くのとはまた別の意味で、楽文謙さんを見捨てられなかったのです

それは、結果としてこの場では愚かな行動と言えるかも知れませんが、もしこれで楽文謙さんを見捨てるような桃香さまであったなら、私達はそもそもお仕えする事はなかったでしょう

 

だとすれば、この失地を回復するのは軍師である私と雛里ちゃんの役目です

 

今の桃香さまは、出会った頃に比べて驚く程に洞察力が鋭くなり、非常に深い観察眼をお持ちです

 

ですが、それは桃香さまの個性と性格から来るものであって、いうなれば情の産物です

 

私達の仕事は、それに法と理で武装を施し、万民を納得させる事ができるようお手伝いをする事

 

私はそう思い定めて、雛里ちゃんと視線を交わし、しっかりと頷きあいます

 

「わ、私達は…」

 

桃香さまが仲達さんの言葉に答えようとしているのを、私は強く袖を引くことで引き止めました

 

「!?

 ど、どうしたの、孔明ちゃん!?」

 

「玄徳さま、ここは私と士元にお任せください

 決して悪いようにはしませんから!」

 

「必ず、必ず玄徳さまの気持ちをお伝えしてみせます!」

 

私達を真剣な顔でしばし見詰めてから、玄徳さまは万座に向き直ってこう告げました

 

「これより先は、諸葛孔明と?士元が私の代わりにお話しさせていただきます

 この二人の言葉は私の言葉として受け取っていただいて構いません

 それでよろしいでしょうか?」

 

『玄徳さま…』

 

思わず感激して目が潤みそうになりましたが、それをぐっとこらえます

それは雛里ちゃんも同じだったみたいです

 

仲達さんは、そんな私達を悠然と微笑みながら見つめていて、ゆっくりと首肯します

 

「劉平原相がそのように申されるのであれば問題はありません

 それではお二方、お答えいただけますか?」

 

私と雛里ちゃんは再び頷きあいます

 

天下の司馬八達たる司馬仲達と、桃香さまや愛紗さん、鈴々ちゃん、星さんをはじめとした、桃香さまを信じて集うみんなの命運を賭けて、今こそ私達がお役に立たねばいけないんです

 

私は仲達さんの言葉に、はっきりと答えます

 

「私達は涼州に味方をさせてもらいます

 ただし、それは天譴軍との敵対を意味するものではありません」

 

さすがに聞き捨てならなかったのか、仲達さんではなく文仲業さんがそれに反論してきました

 

「それは流石に矛盾してるとボクは思うな

 それってはっきり言えば、ボク達と喧嘩はしたくないけど、ボク達の喧嘩相手の味方をする、という事だよね

 あまりに都合が良すぎないかい?」

 

私はこれにはっきりと首を横に振ります

 

「いえ、これには何の矛盾もありません

 なぜなら、私達は天譴軍と涼州諸侯の橋渡しをさせていただきたいからです」

 

この言葉に答えたのは張公祺さんでした

ただし、私達に向かってではなく、郭奉考さんに向かって

 

「……と、アタシらが奉考殿に依頼した仕事をやりたい、という事なんだが

 アンタとしてはどうなんだい?」

 

奉考さんは生真面目な表情のまま返事を返しました

 

「これが他の人物の言葉であったなら、私の能力を疑われた、と不快感を覚えるところです

 ですが、玄徳殿がそうお考えなら、恐らく他意はないでしょう

 そうであるなら、私は楽をさせてもらえるというものです」

 

「なるほど、楽ができる、ね…」

 

そう呟いて公祺さんは仲達さんに顔を向けます

その仲達さんは、頷きながらこう答えました

 

「なるほど

 ならばまず、それはよしと致しましょう

 我々としても、仁徳篤いと謳われる劉玄徳殿に仲介をしていただけるのであれば、それに否やはありません

 ですが…」

 

「交渉が決裂した場合、の事ですね?」

 

頷く仲達さん達に、私ははっきりと言いました

 

「その場合も、私達は涼州に味方をさせていただきたく思います

 しかし、私達は戦争となった場合は一切介入はしません」

 

「………言いたくはないが、これまた矛盾だらけじゃないかい?

 流石にちょっと笑えないんだけど」

 

仲業さんの言はもっともです

ですが、矛盾はしていないのです

なぜなら…

 

「私達は、逃走及び降伏の意思を示す諸侯の保護と救済を目的として、天譴軍とは別に参陣させていただきたく思います」

 

「これもわざわざ言いたくはないが、そんな横槍を認める道理は、この世のどこにもないと思うんだが、どうかな?」

 

呆れを隠しきれない様子の仲業さんに、間髪入れずに雛里ちゃんが説明をはじめます

 

「当然と言えますが、これにも条件はあります

 まず、私達が布陣する方向に逃走し降伏した者のみを保護する事

 保護した人数に応じた身代金を私達が天譴軍に支払う事

 武装は解除し武具と馬は全て天譴軍に引き渡す事です」

 

雛里ちゃんの言葉に愛紗さんの顔が驚きに彩られますが、桃香さまのお考えを通しきるには、このくらいの出血は覚悟しなくては無理なんです

 

「………まあ、気持ちは解らんでもないが、それじゃあうんとは言えないね」

 

公祺さんがそう呟きます

しかし、これ以上の条件を出すとなれば、馬孟起さんを救えない

さすがにそれはこちらから言い出す事はできない条件なので、私は少し考えます

 

と、そこで言葉を発したのは、ずっと無言でいた羅令則さんでした

 

「私見ですけど、その条件を飲んでもいいかと私は思います

 身体を張り、身銭を切ってまで仁を成したいという姿勢は正しいものだと思いますから」

 

「おい令則!

 お前本気で言ってるのか!」

「アンタ、自分が何を言ってるのかわかってるのかい!?」

 

仲業さんと公祺さんが口々に異論を唱えるなかで、令則さんはむしろ余裕をもって仲達さんに顔を向けました

 

その仕草に背筋にぞわっとしたものが走ったのですが、その悪寒が間違っていなかった事を、私は仲達さんの言葉で知ることになります

 

仲達さんは悠然と頷くと、むしろ恐怖を呼ぶような微笑みで私達に告げました

そう、愛紗さんの顔を見詰めながら

 

「その申し出を受けるには条件がございます

 身代金や武装解除は不要ですので、代わりに関雲長を天譴軍にいただきたく存じます」

 

『…っ!?』

 

思わず絶句する私達に、仲達さんはむしろ冷然と告げました

 

 

「それだけの覚悟がおありでしたら、玄徳殿にとって都合が良すぎるといえるこの申し出、全面的に受け入れましょう

 当然、その場合は逃亡者や降伏した者の中に“どんな有力者がいようとも”その是非を問わないと約束致します

 どちらを選ぶかはご随意に」

 

 

真青になって震える桃香さま

 

私達の覚悟を強いるその言葉に、私は桃香さまの理想の険しさを痛感していました

説明
拙作の作風が知りたい方は
『http://www.tinami.com/view/315935』
より視読をお願い致します

また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します

当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです

本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」
の二次創作物となります

これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します

その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です

コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール
『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』
機会がありましたら是非ご覧になってください
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コメント
minerva7さま>人質ならいいんですけどね(小笠原 樹)
信用の無い相手に人質を要求するのは当然だよね〜(minerva7)
つーか、このコメント数にびびってる作者がいるぜ・・・いや、すごく嬉しいんですけどね(笑)(小笠原 樹)
patishinさま>ちょっと違うかなー。順当に考えるなら、朱里雛里の意見を煮詰めるのがまっとうだと思いますね。つまり、基準点の違いってことです(小笠原 樹)
根黒宅さま>いやいやいやいや、作者ヒネてるが、単なる意地悪ならやりませんから(笑)(小笠原 樹)
あるさま>そういうユルさ、果たしてあるのかな・・・(小笠原 樹)
ツクルさま>違います。そういう視点でこういう事を言い出すキャラ達ではないので(小笠原 樹)
zestさま>視点の違いによる面白さを作者も実感できます。皮肉ではなくこの意見は面白いと感じました(小笠原 樹)
shirouさま>まあ、このふたりがいなきゃ、恐らく白蓮は、涼州切り捨てられなかったでしょうねえ(小笠原 樹)
しゅうさま>そう言ってくださる方がひとりでもいるうちは書きます。つーか、読者数0なら流石に書けないよなあ(笑)(小笠原 樹)
達さま>ぶっちゃけ、将としてならどっちもいらんです(笑) 紫苑や桔梗なら欲しいですがね(ぉ(小笠原 樹)
citizenさま>リスクというよりは・・・(小笠原 樹)
劉邦柾棟さま>ギャグパートなら原作通りでしょう。で、原作の一刀や華琳に同じ事ができるかと言われると、無理じゃね?(小笠原 樹)
にっこりさま>単純に必要かといわれればその通りですけどね。視点はひとつじゃないってことです(小笠原 樹)
kentaさま>悪辣というか、悪辣・・・かなあ、やっぱり・・・(小笠原 樹)
M.N.F. さま>さて、断ったとしてもそれは果たして原作通りかな?(小笠原 樹)
ataroreo78さま>まことにもってそのとおりです(小笠原 樹)
huyuさま>まあ、交渉の基本っていうか、そういう種類のものですけどね。凪はどうなりますかねえ(小笠原 樹)
転生はりまえ$さま>そうですかねえ? 代価なら支払いすぎだと作者は思いますが(小笠原 樹)
通り(ry の名無しさま>手放すっていうのはありえないんじゃないかな? それをやったら桃のひとも終わりでしょう(笑)(小笠原 樹)
eitoguさま>我儘なら終わりですな(小笠原 樹)
叡渡さま>単なる敵対で、群雄割拠時代、とはなりませんけどね(謎(小笠原 樹)
KGさま>ヘイトが強烈と言われるくらいですんで(笑)(小笠原 樹)
patishinさま>拙作の蜀は、ちょいと毛色が違うようです(ぉ(小笠原 樹)
JEGAさま>んー・・・結果としては多分同じだったかな? 郭嘉がいなきゃこの筋にならなかった、つまりもっと悪くなってたでしょうね(小笠原 樹)
陸奥守さま>さて、どうなりますことか(小笠原 樹)
根黒宅さま>凪の今後は近日中に(小笠原 樹)
田吾作さま>まあ、張飛でもいいんですけどね(ナニ(小笠原 樹)
kuonさま>そう言っていただけるのは本当にありがたいことです(小笠原 樹)
徳を省いた思考でことを運ぼうとしたから仲達に一言で殺されたと思うな。孔明も士元も頭のいい子供なんだよね・・・(patishin)
雲長を切ってまで仁を貫くか、ということなんでしょうか。涼州の命を取るか雲長が傍に居ることを取るのか……雲長の命ってことじゃ無いのだからおかしくないですよね(ある)
涼州に加担するいちばんの目的が「特定の誰か」を助けるためなら、今回の件から何も学んでないように思えますね。それを嫌ったから「関羽よこせ」の流れになったのですか?(ツクル)
他人の領域に土足で踏み込むからこうなる。今漢中に来てる連中は厚かましくて、正直見苦しい。(zest)
民の価値をやっと認識しましたかぁ。さてさて稟&風が何か考えてるようですがそれを実施する為に白蓮さんに翻意させましたねぇ。次回も期待しております。(shirou)
各登場人物が、いい味を出しています。そのシーンが簡単に想像できる。毎度ですが、次回が楽しみだ。(しゅう)
関羽は別に必要ないでしょう。これは「これくらいの誠意をみせろ」ってのが二、三割で残りはただの意地悪と思う。(根黒宅)
今まで劉備は要求するだけで何もしてないからな。身代金とか武具も別に大切なものじゃなし、無理を通したいなら本当のリスクを負えってことか(citizen)
原作の魏√で凪・真桜・沙和拠点の『始動!北郷警備隊』で凪が気弾を使って賊を捕らえるシーンが今回の一件と同じ結果になっていてもおかしくはないと、今更ながら実感してしまいました。 実際、原作の一刀はこの作品の一刀みたく此処まで出来たかな?(劉邦柾棟)
関羽いるか?同じレベルの武将複数いるし取れても邪魔なだけのような・・・最初から言い分認めるきないでしょ?(にっこり)
原作の華琳のは「自分を敵視させることで劉備陣営の行動を操る」為の計略の一手だと思ってるんですが、どっちにしろ「了承できない」と分かってることを要求するって相当悪辣な手ですよね。了承すれば「妹を人質に差し出した」ってことで「大徳」では居られなくなりますし。(kenta)
ここで関羽を引き渡せないのであれば、それはやはり原作通りの劉備であり、この後が更にややこしくなるでしょうね。なんたって相手は曹孟徳のように甘くはないから。(M.N.F.)
気になるのは桃香の答え次第では彼女を見限る将がでるかも?今彼女の理想実現の覚悟が問われる…(ataroreo78)
丁重に返(壊)された凪を、華琳がどう扱うかが気になりますね。凪はつつき方によっては自害しかねない状態でしょうし。桃香も、愛紗を切り離すことが出来るのか? 仲達さんは、桃香や軍師勢が何を述べようと譲らないでしょうし(例えば星が代わりに私がという類も)。(huyu)
ここでもわがままを言うのかな劉備は?「だめだよそんなの!!?」みたいな。代価としてはそれでつりあうって感じだけどね(黄昏☆ハリマエ)
関雲長買い殺し計画ですね判ります。もしくはどう使い倒すんだろうかwwwwいやー桃香さん手放してもらえませんかwwwそんなIFを見てみたいわー(通り(ry の七篠権兵衛)
ここで真恋姫のわがまま桃香ちゃんが来るか?来たら終わりっポイがw(eitogu)
凄い事になってきましたね。ほんと容赦がない、続きまってます(KG)
関羽も劉備も互いにもたれて・・・いや、執着しているからな、一身独立できぬ人に、事を為そうなんてできないわけだ。(patishin)
この話、白蓮と凪が事件直後に、正直に出頭して自供してれば、此処まで拗れなかったんじゃ?ある意味で戦犯は白蓮で、桃香達が尻拭いしてあげてる様にも見えるんだが…、まあ、天遺軍の悪辣さを考えれば、嫌悪するのも判るけどね、感情に振り回されて、最悪な方に向かってるよ(JEGA)
同じ理想を追うなら一緒にいなくてもいいのではと思うので、俺だったら関羽を手放すけど、この外史の劉備はどうするのかな?(陸奥守)
凪ちゃん、強く生きろ。。。さすが司馬仲達、容赦がまったくないな。(根黒宅)
まさかここで曹操が「関羽寄越せ」って言ったエピソードが盛り込まれるとは驚きです。とはいえ、敵対するなら微塵の容赦もしない天譴軍相手からすればまだ真っ当な選択肢を提示しているのもまた事実なんですが。千里行で玄徳ちゃんの許に戻るのも難しそうですし……彼女達の運命や如何に。(田吾作)
先の読めない展開にマウスを持つ手が汗びっしょりです。早く続きが読みたいです。(kuon)
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