ハロウィン
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坂上 知沙 (さかがみ ちさ)   ♀

 

大神 とおる(おおがみ とおる) ♂

 

白布 牧恵 (しらぬの まきえ) ♀

 

水月 紗織 (すいげつ さおり) ♀

 

言尺 有真 (ことさし ゆうま) ♂

 

守夜 真伸 (もりや まのび)  ♂

 

 

「あったかいなぁ」

 

 窓辺に席をとり、そう呟く。降り注ぐ日差しを背に受け、だらんと机に体を預けている私。

 一人で使うには欲張りサイズな長机を贅沢に使い、両手まで伸ばしてみる。

 ついでに、うぅ〜、と呻きながら体も伸ばす。

 

「気持ちいいなぁ」

 

 人気の少ない図書室の、これまた人気の少ないお昼休み。この時間の、この席は、私にとって、お気に入りの特等席だったりする。

 

 眠ってしまいそうな、そんな穏やかな昼時に、そんな平和な平穏を崩すように、廊下からは、微かにだが激しい足音が近づいていた。

「知沙〜」

 

 図書室に声が響き、驚きとともに声の主に視線を向けると、見覚えのある子が図書室の入り口から駆け寄ってきていた。

 

(あ……)

 

 声をかけるよりも早く、韋駄天よろしくに彼女は図書室内を駆け抜ける。その言葉通り駆け抜けた。うん、私の目の前を……。

 

 あわ……と洩らしながらバランスを崩し、滑り抜けていく。彼女は白布 牧恵。私は彼女をマキと読んでいる。

 

私の視界から消えたマキはすぐさま立ち上がると、気恥ずかしげに「図書室の床滑りすぎるんですけど」と訴えてきた。

 

 どう返したものかと思案し「うん、そうだね。」と適当な返事をしながら、綺麗な床を見て「もっとちゃんと掃除しておくよ」と返した。

 

「うむ、では頼むぞ。図書委員」

 いつの時代の人だかわからないような言葉使いでマキに頼まれ、わかってないんだなぁ〜と思いながらニヤニヤしてしまう。

 

 図書室の床は元から滑りやすいのに。そんな純粋な所が彼女の良いところでもあるんだけど。と思いながら話を切り替える事にする。

 

「どうしたの、そんなに急いで」

 

「あ、そうだそうだ。今日がなんの日か知っているかね?」

 

 まだ続けるんだ。と思いながら、ハロウィンかな?と答えてみる。

 

「正解じゃ、我らがD組は今宵集まり中学生活最後のハロウィンをみんなで楽しむ事になったのだ。」そして、まぁ、自由参加なんだけどね。と付け加える。

 

 私は少し考えるふりをしながら、口を開く。

「夜かぁ、ちょっと厳しいかも」

 私は曖昧に言葉を濁しながら、お決まりの言葉を続ける。

 

「あぁ、そういえば、知沙の家は厳しいんだったね」

 

「うん、ごめんね。せっかく知らせてくれたのに」

 毎度の事ながら申し訳なくなってくる。

 

「やっぱ駄目かな?どうしても駄目かな?中学生活もあと半年もないんだよ。みんなとの思い出作りなんだよ。大神のやつも来るって言ってたよ」

 

 そう早口にまくしたてられながら、私は頭を抱えてしまう。私だって思い出作りをしたいとは思うけど、あの過保護の代名詞とも言える両親がそれを許してくれるとはとてもじゃないが思えなかった。

 

「うぅ〜、本当に行きたいけど、ごめんね」

 私はそう返す事しかできなかった。

 

 「そっか……、しょうがないね」

 がっくりと肩を落としたマキは、またあとでね。と残してトボトボと歩きだし図書室をあとにした。

 

 マキの後ろ姿を見ながら本当にこれでよかったのかと考えてしまう。

 

 うぅ〜、先ほどまでの陽気な日差しも、今では、ただただもやもやするだけの嫌なものになりかわり、今あった事とこれからあるであろう事を忘れてしまいたい、そう思いながら、そのまま眠ってしまうことにした。

 

◇2

 

「水月〜、駄目だったぞ〜」

 教室に入るなり水月に駆け寄り事後報告をした。

 

 

「え〜、餌が悪かったか?」

 そう不満そうに洩らす水月はなんだかとてもめんどくさそうだ。めんどくさそうなのはいつもの事だけど。

 

「ん〜、餌には食いついたけど逃げられた感じかな」

 

「釣り師が悪かったか」

 それが当たり前のように嫌みなく嫌みを言う。失礼な。

 

「私は全力でやったぞ。本気と書いてマジと読ませるくらいだ」

 

「そうか、そうか、全力でやって駄目だっか。残念だな。」

 

 む……。水月の目が可哀想なものを見るような目に見えるのは何故だろう。

 

「まぁ、いいだろう、この水月様が次なる名案を授けてやろう」

 

 ははーと片膝をつき水月にのってみる私、自慢じゃないが巷で有名な『波乗り白布』とは私のことだったりする。お前にのれない波はないと言われるほどだ。波に乗せられているだけなんて嫉妬するやからもいるが、その程度の嫉妬に屈する私ではないのだ。

 

「いいか、良く聞け。白布はこれから大神のところに行って事の顛末と電話番号を教えてやるんだ。さすれば全ては上手くいくであろう」

 

 ははーと、繰り返す私、思っていたより簡単な仕事に楽勝だぜと立ち上がると、いてもたっていられず颯爽と走り出した。

 

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◇3

 

 少し肌寒くなってきた秋空の元、手のひらサイズのゴムボールが行ったり来たりしている。俺はこのキャッチボールという遊びがいまいちよくわからなかったりする。何が面白いのだろうか?考えてもわからないが、ただこうやって眺めているのは嫌いではなかった。別に面白くもなんともないけれどなんとなくずっと見ていられる。

きっと、やっている方もこれといって特別面白いわけではなく、ただなんとなく続けられる。ただそれだけなように思えた。

 

「なぁ、大神。今日の夜行くんだろ?」守夜がボールを投げ返しながら言う。

         ○

 それを大神はキャッチすると「あぁ、ハロウィンだろ?行くよ」そう言ってボールを投げ返す。

この一定のリズムにあわせて交わせられる会話は昼時のゆったり流れる時間によく合う。

 

「坂上さん来るといいな」

         ○

「うん、そうだね」

「白布さんがさ〜」

         ○

「うん」

「説得してくれてるみたいだぜ」

            ○

「え!?」

                  ○

「おいおい、動揺しすぎだろ」

         ○

「ごめん、ごめん」

「うまく行くといいな」

         ○

「そうだね」

 

そんな会話を聞きながら、ふと異変に気づく。いや、異音というのが正しいだろうか、滅多に人が来ることがない学校の裏庭に凄い勢いで駆け抜けてくる人影が一つ。それにはやはり見覚えがあり、遠目からでもわかってしまう。幼なじみでもある白布だ。

 

「ワケ〜、大神借りるぞ〜」白布は遠くからでもよくとおる声を張り上げた。

 

 はぁ〜、俺はため息を一つして「俺はコトサシだ〜」と叫びながら、右手の親指をあげ承諾の示しをだす。

 

 それが合図だったかのように白布はギアを一段あげると「お、お、が、み〜、覚悟〜」と叫ぶ。

 

 あ、ここ劇画でお願いします。

 

 名前を呼ばれ振り向く大神は「ヒッ」と声をあげると、綺麗に吹っ飛んだ。

相変わらず綺麗なドロップキックだ。その反動を使いこれまた綺麗に月面宙返りを決めると、0からトップよろしくに加速する。駆けながら倒れる大神の襟首を掴むとそのまま大神を引きずり走り去っていった。その間、わすが三秒の早業。立ち尽くす守夜は意識を取り戻すとこちらに向かって歩いてきた。

 

「相変わらず、すげーな」そう洩らす守夜に「昔からだけどな」と返す。

 

 ふ〜ん、意味深に言うと、守夜はボールを持った右手を持ち上げて「やるか?」と聞いてきた。

 

「いや、やらねぇ」

 

「そうか」そういうと、守夜は非常階段に腰を降ろした。

 

◇4

 

 あぁ〜、まどろむ世界の中友人二人が遠ざかっていく。

 

 …………

 

 どれくらい引きずられたのだろうか?気づくと体育館の裏にいた。ふと気になって、靴の裏に手をあてると、踵の部分が尋常じゃないくらい磨り減っていた。

 

 新しい靴を買わないと駄目だなぁと思っていると、こちらに気づいた。白布が「悪い、やりすぎた」と申し訳なさ、なさそうに謝ってきた。

 

 現状を整理しながら、どうしたのか聞くと、白布さんは坂上さんの説得に失敗したことと水月さんの名案というスーパー投げっぱなしの案を俺に持ちかけにきた事がわかった。

 

「はい、これ知沙の携帯番号ね」

 

 メモ用紙を受け取りながら、これでどうしろと?内心理解不能の境地に達していた。

 

「命短し恋せよ少年。知沙の事は頼んだ」そういうと親指をあげた右手をずいっと俺の眼前に伸ばした。

 

 なんて良い笑顔なんだろう、やっていることは誇れるような事ではないだろうに……。

 

「でもさ、丸投げになっちゃうけど、大神が誘ったら、きっと知沙喜ぶと思うからさ、頼むよ。それにあの娘、学校行事の他にクラスの思い出ってないからさ」

 さっきまでの笑顔が嘘だったかのように、物悲しそうに白布さんは呟いた。なんだよ。そんな風に言われたら断れないじゃないか。ずるいよなぁ

 

「わかった。やるだけやってみるよ。うまくいくかわからないけど」

 

「そっか。じゃ〜あとは、任せた。」

 ニヤリとする、白布に、さっきまでの顔はどこいったと突っ込みを入れると、ニシシと笑って見せた。

 

「大丈夫だよ、きっとうまく行く、水月がうまくいくって言ったから大丈夫さ」そういうと、いつもの如くいっきに加速して、あっというまに見えなくなってしまった。

 

 一人残された俺は「どんな大丈夫な理論だよ」と、ぼやきながら校舎へと向かって歩きだした。

 

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◇5

 

「起立、気をつけ、礼」

 

『さようなら〜』

 

 ざわめく教室の中、言尺が、鞄を背負いながらこちらに向かって歩いてきた。

 

「守夜〜、帰ろうぜ〜」

 

「大神はどうした?」

 

「ん〜、なんか用事があるっぽいから先帰ってくれってさ」

 

「ふ〜ん、青春真っ最中ってやつか」

 

「さぁ、どうだろうね〜。とりあえず、寂しい俺たちは帰って夜に備えようぜ」

 

「あ、あぁ、悪い、俺も野暮用があるから、先帰っててくれや」

 

「ま……、まさか、お前まで?」

 

「心配すんな、そんなんじゃね〜よ」

 

「そう、か。じゃ、またあとでな」

 

「うい〜」

 

 机に掛けてある鞄を手に取ると保健室へと向かった。

 

 保健室の引き戸を開けると、椅子に座り本を読んでいる水月がいた。

 

「やぁ、早かったね」

 

「早かったねじゃねー。このサボり魔が」

「そうは言ってもね〜。人生において必要じゃないものにいちいち時間を割くのは私の主義ではないのだよ」

 

「はぁ?知識ってのは、いつ何時(なんどき)必要になるかわからね〜じゃね〜か」

 

 

 水月はこちらを一度見上げてため息を一つすると「それは君が学んでおけばいい。私に必要なのは料理、洗濯、掃除に簡単な算数の知識と技術があれば十分だろ」

 

 水月のいつも通りのとんでもない物言いに今日こそはキチっと言ってやる。

「お前、それはずり〜だろ。あと俺とお前は付き合ってすらいないだろうが」

 

 確信に迫る切り返しに驚いたように読んでいた本から顔をあげた水月はこちらをじっと、見つめていた。

 

「君は、幼時(おさなどき)の契りを破るというのか?」

 

 …………。

 

「契りっていってもなぁ……」

 

 それを聞いた水月は読んでいた本と閉じると俯いて親指の爪を噛み始めた。

 

「なんて言うことだ。これでは私の人生計画が全て台無しではないか……。今から軌道修正は間に合うだろうか?いや、もはや手遅れに等しいのではないのか?。では、どうする。この体を売るのか?嫌だ。そんな事は絶対にしたくない……」と、ブツブツ呟き続ける、しかも思考がどんどんネガティブになっていく。それに見かねた俺は「お〜い、水月さ〜ん、聞こえますか〜、もしも〜し」と囁いてみた。

 

 その声が聞こえたのかはわからないが不意に顔をこちらに向けて。

 

「マノビ、責任をとれ」とそれだけ告げた。

 

「あの、意味が分からないのですが……」あまりの展開に何故か丁寧な言葉になってしまう俺。

 

「私の人生は君のせいで台無しだ。君がした約束のせいでな。だから、今一度私と契りを結べ。」

 

「いやいやいや、未来の事はわからねえだろうよ。俺が先に死んだらどうすんだよ」

 

「それなら問題ない。君を一人で逝かせたりはしない」

 俺の問いに間髪入れずに即答する水月、それに呼応するように即答してやる。

 

「それじゃ〜、駄目だな。俺はお前の人生まで背負うつもりはねぇ」

 

「む?駄目か……、では、こうしよう」そう言うと水月は床に膝をつき頭を下げて言った。

 

「私と付き合ってください」

 

俺は頭を下げる水月を見下ろしながら、ため息を一つすると「そろそろ本題に入りたいんだがいいか?」

 

 その言葉に顔をあげ、しぶしぶと立ち上がりながら「む〜、何が悪かった?」と聞いてきた。

 

 「そうだな。まず第一に、お前はサボり魔だが、頭は悪くない。学年の順位だって上位キープ当たり前だろうが。そんなお前に軌道修正できない未来があるわけがない。一人でだって生きていけるだろ。次に、お前の読んでた本、高校の教科書じゃね〜か、なんでそんなもんもってるんだよ」と親切、丁寧でもなく指摘してやった。

 

 フムフム、なるほどと頷く水月に「で、今日の呼び出しはなんだよ」と聞いた。

 

「あぁ、例の物を今朝方入手したのでな」

 

「はぁ、マジで言ってるのかよ?あんなのどうやって持ってくるんだよ」と呆れ顔になる俺。

 

「はぁ、そんなこともわからないのか君は、そんな物は奴らがいないときに持って行くしかないだろうに」と呆れ顔の水月。

 

 俺は背筋が寒くなるような感覚にがっくりと肩を落として「で、それ、今どこにあんの?」と問う。

 

 ニヤリとした水月は「聞いて驚け、君の家の前に「うおい」」水月のマジ話(だと思う)に突っ込みを入れる。

 

「お前、馬鹿か?もし見つかったら、どう説明すんだよ」

 

「な〜に、心配するな。私は無傷だ」

 

「お前の心配はしてね〜」すかさず突っ込みを入れる俺、天然のボケに否が応にも怒りと力が入ってしまう。

 

「とりあえず、物は手に入れたのだ。今日の事は頼んだぞ。それと君は急いで帰った方がいい。でないと取り返しがつかなくなる。あれはそういう代物だ」

 

「誰のせいだ〜」そう叫ばずには入られなかった。

 

 保健室を飛び出し、全速力で帰宅する。

(くっそ〜、これも計算ずくって事かよ。)いつか、この恨みを晴らしてやると誓いながら、通り過ぎる公園を横目にみると、ベンチに座る大神と見慣れない喪服のような黒いスーツをきたおっさんがいた。

 

(あいつ何やっているんだ?)

 そう思いもしたが今はそれどころではないと走り抜けることにした。

 

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 ◇7

 

(今頃、みんな集まってるのかな〜)

 

 そんな事を考えながら、湯気で煙る天井を意味もなく見つめる。

 

 明日になったら、きっと今日の話題で持ち切りになんだろう。

 

 私はそれをあとから聞くだけで、みんなと同じ熱をもって話すことができない。

 

 きっと明日も、何処か冷めてしまっている心を誤魔化しながら笑わなければいけないのだ。

 

 そんな明日を想像し実感できてしまう自分が酷く醜い物であるような気がして『嫌』だった。

 

 私は空虚を見つめる瞳を閉じると、一度だけ深呼吸をしてバスタブの中へ勢いよく体を滑り込ませた。

 

 そんな事をしても、この嫌悪感は拭う事などできるはずもないのに、それでも、そうすることで何かが変われるような、淡い希望を抱き、膝を抱え、卵のように丸くなった。

 

 …………。

 

(このままじゃ駄目だ。変わりたいと思うだけじゃ駄目。

 自分が変わらなきゃ、行動しなきゃ私の世界は変わらない。)

 

 小さな決意と共に微かに音楽が鳴り響く、初めは気のせいかと思ったけどたしかに聞こえる。

 

 この歪んだ音色は聞いた事がある気がする。だけど、それが何だったか思い出せない。

 

 湯船から顔をだすと音色は綺麗なものに変わり。それが、携帯電話の着信音だと気づくと同時に慌てて浴槽を飛び出した。

 

(え!?、何で……。何でこの着信音が鳴るの?)

 

 私の頭の中では混乱と動揺から何で何での堂々巡りが巻き起こっていた。

 

(だって、これ、大神くんの着信音だよ……。)

 

 それは鳴るはずのない着信音、だって、私は彼と携帯電話の番号を交換したことはない、これは……。彼と仲のいい友達に教えてもらった番号なのだから。

 

 濡れた身体そのままに、震える手をタオルで拭うと、未だに騒がしく鳴り響く携帯電話を手にとった。

 

 携帯電話の開くと着信はやはり大神君でした。わかってましたけど……。

 

 気の遠くなりそうな意識の中、心の躍動するリズムだけが脳へと響いていた。

 

 体は響く鼓動に支配され、呼吸は荒くもか細いものへと変わり、刹那的な悠久を感じながら、痺れたように動かない指を、少しずつ、少しずつ通話ボタンへと運ぶ。

 

 ボタンに指が触れると、心の準備もままならぬ中、携帯電話の画面は[通話中]と表示された。

 

 それを確認すると同時に意識は急速に現実に引き戻された。

 自分の指が思っていたよりも、強くボタンに触れていた事に気づき、慌てて携帯電話を耳へとおしあてた。

 

「も、もしもし、お『もしもし、大神ですけど、坂上さんの携帯でしょうか?』」

 

 …………。

 

「は、はい、そ、そうですけど、何で。何で大神君が私の携帯の番号を……?」

 

「あぁ、うん、それね。白布さんが教えてくれたんだよ」

 

「そ、そうなんだ……。そっか、そっか、マキに聞いたんだ」

 私は動揺を隠しながらなんとか受け答えをするが頭の中では自分で話している言葉ですら曖昧で不確定で不安定なものだった。

(落ち着け私、落ち着くんだ)

 

「うん、それでね。良かったらでいいんだけど、今日のハロウィン……。一緒に行きせんか?」

 

「え……う、あ。(えぇ!?)」

 大神君の声を声を聴きながら、言葉の意味を理解するにしたがって、鏡に映る誰かの頬は季節変わりの紅葉のように紅く紅潮していった。

 

「だ、駄目かな?」

 

「ぜ、全然、全然駄目じゃないです」

 動揺し、微かに震える大神君の声を聴き、私は慌てて返事を返す。

 

「そっか、良かった。断られたらどうしようかと心配したよ」

 

「断るだなんて……。そ、そうだ!!、待ち合わせ場所とか、ど、どうしたらいいのかな?」

 

「それなら心配いらないよ。もう家の側まで来てるから、準備できたら出てきてよ」

 

「え!?、い、家の前にいるの!?」

 

「うん、いるけど、そんなに急がなくても良いよ。今日は月が綺麗だから」

 

「つ、月……?う、うん、わかった。できるだけ急ぐね」

 

「じゃ、またあとで」

 

「うん、またあとで」

 

 そう言って通話をきると、張り詰めていた糸が一気に緩むように、へなへな〜と崩れ落ちそうな気分になった。

 

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(あ〜、どうしよう。大神君に言われたら断れるわけないじゃん。マキめ〜)

 

 内心マキを恨めしく思いながら、それと同じくらい嬉しさでニヤニヤしてしまう。なんとも複雑な心境。

 

「あぁ、こんな事している場合じゃない」

 今にも崩れそうな体に鞭打つと、かけてあるバスタオルに手を伸ばした。

 

 体をふき、なかなか乾かない長い髪に悪戦苦闘しながら、それでも丹念にドライヤーで乾かし。バスタオルを巻いて脱衣所をでると階段を一気に駆け上がり、二階にある自室に飛び込んだ。

 

 着る予定だったパジャマをベッドに放り投げ、クローゼットから洋服を取り出し素早く着替えるとドタドタドタと階段を駆け下りた。

 

 居間を覗くと、椅子に座り、寛ぎながらテレビを眺める母がいた。母は私の視線に気づいたのか、こちらを向くと、どうしたの?っと声をかけた。

 

「うん、ちょっと本屋に行ってくるね」

 嘘をついた。両親にたいしての人生で初めての嘘。たいした嘘ではないと思うのだが、やけに心に引っかかる。後ろめたさが溢れてくるよう気持ちだった。

 

 …………。

 

「そう、あまり遅くならないうちに帰ってくるのよ」

 

 少しの沈黙のあと、母はそう告げた。それは思っていたよりもすんなりと、意外なほど簡単で素っ気ないものだった。

 

「うん、わかった」

 私はそう返し、踵も返すと玄関で靴をはき罪悪感だけを残して扉に手をかけた。

 

 玄関を出ると、大神君は道をはさんだ向かい側で、こちらに向かって手を振ってくれていた。

 

「待たせちゃって、ごめん」

 そう言って足早に駆け寄る。

 

「いや、急に誘ったのは僕の方だし、それに思っていたより早かったから気にしなくていいよ」

 

「う、うん……、ありがと」

 大神君のちょっとした心使いが妙にうれしくて、つい言葉にでてしまった「ありがとう」変な子だと思われないか、ちょっと心配になってしまう。

 

「さぁ、行こうか」

 

 そう言って、リードしてくれる大神君。気恥ずかしさからか、彼を直視できずに俯いたまま一度だけ「うん」と頷いた。

 

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 緊張するなぁ〜。少しの気のゆるみでボロがでてしまいそうな綱渡りのような張りぼて、そんな物をイメージしながら、どんだけピンチだよと一人。自分に突っ込む。

 

 横を見ると、俯きながらも並んで歩いてくれている坂上さんがいる。

 

 会えるといいと淡い希望を抱いていた人が隣にいる。夢を観ているんじゃないかと思えるほどに、僕の両足は浮き足立っている。

 

 現実味がない。

 

 例えるなら。フワフワと宙を進むぬこ型ロボット。それくらい現実味がなかった。

 

「坂上さん」

 

「ん?」

 

 返事はしてくれるけど、相変わらず俯いている坂上さん。流した髪から覗かせる横顔は微かに赤く染まり。緊張しているのだろうか?と思えた。

 

「坂上さんってお兄さんいる?」

 

 え?、と驚きながら、こちらを見上げる坂上さん。微かに目があったかと思うと、すぐさま視線をそらし俯いてしまう。

 

「ううん、私一人っ子だから、兄妹はいないよ」

 

「そっか」

 

 じゃ〜、あの人はいったい誰だったのだろうか?坂上家から現れた。謎の人物。黒いスーツを着た。いや、黒で形容するには優しすぎる。闇を纏っているような不吉なな男。それでいて話してみると不思議な魅力を感じる。そんな男だった。

 

…………

 

……。

 

「どうしたの?」

 

 

 そう呼びかけられ彼女を見ると、心配そうにこちらを覗き込む坂上さんの姿があった。

 

「大丈夫。なんでもない」

 そう言うと彼女は、変な大神君。ともらして俯き戻った。

 

 そうだよな。折角坂上さんと二人きりなんだから今に集中しないと、それに、変な心配をさせても悪いから、と話題をかえる事にした。

 

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「坂上さん。これ」

 

 大神君から差し出された手に誘われるように手を添えると、一つの石細工が手の平に残った

 

「わぁ、綺麗、なにこれ?」

 

「うん、これはね。エンバーストーンって言う石のキーホルダー」

 

 それは、涙滴型で、その中心は燃えるような激しい赤、その周りを淡く優しい橙色が包み込み、外色はクリアな半透明でいて、尚且つ黒煙を閉じ込めたような透明な黒帯がいくつも混ざり包む。そして、その石をいくつもの細い銀細工の枝が絡めていた。それは、そんな不思議な石のキーホルダーだった。

 

「貰い物なんだけどね。今日坂上さんを誘う事を話したら、それなら、これを持って行くといい。って」

 

「そう、なんだ……。

 

ありがとう。

 

大事にするね」

 

 突然で、唐突だけど、嬉しくて涙がこみ上げてくる。それは綺麗な石のキーホルダーだったけど、それよりも、大神君からのプレゼントという事が何よりも嬉しかった。

 

 もう一度、ありがとう。と伝えると、大神君は少し照れたようにして、貰い物だから気にしなくていいのにとこぼした。

 

 そうじゃないんだよな〜。と思いながら込み上げそうな涙を拭い去り、笑顔を作った。

 

「そういえば、なんでこれを私に?」

 

 目的地に向かいながらふと、そんな事を思った。

 

「えっ、あぁ、え〜っと、おじさんから聞いた話なんだけど、エンバーストーンって日本語に直すと種火石って言うらしんだよ。それで、坂上の名なら今日持つに相応しいだろうって」

 

「ん〜、どういう事?」

 

 私は頭を捻りながら必死に考えたが、心当たりが無く、もう一度聞いてみることにした。

 

「坂上さん、Will o' the wispって知ってる?」

 

「うぃるおうぃすぷ?」

 

「うん、ウィルオウィスプ。日本で言う鬼火みたいなものかな。ウィルって言うのは人の名前でね、ウィルはたくさんの人を騙して暮らしていたんだって、、結局はたくさんの人から恨まれて、それが原因で殺されてしまったんだけど、ウィルは持ち前の口のうまさから聖ペテロを騙して、生まれ変わって、新しい人生を手に入れたんだけど、ウィルは生まれ変わっても、たくさんの人をだまし続けました。そこで聖ペテロ死んだウィルと再会したときにこう言ったんだって

 

 貴方を天国に通す事も地獄に通す事もできません。て

 

 その結果、ウィルは永遠に煉獄を彷徨い続ける事になってしまったんだけど、そんなウィルを哀れに思った一人の悪魔が地獄の業火から一つの石炭を取り出してウィルに手渡したんだって、明かりも無しに永遠を彷徨うのは可哀想だからって」

 

 …………

 

 ……う〜〜ん

 

「もしかして……、私がウィル?」

 

 そう聞くと、大神くんは慌てたように、違う違う、坂上さんは心優しい悪魔の方だよ。と言った。

 

「えぇ〜、私、悪魔?」

 そう意地悪く言うと大神くんは、うぐぐ。と口を噤(つぐ)んでしまった。

 

 そんな大神くんを可愛らしく思いながら、ちょっと可哀想だったかなと反省してみる。

 

「一応、坂上さんの名前からの由来もあるんだよ」

 

「はいはい。わかりました。今日の私は悪魔だからちゃんと覚悟しておいてね」

 

「おぉ、恐い恐い」

 大神くんの変なしゅべり方に自然と笑みがこぼれてしまう。

 

「何それ〜」

 

「ごめん。ごめん。つい癖で」

 

「別にいいけどね。面白いから」

 

 微笑ましげにそう言うと、ふと、ある事に気づく私。今日は冴えてる? 

 

「そういえば、大神くんも何か持ってきてるの?」

 

「何か?」

 

「うん、私は石もらったでしょ。大神くんは何か貰ったのかな?てね」

 

「あ、あぁ〜、貰ったよ。ほら、これ」

 

 ポケットから取り出されたそれに目をやると、そこには一つの腕輪があった。

 

「腕輪?」

 

「いんや、首輪」

 輪っかに見えていたそれの角度をキリッと変えるとそれはたしかに首輪でした。

 

「く……、首輪」

 

「ほんとだよな。君は狼だからしっかりリードを握ってもらった方がいい。とか、どんなplayだよ。って」

 

「ふっ、ふひ、ヒヒヒ、ホ、ホントに、ホントに首輪ゎ」

 

 笑  笑 笑

   笑 笑  笑

 

「もう駄目、お腹痛い。許して」

 

「ちょっと……、笑いすぎ」

 

 拗ねたように言う大神君を尻目になんとか堪えようと頑張る私。

 

「ごめん……、ごめん。もう、大丈夫だと、思う。ッフフ」

 

 笑いに耐える私を呆れ顔で眺めながらも、ほら、もうすぐ、せせらぎ公園だよ。とちゃんと、エスコートしてくれる彼に感謝しながらついていく。

 

「ねぇ。大神くんさっきの首輪貸してよ」

 

「いいけど、何すんの?」

 

 彼から首輪を受け取り、留め具を開くと、ハイっと右手をだした。

 彼は訝しげるように私の手を眺めると、何?と返した。

 

「右手だしてよ。つけるから」

 

「いや、いいよ。首輪なんて」

 恥ずかしげに照れる大神君に、有無を言わせぬように強く、強く言う。

 

「駄目です!!。悪魔の言うことはちゃんと聞いてください」

 そう言うと、大神君はため息混じりに肩を竦めて、そして、観念したのか、ハイハイ、わかりましたよ。そう言われちゃかなわない。と右腕を差し出された。

 

 スルスル……、シュ、カチッ

 

「はい、できた」

 

「ぅわー。あんま嬉しくないな。」

 

「ニシシ、いいから、いいから、早く行こう」

 

駆け出しながら返り見る彼の顔は、ほんと、やれやれって感じで可愛くて、そんな彼がたまらなく好きで、そんなんで困らせてしまう自分はどうしようもないな〜、なんて思う今日この頃でした。

 

 

 

 

 

 

説明
これは、昨年のハロウィンに企画して書き始めた物語ですが、いまだに未完の物語です。

これは少年少女の物語です。

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