黒髪の勇者 第二十四話
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黒髪の勇者 第二章 海賊(パート14)

 

 「くそ、数が多い!」

 西部地区へと走り出した詩音を待ち受けていたのは、無作為の破壊行為と略奪行為を繰り広げる海賊どもの集団であった。総員の人数を図る術は詩音にはなかったが、それでも視界の範囲には十名程度の海賊が確認できる。

 一人ずつ、うまくやれば。

 まだ手つかずの、野ざらしにされた木箱の裏で詩音はそう考えると、木刀をもう一度きつく握りしめた。手始めに一番近い海賊を気絶させる。その後は。

 「シオン、無理をするな。」

 唐突に掛けられた声に詩音はびくりと肩を震わせながら、背後を振り返った。グレイスである。その後ろには、随分と酒を呷ったものか、顔を赤らめているオーエンの姿が見えた。

 「グレイスさん。それに、オーエンさんも。」

 敵ではなかったことに安堵しながら、詩音は二人に向かってそう言った。

 「一人で何とかなる数じゃない。」

 グレイスがそう言った。

 「おぬしも、随分興奮している様子だしのう。」

 続けて、オーエンがそう言った。確かにそうだ。普段ならば人の気配にすぐに気付くというのに、今日という日に限ってグレイスとオーエンの接近に気付かなかったのは、余りに非日常な空間に押し込まれた自らの神経がその視野を狭めているということに違いない。

 こういうときは、深呼吸だ。

 「すみません。」

 ひとまず呼吸を落ちつけて高ぶった神経を宥めさせる、詩音は二人に向かってそう言った。

 「とにかく、シャルロッテを海賊どもの手に納めさせる訳にはいかない。」

 詩音が落ち着いた様子を確認すると、グレイスがそう言った。目的が同じであったことに安堵した詩音は、今にも飛び出そうと腰を半ば浮かせた。グレイスも腰にしたシミターを既に抜き放っている。

 「せめてバトルアックスがあればのう。」

 ぼやきながらそう言ったオーエンの手には棍棒。オーエンの怪力ならば、戦斧に頼るまでもなく十分な殺傷力を誇るだろう。

 「おぬしも、せめて儂のタチがあればのう。あれはバトルアックスとともに、造船場に置いてきてしまった。」

 心から嘆くように、オーエンが続ける。

 「無いものねだりをしても、仕方ないだろ。」

 「じゃがのう。」

 「俺なら、大丈夫です。」

 苦笑しながら、詩音はそう答えた。それに一振りで人を殺せる太刀を持ってまともな神経で戦える自信は、今の詩音にはない。

 「とにかく行くぞ、一人三人!」

 グレイスはやがてそう叫ぶと、先陣を切って走り出した。そのまま、手近の海賊に向けてシミターを遠慮なく振りおろす。奇襲を受けた海賊が、蛙がつぶれるような声だけを漏らして、有無を言わさずに絶命した。

 「なんだ!」

 海賊の一人が振り返る。その表情は、詩音が降りおろした木刀の陰に隠れて驚愕そのものの表情に固定された。そのまま、木刀を顔面に叩きつける。鼻の骨を折られたのか、盛大な鼻血を噴き出しながら海賊が仰向けに倒れ込んだ。続けて、オーエンが別の海賊の横腹をまるで野球でもしているような見事なスイングで弾き飛ばした。

 「敵だ!出会え!」

 一人の海賊がそう叫んだ。その声に一斉に海賊どもが振り返る。手斧を振り上げた海賊が詩音に向かって襲いかかる。だが、もう既に何人かの海賊は木刀で叩きのめしている。力任せに斧を振り回すだけの海賊どもに、負ける気などない。

 そう考えながら詩音は向かってきた海賊に向かって鋭い突きを放った。喉元をえぐるように木刀が海賊へと吸い込まれてゆく。白目を向き、動きを止めた海賊に向かって、詩音はそのみぞおちを容赦なくけり上げた。バランスを崩して倒れる海賊を一瞥して、詩音は向かってきた別の海賊に向けて木刀を正眼に構えた。左右に無造作に振り回される手斧を軽いステップで避ける。

 動きは単純、速度も速くない。

 詩音はそう考えると、踏み込んで遠慮なく籠手を海賊の右手に叩きこんだ。衝撃に手斧を手放す海賊に向けて、その横腹に更なる一撃を叩きこむ。だが、海賊は激痛に顔をゆがめさせはしたものの、気絶させるまでには至らない。肉体とは異なる、固い衝撃が詩音の両手に伝わったところを見ると、どうやら何か防具を身につけているらしい。振り上げられる右拳を、詩音は真正面に木刀で受け止めた。馬鹿みたいに力が強い。足腰にまで響きそうな強烈な一打を受けて、詩音は僅かに体制を崩した。その隙をついて、海賊の左腕が伸びた。その拳が詩音の鳩尾に吸い込まれる。

 がは、と声を漏らして詩音は数メートルを吹き飛ばされた。これまで感じたことのないような衝撃に詩音は瞬間に記憶が吹き飛びかける。それを唇を噛みしめながら耐えた直後、仰向けに倒れた詩音に向かって海賊がもう一度拳を振り上げた。横回転をするように身体を捻って詩音は避け、すぐさま立ち上がろうとした。だが、腹部にくらった衝撃は詩音の動きを明らかに緩慢にしていた。もう一度、今度は顔面に向かって拳が襲いかかる。

 まずい、詩音がそう考えた時。

 海賊が横に吹き飛ばされた。オーエンが背後から、遠慮なく棍棒を叩きつけたのである。たとえ防具を身に着けていたとして、オーエンの怪力に敵うわけもない。何しろ彼はドワーフ、どれだけ鍛えた人間でも力勝負で敵う訳がないのだから。

 「大丈夫かのう、シオン?」

 「面目ない、大丈夫です。」

 強がってそう言いながら、詩音はゆっくりと立ち上がった。腹部は未だに引きつるような痛みを感じている。足腰も衝撃に負けているのか、小刻みに震えている。だが、ここで諦める訳にはいかない。

 「とりあえず、このあたりの海賊は一掃したな。」

 続けて、詩音の元に歩いてきたグレイスがそう言った。そのシミターは既に、幾多の海賊どもの血に染まっている。その様子に僅かに詩音は息を飲んだ。

 「歩けるか、シオン?」

 続けて、グレイスがそう言った。

 「なんとか。」

 「なら急ごう。シャルロッテまで、もう少しだ。」

 そうして三人が再びチョルル港を走り出した時。

 「放して!放してよ!」

 突き刺すような少女の声が、チョルル港に響き渡った。

 その声に三人は足を止め、表情をこわばらせた。振り返ると、海賊の集団が一斉に波止場へと向けて移動している。その手には大量の金銀財宝を抱えているらしい。だが、それよりも。

 「フランソワ!」

 海賊に担ぎあげられた、慰みものとばかりに連れ去られたのだろう、数名の若い女性の中に見知った顔を見つけて詩音は絶叫した。どうしてこんなところに!

 痛みも忘れて、海賊に向けて詩音は走る。

 「待て、落ち着けシオン!」

 グレイスがそう制止したが、その言葉は詩音の耳には入らない。そのまま怒りに任せるままに、詩音はたった一人で五十名はいるだろう海賊どもの集団へと駆けだした。距離は300ヤルク程度だろうか。海賊どもは次々と戦利品を上陸用のボートに積み込んでいた。そのうち、数隻が港から出航してゆく。どうやらフランソワを抱えた一団はチョルル港に残った最後の部隊であるらしい。その詩音に向かって、数名の海賊が振り返る。三名、手のあいた海賊どもが詩音に向かって剣を抜いた。どうやらグレイスと同じ、シミターを持っているらしい。

 「早くしろ、急げ!」

 海賊の一人がそう叫んだ。手足をばたつかせてせめてもの抵抗を放つフランソワも、ボートに押し込まれる。他にも数名、恐怖に声も出ない様子である若い女性の姿も。

 「フランソワ、今行く!」

 「シオン!」

 ボートから逃げ出そうとしたフランソワが、詩音の姿を見つけてそう叫んだ。

 「黙ってろ!」

 直後に、海賊が手斧の柄でフランソワの後頭部を叩きつけた。あ、と呟きながらフランソワは船底に倒れ込む。

 何かが、弾けた。

 詩音に襲いかかる海賊に向かって、詩音はただ一つ、木刀を脳天にむけて叩きつけた。頭蓋を砕いたような、嫌な音が詩音の耳に残る。死んだかも知れない。詩音はほんの少しだけ、そう考えた。だが、それよりも。

 「どけ!」

 二人目の海賊に対しても、詩音は脇下にむけて力任せに木刀を振り上げた。腱が切れるような重たい音が響く。シミターを取り落とした海賊に向かって、詩音は力任せにその頭蓋を打った。

 殺し合いだ。

 そう、詩音はそう思った。

 向こうがその気なら、俺だってやり返す。そう考えながら、詩音は残された最後の一人に向き直った。

 三人目の海賊は、立て続けに二人を行動不能にした詩音に脅える様子も見せず、冷静に剣を構えた。シミターとは異なる。寧ろ日本刀に近いような、僅かな剃りが入った刀である。

 強い。

 瞬時に詩音はそう判断し、呼吸を整えながら木刀を握りしめた時。

 「出航だ、急げ!」

 残された最後のボートから、そんな声が響いた。フランソワを載せた船である。

 「フランソワ!」

 残された海賊がその言葉を聞いて背後を振り返った。そのまま、ボートへと向けて走り出す。それを追うように、詩音も走った。だが、ボートは既に波止場を離れている。そのボートから、数発の銃声が響いた。海賊どもがマスケット銃を放ったのだ。既にボートは陸からは届かない距離に到達しつつあった。何も考えず、詩音は海に飛び込もうとした。その時、背後から羽交い絞めにされる。

 「落ち着け、詩音、海に飛び込んでどうするつもりだ!」

 グレイスであった。

 「放せ、フランソワがあそこに!放せ!」

 もがきながら、詩音はそう叫んだ。

 「落ち着け、とにかく冷静になれ!姫さまは必ず取り返す、今海に飛び込んでもマスケット銃の標的にされるだけだ!」

 「まったくだ、今の若い人間は何を考えているのやら。」

 呆れるように、ボートに乗り遅れた海賊がそう言った。詩音と戦いかけた、三人目の海賊である。

 「見捨てられたクチかのう?」

 続けて、オーエンが海賊にむけてそう訊ねる。

 「ああ。全く世知辛い奴らだぜ。」

 首を横に振りながら、海賊はそう答えた。そのまま、言葉を続ける。

 「見捨てられた以上、奴らに恩義はねぇ。そもそも今回は傭兵仕事だったからな。」

 そう言って、海賊は刀を鞘へと仕舞い込んだ。そして。

 「俺の名前はシアール。まぁ、好きにするといいさ。」

 

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