とれはん!3 |
「はぁっはぁっ…………ちょっと…………ちょっと、待ってくださいよ。休憩! 休憩、しませんか? いえ、休憩しましょう、お願いします…………」
「またかよ…………これで何度目だ」
呆れた様に言って、しかしエラルドは立ち止まった。依頼人を置いていくわけにもいかないし、そもそも実際、確かに彼女は限界の様だった。
「古代遺跡を探索しようってんだ。もう少し、体力付けとけよ」
言いながら、地面に崩れ落ちた石壁を利用し、依頼人が座れる様に場所を整えてやった。
天井に罅が入りながらも崩落の危険を感じさせないのは、この遺跡が魔術によって手を加えられているからなのだろう。上下左右、壁という壁が淡く発光しているのが良い証拠だった。灯りを灯さないで良いというのは楽だった。
依頼人の名はエルマ・ハッカライネンと言う。魔草学者であり、考古学もかじっているらしい。エラルドと同じく、ヤシャ王国の人間では無い。入国したのもエラルドと同じく、最近の事らしい。とはいえ、エラルドの様に放浪の旅をしているのでは無く、彼女には明確な目的があっての入国らしいのだが。
彼女の目的は、現在彼らが進んでいる古代遺跡の奥に有るのだという。魔草学者であるから、その目的は当然にして魔草なのだが、本当に有るのかどうか、エラルドには疑問だった。なにしろ、その実物を知る者は誰も居ないという事なのだから。どういう事なのかというと、つまりは噂やら伝承やらを頼りにした、恐らくはその古代遺跡に有るのだろうというエルマの推測なのだ。自称では有るが、天才学者であるらしいエルマが色々と調査した結果なのだから信じてあげるべきなのかもしれないが。いや、そもそもエラルドにとっては用心棒としての依頼人なのだから、目的に対して口を挟むべきでは無いのだが。もっと言えば、古代遺跡の探索はトレジャーハンターとしてのエラルドの本分に何ら反するところが無いので、歓迎すべきなのだが。なんというか、天才学者を自称するエルマの能力を、何と無く素直に信じきれないのは、やはりその見た目のせいかもしれない。
年齢は26歳とエラルドよりも年上なのだが、どうも十代半ばの少女にしか視えないのだった。立ち居振る舞いは年齢以上の落ち着きを感じさせられる部分は確かにあるが、もう全体的な見た目が子供っぽいのだ。長く綺麗な銀髪で、大きな三つ網を作っているのもそれに拍車をかけている。せめて髪型をもう少し大人っぽくすれば、あるいは十代後半くらいには視得るかもしれない。
バストサイズのせいもあるかもしれないが。
「ふぅ…………何か、はぁ…………言いましたか?」
「いや、もちろん何でもないし、何も言っていない」
幼く視られるのは慣れているらしいが、洗濯板の様なバストサイズに関してはとても気にしている様なので、下手な事は言わない方が良いだろう。何せ、すでに一度殴られているのだから。殴ったエルマの方が痛がってはいたが。
「体力には、自信が有る方なんですけどね」
エラルドが整理した場所に座り、息を整えた後、エルマはそう言った。
「この様でか?」
からかう様な調子で、エラルドは言った。どうでも良い様な所で憎まれ口を叩くのは、エラルドの悪い癖だ。言われたエルマは頬を膨らまして(こういう所が幼く見えるのだと、忠告してやった方が良いのだろうか)、
「能力者の方と一緒にしないで下さいよ」
「はん…………、悪かったよ」
口だけで謝っておきながら(そもそも本気で言ったわけでは無いのだ)、エラルドは確かに、エルマの体力が並で無い事を理解していた。能力者でも無い、それも普段は文字通り日陰に暮らしている学者にしては、大したものだと。訓練された兵士並だ。だからこそ、ある程度のペースを維持して進めているのだった。仮に、彼女が一般女性並みの体力だったならば、昨日の段階で、既にこの計画は頓挫しているだろう。
そう、都市インドゥから、馬で数日かかる場所にあるこの古代遺跡内部の探索を始めて、既に丸一日以上が経過していた。既に十数qは進んでいるはずだが、一向に終わりは見えない。どうやら、特殊な魔術が空間を歪めている様だ。古代の実験場の様なものだったらしいその遺跡は、罠こそ全ての動作が切断されていたが、空間を歪めている魔術の効力は、この遺跡そのものを構成する石壁のそれと同様、終わっていないらしい。
「机に座ってる事も多いですけど、私はフィールドワークも多いですからね。普段から体力づくりを欠かしていないんです」
笑顔でそんな事を言ってはいるが、疲労が色濃く見える。無理も無い。罠こそ無かったが、魔獣の巣窟になっていたのだから。一撃で上半身の全てを持っていかれるような怪物が、狭い通路を、時には広い広場を、群れを成して襲ってくる恐怖は耐え難いものだろう。エラルドが悉くを撃退しているため、当然エルマに怪我は無いが、襲われたというストレスそのものは消える事は無いのだろう。
…………奥に進むに連れて、魔獣の数が徐々に減少している様な気はしたが。
「でも、負けてられません! ここにある魔草が、伝説のエリキシル剤を作る材料になるかもしれないんですから!」
どれ程の重症であっても、それを飲めばたちどころに完治する。不治の病であろうとも、それを飲めばたちどころに完治する。エリキシル剤とはそういうものだった。もちろん伝説上の存在ではあるのだが、魔草学者だけでは無く、魔術学者の間でも、生涯の目標にしている者は少なくない。
「名前が『呪いの花』だろ? とても霊薬エリキシル剤の材料になるとは思えねぇがな」
「その名前も、文献の作者が付けただけですから、基本的にはやはりただの魔草ですよ。だから、見つけたら私が新しい名前を付けます」
どんな魔草にしろ、始まりは一つ。そして、それぞれの種に進化していったのだ。種毎に系統分けする事は可能に決まっている。
『呪いの花』などというものが、ここに存在するかどうかも怪しいものだが。という言葉を飲み込んで、エラルドは続けた。
「それにしても対した熱意だぜ。王国が権利を放棄する様な古代遺跡だ。 わざわざ自分で来るか? 俺に任せて、後は宿で休んでりゃ良いものを」
「それに関しては、たぶん貴方達の様な方々と、同じだと思いますよ?」
「あん?」
「どうしても欲しいものが有ったら、まず自分の手で確認したいじゃないですか」
そう言われると、返す言葉も無いのだった。伊達や酔狂でトレジャーハンターなど名乗っていない。そもそも、古代遺跡の発掘は危険があまりにも大きいので、能力者で無いと勤まらないため、その数は、本当に数えるほどしか居ないのだが。それでも、その数えるほどしかいない彼等は、もちろんエラルドも、場合によっては命を懸けてでも、古代遺跡の奥に眠る『何か』を世界で初めて自分が眼にしたい。あるいは手にしたい。好奇心の塊が、エラルドの原動力になる。
好奇心は猫を殺すと言うが、必ず死ぬなどと誰が言ったか。
呪いの花に関する噂や伝説、資料等はとても少ないらしい。エルマがそれに関する文献を、自分の国の研究室で発見したのも偶然だったらしい。その文献にしても、呪いの花に関して書かれている訳では無い。それは何十年も前のとある魔術学者が記した、エリキシル剤に関する記述であり、呪いの花はその一説に少し出てくるだけで有ったという。魔術学者は自分の研究を秘匿するために、自作の暗号でメモやレポートを書くことがほとんどであるため、全部を解読するには長い時を要求される。その文献も、エルマが解読出来たのは全体の5%程でしか無く、それが呪いの花に関する記述だったという訳だ。現在、探索している古代遺跡にそれが生息しているという記述も、そこにあった。
そしてヤシャ王国へ入国し、色々と情報が得られるかと期待していたエルマだったが、呪いの花に関する噂は全く得られなかったのだという。
「呪いの花には、他の魔草と比べても、それ単体でとても不思議な効果が有ったという事です」
「そりゃあ『呪い』なんて付いてる魔草だからな。よっぽど強烈でえげつない効果でも有ったんだろうよ」
先ほどの休憩から、すでに数時間。未だ遺跡の最奥には到達しない。あれから、何度も休憩を繰り返し、時には魔獣と戦い、時には面白い物を見つけたりしながら(エルマにしても、珍しい魔草の発見が有ったようで、その時ばかりは疲れが吹き飛んだような風だった)。
「いいえ、逆です。…………いえ、逆と言うのは間違いなのかもしれませんが。それを乾燥させ、炒って煮出し、お茶にして飲む事で、爆発的な魔力の増加がみられたそうなのです。普通の人間が能力者の様に振舞えたとか」
「…………そりゃあ、とんでもねぇ話だ。戦争屋やテロ屋が好みそうな話だな。…………幸いにして、そんな話を聞いた覚えがねぇって事は、薬効が安定しなかったって事だろうが」
エラルドの言葉に、エルマは頷いた。
「文献にはそこまで書いて有りませんでしたが、そういう事なのでしょうね。副作用もあったのかもしれません。扱いが難しいとか、採取が難しいとも書いてありましたし」
採取が難しい、というのはエラルドには実感としてよく伝わる話だった。奥に進むにつれて見なくなったが、ヤシャ王国から遺跡発掘に訪れたと思われると白骨死体の痕跡が、これまでの道中で至る所に見当たったからだ。エルマは気が付いていないだろうが。そもそも、魔獣の量が異常だった。この間、峡谷で仕留めたエンケラドス級の魔獣が跋扈している。これでは少数精鋭での遺跡発掘しか望めないが、ヤシャ王国が抱えている能力者の数では、発掘困難な遺跡に回すには足りないのだろう。
ともあれ、呪いの花と呼ばれるものがこの遺跡の最奥に存在し、且つそれを採取出来れば、全てでは無いにしろある程度の疑問が解決するのではないか。本当に、存在すればの話だが。
ここに至っても未だエラルドはその存在を有る程度は疑っていたが、突如、在ると確信した。
正確には呪いの花が在る、という事では無い。
何かが在る、という確信だ。
そこは広いホールの様な場所で、端から端まで数十メートルはあるかと思われた。模様付きの大きな円柱が、建物を支える柱として規則正しく配置されていた。奥には巨大な扉がある。
思わず足を止めたエラルドを見て、エルマはまた魔獣が現れたのかと身体を硬直させた様だが、違う。
ホールの奥から漂う、ただならぬ気配が、エラルドの足を止めたのだ。正確には巨大な扉の向こう側から、だが。エルマは感じていないらしいが、エラルドは納得していた。先程から魔獣が姿を見せなくなっている理由に。その理由が正にこれだ。近寄り難い、ただならぬ気配。それを察知して、魔獣達はある一定以上の距離を取っているのだろう。その距離の取り方には個体差が有る様だが。
どうするか、とエラルドは迷った。あの奥に何かが有るのは確実で、それがエルマの目的そのものだったとして、このまま進むべきかどうか。
答えはすぐに出た。
当然、進む。何かが起ころうとも、どうにかする自信がエラルドにはあった。当然、エルマを護りながらでも、だ。
立ち止まった理由を説明しなかったが、エルマもその様子に何かを感じたのだろう。緊張している様に見えた。
そしてホールの奥にある、巨大な扉の前へ立ち、ゆっくりとその扉に力をかける。数トンはあろうかというその扉が鈍い音を立て、大量の埃を巻き上げて、開いていく。開いた瞬間に、エラルドは強い圧力の様なものを感じたが、やはりエルマには感じられないようだった。
扉が開いて、眼の前に広がっていたのは先程のホールの倍は有りそうな、大きな部屋だった。作り自体は同じ様なものだったが。
異なる所と言えば、奥に扉が無い事と(隠し扉が無いなら、どうやらここが最奥らしい)、天井に空いた小さな穴。そして、ホールの真ん中、扉から数十メートル先に群生した花。
天井に空いた穴が、花に光を与えているらしい。ただ見る分には、美しい光景と言えない事も、無い。しかし、その周囲には…………。
「あれが…………そうか?」
花。呪いの花。エルマが訳した文献通りに、遺跡の最奥に花があった。と、すれば、アレが呪いの花、という事になるのだろう。
「す、凄い! 本当にあ…………」
エルマはその光景にやや呆然とし、しかしすぐに我に返り、その花へと走り出そうとして、しかしエラルドの腕に阻まれた。
「エラルドさん? ちょっと、邪魔ですよ!」
抗議するエルマだったが、エラルドの様子に眼を見開いて押し黙った。エラルドは全身の冷や汗が止まらなかった。
「エルマ…………お前、自分の靴、見てみろ」
エルマの靴は、その先端が溶けて無くなっていた。驚いて、彼女は一歩下がって、そしてその理由がおそらくは呪いの花にあるのだと理解して、彼女もゾッとした様だった。
「あの花…………恐ろしい量の魔力を垂れ流してやがる。お前、後一歩進んでたら体中がグズグズになって死んでたぜ」
魔力は生命の源と言われている。
だが、多すぎても毒にしかならない。ある一定以上になると、その濃度だけで死んでしまうほどに。
エラルドならあの花畑まで行って、花を摘み取って来ることも可能だろうが…………あんなものを持って外へ出れば、それだけで大量殺人犯だ。
「…………帰りましょう。呪いの花と呼ばれるものが、確かに存在して、それがどういうものなのかが分かっただけでも、収穫です」
言いながら、しかしその顔には悔しさが滲んでいた。
「あの魔草に、新しい名前を付けてみるか?」
エラルドが問うと、エルマは『分かっているくせに』と、自嘲気味に微笑んだ。
「あんな物はもう、魔草などではありません。ただ、呪いの花としか…………」
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サブタイトル『呪いの花』 小説で男と女、両方が出るっていうのを久しぶりに描いた気がします。 |
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