とれはん! 1
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 手入れもしていない野暮ったい黒髪に、鋭い…………というよりも、ただ悪いだけの目付き。荒地を歩いてきたとは思えない程に軽装のその男は、名をエラルドと言った。歳は20代前半。トレジャーハンターとして、あるいは傭兵としての実力は一流であると自負していた。格好もそれに相応しくしてあるつもりだ。

「しかし、俺も無駄な事してるなぁ」

 少年の様な声で、呟いた。

エラルドが数十kmも続く荒地を進み、ついに目的の廃村まで辿り着いたのは…………わざわざ足を運んだのには、もちろん理由がある。トレジャーハンターとしては聞き逃せない噂を耳にしたからだ。

『不死の魔術具を用い秘法を復活させ、それを実現した女が居るらしい』

ケフィ王国の南西部、古代遺跡を間近に望んだ都市インドゥ。その酒場で席を隣にした男から、エラルドはそう聞いたのであった。もちろん、鵜呑みにしたわけでは無い。そもそも情報提供者の男は限りなく胡散臭かったし(エラルドも他人の事を言えた義理ではないが)、その発信元すら定かではないのだと、男自身が言っていたからだ。彼もまた誰かに伝え聞いただけなのだと。

その情報を信じたわけでは無かったのだが…………それでも男から得た情報を調べて整理し、発信元を探ったのは、単純な好奇心に寄る所が多かった。実のところ、トレジャーハンターなどという、古代遺跡の魔術具を発掘する事を生業としている者ならば、不死の秘法の存在という情報には事欠かない。詰まる所、それだけデマが多いという事では有るのだが。仕入れる情報の10に1つは不死に関する何がしかの情報だったりもするのだ。色々な国を回り、様々な情報を仕入れてきたエラルドにはそうした実感がある。だが、最近になって訪れたその王国には、そうした不死の情報が存在しなかった。宗教上の理由に寄る所が多いのだろうというのがエラルドの推測ではあるし、事実間違ってもいないだろう。ともあれ、そうした事情もあって、ケフィ王国に訪れて初めて耳にした、おそらくは稀であろうその不死の情報に興味を持ったとしても(例えほとんどデマであると分かっていたとしても)、それは仕方の無い事であろう。

情報がデマであるとしても、噂が立つには相応の理由があるのだ。不死の研究を行う錬金術師や魔術師は少ないとは言えないし、彼らはやはり相応の魔術具を使用している事が多い。古代遺跡から発掘した魔術具を、だ。不死を成功させたという情報がデマであるとしても、不死の研究を行っている魔術師やら錬金術師は存在するのかもしれない。…………いや、どうやら本当に、そうした研究を行っている魔術師が存在するらしいのだ。だからこそ、情報の発信元である閉鎖的な村まで辿り着いた後に、荒野を数十kmも進んで、廃村まで辿り着いたのだ。そして、不死を成功させたかどうかは不明ではあるが、研究に魔術具を使用しているならば、是非とも見てみたい。別に奪おうとは考えてはいない。トレジャーハンターとして、後学のために、というやつだ。素直に見せてもらえるとも考えていないので、最終的には実力行使に出る可能性も十分に有りうるが。

「まあでも、結局無駄足だったか。廃村っつっても、ほとんど何も残ってねー。あの村のジジイの情報も、あやふやっつーか、何か怪しかったしな」

エラルドが初めに不死の情報を得た都市インドゥから遠く離れた場所に、地図にも詳細が載っていない閉鎖的な村が在る。苦労して見つけ出した情報の発信元はその村であったのだが、村人から情報を聞き出すのにも、まあ苦労した。

村ではどうも、その話は禁忌とされている様で、あからさまに話をする事を拒んだのだった。まあ、村長に話を付けて(具体的には高額の謝礼を支払い)、何とか重い口を開かせる事に成功したのだ。

「あのジジイ。あんだけ金払わせといてデタラメだってんなら、帰りに嫌がらせしてやる」

 悪態を付きつつ、エラルドはそれでも廃村を奥に進んだ。研究を好む魔術師は人目を嫌う。この様な、何十年も前に棄てられた様な廃村を住処に選んでいても、まあ不思議では無い。熟練した魔術師ならば、そもそも住処など空間操作でどうにでもなるのだから。だから、不思議では無いのだが。

(あのジジイの話によれば、不死の研究は確かに成功したっつー事だが…………それだと色々と状況がおかしいんだよな)

 不死に成功したならば、その事がもっと広まっていないとおかしい。人目を嫌うが自己顕示欲の強い人間の多いという、非常に面倒な研究タイプの魔術師ならば、不死の研究に成功したなどという名誉をひけらかさないのはおかしい…………とは言わないまでも、違和感を覚える。単にそういう人間だから、という結論も有りうるのだが、それにしても情報が少な過ぎた。魔術師と言えども人間であり、万能では無いのだから、何処かから不死の研究が成功したという情報が漏れ出て当たり前なのだ。事実、曖昧であるとはいえ、情報は確かに漏れていたのだから。だが、曖昧であるだけに不思議だった。情報があまりにも曖昧で有る事が不思議だった。まるで、魔術師本人の口からではなく、あの村の村長が情報の発信源であるかの様な、そんな曖昧さだったのだ。

肝心な所は分からない。だが、我々がそのために大いなる苦痛に苛まれたのは事実だ。

だが、確かにあの廃村で不死は成功したのだ。多くの血と引き換えに。

しかし、それ以外の事は分からないし、知りたくも無いし、関わりたくも無い。

村長が語ったのは、要約するとこんな所である。あたかも見て来たかの様に断定したにも関わらず、余りにも曖昧だった。

エラルドは嘆息した。

「やっぱ無駄足だったか?」

 元々は教会だったのであろう場所で足を止める。小さな教会だ。残された場所は、ここだけだった。

風雨に晒され、建材も朽ち果てて、ほとんど内部が露出した教会。規模が小さいので、内部に入って探索するまでも無い。入り口部分から内部を見渡して十分だ。

見渡して、見回して…………やはり、十分だった。何かを発見するには十分だった。

そう、発見した。地下室への入り口らしき、階段を。元は祭壇が有ったであろう部分に階段が露出していた。祭壇はやはり風雨に晒されて、腐りきったのだろう。木片が階段部分に、申し訳程度に転がっていた。

「……………………」

 先ほどまで廃村を視て周っていた時とは異質の空気が階段から立ち上ってくる様で、ゾッとすると共に、何かがあると直感した。

慎重に地下室への階段を降りて、降りきったそこには、異様な光景が広がっていた。

意外に広いその地下室の、四方の壁一面には何かが付着し、変色したらしき痕跡がある。

そして、天井から吊るされた、十数本もの鉄製の錆びた分厚いフック。何を吊るしていたのかは、床を見ればすぐに理解できた。ほとんど残っては居ないが、人間の骨だ。辛うじて残っていた頭蓋骨でそうと知れた。

そして最も異様だったのは部屋の中心。

何百リットルもの液体が入るであろう、大きな木製の桶。そして、その中に置かれたどす黒いズタ袋。中に何かが入っているかの様な凹凸で隆起した、ズタ袋。そしてズタ袋の周りに敷き詰められた、桶一杯に敷き詰められた骨だ。

それだけで、エラルドはここで何が行われていたのか大よそ理解し、同時に失望した。

ここで行われていたのは、おそらく虐殺だろう。

処女の血を浴びればより美しくなり、若返る等という馬鹿げた伝承は、どうしてだか世界中で耐えない。特に、権力と金を持った者…………それも、特に女性の間では。もちろん、昔の話では有るし、ほとんど国家では最早迷信として人々に広まっている程度の伝承である。というよりも、頭がどうかしていないと、それが広く信じられていたとしても誰もやらないレベルの伝承でもあるのだが。

ともあれ、ここで行われていたのはそういう事。魔術師の研究でも無ければ、ハントする様な宝も存在しない。

この国に広がっている宗教的倫理観まで放棄して、それを行ったのだ。

「くだらねぇ事しやがって。胸糞悪いぜ」

 言いながらも、晴れない異様な空気に苛立ちを覚え、桶を蹴飛ばした。エラルドが本気を出せば、岩山も崩れ落ちる。木製の、それも朽ちた桶を破壊する事など、いくらそれが巨大であろうとも、造作無い事であった。四散する哀れな犠牲者達の骨と、ズタ袋。骨はそれぞれ割れたり、床を転がったりした。だが。

床に落ちたどす黒いズタ袋が。

動いた。

かすかに、動いた。

ぎょっとして眼をこらし、エラルドは自分が見たものが間違いでは無いと確信する。

ズタ袋は間違いなく動いていた。痙攣に似た動きで、しかし遥かに弱い。

「…………まさか、アレがそうなのか?」

 息を呑み、呟いた。

そして、ある物を見て、ようやく全てを理解した。

確かに不死の実験は成功していたようだ。それを行っていたのは魔術師では無かったのだろうから、実験では無かったのだろうが。

 単なる虐殺、である。

ともあれ、成功したのだろう。不死は成功した。

それを行った人間を、ズタ袋に似た姿にして、成功したのだ。

「エルフの血、か」

 転がっていた骨の中に、明らかに耳の骨格が人間のそれとは異なる頭蓋骨を発見して、慄いた。

エルフには不死性がある。それはエルフが神族だからだ。

不死に成功したその人間が、果たしてそうと知っていたかは分からない。だが、エルフの血を身体に浴びた事で、何かしらの作用が起きたのか、あるいは神の不興を買ったのか。

確かめる術は無いが、しかし、一つ言える事は…………

「自業自得だが、あまりにも哀れだぜ」

 自我を保っているのか、あるいは崩壊したのか。常人ならば自我を保てないだろうが。ズタ袋の様に醜くそのままの姿で永遠を生きる事になったその元人間は、あまりにも哀れだった。

何人もの若い娘を殺した異常者、殺人鬼に向けるべき感情では無いのだろうが、あまりにも哀れだった。

説明
オリジナルのSSです。文章の練習のために。内容は暗めだったり、色々です。トレジャーハンターを主人公に・・・という感じです。続き物では無いですけども、主人公を変えずにやっていきます。
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