ある日、世界のある場所で。──事件、そして捜索
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 ブルートとの一件があってから数日後──

 俺とローザはあれからクドス高地にずっと拠点を置いていた。

 結局あの日、依頼主のいるクドス高地中間に位置するレオン守陣地という本陣に到着したのは日が暮れる間際になってからで、その後依頼を完遂するに夜更けに敵陣に強襲を仕掛けたりだの、雑魚を一掃したりだのの昼夜問わず依頼をとんとんとこなしていたらあっというまに数日が経過してしまった。

 クドス高地は山間部にある領土だが、現在はその領地をめぐっての戦争中だった。といっても決して大きな戦ではない。この大陸全土に蔓延る小競り合いとなんら変わらない。──といってしまえば簡単なものだが、その土地に住む者にはたまったものではない。生きるための場所を奪われる訳にはいかないからだ。

 それは時にモンスターであったり、強盗団であったり、はたまた別の国の兵士だったり。

 大陸の各地を旅しながら、血を流す戦いを俺は幾度と無く見た。たとえそれを自分が望まなかったとしても、だ。

 それがエターナルチルドレンとして生まれてきた者の運命だ──、俺達に道を指し示す謎の女性占い師ミリアはそう言った。

 この世界は今現在も過去も変わらない。変えられるのは青きクリスタルから生まれたかの者達だけだと。

 そんなこと言われても、俺は望んでエターナルチルドレンなんぞになった訳じゃない。それはローザも同じだ。常人より特異な力を有してたとしても、そんな力を持つ者は人から忌み嫌われるものだ。たとえそれが伝承に残るエターナルチルドレンだとしてもだ。

 俺達の力は何のためにあるのか。何のためにこの世この時代に生まれ、何をなさねばならないのか──その答えは今現在も分かっちゃいない。

 ただ、占い師ミリアが言うのは、この世界全体を覆う混沌を払拭し、人々を楽園へと導く指導者たるものがエターナルチルドレンの役目らしいのだが、そんなこと俺には正直どうでもよかった。

 世界を救うだの勇者になるだのそんなの俺の器じゃない。俺はただの使い走りでもない。

 やりたいことをやりたいだけ、俺は俺の意思で生きる。それだけだ──

 そう俺は言い残して、ミリアの元を去った。

 けれど、行く先々で色んなものを見て回るうちに、結局は自分も運命には逆らえないのかもしれないと思い始めていた。

 この世界を覆う、混沌という名の戦乱の中で剣を振るうことに。

 

 

 朝日がまぶしい。久しぶりによく寝たようだ。目が朝日になれず、何度か瞼をしばたたかせる。朝の空気はぴんと張るように冷たく、都会などで吸う空気とはどことなく違う感じがした。山間部独特の酸素が薄いのはおいといて。

「おはよぉ〜……朝早いねジュリアン」

 瞼をこすりながら背後からのっそり起き上がってきたのはローザ。まだ眠いのか、寝ぼけた眼が半分閉じている。

「おはようローザ。……まあ、ゆうべは俺の方が寝るの遅かったけど、酒飲んだことも手伝ってぐっすりだったからな」

 とりあえず仕事が一段落着いたので、好物のエールを数杯飲んだのは昨日の夕方ごろだったか。レオン守陣地に居るコック、ロバートにお願いして軍に支給されている物資の中から安物のエールと、つまみとなる干し肉や豆などを調達し、夜更けまでちびちび飲んでいた。途中までローザも付き合っていたのだが、数日間の昼夜またぐ仕事の疲れもあってさっさと床についてしまっていた。

 守陣地の一角にある半分納屋みたいな場所に寝泊りすることを許された俺とローザはここで夕べは夜を明かした訳だが、ここ数日間は夜間も仕事に就かされていた為、この小屋で寝たのは今日が初めてであり、最後でもある。依頼も十分こなしたし、俺達がいなくても他のエターナルチルドレンがいれば手が足りないという事はない。俺達のやるべき用は済んだ、というわけだ。

 おかげで、例のアルパカプセルマシンを回す用のコインもどっさり手に入れていた。仕事完遂につき一人ずつ数枚支給されるから、俺とローザで半分ずつということはない。

「朝ごはん作っておくから、それ食べたらここを引き払わないとな。一日だけの宿だったけど」

 瞼をこすりっぱなしのローザをベッドにおいたまま、俺は隣の部屋のキッチンへ向かう。テーブルに置いた荷袋から食料を漁ると、先日買っておいた携帯用パンが丸ごと残っていたのでそれを取り出す。

 ロバートから酒を頂戴したときに頂いたほかの食材は台所に無造作に置かれていた。ローザはまだ眠そうだったから今朝は俺が料理当番だ。

 勿論食べれないものを作る訳ではない。冒険者として自然と身についた訳でもなく何故か勝手に料理をする癖が着いていた。これも不思議な力のうちなのだろうか?

 フライパンに油を引いて仕入れた卵を手際よく割って、火にかける。さらに干し肉を火で炙り、若干焦げ目がついたところで焼けてきた卵の上に乗せた。

 サニーサイドアップが完成し、二等分して皿に分けたところでローザが起きてきた。いい匂いに釣られてきたようだ。

「いい匂いだと思ったら夕べロバートさんからもらった卵で目玉焼き焼いてたのね。朝からこんないい匂い漂わせて、陣地内にいる兵士さん達に申し訳ないわね」

 携帯用パンをナイフで切り分けながら言った彼女の言葉に俺も思わず頷く。

「まあ俺達はその兵士達が楽に動けるように手配してやったようなもんだし、コレくらいは贅沢して然るべきじゃねえか? ははっ」

 井戸水で冷やしておいたクドス高地アルパカ牧場特産のミルクをグラスに注ぎ、朝餉の用意は整った。

 そんな長閑な朝を迎えている俺達を他所に、大陸の反対側──北西にあるレゼの丘──の一角では、とんでもない朝を迎えていた……

 

 

 日が頂点に差し掛かった頃、俺達はクドス高地を離れ、レゼの丘へやってきた。

 この大陸は広いため、各地の主要都市には空を飛んで移動できる飛行船や熱気球の発着所が点在している。別の大陸に移動する際は飛行船、大陸内各地の主要都市間移動には熱気球といった具合だ。他にも船で移動できる場所もあるが、今俺達が居るレゼの丘はカモメ町にある港が発着所となっているだけなのと、船で行ける場所は限られているため利用者は多くはない。その大陸に用がある者だけが利用するのみとなっている。

 もっともエターナルチルドレンならば、飛行船を利用せずとも、その土地に身を措くという意味で土地神とも言える存在、ヨツノハと契約を交わせば瞬間移動できるスキルがあるのだが、一箇所のみにしか契約は出来ないため、その土地に戻るという手段でしか利用は出来ない。だから結局のところ、別の土地に移動する際は飛行船等を使って移動するしか手段はない。

 だから俺達は飛行船を使ってクドス高地からレゼの丘へとやってきたわけだ。

 勿論、高地での仕事で手に入れたコインで今回もカプセルからレアアイテムを見つけ出すために。

 

 

 飛行船から降り立った俺達はそこからほど少し離れたアルパカ牧場までのんびり歩いた。わざわざ騎乗用アルパカを出すまでもない。カモメ町から離れればモンスターもあちこち点在してるものの、こちらから攻撃を加えない限り襲ってはこない。

 街道沿いに設けられている海水浴場、星降り海岸と呼ばれる白い砂浜には、海で水遊びをする者達がそこかしこに見受けられる。潮騒の音と焼けるような日差しが、高地に居た自分とローザを焦がすように照らしていく。

 やがて街道は海岸からはずれると、見えてきたのは変わりなくあるアルパカ牧場。放牧地に居るアルパカの声が聞こえてきた。

「さて、今日も運試しといくか」

 歩きながら鞄から取り出した銀色のコインを握り締め、やる気満々といった俺とは対照的に、ローザは落着いて「たまにはいいもの出るといいけどね」と達観した様子。

 やがてカプセルマシンが見えてくると同時に、何かがおかしい、と俺の心に違和感が生じた。

 放牧地にアルパカは居る。それは変わらない。マシンもいつもと同じ、金・銀・銅、三台ちゃんとある。

 なのになんか──何かが変だと思った。そうだ、ブルートとその妻、オリアの住む家がやけに静かだ。旅行にでも出かけたのだろうか? しかし放牧地にアルパカを置いて旅行になんぞ行く訳ないだろう。

「なあ、ローザ……なんかおかしくないか?」

 思ったことを口にしながら、俺と彼女はマシンの前に着いた。俺の言葉にローザは唐突だったのか、何が? といった様子で周りを振り返って見てみる。

「……何もおかしなとこなんてないじゃない。ジュリアンどうかしたの?」

 彼女は何も思わなかったようだ。俺の気のせいだろうか──

「そうか……気のせい、かもしれないな。さっさとコイン使ってアイテム交換するとしようかね」

 と口に出したものの、何故か先程のやる気が沸いてこない。何だろうこのもやもやした感じは……と思った直後、キイと音が背後からした。牧場主が住む家の扉が開いたようだ。

 なんだ、静かだと思ったら居たんじゃないか。どうやら俺の思い違いのようだ。一安心した──と内心ほっとしながら背後に居るであろうブルートに向かって顔を向ける。

「ようブルート。今日もコイン交換しに………」

 ブルートの姿を見た途端、俺は言葉を失った。ローザも異様な感じがしたのか、背後を振り向く。

 彼は確かにそこに居た。

 しかし表情は蒼白だった。まるでおしろいを塗ったように。間違っておしろいを男に塗るとこんな感じになるのか、と俺はふと思ったが、あわててその思考を打ち消した。

「………ど、どうしたんだ……ブルート?」

 彼の様子がおかしいのは一目瞭然だ。顔も手も血を失ったように青白いし、いつものように陽気に話しかけてこない。間違いなく何かがあった。彼を蒼白にするような出来事が。

 ブルートが顔すら向けずにこちらに向かって視線を向けたのが分かった。その途端、彼の顔がくしゃくしゃになって大粒の涙が目からこぼれ出てきた。いったいどうしたっていうんだ?

「ジュリアン、ローザ……」

 それ以上言葉は聞き取れず、彼はうずくまりおいおいと声を上げて泣き出した。慌てて俺達は彼の元に走る。

「どうしたんだよブルート。そんなに真っ青な顔していきなり泣き出して。何があったんだ? 話してみろよ」

 なだめるように背中をさすってやると、彼は涙を拭いながら話そうとするが、

「……が、………」

 声をつまらせている。すかさずローザがポケットからハンカチを取り出し、彼に与えた。

「何があったのか話して。私やジュリアンが力になれることならなんでもするから」

 ローザから渡されたハンカチで涙を拭きながら、彼はげほげほと何度か咳き込み、やっとしゃべれる状態になったのか、顔を上げた。

「……ビートが、ビートが、いなくなっちまったんだ……ゆうべまではちゃんと厩に居たのに、今朝になって見にきたら、ビートだけが居ないんだ……」

「ビート? ビートって確か……こないだ俺達に見せてくれたアルパカのサラブレッドか?」

 確認するように言うと、彼はこくこくと首を縦に振る。

「そうだ……こないだあんた達に見せたあのアルパカの子どもだよ。今朝朝飯を持ってったら、あいつだけが居なくなっちまってたんだ……品評会まで3日後だっていうのに、どうすればいいんだ……」

 そう言っているうちに彼は再び涙を流した。つと顔を上げると、彼の妻のオリアも玄関先に出て、涙を浮かべていた。俺の視線に気付いたのか、顔を何度か傾けながら、

「私も探したんですよ……今朝主人かが厩から血相変えて戻ってくるからどうしたのか聞くとビートだけがいなくなってるって。慌ててあちこち探したんですけど……何処にもいなくって。逃げるわけないから、誰かが盗んだのは間違いないんですけどね……」

 何度か言葉を詰まらせて言った。相当あちこち探したのだろう、彼女やブルートの衣服と靴にはあちこち泥がつき汚れている。

 俺が違和感があるって思ったのはあながち間違いじゃなかったようだ……

「ブルート、厩を見せてもらってもいいか?」

 俺の求めに彼は泣きながら顔を再びこくこくと縦に振り、後方に向かって指を差す。彼らが住む家の裏手に厩はあるらしい。

 俺がそちらに向かって歩いていくと、ローザも着いてきた。何も言わずとも俺についてくるのが彼女のいいところだ。

ぐるりと家の周りを歩いて裏手に回ると、木造で作られた厩が見えてきた。柱と板で仕切られた厩は、わざわざ中に入らずともアルパカがご飯を食べられるよう、手前に飼葉を入れておく四角い箱が仕切りごとに置かれてある。これといっておかしな点は見受けられない。

 ビートのいた場所はどこだろうかと探したが、思いのほか早く見つかった。仕切りごとにアルパカの名前が書かれてある札が脇にかけられてあったからだ。

「ここがビートの居た場所か……どれ、ちょっと調べてみようかね」

 俺はそう口にして、心の中で“力ある言葉”を唱え始める。

 その言葉に反応し、自分の中──潜在意識とでも言うのだろうか──に秘めた、青きクリスタルが反応し俺に問いかけてきた。

“汝は我に力を求めるか。──何を求める? その力を答えよ”

『常人には見つけられぬものを見つけることの出来る力を俺に』

 その問いに答えると同時に、クリスタルの意識が反応し、体が一瞬光に包まれる。ぱあっと光が四散し、消えると同時に俺の能力は盗賊に変化していた。

 これがエターナルチルドレンと呼ばれし者に与えられる特殊能力の一つ、あらゆる職業、あらゆるスキルを使いこなせるようになる、万能の力を持つ青きクリスタルの力を借りた力。人々はその力を使うものを賞賛と畏怖をこめてエターナルチルドレンと呼んだ。その力がこれだ。

 俺は盗賊にチェンジすると、辺りをくまなく調べてみた。他の職業と違い、盗賊は常人では見つけ出すことの出来ないモノ、手がかりを見つけ出すことが出来る唯一の職業だ。

「どう? 何か見つかりそう?」

 捜索は俺に任せたのか、ローザは自分も盗賊にチェンジすることはせず見つけられるものは何かないかと調べていた。

「……何人かの足跡があるな。ビートの仕切りの中まで入ってる足跡がいくつかある。ブルートの足跡もあるだろうからそれを除いたとしても、足の形も人間のそれと違うものまでいくつかある。どうやら獣人がこの中に立ち入った可能性があるな……」

 足跡を追ってみると、家の裏手を回って牧場の目の前にある街道まで続いているのがわかった。そこから先は足跡は確認できない。どうやら何か乗り物に乗って去ったようだ。街道を調べようにも複数の足跡や車輪の跡が残っているせいで、どちらの方向に行ったのかまでは確認することはできなかった。

 俺達は一旦捜索をやめ、家の中に戻っていたブルートを呼び出した。

「何か見つかったのか?」

 彼はすっかり泣きやんではいたが、目が腫れて表情は相変わらず冴えていない。俺達が顛末を話すと、彼はよほど驚いたのか表情を一転させ、知らないと言った様子で首を横に何度も振った。

「厩に俺以外の奴が入るわけあるもんか。誰も入れさせた事はないよ。ジュリアンとローザが今入った位だ。俺が知っているのは」

「だとすると、誰かがビートを盗んだというのは間違いないな。厩から家を回って街道まで出てから複数の足跡はなくなってる。恐らく何人かいるだろう。盗んだ人数からして三人くらい。乗り物を操っていた奴も含めると少なくとも四人ってとこかな」

 俺が調べたことを話すと、彼は再び玄関先でうな垂れた。

「一体誰がこんなことを……俺のビートを盗むなんて……」

 

 コレが事件の始まりだった。

 そして、それが俺達にとっても、依頼の始まりでもあった……

 

つづく。

説明
FNO、ファインディングネバーランドオンラインの世界を踏襲した小説のチャプター2です。ゲームをやってる人に読んでもらいたいものですね(じゃないと色んなところで分からないと思います。。。ごめんなさい><)
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