SEASON 10.決別の季節(3/?)
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 時計が時を刻む音だけが、この静まりかえった部屋に響く。

自分1人だけなら全然気にするものではないのだが、今この部屋には俺以外にもう1人いる。

「なぁ、唯、そろそろ帰った方がいいんじゃないか? 竜祈達も帰っちゃってるし、遅くなると危なしさ。俺、途中まで送るよ」

立ち上がる俺につられる事無く唯は黙り込み体育座りのまま、じっと一点だけを見つめている。

唯を送るために立った俺は、これでは意味もなく立ちあがった少年……。

「んんっ、喉が渇いたな。お茶でも飲もうかなっと」

ごまかしきれるとは思ってない、っというよりはごまかす気もあまりない。

 

 部屋から出ようとドアを開けようとしたが

「―――ねぇ、慶……」

か細い声が俺の手を止めた。

振り返ると唯は膝に口を当て、さっきよりも小さくなっている。

「なんだよ、もしかして寒いのか? んじゃ、設定温度上げるか」

「なんであんなに熱いのかな?」

「なんだ、暑いのか。なら下げるか」

「羨ましい……単純になれるってどれだけすっきりするんだろう?」

「なんだ? ひっかけ問題だったのか……単純に言葉通りにしないとするなら ―――どういうことだ?」

温度設定のボタンを上げたり下げたりと連打を繰り返す。

「慶も竜祈も拓郎も……里優も円も……自分にすごい素直で思った事をぶつけあえて本当に仲が良くて……」

やっと話している事が部屋の温度ではない事を悟り、唯が何かを悩んでいる事に気付いた。

 

 それもいつもより唯にとっては深刻な悩みなんだと感じる。

何も言わずに台所に向かい冷蔵庫から飲み物を取り出す、そしてそれに少量の砂糖をいれ良くかき混ぜレンジで温める。

「そんなとこで小さくなってないでこっちに来てこいつを飲めよ。どこで聞いたか覚えてないけど落ち着くらしいからさ」

テーブルの上にコップを置いて離れている唯を呼ぶが、唯は動くどころかこちらを見る気配すらみせてくれない。

はぁっと溜め息をついて俺は2人分のコップを持って唯の目の前に座る。

「お前だって俺達と仲いいだろ? 俺達をまとまってるのだって唯のおかげだと思うし、どうしたんだ? 自分だけ仲間はずれみたいな事言って」

こっちの問いかけに唯は無言のまま、時計の音と俺がホットミルクをすする音だけが耳に入る。

コップから出ていた湯気がドンドンなくなっていき、遂にはすっかりと冷めてしまった。

 

 温めなおすために唯の前に置いていたコップを取ろうとすると、唯は俺の手を取った。

「――― 慶、私は貴方が思ってるような人じゃないわ。私はみんなみたいに感情をむき出しにしてないもの。むき出しっていうのは言葉が悪いわね、ストレートに相手に伝えてる、行動してる。それに比べて私はこう言ったらうまくいくはず、こう言えば相手は傷つかないはず、そんな頭のフィルターを通してから話してる。それが思った事と反対の意見だったとしても……ずっと人の目を気にして」

俺の手を掴む唯の手はカタカタと震えている。それはそうだろう、今まで唯が自分の事を、それも自分の深い内面を話すのはなかったのだから。

きっとそれは、唯にとっては誰かに気軽に話せる内容じゃないんだ。

そっと唯の手を外し、コップを持って台所へ向かい、また戻る。

「さっきも言ったけどとりあえず飲めよ。俺が作ったホットミルクは美味いんだぞ」

そっと唯の前にコップを差し出す、それを受け取った手はコップを口へと持ち上げる。

「――― ふぅ、美味しい。ありがとう」

「別に礼を言われるようなことじゃないさ。なぁ、唯。そんなに俺は感情そのままに見えるか?これでも色々考えて話したり行動してるつもりなんだけどな。そりゃ、唯みたいに頭良くないから考える前に言葉に出たりしてるかもしれない、それでもちゃんと相手を気遣ったりはしてるんだぞ」

「このホットミルクも考えて気遣って出したの?」

「いや、それは何も考えてないかな、ただ出した方がいいと思ったからで……もしかしたら考えてたのか? ぬお〜〜〜! わからない!」

頭を抱え悶えながら必死に考えるが、考えてやったのか思ったからやったのかさっぱりとわからない。

そんな俺を見た唯は

「だから慶は自分に素直に見えるのよ」

クスクスと笑い始めた。

 

「私はずっとこうしてきたから何をやっても何を言っても考えてやってて、後から後悔したり偽善な気がしたり、自分ではない自分を作って、自分を護って、自分を偽って、自分を傷つけて……」

唯の目にはどんどん涙が溜まり、それが溢れ落ちそうになる。

それを見た俺は無意識に唯の頭を持ち、顔を自分の胸へと押しつけていた。

一体俺は何をしているんだ、胸の鼓動は強く速くなる一方。

慌てふためく俺の背中に唯の両腕が回る、しっかりと抱きしめられる。

「――― ごめん、少しだけ……少しだけでいいからこうさせていて」

断る理由も見当たらず、何よりもいつの間にか唯を引きよせた手が頭を撫でていた。

 

 正直、俺には唯が何を悩んでいるのかわからなかった。建前や本音を隠すことなんて誰もがやっていることだし、俺はそういう事では悩んだ事がない。

でも、それが苦痛と感じている唯に対して俺はなんて言ってやればいいんだろうか……。

唯が言っている事に賛同してやればいいのか、それとも否定してやればいいのか……。

「俺はお前みたいに頭良くないから、そんなに難しく考えた事ないし悩みを持った事ない。だからお前の力にはなれないよ」

その言葉は唯にとっては期待していた言葉じゃなかったのだろうか、今まで胸に収まっていた顔が上がり涙を溜めた目は弱弱しく俺の目を見据えてくる。

それでも俺は

「羨ましいと思うならそうなればいい、なろうとしなきゃなれるもんもなれない、俺はそう思う。って、それができないから悩んでるんだよな、ははっ、俺、何言ってるんだろうな」

自分でもよくわからない発言に苦笑いを浮かべながら

「でも、これだけは言っておくよ。唯がどんな事を言っても周りの奴らはわからないけど、俺達は唯を受け入れるよ。そりゃ、意見が食い違えば反論するけどな。それと……俺は泣きそうな唯より笑ってる唯の方が好き……なんだけど……な」

涙を拭ってやることしかできなかった

 

 唯は体を起こし、俺の顔をみるとケタケタと笑い始める。

「顔真っ赤にして、よくそんなに恥ずかしい事言えるわね。慶らしくもない、どうしたの?何かあったの?」

自分でもそれはよくわかっている、言っている最中に自分でも何を言っているんだと驚いているのだ。

「べっ、別になんにもないよ。ただ……思った事を言っちまったんだからしょうがないだろ」

それでも納得しない唯はどうして?と悪戯に顔を近づけてくる。

近づけてくる顔はすっかり元気になっていて、何よりも笑っているのが俺は嬉しかった。

っと、いつもならこういう攻防はすぐに止めてくれるはずの唯なのだが

「ねぇねぇ、なんでなんで? ほら、答えなさいよ、慶達はちゃんと受け止めてくれるんでしょ?」

今回に限っては全然引いてくれない。さらに

「俺は泣きそうな唯より笑ってる唯の方が好きなんだけどな」

と、俺の恥ずかしい台詞を真似してくる始末なのである。

 

 これには終始無言を貫いていた俺でも思わず

「すみませんが、唯さん。もう勘弁してくれませんか」

なんとも弱腰な反応をしてしまった。

「そうね、すっきりしたしそろそろ止めてあげようかしら。もう時間も遅いし、私帰るわね」

唯は身支度を終わらすと近くに置いてあったホットミルクを一気に飲み干す。

「ふぅ、美味しい。私が知ってる話だとホットミルクは安眠を促してくれるらしいわよ。私が寝てる間に何をするつもりだったのかしら?」

「なっ、なにもするつもりはないよ!ほら、俺は落ち着くって聞いてたから出した訳でそんな効果があるって知らなかったし」

「わかってるわよ、そんなに慌てなくてもいいじゃない。あっ、慌てるって事は本当は何かあったんじゃない?」

「唯、そろそろ怒るぞ……」

「嘘、冗談よ。ほんっとうに慶をからかうと面白いわね。でもおかげで元気出た、ありがとう」

「いや、俺は何もしてないけど元気出たなら俺も良かったよ。もう真っ暗だし駅まで送るよ」

「ううん、大丈夫。それに1人で歩きたい気分だし」

「そうか、じゃあ気を付けて帰れよ」

「うん、ありがとう。また明日……慶、ちゃんと遅刻しないで来なさいよ」

「わかってるって、起きれたらちゃんと行く」

唯は苦笑いを浮かべながら玄関を締め帰って行った。

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 なかなか暖まらない布団の中でもぞもぞとしながら唯の考え方について考えてみる。

 

 誰だって人の目は気にするものだ。もちろん自分だってそうしている中の1人。

自分の意志とは別な意見、立ち振る舞いをするのは当たり前だと思っている。

でも、唯からしたら俺はそういう事をしていないように見えている。

そりゃ、唯よりかは周りの人間と関わることがないから気を使っているようには見えないだろうし、俺達だけでいる時は言いたい事を言いあっている。

俺達といる時ですら相手の気持ち、考え方を考慮して話している唯にとっては何も考えず単純に自分が思った事を話せる俺達が羨ましいと感じていたんだ。

そもそも、俺達にすら気をつかっていたことに今更気付く俺も俺なのだが。

 

 他の奴らといる時よりは言い争う事もあったから全然気付かない程に今の唯をありのままの唯だと認識していた。

きっとそれは唯は気付いているはず、だから今まで自分を隠して俺達に接していたんだ。

常識と言われる事ばかりを、世の中でいいと言われていることを言い続け、そして俺達が仲良くやっていけるように常に気を張っていてくれたんだ。

それが拓郎と竜祈のやりとりで何かが弾けてしまったんだろう、じゃなきゃ俺にあんな姿をさらしたりしない。

 

 俺達は唯を苦しめてきていたのだろうか?それとも唯はあえて俺達のために苦しんでもいいと思ったのだろうか?

 

「うお、考えすぎて気持ち悪い。唯っていっつもこうだったのかな。俺には耐えられないな」

どちらにせよ苦しいと感じているのであればもういいだろう、せめて俺達の前だけでも。

そう思い、夜も遅くなっていたが一通のメールを作って送信し眠りについた。

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 あの騒動から一週間が経つ。

この一週間の間に拓郎の姿を見た者はいない。

もちろん、俺達は電話をしたりメールを送ったりしてみるが一切連絡が返ってくる事はなかった。

 

「―――拓郎の家に行ってみねぇか?」

夕焼けが差し込む教室に集まっていた俺達、竜祈の発言に俺はすぐに賛同する事は出来なかった。

「メールに書いてあったろ? いつか話すって言っているんだから、今は干渉しない方がいいんじゃないか?」

「ぬっ! 慶兄は拓坊が心配じゃないんだ! 円はこんなに心配してるのに!」

血相を変えた円は俺に近づき腹をポカポカと叩き始める。

「円ちゃん、落ち着いて下さい。慶斗さんは心配してない訳じゃないんですよ〜。拓郎さんが自分で答えを出すまで待ちましょうって言いたいんです〜」

里優は円を宥めるが、円はそれを聞こうともせず俺を叩き続ける。

いつもならちゃんと話を聞く円、里優の声が耳に届かない程に頭の中は怒りで支配されている。

俺の腹を叩く強さもドンドン強くなっていく、それでも俺にダメージにならないのが残念なところだ。

「里優の言う通りだ、拓郎が俺達に秘密にする事って少ないだろ? 俺が拓郎と出会ってから思い出してもほとんどない。竜祈はどうだ?」

「俺は慶斗より付き合いが長い分色々思い出せるけど、それでも大概の事は話してくるからな」

「そうだろ、今回は俺達に言えない様なことなのか、俺達じゃ解決できない事なのかもしれない。だからいつか話すってみんなにメールしたんだと思うんだ」

「そんな事、円だってわかってるよ! わかってるけど心配なんだもん! もう一週間だよ!」

「ほら円、落ち着きなさい。慶が困った顔してるわよ」

円を抱き寄せ制止させる唯、この一週間、ずっと曇った顔をしていた。

「唯、お前は……」

「ぬ〜! こうなったら多数決だよ! 5人だからちゃんと結果出るもん! 拓坊の家に行きたい人、手を挙げて」

頑なに自分の意思を通す円、俺は腕組みをし、絶対に手を挙げない姿勢を見せる。

 

「それじゃ、行くか。唯は拓郎のばあちゃんの家知らなかったよな。みんな俺に着いてこいよ」

結果は行かないが俺1人だけ、唯が行こうと思っていたのが俺には意外だった。

 

 拓郎のおばあさんの家に行く道中、俺はずっと唯が気になっていた。

これから拓郎に会いに行くということもあって、いつもみたいに談笑をしながらという感じではないが、里優が唯に話しかけてもそっけない態度をとっている。

ちゃんと話を聞いて返す唯がそんな態度をとっているのは初めてかもしれない。

一週間前に唯の考え方を聞いている、そんな唯が里優に対してそういう態度をとっているのがなんでなのか気になってしょうがない。

駅についても電車に乗っても唯は変わることなく、里優も変だと気付いて話しかけなくなっていた。

「慶斗さん、唯さんどうしたんですか〜?」

「拓坊も気になるけど、唯姉もなんか変だよね。最近全然笑ってないもんね。絶対におかしいのは円のジョークも笑ってくれない事だよ」

「円のジョークは面白いとは思えないからな。でも、最近全然笑わないし、あんまり話さなくなったよな」

電車に揺られながら俺達はずっと外を眺めている唯を見て不思議に思い始めた。

 

 目的の駅で降りた俺達は竜祈の後に続いて歩く。

心ここにあらずの唯は最後尾を歩き、曲がり角を曲がらず直進したり、段差につまずいたりとらしくない。

心配になり隣を歩き始めた俺にも気付かずにずっと無言で歩き続けた。

一体何を考えているんだろうか、俺は唯を見ながらそればっかりを気にしていた。

「おい、慶斗! 唯! 2人して何してるんだよ。着いたぞ」

竜祈の声で現実に戻される俺と唯。

唯が危なくない様にするために隣を歩いていた意味をすっかりと失くしていた。

 

 2人共通り過ぎていたため、慌てて竜祈達の元へと戻る。

「これから拓郎に会って色々話すんだからぼぉっとしてんじゃねぇぞ」

「悪い、大した事じゃないんだけどちょっと気になる事があってな」

「ごめん……私もちょっと考え事してて……その……ごめん」

竜祈は俺達にやる気がないと見えたのか、深く溜め息をつき、それ以上は何も言わずにチャイム鳴す。

 

 パタパタとスリッパが鳴る音がし引き戸の玄関が開き

「おんや、どちら様ですかね? 拓郎ちゃんのお友達かい?」

腰の曲がった拓郎のあばあさんはにっこりと笑って出てきた。

「お久しぶりです。前に1回だけ来たんですけど覚えてませんか?」

竜祈の問いにおばあさんは竜祈の顔を覗き込み思い出そうとしている。

「あぁ、お腹を壊して家に駆け込んだまではよかったけど、トイレの前で洩らして泣いた、あの時の子かい?」

その言葉を聞いた俺達は一斉に危害なものを見るような眼差しを竜祈に向けた。

里優なんかはさっきまで竜祈の隣にいたのにすぐさま唯の元へと移動するほどひいていた。

「ちょっと待て! それは俺じゃねぇ! 俺が洩らしたのは自分ちだけだ! って……あ〜〜〜!」

拓郎のおばあさんが話したありもしない出来事を否定するつもりが、実際にあった出来事で自ら自分の恥ずかしい過去を晒してしまった竜祈。

穴があったら入りたいと言わんばかりにでかい体を小さくする竜祈の背中を円が優しく叩いて慰める。

「おやおや、人違いだったみたいだね。こっちのお嬢さんはどこかで見た事があったような」

今度は唯の顔を覗き込み始めるがなかなか思い出せないようだ。

「ふむ、私も見ての通りの年寄りだからね〜、思い出せない事が多くて困るわ。あの子ならまだ学校から帰って来てないよ」

てっきり家にいるもんだと思ってた俺達は一瞬驚いたが、すぐに納得する事ができた。

おばあさん達に心配をかけないよう学校に行ったふりをしてどこかでさぼっているんだ。

「最近は帰ってくるのが早くなってきたからもうじき帰ってくるはずね。良かったら拓郎ちゃんの部屋で待っててあげて」

 

 案内されるがままに着いた部屋にはギター、ベース、キーボード、他にも音楽関係の機材や雑誌が所狭しと置かれていた。

「あの子は本当に音楽が好きでね、夜遅くまで楽器を演奏したりしてるんだよ」

机の上には拓郎が書いた楽譜が何枚も積み重なって置いてある。

「お友達とバンドも組んでライヴって言うのかい?発表会みたいなのもやっていて本当に楽しそうやってるよ」

楽譜の近くに立てかけられていた写真入れの中には俺達が知らない人達と拓郎の集合写真。

「でもね、引越しが決まって辞めなくちゃいけなくなったのは可哀相で可哀相で。それこそプロになれるかもって時にこんな事になるなんてね。あの子は趣味でやってるだけだったし、また引越し先でできればいいやって笑ってたけどね」

俺は耳を疑った、そんな話は聞いたことがない、もちろんみんなも驚きを隠せていない。

「あの、引っ越すって……」

「あぁ、お兄ちゃん達はまだ聞いてなかったのかい?あの子の新しい父親が会社を経営してるんだけどね、人も増えてきたみたいで本社を他の場所に移動する事が決まって、私達老夫婦共々引っ越すんだよ」

「いつ頃引っ越されるんですか?」

「そうさね〜、娘夫婦は正月明けに引っ越したんだけど、私達は拓郎ちゃんが春休みを迎えたら行こうかと思ってるよ。引っ越しても拓郎ちゃんと仲良してあげておくれ。どれ、お婆は夕食の支度でもしようかね」

 

 おばあさんが立ち去った後の部屋で俺達は誰1人として声を出すものはいない。

部屋を眺めたり、写真を見たりと各々が好きに行動しながらおばあさんの言葉を整理しているのだろう。

あまりにも唐突に、そして衝撃的な引っ越しと言う言葉。

誰もが簡単には受け入れられずに戸惑いしか生まれていない。

時間だけがただただ過ぎて行く、拓郎が帰ってくる気配はまったくない。

それでも、じっと待っていた俺達だったが日が沈んで真っ暗でずっと静かだった部屋に誰ともなく帰ろうと呟く声が漏れた。

 

 ゆっくりと荷物を持つと誰もが顔を合わさないようにしたを向き、そのまま階段を下りる。

玄関に着くと階段を下りる音に気付いたおばあさんが玄関に出てきた。

「すまないね、もう少ししたら帰ってくるとは思うんだけど。良かったらご飯でも食べていくかい?その間に帰ってくるかもしれんでな」

夕食の誘いを受けるが丁重に断りを入れて拓郎の家を後にした。

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 駅に向かうまでの道のりの中で口を開く者はいない。

そんな中で、駅に着いた所で先頭を歩いていた竜祈が俺達の方を向いた。

「明日……拓郎に会ってくる。何か伝えたい事あるやつは今俺に言ってくれ」

竜祈の理解し難い発言に俺達は顔を見合わせる。

「会ってくるって拓郎の居場所知ってるのか?知ってるならなんで最初から行かないんだ?」

「悪い、ついさっき思い出してな。会ってくるって言っても本当にそこにいるかは確定じゃねぇんだ。もしかしたら会えないかもしれねぇ、だから明日行って確認してくる。もし、そこにいたら色々聞いてくるし、言いたいことを言ってくる。だからそん時の為にお前らの言いたい事、聞かせてくれねぇか?」

「ぬっ、竜兄ずるいよ! 円だって会いたいのに! 円も付いて行くもん!」

「私も心配ですから一緒に行きます。なんで竜祈さんだけで行こうとするんですか?」

「そうよ、私達だって拓郎とは友達……竜祈だけじゃないわ」

「あぁ、それはわかってるよ。でも、学校をさぼる事になるぞ、それでもいいなら俺は構わない」

「俺はさぼるのは慣れてるからいいけど、唯達はそういう訳にはいかないよな。でも、なんでさぼらないといけないんだ?」

「これは完全に個人的な都合だ。この胸につっかえてるのをさっさと処理したいからな。だから朝からそこに行くんだよ」

本当に個人的な都合だ、俺達はその都合に賛成できずに呆然としてしまった。

「おっと、さぼりは駄目だとか言っても無駄だからな、俺はもう決めちまったから予定を変更する気はねぇぞ。一緒に行きたい奴は俺の家に9時ぐらいに来てくれ。時間になったら出発する、んじゃ、またな」

 

 捲し立てるように明日の予定を話した竜祈は1人でさっさと改札口を通りホームへと行ってしまった。

同じ方向に帰る唯と里優は逆方向に向かう俺と円に手を振りながら竜祈を追っていく。

残された俺達も別のホームへと向かう、その間、ずっと円はぬ〜、ぬ〜、と唸っていた。

電車に乗り込み席に座ると

「ねぇ、学校をずる休みすると怒られるよね? いっぱいいっぱい怒られるよね?ぬ〜、円、明日どうしたらいいかな?」

俺にはどうでもいい質問が円から飛んできた。

「どうだろな、俺は常習犯だから教師には何も言われないし、親が家にいないから連絡が入る訳でもないから誰にも怒られない。まぁ、マルちゃんっていう例外はいるけどな。そんなに怒られるのが嫌なら無理してくる事はないさ、何か伝えて欲しい事があるなら俺が言っといてやるぞ」

「ぬ〜、慶兄じゃ相談相手にならないよ。円が行きたいの! だからいい方法が無いか聞きたいのになんで常習犯なのかな〜、もう! 慶兄っ、使えないんだから!」

「使えないくてわるぅございました。さぼるいい方法を聞きたいなら唯か里優が適任だろ。そもそも、行きたいなら行けばいいだろ、自分の事は自分で決めなさい!」

「ぬ〜、お母さんみたいな事言わないでよ! いいもんいいもん、唯姉と里優ちゃんにメールしてからちゃんと決めるもん」

そう息巻いてメールをする円だったが、俺が電車を降りるまで返信が帰ってこず、挙句の果てには

「もう、慶兄どうしよう? 唯姉からも里優ちゃんからも返事こないよ〜。ねぇ、慶兄聞いてる〜?」

夜中に使えないと罵った俺に相談をしてくる始末。

「う〜ん、聞いてるぞ〜。目玉焼きの黄身はやっぱり半熟がいいよな」

「全然聞いてないじゃん! 目玉焼きの話なんてしてないよ! 明日どうすればいいか聞いてるんだよ!」

「そうだよな、黄身を広げてちょっと醤油を垂らして食うと最高なんだよ」

「ぬ〜!慶兄っ、寝ぼけてるの? ボケてるの? 慶兄だとわかりずらいよ……」

「おっ、円か? どうしたこんな時間に……っていつの間に電話出てるんだ俺っ?」

「寝ぼけてたんだね……ほんっとうに慶兄はわかりずらいよ! 円が明日どうすればいいか電話したの」

「メール返ってこなかったのか。ならもう親に正直に事情話したらいいじゃないか? 円の親なら許してくれそうな気がするぞ」

「ぬ〜、他にいい方法見つからないからそうしてみるよ。寝てる時にごめんね、ありがとう」

半分寝ている俺の頭から適当に弾きだされた答えに円はあっさりと納得してくれて安眠を確保できる事に感謝しつつ夢の中へ再突入した。

 

「ぬっ、慶兄〜! おはよう。お母さんに事情を話したら行って来ていいよって言ってくれたよ。さっすが慶兄だね、使える男は一味違うよ」

満面の笑顔を見える円、上手くいったからこんな顔を見せてくるが、これで上手くいってなかったら

「ぬ〜、やっぱり駄目だったよ! まったく、全然使えないんだから!」

っとこんな感じで文句を言ってきたに違いない。

「よう、円。良かったな、唯も里優もなんとか理由つけて来れたみたいだし」

「私は親に何も言われないから最初から問題なかったわよ」

「私は〜、ちょっと怒られました〜。でも、お願いしたらなんとか許してもらえました〜」

「そうか、でもみんな集まれて良かったよ。それにしても今日は寒いな、あぁ寒いな……」

「ぬっ? なんで、みんなお外にいるの? 寒いんだから竜兄の家の中で待ってようよ。円、遅刻しそうだったからおトイレ我慢してきたんだ。もう限界で……あれっ? 慶兄、ドア開かないよ」

 

 寒さに震えるみんなを代表して俺は玄関の前へと進み、そのドアを乱暴に叩く。

「寒いんだよ、竜祈! 何が時間になったら出発するだ! みんなで夢の中に出発する気かよ! こっちは寒さでトイレに出発したいぐらいだ! はっやっく、起きろ〜!」

叩いているドアの向こうから里優からの着信音がずっと鳴り続けているがまったく起きる気配がない。

「そうだよ、竜兄! 円もそろそろ限界だよ〜! 起きなくていいからおトイレに行かせて〜!」

円は郵便ポストから応戦するがまったく効果が無い。

「すみませ〜ん、合鍵は学校に行く時のカバンに入れたままにしてた〜」

さぼるつもりで集まった俺達は私服、さぼる事がこんなにも裏目に出てしまうなんて予想していなかった。

どうにか竜祈に起きてもらいたい、一番効果的なのが里優に教えてもらった耳元で起きてと言う事なのだが、この状況では実践できない。

ものの試しで里優にポストから言ってもらったけど、やっぱり耳元じゃないと駄目だった。

「これじゃ埒があかないな、竜祈を待つにしてもここじゃ寒いからどこかに……あれっ? 唯はどこ行った?」

さっきまで俺達の後ろにいたはずの唯の姿が見当たらない、どこに行ったんだっと思い周りを見渡していると突如として玄関のドアが開いた。

「ほら、円、早くトイレに行きな。里優、竜祈を起こしてくれるかしら?」

 

 突然の事にポカンと口を開け呆然としている俺達の前に唯が平然とした顔で現れた。

何故密室になっているはずの竜祈の部屋から俺達と一緒に外にいた唯が中からでてくるのか問いただしたいところだったが、そんな事をしている余裕はこちらにはない。

「円、トイレ行くなら早く行け! 俺だってずっと我慢してるんだからな」

「アイアイサー、慶兄! 円はこれより突撃致しますでありま〜す」

限界だと言っていた円がわざわざ敬礼をしてから竜祈の家に入って行く様は、トイレの場所がわからずあたふたしている隙に駆けこんでやろうかと思わせるぐらい癇に障った。挙句の果てには

「駄目だよ、レディーが使った後にすぐ入るのはマナー違反、もう少し時間が経ってから入りましょう!」

っと、ドアの前に立ちふさがり、無理やり円をどかそうと試みるが腹をポカポカと叩いて俺の便意を促してきやがる始末。

限界がもうすぐそこまで、意を決して俺は円の体を持ち上げ体を入れ替えた。そして、扉を開ける寸前で後ろから持ち上げられ、ついでにトイレまで奪われてしまった。

「あはは〜、すみませ〜ん慶斗さん。竜祈さんは起きたらすぐにトイレに行かないと落ち着かないって前に言ってました〜」

部屋の奥で申し訳なさそうにしている里優に対して俺は今考えられる最高に恐ろしい質問をしてみようと思う。

「里優さん、それは……大きい方ですか? 小さい方ですか?」

「残念ながら〜、大きい方ですよ〜。それに時間もかかります〜、ですので〜コンビニで借りた方が慶斗さんの為だと思いますよ〜」

悪意があるのかないのかわからないが、満面の笑みで答えてくれた里優に苦笑いを返して玄関を飛び出しコンビニを目指した。

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「いや〜、悪かったな慶斗。まさかお前が便所の順番待ちしてたなんて思わなかったぜ。この辺、スーパーもコンビニも近くになくて困ったんじゃねぇか?」

「じゃねぇか? じゃねぇよ! 土地勘ないとこで必死になって走って探したよ。やっと見つけて用をたしてほっとしたのはいいけど帰り道が分からなくなって焦ったんだからな」

「でも、こうやって便所も行けて帰ってこれたんだから結果オーライだろ! そんなに怒ってないで許してくれよ」

「そっちはいいとしても、時間前にちゃんと俺達は来たのに、時間までに来いって言ってた人間が時間過ぎても寝てたことを俺達は怒ってるんだよ」

「おおっ、そっちか! 悪いな、ちゃんと1回は起きたんだけど寒いからストーブが点くまで待ってたらいつの間にか寝ちまったぜ。みんなも経験あるよな? だから許せ!」

「駄目ですよ~、ちゃんとみなさんに謝らないと〜。寒い中、ずっと待ってたんですからね〜」

「悪いな、みんな。そういえば、どうやって部屋の中に入ったんだ? 玄関は閉まってたんだろ?」

トイレ騒動ですっかりと忘れていたが、締まっていたはずの玄関の鍵が内側から開けられ、ドアが開くとそこに唯がいたんだ。

 

 入れた謎を知っているのは唯だけ、竜祈の質問に答えられるのも唯だけなんだ。

「確かに玄関の鍵はかかってたわね。それどころか、全部の窓の鍵もかかってたわ。だから、出窓を叩いて起こそうと思って叩いてたら、鍵が壊れてるのかしらね? 振動で開いたのよ」

唯の言っている事が理解できず、そんな事が起きるかと試しに外に出て中から鍵をかけてもらい、何回か出窓を叩いていると、カチャッと音をたてて鍵が開いた。

「よくよく思い出すと、起きたら何故か拓郎が家の中にいた事があったな。どうやって入ったか聞いてもピッキングして入ったって言ってたけどこういうことだったのか……中々便利な機能がついてるな、これ」

「便利な機能じゃないですよ〜、ただ壊れてるだけです〜。防犯上、危ないのでちゃんと直してくださいね〜」

「里優がそういうなら直すか……面倒だからセロハンテープでもつけとけばいいだろ。よし、お前ら、そろそろ行くけど準備はできてるのか?」

竜祈のその一言に俺達はその辺にあったぶつけても安全な物を寝巻姿の竜祈へと投げつけ、痛がっている間に竜祈の家を後にした。

 

 後から追いかけてきた竜祈を先頭に山道を歩く。

「ここってマラソンコースよね? このまま歩いて行っても公園があるぐらいじゃない。公園に行くなら戻って違う道から行った方が早い気がするけど」

「別に公園に行くわけじゃねぇよ。おっと、ここだ。足元危ないから気をつけて着いてこいよ」

途中まったく整備されていないけど誰かが歩いた後があり、そこを草木をわけて歩いて行く。

こういう山道を歩いた事がない円は体力的にも辛く、唯に手を引かれてなんとか着いて来るが、ブーツで歩く唯も歩くのが大変そうだ。

「円、おぶってやるよ。そのペースだと竜祈達を見失って迷っちまいそうだし。ほら、あいつ後ろ見ないでどんどん進んでるだろ? 見失ったらどこをどう行っていいかわからなくなる」

「ぬ〜、そうだね。さっきも円のせいで唯姉も転びそうになってたもんね、ありがとう唯姉。慶兄におぶってもらうよ」

おぶってやると言い出してからものの数秒で後悔、いくら円の体重が軽いからと言ってもそれなりに重みはある。

急な傾斜を普通に歩くのでもしんどいのに、わざわざ負荷をかけて登るのだからきつい以外の感想は浮かばない。

「やっぱり、降りようか? 慶兄辛そうだよ」

「大丈夫だよ、これでも昔はスポーツマンだったんだからな」

完全にやせ我慢である、言ってしまった手前、降りてくれ等と口を滑らせても言えない。

これは男のメンツをかけた己との勝負なんだ、あぁ、ささっと負けて楽になりたいところだ。

 

 ようやく着いた目的地はさっきまで草木で覆われた場所と違い開けていて、唯や竜祈、拓郎達の地元が一望できる丘になっていた。

「街の方からは見た事はあったけど、どうやって来るかは知らなかったわ」

「当たり前だろ、ここに来るにはさっき通った道を来るしかないんだからな。整備された道なんかはないからほとんど、いや、俺と拓郎しか知らないと思うぜ」

「なんでこんなとこに来たんだ? 拓郎がここに来てるのか?」

「多分な。ここは拓郎が悩んだり考え事をしたい時に1人で来てるって言ってた場所だからな。もし今回の引越しの事で何かあったんだとしたらここに来てるんじゃないかと思ってな」

 

 確かにここなら考え事をするには調度いいかもしれない、それでも流石にこんな寒い中でここで考え事をする気にはならないだろう。

風を遮ってくれる木もなく、街の方から吹き上げて来る風がものすごく冷たい。

長時間ここに居座るには焚火でもしているか、相当な厚着をしていないと無理な話だ。

 

 そんな推測も崖になっている方へと歩いて行くと裏切られる結果となる。

俺達より先に誰かが歩いた足跡がついていて、その足跡を辿ると人が1人座れるぐらいのスペースだけに雪が積もってなく、その代わりに段ボールが何重にも重ねられて置かれていた。

その周りにはコンビニの袋に入れられた大量の空き缶、これは連日拓郎がここに来ている証拠だ。

それでも辺りを見渡しても拓郎の姿は見当たらない。

見つけたのは段ボールから来た道とは別に歩いて行った足跡だけ。

「竜祈、もうあいつ帰ったんじゃないか? ほら、足跡あっちに向かってるぞ」

「いや、ここから帰る道も通ってきた道しかないはずだ。それにそっちって……まさかっ、あいつ飛び降りたんじゃねぇだろうな」

慌てて走り出した竜祈を追いその場所を見ると、どう見ても崖にしか見えない。

最悪の事態だと竜祈と顔を見合すと、竜祈の顔は青ざめている、自分では確認できないが血の気が引いてくのがわかっているのだから、当然青ざめているに決まっている。

最悪の状況でない事を願いつつ、もう一度下を膝をつき覗き込んで確認すると地面には何も落ちてはいなかった。

ほっとしたのも束の間、肛門に強い衝撃が走った。

 

「「ぎゃ〜〜〜〜すっ!」」

「ヘイ! 刑事のお2人さん、犯人に背中を無防備に見せるなんて殺してくれって言ってるようなもんだよ。思わず僕のマグナムが火を噴いちゃったじゃん」

ケツを押さえながら立ち上がり振り返ると腹を抱えて笑っている拓郎が立っていた。

「たっ、拓郎! お前、こっから飛び降りたんだと思って心配してたんだぞ」

「んっ? 飛び降りたけど、それがどうしたの?」

拓郎の発言に俺と竜祈は雷に打たれたような衝撃を受けた。

「慶斗、俺はたった今、幽霊を見てるらしいぞ。しかも、幽霊に浣腸を喰らう貴重体験まで味わっちまった」

「竜祈、俺もたった今、同じ体験をしたぞ。でも、悲しいかな。大事な友達が幽霊になっちまったよ」

2人で合掌し幽霊・拓郎の成仏をひたすらに願い、そして、今まで楽しかったと伝えた。

「いや、僕、生きてるよ。飛び降りたって言っても上から下まで一気に下りた訳じゃないしさ。ポイントポイントで降りてくと下まですぐ行けるんだよ。ちょっとこれを買いに行ってただけ」

コンビニの袋から取り出したホットコーヒーを投げてきた。

「降りる途中にみんなの姿を見つけて家に帰ろうかと思ったんだけど、ばあちゃんからもう引越しの事聞いたんでしょ? ならいい機会だからちゃんと話そうって思って戻ってきたんだ」

 

説明
拓郎の秘密がわからない事に困惑する俺達・・・真意が全然わからないまま。さらに唯も何かを考えていて・・・
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