外史異聞譚〜幕ノ五十九〜
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≪漢中鎮守府/典奉然視点≫

 

評定の間を辞した私達は、急ぎ文謙さんが案内されたという一室に向かいました

 

その部屋には近衛の方が入口にいて、私達を押し留めます

 

「お気持ちは解りますが、今はそっとしておくのがよいかと思います」

 

痛ましいものを見た、という感じでそう告げる近衛の方に、曼成さんが噛み付くように言葉を浴びせます

 

「文謙は!

 文謙は大丈夫なんやろなっ!?」

 

襟首に掴みかからんばかりの勢いで言葉を浴びせる曼成さんに、近衛の方はこう答えます

 

「今は祭酒(この漢中では五斗米道の幹部というのと同時にお医者さんという意味も持っています)が薬湯を煎じ、鍼を打つことでようやく落ち着かせたところです

 しばらくは眠らせておくのが宜しいかと思います」

 

「さ、さよか…

 でも、一緒の部屋におるくらいは、ええやろ……?」

 

「まあ、それは構いませんが…」

 

「おおきに…」

 

そうして、私、伯珪さま、曼成さん、仲徳さん、奉考さんが入室し、眠っている文謙さんの顔を見る事になったのですが、それは酷いものでした

 

その顔には生気がなくなりげっそりと窶れ、いまだ涙が伝い、しきりと魘されています

 

「なしてや…

 なしてやねん……

 文謙はあいつら、助けたったんやないか……

 なしてこんな目にあわなならんねん……」

 

魘される文謙さんにしがみつくように泣き崩れる曼成さんを見ながら、私もそう思います

なにもこんなになるまで追い詰めなくても…

 

「すまん、私のせいだ…」

 

そう涙を堪えながら呟く伯珪さま

 

そんな私達に否と答えたのは奉考さんです

 

「いえ、恐らくはどの道、この方は似たような境遇となった事でしょう

 やもすれば、まだしもましな状態と言えるかも知れません」

 

『えっ!?』

 

仲徳さんと文謙さんを除く全員が奉考さんの方を向きます

もちろん私もです

奉考さんは眼鏡を直しながら、悲痛そうに説明してくれます

 

「見ての通り、ここ漢中に於ける天譴軍首脳部に対する民衆の支持は絶大なものです

 恐らくその支持は漢室を遥かに凌ぐものがあるでしょう

 もしあの状況で刺客がその意図を成功させたとしても、首脳部に全滅という事はありません

 そして、それに張文遠までが巻き込まれた場で、曹孟徳樣に縁のものが漢中に居たとなったならば、民衆の憎悪は孟徳様に集中します

 当然、それを傍観するしかなかった客分や客将達にも…」

 

短いながらも厨房で働く事で、多くの人達と接してきた私には、それが嘘ではないという事がよく解ります

雲の上の存在でありながら、常に民衆の隣にいるかのように語られる天の御使いさま

それが害されたとなれば、多分漢中の人々は自分の肉親が殺されたと同じ、いや、それ以上の怒りと憎しみを持って動くと判ったからです

 

「冷たいように見えるかも知れませんが、奉考ちゃんはああすることで孟徳樣と伯珪さん、そして他のみんなを守るしかなかったんです

 だから厚かましいかも知れませんが、どうか私はともかく奉考ちゃんは許してあげてください」

 

「許すも許さんもあらへん

 みんな精一杯、文謙を守ろうとしてくれたのはようわかっとる

 それはわかっとるんや…」

 

再び文謙さんにしがみつくように泣き崩れる曼成さん

私も伯珪さまも、ただ俯くことしかできません

 

そんな私達に、仲徳さんは決断を迫るように告げます

 

「えっと、そっちのおっぱいの大きい方は…」

 

「ああ、この場では“寿成”ってことにしといてくれ

 涼州の英雄馬寿成から名前をもらったとか言えば、違和感はないだろ?

 実際、諸侯の間でも

『あの時、馬寿成さえ動ければ』

と、皆が口を揃えて本初の行動も違ったものになったと言うくらいなんだしな」

 

「なるほど〜

 では寿成さん、ということで」

 

伯珪さまの言葉に、仲徳さんは頷きながら言葉を続けます

 

「では、寿成さんはなるべく早めに漢中を離れた方がいいかと思います

 こう言ってはなんですが、天譴軍の手は私達が思っているよりも遥かに長く、そして力強いものです

 私と奉考ちゃんの予測でしかありませんが、これは1年やそこらで蓄えられたものではなく、異常ともいえる洞察力でもって、何年もの時間をかけて養われたものです。天譴軍の発祥を考えるに、恐らくは天の御使いが漢中太守の地位を宦官達から買い取った、その頃から」

 

思わず目を剥く私達に、今度は奉考さんが説明してくれます

 

「そうでなければ説明がつかないのです

 漢中太守として宦官に阿りながら力を蓄え、先の黄巾の乱にて頭角を顕し暴徒と化した信者達をほぼ無血で平らげ、洛陽にて陛下をお救いし相国と足並みを揃え、そして袁家動乱をもほぼ無血で平らげた

 ここまで鮮やかな手腕を見せたのは、それを全て予測していたから、としか考えられないのです」

 

その説明に、伯珪さまは唖然として呟きます

 

「そ、そんな…

 そんな馬鹿な事が、あるはずないだろ…?

 だって、それを考えたら5年やそこらの話じゃない

 そんな事が人間に可能なはずが…」

 

「だからこその天の御使い、なのでしょう

 その裏付けとも言えるのが、この異常極まりない発展を遂げている漢中そのものと言えます」

 

え?

え!?

あの、私には難しすぎて、一体なんのことだかさっぱり…

 

奉考さんの説明に、伯珪さまと曼成さんはやっぱり唖然としています

 

そして、奉考さんの説明を受けて、仲徳さんが更に私にはさっぱりな説明を続けます

 

「これは私と奉考ちゃんが出した予測に過ぎませんが、現在天譴軍が擁する兵馬は、その質量共に漢室を含めた諸侯の中でも最大規模を誇るはずです

 それは、わざわざ鎮守府を移転し、旧鎮守府を軍駐屯地として本来要衝といえる漢中の中心部に置いている事からも明らかです

 その人民の数と開墾・灌漑の規模から推察するに、その数は…」

 

「……恐らくは50万を超えます」

 

「ご、ごじゅうまん、だって……!?」

 

「50万て、そ、そんなアホな……」

 

「え?

 50万って、そんな、だって……

 50万ですよ!?」

 

だってそれって、洛陽だってそんな数の軍はないって聞いてるし、陳留から交州に向かった曹孟徳さまだって、人民を含めても10万だっていうのでものすごい噂になったのに…

 

口々に50万という数字を口にする私達に、ふたりは頷きます

 

「これだけの兵馬を持ちながら、尚策を用いて徹底的に諸侯の力を削ぎにくる、これが天譴軍の本質であり基本方針です

 つまり、彼らが兵馬を動かすのならば、それは必勝の態勢が整っているという事であり、負けの要素が一分でもあるうちは自ら仕掛けようとはしないでしょう

 そのような相手に、尚付け入る隙を与える訳にはいかないのです」

 

「だから寿成さんには、僅かでも隙がある内に漢中を離れて欲しい、そういうことなのです〜」

 

「そ、そないな事いうたかて…」

 

この文謙さんを置いてはいけない

視線でそう語る曼成さんの気持ちは私も解ります

もしこれが季衣だったらと思うと、私も一歩だってここを動けない、そう思うからです

 

「う……

 あ………」

 

その時、ずっと泣きながら魘されていた文謙さんが、呻きながらゆっくりと目を開きました

 

「な…文謙!

 おい、大丈夫なんか!

 文謙!!」

「大丈夫か!?

 起きれるか!?

 頭は痛かったりしないか!?」

「……文謙さん!?」

 

そう口々に声を掛ける私達に、身体を横たえたままでぼーっとしながら、文謙さんは呟きます

 

「……

 こ、ここは………?」

 

「そんな事気にせんでええ!

 大丈夫なんやな!?」

 

力一杯文謙さんにしがみつきながら涙を流す曼成さんに、思わず私も貰い泣きしてしまいました

それは伯珪さまも同じみたいです

 

しばし曼成さんの泣き声を聞きながらぼーっとしていた文謙さんですが、ふと全てを理解したかのように頷き、その顔を苦しそうに歪めます

 

「………

 そうか、やはり夢ではなかったのだな…」

 

「なに言うとんねん!

 こないな事、夢みたいなもんや!

 悪夢そのものやないけ!!」

 

泣き喚く曼成さんの頭を優しく撫でながら、文謙さんはそっと身体を起こします

 

「………みなさんにはご迷惑をおかけしました」

 

「いや、むしろあたしが迷惑かけたようなもんだ

 ……本当にすまなかった」

 

「…いえ

 なんというか、蒙が開けたような、今はそんな気がしております」

 

伯珪さまの言葉に、窶れてはいてもすっきりしたような顔で、文謙さんがお礼を言っています

 

そして、泣いてくしゃくしゃになっている曼成さんの頭を撫でながら、文謙さんはそっと言葉を口にしました

 

「……曼成、お前に頼みがある」

 

「なんや!?

 なんでもウチが聞いたるさかい、遠慮せんと言いや?」

 

うんうん、と頷く曼成さんに、文謙さんは何かを覚悟したような顔で告げます

 

「……お前は帰って皆に伝えてくれ

 この楽文謙、これより先は漢中に骨を埋めるつもりだ、と」

 

信じられない、という顔をする曼成さんと違い、私は、やっぱりそうするんだ、と思いました

 

そして、文謙さんの言葉で、私の進む道も決まったような、そんな気がします

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≪漢中鎮守府/楽文謙視点≫

 

驚いている真桜には悪いが、私はもう漢中に残ることを心に決めている

 

恐らく、私に対する風当たりは私が考える以上に厳しいものだろう

 

だが、それでもここに残ろうと決めた理由はふたつある

 

ひとつは、当然というべきだが、この身を私が傷つけることになった漢中の人々を守るために使いたい、という事

もうひとつが、この地で武闘家としての自分を鍛え直したい、と考えたということだ

 

思えば私は、目の前の事に集中するとまるで周囲が見えなくなる事が多かった

華琳樣の下で警備を担当させていただいていたが、賊を捕らえる過程で気弾を用い、家屋や露店に被害を出してしまったことも一度や二度ではない

この時は華琳樣のご寛容で減俸処分で済んだりもしたが、それも死傷者が全く出ていなかったからであり、それは非常に運がよかっただけなのだ、と今なら理解できる

 

そして私は見てしまったのだ

どのような状況にあろうとも全てを背に護りきる、そう全身で語っていた?令明というひとりの武人の姿を

 

飛将軍と謳われる呂奉先

神速と呼ばれる張文遠

武神とまで呼ばれる関雲長

華琳さまの大剣とまで呼ばれる春蘭樣

 

私が目指し憧れる武将は数多く、いつかあの高みにと思いながらも、それが届かぬものだと諦めにも似た感慨を抱いてもいた

 

しかし、私が?令明に抱いた想いはこれらとは違う

 

追いつきたいとか追い越したいとか肩を並べたい、というのではない

 

心底から“あのようになりたい”と思ったのだ

 

私は武闘家だ

この手で足で相手を叩き、付き、蹴り、締める

この身そのものを武将達の槍や剣へと変えて戦うものだ

 

だったら、どうして私は武闘家になろうと思った?

 

いかなる困難を前にしても己が身体でそれらを跳ね除け、尚相手を殺さずにいよう

そう考えたからではなかったか?

 

女として時に皆の身体を見て恥じ入るような樣となりながらも、それでも鍛え上げたのは、ただ相手を素手で打ち倒し殺す事ができるようになるためだったのか?

 

後悔こそしていないが、この身は女としての幸福を掴む事は最早適わないと自分でも思う

 

そうであるなら、私はこの身ひとつをもって、弱き人々のための盾となりたい

 

それを言葉ではなく、拳を交える事で思い出させてくれた武人と共に在りたい

 

そして、初心を忘れぬために、この地で再びやり直したい

 

私は今、心からそう思っている

 

あの場面にもう一度遭遇したなら、私は迷わず同じ事をすると思う

でも、今の私はほんの半呼吸だが、状況を見て誰も傷つかないように気弾を放つことができると思う

その半呼吸を常に得る為に、私はここに残りたいのだ

 

これが私の我儘だという事は理解している

余りに自分勝手で、華琳樣をはじめとした皆の期待や信頼を裏切る事になるとも判っている

 

信じられない、という顔をして私の顔を見ている真桜の涙をそっと指で拭って、私はもう一度告げる

 

「私はここに残る

 今度は本当に長い修行の旅に出る事になったと、そう皆に伝えて欲しい」

 

当然だと思うが、徐々に真桜の顔に怒りが見えてくる

 

「……そないなアホな事、誰が認めるちゅうねん

 少なくともウチは認めへん

 絶対認めへんで

 だってなあ…

 だって、ウチらいっつも三人でやってきたやないか……」

 

「そうだな…」

 

「そやろ!?

 そやったらここでお別れとか、本当にありえへん

 ありえへんやないの!

 ウチ、みんなに、なんて言ったらええねん!!」

 

「そうだな」

 

「別にこうなった事を忘れろとか、そういうんとはちゃう!

 でも、いつかは帰ってくる

 それでええやないの!?」

 

「……そうだな」

 

私の襟首を掴んで揺さぶりながらまた泣き始める真桜に、私は頷くことしかできない

そして真桜も気付いてくれてはいるみたいだ

私の意思はもう固まっていて、例えそれで軽蔑されようと殺されようと、どうなろうとそれは変わらない、その事に

 

真桜の顔に徐々に諦めと悲しみが浮かび、私を掴んでいた手から力が抜けていく

 

「………凪のド阿呆…

 ウチ、沙和になんて言ったらええねん

 みんなになんていったらええねん

 凪の阿呆……」

 

他人がいるところで私と沙和の真名を口にしながら、私の胸に顔を埋めて啜り泣く真桜を責める気にはなれなかった

 

「そうだな…

 本当にすまない

 私は阿呆だ、大事な友達を泣かせて、尚自分の道を進もうというのだから…」

 

啜り泣く真桜の頭をそっと抱きしめながら、知らず私も涙を流している

 

「………ウチ、凪が帰ってこんなんて信じへんよ

 だからみんなには修行に出た言うとく

 だから何時になってもええ、必ず帰ってきいや…」

 

まるで子供のように私にしがみついてそう呟く真桜に、私は頷く

 

「判った……

 いつか必ずふたりの所に帰る

 約束する」

 

「…ホンマやで

 ……その約束破ったら、なんでもひとつ、ウチと沙和の言うこと、聞いてもらうからな…」

 

「………ああ、約束する

 その時はふたりの言うことをなんでも聞く」

 

私と真桜がそうやっていると、困ったような声で誰かが話しかけてくる

 

「えとー……

 空気読めとか言われそうなんですが、そろそろいいでしょうか〜?」

 

その声に顔を向けると、困ったように顔を逸らしている伯珪さまや奉然さん、他にも見たことのない女性がふたり、居心地が悪そうに立っていた

 

「まあ、お二人の友情に水を差すのもどうかとは思うのですが…」

 

眼鏡の女性が、顔を逸らしながらコリコリと鼻の頭を掻いている

私と真桜は思わず飛び退いて、それから思い切り顔を赤くした

 

「す、すみません!

 他に人がいるとは思わず…」

「え、えろうすんまへん!

 あの、なんちゅうか、これは見なかった事に…」

 

「いえいえ〜

 いいものを見させていただきまして、眼福至極と言いたいところなんですが

 なにしろ時間もありませんので、逆に申し訳ないです〜」

 

頭に人形(?)を乗せた少女が、そう言ってくふふと笑う

 

それに更に赤面する私達だったのだが、その少女は実際に時間がないといった感じで、全員に顔を寄せるよう、仕種で促してきた

 

そして、顔を突き合わせる私達に、眼鏡の女性が小声で囁いてくる

 

「折角ですので、申し訳なくは思うのですがこの状況も利用させていただきましょう

 それでまずは………」

 

そうして耳打ちされた内容は、なんというか驚くべきもので、私は思わずこう訪ねました

 

「えっと……

 それって、大丈夫なんですか……?」

 

頭に人形を乗せた少女は、飴ちゃんを口元にもってきてくふふと笑っています

 

「はい〜

 まず間違いなく大丈夫だと思います

 コツは正面から堂々と」

 

「……いや、ウチが言うのもなんなんやけど、ホンマ大丈夫なん?」

 

真桜の心配はもっともなことで、私もとても大丈夫だとは思えない

しかし、頭に人形を乗せた少女と、眼鏡の女性は力強く頷きます

 

「間違いなく大丈夫です

 この首を賭けてもいい、絶対に成功します」

 

横を見れば、奉然さんもなんとも奇妙な顔をしています

 

「あの……

 私も本当にそれで大丈夫なんでしょうか…」

 

「ああ……

 あたしが言うのもなんだが、ものすごく心配なんだが…」

 

伯珪樣もなんとも言えない顔をしています

それはそうです、だってこれは…

 

そんな私達に、二人はにまりと笑ってみせました

 

『相手の土俵に上がるから負ける

 なら最初から取り組みをしなければいいだけです』

 

 

同時に確信をもって断言するふたりに、私達は頷くことしかできませんでした

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≪漢中鎮守府/公孫伯珪視点≫

 

(いや、仲徳のやつと奉考のやつが自信満々に言うからやってみるけどさあ…

 本当に大丈夫なのか、これ……)

 

あたしは今、奉然ちゃんと曼成と文謙と連れ立って、評定の間に来ている

 

なんというか、ものすご〜っく、落ち着かない

 

だってさあ……

 

「公孫太守、どうしたんだい?

 悪いがアタシらは今、かなり忙しいんだが…」

 

そう顔を向けてきたのは張公祺だ

実際、その言葉が皮肉でもなんでもないのは、頻繁に駆け込んでくる兵士や官吏がいて、筆記を行なっている官吏の手が全く止まっていない事でもよく判る

だいたい、張公祺にしてからが、あたし達に顔を向けて話をしたと思った次の瞬間に、怒鳴るように指示を飛ばし、矢継ぎ早とも言える報告に耳を傾けている

 

「てな訳で、悪いんだが急ぎでなきゃ後にしておくれ

 客人に向かってとんでもない言い草だとは思うんだが、流石に構っちゃいられなくてね」

 

「ああ……

 忙しいのは理解してるんだが、楽文謙がどうしても話があるって事でね

 あたしは後見人を引き受けたって訳なんだ」

 

「………後見人?」

 

あたしの言葉に、張公祺は首を傾げながらこっちに身体を向ける

 

「……医療関係以外の報告は、とりあえず他にまわしとくれ

 アタシはちっと話を聞くからさ。他の連中の耳にも『アタシが公孫太守の話を聞いてる』と伝えておくれ」

 

応諾して足早に駆けていく官吏に見向きもせず、張公祺は本題に入る

 

「で?

 後見人ってのは一体どういう事なんだい?」

 

それに答えたのは文謙だ

 

「あ、あの……

 実は、私が漢中に残って働きたい、と思いまして、そうしたら色々とあった事だし、責任を自分もとりたいから、と伯珪樣が申し出てくださいまして…」

 

あちゃー……

文謙のやつ、ガチガチだ

まあ、仕方ないよなー…

 

この言葉に、張公祺はひとつ頷くとすんなり返事を返してくれる

 

「それについてはアタシの一存では即答できないね

 悪いがコイツが落ち着くまで待っておくれ」

 

「あ、あの!

 それでなんですが、何か私にも手伝える事はありませんでしょうかっ!!」

 

居ても立ってもいられない、という感じで言い募る文謙に、張公祺は残念そうに首を横に振る

 

「…まあ、気持ちはありがたいんだがね

 救助その他に関しては、劉玄徳殿や孫仲謀殿からも申し出はあったんだが、お断りしてるのさ

 能力を疑ってるんじゃなく、現場が混乱しちまうからなんだがね」

 

「そ、そうですか……」

 

がっくりと肩を落とす文謙に、流石に哀れに思ったのか、向こうはこんな提案をしてくる

 

「まあ、どうしてもって言うんなら、湯を沸かしたり布や湯を運んだり、食事を配ったりって仕事はあるんだが……」

 

「是非やらせてください!!」

 

がばっと顔をあげて詰め寄る文謙に、流石に仰け反りながら頷く張公祺

 

「あ、ああ……

 じゃあ、ちょっと待ってておくれよな

 係の官吏が来たら案内させるからさ…」

 

「はい!

 ありがとうございます!!」

 

「……で?

 話がそれだけなら、残りは後にして欲しいんだがね?」

 

文謙の勢いに引き気味の張公祺を見て、あたしは仲徳と奉考の言葉を思い出す

 

「直接交渉するなら、あの中では張公祺さん一択ですねー

 間違っても他の方に声をかけてはいけませんよー」

 

「張公祺殿は、その本質は武将や政治家ではなく、医者であり宗教家です

 当然、十分に一流といえる見識や能力はありますが、その思考はそういった事柄には向いていません

 道教家ということもあり、その思考は正道を進むのをよしとしています」

 

「だからこそ、天譴軍の慈母として絶大な人気を誇るんでしょうね〜

 恐らく民衆の人気だけでいうなら、天の御使いさんより上のはずです

 ですので、あの人相手には策などいりません

 思いの丈をそのままぶつけちゃいましょー」

 

なるほどなあ……

無策の策って、こういう事か…

 

じゃあ、あいつらに言われた通りにやってみるか

 

あたしは張公祺に次の言葉を投げかける

 

「ああ、まあ、後でもいいかとは思うんだが、先に言っておこうと思ってな

 これも縁って訳でもないんだが、この二人の後見人もあたしが引き受けようって話になったのと、程仲徳があたしに仕官してくれるってのを伝えておこうと思ってさ」

 

「ふ〜ん………

 って、なんだって!?」

 

本当に忙しいからだろう、あたしの言葉を聞き流しそうになっていた張公祺だけど、がばっとあたし達に向き直った

 

「えっと…

 太守が後見人って、本当にかい!?」

 

「ああ、本当だ」

 

頷くあたしに追従するかのように、奉然ちゃんと曼成が頷く

 

「えっと……

 なんかそういう事になりました」

 

「はい、なんや身元を太守樣が保証してくれはるとかで、ありがたいお話ですわ」

 

流石に表情が変わったな

まあ、それも当然と言えば当然か

 

張公祺は一瞬だけ視線をずらすと、すぐに頷く

 

「…了解したよ

 この三人の身元は公孫太守が保証するって事だね

 その事は後でアタシが皆に伝えておく

 てことは奉然ちゃんは、アタシらの仕官の要請は断るって事でいいんだね?」

 

「あ、はい…

 なんというか私には勿体ないお話しなのと、やっぱり仲康が気になるので…」

 

ものすごく申し訳なさそうに答える奉然ちゃんに、張公祺は笑って応える

 

「なに、無理やりにって話じゃないから、それは気にしなくていいさ

 まあ、アタシとしてはアンタの料理が食えなくなるのは残念だがね」

 

「本当にすみません!!」

 

頭を下げそうな勢いで半べそで謝る奉然ちゃんに、張公祺は笑いながら手を振っている

 

「………そっちのアンタも、見たところ技師というかそういうもんらしいけど、ウチに科挙を受けにきたのと違うのかい?」

 

「はあ……

 まあ、そのつもりやってんけど、漢中でこないな事がありましたやろ?

 なんや怖くなりましてん

 なので奉然とも会えましたし、一緒に行こうか思いますねん」

 

曼成の言葉に、張公祺は呆れたように溜息をつく

 

「………まあ、誰の入れ知恵かは敢えて聞かないでおいてやるよ

 ………公孫太守」

 

「な、なにかな…?」

 

まあ、確かに露骨だもんなあ…

本当にこれで大丈夫なのかよ…

 

内心で冷汗を掻きまくっているあたしに、張公祺は真顔で告げる

 

「悪い事は言わない

 アンタさっさと北平に帰んな

 これはアタシの一存で胸に収めておいてやる」

 

「あ、ああ……

 すまなかったな」

 

「いや、いいさ……

 それがアンタの進む“道”であるなら、アタシは間違ってるとは言えないと思うからね

 ただし…」

 

張公祺は、むしろあたしを諭すように、厳かとも言える言葉の重さでこう言った

 

「その“道”がアタシらといい意味で交わるよう、努力するんだね

 当然アタシらもそう努力はするが、アンタが選んだ“道”は……

 いや、これは言うべきじゃないな

 まあ、ともかく頑張んな」

 

そして、身体を卓に向かって戻しながら、こう言い捨てる

 

「楽文謙

 図書館の中のものは持ち出しは禁止だが、写本は認められてる

 せいぜい頑張って写すことだね」

 

『…っ!!』

 

絶句するあたし達に背中を見せて手を振る張公祺に、あたしは礼を取る事で応える

 

 

確かに、全てあたし達の望むようにはなった

 

なったけど……

 

「やっぱり公祺さん、すごいです…」

 

「ホンマ、度量だけならウチの大将より大きいんとちゃうやろか…」

 

「慈母と謳われるのに偽りなし、ですね…」

 

 

それでも、私は玄徳みたいに共に歩む道は望めない

 

だったら並び立たないと

 

 

口々に呟くみんなの言葉を聞きながら、あたしは多分生まれてはじめて、本気で前を向いて顔を上げた

説明
拙作の作風が知りたい方は
『http://www.tinami.com/view/315935』
より視読をお願い致します

また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します

当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです

本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」
の二次創作物となります

これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します

その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です

コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール
『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』
機会がありましたら是非ご覧になってください
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コメント
通り(ry の名無しさま>そっちの方向もアリだな・・・(笑)(小笠原 樹)
田吾作さま>そのあたりの事は相当に込み入ってますので、外幕にて(小笠原 樹)
陸奥守さま>方向性は違いますが、ある意味一番の正道かな、三国志ならですが(小笠原 樹)
さすが母ちゃんやでぇ……溢れる慈愛半端無いワァ……。流琉の嬢ちゃんは薬膳の専門家みたいになってしまうんだろか。流浪の〜なんとかの二つ名がつくみたいなwww(通り(ry の七篠権兵衛)
奉然ちゃんが抜けた、だと……クソ、なんて時代だ!まぁ冗談はコレくらいにしておいて、ここで公孫伯珪の許に楽文謙と李曼成が身を寄せることと相成りましたか。しかも張公祺から写本の許可まで貰った上でとは。正史にも外史にも無かった楽文謙・李曼成・程仲徳の(一時的かもしれませんが)加入、これが一体どのような影響をもたらすのやら。続きが気になります。(田吾作)
白蓮の「道」がどのようなものか楽しみです。(陸奥守)
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