あしおと(るろ剣・剣巴) |
あしおと
その報せが届いたのは、桜もすっかり散り、青葉が色づきはじめた頃だった。
戊辰戦争終結―。時代が明治と名を変えて早くも二年目に差し掛かる。
動乱の時代に、ようやく幕が下りようとしていた―。
緋村巴は朝から落ちつかなかった。
夫が蝦夷へ経って三ヶ月。今までも戦地へと赴くことは多かったが、
これほど遠いのはこの二人にとって初めてだった。
床も綺麗に拭いたし布団も干した。昨年の冬から漬けてあった漬物や、
街から仕入れてきた魚を焼く準備もできている。
長旅で疲れているであろう、風呂の準備もしておかなくては。
(落ち着かない)
少しずつ鼓動が高まっているのがわかる。
帰って来てくれる。それだけで、十分過ぎるほど彼女は幸せだった。
蝦夷に行くと告げられたとき、巴はどうしても着いていくと言って聞かなかった。
無理もない。一度動乱で想い人を失っている彼女にとって、
自分の預かり知らぬ場所で死なれることこそ、最大の恐怖であった。
ようやく手にした、幸せを。ようやく本当の意味で夫婦となれた人を。
失うかもしれないと考えると眠れなかった。
そんな彼女を知っているからこそ、抜刀斎は戦地へと赴くことにすぐ返事はできなかった。
彼女の刀傷も未だ完全に癒えてはいない。
だが、彼女とて、自分の体の状態がとても蝦夷までの長旅には耐えれぬと感じていた。
そして、彼がどんな思いで刀を振るっているかを知っていたから、
送り出そうと決心した。強く待つと。
「必ず帰ってくるよ」
その夫の言葉を信じて、留守を守っていた。
そして、約束どおり、彼は最後の仕事を終えて帰ってくるのだ。
今までも緋村は戦地を、動乱の最中を駆け抜けるため各地へ飛んだ。
その度に彼女は待ち続けた。
一人家を守り、主を待ち続けることを、淋しいと思いながらも絶えた。
最初のころは不安で不安でたまらなかった。
夜が来るたびに、暗闇の中で彼の殺される様を夢に見る。
かつて許婚をなくした時の恐怖が、彼女を駆け巡る。
だが、彼女は待った。彼の言葉を信じて。彼は必ず帰ってきてきたから。
だから、不安な顔など見せないで。笑顔で彼を迎えられるようにと。
彼女がこれほど強く彼を待つことができたのは、今彼女が一人ではなかったからだった。
一人の食事も、農作業も、なにもかもが。新しく宿った命とともに、過ごせてきたから。
決して一人ではないと、感じることができたからだった。
大きくなりはじめたおなかを触ってみる。
小さく、本当に小さく、けれども確かに息づいている幼い鼓動が、
彼女の心を落ち着かせ、幸せに満ちさせた。
(どんな顔をするかしら)
子供が出来たことを告げたときの、緋村の顔を創造して、巴は少し悪戯っぽい笑みを零した。
(…幸せ)
空を仰ぐ。心地良い風が、彼女の頬をくすぐった。
沢山の人の願いと、沢山の人の死。
先の見えない夜明けを最初に駆けたのは、誰だったのだろう。
或る人は刀を振るい、或る人は策略を練り。
或る人は帝の為にと命を賭して、或る人は外国との繋がりを求めて。
それぞれの行く道は別々で、遠回りをしても。願う先はきっと同じものだった。
時代が変わる。人も変わっていくのだろう。少しずつ、少しずつ。
人が人を殺める時代は、過去となっていくのだ。
「いい天気だね」
いとおしい人の声がした。
新しい命のあしおとが。新しい時代の足音が。
ほら、もうすぐそこに
―完―
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るろうに剣心、剣心と巴さんの、あったかもしれない未来のお話。 | ||
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