春想夢(ハルニオモフユメ)(るろ剣・剣巴) |
春想夢(ハルニオモフユメ)
――夢を見た。
いつだったかもう思い出すことも出来ないほどの、遠い遠い日の夢。
桜がまるで吹雪のように空を染め、薄紅色の香りが辺りを包む。
春に溶ける空の色はどこまでも蒼く、
春に咲く草の宴は桜を引き立てるように慎ましやかでありながら鮮やか。
生命(いのち)を育む土が温かくそれらを抱く。
―その中で。
微笑む妻の姿が、とても綺麗で。ただ、言葉を失ったことを憶えている。
漆黒の長い髪と黒曜石の瞳。桜の花弁を纏って尚、白く淡い肌が映えて。
瑞々しい唇は、まるで子供のように無邪気に笑う。
「やっと、あなたと桜を見ることが出来ましたね」
そんな風に願ったのはいつだったか。
熾烈を極めた闘いの日々がついこの間まで続き、
彼女と出会ってから今日に至るまでの道のりがとても永く感じた。
「そうだな」
ゆっくりと、夫は隣へと立つ。目が眩むほどの桜吹雪は、
二人を祝福するかのようにゆったりと舞い落ちる。
桜は嫌いだった。儚くて、脆くて、ひどく悲しい気持ちになる。
枝から離れて落ちていく命の欠片は、
どれだけ塞き止めようと手のひらを差し出しても、
全てを受け止めることなど出来ない。
世の中の全ての人を救いたいと願っても。
目の前の命は、砂のように零れ落ちていく。むしろそれを零していたのは。
他ならぬ自分自身だったのだから。
それでも。
これからの世の中で、もう、自分は人を殺めないと決めた。
犯した罪を償う術など、殺された人々の家族にしてみれば
模索することすら許されないのかもしれない。
それでも、生き続けることが。
罪を背負いながら、周りの人々の幸せを護るために一生懸命生きることが。
自分が愛した女性と、これから生まれてくる命の為に、生きていくことが。
これから創られる新時代の礎のひとつとなることが。
自分が殺めた人々と、想いを共にして散っていた仲間達の供養になれば、と。
まだ消えぬ左頬の傷に祈る。
「…そろそろ、行きましょうか」
夫の想いを汲み取ってか、彼女はそっと促す。
少しふっくらとした彼女の肩を抱き寄せ、夫はああ、と頷いた。
「来年は、三人で見に来よう」
微笑む妻はどこまでも綺麗で。もうすぐ母になる、強さも備えていた。
――あれからどれほどの月日がたったのか。
雪のような薄紅の空は、あの日見た景色と変わらず。
自分がここまで永くこの世と共に在るとは思わなかった。
髪も手も、もう随分と年月を重ねてきたようだ。
子供は遠くへ嫁に行き、妻は二年ほど前に静かに先に逝った。
「桜が儚いなんて、嘘だなあ…」
樹齢何十年となるであろう老木は、
今年も見事にその身を美しい子供達で咲き誇らせる。
その根元には、しっかりと、新しい幹を宿らせて。
こうやって、命はどこまでも続いていくのだと感じたら、ただ、涙が流れた。
「あなた」
懐かしい声がした。桜吹雪の中に立つ妻は、やっぱりどこまでも美しくて、優しくて。
出逢った頃の姿をして、やはりあの頃の姿になった自分を呼んでいた。
頬の傷は癒えて。彼は妻の元へと歩き出す。
「…ああ、今行くよ、巴」
―完―
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るろうに剣心、剣心と巴の未来のお話です。 | ||
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