真・恋姫無双 きっと、良い一日 |
ふと、悪戯心が芽生えてくるのに気付く。
人の気持ちもいざ知らず、幸せそうに寝ているご主人さまを見ていると、
沸々と湧き上がるものがあった。
悪戯心が芽生えてきたのに気付く。
やっと取り付けた二人きりの約束に、自分は心が浮かれて全くと言って良いほど、
寝付けなかったのに、目の前の男はすっかりと眠り呆けている。
これではなんだか自分が馬鹿みたいで、張り合いが無いではないか。
今朝、僅かな眠りから覚めた時は、庭の雀が飛び跳ねて踊っているように見えたのに、
今では鳴き声が五月蠅いように思えて仕方がない。
寝不足な頭にはキンキンと響くのに、寝ている人間を起こしてはくれない。
むぅ、と頬を膨らませて目をやれば、パタパタと飛び去っていった。
なんだか私が悪いみたいじゃない。
ふぅ、と溜息をつくと、気持ちを切り替えて、どう起こしてやろうかと思案する。
ただ、揺すって、声掛けてでは面白くない。
だったら、と思いついたのは、布団の中に潜り込んでやろうというお茶目。
案のなかでは一番驚く顔が見られそうだし。決して、自分がご主人さまの布団に入りたいからじゃない、と誰に言うのでもなく、
軽い照れ隠し。
なんだかとっても楽しくなって、ゆっくり布団に歩み寄る。
それは昨日のことだ。
ご主人さまと愛紗ちゃんが外に昼食を取りにいった時のこと。
久々の休みだという二人は、とても楽しそうで、幸せそうで、前日に一人寂しく、といっても鈴々ちゃんと二人で過ごしたのだが、
休日を送った自分が酷く悲しく思えた。
鈴々ちゃんと町で遊ぶのはとてもとても楽しいことなのだけど、やはりご主人さまと過ごす一日というのは格別で、
得難いものなのである。
ただでさえ競争相手が多いのだ。他の子たちよりも少しでも一緒にいたいと思ってしまうのは仕方のないことに違いない。
そう考えていると、二人がだんだん恨めしく思えてくる。
私が休みなことを知っていたのだから、昨日だって食事の誘いくらいしてくれてもいいのではないか。
最も、朝から鈴々ちゃんに連れ出された私は、誘いが本当になかったかどうかも知らないし、
そもそも休んだ自分の分まで仕事が回って、そんな余裕なんてあったかどうかもわからない。
それでも、と思ってしまうのが恋する乙女たる所以でだろう。
なんだか星ちゃんに言ったら、すごく、からかわれそうな気がする。
そんな私の恨めしげな視線はご主人さまにさらりとかわされ、行き場をなくして同室の朱里ちゃんと雛里ちゃんへと向いた。
今思えばなんて酷いことをしたのだろうか。
あの時は自分でもどうかしていたと思う。
込み上げていた悪戯心は、いつしか、直視したくないものに変わっていった。
執務を終えた夜、何があったのか酷く疲れた様子の朱里ちゃんと眠たげに瞼を擦る雛里ちゃんとを捕まえて、無理やり、
それはもう本当に、今日の休みを取り付けたのだ。
それも私とご主人さまの二人分。
泣きながら止めさせようとする雛里ちゃんと、同じく泣きながらも君主たるものの心得を説く朱里ちゃんを思い返し、
なんと浅ましい所業だったのだろうと今になって思い至る。
それでも熱弁を振るった末、二人は泣く泣く、それも文字通りに、私たち二人の午前休みを許してくれた。
普段あまり我儘を言わない桃香さまだから偶には、なんて笑ってくれた二人の顔は、とても笑顔と呼べるものではなく、
憔悴しきっていた様子であっただろう。
そんなことさえも目に入らず、そのまま喜々としてご主人さまの部屋に赴けば、何故か正座をして詠ちゃんにお小言を貰っている最中である。
私に気付いて、足音を荒立てながら出ていく彼女に、どうしたの、なんて聞く勇気はなかった。
こちらも疲れた様子で、何か用かな、と聞くご主人さまに一緒に過ごそう、と今日の約束を取り付けた。
続く休みを不審に思いながらも、そうしようか、と微笑んだご主人さまに、私は、胸の高鳴りとふわりふわりと広がる温かさを感じた。
あの時、なぜ休みになったかを誤魔化したのは、自分でも気付かない後ろめたさがあったせいなのだろう。
そのことを説明したら休みが、二人で過ごす時間がなくなると思った私は曖昧に濁した。
きっと、ご主人さまは休みを取りやめて執務室に向かうだろうから。
我儘だと思われるのも嫌だったし、そんなことを、と失望されるのも耐えられなかった。そして何より、嫌われたくなかった。
ああ、なんと浅ましく、醜いのだろう。
俯いた視線の先には綺麗に掃除された床と、透明な雫が映る。
頬を撫でた風が、やけに冷たく、思わず伸ばした指先に触れるもの。
落ちた水滴は双眸から零れたものだ知った。
「桃香?」
耳に届く、愛しい人の声に顔を上げれば、目を覚ましたご主人さまが酷く心配そうな様子でこちらを見ていた。
うろたえた様子の彼に、一歩一歩、最後には半ば駆け出すようにして飛び縋る。
そのままご主人さまの胸に顔を埋めると、抑えをなくたように、ぽろぽろと涙が流れ始め、子どものようにわんわんと泣いた。
何があったのかも分からないだろう彼は、言葉を発することもなく、ただただ、優しく抱きしめていてくれていた。
「少しは、落ち着いてくれたかな?」
ゆっくりと体を離す私に、ご主人さまが気遣わしげな声をかける。
「……うん。えっとね……。」
いつまでも泣いてはいられない。今では一つの国を預かっているのだ。
それは本当に大変で、一人では支えきれなくて、色々な人が力を貸してくれている。
それなのに、私は、力を貸している人たちに、自身の背負ったものを投げ出すような真似をしてしまった。
力を持たない私を助けてくれる人たちは、私よりもきっと忙しくて、仕事だって頭を悩ませるようなことばかりのはずで。
そんな彼女たちの頑張りも見てやらず、自身の感情に突き動かされて、あろうことか義妹に嫉妬して。
情けなくなった私は、ご主人さまにすべてを打ち明けた。
「そっか……。それで桃香は今日、どうしたいかな?」
優しく、子どもを相手にするかのようなご主人さまに心が安らいでゆく。
事実、私は子どもなのだ。分別もつかず、周りに迷惑ばかりを掛けて。
大人になりたい、と思った。
「そんなの、決まってるよ。朱里ちゃんに、雛里ちゃんに謝って、お仕事頑張るよ。」
なるべく笑顔で。もう心配させまいと作った顔は、上手くいかなかったのだろうか。
少し、ほんの僅かに寂しそうな色を覗かせるも、それじゃあ一緒に行こうか、と笑ってくれた。
そんな優しい微笑みは、愛しい男性というよりも、何処か懐かしい、父親のように感じられて。
もう少し甘えたい、と思う気持ちを押し留め、着替えたご主人さまと二人で執務室の扉を開く。
「と、桃香さま?」
驚いた様な声をあげる朱里ちゃんと首を傾げる雛里ちゃん。
傾いた頭からずり落ちそうになる、特徴的な帽子をわたわたと慌てて押さえつける。
そんなとても可愛らしい様子に笑みが零れそうになった。
慌てて表情を戻すと、がばりと、勢いよく頭を下げて。
扉を開いた入口近くで謝った。
「昨日はごめんなさい、我儘言っちゃって……。今日はしっかりお仕事するからね!」
あわわーはわわーと相変わらずな声を上げ、どたどたと騒がしい音を立てた二人は、急いでこっちに向かって来ているようだ。
下げた視界に見える二人の足は、時折もつれそうになっていて、非常に危なっかしい。
なんとか転ばずに来た二人はそろって声を張り上げた。
「と、桃香さま!頭を上げて下さい!特に気にしてませんからっ。」
「あわわっ、昨日は確かに驚きましたけど、その、上手く言えませんがそんな日もあると思いますから……」
中々頭を上げない私に、あわわーはわわーと再びあたふた。
「「どうか、頭を上げて下さいっ」」
最後に聞こえた声は二人同時で、ぱさっと、二つの帽子が地に落ちる。
今度は私が慌てる番だった。
下げた時よりも勢い付けて、あまりに急いだものだから思わずよろけて、その体をご主人さまに支えてもらって。
仲良く頭を下げている二人に優しく説いた。
「もう、わかったから、頭も上げるから。二人も頭を上げて、ね?
昨日のことは私が悪かったってちゃんと分かってるし、反省もして二度とないようにするから。
だからこれからも、私のこと、よろしくお願いします。」
せっかく、二人が頭を上げてくれたのに、最後の最後でまた失敗。
お願いしますって、頭を下げるのは当然で、当たり前なんだけど、今回ばかりは間が悪い。
もう、何度目かも分からない、二人特有の悲鳴を聞いて、再び地面に落ちるもの。
堪え切れなくなったのか、それはもう、おかしそうに声を上げて笑うご主人さま。
私たちの拗ねたような視線に気が付いて、ごめんごめん、と言うものの、笑みを湛えたままの顔。
機嫌の直らない私たちに今度はご主人さまが頭を下げる。
それが、なんだかおかしくなって。
顔を見合わせた三人が笑いあう。
今日はいい日になりそうだ。
開いた窓から雀が一匹。
ふわりと肩に舞い降りる。
今朝の雀が思い出されて。
「貴方にも許して貰えたのかな?」
ちゅん、と一鳴きすると、再び空へと帰ってく。
窓から空を見上げれば、
雲一つなく澄んでいて。
やっぱり、いい日になりそうと独り言つ。
青葉を揺らして、身を乗り出した私の頬を、
優しく撫でて吹き去った、暖かな風は、爽やかな夏の匂いがした。
説明 | ||
やっとこレポート週間が終わりました。 一日最低一つ、ひどい時は三つと提出するものを思い返し、 直前まで溜めこむ性格を直さないとなぁと、 毎度のことのように思いました。 |
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コメント | ||
雷起様 本当は一刀君と桃香ちゃんとのいちゃいちゃを描くはずだったのですがなぜかこんな感じに。やはり底なしの優しさと芯の強さがあってこその桃香ちゃんだと思います。(y-sk) 桃香ええ子やぁ゚(゚´Д`゚)゚我儘に徹しきれず罪悪感に苛まれちゃうところが大好きです(雷起) |
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