真・恋姫?無双 〜天下争乱、久遠胡蝶の章〜 第四章 蒼麗再臨   第三話
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―――荒涼たる大地に、大逆の旗は翻る。

正義もなく、大義もなく、忠義もなく……あるのは只、“未来を知るが故の”反骨。

 

 

絶望と希望の果てに行きついた答えは――――――自らの消失。

 

 

ただ一度の理解を依り代に。

ただ一度の救済を依り代に。

 

 

幾千、幾万、幾億と繰り返してきた世界の終着点は、原初たる此処。歪の元凶にして“司馬懿仲達”のハジマリである大地、五丈原。

壊れ果てた理想の行きつく先の、終着なき外史の輪廻を巡りに巡り、そうして漸く得た答え。導きだした結果。

 

 

魂魄の消失。存在の消失。

己に付随する全ての消失。

 

 

それこそが―――それだけが、この身に出来るただ一つの救済。

この身に許された、全てへと捧ぐ事の叶うただ一つの贖罪の術。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刃を抜き去る。

銀閃がギラリと輝き、天頂に浮かぶ弧月の光を浴びて妖しく光る。

 

 

付き従うのは、この世の道連れに選び抜いた膿。

 

ある者は乱世の中で精神を病み、平和を嫌悪する。

ある者は己の分を弁えぬ欲望を抱き、己の栄達のみを望む。

ある者は覇道の中で敵対し、主の心を理解せずに去っていた。

 

 

誰も彼もが、たった一人の勝者に敗れただけで歴史の表舞台から消え去った者ばかり。それらを調略し、或いは甘言を以て引き込んで作り上げた、“形だけの”大軍勢。

しかしその意気は軒昂。各々がその身に宿した欲望を叶える為だけに集ったが故に結束は脆く、そして個々の威勢は天をも衝かん程に猛々しい。

 

 

――――――その全てが、乱世(じぶん)が生み出した被害者でしかないという事を彼は知っていた。

知っていて、その上で彼らを焚きつけて、この乱を起こした。

 

 

誰よりも平和を愛したが故に。

誰よりも親愛を重んじた為に。

 

 

 

 

始まりは、小さな鼓動だった。

ただ“平和な世を作りたい”―――その理想は何時しか、覇道を往く一人の少女を介して彼の目の前に現れ、その道を歩き続ける事が、彼の望みに変わっていた。

 

 

愛した人がいた。

信じた友がいた。

 

 

例え、天秤の片側にそれらが乗ろうと――――――結局、彼は理想を取り続けた。それだけの話。

その為に彼の心は何時しか摩耗していき、気がついた時には、ただ理想を遂行する道具になり変わっていた。

 

 

痛む心を無視し、あぜ道に転がる同朋を置き去りに突き進んだなれの果て。

 

天下を揺るがす程の動脈を刻む男は、そうして生まれ落ちた。

 

 

故に、彼には正義はない。大義も、忠義も、何一つ存在しない。

情に訴えた説得も、金銀財宝を積んだ交渉も、剣戟による恫喝も、何一つ通用しない。

 

その存在は、最早“覇道”に囚われた道具でしかない。道具に心はなく、故に如何な方法を以てしても覇道を遂行する道具を止める術はない。

 

 

 

王は人の心を知らぬ。

覇道を往く中で、王は王たる理想を貫く内に失ったが故に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――つまりは、そういう事だ。

 

口元に浮かんだ弧は歪にして醜悪。

絶望と希望の果てに辿りついた答えは、どうしようもない程に単純極まるものだった。

 

 

 

 

――――――『司馬懿仲達』という名の怪人の正体は、純粋に覇道に憧れただけの子供だったのだ。

 

 

 

 

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崖下に望む無数の旗。

『劉』『曹』『孫』に始まり、『夏候』『関』『超』『張』『甘』『周』―――いずれも劣らぬ傑物、乱世という激動の時代を生き抜いた、未来を紡ぐ者達。

 

 

壮観ですらあるその光景を前にして洩れでた嘲笑は、何処か空寂しく感じた。

 

 

 

どれだけ見渡そうと――――――其処に、“丸に十文字”の旗はない。

 

この世界でただ一人。

この乱世でただ一人。

 

この身が、この存在が―――『司馬達也』も、『司馬懿仲達』も、己を形作る全てが認め許したたった一人の友は、この始端であり終端である世界には、いない。

 

 

北郷一刀は、此処にはいない。

 

 

 

「………………フッ」

 

 

未練がましい感情を一蹴するかの様に、達也は鼻を鳴らした。

 

改めて、崖下に翻る無数の旗を見やる。

 

 

演じるのは悪逆非道の暴君、私欲のままに乱を起こした逆賊。

遍く天下に誅されるべきと断じられる様な、冷徹無情の王。

 

 

故に嗤う。

ただ哂う。

 

全てを見下し、無価値と決めつける様に嘲笑う。

 

 

収めるべき鞘を壊し。

戻るべき道を潰し。

 

 

 

そうして――――――“仲達”はただ一言、告げた。

 

 

「―――全軍、逆落としを以て敵を蹂躙せよ!!」

 

 

終端へと至る、最期の命令。

輪廻の果てに往きついた答え。

 

 

『司馬懿仲達』の覇道の終着地点へと向けて、駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞼の裏を過る光景が、ありもしない記憶を鮮明に映し出す。

其処に知った者はいて、知らぬ者がいて、知る者がいなくて―――華琳と共に歩んできた筈なのに、その世界の“北郷一刀”は関羽や張飛、諸葛亮と共に泰山へと向かっていた。

 

 

立ちはだかるのは、無数を超えた白装束の兵士達。全てに表情がなくただ“駒”の様に戦い、痛みを感じないのか怯む事無く戦い、同朋の死に目もくれずただ戦う。

みんな――華琳や春蘭達ではなく、超雲や馬超といった面々――が開いた道を、俺たちは駆け抜けた。

 

 

――――――そうして、泰山の頂にある社の中で、“二人”と対峙した。

 

 

一人は切れ目に眼鏡が印象的な理知的な、しかし其処に浮かべた表情は酷く歪な笑みしかない男、于吉。

一人はこみ上げる怒りを隠そうともせず、激情のままに憎しみを滾らせた様に爛々と眼をぎらつかせる男、左慈。

 

 

外史の突端を求めて、俺の抹殺を求めて、次なる世界を求めて――――――数多の闘争の最果ての大地に、彼は皆の事を想い浮かべた。

愛紗の事、鈴々の事、朱里の事―――華琳の、蓮華の、星の、翠の、紫苑の――――――多くの、愛する者達の事を。

 

 

そして祈った。新たなる世界の創生を。

そして願った。外史に生きる全ての救済を。

 

そうして外史は、無垢なる祈りを叶え、願いを聞き届け、生まれ変わった。

 

 

境界線の向こう側に佇む、孤独な少年すらも巻き込んで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界を変えた対価に、彼は記憶を奪われた。

変えられた世界の歪みに、少年は囚われた。

 

 

 

―――蹲り、泣きじゃくる幼子の姿が見えた。

父を失い、母を亡くし、たった一人の心の痛みに耐えられず、涙を流し続ける迷い子。

 

 

 

―――膝を衝き、光を失った少年の姿が見えた。

戦禍に全てを奪われ、依る辺を失くして絶望の海にたゆたう、地獄の中に佇む子供。

 

 

 

――――――憎しみが、痛みが、悲しみが、恨みが。全てを無理やりに閉じ込めて、小さな器の中に押し込めて、少年は青年へと成長する。

愛する者と道を別ち、敬する師と袂を分かち、孤独の痛みを知るが故に、それを再び味わう事を恐れるが故に、彼は自ら“独り”となる事を選んだ。

 

 

その最果てに彼は、摩耗しながらも願いを叶えようとしていた彼は、けれど気づいてしまった。

他ならぬ北郷一刀の願いによって、救済される為に。

 

 

 

―――“司馬懿仲達(ぼく)”そのものが、外史を壊す起点だったのではないか。

 

 

 

それに気づいた瞬間、外史は音を立てて壊れた。

 

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外史に生きる者は、“天の御遣い”を除いては己の役目に気づいてはならない。

 

 

外史が外史であり続ける為に定められた、万能の世界のたった一つの不可能。

世界の根幹に位置する“それ”を知ってしまったその瞬間から、既に“天の御遣い”ではなかった彼は“登場人物(ひと)”ではなくなった。

 

 

外史を管理し、制御する者達―――“管理者”の走狗として、表舞台で世界を演出する都合の良い舞台装置に成り果てた。

外史を重ねる毎に心は摩耗し、溢れかえる記憶を幾度となく消され続け、人間でもなく役者でもなく、ただ“司馬懿仲達”として外史の狭間を漂い続ける無名の精神。

 

 

壊れた心が求めた終着点は、破滅。

己を、己を慕う者を、己を害する者を、己を知る者を、知らぬ者を。何もかもを巻き込んだ、世界そのものの崩落。

摂理を無視し、運命に抗った手段で外史そのものを壊して壊して壊し続ける。

 

 

それが、“全てを思い出した”瞬間に彼が望む、最も強い願望。

守るべきモノを全て失い、奪われたが故の、最期の反抗。

 

それは、余りにもあっさりと成功した。何度も、何度も繰り返して、その度に。

敬服した主が、抗い難い強敵が、幾千幾万の兵が慕う王が、実に容易く屍と化す。いっそ滑稽ですらあった。何もかもが、こと“破壊”に関しては自分の想うがまま。

 

 

―――この両の手は、何一つ守れない。只壊す。跡形もなく、微塵も無く、ただ只管に壊し続ける。

 

 

そんな、涙の枯れ果てた精神の行きつく先が“狂気”である事など、実に簡単に想像がつく。

本当に願う事は何一つ叶えず、欲してもいない力ばかりが己の想うがままに与えられる。そんな事に耐えられる程、彼は強くなかった。

 

 

彼は少年なのだ。人を疑う事を嫌い、純なる願いを内に抱き続けた、無垢な幼子。

それが、その願いが外史へと彼を導き、そして余りにも過酷な現実が、彼の心を殺した。

 

 

天の御遣い(しゅじんこう)にもなれず、登場人物(やくしゃ)にもなれず、中途半端な場所で無限に繰り返される精神の摩耗と望まぬ破壊。

心を殺し、感情を殺し……彼という人間を壊さなければ、彼は自分を守れなかった。

 

 

 

 

弱く、脆く、無知で無力で無能で無価値で無意味で――――――

 

余りにも儚い、限りある命だったのだろうか。

 

 

 

 

 

彼は、『司馬懿仲達』は、やがて一つの願いを抱いた。

 

 

 

――――――“どうか、この僕を終わらせて下さい”

 

 

 

世界を壊すこの手を潰して欲しい。

外史を砕くこの脚を折って欲しい。

 

輪廻に抗うこの身を壊して欲しい。

摂理に挑むこの心を砕いて欲しい。

 

 

 

それこそが救い。

それこそが願い。

 

 

最も原初に気づくべきだった、“限りある命”の終着点へと辿りつく事こそが、自分が本当に願うべき祷りだったのだと、余りにも遅く、しかし漸く、彼は気づいた。

 

 

無限に繰り返される幸せを捨てて。

永遠に蘇り続ける生命を放棄して。

 

 

人が人として、限りある生物の一つとして、迎えるべき“終わり”を、彼は求めた。

嘗ての自分がそうであった様に、大いなる意志の前には無力なまま散るしかない只の人間らしい歩みを、彼は欲した。

 

 

そうして、悠久の時を彷徨う中で、彼は漸く見つけたのだ。

 

 

自分を終わらせてくれる存在。

自分を終わらせなかった存在。

 

 

この世界へと誘った張本人―――北郷一刀を。

 

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雨の様に降り注ぐ鏃の中を潜りぬけて、白刃の煌めく雲の如き人の群れを超えて、血みどろの中にその声は響いた。

 

 

“天下の逆賊、司馬懿を討て”

 

 

一人の声はたちまち百人―――千人―――万人へと伝播し、やがて大音声を伴って大軍勢が独りの首を目がけて群がり来る。

 

 

天下が望んだ悪逆。

乱世が生んだ暴君。

世界が呼んだ羅刹。

 

 

この世全ての悪を背負い、この世全ての憎しみを背負い、彼は一人、月の光を浴びる大地に脚立した。

既に自軍の兵士達の姿は一つも見えず、連れてきた者達も皆討ち取られた。

 

 

たった一人、彼は紅く染まった大地に立っていた。

 

 

嘗て絶望に染まり、憎しみを宿していた瞳に映るのは一人の少女。

自らが敬服し、そして裏切りを働いた覇道の主。

 

 

 

“何故、こんな事をしたのだ”

 

 

 

……きっと、彼女は気づいていたのだろう。彼がどうして反乱を起こしたのか。

 

 

国を愛するが故に。

民を愛するが故に。

 

その身を、命を贄として、彼は千年先にまで語り継がれるであろう悪名を轟かせる。

それが、それこそがその身に与えられた天命なのだと、受け入れたから。

 

 

 

“――――――だからこそ、私は貴様を許せない”

 

 

 

天命を受け入れた仲達を、華琳は許さなかった。

己の運命を己の手で決める事を放棄したからこそ、華琳はその考えを認めなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………かくして、この世全ての悪と憎しみを背負った男は、覇王の前に崩れ落ちた。

漢中王と、呉王と、それら三人の王者に付き従う無双の乙女達の『敵』として。

 

 

時代が、乱世が生んだ最後にして最大の巨悪として、彼は死んだ。

 

 

 

 

それが“達也”の物語だ。

人間以上の力を手にしていながら、人間一人にすら戻れなかった男の愚かな末路。

 

 

万能の世界に生きながら無能である事を望んだ、ただの無垢な子供の物語。

 

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―――これより始まるのは、そんな子供の物語。

人以上になれず、人以下になれず、人にすらなれなかった男の物語。

 

 

胡蝶が魅せる、最期の夢物語。

 

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                      故に“私”は今こそ開幕を告げよう。

                     始端の終わりと、終端の始まりの物語を。

 

 

 

 

 

 

説明
今回のお話にて、プロローグは終了です。

次回からは外史世界に飛び込みます。
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