真・恋姫無双〜君を忘れない〜 八十四話
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*注意*

 

 

 

 

 

 

 

 

 この物語は麗羽様と一刀が結ばれる話となっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 紫苑さん以外と一刀くんがいちゃつくのが嫌という方、また本編をさっさと進めろと思っている方にとっては不快な思いをするかもしれませんので、そういう方は進まずに「戻る」を押して下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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斗詩視点

 

「はぁ……」

 

 今日で一体何度目だろう。私の耳に麗羽様の漏らした溜息が聞こえた。そういえば、以前も麗羽様がこうやって何かに悩んでいるときがあったのだけど、それを解消すべく、七乃さんと文ちゃんとで協力して、ご主人様とのおでかけを手伝ったんだ。

 

 事態は好転すると文ちゃんなんかは信じて止まなかったみたいだけど、実際どうかというと、麗羽様の状態は悪化の一途を辿るばかりであったの。今だって、政務中だというのに、その手を止めて窓の外ばかりを見遣っている。

 

 ただでさえ麗羽様は容姿端麗なのだから、そうやって手の甲を顎に添えて、憂鬱な表情を浮かべていると、それだけで絵になってしまうのだけれど、手を止められてしまう程に悩んでいるのだったら、私たちに相談してくれてもいいと思う。

 

 まぁ、相談なんかされなくても、私たちには、何が麗羽様をそこまで思い悩ませているのかは分かっているのだけど。私自身、あれは七乃さんの勘違いというか――七乃さんが楽しく過ごすためにやったのだと思っていたのだけど、どうやら的を射ていたというか、あれがきっかけになってしまったみたい。

 

 まさか、本当に麗羽様がご主人様のことを好きになってしまうなんて思わなかったよ。

 

 いや、誤解を招いてしまいそうだから、訂正させてもらうけど、麗羽様は本当に素敵な人だ。私も文ちゃんもそんな麗羽様だから一生をかけて仕えようと思ったわけだし、七乃さんだって、別に意地悪しようとしてあんなことをしたわけではないの。

 

 だから、麗羽様が誰かのことを想うのならば、私も文ちゃんも嬉しいし、喜んで協力だってするのだけれど、今回ばかりは相手が悪いよ。だって、相手があのご主人様なんだもの。そりゃ、ご主人様も素敵な人で、私を始め益州の将たちはあの人のことを尊敬している。だから、ご主人様と麗羽様が結ばれれば、これほど嬉しいことはないよ。

 

 だけど……。

 

 どうして、ご主人様はあんなに鈍感な人なのだろう。

 

 麗羽様は自分に何の魅力もない女だって決めつけているから、ご主人様が自分に振り向くことはないって思い込んでしまっている。しかも、麗羽様は奥手というか、臆病というか、二人でお出かけして以来、ご主人様と目を合わせるだけで顔を真っ赤にしてしまうんだもの。あんな乙女な麗羽様、一度だって見たことがないよ。

 

 そんな麗羽様の姿を見るだけで、ご主人様に対して尋常ならざる想いを抱えていることくらいは、一目で分かりそうなものだけど、ご主人様ときたら、未だに麗羽様が何に悩んでいるのか見当がついていないみたいで――曹操軍との決戦も間近に控えているということもあるのだろうけど、全く二人の間は進展していない。

 

 麗羽様のために、私も何かしてあげたいとは思うけれど、こういうのは当人たちの問題であって、私たちみたいな外野の人間はそっと陰から見守ってあげるのが良いと思う。そうよ、麗羽様をけしかけたり、ご主人様と無理やりに間を取り持とうなんてしてはいけないのよ――と、思っていたときだった。

 

「おいっ! 斗詩っ!」

 

「文ちゃん……?」

 

 窓から文ちゃんが手を振っていた。小声で怒鳴るだなんて器用な真似をしているのは、麗羽様に気取られないようにするためだと思うけど、文ちゃんは存在自体が目立つ娘だから、麗羽様もとっくに気付いていて、私に行って良いと目で合図してくれた。

 

 私に何の用があるのか――なんて、考える必要もないよ。

 

 だって、以前もこんなことを考えているときに現れたし、しかも、今回に限っては、文ちゃんの横に七乃さんがいるんだもの。普段からニコニコと笑顔を振りまいているけれど、今日は上機嫌なのか本当に楽しそうに微笑んでいる。

 

 そんな顔をする七乃さんが何か悪いことを考えているのは、これまで付き合いでもよく分かっている。どうやら、麗羽様とご主人様の関係を見守るだけでは済みそうにないみたい。麗羽様、ご主人様、ごめんなさい。

 

「どうしたの? 私はまだ政務が――」

 

「そんなことどうでもいいんだよっ! 一大事だっ! そんなもの、後にしろっ!」

 

 麗羽様に一礼してから、文ちゃんの許へと行くと、物凄い剣幕で言葉を制せられてしまった。もう、そんなに怒鳴らなくてもいいのに。どうせ、七乃さんにいろいろあることないこと吹き込まれたに決まっているもの。

 

「斗詩も麗羽様がアニキのことで悩んでいるのは知ってるよな?」

 

「うん、それは知っているけど」

 

「実はな……、大きな声では言えないけど、七乃さんがとんでもない策を思い付いてしまったみたいなんだ。アタイもまだ聞いてないけど、朱里や雛里も驚いて火を噴くくらいの凄さらしいぜ?」

 

 文ちゃん、もう充分に声は大きいよ。

 

 それに朱里ちゃんや雛里ちゃんがいくら驚いたって、さすがに火は噴かないと思うな。

 

「一体どんな策なんですか?」

 

「ふっふっふ……。いいですか? この策は斗詩ちゃんと猪々子ちゃんに知ってもらわないと、大きな誤解を招いてしまいますから、よーく聞いてくださいねー」

 

 七乃さんは実に楽しそうに語りだした。

 

 七乃さんは確かに頭の良い人だから、麗羽様とご主人様をくっ付ける妙案が浮かんだとしても不思議ではないと思う。だけど、それはきっと策の根底には七乃さん自身が充分に楽しむという概念があると思うから、心からは賛同出来ないよ。

 

 でも私がそんなことを言ったとしても、文ちゃんはきっと七乃さんを信用してしまっているし、私も麗羽様が喜ぶのだとしたら、強く反論も出来ない。あぅー、私は一体どうしたらいいのー?

 

「ところで、猪々子ちゃん、麗羽様に足りないものとは何でしょうねー?」

 

「うが? そりゃ、積極性に決まってんじゃん。アタイみたいにいつでもどこでも斗詩に愛情を表現すればいいんだよ。なぁ、斗詩? 好きだぜ? 早く抱かせてくれ」

 

「もぅっ、人前で何言ってるのよぅっ」

 

「そうなんですよねー。そこが肝心なんですよー。だから、私はあることをしようと思うんです」

 

 七乃さんは仰々しく腰に手を添えて胸を張った。そして、私と文ちゃんが一体何をするのだろうかと、じっと七乃さんを凝視するまで充分に時間をかけてから満面の笑みと共にこう言ったのだ。

 

「私が一刀さんに愛の告白をします」

 

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一刀視点

 

 曹操さんとの決戦を控え、皆の準備も既に最終段階へと移行している。

 

 もう間もなく春が訪れる。そうなれば曹操さんは大軍を率いてこちらへと向かうはずだ。おそらく何の通達もないまま進軍を開始することはないと思うから、国境付近の警備体制もそこまで厳重にする必要はないのだけれど、念のため、孫呉の抱える優秀な隠密部隊を散らせている。

 

 嵐の前の静けさというか、ここ数日の江陵は平和そのものだった。民たちも江陵の新体制に少しずつ慣れ始めたようで、以前のような混乱も少なくなってきたし、各地でその噂を聞きつけた商人たちも多くなっている。

 

「そんな穏やかな日に、俺は両膝に二人の絶世の美幼女を乗せ、来たるべく幼女の、幼女による、幼女のための世界を夢見ているのだった」

 

「……おい」

 

「どうしたのじゃ、お前様、口からお前様の思考が漏れているぞ?」

 

「さすがは主様なのじゃ。そんな壮大な世界を作り上げようとするなんて、妾も妻として鼻が高いのじゃ」

 

 そんな穏やかな日に、俺は両膝にフリーダム極まりない二人の幼女を乗せ、来るはずもないそんな世界のことなど露にも思わず、今日も彼女たちに仕事を邪魔させることに頭を抱えつつ、その一方で結局二人のことを怒れないことに諦めを覚えてしまっている。

 

「桜、美羽、勝手に俺の思考を捏造するのを止めて、ついでに俺の膝からもおりてくれ」

 

「そんなことを言っても、余がはいそうですかと従うわけあるまいに」

 

「そうなのじゃ。ここは妾の特等席なのじゃ」

 

「というか、桜は永安にいたんじゃないのか? 美羽だってしばらくの間は江陵の統治で忙しいはずだったろ?」

 

「ふん、せっかく帰ってきたと思ったら、余に挨拶もなしに江陵に戻ったのが腹立たしくて、密かに輸送部隊の荷の中に隠れてきたのじゃ」

 

「妾は久しぶりにお休みをもらったのじゃ。江陵も安定してきた故に、しばらくは小蓮と交代で休暇をもらうことにしたのじゃ」

 

 なるほどね。桜に挨拶していないわけではなく、帰ったときには一番に抱きつかれたし、俺がいなくて寂しかったという愚痴を延々と聞かされたわけなんだが、桜の言う挨拶とはどうせ閨を共にするとかその辺のことだから、深くは訊かないでおこう。

 

 美羽のことに関しても、それならば納得だ。あんなに休むことなく働き続けていたのだから、一日くらいこうしてのんびりと過ごしたところで、誰からも文句を言われないだろうし、寧ろ他の者から休むように進言されたのかもしれない。

 

「それにお前様、お前様の希望通りに美以たちも連れてきておるぞ」

 

「な、何のことだ?」

 

「くく……、余がお前様の考えることくらい分からぬとでも思っておるのか? どうせお前様のことだ、曹操軍との決戦に終止符が打たれ次第、余とあの猫娘たちを美羽の補助役にでもして、政の何たるかを教えたかったのだろう」

 

「む……」

 

「美羽に余、そして孫呉の小娘に猫娘たち、そのような幼子たちに治められるこの江陵が、どうして幼女の、幼女による、幼女のための世界ではないと言うのじゃろうな。存外、さっきの余の言葉は、お前様の願いと合致しておるのではないか?」

 

「むむ……」

 

 俺はぐうの音も出せなかった。桜の鋭い読みが正しくその通りだったからだ。せっかく美羽を統治者として自立させられそうだったから、ついでに桜もと思い、さらには祝融との約束もあり、美以たちもそれに加えようと、俺の頭の中で思い描いていたことだったのだ。

 

 勿論、桜の言う通り、それを実現させてしまえば、江陵を治める者が幼い容姿をした者ばかりになってしまい、精神衛生上あまり良くないような気もしたので、どうしようかと迷っていたのだが、美以たちまで来ているのであれば、実現に向けて何かするべきなのかもしれない。

 

 まぁ、そんな幼女の、幼女による、幼女のための世界なんてものを構築してしまえば、それを指導した俺が本当にロリコンであると誤解されそうなものだが、彼女たちの将来の方が、俺の思わぬ汚名よりも優先するべき事柄なのだろう。

 

 政務が滞ってしまうことはいけないことだし、その分を取り返すのにまた徹夜で頑張らないといけないことは、俺としては億劫なことではあったのだが、久しぶりに美羽と桜と楽しく会話することが出来て、そんな日も良いだろうと思っていた。

 

 そんなときだった。

 

「かーずーとーさんっ」

 

「……え?」

 

「な……な……?」

 

「何……じゃと……?」

 

 俺と美羽と桜が同時に困惑の声を上げた。その理由は誰の目にも明らかで、扉を開けて七乃さんが俺の部屋へと入ってきたかと思えば、まるで語尾に音符やらハートマークやらが、大量に付いていそうな程の親しみを込めて、俺の名を呼んだのだ。そんなこと、これまで起こった例がない。

 

「どどどどどどうしたんですか、七乃さん?」

 

 狼狽えるなという方が無理である。俺の声は完全に裏返り、桜はまるで化け物を見ているかのように目を点にしてしまっている。美羽に関しては、俺に対してそんな態度で接している七乃さんが怖いのか、ガタガタブルブルと震えてしまっている。

 

「もうー、どうしたじゃないですよー。私が一刀さんに会いに来てはいけない理由が何かあるんですかー? 何だか一刀さんには随分と長い間会っていないような気がして、寂しくなっちゃって来ちゃいましたー」

 

 スキップしながら、俺の方に近づくと、膝の上には桜と美羽がいるからなのか、背後からぎゅっと俺のことを抱きしめてきた。七乃さんとは親しく会話することはあっても、こうして触れ合う機会なんてなかったから、初めて嗅ぐ七乃さんの何とも言えない魅惑的な香りに俺の心臓が一際大きな音を奏でた。

 

「貴様っ、七乃っ! 余の旦那様になんという無礼なことをするのじゃっ!」

 

「そうじゃっ! 妾の主様から離れるのじゃっ!」

 

 勿論、そんなことをしてしまえば、さっきまで楽しそうに俺とおしゃべりしていた二人の幼女が激怒するのは当然なわけで、一瞬にして俺の政務室が修羅場となりそうだった。渦中の人物である七乃さんは、そんなことお構いなしといった様子で、ニコニコと楽しそうだった。

 

「あらあら? ここじゃ一刀さんとしっぽり出来そうにないですねー。じゃあ、またときを改めますねー。一刀さん、日が暮れたら中庭で待ってますねー。一刀さんに大切なお話があるんですよー。絶対に来てくださいねー」

 

 それでは――と七乃さんは何もなかったかのように俺の部屋を後にしようとした。しかし、部屋から出ていく直前に、くるりと踵を返したかと思うと、どういうつもりなのか、俺に向かってチュッと投げキッスをしてのけたのだ。

 

 その場に残された俺たち三人はそんな七乃さんを呆然と見送ることしかが出来なかった。

 

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麗羽視点

 

「ふぅ……」

 

 斗詩がわたくしの部屋を後にしてからも、わたしくの溜息は途切れることはありませんでしたわ。きっと斗詩も猪々子もこんなわたくしのことを心配して、今頃は二人で何か相談でもしているに違いありませんわね。こんな不出来な主を持ってしまって、二人も何だか可愛そうですわ。

 

 いくらわたくしが溜息を吐いたところで、それでわたくしの中からもやもやとした感情が消えるわけではありませんのに、しなくてはいけない仕事を放っておいてしまうなんて、わたくしも自分が情けないですわ。ですけど、わたくしは、ここ数日はずっとこんな調子でいるんですわ。

 

「一刀さん……」

 

 あの一刀さんとの『でーと』からもうかなりの時間が経過しているのに、未だにわたくしの脳裏にはあのときの一刀さんの柔らかな笑顔が離れませんでしたの。

 

 一緒に見たあの劇を真剣な眼差しで見つめる凛々しい横顔。少し高級感漂う店で――わたくしは生まれ柄、慣れてはいたのですが、やはり殿方と二人で入るという状況に緊張してしまっているのを、優しく解きほぐしてくれた気配り。そして、酔ってしまったわたくしを介抱してくれた優しさ。

 

 繋いだ手の温もりも、一刀さんの大きな手の感触も、まるで昨日の出来事のように鮮明に思い出せますわ。あの直後はどうしてあんなことをお願いしてしまったのかと、酷く後悔してしまいましたが、今になって思えば、あんな風に一刀さんに甘えて良かったと思いますわ。

 

 しかし、どうしてわたくしはこんなにもあの人のことを考えているのでしょう。

 

 これまで多くの殿方と接してきましたが、こんな風に一人の殿方のことで悩んでいるのは初めての経験で、どうしたらよいのかも分からず――いっそのこと一刀さんに相談しようとも考えたのですが、あの人の顔を見るだけで心臓が信じられないくらいに高鳴りますの。

 

 一刀さんとまた会いたいですわ。

 

 一刀さんとまた楽しく会話したいですわ。

 

 一刀さんとまた手を繋ぎたいですわ。

 

 一刀さんとまた……。

 

 顔が既に紅潮していることは、鏡を見なくても分かりますの。一刀さんのことを考えるだけで、こう、胸の奥がぎゅっと鷲掴みされたみたいに痛くて切なくなって、では、それが一刀さんに実際に会えば解消されるかというと、全く逆の作用をするのですから、本当に困ったものですわ。

 

 自分が一体どうしたいのか分からないなんて、本当にわたくしは何か病を患ってしまったのではないでしょうか。華琳さんとの決戦を控えていて、わたくしは斗詩と猪々子と騎馬隊の大部隊を率いなくてはいけないのですから、早急に治療する必要がありますわ。

 

 しかし、お医者様に何と言えば良いというのでしょう。

 

 ある殿方のことを考えているだけで、胸がとても苦しくなりますわ――なんて、お医者様に言えるはずがありませんわ。しかも、相手が江陵に住む者にも広く知れ渡り始めた一刀さんなんですもの、余計な噂が起こってしまうのは考えものですわ。

 

 ……余計な噂? 

 

 それって一体何ですの? わたしくしは何を気にしているのでしょう? それではまるでわたくしが一刀さんのことを殿方としてお慕いしているみたいでは……。

 

「ななななな何を考えているのでしょうっ!」

 

 思わず机を思い切り叩いてしまい、掌にじんとした痛みを感じてしまいましたわ。もう、わたくしとしたことが、そんなことを考えてしまうなんて。一刀さんのことは、我が君として尊敬しているに過ぎないはずですわ。それは、確かに今も頭の中には一刀さんのことで溢れかえっていますけれど……。

 

 そんなことありませんわ――と、自分に言い聞かせてみても、そのことを意識すれば意識するほど、わたくしの中の一刀さんへのもやもやとした感情は増えるばかりで、そして、顔の火照りも高まっていくような気がしましたわ。

 

「……はぁぅ」

 

 わたくしは一体どうしてしまったのでしょう? 真っ赤に染まった顔からは今にも湯気でも立ち昇りそうな心地がして、その顔を隠すように手で覆っても感じてしまう羞恥心に、わたくしは酷く戸惑うばかりでしたわ。

 

「麗羽姉さまぁぁぁぁっ!!」

 

 そんなときに、わたくしの名を叫びながら、ドタドタと足音荒くこちらへ向かってくる者がいましたわ。美羽さんたら、確か今日は休日をもらっていたはずですが、何かあったのでしょうか。何やら穏やかでないことを察しながらも、彼女が部屋へ飛び込んでくるのを待っていましたわ。

 

「麗羽姉さまっ!!」

 

 部屋に入るなり、いきなりわたくしの胸元に飛び込んできた美羽さん。その瞳は一杯の涙を浮かべていて、今にもそこから大きな雫がぽろりと溢れそうでしたわ。その様子から何か尋常ならざる事態であることを察したわたくしは、彼女の背中をそっと撫でて落ち着くのを待ちましたわ。

 

「……どうかしたんですの? そんなに慌てたら、可愛いお召し物も汚れてしまいますわ」

 

 江陵の政で何か問題が起こったのならば、美羽さんの相談役であるわたくしにも速やかに伝達されるはずですから、その可能性はないと思いますわ。そうなると、美羽さんの個人の問題ということになりますけれど、とにかく話を訊いてみないと分かりませんわね。

 

「ふぇぇ……、七乃が……七乃がぁぁ……」

 

「七乃さんが? どうかいたしましたの?」

 

 何か重い病でも患っているのでしょうか。それとも、何か事故にでも逢ってしまったのでしょうか。美羽さんの言葉に思わずわたくしにも緊張が走りましたわ。しかし、それも次の美羽さんの言葉で吹き飛んでしまいましたわ。

 

「黙っているのでは分かりませんわ。わたくしに出来ることは何でもいたしますから、話していただけないかしら?」

 

 美羽さんのサラサラしている金紗のような髪の毛をそっと撫でながら、優しく語りましたわ。お互いがまだ袁家に属しているときは、袁家の老人たちの見栄と欲でお互いのことを悪く教えられてきましたが、今となっては唯一の従姉妹なのですから、美羽さんのためなら何でもいたしますわ。

 

「実はの……七乃が主様を妾から奪ったのじゃっ! 妾の主様を独り占めにするつもりなのじゃっ!」

 

「……え?」

 

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一刀視点

 

 七乃さんがあんな態度をしてから、桜は興が醒めたと言い残してぱっぱと退散してしまった。美羽はというと、七乃さんの態度に終始怯えていたが、しばらくすると我を取り戻して、どこかへと猛烈なスピードで去ってしまった。

 

 一人になってみると、先ほどの光景が蘇り、思わず背筋にぞくりと寒いものが走った。それくらいの衝撃であり、天変地異の前触れ、世界滅亡の危機ですらないのかと思われたのだ。不吉なんて言葉では飾り尽くせない。

 

 あの態度、そして別れ際の投げキッス、もしかして、七乃さんは俺のことが好きなのか。

 

 俺と会えないのが寂しくて、つい会いに来てしまった――なんて、彼女の言葉が真実であるのであれば、俺に少なからず好意を抱いているということにはならないのだろうか。というか、それ以外あんなことをする理由が見つからない。

 

 いや、待て待て待て。

 

 相手はあの七乃さんだぞ。ある意味では、俺は七乃さんのことを曹操さん以上に恐れているではないか。あの周瑜さんをずっと欺き続け、荊州での激闘においても、まるで何でもないかのように、俺を敵の本陣まで導き、しかも、敵の武器庫やら兵糧庫やらを燃やし尽くすことが出来る相手だ。

 

 俺との契約で美羽を保護する代わりに、俺たちに協力することを約束してくれたが、あの人はまだ本当の力を見せていない気がする。本気を出したら、正直なところ誰も勝てないような不敵な雰囲気を帯びているのだ。

 

 つまり、何が言いたいかというと、あの人には何か考えがあって、敢えて俺にあんなことを言ったのではないかということだ。何か狙いがあって、別に俺のことなんてどうでもいいと思っているのに、ああやって好意があるように見せかけているのではないか。

 

 そもそも、七乃さんは美羽ラブの塊ではないか。

 

 そんな七乃さんが、俺のことを慕っている美羽の嫌がることなんてするだろうか。仮に七乃さんが俺のことを好きだと仮定して――おそらくそんな可能性なんてミジンコほどに小さいものだろうが、美羽の目の前であんな態度はしやしないだろう。

 

 ……まさか、新しいプレイか何かなのか。

 

 俺にあのようなことをすれば、美羽が嫉妬することなんて分かりきっている。そうして、そのショックと嫉妬で狼狽える美羽を見て楽しんでいるのではないだろうか。本来の主従関係であればあり得ないことであるが、あの二人――いや、七乃さんであればあり得ない話ではない。

 

 美羽は単純な性質だから、蜂蜜でもご馳走しながら適当に言い包めることも、七乃さんならば可能であろう。ある程度ほとぼりが冷めてしまえば、こんなことが起こったことなど忘れてしまう可能性だってあるのだ。七乃さんらしい鬼畜なプレイと言えばそうだろう。

 

 まぁ、これは飽く迄も推測の域を脱しないのだから、俺に出来ることは日が暮れたら七乃さんの言っていた中庭に足を運んで、一体どういう経緯があってあんなことをしたのか、その真偽を問い質すことだけだろう。

 

 ……いずれにしろ、あまり良い予感はしないな。

 

 そんなわけで、日が暮れた頃に、俺は七乃さんと約束した場所に向かったのだ。

 

 俺が到着するときには既に七乃さんがそこにいて、まるでデートの約束をした恋人が待ち合わせをしているかのように、俺に向かってぶんぶんと手を振ったのだ。苦笑を漏らしながら、俺はそれに応えた。

 

「すいません、待たせてしまいましたか?」

 

「いーえ、私も来たばかりですよー」

 

 お決まりの台詞を言い合ったことに、俺はまた苦笑せざるを得なかったのだが、それと同時に七乃さんとデートすることを想像して、鼓動が高鳴ってもいた。七乃さんは普通に美人だ。性格や悪巧みが上手そうなところを省けば、見惚れてしまう程に整った容姿をしているのだ。

 

 もしも、本当に七乃さんが俺のことを好きだとしたら――そう考えるだけで、普段通りに七乃さんと接することなんか出来そうになかった。これまでの七乃さんとの楽しかった思い出が走馬灯のように俺の脳裏に浮かんでいた。もしかしたら、俺自身も……。

 

「一刀さん、ほら、見てください。星が綺麗ですよー。お月様もあんなまん丸で、まるで私たちのことを優しく見守ってくれているみたいですねー。あぁ、こんな素敵な夜を一刀さんと過ごせるなんて、なんて私は幸せ者なんでしょう」

 

 ……いや、やっぱりないな。

 

 ドラマのワンシーン、というよりもむしろ舞台とかに近いのだろうか。一つ一つの動作が無駄に大仰で、しかも、台詞自体も臭いものだった。今時――いや、この時代だからその言葉は相応しくないと思うけど、そんなことを言う人間がいるものか。

 

 七乃さんの動作は明らかに演じているものであるのは、俺の目にも明らかだった。しかも、性質が悪いのはその演技自体は驚くほどに上手いものの、演じていることに陶酔していて、見ているこっちが恥ずかしくなるくらいだった。

 

 俺の純情を返してくれ。

 

 兎にも角にも、七乃さんが俺のことを本気で好きではないということが分かり、ホッとしたというか、どこか残念なような非常に複雑な気分であるのだが、それよりも、今は七乃さんが一体何を企んでいるかに注意した方が良いだろう。

 

 この人がこんなことをするなんて、まず俺のことを気遣ってのことではないだろうから、少なくとも俺に得があるようなことではないのは間違いないと思う。

 

 では、一体何を狙っているのか――などと、思っていたときだ。

 

「あら? 意外と早かったですねー」

 

 七乃さんがぼそりと呟いたのだ。俺にも聞こえるかどうかの大きさであったが、俺の背後に何かを見つけたように、そう言ったのだ。その声に反応して、俺も彼女の見つめる方へ視点を向けるために振り返ると,予想外の人物がそこにいた。

 

「……麗羽さん?」

 

 そこには麗羽さんがいたのだ。

 

 俺と目が合うと、不自然に俺と目を逸らそうとするために顔を背けたが、その表情には何故か強い困惑の色が映っていた。見てはいけないものを見てしまったときのような驚きと共に、そうあって欲しくなかったという諦観がすぐに見て取れたのだった。

 

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麗羽視点

 

 わたくしはここに来てどうしたいのでしょう。

 

 美羽さんから話を聞いて、急いで中庭に来てしまいましたわ。美羽さんが激しく取り乱していたように、七乃さんがそんなことをするなんて自分でも信じることが出来ず、何かの間違いではないかと――七乃さんのいつもの悪ふざけなのではないかと、自分に言い聞かせていましたわ。

 

 美羽さんを何とか落ち着かせたわたくしは、何故か二人のことが気になって仕方なくなり、日が落ちるくらいまで努めて冷静に政務を片付けようと思っていたのですが、結局中庭へと向かってしまいましたわ。

 

 最初は普通に歩いていたのですが、夜が迫って来ると共にだんだん歩く速度が上がり、最終的には小走りになっていましたの。すれ違う文官たちが一体何事だろうと、こちらに視線を向けるのなんて気にせずに、中庭へ参りましたわ。

 

 わたくしが到着する頃には、既に七乃さんも一刀さんもその場にいましたわ。七乃さんはいつもの笑顔とはまた違う感じで、一刀さんに会えたことを心から喜んでいるようでしたわ。まるで、子供がお祭りを楽しみにしているように、無邪気に笑っていましたの。

 

 ……そうですの。七乃さんは本気ですのね。

 

 その刹那、胸に激痛が走りましたわ。七乃さんが本気で一刀さんのことを好きになってしまったことは、意外ではありましたが、女性である以上は当然のことと思いますわ。一刀さんは素敵な人ですもの、七乃さんが愛してしまうのも頷けますわ。

 

 ですけど、どうしてこんなにも悲しくなっているのでしょう。

 

 一刀さんと楽しそうに話す七乃さんを見ているだけで、胸が締め付けられ、自分が絶望感に苛まれていることがはっきりと分かりますわ。これ以上、七乃さんと一刀さんが仲睦まじくしているところなんて見たくありませんのに、身体がわたくしの言うことを聞いてくれませんわ。

 

 痛くて、悲しくて、切なくて、わたくしはどうしたら良いのでしょう。

 

 一刀さん、わたくしは……。

 

 次の瞬間、くるりと振り向いた七乃さんと目が合ってしまいましたの。そして、それに気付いた一刀さんにまで見られてしまいましたわ。一刀さんにどんな顔で会えば良いのか分からず、視線をすぐに逸らしたものの、このまま黙って去ることも出来ませんでしたわ。

 

「……麗羽さん?」

 

 さっきまで全く動かなかった身体が、今度はわたくしの意志と反して勝手に動き出しましたわ。もしかしたら、これから七乃さんが自分の想いを伝えようとするのかもしれないのに――わたくしは単なるお邪魔虫に過ぎないのに、二人に向かって一歩足を踏み出しましたの。

 

「どうしたんですか? こんなところで?」

 

「……わたくしは」

 

 何でしょう。わたくしは何を言おうとしているのでしょう。早く二人の前から消えなくてはいけないことは承知ですのに、こんなときに何を伝えようとしているのでしょう。

 

「……わたくしは」

 

「え? 何ですか? 声が小さくて聞こえないですよ」

 

 止めなさい。何を言うつもりなんですの。もしも、そんなことを言ってしまえば、きっと二人を困らせてしまう。七乃さんにも嫌われてしまうし、せっかく一刀さんから頂いた恩義にも背いてしまいますわ。ですが……ですが……。

 

「わたくしは一刀さんのことを愛しておりますわ」

 

 はっきりとそう告げてしまいました。わたくしの中に溜まっていた感情が、堰を切ったように溢れ出て、自分が抱いていた一刀さんへの想いの正体が判明したと同時に、それをこの御方へぶつけてしまいました。

 

 しんと辺りを静寂が支配しましたわ。風の囁きも、遠くで聞こえる街の喧騒も、まるで最初からなかったかのような、息をするのも苦しくなる程の静寂。あぁ、とうとうわたくしは踏み越えてはいけない領域に足を入れてしまったのですわ。

 

 家臣として、一刀さんに拾って頂いたこの身の立場すら忘れてしまい、自分の主たる一刀さんに見初めてしまうなんて、あってはいけないことですわ。しかも、七乃さんの想いまで踏み躙ってしまったのですから、もうここにはいられませんわ。

 

 そう思った瞬間、瞳から涙が零れましたわ。どうしてこんなことを言ってしまったのでしょう。わたくしは人として最低な行為をしてしまい、今更涙なんて流したところで、この罪は消えたりしませんわ。償うことすら出来ませんわ。

 

「おやおや」

 

 耳が痛くなりそうな沈黙を破ったのは意外にも七乃さんでした。激しく詰られてしまってもおかしくありませんのに、七乃さんは特に取り乱した様子もなく、わたくしと一刀さんの交互を見つめていました。

 

「これは突然のことで驚きましたねー。さて、一刀さん、先ほどの申し上げたように、一刀さんたちが曹操軍との決戦を行っている間は、私が責任をもって美羽様と江陵をお守りしますので、心配しないでくださいねー」

 

「……え?」

 

 七乃さんが何を言っているのか理解出来ませんでしたわ。江陵と美羽さんをお守りする? 七乃さんはこの場で一刀さんに求愛するのではなかったのでしょうか。それをわたくしが台無しにしてしまったのではないのでしょうか。

 

「それでは、邪魔者はぱっぱと退散しますねー。後は二人で存分に楽しんでください」

 

 七乃さんはそう言い残すと、何事もなかったかのようにその場を後にしてしまいましたわ。状態の呑み込めていないわたくしは、何も言うことが出来ず、ただただ去っていく七乃さんの後姿を見送ることしか出来ませんでした。

 

「麗羽さん……」

 

 七乃さんが去ってしまった以上、その場にはわたくしと一刀さんのみしかおらず、一刀さんはやや当惑そうにしていましたが、わたくしの目をじっと凝視しながら、真剣な表情でそこに立っていましたわ。

 

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一刀視点

 

「それでは、邪魔者はぱっぱと退散しますねー。後は二人で存分に楽しんでください」

 

 そう言って七乃さんは行ってしまった。何の脈絡もない台詞を残し、結局何がしたかったのかは分からなかったが、そんなことよりも、今の俺にはしなくてはいけないことがあったのだ。目の前にいる女性の気持ちに応えるということが。

 

 最初は突然のことで訳が分からなくなってしまったが、七乃さんのいつも通りのテンションに素に戻り、何とか冷静さを取り戻すことが出来た。ゆっくりと深呼吸しながら、麗羽さんの顔を見つめる。

 

 ――わたくしは一刀さんのことを愛しておりますわ。

 

 さっきの言葉が俺の耳に反芻される。

 

「麗羽さん……」

 

 麗羽さんは涙を流していた。どうしてこの場にいるのか、どうしてこのタイミングであんなことを言ったのか、そして、どうしてそんな辛そうな顔をしているのか、分からないことはたくさんある。だけど、そんなものはとるに足らない些細なことだ。

 

 繊細な麗羽さんがその言葉を口にするのにどれだけの覚悟をしたのか。そんな悲しそうな表情をしてまで俺に想いを伝えたことに、一体どれだけの勇気が必要だったのか。想像するのは難しくない。きっと様々なことを呑み込んだ上で言葉に乗せたのだ。

 

 袁本初――麗羽さん。かつては反董卓連合を結成し、月に対して戦を挑んでしまったことを深く悔み、許されない罪であると自らに課した上で、その戦で亡くなった全ての命を背負いながらも、再び俺を助けるために舞台に上がった人物。

 

 普段は誰よりも冷静沈着な物腰で、民のために最良の政を布くことを信条にし、誰からも敬意を抱かれる存在でありながら、一度戦場に舞い降りれば、華麗に舞い踊る戦姫として敵味方を魅了する存在だ。彼女に目を奪われない者は一人だっていない。

 

 俺はそんな麗羽さんに憧れながらも、ずっとその姿を目で追っていたのだ。高嶺の花と知りながら、一緒にデートしたあの日のことは一度だって忘れたことがない。普段の凛とした姿と違う、女性らしい可愛らしさを見せてくれたあの夜のことは。

 

 だから、そんな麗羽さんに好きだと言われたことが純粋に嬉しかった。

 

「俺も麗羽さんのことが好きです」

 

「…………えっ?」

 

 まるで俺からそんなことを言われるとは露にも思っていなかったかのように、麗羽さんは目を丸くしていた。しかし、それは大きな勘違いである。麗羽さんのような華麗で素敵な人から、好意を抱かれることが嬉しくないはずがない。

 

「え、えと……」

 

 麗羽さんは明らかに動揺していた。普段の落ち着きとは正反対のその仕草に、思わず微笑ましさすら覚える。顔を真っ赤にしながら、自分から告白したというのに、酷く狼狽したようにそわそわとしていた。

 

「好きです。俺も麗羽さんのことを愛しています」

 

「え? そんな……わたくしのような――」

 

「麗羽さんのような素敵な人を好きになる理由なんて、いくらでもありますよ」

 

 きっと自分を卑下するようなことを言おうとしていたに違いないので、ちょっと意地悪してあげた。俺から素敵な人だと言われたのが恥ずかしいのか、さらに顔を真っ赤にしながら、あぅあぅと可愛らしく悶えているのが、さらに俺の嗜虐心をくすぐる。

 

 俺は畳み掛けるように、麗羽さんに近づくと、その絹のような美しい髪を指で弄びながら、麗羽さんの耳元で何度も好きだと囁いた。それを聞く度に、麗羽さんはどんどん小さくなっていった。

 

「あの……一刀さん……」

 

「何でしょう?」

 

「ほっ、本当にわたくしでよろしいのですの?」

 

「はい、勿論です」

 

「わたくしは貴方に相応しくない女ですのよ?」

 

「そんなことありません。誰が何と言おうとも、俺は麗羽さんが心から好きなんです」

 

「……嬉しい」

 

 麗羽さんはくしゃっと顔を歪めた。その綺麗な瞳から再び大粒の涙が零れたが、それは嬉し涙なのだろう。少女のようなその泣き笑いに、俺はキュンとしてしまい、そのまま麗羽さんを押し倒したい衝動に駆られたが、こんな場所では無粋だろうと自重した。

 

「あの、もう一つだけよろしいですの?」

 

「はい、何でも言ってください」

 

「わたくしは……その……一刀さんを独占するなんて気はありませんわ。美羽さんのこともありますし」

 

「え? あぁ、はい」

 

 まぁ美羽のことは置いておこう。

 

「で、ですけど……あの……偶にはわたくしのことも可愛がってくださいね」

 

 たったそれだけのことを口にするのも恥ずかしいのか、俺とは決して目を合わせようとしないまま、顔を真っ赤にしてしまう麗羽さんに、どうやら先ほどの自重という考えが一瞬にして消え去ろうとしていた。偶になんてとんでもない。今すぐに可愛がってあげよう。

 

「麗羽さん……っ!」

 

「きゃっ!」

 

 俺は辛抱出来ずに麗羽さんのことを抱きしめた。麗羽さんの柔らかな感触と共に、何とも言えない甘い香りが鼻腔をくすぐり、理性という名の外壁に大穴が開き、そこから一気に音を立てて崩れてしまったのだ。

 

「……いいですか?」

 

 俺は麗羽さんの顎にそっと手を添えて、俺と視線を合わせさせると、目でキスしてもいいかと尋ねた。潤んだ瞳は見ているだけで吸い込まれそうで、今の俺には麗羽さん以外の物が全く映らなかった。

 

「はい……ん」

 

 麗羽さんの返事を聞くや否や、すぐに唇を重ね合わせた。というか、そうしないと俺自身が耐えられそうになかったのだ。麗羽さんとの初めてのキスは――きっと麗羽さんのファーストキスなのだろうが、少しぎこちないながらも、最高のものだった。

 

 しばらくの間口づけを交わし、俺は麗羽さんの頬を伝う涙をそっと拭ってあげた。麗羽さんには涙なんか似合わない――そんなことを思いながらも、すぐにまた唇を合わせるのだった。可愛らしい麗羽さんの姿を目に焼き付けるように、何度も唇を重ねた。

 

-8ページ-

あとがき

 

 第八十四話の投稿です。

 言い訳のコーナーです。

 

 さて、やっとこれで全ての拠点を終了させることが出来ました。長かった。実に長かったです。桃香から始めて、愛紗、月、詠、雪蓮、翠、そして、最後に麗羽様。これだけ長い間拠点を書き続けたのは初めてのことで、さすがに疲れました。

 

 何度も申し上げているように、最初から作者は恋姫たちとのイチャラブが苦手ですので、もしかしたら、これまでの拠点でうんざりしてしまった方もいるかもしれません。その方々には本当に申し訳ない限りで、自分の文才のなさを嘆くばかりです。

 

 しかし、基本的には、作者はせっかく見てくださる方のご意見ですので、作品にそれを反映させたいと思っておりました。これからは通常通りに本編を進めますので、ご理解のほどをよろしくお願いいたします。

 

 さてさて、最後を飾ったのは我らが麗羽様です。

 

 作者の勝手な都合により、原作のキャラを完全に壊してしまったわけですが、作者自身が麗羽様のことを大好きで堪らないので、これまで以上に力を入れたものになってしまいました。いかがだったでしょうか。

 

 一刀くんとのデートからしばらくの間、麗羽様はずっと彼のことで頭が一杯でした。周囲の人間からすれば、麗羽様が一刀くんに惚れてしまったのは明らかなのですが、彼女自身はそれに気付くことなく、ついに正義の使者が動き出したのです。

 

 さすがは七乃さん。実に見事な手腕です(笑)

 

 そんなわけで麗羽様はついに自分の想いに気付くことが出来て、それを一刀くんに伝えることが出来ました。翠と雪蓮はどちらかと言えば甘味が豊富だったので、麗羽様は少しそれを控えめにして、可愛らしい麗羽様を演出してみました。

 

 それが少しでも伝われば今回は成功かなと思います。

 

 さてさてさて、これで拠点が全て終了いたしましたので、次からは本編を進めたいと思うのですが、その前に次回作の別の候補作品の導入編を書きたいと思います。

 

 正月に投稿した作品が、あまり反響がなかったので、そっちは需要が少ないのかなと思い、また物語もちょうど区切りが良いので、タイミング的には良いかなと思います。前回紹介した作品がどシリアスなものだったので、次はちょっとコミカルなものを書く予定です。

 

 その投稿が終わり次第、本編の最終章へと進みたいと思います。

 

 ちなみにこちらの最終章は作者自身もビクビクするほどの超展開を迎える予定ですので、あらかじめ宣言させて頂きます。どのような終端を導こうとも、つまらないと思ったか方は何も言わずに作者を見捨ててください。

 

 さて、深夜まで執筆活動に勤しみ、さすがに限界ですので、今回はこの辺で筆を置かせて頂きたいと思います。

 

 相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。

 

 誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです。

 

説明
第八十四話の投稿です
あのときのデートからしばらくが経ったのだが、麗羽の様子はむしろ悪化していた。溜息の数も多くなり、政務まで滞ってしまう始末だった。そんな状況に頼れる正義の味方が始動したのだった。
これで全ての拠点は終了です。これまでお付き合いして下さった皆様には本当に感謝です。それではどうぞ。

コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます!

一人でもおもしろいと思ってくれたら嬉しいです。
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コメント
陸奥守様 正直なところ、作者も書き続けるのに相当な精神力が必要でした。元々、拠点はシリアスな話が連続しないように作者の休憩として書いていたので、こうもそれが続くとこちらも疲れてしまいますね。しかし、楽しんで頂けたのであれば何よりです。ありがとうございました。(マスター)
summon様 幼女の、幼女による、幼女のための世界、そこに住むことが出来るのは選りすぐりの紳士のみです。最終章は皆様を失望させるのではないかと不安でガクブルですが、終末まで何とか書きたいと思います。(マスター)
骸骨様 本当は七乃さんの素晴らしいところを見せようとしたのですが、完全にこの話の主役である麗羽様をくってしまったので、多少割愛しております。それにも関わらずこの存在感、さすがとしか言いようがありません。(マスター)
山県阿波守景勝様 作者もその意見には全面的に賛同致します。麗羽様のような素敵な女性が恋人であれば、きっと素晴らしい人生を送れるに違いない。あぁ、リアルとは何とも残酷な(ry(マスター)
ちなみに書いとくけど拠点は拠点で面白かったです。最初のコメントは誤解を招きそうだったので。(陸奥守)
はい、先生!江陵に住みた…のしみにしてますね、最終章も。(summon)
読み直してきたけどこの辺りの連続拠点は甘すぎて休みを入れながらでないと読めなかった。これからの本編は辛いのよろしく。(陸奥守)
さすが七乃さん、いい仕事してますねぇwww(量産型第一次強化式骸骨)
すごく可愛いです。こんな恋人が欲しいなあ……(山県阿波守景勝)
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