優しい声 |
アスフェリートたちが本拠地の城へ何とか無事にたどり着けたのは、その日の夜、かなり遅くなってからのことだった。
連れて行ったのは決して腕に不安のある者たちではなかったのだが、今日は運が悪かった。かろうじて致命傷を負った者はいなかったが、それでも、瞬きの手鏡を使って無事に帰還できたのは奇跡といっていいかもしれない。
『解散』の言葉をようよう口に出すと、もうほとんど誰も残っていない深夜の空間に疲れた声が響く。連れてきた皆も、それでやっと重荷から解放されたというように、どっと疲れたため息を漏らしたようだった。
ともすれば崩れ落ちてしまいそうな意識を必死で支えながら、アスフェリートは自室への長い道を重い足取りで辿る。情けない姿はさらせない。けれど、次の瞬間には意識を手放してしまいそうな危うい状況の中、アスフェリートは優しい声が彼の名を呼ぶのを聞いた。
『アスフェリートさま!』
ああ、ルセリナが名を呼んでくれたのはどれくらいぶりだろう、という場違いな感動を覚え、これはもしかしたら幻ではないのかという少々の疑いとともに花の匂いに抱きとめられる。
『お帰りなさいませ。ご無事のお帰り本当に……』
それから、彼女にしてはきびきびした声で(もしかしたら仕事の時は、いつもこんな様子なのかもしれない)、背後に指示を飛ばしたようだった。
寝床の用意を、とかお部屋までお連れできる方を誰か、とか掛布をこちらへ、とかいった声をどこか遠くの世界のように聴きながら、アスフェリートはルセリナがその声で名を呼んでくれた嬉しさと、『お帰りなさいませ』がこんなにも優しい響きを持つのかと改めて思う気持ちとで胸がいっぱいになる。
――本当に、ここに帰ってこられて良かった。
「ルセリナ」
ようやく口に出した名前は、意外にもしっかりした発音だった。彼女の声とぬくもりが、もしかしたら力を与えてくれたのかもしれない。
「ただいま。ルセリナ。待ってて、くれたんだ」
「はい。お帰りをお待ちしておりました、殿下。お戻りくださいまして、ルセリナは本当に嬉しいです。……お帰りなさいませ」
「ルセリナ、違う、名前」
せっかくさっきは名前を呼んでくれたのに、もう『殿下』に戻ったのかと言いたかったけれど、陥落寸前の意識は上手いことその想いを言葉として伝えてくれそうになかった。ただ、普段は言えないことや出来ないことが今なら出来るような気がして、必死に意識をつなぎ止める。
「あのね、ルセリナ。ぼくは、きみが」
いてくれて嬉しい、本当はきみのことが好きなんだ、と言おうとしたアスフェリートは、急速に闇におちていく意識を、結局は捕まえておくことが出来なかった。
『……どうか、ゆっくりとお休みくださいませ、――アスフェリートさま』
すがりついたのは彼女の髪だったか服だったか。それすらもわからないまま、アスフェリートは彼の名を呼ぶ彼女の声をもういちどだけ聞いたような気がした。
fin.(初公開:2008/6/22)
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幻水5・王ルセ。以前サイトのブログにて公開していました。 厳しい戦いの後、「お帰りなさいませ」で癒される王子というシチュで頂いたリクエストです。 |
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王子 ルセリナ 王ルセ 幻想水滸伝5 幻水5 | ||
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