EX’S-exceed excessive execution exit- episode1 雨 2
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 A.D.3266/5/27 《アメリカ北部:トーキョー》 AM9:40

 少女は待ちぼうけをくらっていた。

 三日前の午後一時に約束をしていたはずだったが、待ち人はいまだ帰らない。

 待ち人の自宅は都市の南端、道路を挟んだ向かいはガードレールも無く突然に森になってしまうような、住宅街でも最も外縁に建っている。

 この立地は控えめに言ってもあまり良くない。

 住宅街だというのに付近にはリニアレールの駅どころかバス停留所の一つも無く、様々な店舗が立ち並ぶ街の中心部からは距離にして20キロ以上離れており、最も近い駅でも300メートルは歩くだろう。

 もう少し内側に建っていれば、と感じざるを得ない立地だが、そのおかげで地価が安いらしく、この白を基調とした二階建ての一軒家は、ちょっとした家庭菜園がある程度に広い。

 一人暮らしには広いように思うが、元々は一人暮らしではなかったし、それから一人になった理由もある。

 それはさして深い理由でもないが、軽々しく口に出来る理由でもない。

 ・・・少年は、ヴァイスは、唯一の家族を亡くしてしまっているのだから。

 

 彼はお人よしが過ぎるので、度々面倒事に首を突っ込む性質であり、その“また”が起きたのだろう。

 彼は少し長い仕事と言って一ヶ月前に出て、南部のどこかで井戸掘りを手伝っていた。

 そしてこの雨が降ったり止んだりの、実に優柔不断な天気になり始めた五日前。

 ギルド経由で連絡を寄越し、仕事が終わったから何か奢ってくれる、という約束をしておきながらまだ帰らない。

 ヴァイスの身に何かあったとは思えないが、ちょくちょく様子を見に来ているあたり、心配性だな、と待っている側としても自覚はある。

 心配しながらも無事を信じて、リィラ・シューミッツはジーンズにパーカーというテキトーな私服で、健気に幼馴染の帰りを待っている。

 約束の日は少し服装にも気を遣っていたし、薄く化粧もしていたのだが、あまりに遅いので段々とそんな気も起きなくなってしまった。

 トレードマークの二つのリボンも今はしておらず、肩甲骨辺りまでの茶金の髪が、雲の隙間から差す薄い陽を浴びてほんのりと輝いていた。

 長い前髪の下の蒼い瞳には普段の活発な様子は映っておらず、心配と呆れの色が混じったような表情を幼馴染の家に向けている。

 もちろん、本人は自分がそんな表情で一時間以上も立ち尽くしているとは思っていない。

 そんな少女の様子が見咎められないのは、人の往来がほとんど無いことと、リィラの自宅がここから50メートル程度というかなりの近所だからだ。

 しかし、さすがに一時間以上立ち尽くしていれば声もかけられる。

 例えば、ここから三軒隣に住んでいるもう一人の幼馴染とか。

「おりょ。リィラどうしたン?」

 声に振り向くと、ヴァイスに少し遅れて出て行ったきり何の連絡も寄越さなかった、前述のもう一人の幼馴染アンジェリカ・ノーストルの姿があった。

 セーラー服、と形容される衣服の意匠を持つ服が学生のような印象を持たせるが、一昨年ジュニアハイ―――制服はブレザーだった―――を卒業して今はギルド所属のフリーランダーである。

 一つ年下だが幼馴染の縁もあって後輩という感覚は無い。

 ふわりと外にはねた、短めに抑えられた髪についた葉を取ってやると、リィラは自分の目線より少し低い頭頂部に軽いデコピンをくれた。

 力は全然こめていなかったから、「あぃたっ」などという反応はデコピンに対する条件反射でしかなく、両手で額を押さえて「おぉぅ・・・、ここまでか・・・ガクッ」と苦悶を訴えながら膝を突く演技にもちょっとしたボケ以外の意味は無い。

「あんたこそ連絡一つ寄越さないでどうしてたの。依頼主さんから完了の連絡来てんのにいつまでも帰ってこないで」

 リィラがツッコミをいれてくれないだろうということを察してか、膝についた砂を払うと、くるくると回転しながら飛び上がり、着地と同時に何事も無かったように向き合うと、とぼけるような苦笑を浮かべて「いやぁ」と頭を掻いている。

 その様子を見て「またか」と、呆れ顔になる。

 実はアンジェリカもまた、方向性は違うものの、ヴァイスと同じように“また”がある人物だった。

 『トレジャーハント』。

 つまりは宝探しが趣味で、そのために何日にもなる寄り道をして来たということだ。

 事情を理解してもらったのだと解った幼馴染は、直ぐ目の前に建つ家に振り向き「それでさ」と最初に立ち返る。

「どうかしたの?」

 主語も何もを投げ飛ばして出てきた言葉でも、長年の付き合いというものは意味も意図も理解できるもので、アンジェリカはこの家の住人、つまいはヴァイス・クローディアがどうかしたのかと聞いているわけだ。

「アンジェには連絡行ってないでしょ? というか行きようが無かったはず」

 首をかしげて「何の?」と言いたげな顔を向けられ、やっぱりと思う。

「あいつ、帰ったら何か奢ってくれるって言ったのに、約束の日から三日経っても帰ってこないの」

 苛立っているのを隠しもせずに言ったが、アンジェリカは愚痴を聞かされて嫌な気持ちになったという表情はせず、むしろ少し驚いたように振り向いて「え? リィラにだけ?」と心底残念そうな表情をしたと思えば「あ、まさか」と何かに気がついたように、今度はからかうような目を向けてくる。

 その挙動の示す意味も直ぐに理解するが、しかし肩を落として溜息をつく。

アンジェリカは予想がはずれたらしいその様子にまた首をかしげた。

「ギルドに連絡があったの。電話取ったのは花凪(かな)ちゃんで、みんなに奢ってくれるって話」

 “みんな”を強調し、僅かに怒りも込めて言い放つ。

「・・・アイツ、ここまで来るとそろそろブッ飛ばしたくなるね」

「サクラも、一度お説教しないといけないかもしれませんね、とか言ってた…」

 ここにはいない友人のものまねをして、その評価も無く二人は同時に溜息をついた。

「・・・家、入ろっか」

 アンジェリカがポケットから取り出したのは少年の家の鍵だった。

ストラップ代わりにバイクのブレーキレバーがぶら下がっているのが特徴で、実にシュールだ。

「え?! なんでアンジェが、そそそ、それ?!」

「仕事行く時に、留守の間の掃除とか頼む、って言われて預かっただけ。ケド、あたしもその後仕事で出ちゃったからさ」

 リィラが驚いたのはもっともだが、実際は大した理由でもなかった。

 指を軸に鍵をくるくると回しながら玄関に向かい、ちらりと家庭菜園へ眼を向ける。

 最初からアンジェリカの世話を期待していない、という意図が見える雑草しかない小さな畑が、静かに草を揺らしていた。

(アレは面倒だし放っておこう)

「・・・っつーワケで、掃除手伝って?」

 鍵を扉の横の壁にある穴に鎖し込み、電子音とロックが解除された音が同時に鳴る。扉が開いたことを確認して、鍵はリィラに投げ渡した。

 少し不安そうにしていたリィラの表情に安堵が浮かんだかと思うと、何かに気づいて「ちょっと待って」と当たり前のように家に入って行こうとしているアンジェリカを呼び止める。

「それってつまり、一ヶ月分の掃除を今からするってこと? 二人で?」

「そうだよ」

 それがさも当たり前のことのように答え、アンジェリカは下駄箱から取り出したスリッパに履き替えて家に上がっていった。

 フローリングに足跡が残るほどに溜まった埃を見て、頭を抱えて空を仰ぎ見る。

 少し前までは晴れていた空には雲が少しずつ厚くなって、また一雨降るのだろうと思わせた。

(っていうか、ヴァイスのほうが先に帰ってきてたらどうするつもりだったんだろ・・・)

 何も考えていなかったに違いない、と諦めて、アンジェリカの後を追った。

 

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 結論から言えば、二人で一か月分の掃除をすることは諦めた。

 まとまったゴミらしいゴミは無かったが、家中埃まみれできりがなく、応援を二人呼んで夕方までになんとか終えた。

「・・・さすがに堪えたね」

「・・・サクラとカノンには、今度何か奢らないと」

 応援に呼んだ二人が帰り、まだなんとなく埃っぽいリビングには、天井を仰ぎ見るようにして気力尽きたリィラとアンジェリカが残されていた。

 掃除の邪魔になると、リィラの頭はいつものポニーテールになっていた。

 サクラとカノンが買ってきてくれていたジュースも飲み干し、当然ながら冷蔵庫の中は空。

 一応保存のきくものを買って入れておくべきと思うのだが、疲れ果てた二人はソファから立ち上がろうともしない。

「帰って来ないねー・・・」

「うん・・・」

 まともな会話をする気力も無いのか、こんなやりとりばかりがすでに数度も繰り返されていた。

 だが、アンジェリカはいい加減それを断ち切って、話したいことがあった。

 話さなければならないならないことがあった。

「・・・ねぇ、リィラ」

「何?・・・」

 リィラはそれまでと同じようなテンションで返したが、アンジェリカの口調が少し変わったことには気づいただろう。

 お互い体勢を改めずに、だが確かな空気の緊張を感じていた。

「ヴァイスってさ」

 ヴァイスの名前を出した瞬間、リィラが身体を強張らせた、ように見えた。

 それはおそらく、リィラの不安。

 そして、リィラとはおそらく違った意味での、アンジェリカの不安。

 アナログの時計でもあれば、コツコツという音も耳を突いていたかもしれない、そんな静寂がリビングを支配していく。

「・・・こないだ誕生日だったよね」

「・・・」

 それはあさっての方向だった。

 完全に予想外で、完全に思考の外で、それはもう思っていたこととは全然違う話だった。

 ヴァイスのことだけど、そうじゃない、もっと別の話だと思っていた。

「なんも用意してないケド、大丈夫だよね? ヴァイスだし」

 忘れていたわけではなかった。

 いや、忘れていたけど、忘れていなかった。

 当日には帰ってこないことがわかっていたし、約束の日には手作りクッキーとかを用意してはいた。

 だが今は何も無い。

 ヴァイス本人は祝ってもらえなくても、たぶん何とも思わないだろう。

むしろ、自分で忘れていてもおかしくはない。

「ヴァイスが大丈夫でも、あたしが大丈夫じゃなぁーい!」

「だ、だよねー」

 立ち上がって、悲鳴ともとれる叫びをあげるリィラに、アンジェリカは少し驚いたが、ま、当然といえば当然だとも思った。

 仕方ない、と立ち上がったそのとき、玄関の外から覚えのある声が聞こえてきたことに気づいた。

 リィラはいまだ悲鳴を上げていて気づいた様子はない。

(・・・ゴメン、リィラ。遅かったみたい)

 出迎えのために玄関に向かいながら、悲痛なBGVのことは無視するしかない、と諦めた。

 

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「もう降ろしなさいって言ってるでしょ!」

「そういうわけにはいかない、って何度も言ってるだろ?」

 背負われた少女は必死に抵抗しているが、消耗しきった体力では、その必死もたいしたことはない。

「今使える分の魔力は全部、痛み止めに使ってるんだろ。歩けるわけないだろうが」

「わたしをそんな低くみないで。それともなに? まだ子供扱いしてるの?」

 そんなこと言ってないだろう、とは言わなかった。

 治療するほどの魔力が無く、痛み止めしか出来ないくせに歩けるわけがない。

 言いはしないが、年齢はともかく中身は外見通り、だと思っているのはアリッサの言うとおりで間違いない。

 負けず嫌いで意地っ張りなのは性格なのだろうが、自分を大人だと主張するのなら、自分の身体のことぐらいはちゃんと理解してほしい。

「もう玄関そこなんだし、もうちょっとだけ我慢してくれ」

 唇を尖らせて頬を膨らます仕草も、大人とはかけ離れているように思うが、嫌々でも我慢してもらえるなら、今はそれでいい。

 玄関やリビングに明かりが点いているのを確認し、なにやら覚えのある声が漏れていることに、なんとなく安心を感じつつ扉に手を伸ばしたところで、それは内側から開いた。

「おかえり」

 現れたちょっと頭の弱そうな、明るい笑顔の少女の姿に懐かしさを感じ、リビングから聞こえる騒がしいぐらいの声に苦笑しつつ、ヴァイスは自分の居場所に帰ってきたことを改めて自覚した。

 

 

「ただいま」

 

 

 少女が待ちわびた少年は、約束から丸一日以上遅刻して、ようやく帰った。

 これから訪れる、避けられない“未来の選択肢”を背負って。

 

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 ―――おまけ的なもの:1―――

 

サクラ「あれ? 私の出番は無いんですか?」

 最初は出すつもりだったんだケド、まだ何話かキャラ紹介を兼ねた回をやることにしたから。

 なにより動きがあんまり無いのに三人も出すと、ただでさえ今回短めなのに、駄弁ってるだけの台詞だらけ、になりそうだったから、すまんね。

サクラ「それなら仕方ないですけど、・・・ちょっとガッカリです」

雪斗「サクラちゃん…、俺達は名前すら出てないんだけど? いわゆる主人公の親友ポジのはずだよね、俺」

月乃「アナタのような愚兄はこのままフェードアウトすればいいと思うわ」

花凪「お、お姉ちゃん!? それはさすがにお兄ちゃんが可哀想だよ〜!」

 実は大きく書き直している部分があってね。

 リィラとアンジェが、ヴァイスの周囲の恋愛事情を話す内容だったんだケド、そのときは月乃と花凪の名前は出してたんだよ。

 さすがにその流れで雪斗の名前は出せなかったけど。

雪斗「…オゥ…、確かに、そんな流れで名前が出ても背筋が寒いだけだわ」

花凪「そんな流れでお兄ちゃんの名前? ・・・?! え、えと・・・///」

月乃「花凪?! ダメよ! そっちに行ってはダメ!」

 今作にそういう方向性は無いのでご安心を。

 マジで無いからっ!!

 

カノン「ボクも名前だけなんだけど・・・?」

 

 ―――おまけ的なもの:1「終」―――

 

 

説明
オリジナル小説、第2話です。
主人公の幼馴染2人の登場回になります。

↓こちらでも読めます。
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=783709
http://ncode.syosetu.com/n6169z/2/
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