エニグマ 玉響編
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登場人物

 

紅桜(こう、ろう)

性別♀、この物語の主人公

 

脈道命(みゃくどう、めい)

性別♂、今作戦の桜の相棒

 

スプラウト

性別?楼が追っている因縁の敵

 

玉響偏 第一章

 

 ここはとある港街の海沿いに連なる市場。辺りは薄暗く、昼間の賑わいが嘘のように静まり返り、そこはゴーストタウンのような物悲しさが漂う。そんな不安に駆られる空間だった。

 そんな静寂な世界を切り裂くように二つの影が駆け抜ける。

 

「メイ、奴が近くにいるのは確かなのか?」

 疾走するなか私は命に確認をした。

 

「あぁ、普通の人間じゃありえない事だ。二つの重なるような生命反応は間違いなく奴だろう」

 私は一度頷くと、つまさきに力を入れ、ぐっと踏み込んだ。

 私と命は、組織の指示で、最近この町で起きている不可解な不幸の連続について調べていた。

 それがただの偶然なのか、スプラウトが関係している事なのか、それ自体は紙一重の違いでしかなく、今日、ここに来るまではまったくわからなかった。だが

 今ならはっきりとわかる。港町には不釣り合いな新緑の長く伸びた蔓が、壁や地面にいくつも血走っていた。

 それは芽吹きの者【スプラウト】がいる証。そして、居た証

 私と命は、スプラウトを倒すために編成された必要最低限のチーム。

 二人なのにチームなのだから、おかしな話だが、人数が多いとかえって危険との判断で少数精鋭のチームとなっている。

「ん……、気づかれたか?奴が動き出したぞ」

 

「ここまで来れば微かにだが私にもわかる。スピードを上げるぞ」

 私にわかるという事はスプラウトもこちらに気づいたということなのだろう。

 相変わらずのいたちごっこと言うわけだが、見つけたからには逃がしはしない。必ず仕留める。

「了解」

 

 それを合図に私と命は走る速度をまた上げた。

 

 ●

 

 海沿いに並んだ市場通りを駆け抜け、今は簡易な大型倉庫がいくつも並ぶ倉庫街へと突入していた。

 走り続けていた命が突然に、立ち止まると、止まれ!!。奴の動きが止まった。と声をあげた。

 命の制止を聞き、微かに土煙を滲ませながら急停止をかけ、私は、後ろを振り返ると命の瞳を見て頷いた。

(今夜は当たりだ。今日こそこの因縁を断ち切る)

 

「ん、何か言ったか?」

 

「いや、気にしないでくれ、独り言だ」

 どうやら声が洩れてしまっていたようだ。

 

「そうか……、焦るなよ。

 体を統制しろ、心拍数が上がっている」

 

 そう指摘され、初めて自分に対する違和感を感じた。心拍数の上昇により息苦しくも感じられる。

 私は数回、深く呼吸をし、自分を落ち着かせると、すまない。助かる、と続けた。

 

「どうやらあの倉庫に居るようだが、これは、間違いなく待ち伏せだろうな」

 そう言いながら、倉庫の一つを見つめている命。

 私は、その視線を追うようにして目的地を確認する。

 

「作りは単調な倉庫だろうが、外から見えない壁で囲われた空間と言うのはそれだけで未知数で危険だ」

 

 …………

 ……

 

「ん?、何が言いたいんだ」

 

 沈黙の中、静かに歩み寄りながら命は言う。

 

「気をつけろよって事だ」

 そう言うと、私の肩を一度だけ叩いた。

 当たり前の事を当たり前のように言われただけなのだが、フッと自然に笑みがこぼれ、精神状態が安定したような気がした。

 

  脈動 命

 彼の能力は、生命反応の探知と生命活動を少し操れる能力だと聞いている。 彼が言うにはかなり力をセーブしているらしく、その理由は強すぎる力は組織の抹殺対象になりかねないという理由からだそうだ。

 

 今、こんな状況で精神状態が安定しているのも彼の能力のおかげなのかもしれない。

 

「わかった。手筈通り正面からは私が行こう」

 

「了解、俺は上から奇襲させてもらう」

 そう言うと、命は大きな深呼吸を何度かすると、物音をたてないようにして配管や空調機を器用に登っていき。そのまま屋根の上へと消えていった。

 

 命は元々、戦争屋[ビックポケット]の部署で隠密調査をやっていた者だ。その手際の良さはさすがだと思えた。

 

 さてと、私も行くかと、独りごちると隠していた短刀を引き抜き、鍵が破壊され、歪んでしまっている扉の間を縫うようにして中に入っていった。

 中に入ると、この場には似つかわしくないスーツ姿の男が倉庫中央のひらけた空間でうなだれていた。

 男は侵入者に気づくと、ゆっくりとこちらを向き、ブツブツ呟き始める。

 

「誰だぁ〜、誰なんだよぉ〜」

 そう言いながら男は、気味の悪い動きで、力なく近づいてくる。

 

 近寄る男を見据え短刀を構える。スプラウトの気配は間違いなくあいつから発せられている。油断はできない相手だけに緊張の糸を一段と強く引き締める。

 

「教えてくれよぉ、頭の中で声が……、声が、響くんだよぉ〜、奴がぁ来るって、殺しぃに来ぅるってさぁ〜、それにゃさぁ、あんちゃの事なのかぁな〜、教えれてくれよぉ〜」

 そうやって、3メートル程近づいてきた頃だろうか、男が突然声にならない声で叫んだかと思うと、ビクンと一度体を震わせて事切れるかのように倒れた。

 

 警戒してしばらく見ていると男は何事も無かったように立ち上がり、埃を払いながら、ニヤリとした

 

「あははは、久しぶりだねぇ。この前は死ぬかと思ったよ」

 

 起き上がった男の別人のような態度と、おどけたような仕草に確信は現実を捉えた。それらの特徴には見覚えがあり。やはり目の前にいるのはスプラウトなんだと実感した。

 

「消滅したと思っていたんだがな。しぶといやつめ」そう忌々しげに吐き捨てる。

 

「あぁ、怖い怖い、物騒な物持って、物騒な事言うんだからたまらないよねぇ」

 スプラウトは両手を開き、いかにもお手上げだと言いたそうなポーズをとる。

 

「相変わらずふざけた奴だ」

 

「しょうがないじゃないか、久しぶりの再会だ。口も軽くなるってもんだ」

 

「あぁ、そうだな。だが、今日こそ決着をつける」

 

「そんな恐いこと言わないで今を楽しもうじゃないか。そんな物騒なものは捨ててさぁ」

 

 私はニヤリと不適に笑うと、持っていた短刀を放り投げた。

 

 放り投げた短刀が床に落ち、かん高い音を響かせる。

 

「あ〜らら、ほんとに捨て…、」スプラウトがそう言い終わる前に天井が爆音を響かせながら崩れた。

 

 崩れる瓦礫を盾にしながら命はスプラウトに向かって落下していく。

 

 私は命の奇襲に合わせ前に飛び込み、前転しながら短刀を拾うと、そのスピードを殺さずに一気に距離を詰める

 

 スプラウトは落ちてくる瓦礫に身じろぎ一つせず、落ちてくる命の位置がわかっているかのように盾にしていた瓦礫を的確に、その怪力で払いのけた。

 その反動で、スプラウトの左腕弾け飛び辺りに鮮血をまきちらす。

 

 

「どうせさぁ、動いてない心臓だったらいらないよねぇ〜」口元を奇妙なほど歪ませてそう言うと、スプラウトは空中で身動きが取れずに、驚愕していた命の心臓を残っている腕で貫いた。

 

「命ーー!!」

 

 心臓を貫かれ、行き場を失った血が命の口からあふれだす。それを目前にしながら、私は叫ぶことしかできなかった。

 

 スプラウトは腕から下がる命を私に向かって払い飛ばした。

 

 走っていた私は命の体を咄嗟に受け止めその反動で無様に床を転がった。

 

 勢いが止まり、命を抱き上げると衣服は血にまみれ見るに耐えない状態だった。言葉を失った私に命は濁った声でゆっくり呟いた。

 

「こ……これでいい。あと……は…任せ、た」

 

 私は、自分の無力さに奥歯を鳴らし、押し寄せる憎悪と喪失感に耐えて俯いていた。

 

「心臓をとめても動いていられるなんて気味の悪い人間だねぇ」

 

 ……黙れ

 

「そうだ、こんな俺でも化け物退治はできるんだ。そういう仕事をしてもいいかもなぁ」

 

「……黙れ」

 

「あれ〜?、嫌われたもんだねぇ、ただの正当防衛ってやつなのにさぁ」

 

 私は命をそっと床に置き、立ち上がるとスプラウトを睨みつけた。

 

「あぁ、恐い恐い、俺を殺す気なのかい?」

 

 ……

 

「そうか……、なら踊ろう。君が望むま

 

 [私は我慢の限界を迎え、すでに駆けだしていた]

 

                  まに」

 

 スプラウトとの距離を一秒とかからずに縮め、右手に持った短刀で薙いだ。突きや蹴りもおりまぜ次々に連撃を繰り出す。

 

「あははは、相変わらず君はせっかちだねぇ〜」

 

 そう言いながら、どこか余裕のある態度で攻撃をかわし続ける。それはギリギリの瀬戸際を自分から楽しんでいるかのようでもあった。

 それを感覚的に感じ取り、あたらない苛立ちと焦燥感を抑えながら必死に攻撃し続けた。

 

 ひたすら避けていたスプラウトだが、連撃の隙をつき、私の左腕を掴むと、力任せ引っ張りまわし、そのまま放り投げた。

 

 放り投げられた私は受け身を取ろうと試みるが突然の激痛にうまくいかず、肩から床に落ちた。

 

「クッ、なんて馬鹿力だ」床を転がりながら呟き、顔を上げスプラウトを睨みつける。

 

「あぁ恐い恐い、君はおれの天敵なんだから、そんなに力まなくても簡単に殺せるんだぜ。それこそ、皮一枚斬るくらいで俺は消えちまうんだからさぁ」

 

起きあがろうとすると、左手に激痛が走る、痛みに顔を歪め、左腕を見ると掴まれたあたりであらぬ方向に折れてしまっていた。

 

「クソッ、左腕はもう駄目か」

 

「あらあら、痛そうだねぇ〜。ごめんごめん、この体は力が強くてね。まだ力加減がうまくできないんだ。」

 

 右手に短刀を持ちながら、器用に立ち上がると、瞬時に現状を確認した。体のいたる所に痛みがあるものの左腕が折れてしまった以外の異常はなさそうだ。足が折れなかったのは不幸中の幸いだと思えた。

 

 確認を終えるとすぐさま駆け出した。

 

「さぁ、もう一度踊ろうじゃないか。時間はまだ……ま……」

 突然、スプラウトの動きがぎこちなくなり、自分でも異変に気づいているのか、目だけが見開かれている。

 

 命の力が今頃作用しはじめたということだろう。

 

 彼は言っていた。

 

「俺の能力は隠してはいるが本来戦闘向きなんだ。今回は相手が特殊だからうまくいくかわからんが、生命活動を急停止させてやれば、足止めくらいにはなるだろう」

 

『命は続けて「お前は生きろよ」と聞こえないような小さな声で言った』

 

 ふと、彼の言葉が頭を過ぎるが回想を振り払い目前の敵に集中する。

 

 立っているのがやっとのスプラウトはどこか壊れかけの人形を連想させるものがあった。

 

 投げ飛ばされてひらいた間合いを一気に駆け抜け、右手に握る短刀に解呪のイメージをのせて構える。

 

「これで……。終りだ!!」

 雄叫びと共にとどめの一撃を加える。

 

 これが組織が組み立てたプラン。

 うまくいけば奇襲でかたがつき、『最悪』、命を囮にして私が止めを刺す。そのプランは現実でうまく行った。成功したのだが……。

 

 私はそれが嫌だった。誰かを犠牲にするかもしれないような作戦は。

 

 何度も抗議をしたが、変更の余地はないと言われた。

 

 それだけ組織がスプラウトを危惧していたのも知っていたつもりだ。

 

 だけど……

 

 そんな私に命は言った。

「どんな任務も死と隣り合わせだ。必勝なんてあり得ない。それに俺は死ぬと決まった訳じゃない。それにな俺の二つ名は『死なず』だぜ。『死なずの命』覚えておけ」

 

 私はその言葉に希望を見てしまった。

 考えることを諦め、希望にすがってしまった。

 なぜ私はもっと考えなかったのかと嘆いた。

 

 全てが終わったこの場所をあとに外にでると、ポケットから小型の無線機を取り出しスイッチを押した。

 

ジー……、ジー……

 

「聞こえるか?楼だ」

 

「あぁ、聞こえている」

 

「報告する。スプラウトは倒した。命はスプラウトに心臓を貫かれ戦死、以上だ」と、淡々と現状報告をする。

 

「そうか、惜しい男を無くした。」

 私はどことなく無線越しの男の声が少しばかり落ちたような気がした。

 

「私はどうすればいい?」

 

「楼はその場で待機、迎えをよこす」

 

「場所はわかるのか?」

 

「問題ない、命にはGPSが取り付けてある」

 

「わかった……」

 そう言うと、無線のスイッチをきり流れ落ちそうな涙を堪え、きびすをかえして倉庫の中へと入っていった。

 

 中には無惨な死体が二つ、変わらぬ形で横たわっていた。

 命に近づきながら私は話しかける。

 

「君は死ぬべきではなかった。君の力は沢山の人を救う力だった。沢山の弱い者を守る力だった。それなのに……。」

 

「だから、私がその意志を継ごう。この命燃え尽きるまで」

 命の亡骸に誓いをたて自らの短刀に彼の血を吸わせると静かに倉庫を後にした。

 

 ●

 

 任務のあと、ホテルに戻りずっと考えていた。

 

 私の力は玉崩しと言い。スプラウトと対をなす力があるのだと言う。

 幼い頃の記憶がない私には、なぜそのような力があるのかはわからない。

 

 思い出せるのは、朽ちた家屋と草木が生い茂っている廃村で泣いていた記憶

 何でそんな所にいたのか、何で泣いているのかもわからない。悲しいのか、恐いのか、悔しいのか……

 

 泣く以前の記憶がすっぽりと無くなっていた。

 

 今はそんな事はどうでもいいか……

 わからないものはわからないのだから

 

 力の無い私はどうしたらいいのか……

 力が必要な世界を私は知っている。

 どうしたら……

 

 人を助けるとはどういう事か……

 私の力じゃ命のように、沢山の人は救えないだろう。

 どうすれば……

 

 薄暗い部屋の中、ベッドに仰向けになり、天井を見つめながらずっと考えていた。

 

 トゥルルル、トゥルルル

 

 トゥルルル、トゥルルル

 

 電話が鳴っている。

 

 何度目の着信かもすでにわからないがそのまま無視しつづけると、カチッと、音をたて、録音テープが回りだした。

 

 「馬鹿やろう、電話してんだから、折り返しかけやがれってんだ。」

 

「とりあえず、俺だ、命の埋葬式にも気やしねぇでなにしてんだかしらねぇが・・・・まぁ、いい」

 

 「こいつは、仕事の話じゃね、プライベートでかけてやってるんだ。感謝しろよ」

 「今、上との話では、お前は現状維持、つまり待機という事になっている。」

 

 「話の感じだと、なんの力もないお前に任務を与えるべきか?って感じなんだろう。まぁ、なにもしなくても、給料入るんだ、文句はねぇだろ。ただし、錆びたりするんじゃねぇぞ、いい女が台無しになる。」

 

 ……

 

「ん〜〜、そんなもんか。なにかあったらまた連絡する。以上だ」

 

 ……

 

 「おっと、そうだ、命の墓地の場所だが、知りたきゃ、教えてやる。一度くらい顔をだしてやってくれ」

 

 「じゃあな」

 

 ガチャガチャ

 

 カチッと音と共に録音テープが巻き戻され、チカチカとボタンが点滅しはじめた。

 

 私は空虚な闇を見つめながら今の通話を聞いていた。

 

 …………

 

「やはりな、そうなるだろうとは思っていた。力なき私は、用済みか」

 もともと、対スプラウト用に拾われたようなものだからそれは仕方がない事か

 

「なら、私なりのやり方でやるまでだ」

 声にだして決心を固めるとベッドから起き上がり、部屋を飛び出した。

 

 いつまでも考えていたってしょうがない。

 

 今の私ができる事からやろう。

 

 進まなければ何も始まらないのだから

 

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 一1年後ー

 

 トゥルルル

 

 トゥルルル

 

 ガチャ

「はい、ロウ探偵事務所です」女の子の声が静かな部屋に囁かれる。

 

 チラッと声の主を見やると、先程入れたばかりのコーヒーを啜り、朝刊に目を戻した。

 

「はい……、はい、楼さんですか?ちょっとお待ちください」そう言うと、受話器を手で押さえ、可愛らしい声を部屋中に響かせた。

 

「楼さ〜ん、電話で〜す」

 

 朝刊から目を離し、いつものように軽い調子で返事をする。

「誰からだい?」

 

「例のあの人です。」

 

「BBか、こちらに繋いでくれ」

 

「りょ〜か〜い」

 

 私は手元にある受話器をとり、呼吸と整えるとBBに話しかけた。

 

「久しぶりだな、半年ぶりくらいか?」

 

「あぁ、久しぶり。うむ、そうだな。半年か、そっちは、そっちでそれなりにうまくやっているみたいじゃないか」

 

 組織名はBB、私の最後の任務の指揮をとっていた男だ。

 

「ん〜、まぁな、BBが仕事を回してくれているのもあるしな」

 

 ……。

 

 BBはチッと舌打ちをすると「なんだよ、ばれてるのかよ」とぶっきらぼうに言った。

 

 今でこそ仕事の依頼も増えてきたが、何のつても無かった私がここまでやってこれたのはBBのおかげでもある。

 

「助かっている」

 

「そうか、なら、いいが……」

 

「で、今日の用件はなんだい?」

 

 ……

 

 …………

 

 「まぁ、なんだ。電話では説明しずらくてな、一度こちらに顔をだしてもらいたいんだが」と、少々含みをもたせるように話すBB。

 

 少し思案し、了解の意を告げると、

「では、詳しい話はその時に」

 

「あぁ」と言うと通話は途切れた。

 

 受話器を置き、鈴(りん)に急用ができた事と、今日はもう事務所を閉める事を告げると、鈴と呼ばれた少女は小さくガッツポーズをして、玄関の扉を開くと事務所の表札を裏返した。

 

 今、私はこの小さな女の子とログという青年3人で探偵事務所をやっている。

 

 鈴はある事件の被害者で、その事件で行き場を無くした彼女を内で引き取ることになり、今は資料整理や電話応対の事務業を手伝ってもらっている。

 

 ログは本名をロー・グレイスと言い自称凄腕の便利屋、弱冠18という年で独立していた男だ。凄腕というのもあながち間違いではないのだろうと思える。

 

 初めはどうなる事かとも思ったが、今はなんとか軌道に乗り出している。

 

「鈴、今日は遅くなるかもしれない、たまには外食でもしてきたらどうだ?」

 支度をしながら鈴に提案してみる。たまにはそういうのもいいだろう。

 

「やった。この前、雑誌で紹介されてた所行ってみたかったんだよね」

 瞳を輝かせた鈴はうれしそうにはしゃいでいた。

 

「あまり高いところは勘弁してくれよ」

 軌道に乗り出したとはいえ、貧乏事務所な事には変わりは無い。経営に響くと不味いので釘を刺しておくとする。

 

 

「わかってるよ〜。それにそんな所には一人じゃ入れてもらえないって」

 18歳というわりには幼すぎる外見の鈴はある程度の事は世界と折り合いをつけている。簡単に言えば、諦めてしまっているのだが……。

 

「それもそうだな」

 あえて、そう言って私が笑うと、鈴は少しムッとしたような表情をうかべ怒り出した。そんな顔ですらかわいく見えてしまうあたり羨ましくも思える。

 

「笑うな〜」

 

「じゃ、行ってくる。夜道は警察に気をつけるんだぞ」

 怒る鈴をからかいながら、また笑うと、鈴は悔しそうに「も〜う」と一人愚痴をこぼした。鈴の罵声を背中で聞きながら右手で挨拶だけ残して事務所をあとにした。

 

 ○

 

 私は年季の入った扉の前に立ち、コンコンとノックをし「入るぞ」と言うと返事も聞かずに中にはいった。

 

 中に入るとそこはすぐに客室になっていて、部屋の奥にはBBのデスクとパソコンがあるだけという簡素な作りになっている。そんな部屋でBBはデスクの椅子に腰かけて、モニターを眺めていた。

 

「相変わらずだな。もうちょっといいビルに事務所を構えた方がいいんじゃないか」

 というのも、BBの事務所は古い4階建ての小さなビルを買い取ったもので、2階に事務所を構え、3階4階を倉庫として使っている。そして、問題なのが一階だ。壁という壁を全てとっぱらい車庫にしてしまっているのだ。その時ムチャをしたせいか、今では外壁の所々に小さなヒビがはいっている。

 

 正直、恐いのであまり長居もしたくないが、当の本人は素知らぬ顔で使っているのだ。参ったものだ。

 

「いいんだよ。俺はここが気に入ってんだ。それによ、これ以上客が増えたら人手が足りなくなる」

 

 あははは……、そうかい、と苦笑いを浮かべながらため息を一つすると、話を進める事にした。

「ところで例の件だが」

 

「あぁ、こいつなんだが、見てくれ」と、待ってましたとばかりにパソコンのモニターをこちらに向ける。

 

「これは……、空港の監視カメラか?」

 

「そうなんだが、この中央のやつに注意して見ててくれ」

 

「わかった」

 

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 BBがマウスを操作すると映像は動き出した、そこには監視カメラに向かって何かを叫んでいる人の姿があった。

 音声がないので何を言っているかはわからないが、何かを叫んでいた。

 

 しばらくすると騒ぎに気づいた警備員が叫ぶ男を取り押さえようと駆け寄るが、ここで妙な事が起こる。

 捕まえたはずの警備員が、事切れたかのように倒れて動かなくなる。

 

「何だ!?、何が起きたんだ」

 

「現地にいる部下からの報告によると、その倒れた男は死んだわけではなく急に体が動かなくなったと証言している。それと、倒れている間も意識はあったそうだ」

 

「と言うことは何らかの形で人体組織に影響を及ぼされたというわけか」

 

「まぁ、そんな所だろう」

 

 映像の男は、その後も何度か叫び続け、一度監視カメラから視線を外すと急に走りだし画面の外へと消えていった。映像にして2分弱と短いものだったが、私にとって衝撃的なものであった。まさかな

 

「楼、お前はどう思う?」

 

「どうって何がだ?」

 

「俺はこれを初めて見た時、こんな芸当ができる奴を知っていると思った」

 

「私だって心当たりがあるが、彼は、もう……」

 

「仮に生きていたとしたらどうだ?」

 

「スプラウトがまだ生きていると言うのか?私はこの手でちゃんと止めを刺したぞ。手応えだってたしかにあった。」

 

「まぁ、落ち着け、スプラウトが生きているとは言っていない。仮にも『死なず』とまで言われた男だ。生きていた可能性は0ではないんじゃないか?ってことだ。」

 

 ……あの状態からの生還などありえるのだろうか?

 

「俺もどうやってとかはわからないが……、 もう一つ、命の死体を何者かが利用しているとしたらどうだ?それならある程度、合点がいく部分があるだろう」

 

「もし、それなら返してもらわないとな」

 

「そこでだ。お前への依頼なんだが、その辺を調べて欲しいんだが、今日からいけるか?」

 

「わかった。なんとかしよう」

 

「OK.それと、もう一つ、これはあくまで調査であって解決はする必要はないからな、危険だと思ったらすぐに退け、いいな」

 

「あぁ、わかった」

 

「OK.情報をまわそう。この映像は昨日の朝方、つまり一昨日の夜中から朝方に起きたhotな映像だ。場所は日本、侍と忍者の国だな」

 

 …………。

 

「悪い、冗談だ。詳しく知らん。行ったことがないのでな。」

 

「私も詳しくは知らないが、調べればわかる程度になら知っているつもりだ」

 

「それなら問題ないだろう、わからないことがあれば現地にいる俺の部下にでも聞いてくれ、名前はセーレだ。覚えておいてくれ」

 

「わかった。他に情報は?」

 

「現状、これで全てだ。あとは情報が入り次第連絡する」

 

「わかった」と、返しBBの事務所をあとにしようと歩き出すと「あぁ、そうだ、これを持って行け」と呼び止められ、振り返ると、一枚のカードを差し出された。

 

 「これは?」と聞くと、「前金だとさ」と素っ気なく言われ。加えて日本で使える口座のカードだと教えてくれた。

 

 「助かる」と一言言うとBBの事務所を後にした。

 

 外に出て、階段を降りると、携帯電話を取り出した。

 

 トゥルルル、トゥルルル

 

「もしもし」

 

「鈴、私だ。」

 

「楼さんですか、どうかしましたか?」

 

「急な話なんだが、日本に行くことになった」

 

「え、え〜〜!?、日本って外国のですか?きゅ、急にどうしたんですか!!し、仕事はどうするんですか!!」

 

 慌てる鈴を落ち着かせると、

「うん、そうだな。残っている仕事は全部あいつにでもまわしてくれ、そんなにはないだろ?」

 

「ログさん怒りますよぉ〜。きっと」

 

「そうだな。帰ってきたらログ探偵事務所になっているかもなしれないな。それはそれで面白いが」

 

「全っ然!!、面白くないです。なので、早急にかたずけてちゃんと帰ってきてください。」

 

「わかった。わかった。そうムキになるな、それと、私が日本に行くことはログには秘密にしておいてくれ」

 

「何故です?」

 

「話がややこしくなりそうだからな」

 

「あぁ、たしかに」

 その言い様に、鈴のげんなりした様子が目に浮かんだ気がした。

 

「そうだな。ログには、私が当分戻ってこれないかもしれない事と、私が戻るまで事務所を頼むと伝えてくれ」

 

「面倒事を押し付けましたね」

 

「なにかあれば連絡する。がんばれ、鈴」

 

「頑張らせるのは楼さんなんですけどね」

 

「そういうな、土産くらいは買ってくる。」

 

「はいはい、ちゃんと戻ってきてくださいね」という、声に「了解」とかえし、携帯電話をとじた。

 

私は事務所に戻り、支度を済ますと町外れにある、この一年お世話になった恩人の家に寄り、しばらくこの地を離れることを告げると、その日のうちに日本へとたった。

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 ●

 

 静かな部屋にクラシック音楽が鳴り響く。俺は携帯電話の着信に気づき着信通知を見ると、じゃじゃ馬と表示されているのを見て、ため息を一つして着信にでた。

 

「なんだ?」

 

「ねぇ、例の事件だけど楼、引き受けてくれた?」

 

「あぁ、その件は問題ない。今頃飛行機の中で寝てるんじゃないか」

 

「ふ〜ん、ねぇ、私のお願い覚えてるかしら?」

 

「あぁ、覚えているが何だ?」

 

「そう、私ずっと待ってるんだけど、なんでかしら」

 

「待ってるからだろ」

 

「そうね。じゃ質問をかえるわ、なんで楼は来ないのかしら」

 

「それは、お前が待っているのを知らないからだ」

 

 …………

 

「あぁ、もう、最低ね。あなた。私、朝からずっと待ってたんだからね、久しぶりにあって話したかったのに」

 

「たまには自分が動けばいいだろ?待つんじゃなく」

 

「行ったわよ。わざわざ事務所まで、でも閉まってて誰も居なかったからBBに伝言を頼んだんじゃない。話したいことがあるから寄って欲しいって」

 

「そうかそうか、行ったのか、伝言くらいなら伝えてやるが」

 

「いい、会いに行くから」

 

「ほぉ、殊勝な心掛けだ。で、仕事の方はどうするんだ?」

 

「ふん、そんなの知らないわよ。誰かがなんとかするわ」

 

 相変わらずのわがままぶりに、よく組織に始末されないものだと呆れたが、それもこれもこいつの能力の重要性なのだろうと思えた。組織名をアジディケイター(審判者)と言うが、堅苦しく長いので通称ジャッジと呼ばれている。

 ジャッジの能力については対象の目や核心を見ることで対象の情報を得られる力と言われている。

 これは組織内一般であるが、付き合いの長い俺としては、少し疑問に残るものだったりする。

 そんな能力のせいかジャッジの仕事は、謀反者の徹底排除と組織加入時の審査となっており、それらの事柄から盲信者からはジャスティス(正義)と呼ばれ敬愛されている。参ったものだ。

 

 ジャッジの直下のビックポケットなんかがいい例だ。ジャッジの命令が下れば、即座に紛争地帯に赴き正義の名の下に鎮圧する。つまり、戦争期間の短縮と戦争による被害の縮小が目的だそうだ。

 

 それらの事柄から考えると、彼女の組織内のポジションというのは、組織の正当性の具現化で、祭事を司る巫女のような存在なのだろう。組織的な役割は崇拝による能力者の統制なのだと思われる。

 

 要するに今の組織にはなくてはならない存在だから、組織も彼女のわがままにも目をつむらざるえないのだろう。

 

まぁ、俺なんかよりも古株なのだから、今に始まったことじゃないだろうが、付き合わされるこっちの身にもなって欲しいものだと思えた。

 

 そんな事を思いながら、ふとあることに気づく、

 

「ん?、行くって、お前日本に行く気か?」

 

「そうよ、何か問題でも」

 

「問題ってあるに決まってるだろうが、スプラウトが生きていると言ったのはお前だろうが」

 

「そうね。でも彼には何もできないわ」

 

「どういう意味だ?」

 

「私は知ることができるけど彼は私が何者かは知れないと言うことよ」

 

「まぁ、それは、それで一理あるが」

 

「でも、一応、旅行という名目で一人つけてくわ」

 

「そうか、それならいいが」

 

「な〜に〜?もしかして、心配してくれてるわけ?」

 

 思いも寄らない反応にうっと内心怯んだが、声にはださずに、なんとか平静を装った。たしかに心配はしていたが、見抜かれている感じが腑に落ちずに「あぁ、組織のこれからがな」と、気づくとそう言っていた。

 

 …………

 

 少しの沈黙のあと、あっそ、とだけ返され通話は一方的にきられた。

 

 まぁ、それもいつもの事だから気にもしないが、また嫌がらせのような依頼をもってこられるかと思うと少しだけ後悔した。だが、それもなんだか屈服しているようで気にくわず、心の中で本当に少しだけだ。と繰り返した。

 

 しかし、めんどうな事になった。ジャッジが出張るとは、一応あいつには忠告しておくか、と再度携帯電話を手に取ると操作した。

 

 

 ○

 

「セーレ、楼が来たみたいだ。迎えにいってくれないか?」

 

「まったく、便利な能力ね〜、じゃ、行ってくるからちゃんと寝てるのよ。って、言っても動けるような体じゃないでしょうけど」そう言い残してセーレは部屋を後にした。

 楼が来たということは、あの映像を組織が見たと言うことなのだろう。

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 それが、俺にとって吉とでるか凶とでるかはわからないが、あの時はあれがベストだと思えたのだからしょうがない。

 

 今、生きていることすら実感がない。

 

 地に足が着いていない感じだろうか、正直、やられると思った。

 

 あいつからは恐怖しか感じられなかった、そうあいつは恐怖そのものだった。たった一度だけ聞いた声、男なんだか女なんだかわからない人を不安にさせる様な不協和音、耳元で囁かれたフィアーと言う発音。その一声が、名前も知らない奴との恐怖の始まりだった。

 

 

 ○

 

「う〜ん、よく寝た。」多少寝ずらいが、日頃の寝不足気味な生活を考えると飛行機のシートも悪くないものだと思えた。

 

 私は入国審査を済ませゲートをくぐると、これからどうしたものかと考える。考えながらふと周囲を見回すと一人の女性が柱にもたれながらこちらを凝視している事に気づく。

 

 彼女は私と目が合うハイヒールを鳴らしながらこちらに向かって歩きだした。

 

「ちょっといいかしら、確認したいんだけど貴方が楼かしら?」

 

 そう話しかけてきた女性は、スーツをビシッと着こなしたいかにも仕事ができそうな女性だった。

 

「そうだが、アンタは誰だい?」

 

「初めまして、私はセーレ、BBの部下の一人よ」

 セーレはそう言いながら右手を差し出した。

 

 差し出された右手を見て、彼女が能力を持たないエイダー(助力者)なのだと理解する。

 

「そうか、よろしく頼む」そう言うと差し出された右手を握った。

 

 このエイダーからの握手というのは組織の昔からの風習なのだそうだ。自分が能力を持たないエイダーなのだという意思表示と、エイダーと能力者の地位の対等性を象徴していると言われている。

 

「セーレ、BBからは新しい情報は来てないかい?」

 

「いいえ、今の所、BBからは新しい情報はきてないわ、そのかわりに貴方に会いたいって人がいるんだけど、どうかしら?」

 

「わかった」

 現状手がかりもなにもないので、余計な話を省くために素直に応じる事にした。

 

「誰が?とか聞かなくてもいいのかしら」

 

「あぁ、問題ない。」

 

「ふぅ〜ん、それならそれでいいけどね。それじゃ、着いて来て」

 

 空港から車をしばらく走らせると、大きくはないが小さくもない。中途半端な大きさの病院に到着する。セーレが言うにはこの病院は組織の所有物らしく外観からは想像もつかないほど設備が整っているのだそうだ。

 

 私とセーレは院内に入り受付でセーレが2,3言葉を交わすと、すんなり病室に通された。

 

 引き戸を開け中に入ると、そこには顔傷が増えているが、間違いなく、一年前死んだと思われていた命がベッドについている格子状の背もたれに体を預け景色を眺めていた。

 

「久しぶりだな、楼」

 彼はこちらに気付くとそう言葉にした。

 

 私は即座に詰め寄り、白の患者衣を掴み「久しぶりじゃない、なぜ生きていたなら連絡をしなかった」と、怒鳴りつけた。

 

「なんとかしてやりたかったのだがな……、その結果がこれだ」虚ろな瞳で坦々と話す命に「何を言っている、どういう意味だ」と投げかける。

 

「単刀直入に言う。奴は生きている」

 

「スプラウトの事か?そんなはずはない。間違いなく私は奴に止めを刺した。」

 

「あぁ、脱け殻のな」

 

 脱け殻だと……

 

「楼、話を変えるが残留思念と、とかげの尻尾切りの話を知っているか?」

 

 …………

 

「まさか……奴はそんな事までできるのか!?」

 

「あの時、奴は俺の体に乗り移っていた。どうやってかは知らないがその辺はお前の方が詳しいんじゃないのか?」

 

「そんな……」

 命が生きているかも知れないと聞いた時から、もしかしたらとは思っていたが、本当に生きているなんて……。また存在しているのかも曖昧な悪夢のようなあいつと戦わなければいけないのかと思うと気が遠くなりそうだった。

 

「俺は心臓を貫かれたあと薄れゆく意識のなか、体を仮死状態に保ち全てが終わったあと、組織に戻り人口心臓を取り付ける手術を受けようと咄嗟に思い付いたのだがな、初めての試みだったからなのか、血を失いすぎたからなのか、わからないが、俺が目覚めたのは埋葬されたあとだった、能力を長時間維持し続けた結果、体力をかなり消耗していたようで脱出するだけの力は残されていなかった」

 

 命は俯きながら、一度だけ深呼吸して続きを語り始めた。

 

「俺は初めて死の恐怖を体験した。これまでも、数々の死線を潜り抜けてきたつもりだったがどれも微かにだが、希望が残されていた。だが、今回ばかりはどうすることもできなかった。絶望的な状況の中、まだ死にたくない、まだ生きていたいと必死に願った」

 

 

 ●

 

(うっ、痛っ)

 

 漂うような意識の中、頭を鈍器で殴られたような酷い痛みによって意識を取り戻した。気分は最悪だ。そんな事を思いながら目を開くが、何一つ変化は訪れなく変わらぬ闇がただただ広がり続けていた。

 

(ん?、なんだここは)

 

 身に覚えのない黒の景色に、何故このような状況になっているのかを思い出そうとする。

 

 …………

 

 ……

 

 痛む頭で微かな記憶を辿ると少しずつだが記憶に色がつきはじめる。

 

(俺は死んだのか……?)

 

 手は……微かに動くようだが力が入らない、か

 

 途方に暮れ、自然とため息をつくが、うまくつけずに自分の呼吸が絶え絶えなのに気づく。

 

(しくじっちまったな、まだやりたいことも、やらなければならないこともあるっていうのに)

 

 悔しくて自然と涙がでそうになるが、枯れているのか涙すら流れてこない。

 

(悔しいな。こんな所でこんな墓穴ほっちまうなんて……、笑えねぇ)

 

(頼む。神様でもなんでもいい、助けてくれよ。助けてくれ、まだ死にたくねぇよ。俺は、まだ……。死ぬわけにはいかない。生きていたい)

 

「生きていたいんだぁー」

 声にならない声が小さな世界に響き渡る。

 

 そんな世界に静寂だけが返事をした。シーーンっと澄み切った無音を聞き、静かな暗闇の中、絶望した心はコインを裏返したように落ち着いたものに成り果てていく。

 

 駄目か、そりゃそうだ。現実なんてこんなものか。

 

 

 

 

(クッククク、やっぱり生きていた。)

 

 とうとう幻聴まで聞こえてきたのかと思った。

 

(俺だよ俺、わからないのかい。死ぬのは嫌だよなぁ。安心しろ)

 

(うっ、何、だ……、これは)

 

 意識が何者かによって塗りつぶされていくような感覚が、脳を始点にして、体全体に広がっていく。

 

(や、やめろ、やめてくれ)

 意識の侵食はなおも続き俺の意識はそこで途絶えた。

 

 静寂の暗闇の中、声がする。

 

「あぁ、そうだ、首輪はもういらないよねぇ」そう声は言うと、命の体に腕を突き立てると、一気に押し込み体内にあったGPSを自らの手で掴み、引き抜いた。

 

そして、腕を引き抜いた瞬間から見る見るうちに傷口が塞がっていく。

 

「暫くは身を潜めるかなぁ、今回も派手に遣られたし」

 

 それだけ呟くと、声は眠りについた。

 

 

 

説明
玉響編の主人公 桜(ロウ)と宿敵、芽吹きの者=スプラウトの物語

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