双子物語-30話- |
信じられなかった。同じ1年や2年の一部の生徒からは生徒会に入っていても
おかしくないほど、頭がキレて優等生と言われている人の言葉とはとても思えない。
とはいえ、私も逆の意味で捕らわれがちだから、案外そんなものなのかもしれないが。
中庭の大きい木に手をつけて立っていた私の前に現れた、白髪の先輩は青空の下で
陽の光を浴びた髪が綺麗に見えた。一見、髪の毛が長ければ儚げな深窓の令嬢とかに
見えてもおかしくないし、叶と同じで生真面目そうに見えたのだが、意外だ。
「じゃあ、気分転換に。私のオススメの場所に連れて行ってあげよう」
「え〜、別にいいですよ。興味ないし」
我が親友が基本私よりも先輩の方に優先されるのが、ちょっと面白くなかった
私はあからさまに嫌な顔をして断ると、帰るかと思った先輩が穏やかな表情のまま
私の腕を掴んで「いいからいいから」と呟いて強引に引っ張って行く。
強引とは言っても、もとよりあまり力がないせいか、優しく引っ張られているのだが
強引なのはそのやりとりと、性格だろうか。有無を言わさぬテンポで私もついていくのが
やっとの状態である。
叶のような浮かれる気分にはなりたくないが、ほどよく流れる風から先輩の匂いが
私の鼻をくすぐってくる。不思議となんだか、とても落ち着くような気分だ。
よく知らない道をズンズン歩いていくと、今度は道なき道を進んで行く。
雑草や木々が生い茂る場所をその、か弱そうな体は慣れたように切っ先があったりする
枝を避けながら進むのを私も見習ってなるべく汚れないように歩いた。
どのくらい歩いたのだろうか、興味がなく、ただ引っ張られているだけの時間とは
長く感じるものだ。携帯電話を取り出して時間を調べようとしたら、手を伸ばした
ポケットには何も入っていなかった。
そうだ、と。その時に私の記憶の隅っこで少し寝過ごして叶と一緒に出遅れた際に
部屋に置いてきてしまった。叶と違って私は携帯にばかり頼っているから腕時計なんて
代物は持ってはいなかったのだ。これではどのくらいサボってしまうのか検討がつかない。
いいや、その時は先輩が強引に連れてきたのだから、先輩のせいにしてしまえばいい。
頭の中でそう呟くように考えていると、沢山花と葉をつける木々から太陽の光は遮断
されていたものが、不意に取り払われて、薄暗かった場所から一気に光が目に入って
眩しくて、反射的に目を瞑った。それと同時に、先輩の手が放されて眩しかった目も
徐々に慣れてきた辺りから少しずつ目を開いていくと、そこには春の息吹を感じられる
光景が広がっていた。
「わぁ・・・っ」
興味を示さなかった私は目の前に広がる色とりどりの光景に目を奪われて、
溜息が漏れる。そこはまるでカラフルな色の絨毯のように咲き誇った花々が生き生きと
風で反発することなく揺れながら咲いていた。
まるで誰かが管理しているかのように綺麗で見事である。
「綺麗でしょう?」
花達の前で微笑を浮かべている先輩もまたその風景に溶け込むように似合っている。
だけど、私は先輩のことをあまり好いてはいないので、そんなことを思っていても
口にはしないのである。
「ま、まぁまぁですね」
「確かにこの辺りではねえ・・・」
口元に握りそこねたような丸めた手を当てると少しの間考えている仕草を見せると、
私が問いかけようとした際に、動きを再び見せてきた。
「この先に休める場所があるから、そこに行こうか」
「え・・・?」
私の答えを聞く前に、今度は強引に腕を掴みにくるのではなく、とても優しく手を
とって握ってくる。とてもなめらかで柔らかい、暖かな手をしていた。行く先に視線を
投げると、一面の花畑はよくよく見やると一人分ほどの通れる道が存在しており、
先輩の後を追うように進んでいくと、やがてはその場所に相応しくないような
駅にありそうなプラスチック製のベンチが姿を現した。
「ねぇ、ここでしばらく休んで行きましょう」
「せんぱい・・・」
「はい?」
「授業は受けなくて大丈夫なんですか?」
私は大丈夫じゃないんですけど、って呟くが先輩は軽く笑いながら私の言った言葉を
冗談だと気づいて話しかけてきた。
「だったら、こんなに気持ちが滅入っている顔はしないわよね。勉強で必死だったら」
「うぐっ」
「名畑さんのはまた別のことで疲れているように見えるけれど」
先輩はエスパーか何かか・・・?勉強で気疲れしている生徒も多くいるに違いないのに
どうして私の気持ちがわかるのだろうか。何かしら私の態度でわかるだけであろうけど。
「簡単なことよ。貴女が見えた時、私の横を通り過ぎた女子たちの愚痴が聞こえたから」
ベンチの背もたれにもたれかかって空を見上げながら話を続ける先輩。白く輝きを
見せる髪はまるで無数のきめ細かい糸のようにさらさら風に揺れていた。そんな先輩の
言葉を聞いていた私は、目の前の花々もややくすんで感じるような気分になる。
そうだ、私は上級生の人たちに変ないちゃもんをつけられていたんだっけか。
先輩のリードによって、すっかり他の事を考えていて忘れていたが、解決もせずに
忘れていいことではない。
「そこで、名畑さんが一人で他には誰も行かないような場所で黄昏ていたのだから」
「まぁ、そんなとこです」
「それと、勉強に関しては名畑さんの実力だったら数日受けなかったところで
何の問題もないと思うわ」
「なんで・・・」
「比較的難しいこの学園を他のスポーツとかの推薦とかではなく、自力で無事に
受かったこと、無駄な質問はなるべくしないようにしていること。頭の回転が速くて
記憶力がいいと見た」
その後、はにかむように笑って「全部、憶測だけどね」と最後に付け足した。
さらに、なんとなくね。ってさりげなく呟くと私はこんな場所だからか、苦手なはずの
先輩に、気持ちとは別に少しずつ。その時のことを話し始めていた。
叶はいい。根っからの体育会系で、良い悪い関係なく上下の言葉遣いや態度は
心得ているのだから、上級生の反応は上々である。だが、私はどうだ。髪を染めて
上級生の先輩達よりも派手目にしていて、叶と違い、決して社交的ではなく自分の考えを
中心に物事を語ってしまうことがここにきて完全に裏目にでてしまった。
あからさまに嫌な顔をしつつも、叶の前だから黙っていた見知らぬ先輩たちの
我慢の限界を超えて、ブチギレて、人目の少ない場所に呼び出されて、言葉の暴力を
浴びせられて、少し疲れていた所を澤田先輩に見られてしまったのだ。
完全に心を閉ざして流していた私にはその上級生の言葉は頭の中に残ってなんか
いなかったが先輩の言葉で少しずつ蘇ってくる。地元にいたときはよかった。
嫌な先輩や同級生になんていわれようとも、叶と外に遊びに行っているだけで
そんなことは吹き飛んで楽しくやっていられた。そう、私はただ逃げていたのかも
しれない。
「ここは閉鎖的な空間でしょう? もし問題が発生した場合はどこにも逃げ場所なんて
ないの」
「・・・」
「だから、大変かもしれないけど。自らがんばって解決に持っていくほかはない」
「うん・・・」
「でもね、そういうことができるのも。ある程度心が元気じゃないとね」
先輩はこの場所に連れてきたのは、そういうことなのだろうか。わざわざ不真面目な
私なんかのために、授業を放ってまでここに連れてきてくれたのは。
「綺麗よね。私も最初はここの場所なんて知ることもなかったわ。だって、どこにも
ここへの道なんて記されていないのだから」
「え・・・?」
「私が疲れていたときに、現・生徒会長の黒田美沙先輩が人付き合いで疲れていた
私をここに連れてきてくれたの」
先輩の言葉に私は少しだけ自分の耳を疑っていた。人間関係が苦手なようには
見えないからだ。私の話の流れのついでとばかりに、自分のこともかいつまんで
放している先輩の姿は周りが見るような完璧な人ではなく、どこにでもいるような
女の子の一人なんだとわかる。
「不思議よね、先輩も来たときはこんな場所があるとは思わなかったんだって。
いったい、いつからこの場所は存在していたのかしらね」
「さぁ・・・どうでしょうかね」
「それとね、本当に不思議なのは。ここでおしゃべりしていると、本当に気持ちが
楽になるところなのよ。まぁ、気のせいと言われればそれまでかもしれないけどね」
「わかってるんじゃないですか・・・」
言って、自然と笑っていた私は言われたように、なんだか気持ちが少し楽になっていた
気がした。花に囲まれ、花の匂いに包まれて張り詰めていた気持ちが少しずつ緩んでいき
やがては、全身の力が程よく抜けて苦手だった先輩としばしの談話を楽しんでいた。
でも、そんな時間もずっと続くことはなく。無限に光を発していた空も徐々に光が
乏しくなっていき、遠くからチャイムの音が木霊するのを私の耳に入っていった。
それは、先輩の方も同じだったようで。
「そろそろ戻らないとね」
「・・・そうですね」
その言葉に、自分でも不思議で少しだけ名残惜しいと思えたのだった。その後に言葉が
続いていたのを聞いて、私は本来の問題を思い出した。
「じゃあ、そろそろ本題に戻らないとね」
「はい・・・」
「私もついていくから、がんばって」
「はい?」
たぶんこの人に何を言っても無駄だと思って、あからさまに嫌そうな溜息を漏らすと
先輩は楽しそうに微笑んでいたのだった。試しに遠慮しますとはっきり言っても
いいからいいからと華麗に流されてしまった。
だけど、急かす割には私の意志を尊重しているのか、早く行かせるようなことは
しない。私のことをジッとみていて、私が立ち上がるタイミングを確認してから
後ろからついてくるだけなのだ。
チャイムが鳴ってちょうど授業の時間が終わっているせいか、辺りで生徒達が
おしゃべりをしながら賑わっているのが見えた。見つかりづらい場所から出てきた
せいか、私と澤田先輩が草むらから出てきても誰にも気づかれることがなかった。
それだけの生徒達がいるのだから、運が良いというか、運が悪いというか。
もめていた上級生と私はバッタリと会ってしまった。私の顔を見るにつれ、
すぐに険しい表情を作る上級生の方々。
後ろで見ている澤田先輩はただ、私の動向を見ているといった具合である。
まずは自分自身でやれることをやってみろ、ということだろうか。
もしや、出来ることから逃げているのがわかってのことなのだろうか。
だとしたら、本当に彼女はエスパーなのかもしれないな。
私は真剣な面持ちで怒っているような警戒しているような、そんな堅くなっている
先輩方の目の前までゆっくりと歩いていって、人生でほとんど謝ったことなんかない
私が二人の前で大きく上半身を勢いよく曲げて吐き捨てるように言い放った。
「先ほどはすみませんでした・・・!」
すると少しの間、沈黙が流れ、何も聞こえてこない私は恐る恐る顔を上げると
先輩達は複雑そうな表情をしながら、言葉を詰まらせながらこう私に話してきた。
「あぁ・・・私達もくだらないことで因縁つけて悪かったよ・・・」
「え・・・?」
怒っていたはずの先輩方は私を・・・いや、正確には私の後ろに視線を向けてから
今度は本音を混じらせながら向こうも苦笑しながら、ごめん。と謝ってくれた。
どういうことなのだろう、後ろを見やるとニコニコと、胡散臭い笑顔を私に向けながら
見ている澤田先輩の姿があった。腕なんか組んじゃってもう・・・。
溜息を吐きながら私は先輩に問いかけた。
「なんか、無言で圧力でもかけました?」
生徒会の人と仲が良さそうだから、同級生や更なる上級生からは知らない人は
いないだろうと思い、睨みを後ろで利かせていたのではないかと思っていたのだが。
「私一人がそんなことできるわけがないじゃない」
と、手をひらひらさせながら誤魔化された。いや、本当のことなのかもしれないが、
そういう力を持っていてもおかしくない立場であるからして・・・。あれ、どっちだ?
混乱する私の肩に先輩は手を乗せてきた。
「どちらにしろ、和解できてよかったじゃない」
「はぁ・・・」
あれが気持ちよく和解ができたように見えるというのなら先輩はとんだ節穴の持ち主
かもしれないな。と、心の中で毒つくと、私の顔を覗き込んできた先輩の目を見ていると
なんだか全てを見透かされていそうな錯覚をするから、私は慌てて視線を逸らして
先輩に背を向けた。
「でもこれで、もやもやすることもなくなったでしょう。限りある時間は有効に
使わないと勿体無いわ」
「時間って・・・まだ私には3年間も残されているんですよ?」
「3年なんてあっという間。それに、延び延びにしていつか必ず顔を合わせる相手
から一年以上も気まずい思いをするのはまさに時間と神経の無駄遣いってもの」
「まぁ・・・それは・・・」
「よかったね」
「・・・!あんたに言われたくないよ・・・!」
まるで手玉に取られているようで不愉快な私はつい、先輩に少し大きな声で
吐き捨てるように言葉を口から出していた。先輩は少しだけ驚いた顔をしていたが。
「おぉ、元気なのはいいことだ。だけど、これからは挨拶くらいはちゃんとできたほうが
いいね」
「・・・!」
頭に血が上るのがわかった。なんとなくからかわれていると思えた私はこの勢いに
乗じて、げんこつの一つでも見舞ってやろうかと一瞬思ったがやめておいた。
周囲の話によると極端に体が弱くて万が一のことがあって、私に責任が降りかかるのが
嫌だから、ここはグッと堪える。
だが、考えてみると確かに先輩の話を聞いた際に、抱えていた悩みなんて思っていた
よりも呆気なく終わってしまっていたことには微量ながら感謝の意を持った。
満足気に頷く先輩は、私を教室へ送りに行く途中で思い出したかのように呟いた。
「あそこの場所は先生達の公認で公開されているの。わかりにくいけどね」
「はぁ・・・」
「私や貴女のような外部の人間に、心が弱ってきた人のためにあるの。だから、あまり
大きく知らせることができないの。その際には適度にサボっていても多めに見てくれるわ」
前に一度通った道だからだろうか。そういうことをあまり表情に出さずともどこか
楽しそうにしている先輩の姿を見るに、そんな時期があったようには思えなかった。
それは、上級生の余裕ってやつなのだろうか。
「だからといって、無駄にあの場所は使わないように」
「もう、使うつもりなんてないですよ」
「ふ〜ん」
そのつもりで言うが、あまり本気にしない反応をする先輩。でも、あれだけの場所は
ちょっと、叶に見せてあげたい気もするな。あの子もずっとここに来るまでは
ママにべったりだったからね。一回くらいはいいだろう。
そんなことを考えている内に、私の教室の前まで辿り着いていた。微笑みを浮かべて
いた先輩は手を私に軽く振りながら、小声で囁いてきた。
「残りの時間。がんばってね」
「・・・はい」
そこまで言われなくてもわかってるっつうの。でも、苦手で嫌いな人だけど、何だか
今日に限っては少し心強く感じていたから、ちゃんと返事をしてから教室の戸を開いて
中に入る。
その時だ、さっき先輩から視線を外そうとした際に視界の隅ですごく顔が白くなって
いた気がした。もしかしたら、体調を崩しているのだろうか。少しの間考えて再び戸を
開いて廊下を見渡すが澤田先輩の姿はどこにも見当たらなかった。
「どうしたの?」
「あ、叶・・・」
友の不思議な行動に心配してか、後ろから叶の不安そうな声が聞こえたきた。
私は慌てて振り返って叶の顔を見て誤魔化しの言葉を紡いでその場をなんとか凌いだ。
ようやく慣れてきた学園生活も、どこかマンガのような展開をたまに見かけたりすると
驚くものだが、そういうのもひっくるめて慣れてきた。慣れってすごいな。
全ての授業が終わって、生徒達はそれぞれ、早々に見つけた部活に行ったり、まだの
生徒は積極的に見学に行こうと他のつるんでいる生徒達とまとまって行動していたり
していた。
本来なら、叶には体育会系の部活に入って欲しかったし、周りの先輩たちもそう
思ってか勧誘しにきたりしていたが、叶は頑なに拒んでいたのだ。だから、私は不本意
だったが、叶があまりに他の部活に興味を示さないから私から叶に話した。
「行こうか」
「どこに?」
「澤田先輩の・・・なんていうの。同好会?」
「へぇ〜。どうしたの。あんなに毛嫌いしていた先輩の部活動に名畑から言うなんて」
どういう風の吹き回しか、と半ば呆れ、半ば不思議そうに聞いてくるものだから
私はつい口が滑ってサボっていた時間に澤田先輩とある場所で話していたといったら
酷く羨ましがられて、私はそれを小一時間聞かされる羽目になってしまった。
そのせいで、時間があまりなくなってしまったから明日、行くことに二人で決めた。
そのまま荷物を持って学園から出て少し歩いたところにある、寮に辿り着いたら
各々、やることをやって時間を潰していた。
翌日、授業を終わらせて一度案内されただけで道がわかるかなと思ったけど、
異様な記憶力を持った叶が私の腕を掴んで引っ張りまわしてきたのだ。本当に、好き
なんだなと思ったら胸のどこかがチクッと痛んだ。
どうやら、私もこの女学園の性というものを満喫しているようだ。そう思えた。
図書室の隣に存在する、半ば物置場みたいな場所に安っぽい木製のプレートに
創作同好会という名前が記されていて、そこに間違いないと叶はものすごい勢いで
戸を叩いて開けた。
「失礼します!」
人によってはその勢いでその大きい声は本当に失礼なんじゃないかと思った。
私はとりあえず見学だけ、と。しつこく即入部を押し付けてくる叶が鬱陶しいけど
そこだけは譲れずに頑なにしていたら、叶も珍しく折れて、とりあえず見てから
決めよう、ということになったのだ。
「いらっしゃい」
すると、中にいた人たちは一度見たことのある人ばかりだった。まずは部長かと
思われる、澤田雪乃先輩、続いて眼鏡関西弁の羽上瀬南先輩。そして、生徒会2年の
倉持楓先輩だった。倉持先輩は人をからかうこともなく、言葉の使い方が柔らかで
だれにも優しいところから、「学園の聖母」とかなんとか言われてたな。主に一年内で。
声をかけてきたのは澤田先輩だった。すると、前にいた叶ではなく、そのやや横の
後ろにいる私に直接声をかけてきたのだった。
「あれから、お変わりはない?」
「え、ええ。まぁ・・・」
気まずい声を出しながら心の中では心底勘弁してくれと叫んでいた。隣にいる叶の
動きは止まっていて、背後からでも私に対する嫉妬と殺意の念が込められているのが
よくわかってしまう。わかりたくもないのに、わかってしまう辺りが親友として辛い。
「よくいらしたね」
先輩は私と叶の肩を優しく叩いてから背後に回ってから軽く押して部屋の中心に
歩かせると、長テーブルが4つほど、くっつけていて、周囲に古ぼけた木製の本棚が
壁一面に並んでいる。部屋自体が狭いわけではないだろうが、こうも物が密集してると
少々狭苦しさを覚える。
「今日来ることがわかったら、片付けの一つもしてたけど・・・」
「何してもこれらを綺麗にするってのが無茶だと思いますけどぉ?」
「名畑・・・!」
誰が見ても同じことを言うに違いないのだが、先輩に否定的なことを言おうとすると
いちいち叶が大袈裟に止めようとしてくるのがうざい。どうして私とはこうも態度が
あからさまに違うのだろうか。
しかし、ちらかっていたとしても、別に汚いわけではなかった。辺りを見回すと
最低限の整理は常にしてあるみたいで、これだけの書物や紙類があると埃も出やすいはず
だけど、その埃っぽさはほとんど感じることがなかった。
「いやぁ、ごめんね。なんにせよ、正式な部としてと、場所が確保できるまではここで
活動しているのさ」
そして、肝心要の部活動の内容を先輩は苦笑しながら説明を始めた。
「まぁ、難しいことは何一つないよ。ただ、創作活動をして、出来上がった作品を
自分達で楽しんだり、なんだったらフリマやイベントなどで販売展示を目指している。
そんな部よ」
それで、どんなものを作るのかとかを聞いてみたところ「何でもいい」らしい。自分の
好きなジャンルでの創作活動をするのが大事だという。文章が好きな人は詩や小説。
絵が好きな人はイラストやマンガ。形として作りたいという人は縫い物や造形物など。
とにかく、本人達が作りたいものを各々がマイペースに活動するという内容だった。
「ただし、少なくとも個性を出してくれないと困るけどね」
と、先輩はそう言葉を付け足すと満足気に微笑んでいた。その後に執拗な勧誘とか
来るのかと思ったのだが全くそういう行動は見当たらなかったのだ。私としてはまだ
どんなものなのか把握できていないから、あまり乗り気じゃないけど、叶は理解を
しているのかしていないのかが解らない内から、もう目を輝かせて放って置いたら
すぐにでも入部届けを出しに行きそうな勢いである。
「入ろう、名畑!」
「却下」
「えええぇぇ!?どうして?」
「むしろ、何で即入ろうとするかの方が不思議!」
でも入りたくないというのもどこかが違うのだ。だって、見本として見せてくれている
先輩達の創作物を作っている最中を見せてもらっていると、地味ながらにどこか楽しさを
感じるからだ。
そんなに作る側に回ると違うものなのか、そこに私は興味が行ってしまっている。
そんな私と叶に横からニュッと顔を出してきて私達の顔を窺いながら聞いてみる。
「もし、興味が出たら、いつでもおいで」
お試し期間もつけてあげる。先輩の言葉に私は試しだったらいいかな、とか思って
叶もこれまで以上に楽しそうだし、ここで無理やり断って拗ねられても困るから、
私が答えようとしたほぼ同時に叶も全く同じタイミングで口から同じ言葉が
飛び出していた。
『じゃあ、試させてください』
「うん、元気でよろしい」
あまり見せない、澤田先輩の満面の笑みがすごく綺麗で一瞬ドキッとしてしまった。
だが、そんな気持ちを振り切って自分を落ち着かせるも、叶の方は見事にやられて
昇天しかかっているのであった。
こうして、私と叶は学園生活の始めの段階で狭苦しい同好会の仮メンバーとして
体験することになったのだった。果たして、これからどうなることやら、楽しさよりも
不安の方が占めている私なのであった。
続
説明 | ||
過去作より。高校生雪乃編。後輩視点での話。 後輩からの雪乃がどう見えているのか。そんな話。 どうせ同じ学校の生活であるからして、不本意でもすっきりした 方が後々楽しめるということである。 31話【http://www.tinami.com/view/238814】 |
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