あやせたんハロウィンる
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あやせたんハロウィンる

 

 

「トリックorトリートだぜ、あやせ」

 それは何ていうことはないハロウィンの恒例質問の筈でした。

 ハロウィンはあまりメジャーではないとはいえ、日本中で行われている筈のごく普通のやり取り。

 でも、わたしの部屋で吸血鬼の衣装に身を包んだお兄さんに尋ねられると意味が変わってきます。

 この家には今わたしとお兄さん以外は誰もいません。

 わたしはお兄さんの質問にそこはかとない恐怖を感じたのでした。

「あ、あの、お兄さん。えっと、その、あの……」

 1歩、2歩と知らず知らずに後ろに下がります。

 でも、ここは屋外ではなくわたしの部屋の中。あっという間にベッドの上へと追い詰められてしまいます。

「どうして逃げるんだ、あやせ? 俺は単にお菓子をくれるかイタズラさせてもらうか尋ねているだけだぜ? ハロウィンの常識だろ?」

 普段よりキザ3割増しの態度でお兄さんがわたしへと近寄ってきます。

 確かにお兄さんは普通にハロウィンのイベントをこなしているだけのように見えます。

 でも、その瞳の奥に灯るどす黒い欲望の炎がわたしを震えさせるのです。

 わたしは狼に狙いを定められてしまった子羊の気分でした。

 そして、実際にそうだったのです。

「あの、その、わたし、お菓子は持っていないんです。モデルで、その、体型を維持しないといけないから、お菓子は身の回りに置かないようにしているんです」

 お兄さんがハロウィンの日にうちを訪ねて来るなんて夢にも思いませんでした。

 だからお菓子は全然用意していなかったのです。

「そうか。お菓子はないのか」

 お兄さんは軽く一息吐きました。

 残念そうな表情をしていますが、その瞳には獰猛な獣のような光はありません。

 身に危険を感じていたのはわたしの早とちりだったようです。

「あ、あの、お菓子はありませんけれど、代わりに美味しい紅茶を淹れて来ますね」

 ホッとしたわたしは警戒を解いてお兄さんの横を通り抜けようとします。

 でも、それが大きな間違いでした。

「紅茶は要らない」

「えっと、それじゃあコーヒーの方が良いですか?」

 お兄さんのリクエストを聞こうと立ち止まった瞬間でした。

「俺が欲しいのは……お前だよ、あやせっ!」

「キャ〜〜ッ!?」

 わたしは突然両肩を強く押されてベッドの上へと押し飛ばされました。

 そして次の瞬間、お兄さんが凄い勢いでわたしの上に圧し掛かってきたのです。

 わたしはあっという間に身動きを封じられてしまいました。

 お兄さんの荒い吐息がわたしの頬に、首筋に当たります。

「おっ、お兄さん。一体何を?」

 わたしは恐怖のあまり全身を硬直させながら震えるしかありません。

 そんな怯えるわたしを見ながらお兄さんは愉悦で歪んだ笑みを浮かべます。

「お菓子がないのだからイタズラに決まっているだろ?」

 お兄さんの口調はさも当然と言わんばかりです。

「い、イタズラって何をするつもりなんですかっ!?」

 恐怖に駆られながらも必死に大声を出します。

 でも、そんな強がってみせるわたしに対してお兄さんは更なる笑みを浮かべたのでた。

「肉欲に飢えた若い男が、女、しかも最高に良い女にするイタズラなんていったら決まってるだろ?」

 お兄さんは唾液をベトベトに濡れた舌でわたしの首筋を舐め始めました。

「ひゃぁああああぁっ!?」

 その未知の感触に思わず悲鳴を上げてしまいます。

 でも、そのネットリと湿った舌の感触はとてもおぞましいものでした。

 体の震えが止まりません。

「ハッハッハ。その辺の菓子よりもよっぽど甘くて美味だぜ、あやせ」

 お兄さんがいやらしい笑みを浮かべながらわたしを舐め続けます。

「あ、あっ……や、やりすぎですよ、お兄さんっ!」

 キツイ表情でお兄さんを睨みながら力を篭めて体を起こそうとします。

 でも、そんなわたしの必死の行動はお兄さんの力強い腕の力によってあっという間に押さえられてしまったのでした。

 それどころか、わたしの両手はお兄さんの右手に押さえられてしまい、身動きが全く取れない状況にされてしまいました。

「さっき俺のことをやりすぎって言ったな?」

「そ、そうですよ。こ、これはイタズラの域を遥かに超えていますよ……」

 警察に訴えてもおかしくないぐらいの破廉恥行為です。

「そうか。……ごめんな」

 お兄さんは急にしおらしい態度でわたしに頭を下げました。

 よくわかりませんが正気に戻ってくれたようです。

 貞操の危機が去ったようでホッとしました。

「あの、わかって頂けたならそれで十分です。だから、その、早く離して頂けますか?」

 リラックスしながらお兄さんに話し掛けます。

 でも、貞操の危機が去ったなんてわたしの思い違いだったのです。

「悪かった」

「えっ?」

 馬乗りになっているお兄さんが体により一層の力を篭めます。そしてわたしを押さえ付けている右手にも痛いぐらいの力を入れたのです。

「あの、お兄さん? い、痛い、ですよ?」

 わたしにはわけがわかりません。

 そんな?だらけのわたしを置き去りにしてお兄さんは再び顔を近付けて来たのです。

 もう少しでキスしてしまうのではないかと思うぐらいの近距離に。

 そしてお兄さんは舌でわたしの頬を舐めたのです。

「ひゃぁあああぁっ!?」

 大きな悲鳴が上がってしまいます。

 でも、わたしが本当に悲鳴を上げなければいけないのは今からだったのでした。

「きゃぁあああああぁっ!?」

 お兄さんは空いている左手でわたしの白いブラウスの首元を掴むと、力任せに引き千切ったのです。

 ブチブチッという大きな音と共に弾け飛んでいくボタン。

 そしてお兄さんはもはや衣服として用を成さなくなったブラウスの生地を払いのけて白いシルクレースのブラを全開にします。

今、お兄さんの目には、まだ男の人には誰にも見せたことがないわたしの下着姿がいっぱいに映っているに違いありませんでした。

「い、嫌ぁあああああああぁっ!」

 ブラウスをかき寄せて素肌を隠したいのに、恥ずかしいので顔を覆い隠したいのに、お兄さんに両手を封じられている状況ではそれもできません。

 自分の無力さに、惨めさに、そしてお兄さんへの恐怖に泣いてしまいそうです。

「悪いな、あやせ」

 へっへっへと悪い笑みを浮かべながらお兄さんが謝罪の言葉を述べます。

 何に対して謝っているのかわたしにはさっぱりわかりません。

「これからあやせの身に降りかかる一生忘れられない思い出こそが、俺のお前へのイタズラだからな。だからさっきのあれしきの挨拶をイタズラだなんて勘違いさせてしまったのは謝罪するぜ。クックック」

 お兄さんが欲望でギラギラした野獣のような瞳を少しも隠さずにわたしへと向けます。

 お兄さんの視線はわたしの顔、胸、そして下半身へと移っていきます。

 その視線の意味を理解して、わたしはまた全身を硬直させながら震わせました。

「お、お兄さん。それは幾らなんでも冗談ですよね? じょ、冗談が過ぎますよ……」

 そう尋ねている間にもお兄さんの左手はわたしの太ももを撫で始めます。

「ひゃっ!?」

 くすぐったくて気持ち悪いその感触に思わず声が出てしまいます。

「さて、お菓子よりも甘い極上のスイーツをご馳走になるとするか」

 お兄さんの顔が近付いてきます。

「いやっ! 嫌ぁっ! こんなの絶対に嫌ぁあああああぁっ!」

 わたしは必死に抵抗します。

 でも、全身を押さえつけられている現状ではその行動に意味はありませんでした。

「頂きますっ」

「嫌ぁああああぁ……ウプッ!?」

 抵抗虚しくお兄さんの唇がわたしの唇に押し当てられてしまいます。

「ひ、酷い……っ」

 わたしのファーストキスはお兄さんにより強引に奪われてしまったのです。

 大切なものがこんな形で奪われて知らず知らずに涙が毀れてしまいます。

 でも、わたしを襲う本当の悲劇はこれからだったのです。

「おいおい。あやせに泣き叫んでもらうのはこれからなんだぜ」

 わたしの涙を舌で舐め取りながら更に愉悦に浸るお兄さん。

「さあ、お嬢様。大人になる時間だぜ」

 そう言ってお兄さんは左手をわたしの胸に向かって伸ばして──

 

 

 

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「マ〜〜ヴェラスっ!!」

 わたしはベッドから上半身を起こしながら叫びました。

「まったく、お兄さんったら鬼畜過ぎますよ。もぉ〜鬼畜過ぎですってば♪ 女子中学生に本気で子供を産ませる気ですか〜♪」

 あのままの展開だったら、お兄さんに男らしく責任を取って籍を入れてもらうか、警察に行って一生出て来ないかの選択を迫れたと思います。

 お兄さんは当然刑務所行きを選ばないと思います。

その結果、わたしはマタニティードレスを着て中学校に通うことになったでしょう。

 みんなが制服を着て登校する中でわたしだけが私服。しかも妊娠していることを表す特殊な服装。クラスメイトたちから突き刺さって来る無遠慮な視線。

 そんな逆境の中でもお腹の子供がすくすく成長することを健気に祈るわたし。

 そして6畳一間の老朽化した木造アパートに帰れば愛する夫がわたしを優しく出迎えてくれる。

 最高のシチュエーションじゃないですかっ!

 逆境にもめげない健気なわたしと家族である優しいお兄さん。

 先ほどの夢はそんなステキな未来へと繋がる本当に良い夢でした。

 いえ、何でもありません。言い間違えてしまいました。

 お兄さんが鬼畜過ぎて許せないという話を真逆の角度から検証しようとしただけです。

 現役中学生に性的なイタズラを働こうだなんてお兄さんは絶対に許せません。

 だからそんなお兄さんが犯罪を起こさない様にわたしが一生涯監視していないといけません。

 監視する為にはいつでもお兄さんの家に出入りできる身分が必要です。なのでお兄さんのお嫁さんになるのが手っ取り早いですね。

 嫌で嫌で仕方がありませんが、世の全ての女性たちを守る為にわたしはこの身を犠牲にしないといけません。

 これも、わたしが信奉する正義と秩序の為です。

 ええ、そうなんです。

 わたしがお兄さんを好きなんて話は全て事実無根で、わたしはお兄さんの獣を封印する為に躍起になっているだけなのです。

 

「けど、ハロウィンかあ……」

 日本ではあまり馴染みのない行事ハロウィン。

 わたしもハロウィンが何なのかよく知らなかったりします。

 でも、オタクの人たちの間ではかなりメジャーな行事なんだそうです。

 何でもハロウィンを前後した時期には、お化けの仮装をしたイラストが沢山インターネット上にアップされるとか。他にも実際にハロウィンイベントを行う方は多いそうです。

 ということは、重度のオタクであるお兄さんもハロウィンに何かアクションを起こすと考えて間違いないでしょう。

「問題は、お兄さんとどうやって2人きりになるか、ですね」

 腕を組みながら今日の放課後の様子をシミュレートしてみます。

 大きく分ければルートは2つです。

 わたしが仮装してお兄さんにイタズラするか、お兄さんが仮装してわたしをイタズラするかです。

 前者は問題外です。

 わたしから手を出したんじゃお兄さんに責任を取るように迫れません。わたしから手を出したんじゃウェディングドレスもマタニティードレスも堂々と着られません。

 いえ、何でもありません。言い間違いました。

 変態なお兄さんにわたしの方から絡んでいくなんて危険極まりないことをできる筈がありません。貞操の危機です。従って却下です。

 けれど、後者は前者に比べて実行に難が多いことが問題です。

 最大の難点、それはわたしとお兄さんの接点が少な過ぎることです。

 非常に残念ながら、いえ、全然残念ではありませんが、わたしはお兄さんの中の会いたい女の子ランキングで上位に入っていないのは確実です。

 わたしから連絡を取ればきっと喜び勇んで来てくれるでしょう。でも、お兄さんからわたしにコンタクトを取ってくることはまずありません。

 わたしに会いに来てくれないお兄さんにどうやって自分から接触してもらってハロウィンを実行するか。難問です。

 そして、ライバルたちの存在も厄介です。

 ブラコン・ビッチの桐乃は何か理由を付けてはお兄さんの貞操を狙おうとする変態近親相姦予備軍の犯罪者です。

 このハロウィンでも何らかの動きがあると見るべきでしょう。

 でも、最大に厄介な人は他にいます。ハロウィン最強の女性が。

 その人は田村麻奈実お姉さんです。

 わたしたちの間には淑女協定があります。

 その協定に拠れば、ハロウィンは姉さんの持ちイベントとなっています。

 つまり、ハロウィンにおけるお兄さんとのイベント優先権はお姉さんにあります。

 そのお姉さんからハロウィンイベントを譲り受けるとなればそれ相応の対価を支払わなければなりません。

「交渉しないといけません、よね」

 お姉さんがお兄さんとハロウィンをしなくても満足してくれる対価は何か。

 その中でわたしが支払えるものは何か。

 頭の中で選択肢を練ってみます。

 答えはひとつしか出てきませんでした。

「さて、電話しませんといけませんね」

 交渉材料をお姉さんが気に入ってくれることを祈りながら私は携帯を手に取りました。

 

 

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 学校に到着します。

 でも、その日の教室はいつもとは違っていました。

 制服姿の生徒たちに混じり、1人だけ黒いマントに三角帽子、そしてメルルの服装を着た残念な格好の女がいます。

 クラスメイトたちはみな、その女子生徒のことを見てみぬフリをしています。

 さすがは中学3年生。

 痛いものには触れないことをもう十分に覚えている大人な年頃です。

 でも、代わりに何人かの視線がわたしの方へと向きます。

 その視線は、あの残念な女をお前が処理しろと雄弁に物語っています。

 わたしは別にあの残念の担当というわけでもないのですが。

 でも、今日のこの後のこともありますし、残念さんに話し掛けることにします。

 わたしは熱心にノートにペンを走らせるコスプレ女に近づいて話し掛けました。

「桐乃……何を血迷っているの?」

 残念さん……高坂桐乃はゆっくりと顔を上げます。

「アタシは優等生だから校長先生の許可はちゃんと取ったわよ。上履きで頭を踏んづけたらすぐに許可をくれたわ」

「許可があるとかこの際あまり重要じゃないと思うよ?」

 社会的に変態とみなされていることの方が遥かに重要な問題だと思います。

 確かにこの学校の校長は足蹴にしたりビンタしたりすると割と何でも許可してくれます。

 わたしがモデルになった際にもそうして校長先生に認めてもらえました。

「で、何でそんな魔女のコスプレをしているわけ?」

 本題に入ります。

「魔女じゃなくて魔法少女っ!」

 残念な二次元さんは力強くわたしの言葉を否定します。

「魔女は魔法少女が成長したものなのっ! だからまだ大人になってないわたしは魔法少女なのっ!」

 どうしてこう残念な人とは会話の成立が難しいのでしょうかね?

「で、何でそんな魔法少女のコスプレをしているわけ?」

 残念な人はニヤッと笑い満面の笑みを浮かべました。

「何でって、それは今日がハロウィンだからに決まってるじゃない!」

 その答えは予想はしていましたがビッチはとても偉そうに述べました。

「どうしてハロウィンだと制服じゃなくてコスプレをして学校に来るの?」

「そんなの、どこでハロウィンのイベントが起きるかわからないからじゃない」

 桐乃はまた堂々と言い切りました。

「登校中にバカ兄貴が現れてトリックorトリートと尋ねるかもしれない。授業中に教室に駆け込んできて尋ねるかもしれない。下校中に出現して聞いて来るかもしれない。でもアイツはバカな癖にシャイだから、アタシが24時間ハロウィンっぽさを出していないとアタシに尋ねられないかもしれないじゃないのよ」

「バカは桐乃の方だよ♪」

 授業中に教室に駆け込んで来てハロウィンってそんなことがある筈がないのに何を考えているのでしょうかね?

 それにトリックorトリートを尋ねるのはコスプレしている方です。桐乃がコスプレしていたらお兄さんが尋ねることはないでしょう。

 ほんと、テストの成績に反比例してこの義妹は愚かで仕方ないですね。

「フッ。わかってないのはあやせの方ね」

「何ですって?」

 桐乃は自信満々な態度を崩しません。一体、その自信の根拠は一体?

「アイツはね、頼んでもいないのにアメリカまでアタシを連れ戻しに来る超シスコン野郎なの。アタシがイタズラされるんじゃないかと心配になれば、いつだって飛んで来るに決まっているわ」

「クッ!」

 ドヤ顔して語る桐乃は光り輝いています。

 確かにお兄さんのシスコンは驚異的です。

原作2巻以降、別に桐乃必要ないよねと思う構成しているのに最後は無理やり桐乃の話で締めています。

原作カバーを見ると、桐乃が出ない中間200ページがあらすじから省かれています。

それぐらいに桐乃の影響力は圧倒的なのです。

「まあ〜そんな訳でアタシは鬱陶しくて嫌なんだけど〜超シスコンのアイツにいつ絡まれるかわかんないからスタンバイしてるってわけよ〜。そういうあやせはアイツに進んで絡まれたことあるっけ〜?」

 ニヤッと意地悪く笑ってみせる桐乃。

 その瞳は雄弁と物語っています。2巻でもう使命を果たし終えた脇役風情が図に乗るなと。

「クウ〜っ!」

 確かに桐乃の言う通り、わたしはお兄さんに進んで絡まれたことはありません。

 でも、わたしにだって桐乃にはないアドバンテージがあります。

「でもわたしはお兄さんに会う度に告白されているし、プロポーズまでされちゃったこともあるわ。迷惑で迷惑で仕方ないんだけど、桐乃はお兄さんにプロポーズされたことってあるっけ?」

 プロモデルの洗練された笑みをブラコン・ビッチにプレゼントしてあげます。

「なっ、なな、ななぁ〜〜っ!?」

 当惑して震え出す桐乃。

 所詮貴女は血の繋がった実の妹。肉親だから構ってもらっているだけ。

 結婚も可能な他人であるわたしが格の違いというものを教えてあげましょう。

「次偶然に会ったらまたプロポーズされちゃうかもしれないわね。強引に迫られたら恐怖から受け入れちゃうかもしれない。今日お兄さんに出会うようなことがあってトリックorトリートされたらお菓子を持っていないわたしは強引にホテルに連れ込まれてイタズラされちゃうかもしれないわ」

「な、何ですって〜〜っ!?」

 わたしが喋るほどに桐乃の表情は青ざめていきます。

 フフフ。桐乃がわたしのことをお義姉ちゃんと呼ぶ日ももう目前に迫っているのですよ。

 いえ、また言い間違えてしまいました。

そんなことになったら舌を噛んで死にたいほど嫌なんですけどね。

「あやせ……アンタ、まさかっ!?」

 桐乃は突如立ち上がり、中腰の姿勢で両手を振り上げたのです。わたしのスカートの裾を掴んだまま。

「なっ!?」

 翻るスカート。

 今、桐乃の視線にはわたしの下着が視界一杯に見えているに違いありませんでした。

「普段白しか履かない似非純情派のあやせが赤っ! しかもレースのスケスケ。ハロウィン仕様で一気に勝負を決めるつもりね。このむっつりスケベめ!」

 人のスカートを断りなしに捲っておきながら勝手な言い草でスケベ呼ばわりするビッチ。

「そういう桐乃こそ、外見からして120%発情中じゃないの! この淫乱ブラコン!」

「何ですってっ!」

 激しく睨み合うわたしと桐乃。

 飛び交う視線で火花が散っています。

 

「なぁ、おめぇら。教室で不毛な争いはいい加減にしてくれ」

 と、睨み合いを続けるわたしたちの元に加奈子が仲裁に入って来ました。

「基地の外2人を止めろってあたしに無言のプレッシャーが凄いんだよ」

 加奈子は心底嫌そうな顔をしながら喋ります。

「加奈子のくせにアタシに意見するなんて生意気よ!」

「加奈子のくせにわたしに意見するなんて生意気です!」

「ひでぇ……」

 まったく、どこの世界にジャイアンに意見するノビ太がいると言うのですか?

 いえ、言い間違えました。

 わたしがジャイアンな訳がありません。

「まあ、おめぇらが喧嘩を続けたいのならそれも良い。ただし、その場合さっきの睨み合いのシーンの動画を桐乃の兄貴にメールで送りつけるけどな」

「「チッ!」」

 こうしてわたしと桐乃は仲直りしました。

 わたしたちは親友同士ですから、喧嘩することはあっても全然心配は要らないのですけどね。

 わたしは左手に持っていたスタンガンをそっとしまい直しました。

 

 

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 最後の授業の終了を告げる鐘の音が鳴り響きます。

 放課後を迎えました。

 いよいよ、決戦の時です。

 今日、これからの過ごし方次第でわたしの一生が決まってしまいます。

 老後を家族に囲まれて幸せに暮らすか、独りで寂しく過ごすかです。

 この勝負、絶対に負けられません。

「「うぉおおおおおおおおぉっ!!」」

 桐乃とほぼスタートダッシュを始めて玄関へと向かいます。

 自分の欲望に正直な桐乃はおそらくお兄さんが通う高校に真っ直ぐ向かうに違いありません。

 そんな桐乃に必死になって併走します。

 桐乃は大きなマントが邪魔になって全力疾走できない状態なので何とかついていくことができます。

 ちなみにわたしの目的地はお兄さんの学校じゃありません。

 わたしから会いに行ったのでは意味がありませんから。

 じゃあ、わたしが何故桐乃と併走しているのかと言うと……。

「いたっ! お姉さんっ!」

 玄関を抜け、校門の前まで来た所でその人は待っていました。

「お〜い、あやせちゃ〜ん♪ 桐乃ちゃ〜ん♪」

 ゆっくりと左右に手を振るお姉さんはいつものようににこやかな笑みを湛えています。

「ゲッ! 地味子!?」

 桐乃は目を見開きながら急ブレーキを掛けます。

 お姉さんがまさかわたしたちの学校に現れるとは思わなかったのでしょう。

 呼び出したのはわたしですが。

 これこそがわたしの狙い。

 お姉さんと合流するまで桐乃に引き離されないことが併走の真の理由でした。

「こんにちは、あやせちゃん♪ 桐乃ちゃん♪」

 ペコッと丁寧に頭を下げるお姉さん。

 3歳も年下のわたしたちに対してもとても丁寧な態度です。

「こんにちは、お姉さん」

 わたしもお姉さんに向かって深く丁寧に頭を下げます。

 礼儀がないなど新垣家の娘として許されることではありません。

「チッ! 何で地味子がここにいるのよ?」

 一方桐乃はまともに挨拶もできません。舌打ちするだけで頭も下げません。

 まったく、将来の義理の妹はいずれわたしがしっかりとした礼儀作法を教える必要がありますね。

 いえ、桐乃が将来義理の妹になるのかなんて知りません。

 お兄さんに結婚を無理やり強要された場合の時のみそんな可能性が生じてしまうというだけという話です。

「あの、それじゃあアタシ、急ぎますんで」

 ぎこちなく素っ気無い喋り方をしながら桐乃がお姉さんの横をすり抜けようとします。

 でも、勿論そんなことはまかり通るわけがありません。

「ねえねえ〜あやせちゃ〜ん」

 わたしに和やかに話し掛けながら桐乃の制服の首根っこを掴んで制します。

「桐乃ちゃんが〜今日田村屋でのハロウィン企画を手伝ってくれるって本当〜?」

 お姉さんがキラキラした瞳で尋ねてきます。

「はぁ〜? そんなことアタシ一言も言ってないんですけど?」

「はいっ。桐乃は喜んで田村屋のお手伝いをするって言ってくれました。その為にもうコスプレまでして用意万端です」

 途中、ノイズが入りましたがお姉さんに微笑みながら返答します。

「わぁ〜♪ 桐乃ちゃんが田村屋を手伝ってくれるなんて嬉しいな〜♪」

「何でアタシが地味子の家の手伝いをしなきゃなんないのよ!」

「桐乃は意欲満々ですから、じゃんじゃんこき使ってあげてくださいね♪」

 また途中でノイズが入りましたが会話に支障はありません。

「じゃあ〜桐乃ちゃんを借りていくね〜♪」

 お姉さんはひょいっと軽々と桐乃を肩に担ぎ上げました。

 さすがは田村屋の娘さん。華奢な見た目に反して力は豪快です。

「ちょっとっ! アタシの意思を無視して何を勝手に話をまとめてんのよ!」

 お姉さんの肩の上で桐乃がわんわんと叫びます。

 そのスカートからはクマさんパンツが覗いています。なるほど、桐乃はそういう路線だったのですね。

 まあ元々桐乃はブランド物の服やバッグとは裏腹にお子ちゃま物の下着しか持っていないのですが。

「それじゃあ今日1日桐乃ちゃんには田村屋臨時アイドルとして頑張ってもらうね〜」

「桐乃もお姉さんのお手伝いができることを心から喜んでますよ」

「少しも喜んでないっての!」

 まったく、これだけ円満に話し合いが解決したというのに桐乃は少しも空気が読めない子ですね。

 そういうのYKって言うそうです。わたしだって流行語ぐらい知ってるんですよ。

「それじゃあ、あやせちゃん。またね〜」

「はい。またよろしくお願いします」

 桐乃を肩に担ぎ上げたままお姉さんがゆっくりと去っていきます。

 お姉さんは桐乃を差し出すことでお兄さんとのイベントを放棄してくれました。

 お姉さんにとっては数年前から疎遠になってしまった桐乃との仲直りも重要だったのです。

「人攫い〜〜っ!」

「桐乃ちゃ〜ん。今日からまた以前みたいに仲良くなろうね〜。その為にたっぷり調教……じゃなくて〜教育的指導……でもなくて〜仲良くお話しようね〜」

「本音はもっと上手く隠しなさいよ〜もう前みたいのは嫌ぁああああああああぁっ!!」

 桐乃がお姉さんを嫌っている理由はお兄さんばかりだと思っていましたが、真相は他の所にあるのかもしれない。

 そんなことをふと考えましたがどうでも良いですね♪

 だって、お姉さんはあんなにも幸せそうなのですから。

 

「暢気に笑ってるんじゃないわよ、あやせっ! トラップを準備したのがアンタだけだとは思わないことね! あっはっはっはっは」

「へっ?」

 桐乃が敵怪人の最期の捨て台詞のようなことを喋った瞬間でした。

 わたしの視界が突如大柄な人によって塞がれたのです。

 チェック模様の長袖シャツを着たその人を最初は男性だと思いました。

 身長が180cmぐらいあったからです。

 でも、その人の胸の部分にはとても立派な膨らみがありました。

 それで、女性なのだと思いながら顔を上げるとそこに見えたのは、漫画に出て来そうなグルグル眼鏡。

 強烈なインパクトを放つこの人は確か桐乃のオタク友達の人だったと思います。紹介されたことはありませんが。

「新垣あやせ氏でござるな?」

「は、はあ。そうですけど……あの、貴女は?」

 眼鏡の方のインパクトに圧倒されながら返事します。

「これは申し遅れました。拙者、きりりん氏の友人で沙織・バジーナと申します。以降、お見知りおきを」

 沙織さんは丁寧に頭を下げます。

「え〜と。こちらこそよろしくお願いします」

 わたしもつられて頭を下げます。

 沙織・バジーナって名前から察するにハーフの方でしょうか?

 この身長から考えると十分にあり得るのではないかと思います。

 ところできりりん氏って何でしょうか? 

多分、桐乃のあだ名ではないかと思うのですが。

桐乃はオタク友達のことを全く話してくれないので謎だらけです。

「いやいや本日は、黒猫氏の妹君の小学校で開かれるハロウィンパーティーを拙者たちと共に手伝って下さるとか。感謝いたしますぞ」

「へっ? あのっ?」

 何の話をしているのかさっぱりわかりません。

 ハロウィンパーティーの手伝いとか申し出たことはないですし、そもそも黒猫氏という人が誰なのだかわたしは知りません。

「さあ、ハロウィンパーティーが始まるまであまりもう時間がありませぬ。黒猫氏は既に会場入りして準備の最中でござる。拙者たちも早く馳せ参じましょう」

 そういうと沙織さんはひょいっとわたしを担ぎ上げて肩に乗せました。

「あっ、あの、ちょっと!?」

「な〜に、道中の道案内は拙者に任せて下され。あやせ氏は乗っておられるだけで結構ですぞ。はっはっはっは」

「いや、そうじゃなくてですね……」

 沙織さんは楽しそうに笑うだけでわたしを下ろしてくれません。

「きりりん氏の話に拠れば、あやせ氏はダーク・ウィッチ・タナトス・エロスのコスプレも披露している頂けるとか」

「へっ? ちょっと? 何ですか、それは!?」

 以前お兄さんに雑誌で見せられたあの恥ずかしい格好をわたしにしろと?

「衣装は拙者の方で準備しておりますから問題ありませぬ。いやいや、それにしてもあやせ氏はタナトス・エロスにそっくりですな。一目でわかりましたぞ」

「何でわたしがコスプレなんて!」

 そういう汚れ仕事は加奈子がやれば良いのに。

 と、そこで遅すぎですが、ようやくわたしには事の全景が見えました。

「嵌めてくれましたね、桐乃〜〜っ!」

 わたしは桐乃に嵌められたのです。わたしの意志にまるで関係なく売られたのです。

 人身売買反対ですっ!

「さあ、純真な小学生たちが拙者たちを待っております。ここからは走って移動しますぞ」

「嫌ぁあああああぁ。降ろして〜〜っ!」

 叫び声虚しく、わたしは沙織さんに担がれたまま黒猫さんの妹とやらがいる小学校へと連れて行かれたのでした。

 

 

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「はぁ〜。疲れました〜」

 すっかり暗くなってからの帰り道。

 ダーク・ウィッチ・タナトス・エロスな格好をしたわたしはよたよたになりながら歩いていました。

 小学生は元気の塊です。

 数時間相手をしていただけなのに、もう全ての体力を使い切ってしまいました。

 着替え直す元気もなく、そのまま帰ることになりました。

 幸いにしてEXモードではなかったので露出が少なかったこと、そして今日がハロウィンなので人々の視線を集めることはあまりありません。

 とはいえ、残りの体力はゼロ、お兄さんとハロウィンする計画も水泡と帰しもはや何をする気力も沸きません。

「つっ、疲れたよぉ〜〜」

 と、わたしの前方からも疲労困憊な声を出す少女がいました。

 魔法のステッキを杖代わりにして歩いて来た魔法少女ルックなあの子は……。

「桐乃」

 やっぱり桐乃でした。

「その調子じゃあやせもこき使われたみたいね」

「そういう桐乃こそボロボロじゃない」

 わたしたちは2人とも満身創痍な状態に違いありませんでした。

 そして自分の状態とお互いの姿を見ながらわたしたちは思ったのです。

 やっぱり、人身売買は良くないって。

「帰ろうか」

「うん」

 2人並んで夜道をゆっくりと歩き始めます。

 星がとっても綺麗です。

 疲れて全身ボロボロなのに、でも悪くない気分でした。

「明日から……また新しい作戦を考えないと」

「うん。そうだね」

 今日の所は休戦協定締結です。

 何の休戦かは言えませんけれど。

「お兄さん……今頃どうしてるのかな?」

「さあ? 地味子の所にも黒いのの所にもいなかったんだから、家で勉強しているか寝ているんじゃないの?」

 ちょっとだけ話をしていたその時でした。

 

「すっかり、遅くなっちまったな」

 お兄さんの声が前方の暗がりから聞こえてきました。

 聞き間違える筈がありません。毎日盗聴しているのですから!

 いえ、何でもありません。事実無根の話をしてしまいました。

「あたしは、アンタと一緒にいると楽しいから時間なんて気にしないけどな」

「「えっ? 今の声ってまさかっ!?」」

 姿はまだ見えませんがお兄さんは女性と一緒にいます。確実です。

 そして、その女性の声は妙にツインテール掛かったものでした。

 そのツインテールボイスは明らかに聞き覚えがあるものでした。でも、まさか……。

「「ダッシュっ!!」」

 わたしと桐乃は疲れも忘れてお兄さんと女性に向かって全力で駆けていきます。

 そしてわたしたちが見てしまった光景。それは──

「お兄さんっ!?」

「加奈子っ!?」

 腕を組んで歩くお兄さんと加奈子の姿でした。

 しかもお兄さんは今朝わたしが夢に見た吸血鬼……とは少し違いますが全身黒装束にマント姿。

 加奈子はメルルのコスプレをしています。

 これって、これって……。

「お、おめえら……」

「ヤレヤレ。遂にばれちまったか」

 引き攣った表情を見せる加奈子と大きく溜め息を吐くお兄さん。

「ちょっと、これ、どういうこと?」

 状況を把握したらしい桐乃が瞳を細めて2人に問い質します。

「あの、これはだな……」

「加奈子。2人には俺から説明するさ」

 戸惑う加奈子を制してお兄さんが1歩前に出ます。その男らしい姿は格好良いです。

でもその格好良さにわたしは嫌な予感がしてなりませんでした。

そして、わたしにとっての悲劇が告げられたのです。

「2人に報告しなきゃいけないことがある。実は俺と加奈子は先週から付き合い始めたんだ」

「あ、改まって言われると照れるぜぇ」

 恥ずかしがって頭を掻く加奈子。

 けど、お兄さんの話の内容はわたしの脳の理解のキャパシティーを遥かに超えてしまったものでした。

 お兄さんはその後2人が付き合い出した経緯について語っていましたが、わたしの脳にはその内容が少しも入ってきませんでした。

 隣を見れば桐乃も同じ表情を見せています。

 話の内容はよくわかりません。

 でも、確かなのは今この瞬間、わたしたちの初恋は終わりを告げたということでした。

 

 

-6ページ-

 

「それじゃあ俺は加奈子を送っていくから。2人とも夜道に気を付けろよ」

「そんなこと言って送り狼になるつもりなんじゃねえのか? にっはっはっはっは」

「そんなことをするわけがないだろ。加奈子は……俺の大事な恋人なんだから」

「えへへへへ。あたし今、ほんとに幸せだぜ」

「俺もだ」

 気が付くとお兄さんと加奈子の姿はありませんでした。

 砂を吐きそうな甘ったるい会話だけが耳に残っています。

 気分が、重いです。

 心の奥底から、ドロドロと濁って粘って熱いものが噴出して全身を黒く侵食しているみたいです。

 この耐え難い破壊衝動は……何なんでしょうね?

「ねえ、あやせは知ってる?」

「何を?」

 桐乃は一切の光を失った濁り切った瞳で尋ねてきました。

 きっと今わたしも同じ瞳をしているのだと思います。

「魔法少女がね……絶望に陥ると魔女になるんだって」

「へ〜。じゃあわたしたちは今魔女になったんだね」

 自分の体に生じている変化についてようやくわかりました。

 わたしは魔女になってしまったのですね。

「魔女といえば……やっぱりハロウィンだよね」

「そうだよね。魔女とハロウィンは切っても切れないよね」

 空を見上げます。

 雲に覆われわずかに存在を示す欠けた月。

 実にハロウィンに相応しい天気だと思います。

「そんでハロウィンといえば……やっぱりイタズラ、だよね」

 桐乃は金属バットを改造した魔法のステッキを月に向かってかざし、舌で一舐めしました。

「そうだよね。やっぱりイタズラだよね」

 左右の手に1本ずつスタンガンを持って、それぞれを一舐めします。

「「今夜は楽しい夜になりそうだね〜」」

 わたしたちは加奈子の家がある方角に向かって満面の笑みを浮かべます。

 

 楽しい楽しいハロウィン・ナイトはこうして始まりを告げたのでした♪

 

 

 

 完

 

 

 

 

 

 

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