外史異聞譚〜外幕・洛陽ノ壱〜
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≪洛陽/世界視点≫

 

この外史に於ける現在の洛陽は、正史とは異なり後漢王朝の王都として非常に安定した状態にある

 

これは後宮を持つ王朝の必然でもあり悪習ともいえる宦官を一挙に排斥できた事と、外戚がほぼ駆逐されているという点に因る部分が非常に大きい

 

偶然ながら、今の後宮は徳川幕府における大奥のような体制を構築しており、実際の政治に関して後宮が政治から完全に切り離されているという、ある種理想的な状態であるからだ

 

もっとも、今上帝がいまだ成婚しておらず、本格的な後宮を構築していない、という点も大きいのだが

 

この事は市井の民に下劣な噂を助長する大きな要因ともなっているのだが、漢室は敢えて大度を示し、それを公に語らない限りは黙認を示している

 

今までとは全く異なる漢室の寛容と、董仲穎が相国として敷く施政は漢室の基準に沿ったものではあるが十分に民衆の事を考慮したものであり、大多数の民衆には好意をもって受け入れられている

 

このような中でまず漢室が着手したのは、牧や太守・相といった内朝機構の整備である

 

先の袁家動乱の要因がこれらの官吏機構が機能していない点にあると判断した漢室は、袁家動乱に先する形で発生した官匪宦官の大虐殺から生き残った官吏の中から身辺が清潔であると判断された人物を登用、それらを中原地域の牧や太守・相に任じる事で諸侯の監視を徹底する道を選択したのである

 

また、西園八校尉を正式に漢室守護として任じ、名を改め“禁軍”とし、その将軍を相国が兼ねる事で内外に漢室の復権と董仲穎がその腹心であると喧伝する事になる

 

これらの行動を天譴軍は積極的に支持、漢室もその伝統を損なわない形で天譴軍の施政手法を取り入れる事で、この両者の蜜月を示している

 

 

この状況にあって八面六臂とも獅子奮迅ともいえる活躍を見せているのは大尉である賈文和だ

 

彼女はその軍権を事実上放棄し、実質上は三公を兼ねる事で内政にその手腕を存分に発揮している

彼女が特に力を入れたのは、洛陽と長安を結ぶ大街道の建設と、商業港を兼ねた巨大な軍港の建設である

この動きは交州の曹孟徳や幽州の公孫伯珪には遅れるものであったが、大陸の南北で持ち上がる気運に乗じた、非常に適切なものである

同様に、今上帝の提案による医療衛生福祉に関する事柄を導入し、霊帝に続き儒学者を厚遇する令を発して学問を奨励、より積極的に儒教の研究を推進していく

また、当時としては画期的ともいえる牛馬の生産を産業として指示し、現代で言うところの牧場の雛形を洛陽南部の森林地帯に構築した

牛馬を選択したのは、それが高価で貴重なものであった事も要因ではあるが、特に馬に関しての生産技術や知識を有していたからであろう

農業に関しては黄河の肥沃な土地を利用し、特に麦と豆の生産を奨励している

 

これらの基礎は漢中から齎されたものではあるが、それを漢室の伝統に添いながらも革新的とも言える取り組みと融合させた政治手腕は見事の一言に尽きる

この地が漢室のお膝元という事もあり、屯田制のような開墾開拓に兵馬を用いる必要がなかった事も有利に働いていると言える

 

これらの緩やかではあるが革新的な事業の数々を支えているのが、車騎将軍・呂奉先と驃騎将軍・張文遠、そして中軍師・陳公台の三名である

禁軍指揮官としての性格を持つ、現在の漢室の軍権の頂点に位置する彼女達は、その精強さを余すところなく諸侯に見せつけた

元々が無類の武勇を誇る将軍達と、戦術に於いてはなまなかな人物の追随を許さない中軍師が指揮監督し鍛え上げた軍である

 

彼女達が中原を駆け巡り匪賊盗賊の類を容赦なく踏み潰す事で、中原の治安は劇的に改善されたと言っていいだろう

 

漢室が送り込んだ官吏もその期待に十分に応えており、その安定度は漢中に次ぐものといえる

否、その支配領域を考慮に入れれば、大陸一と言っても過言ではない

 

 

とは言え、そんな漢室にも不安材料は存在する

 

それは、既得権益を奪われる形となった旧来の貴族諸侯や豪族達の存在である

 

助命され立場を安堵されたとはいえ、そんな彼らにしてみればこの状況が面白かろうはずもない

 

表に出せぬからこそ、負の感情は澱み、よりその濁りと粘度を増していくものだ

 

 

故に、これもまた必然であったと言えるだろう

 

 

洛陽を中心とした中原もまた、戦乱という名の台風からは逃れる事はできなかったのだ

 

 

 

これもまた、後漢というひとつの時代が抱えていた膿が吹き出したものなのだと言えるのかも知れない

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≪洛陽/賈文和視点≫

 

「おかえり霞

 漢中はどうだった?」

 

ボクは、漢中で何があったのかは既に早馬で聞き及んでいる

それでも敢えて聞いたのは、霞と久々に軽口を叩きたかったからかも知れない

 

最初に漢中で刺客による襲撃事件に巻き込まれたと聞いた時には心臓が止まるかと思ったし、月なんか本当に卒倒しちゃったし、ねねなんか叫びながら部屋中を走り回ってた

恋はまあ………

みなまで言わせないで頂戴

 

あ、誤解のないように言っておくと、ボク達は陛下と殿下に対して正式に真名を捧げる事で漢室への忠義を誓っている

だから、陛下達の前でも、他に人がいなければ真名でみんなを呼んでるって訳

 

そして、やっぱりと言うかなんというか、霞は“もう堪忍してください”という顔でげんなりと肩を落とした

 

「いや、確かに色々とおもろかったのも確かなんやけど、ウチはもうええわ…」

 

霞のこの顔をを見て大笑いしているのは陛下だったりする

 

「朕としてはあと三月は漢中にいたかったところではあるがな

 いや、得難いものであった」

 

うん、まあ…

陛下の機嫌がいいのはいいことなんだけど、殿下がなんか困ったような顔をしてるってことは、色々と無茶苦茶だったんだろうなあ…

 

「それはよかったです

 でも陛下、もうこんな事はこれっきりですからね?

 本当に心配したんですから」

 

そう嗜める月の言う事は本当で、実のところ、陛下達のお姿を見るまでボク達は生きた心地がしてなかった

あの恋の食欲が落ちたって言えば、どれだけ心配してたか理解もできようというものだ

 

「………………漢中のごはん、おいしかった?」

 

コクンと首を傾げて尋ねる恋だけど、アンタが最初に聞くのはやっぱりそれなのね

まあ、らしいっちゃらしいけどさ

 

すると何故か、漢中に行っていた三人の顔がものすごく微妙なものになる

 

「うむ……

 朕としては宮中では絶対に食せぬ珍味に与れた、というところではあるが…」

 

「………僕はできればもういいかな」

 

「ウチはまあ、酒は口に合ったんやけど、飯はなあ……」

 

口々にそう呟く陛下達に、更に小首を傾げる恋

当然、この反応にボクや月、ねねも首を傾げたんだけど、聞いていくうちにその理由がはっきりした

はっきりしたんだけど…

 

「………なにそれ!

 ばっかじゃないの!!」

 

思わずそう叫んだボクは間違ってないと思う

いくら陛下が「同じものが食べたい」と言ったからって、限度ってもんがあるでしょうが、限度が!

どんな阿呆だって、いくらそう言われたからって、他に何もないならともかくとしてよ!?

 

仮にも漢帝国の頂点に立つ陛下に、一汁一菜、しかも雑穀粥と蕪ばっかり食わせるとか、頭おかしいんじゃないの!!

 

叫んだ後で肩で息をするボクだけど、流石に今回は誰もそれを咎めたりしない

 

そりゃ当然ってもんでしょ!

 

まったく…

おかしいにも程があるってもんだわよ

 

とまあ、こんな感じで陛下や殿下、霞の漢中での話を聞いて、ボク達は怒ったり笑ったり青くなったりしてたんだけど、いよいよと言うべきか、ようやくと言うべきか、会話は次第に軍議の様相を帯びてくる

 

「………てまあ、そんな訳でな

 ウチの独断やったのは謝るけど、劉玄徳がしくじったら、ウチらでその尻拭かなならんねん

 他に選択肢もなかったしなあ…」

 

「それは同席していた朕も保証しよう

 あの場で霞がそれを言い出さなければ、天譴軍から要請されたであろうからな

 そうなれば、結果は同じでも印象がまるで異なる

 朕が朕としてあの場にいたのであれば、やはり同じようにしたであろうからな」

 

なるほどねえ…

劉玄徳って話に聞いてはいたけど、甘ちゃんを通り越してそこまでいくんだ

血筋上は陛下の叔母にあたるって事だし、これは後で陛下に家系図を調べてもらう必要はあるかもね

 

「へう…

 それは仕方がないのでいいんですけど、その“橋渡し”の条件はどのようなものになりそうですか?」

 

陛下はこれに難しい顔をする

 

「そうであるな……

 恐らくは、洛陽や長安にて戦奴として連れてきている羌族の開放、を言い出してくるであろうな」

 

陛下が難しい顔をするのも当然で、これは霞達と同行した兵に頼んでやってもらった事なんだけど、写本が認められている内容の書物はとことんこっちに送ってもらっている

他はどうか知らないけど、ボク達が最優先したのは天譴軍の“律”についてだった

 

これを漢室の律と比較した場合、彼らがとれる奴隷開放政策は、ボク達には不可能だという点がはっきりしているのだ

 

彼らはかなり強引な手法を導入し、それに対する不満を五斗米道と生活の安定を盾に民衆に飲み込ませている

 

しかし、様々な慣習を無視したこの“律”は、ボク達には選択できないのだ

 

つまり、劉玄徳の言葉を受け入れるのであれば、ボク達は大量の労働力を彼女にくれてやる一方で、その低下に苦しむ事になる

まして、これら羌族の奴隷は涼州を荒らした賊でもある

これの開放をするのは、漢室の根本を揺るがす事になりかねない

 

「………………これは無理」

 

恋の端的な一言がそれを明確にしている

と、これを聞いてねねが額に指を当てながら、悩むように呟いた

 

「む〜………

 先の話の中で出てきた事ではありますが、劉玄徳に“買い取って”もらう、という方向はどうでありましょうか?」

 

…ああ、なるほど

それならまだこちらも譲歩のしようがあるわね

 

「絶対に開放できない連中もいるっていうのは大前提だけど、その方法なら確かにこちらの人手不足も補える

 けど…」

 

口篭るボクに、霞がその部分を言い足してくれた

 

「まあ、安くちゅうのは無理やわな

 ぶっちゃけウチらの言い値で支払ってもらわなアカン」

 

この霞の言葉に、難しい顔をしていた陛下が難しい顔のまま呟くように案を提示してくれる

 

「ふむ、ならば漢中から持ち帰った事柄を組み込みつつ、その身代金を前提に租税を下げ、多産を奨励する、というのはどうであろうか」

 

「即時効果が出るものではないですが、先を考えるといいかも知れませんね」

 

月がそう言うと、少し表情を明るくして陛下が殿下の方を見ながら頷く

 

「朕は1〜2年先を考えて動く訳にもゆかぬからな

 漢中を模して治世に励めば、民衆が飢える事もなく増えていく事も可能であろう

 なにより、協に手渡す未来は豊かであって欲しいからな」

 

「姉上…」

『陛下…』

 

口々に呟くボク達に、陛下はもう一度頷いてみせる

 

「なに、道は険しかれど、少なくともその先に何があるのか、指標は既に存在しているのだ

 ならば我が子我が孫の為、今は朕らが苦労しようではないか!」

 

『はい!!』

 

こうしてボク達は、即時天譴軍に使いを出し、彼らが許可する範囲で“写本”を行う官吏を選出して漢中へと送り込む事になった

 

これは一見、手間に見える事なんだけど、空洞化が激しい今の漢室で、有能な官吏を選別育成するための手法としてボクが提案したものだ

 

政治的にははっきりいって、ボク達はいまだ遠く彼らの足元にも及ばない

 

その壁は厚く高く、どこに手をかけてもいいかも判らない状態だ

 

 

でも、例え敵であろうとも、それに学ぶのは恥じるべき事じゃない

 

月を、陛下を、みんなを守るためなら、ボクはなんだってやってみせる

 

 

そしていつか、ヤツらに向かって胸を張って言ってやりたい

 

 

これが、これこそがボク達なんだって

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≪洛陽/呂奉先視点≫

 

恋は、難しい事は考えるのは苦手

 

家族と一緒におなかいっぱいごはんが食べられて、みんなが楽しそうならそれでいいと思う

 

恋は戦うことしかできないけど、それでみんなの役に立っているならとっても嬉しい

 

だから戦う

 

恋は強いから心配いらないのに、月も詠も陛下も、恋が出陣するという時にはいつも心配そうな顔をする

ねねがいつも恋の代わりにいってくれてるように、恋は強いから心配いらないのに

 

でも、それがちょっと嬉しい

 

恋が無事に帰ってくるとみんなは本当に嬉しそうな顔になる

 

それがとっても嬉しい

 

恋が戻ると、セキト達も本当に喜んでくれる

 

すごく嬉しい

 

だから恋は、こんな毎日が続けばいいな、と思ってる

 

 

思ってるんだけど、最近嫌な予感が消えない

 

恋はうまくいえないけど、戦場で弓矢に囲まれているような、そんな感じが最近ずっとしている

 

その事を霞にも言ってみたんだけど、霞はこう答えた

 

「なーに言うとんねん

 最近は洛陽の治安も安定してきたし、ウチらが頼りにしてる官吏のおっさん方はみーんな真面目に仕事してくれとるし、漢中から来る写本の内容なんかでみんなの生活も安定してきとる

 民衆がウチらに怯えたり兵や官吏が横暴を働いたりすることもない

 ええことづくめやないけ」

 

………本当にそうなのかな?

 

最近は昔と違って、恋がお店にいってもみんな笑顔で迎えてくれるし、ねねや詠が色々としてくれるから、お財布を忘れたりしてもきちんとごはんが食べられる

 

ねねに言われたんだけど、お財布を忘れた時でも恋の名前をお店の人に伝えれば、恋のお世話をしてくれてる人が後できちんと払いにいってくれるんだって

セキト達のごはんも、そうやってお店の人がもってきてくれるようになってるので、恋がお家に居なくても心配ないって言ってた

 

恋のお給料で足りてるのかな?

 

今度ねねと詠に聞いてみよう

 

 

話が逸れちゃったね

 

なんていうか、恋が感じてる“これ”は、洛陽の中で感じるものじゃないような気がする

 

狩りに出たとき、恋は息を潜めて得物が来るのを待つんだけど、丁度その立場を反対にしたような、なんかそんな感じ

 

刺客というのとは違うんだけど、恋には上手に説明できないでいる

 

 

ただ、いつまで経っても“これ”が気になるので、一生懸命詠と月に話してみたら、なんか詠はものすごく真剣な顔になった

 

詠のこんな表情は、恋達が洛陽に来たときからずーっとしていた顔で、恋はあんまり好きじゃない

 

でも、多分恋には苦手な事だと思うから、詠に任せるのが一番いいと思った

 

詠に任せておけば安心

 

月も大丈夫だよって言ってくれてるから安心

 

 

だから恋は、今日もおなかいっぱい食べて、家族とお昼寝をする

 

もしもの時は恋が戦う

 

それが恋の仕事

 

霞もいるし、真弓はもう居ないけど、だからこそこれが恋の仕事

 

 

でも、恋のお仕事なんてない方がいい

 

恋は強いから真弓のようにはならないと思うけど、みんなが心配する顔を見るのはやっぱり嫌だから

 

 

だから、この嫌な予感が気のせいだったらいいと思う

 

 

ちくり、とした何かを忘れたくて、恋はセキトを抱きしめてお陽さまがポカポカしている庭で横になる

 

 

これがれんのきのせいでありますように………

説明
拙作の作風が知りたい方は
『http://www.tinami.com/view/315935』
より視読をお願い致します

また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します

当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです

本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」
の二次創作物となります

これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します


その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です

コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール
『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』
機会がありましたら是非ご覧になってください
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コメント
通り(ry の名無しさま>そうですねえ・・・意味がないとまでは言いませんが、楽しくはないでしょうねえ・・・(小笠原 樹)
田吾作さま>まあ、どうなりますことやら(小笠原 樹)
陸奥守さま>劉弁も拠点やらなあかんかなあ、これは(笑)(小笠原 樹)
kuonさま>ない袖は触れませぬ(笑)(小笠原 樹)
恋・・・君が生き残っても皆いなくなったら意味無いもんなぁ・・・・・(通り(ry の七篠権兵衛)
何だか恥知らずな輩が烏丸辺りに情報を流して波乱を起こしそうで怖いですねぇ……呂奉先の野性の勘が外れてくれれば良いのですが。(田吾作)
漢中に三ヶ月は居たいと言う劉弁はかなり変わってるのは出た当初から分かっていたけど、歴代の皇帝やら一般国民やらとは精神構造がかけ離れてるね。いったいどんな育ち方をしたらこうなるやら。(陸奥守)
恋の予感と各外幕で書かれている戦乱の渦…ITSUKIさんのことですからあっと驚く展開を見せてくれると信じてハードルを上げておきますw(kuon)
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