魔法少女ほむら☆マギカ L.o.s 次回新刊予定サンプル
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 ――あたしはただもう一度、アイツの演奏が聴きたかっただけなんだあのヴァイオリンを――さ。もっと……もっと大勢の人に聴いてほしかった。それだけだったんだ。

 でも、これはたぶん、さやかちゃんが望む形じゃないんだろうなって。

 ――その気持ちを思い出せただけで、十分だよ。もう何の後悔もない。大丈夫だよ。

 さやかちゃんが祈ったことも、そのためにがんばってきたことも、とっても大切で、絶対無意味じゃなかったと思うの。

 ――まあそりゃ……ちょっぴり悔しいけどさ、仁美じゃ仕方ないや。恭介にはもったいないくらいいい子だし……幸せになって……くれるよね?

 うん。そうだね。……じゃぁ、いこっか。

 ――でもさ……、まどかが犠牲になる。そんなことしなくてもいいんだよ。だって、あたしはもう十分救われたから。

 えっ? さやかちゃん、何を言ってるの?

 ――今度はさまどかの番。だから、生きなよ。あたしの分までもさ。まどかにはその資格もやりたいことも本当はあるんでしょ?

 やりたいこと? だって、これがわたしのやりたかったことなんだよ? だから願ったんだよ?

 ――違うよ。まどか。確かにその願いはこうやって現実になったけど。ここに残り続ける必要なんてどこにもない。仮に残る必要があるならあたしが残ればいい。それにね……。救われてないんだよ。魔法少女の中、ただ一人だけ。ねぇ、まどか?

 救われたよ。みんな、もう魔法少女が悲しい思いなんて誰もしなくていい。そんな世界が今これから始まるの。その中でさやかちゃんも――。

 ――いいや、いいんだ。だからさ、もう振り返らないで行けよ。

 さ、さやかちゃん!?

 ――さよならだよ、まどか。そして、ありがとう。あたしの友だち。

 

? ? ?

 

 世界の根本的なあり方を構成するシステムが変わっていく中、私はまどかとその変革を見守るように言葉を交わしていた。インキュベーターが引いた……、かつて創り上げた魔法少女システムは壊れ、絶望するしかない魔法少女の存在理由が消え行く。そしてもう誰も絶望しない世界へと変わっていく。その空間と空間の狭間のような場所。

 ――そんな不思議な場所に私たちはいた。

 それを作り上げていくのは私の前で真剣な顔をしながら一緒に世界の崩壊を見つめる少女。

 ――鹿目まどか。

 彼女の願いによって、この現象が引き起こった、構築されていた。神さまにも近い魔法少女……となって。

「これからのわたしはね、いつでもどこにでもいるの。だから見えなくても聞こえなくても、わたしはほむらちゃんのそばにいるよ」

 ――まどかが微笑む。消えるつもりなの……? そんなのって、それはつまりは……。そんなこと考えたくない。だから、心の奥底から私は叫び声をあげる。

「だからって、あなたはこのまま、帰る場所もなくなって、大好きな人たちとも離れ離れになって、こんな場所に、一人ぼっちで永遠に取り残されるって言うの?」

 そうなってしまえばもう誰にも認識されない。ずっと一人ぼっちの世界。誰にも触れられない。誰にも触ってもらえない。人の温もりを感じることさえできない。温かささえ忘れてしまう世界。誰もがまどかを感じなくなる。

 ――そんな世界にただ一人だけ……取り残されてしまう。

「ううん。諦めるのはまだ早いよ。ほむらちゃんはこんな場所まで付いて来てくれたんだもん」

 まどかの声に何も迷いを感じることができなかった。かつて私が尊敬した鹿目まどかがここにいた。――ここに現れていた。

 だからこそ、まどかの言葉に疑いを感じなかった……。感じなかったけど……、

「まどかは……それでもいいの? 私はあなたを忘れちゃうのに? まどかのこと、もう二度と感じ取ることさえできなくなっちゃうのに!?」

 と悲観するよう叫んだ。少なくとも私は――嫌だ。だって、そうなりたくないから、そうなって欲しくないから私は魔法少女になった。

 ――少なくとも最初はそうだった。だからこそ、私はまどかを救いたかった。あの絶望しかない世界で、インキュベーターの手から少なくともまどかだけは守りたかった。

 ――まどかだけをただ守り続けたかった。守られる自分じゃなく、まどかを守れる自分に。それが私の願いだった。その回答にいけるたった一つの開かない扉を開けたかった。だけど、その扉を開けたのは私じゃない。助けたいと願った鹿目まどか……、その本人だった。しかもそれは……。

「だから、元の世界に戻っても、もしかしたらわたしのこと、忘れずにいてくれるかも」

 ――自己犠牲。そんなのは本当じゃない、本当なんかじゃない……。そんな回答なんて嫌だ。

「大丈夫、きっと大丈夫。信じようよ。だって魔法少女はさ、夢と希望を叶えるんだから、きっとほんの少しなら、本当の奇跡があるかもしれない。そうでしょ?」

 まどかが『別れの言葉』みたいなことを私に話す。もう二度と会えないようなそんな錯覚を私に与える。わかっていた、わかっているのに消滅なんてさせたくない。でも、それは確定事項なんだ………。インキュベーターが言っていた。『ただの概念に成り果ててしまった』と。だからもう――ここに鹿目まどかという少女はいない。

 でも、ずっと一緒にいたい。いつまでも……。それなのに――。

「ごめんね。わたし、みんなを迎えに行かないと」

 ――まどかが行ってしまう。もう二度と会えないかもしれない。触れることができないかもしれない。喋ることができないかもしれない。――そんなのは嫌だ。

「まどか! まどかぁ!」

 手が届かない。伸ばしても伸ばしてもまどかに触れることすらできない。逆に遠ざかっていく。

 もう温もりを感じることができないの? あなたの笑顔を見ることができないの?

「行かないで! まどか!」

 心から声が漏れる。どんどんまどかが遠くへ行ってしまう。その姿が薄れていく。

「まどかああああああああああ!」

 声がどんなに枯れたって構わない。それで彼女が行かないで済むのなら……、私はしゃべれなくなったって、なんだっていい! だけど……だけど、私の言葉とは裏腹に、まどかは私の元からずっとずっと遠くに……行ってしまう。

 少なくとも……少なくとも私は――私だけはたとえ消えることになっても一緒にいたかった。まどかと一緒にいたかった。一緒に消えてもよかった。

 まどかのいない世界なんて意味はない。――ない……!

「いつかまた、もう一度ほむらちゃんとも会えるから。それまでは、ほんのちょっとだけお別れだね」

「まどかああああああ!」

 その言葉を最後に私とまどかの距離は絶望的となった。まどかの姿形は全て消え去り、世界が白い光に包まれていった。まどかが犠牲になり、新世界が幕を開ける。

 それが私とまどかの最後になるかもしれなかった記憶。――そのはずであった。

「えっ……?」

 しかし、まどかの言葉と違って再会はすぐだった。『いつかまた』なんてことはないものであった。

 インキュベーターによって作られた魔法少女システムが破壊され、まどかによって改変された魔法少女システムがある世界が動き出す。そんな世界で最初に出会った人。もう二度と会えないと思った。

 そのはずであったのに、私の目の前にいるのは『またね』と言ったまどか。

 ――その本人であった。

「……まどか?」

 いるはずがなかった。いるはずない、そう言いたくはないが存在することさえ厳しい現実があった。世界を構築しなおすために、まどかは『たった一つの願いごと』をしたのだ。

『全ての魔女を、生まれる前に消し去りたい。全ての宇宙、過去と未来の全ての魔女を、この手で』

 全てを見守る神さまに。その想いでまどかは魔法少女になったはずである。

「……さやかちゃんが、さやかちゃんがね」

 その結果が存在しても目の前にはまどかがいた。正真正銘の鹿目まどかがいた。まどかがここにいるなら、それは叶えられていない? 

 それを今すぐに確認することができない。でも、まどかはここにいる。魔法少女の服装で崩れるようにぺたんと地面へと崩れ落ちていた。まどかの顔には先ほどまで見えていた笑顔はない。暗い、悲しそうな表情だった。

「――どうして……?」

 私の問いに答える前にまどかが泣き出した。

「それはぇ……さやかぁちゃんぁがね……」

 また、再びこの娘の泣き顔を見ることになるとは思っていなかった。

「まどか、落ち着いて……!」

「でも、でもね!」

 まどかを強く抱きしめる。身体は震えていた。そして落ち着いたまどかは話してくれた。なぜ、まどかがこうして世界に残ることができたかを……。

 

? ? ?

 

「うーん、キュゥベぇはさ……こういうこと得意じゃないの?」

 鹿目まどかは右手に持つシャープペンシルを口元に強く押し当てると、机の上に座っている生き物に問う。

 机の上には歴史の教科書とそのノートが一緒に勉強のためにおいてある。赤色や青色の蛍光ペンを使って、まどかなりにわかりやすく書いてあるとまどか自身は思っている。それを照らすかのようにデスクライトがまどかの手元を明るくしていた。

 時刻は夕時。沈みかかった太陽が部屋の中を少し照らしていたため、それほど暗くはなかった。だから、まどかは部屋全体を照らすライトは点けないでいた。

 学校は日曜日なのでない。特にこれといって用事も部活もなかったまどかは、こうして学校の宿題と予習に取りかかっていた。部活といってもそれ自体にまどかは入っていなかったため、用事がなければ特に学校に行くことはない。それだけ自由に使える時間があった。

 自由な時間が取れるとはいっても……、宿題の進捗はあまりよくなかった。手を動かしていないわけでないのでそれなりに進んではいる。その証拠にノートには今日書き込んだものが記されていた。

 ノート、それはまどか特製ノート。まどかにとって、そこに記したことは本当に情報が確かなことなのかどうかはわからない。教わったことや調べたことを書き込んでいるだけだから。人には見せたことがないだけで一体と呼ぶべきか、一匹と呼ぶべきかこの生き物には度々見せている。その生き物は机の斜め上からまどかの声に反応するかのようにまどかを見つめていた。

 ――赤い瞳の白い生き物。宇宙からきた使者。

「ボクかい? そりゃ、君たちの歴史は知らないことはないけど、実際の歴史とボクが見てきた歴史は大きく違っていたことは確かだよ。だからといって、ボクがそれを答えてもまどかの答えとなるとは限らないし、それを仮に得意なのかと聞かれたら、ボクたちはそれを知っているだけで、得意というわけじゃないよ」

 まどかの教科書とノートの中を覗き込んだ白い生き物がまどかの問いに答えるよう喋った。

 ――その生き物はキュゥベぇ。一見すると猫にも見えるこの生物はまどかにとって、知らない生き物であるのは確かである。喋る猫なんて他にはいない。

「そっか」

 キュゥベぇを見つめていた視線を戻すと、教科書の文字を読み取る。この問いに対する答えは何度も聞いたことがあるのでまどかはそれ以上聞き返そうとはしなかった。だからこそ、再び学問の世界の中へ戻ることができた。

『クレオパトラ』

 その人の説明と写真がそこには記されている。それにまどかは目が止まった。

まどかは目を閉じると、

「昔にはすごい人がいたんだよね……わたしにはとても無理かな」

 と、ぼやきつつため息をついた。

「そんなことはないよ。まどか、君も十分すごい人だとボクは思うよ。そう魔法少女としてね」

「でも、それはその時だけでしょ。わたしはこんな風にいつでもとかできないよ」

 今と昔じゃぁぜんぜん違うとまどかは思った。

 ――あの時と違うと。

「そうかな? 物は使いようって君たちのことわざにもあるじゃないか。なら、そうできるようにするだけだとボクは思うよ。君にはその資格も叶えたい夢もあったんだろう?」

「うーん」

 まどかは腕を机にのせるとまたため息をつく。

「君が……、君たちが宇宙のルールを変えたのは事実なのだろう? ボクはそれについて確認のしようがないから何も言えないけど、それが事実ならまどかがすごいことをしたのは確かなのだろう。こう言ってはなんだけど、ボクにとっては君たちが話してくれた宇宙のルールはとても魅力的に見えるよ」

 キュゥべぇは懐かしむように軽く頷く。しかしながら、そのときの記憶をキュゥベぇは持っていない。かつて暁美ほむら、鹿目まどかが世間話のように話しただけだ。

「そんなことはなかったんだよ。少なくとも、あんな世界はあっちゃだめだった。誰も救われない。絶望しかしない。そんなのはだめなんだ。あなたたちインキュベーターが好きにできる世界なんてシステムはあっちゃだめなんだ」

 まどかはそれに対して強く否定した。それはあってはいけないんだと。

「やっぱり、人の価値観というのは理解出来ない」

 キュゥベぇは机から窓辺に『ほいっ』という掛け声と共にジャンプすると、まどかの方を振り向いた。

「お邪魔したね、まどか。ボクはそろそろ出かけるよ。マミたちの様子も見たいことだしね」

「そう。じゃぁまたね」

 まどかがそれに手を振る。

「うん、魔獣が出たときにでもまた来るよ」

 キュゥベぇはそう言うと窓から外へ出ていった。音もなくというべきなのか、着地音も移動音さえも何も聞こえず消えたと言ったほうが正しいのかもしれない。

 その様子をまどかはただ見つめるだけだった。

「さやかちゃん……」

 かつていた少女の名前をつぶやく。――美樹さやか。それが彼女の名前だった。

 机の引き出しを開けると、いくつかのアルバムが出てきた。そこには今までの思い出が写真として記録されている。しかしながら、さやかがいたはずの場所には誰もいない。そこだけが切り抜かれたかのように透明、もしくは別人へと変わっている。

「……」

 まどかの中にある記憶は、その写真のいずれにもなかった。それどころかどこにもさやかに繋がるものはない。理解していた。さやかはこの世界にはもう存在しない人物なのだと。仮に美樹さやかという人物がいたとしてもそれは完全な別人。名前だけ同じだけだ。

「っ……、いけないよね……さやかちゃん。こんなわたしは……」

 頬に流れる何粒もの雫によって、まどかは涙ぐみながら写真を見つめていることに気づき目をこすった。服の裾が少し濡れた。

「あっ!」

 まどかはアルバムを見ていた姿勢を伸ばして起こすと、何かが鳴っているのが耳に入った。

「……玄関?」

 耳をすましてみれば、それは一階で鳴っている家のチャイムであった。特徴のある電子音。その音が規則正しくメロディを奏でていた。部屋にある時計を見ると、写真を見始めて大分経っていることに気がついた。

「はーい」

 まどかは声をあげ、勉強途中だった教科書にシャーペンシルを挟むと席を立ち、来訪者に会うべく部屋を出る。アルバムは教科書の下へと隠すように入れた。

「……大丈夫」

 と、言い聞かせながら。まどかは玄関に行く前に洗面所に立ち寄った。鏡に映る自分の顔を見ると、苦笑してしまった。『なんてひどい顔をしているのだろう……』と。さやかはこんな気持ちにさせるためにあそこに残ったわけじゃないと、心の中で言い聞かすともう一度鏡を見る。

「よし!」

 そこには、先ほどまでいたまどかはいなかった。いつも見せる笑顔が自慢の少女がそこにいた。急ぐようにして、玄関へ向かう。

 母親は仕事。父親はまどかのたった一人の弟と一緒に夕飯の買い物に出ていた。『今日はご馳走にしないとね』と、父親が話していたことを思い出す。まどかはその理由がわかっていたので『そうだね』とその時、ただ答えた。

 理由は簡単で、母親が『あの野郎、休日なのに呼び出しやがって』と愚痴を溢していたからだ。つまりはイライラ感を少しでもなくしてあげようという父親の愛情であった。

 本来であれば、まどかも一緒に買物に行きたいところだったが学校の宿題に全くと言っていいほど手をつけておらず、またその課題量も膨大であったため、悔やみながらも『行ってらっしゃい』を言うこととなっていたのだ。

「どちら様でしょうか?」

 まどかが玄関をなんの疑いもなく開ける。一瞬だけ『あっ』と思ったのだが、既に扉は来訪者を迎えるべく開こうとしていた。

 いつも同じように玄関を開けてしまうため、悪質なセールスマンと対面する事態に何度か陥り困惑していた。だけれども父親が対応を心得ていたため、セールスマンから何も買わず帰ってもらうことに何度も成功している。まどかはそれを見るたびに申し訳なさそうに苦笑いをするのであった。そのため、心のなかでセールスマンだったらどうしようかなぁと少しドキドキ感があったが、

「あれ? ほむらちゃんどうしたの?」

 休日のはずであるのになぜか制服姿の暁美ほむらがそこには堂々と立っていた。まどかは予期せぬ人物であったため、目を見開き驚きの表情をほむらに向ける。

「……宿題、進んでいるのかと思って」

 よく見るとほむらは学校指定のカバンを握り締めている。ほむらの言葉数が少なかったため、まどかは『宿題をちゃんとやっているの?』という風に認識した。

「あはは、あまり進んでないかな……」

 右手で顔をかいた。『数分前までやってたんだ』とほむらに口走る。

「じゃぁ、一緒にやりましょう。私もあまり進んでいないわ」

 ほむらがカバンの中からノートを取り出すとその中を見せる。そのノートの中身はほむらがいうようにほとんど白紙で何もやっていないようだった。ほむらはまどかが確認するのを見計らってノートをカバンへと戻した。

「そうなの!? じゃぁ、入って入って。ほむらちゃんすごい勉強できるもんね。すごく助かるよ」

 まどかは扉を大きく開けるとほむらを家に招き入れた。ほむらは学校内で上位に食い込むほどの成績を持っている。それは学校に行けなかった分皆に追いつこうと努力したためと、何度も同じ時を繰り返すうちに覚えた結果である。

 知識どころか運動能力であってもほむらはかなり高いものを持っていた。『それはまぁわたしも同じかぁ』とまどかは一瞬思う。まどかたちの肉体は超人みたいに強化されている。それが魔法少女なのだから。

「……お邪魔します」

 ほむらはそう言って一度おじぎをすると、鹿目家へと足を進めた。そして、靴をきれいに並べて身体の向きを廊下へと戻すと、当然のように迷うことなくまどかの部屋がある方向へと歩き始める。

「ほむらちゃん、わたしの部屋わかる?」

 その声に反応するかのように動きを止めたほむらがまどかの方を振り向く。

「……もう、何度も来ているから大丈夫」

 少し笑みをこぼしながらほむらはそう言った。

「そうだったね」

 その言葉を聞いて、ほむらはまた前を向いて歩き出していた。

「ふふ、久しぶりだな。ほむらちゃんがうちに来てくれたの」

 さやかがいなくなってから毎日のように、ほむらはまどかの家を訪ねてくれていた。それは本来まどかがなるはずであったものを、さやかが代わりになったときに起こってしまう何かがないのかという心配ごとがあるからだった。

 最強最悪の魔女であるワルプルギスの夜は消滅した。それは同様に最強最悪の魔法少女として、鹿目まどかが誕生した結果だった。それによって、宇宙のルール……、魔法少女はいずれ魔女へと至る運命は回避された。――それが、鹿目まどかが望んだ願い。まどかの最初で最後の奇跡となるはずであった。現実は、こうしてまどかは通常の世界に留まっている。

 ――鹿目まどかは今もこうして、ここにいるのであった。

 

? ? ?

 

 まどかが部屋に着くと、ほむらはまどかの机にあるノートをペラペラと眺めるようにめくっていた。

「ちょ、ちょっとほむらちゃん!? 恥ずかしいからあまり見ないでほしいんだけど……」

「綺麗な字だと思った」

 机の上に二人分の飲み物を置くと、まどかはほむらに微笑んだ。

「じゃぁ、勉強しよ! あ、そうだ。椅子がなかったね。ちょっと待ってね」

 まどかは思い出したかのように、押入れの横にある小さな椅子の方へと歩き出す。この小さな椅子はほむらのためにまどかが前に用意したもので、かわいいくまの刺繍がされているものだ。この刺繍はまどかの趣味で選んだものだった。最初の頃はあまりにかわいすぎるから『私じゃなくて、まどかが使ったほうがいい』とほむらは最初の頃は遠慮がちだったが、まどかのあまりの押しに結局負けてこうして使うこととなっていた。通称ほむら専用の椅子。

「はい、ほむらちゃん。ほむらちゃんの特等席だよ」

 先ほどと変わらない微笑でその椅子を手渡すようほむらへと向けた。

「うん、ありがとう」

 ほむらはそれを受け取ると一度ため息をはいた。そしてまどかの席のすぐ隣に、クマの顔がほむらを見つめてくるような形でそれは置かれた。

「また、見ていたの?」

 ほむらが何かを見つけたかのようにそうつぶやく。ほむらの視線の先には、先ほどまでまどかが読んでいたアルバムが教科書の下から飛び出るようにして現れていた。

「あっ、ごめんね。すぐに片付けるから」

「いえ、いいわ。先にこれを見てからにしましょう。その方がきっとまどかにとってとてもいいことだと思うから」

 慌てて片付けようとしたまどかの手を制するようにつかんだほむらが、真剣な眼差しをまどかへと向ける。

「……ほむらちゃんがそう言うなら」

 そう言いながら、まどかは自分の席へとゆっくり座るのであった。それを見ながらほむらも用意された席へと腰を落とす。

「懐かしいというべきなのかな、恥ずかしいというべきなのかな。こうやって、人にアルバムを見せるってことはあまりしたことないから……。といっても、ほむらちゃんはもう何度も見てるんだよね? ごめんね、本当にわたし……」

「まどかは何もあやまる必要ないわ。悪いのは勝手にアルバムを見ようとした私。そして、この世界へと戻した美樹さやかのせいよ」

「そんな言い方ないよ。さやかちゃんだって、たくさんたくさん悩んで悩んだ結果だったんだよ。本当のことはわたしにもわからない。でも、わたしたちはずっとずっと一緒だっただから、少しわかるの」

 まどかは少し悲しい顔をほむらへと向けていた。それを見たほむらは戸惑うような形で

「ごめんなさい……。私がこうしてまどかにもう一度会えたのは美樹さやかのおかげなのは理解している。でも、こうなってまでもまどかを苦しめるのだけは許せない」

 と言葉を返した。

「手厳しいね、ほむらちゃんは。わたしはそうは思ってないよ。勝手にわたしが考えてるだけだもの。さやかちゃんは関係ないよ」

「そう」

 そう言いながら、ほむらはアルバムを閉じた。

「じゃぁ、この話は終わりね。勉強しましょう。そのために来たのだから」

 ほむらが少し口元を緩める。

「そうだね」

 まどかはほむらからアルバムを受け取ると引き出しの中に大事そうにしまった。

 そんなまどかを見ながらほむらは『やっぱり、まだ……』と心の中で言葉にする。ほむらの視線の先では、まどかが先ほどと変わらない笑顔で照れていた。

 

? ? ?

 

 夕食を食べ終わったまどかとほむらは、軽い挨拶を済ますと部屋へと戻った。夕食にはまどかの父親である鹿目知久、母親である鹿目詢子、弟のタツヤ、まどか、そしてほむらの五人で食べた。まどかにとっては久しぶりの家族での夕食。

ほむらにとっては数日ぶりの鹿目家での夕食のお誘いであった。本来であればこうして夕食をいただく予定はないのだが、知久の説得により断れきれなくなって結局、今のところ全部毎回一緒に御飯を食べている。

 そのため鹿目家にとって、ほむらは顔なじみの存在になりつつあった。暁美ほむらという名前は、美樹さやかの名前の代わりへと変化したようにもほむらは少しばかり感じていた。

 ――この世界での美樹さやかは、私なのだと……。

「ごめんね、タツヤが髪の毛引っ張っちゃって」

 まどかが苦笑しながら窓を閉めた。それにより、空気の流れが変わる。

「いいわよ、いつもされていることだし、それにまどかの弟なら別に構わないわ」

 表情から怒っていないとまどかは感じた。

「そう、ありがとう」

「夕食はよかったの? 私なんかが一緒で」

「それこそ、構わないだよ。ほむらちゃんにはいっぱいお世話になってるし、もううちじゃほむらちゃんのこと知らない人はいないよ」

 まどかはそう言うと、ベッドへと腰掛けた。

「うーん、お腹一杯になったから、勉強はもう少し経ってからにしようか」

 お腹をさすると『ははは』と微笑する。

「そうね」

 ほむらが窓から外を見つめる。窓の外には雲は殆ど見えず、住宅街の明るい光のせいか星もそれほど見えない。

「何か見えるの?」

「……いいえ、何も。あえて言うなら変わった世界というものかしらね」

 振り返ったほむらが自分の髪の毛を触る。それが重力の影響でなびいた。

「いいよね、ほむらちゃんは髪の毛サラサラしてて。わたしは髪の毛伸ばしちゃうとすごいことになっちゃうから……さやかちゃんもそういえば……」

 そう言って、まどかはうつむいてしまう。その表情を見たくないと感じたほむらは歩き出していた。――まどかへと一歩ずつゆっくりと。そうすることで少しでもこの嫌な空気の流れを変えたい、そう思ったから。

「ま、まどか!」

 ほむらが真剣な眼差しを向けた時には、まどかはベッドに既に押し倒された後だった。しかも、それはほむらがまどかに覆い重なる形で。左を見ても、右も見てもほむらの手が見える。そして、まどかの正面には無表情のほむらの顔がまどかを見つめていた。

「ほむらちゃん?」

 まどかは少し戸惑ったがそれはすぐになくなっていた。

「……っ」

 ほむらの無表情の中に少し戸惑いがある。身体が小刻みに震えるかのよう揺れていたのだ。

「……大丈夫?」

 まどかはその震えが気になり確かめようと右手でほむらの頬を触る。やはり、身体は震えていた。小刻みにテンポよく。それとともにほむらの温もりをまどかは感じる。魔法少女であっても感じることができる人であるという温もりを。

「あっ……!」

 ほむらが悲鳴に似た声を一瞬だけ放つと目を閉じた。

「ほむらちゃん、どうしたの?」

「うっ、ぅぅ……」

 おもむろにほむらは唸り声を上げると、閉じた瞳から涙を滲み溢れ出していた。それがまどかの顔へと伝うと、崩れるようにまどかへと倒れた。泣くほむらを落ち着けようとまどかは、ほむらのうめき声をあげる口を奪うようにして深いキスをする。それに答えるかのようにほむらは一度頷くと少し泣き止み、そして貪るようまどかの身体を求めようとまどかの服に手をかけた時、

「「!?」」

 二人は同時に体の背筋を伸ばした。それは嫌な悪寒が全身を貫くようにしびれとなって響いたからだ。これはきっとあれに違いないとまどかたちは感じていた。

 同じタイミングで感じる深い念、――そう魔獣の気配と。

「……ほむらちゃん、気づいた?」

 その感覚を確かめるべく、まどかはほむらの考えを伺う。それに答えるかのようにして、ほむらはまどかを傷つけないようゆっくりとベッドから立ち上がると、窓の奥を見た。そこからは先ほどと変わらず何も見えず、ただ暗い街中しか窓から見えるフレームには写っていない。

 その反応を見てまどかは、魔獣が来たと判断した。そしてベッドからゆっくりと起き上がり、

「ふぅ――よし」

 ベッドの脇に立ち上がると服を整えた。そして一歩窓へと近づく。

「……はぁ、そうね。そのとおりだわ。魔獣よ、魔獣。本当に最悪ね」

 ほむらはため息をはくとそうぼやいた。もう表情は曇っていない。いつもまどかのことを第一に考える暁美ほむらがまどかの隣にいた。

「――さぁ、いこうよ!」

 まどかが笑うとほむらへと手を伸ばした。ほむらは一瞬顔をそらすが、表情を笑顔に変えるとその手を取っていた。

 

? ? ?

 

 魔法少女になった私たちは反応があった場所へと急いだ。そしてその場所に近づくとゆっくり歩みよった。念には念を入れるという意味でだ。注意を怠ることを今の私たちはしてはいけない。

 ――それはかつての魔法少女としての力を私たちは……失ってしまったから。

 だからビルの影から影へと、しっかりクリアリングしながら前へと進む。何度も振り返り、幾度も側面を見返す。

「……」

 住宅街と違ってここは庭や木々が少ないため隠れる場所が少ないが、見渡せればそれだけで後衛型のまどかと私の戦い方は有利になる。でも、それは魔獣にとっても同じこと。

 この場所はビル街の中心地という場所なせいか、とても薄暗い。時間的にもう働いている人はいないのだろう。非常灯のみが建物の中身を照らしている。その光は外にほとんど漏れていない。いつもと違って薄暗いのはそのためだろう。

だからといって何も見えないわけじゃない。

 便利なものね。魔法の力というやつは……。くっきりはっきりと何がそこにあるのか見えてしまう。文字であろうと何かの標識であろうと関係ない……。

 嫌な気分になりそう、そう判断した私は、

「どうやら、この先のようね」

 そう言って、魔法でリボルバーを出現させた。弾はあいにく入っていない。魔法少女としての固有能力を失った私には弾を回収する術を持っていなかった。だから、ここには何も入っていない。

 弾の入っていない拳銃なんて、剣にも拳にも槍にも……きっと何にも勝てないだろう。いや、使い方次第ではハンマーのようにできるかもしれない。だけど、本来の目的である対象物への殺傷能力と比べたら月とスッポンというものになってしまう。……そんなものあるだけ無駄。そういう世界になってしまう。

 だから……、リボルバーの弾倉を開くと左手で軽く回した。回転するのと同時に金属の擦れる音が何もしなかったビル街に響き渡る。魔獣がそれに気づくことはないだろう。

 ――寂れた金属のこすれる音。そのように錯覚する。古びた金属のしなる音、そうとも聞こえるかもしれない。連続的な継続音が響く。だからもしかしたら、何だろうと周辺を散策する人がいるかもしれない。音は繊細に人を刺激するものだから。

 だけど――時間帯は深夜。歩いている人はおろか、お店すら開いていない。魔獣の影響なのか、近くのコンビニには客もいない。店員でさえいない。好都合といえば好都合。今まで何も関係ない人を巻き込んだことはないが、念のためというのは必要である。私はそれほど気にしたりしないが、まどかのことを考えれば仕方ないこと。あの娘はそういう人達を放っておけない。

 それは巴マミの影響とも言えるかもしれない。まぁ、私も悪い気がしないのは本当のことだ。だから、巴マミやらまどかは関係ない。私の意志で極力巻き込まないよう気を付ける。――それだけだ。

「そうだね」

 まどかは私に一度頷くと弓を出現させ構えた。嫌な空気は警戒する空気へと変貌した。弓を出した影響により、まどかから薄いピンク色の魔力光が彼女を覆う。そして、私の反対側に立って同じように警戒した。ツーマンセルという形だ。左端に私たち、右端にまどかが立つ。お互いがお互いの死角をカバーする。これが今の私たちのフォーメーション。――生きるための戦い方。

「……ふぅ」

 右手に魔力を込めようと意識を集中した。その発動によって紫色の光が私の全身を包みこむと、その力が移動するように右手全体を包み込ませた。

 このやり方は巴マミが使用しているマスケット銃の魔法運用を真似した形だ。真似た形といっても、『こういう風にすれば?』と言ってくれたのは巴マミである。だから、真似というよりかはそこからヒントを得たという方が近い。しかし、巴マミが運用していたそのままの方法では私に制御することはおろか、マスケット銃を大量召喚もできない。おそらく、召喚するよりも早く先に魔力がなくなるだろう。

 私の魔力量は他の魔法少女に比べて少ない。時を止める。それができる最低限の魔力量。それしか私にはなかった。今の私にはその魔法もない。

 ――だからこそ、私はこうする。これが最善の方法だと信じて。

 右手に魔力を込めたものをリボルバー上で回転している弾倉にカードリッジとして一つずつ入れ込む。

「……よしっ」

 回転が停止したリボルバーの弾倉には、鉄の弾丸ではなく六発の紫色の魔力弾が装填されていた。装弾数、六発――これが今の私ができる最大限の魔法の力。

 時を止めることのできない私の戦い方。――そのための戦う方法。

 リボルバー本体に弾倉をしまうと、魔法で消した。戦っている最中はこんなことをしている余裕はない。右手に魔力を集中させて弾をリロードする。だから、戦っているときは威力の低下がはげしい。ヘタをしたら今行った方法の十分の一に至る威力すらないだろう。

 ――きっちりと同じ量の魔力を込めて発射する。集中する時間を相手がくれるならそんなことは簡単にできる。

 相手は魔獣。魔女並みに何を考えているのかはわからない。

 ――違うか。魔女は不幸を栄養とするために動くのに対して魔獣は今までの統計を考えても理由は不明。ただ、現れ破壊を繰り返す。世界で起きるテロと同じに近い。

 だけど、彼ら……魔獣はそんな小さいのとは訳が違う。人間が意識できた瞬間には、もう破壊された街しか残らない。逆に私たち魔法少女には、魔獣の叫び声、悲しみをあげる声が近くにいると身体に反応する。だから、滅んだ破壊された街というのは実際には少ない。

「……次」

 二つめのリボルバーを取り出すと同じ動作を繰り返す。

「ほむらちゃん……いける?」

 私はその声に答えるよう頷くと魔獣の反応があったエリアへと足を踏み入れた。

「……!」

 まどかが弓を、私がリボルバーを前へと構えそのエリア……、ビル内部を見た瞬間、何かのうめき声が耳に入るのと同時に目に鋭い光が入った。

「っ!?」

 その光は一瞬のことですぐに目は見えるようになった。

「まどか、今のは?」

 まどかも同じようで私と目が合うと、

「っ!? ほむらちゃん! 危ない!」

 そう言いながら、まどかが反射的に弓を引いて放っていた。私の耳元で風を切る音が一瞬すると、後ろで断末魔の悲鳴がする。

「……!」

 ――気付かなかった。後ろを振り返ると、その距離約三メートル。そこにそいつはいた。もう少し距離が近ければ攻撃を食らったかもしれない。それも致命的な――。

「大丈夫?」

 まどかが心配そうにこちらを見る。暗い顔をしていたのかもしれない。だから、心配させないよう出来る限り笑顔を見せた。

「ごめん。ありがとう、大丈夫。さっきの光はこいつの技?」

「うーん、たぶん違うと思うよ。この魔獣はいつもと同じ。だから、そんな能力はないはず。キュゥベぇに聞けばすぐわかるんだけど、一度別れてからまだ会ってないんだ……」

 必要なときにいなくて、必要ないときにいる。相変わらず嫌なやつね。

「そっか」

 まどかが苦悩を感じているそんな顔をしている。その顔を見るのがつらい私は、完全に後ろを向くと魔獣を倒した位置へと飛んだ。飛ぶといっても三メートルなんてものは魔法少女にとって、ただの一歩に過ぎない。

「ううん、まどかのせいじゃない。じゃぁ、さっきの光はなんだったんだろう……」

 その位置には、魔獣のカケラと言うべきなのか、黒い布のようなものが飛翔していた。それを掴みとると霧のように消える。

「これじゃあ調べようがないわ」

「奥に進むしかないね。まだ、魔獣の反応がこの奥にあるよ」

 まどかが指さす方向に、確かに魔獣の反応がある。それも多くいるようだ。

 この反応でいえば屋上か……。見上げると、何かの光が動いているように見えた。

「うーん……?」

 飛翔して、屋上まで一気に飛んでいくべきなのか……。一瞬そういう考えが浮かんだが、私をあざ笑うかのようにビル内部から魔獣の反応が、激しく上下を繰り返えしていることに気がついた。

「でも、へんね。減ったり増えたりしている……」

 屋上以外にも魔獣はいるみたいだ。しかしそれほど、強大な魔獣がいるのだろうか……。上級の魔獣はエネルギーを確保するために下級の魔獣をエネルギー源として食べるという。

「確かに反応は屋上以外に、ビル内部の魔獣反応が強いと思うよ。今までこんな反応体験したことないね。もしかしたら、上級の魔獣……なのかな? どうする、ほむらちゃん」

 そんな存在が現れたならば、今のたったの二人では苦戦してしまう。今は巴マミも杏子もいない。彼女たちは隣の街の警護をしているはずだ。こちらに呼んだとして間に合うかどうか……。

「気を引き締めていく必要があるわね」

 そう言って、しまっていたリボルバーを再度出現させ左手に持った。命中の精度は下がるがそのぶん威力、連射性に優れる両手への切り替え。うまく扱えば巴マミの能力を一時的に再現できる。――ただし、制限時間付き。

「それでいくの? 前みたいにならない? 大丈夫? 本当に?」

 まどかが念を押すよう強く言う。心配してくるのも当然だ。

「大丈夫、無理はしないから」

 リボルバーを両手にする分、魔力消費も倍になる。当然といえば、当然だ。だからこそ、これはいざという時にしか使えない。もう既にこれを使った影響がいかに私にダメージを与えるのかは体験済みだ。それもとびきり最悪の形。

 ――敵の目の前で、私はガス欠を起こした車のように突然倒れてしまった。

 その時は、今と違って四人だった。だから二人がアタッカー、もう二人が補助の動きを取っていた。その陣形であったため、すぐ私の補助を巴マミがはじめ、杏子が無茶をして一気に全てを倒した。魔獣が消滅して静かになった時、一瞬で距離を詰めてきた杏子に殴られたのは記憶に新しい。

「無茶するのは勝手だが、こっちの都合も考えろよな」

 そう彼女は言って、倒れた私を泣きながら抱きしめてくれた。その時の私はそれに対して殴り返すことも抱きしめ返すこともできなかった。同じように涙を流す、それだけしか反応を返せなかった。そして、まるで大きな人形みたいに杏子の背中に倒れるようにして、その戦場を後にすることとなった。

 倒れた私はそのままの状態で、電池が抜けたオモチャのように三日間まともに動くことすらできなかった。あのまま魔力を放出し続けていたらこの世界から消えていたかもしれない。だから、この力はいざって時にしか使わないと皆に約束した。

 今回は、その時にいたメンバーが二人いない。四人以外のもう一人の魔法少女……ゆまがいれば変わるかもしれないが、あの娘は基本的に杏子がマンションに待機させているからこない。

 ――千歳ゆま。魔法少女で唯一他人を癒す魔法が使える女の子。しかしここにいない。だから、ここにいるまどかと私でどうにかするしかない。リボルバーを強く握りしめる。いないのは戦力にならないし、考える余地もない……か。

 今思い返してみれば、あれが最初に出会った上級の魔獣だったかもしれない。

「じゃぁ、行こう」

 ビルの中にゆっくりと入ると、心配そうな顔だったまどかが少しだけ笑うと私の後を付いてきてくれた。なるべく心配させる行動はしないようにしようと考えつつ辺りを警戒すると、そのビルの中は配電盤が狂っているのか非常灯すらついていない。

 それによって他のビルと違って気味悪さが際立った。ここはビルというよりかは、大型販売店のようでとても広かった。何かの建設予定の場所だろうか? クラスメイトが何か話していたような気がする。それがデパートやらショッピングセンターなのかは忘れてしまったが……、ここがその場所なのかもしれない。

 

? ? ?

 

「いくよ……?」

 リボルバーを魔法で消滅させ右手で屋上のドアノブをつかみ回そうとするが、左手に力が入っているのがわかった。震えていて力が入らない。おそらく入り口での攻撃が頭によぎるせいだろう。気配はこの扉のだいぶ奥のはずだから大丈夫。

 ――大丈夫なはずだ。そう心に念じながらドアノブを回した。

「うん」

 そして、屋上への扉を開いた。

「っ……!」

 屋上へくるまで、何も魔獣による襲撃はなかった。

 ――魔獣による……、魔獣以外でもだ。屋上にくるまでに何もなかった。警戒だけは解くことはなかったが、入り口付近における奇襲というべきなのか? 攻撃と呼べるのはあれだけだった。

 ――いや攻撃が全くなかったわけではないか。

 一度に限らず、何度も死にかけた魔獣がうなり声を上げ、私たちの前に立ち塞がるようにいたのだ。しかし、彼ら魔獣は私たちに発見されると霧のように消えた。そして、また違う場所で唸り声をあげる。まるで、この声がする場所へとおいでと言わんばかりに。屋上へその声は向かわせる。

 たったそれだけのことを攻撃というのであれば、攻撃なのかもしれない。現にまどかはその度に驚きの声をあげていたのだから――。

 ある意味でお化け屋敷のようなものなのかもしれない。驚かされるだけ驚かされる。それ以外を閲覧者である私たちにさせない。安全性の高いものだ。――この場合、ここが果たして安全なのかについては怪しいところだが。罠の可能性はいくらでもある。

 それは魔獣が上級種となれば知能がついた分、頭を使った攻撃をしてくるから。それによって、苦戦されられたこともあるが所詮は魔獣。

 ――どうにでもすることが魔法少女にはできる。しかし、今から行くそこは魔獣の気配が強い一番場所。罠だとわかっていたとしても行かない訳にはいかなかった。私たちは魔法少女なのだから。例えこれから行く場所にいる魔獣が、上級の魔獣であっても……。

「あっ……」

 そんな私の考えをかき消してしまうほど、開かれたドアの先……屋上の中心地点はおかしかった。それも呼吸をするのを忘れてしまうぐらいの状態だった。デパート並の広さを持っていると感じていたから、屋上の広さもある程度予想済みだった。

 だけど、そのこと以外……その異様さは予想外だった。

 ――魔獣の残骸が大量に空気中に散っていた。そして、その中を青い発光体が素早く動いている。青い線が魔獣と魔獣の間を何度も行き来していた。閃光が流れ星のように現れては消えていく。その光に合わせるように時折何かの金属音がしているのが耳に入った。

「なに……これ?」

 入り口のドアノブを右手でつかんだまま、私の動きは止まっていた。それがあまりにも綺麗だったから、それがあまりにも滑稽なものだったから……、そうではない。

 ――あきらかに異質に感じたからだ。それを身体が私の脳内で答えを出す前に感じ取っていた。たったそれだけのことなのに、私は金縛りにあったかのように指先一つ動かすことできない。石化させられたかのようにその異質さを見とれることしかできない。

「ほむらちゃん……?」

 唖然としていた私の意識を戻すかのように、まどかが私の隣から確かめるよう声をかけてくれた。

「……っ!?」

 その一言でやっと私はドアノブから手を離すと、まどかと合図をして屋上へと足を進め、扉を閉めた。それと同時にリボルバーを右手に再度出現させる。

 気付かれていないということはないであろう。あれだけのことをここにくるまで行なっていたのだから。おそらく、あの青い光の人物がこの不可思議な状況を作った。……そう思う。人物――か? 人であるかどうか今はまだ定かではないがあの光から察するに……。そして、あの服装……。判断材料は多い。

 ――私たちをここへと呼び寄せた犯人。それだけは確かなはずだ。

「あの子。魔法少女なの?」

 その声に反応して振り向くと、まどかは辺りを警戒するようにその場にしゃがみ込み、ピンク色の魔力光を纏いながら青い発光体に弓を向けていた。そしてそれにあわせて弓の照準が激しく動かしている。敵か味方か判断できない状況ではそれが最善の行動である。敵ならば撃てばいい、味方なら攻撃しない。たったそれだけ……それだけのことなのだけど、 私は何もせずに身体が止まっていた。感覚が鈍っているのかもしれない。

「ふぅ……!」

 視線を戻すと大きく息をはく。そしてリフレッシュする気持ちで更に深呼吸すると、まどかと同じようリボルバーの照準を凝視するようその犯人と思われる少女に向けた。

「……よく見なさい、持っている武器を」

 まどかの問いに答えるよう言葉を選んだ。あの動きはどこで見たことがある。そうだ、テレビの特番だ。それに加えて私はインターネットを使ってかつて調べたことがある。どうすれば、まどかの役に立つのだろうかと考えていた頃だ。

 あれは――居合い。確かそんな技だったはず。

 持っているものは……おそらく刀のはず、そう見える。鞘にそれをしまうため一瞬だけしか確認できないがおそらく合っている。だからこそ、そうだと言える。

 そんなことを青い発光体である、少女の格好をした何かがしていた。魔獣を一つ一つ消しクズへと青い発光をしながら変えていく。それと共に魔獣が唸り声をあげていた。

「――agerauo!」

 しかしながら、倒してもそこから魔獣の反応は消えなかった。――死んでいるが、消えられないと言った方ががいいかもしれない。よく見渡すと、空中に一階で見た同じ塵のようなものが散布されている。あれがおそらく消えていない魔獣の反応原因なのだろう。今までの魔獣の原因。減っているようで、増えている。

「……居合い?」

 居合いを知らないような言動でまどかは言った。

「戦い方はそうだけど、そこじゃないわ。剣先よ」

 だから、わかりやすいようそれを示した。――青い光を発する少女の戦い方を。

「?」

 まどかが凝視するかのようその少女を見つめなおした。

「……青い魔力光?」

 確認するようまどかはそうつぶやくと、

「そう……」

とその問いに頷いた。

 ――青い魔力光を放っていた。刀を抜く、その瞬間だけ。――それもどこかで見た魔法少女と同じ青い光を。

「あれを見る限りでは魔法少女だわ……」

 おそらく、刀を抜く一瞬だけ魔力を使っている。鞘をまるで弾丸を放つレールのように使って剣速をあげ刀を引きぬく。そして、刀をまた鞘に戻す。残りの魔力は己の癒しか何かそれ以外におそらく使っている。

「でも、魔法少女の姿じゃないよ」

 まどかがそう指摘する。――確かにその通りだった。

 少女は仮面を着け……て、その仮面は何かどこかの民族象徴のようで、服は黒いワンピース。どちらかと言えば、ゴシックドレスと呼ばれるものだろうか。欧米のゴシック・ファッションによく似ている。

 髪の色は空のように青かった。おそらく……瞳もきっと青いと仮面の下なんか見えないのに直感した。そして極めつけは、ここからもよくわかる。

 ――とても幼いってことだ。小学生か、幼稚園。それぐらいの背丈に見える。ゆまと比べてもそれ以上に幼い。服装とその容姿から、その格好はもしかするとゴシック・アンド・ロリータという分類のものなのかもしれない。

 だけど、その格好と魔法少女は何も関係がないと私は思う。

だから、

「知っているでしょ、私たちはこのソウルジェムだということ」

 とまどかに魅せつけるよう手にあるソウルジェムを見せた。

 ――私たちは人間ではない。このソウルジェムが無事であるならば、人間の身体なんてただのパーツに過ぎない。外付けのハードウェア。壊れれば修復すればいいだけ。だから、魔法少女の服にならなくても何も問題ない。そのぶんソウルジェムを危険に晒す可能性がある。ただ、それだけだ。

 しかし、ここから見える少女にはそのソウルジェムを発見することはできなかった。あんなに素早いスピードをつけ戦えば、それこそソウルジェムを保護するのはとても難しく思える。だからこそ魔法少女の身体の一部品として取り付けたり、魔法少女の服の装飾として装着したりしてソウルジェムを変化させる。

「そうだけどさ……」

 ちょっと、落ち込んだようにまどかがため息をはく。

「それに加えてあの動きはあの娘に似ている」

 何度も見てきたのだから、間違いないといえば間違いない。――かつていた青い魔法少女。癒しの祈りを持った魔法少女。単純な戦いをして、敵をただ倒す。そういうやり方をした少女。

「あの娘?」

 まどかはそのことに気づいていなかった。だから、私は言葉を続けた。

「気づかない……?」

 念を押すように繰り返し聞く。

「うーん……?」

 まどかの方を見てみれば、頭を左右に振っていた。

「それはね……そう……。“美樹さやか”……に」

 その一言がトリガーとなったのか、少女は私たちの目の前へ瞬間的に距離を詰めていた。

「なっ!?」「えっ!?」

 それは一瞬の出来事だった。美樹さやかの話をするのにまどかの方を見た。たったそれだけの秒数のうちに、目の前で刀を天にかざしている少女はここまで来ていた。私とまどかの三メートルほど前に……。それはもしかしたら少女の間合いなのかもしれない。

 しかしながら、少女はこちらに刃を向けない。空に敵がいるのかわからないが変わらず天に向けている。でも、周りには魔獣の姿は見えずなおかつ、反応すらない。

 そして、少女はなぜか私たちに背を向けている。狙いたければ狙え、そうも見える。だから、

「――ぅう!」

 まずいと感じて私はリボルバーを敵意と共に少女へと向けるが少女は怯むことはなかった。しかし、少女の意味がわからない動作に見えるこの行動に、隙はなさそうであった。逆にやられる……そんな気配すらある。

まどかは私と同じように弓を向けているが、私の余計だったかもしれない一言のせいか手元が震えていた。当然か、友だちなのかもしれないのだから。

 あの時とは違う。――そうだとしたら殺せない……。もうやり直すことはできない。できない現実がある。

「……」

 敵意を感じているはずの少女は、変わらず私たちに背を向けている。――私たちの行動を否定するように。依然として刀が月明かりにうっすらと光を返す。

「――ふぅ」

 少女が吐息をはく。そして、刀を一度だけ剣先についた埃を取るような動きをしてゆっくりと鞘にしまうと、それがスイッチであったのか空中に浮かんでいた魔獣の残骸が爆ぜた。それは連鎖反応のように全てが繋がっていった。微かな反応であった魔獣の気配が消えていく。

「きれい……」

 まどかが言うようにそれは綺麗だった。桜のように黒い魔獣のカケラが月明かりに照らされ反射して落ちていく。そんな感じであった。

「……」

 あっけに取られて少女がそこにいるのを忘れてしまいそうになったが、少女がこちらに敵意を向けてきたのを感じて、我に返った。少女は振り返らず敵意のみを私たちに放つ。きっと、ここからでも斬れる……そんな意思表示なのかもしれない。

「……あなたは一体誰なの? 何をここでしていたの!」

 リボルバーを持つ手に力が入る。回答によっては目の前の少女が『彼女』であっても撃たなければならない。そんなことはまどかには絶対にできないだろう。だから、やれるのは私しかいない。今ここにはまどかと私しかいないのだから。

「……」

 少女は仮面をつけているから、こちらを向いていたとしても表情を読み取ることができないだろう。だけど……、鞘を握りしめていること。そして、私たちの全身に向けての敵意。それだけは感じる。

「答えなさい! くっ!?」

 答えの代わりのつもりか、少女はその位置から刀を振るった。――振るっていた。それによる影響――剣風が私とまどかを襲う。

「何、この風!?」

 鞘からその獲物を抜いた瞬間を先ほどと変わらずやっぱり確認できなかった。それほどの魔力を込め、刀を引きぬいたのだ。そのために発生する剣風、……ここまでその場に抑え込まれると前に出ることができなくなる。

「くぅ……!」

 おそらく、踏み込んで飛んだとして剣風によって返されるだろう。刀は鞘に入れずこちらへと向ける。それはたとえ居合いを使わなくても戦えるという意識表示にも見えた。そして、明らかに魔獣と戦った時以上の魔力を感じる。それだけに手が少し震えた。

 ――戦って、本当に倒せるのだろうかと。

「やめて! 同じ魔法少女でしょ? あなたも! なら、わたしたちが戦う理由なんてどこにもない。ねっ?」

 まどかが諭すように少女に声をかける。その言葉に少女は動きを見せない。その代わりに再び剣風が襲ってきた。鞘を使用しないただの横振りの一撃……。刀だけがこちらを向いている。

「ふぅ……!?」

 右足に力を込めてその衝撃に耐えると、

「……そんなんじゃ、これから来るのに勝てはしないし、生き残りすらしない。圧倒的な力の差に敗北するだけ、惨めに死ぬだけ」

 少女が声を発した。仮面によって、それは多少変質していたが確かに少女の声を持っていた。だが、その声は美樹さやか、その人の声ではなかった。

「はぁ……」

 少女は意味がわからないといった感じにその吐息と同時に、刀を鞘に戻していた。抜いた瞬間はまだ一度も見ることができていない。青い発光色。たったそれだけしかわからない。少女は手を刀から放すと空から何かを掴みとり、

「試してあげるよ。ほら、暁美ほむら、鹿目まどか。二人一斉にかかってきなよ……。そう、これは練習。来たるべき時にちゃんと戦えるように。うーん、そうだね、そんな感じだ。そういうことにしよう」

この少女、私たちの名前を!?

「――知ってるよ。忘れるわけないじゃない。あれを忘れられるほど、あたしは落ちぶれていないし、変わっちゃいない」

少女は私の心情を知っているような口調で続けた。やはり、この少女は……!

 少女は左手を鞘に右手を刀へと移動させた。そして先ほどまで以上の敵意を向けてくる。

「――まどかはそこでチャンスを」

 まどかが何かを言おうと息を呑むのを感じつつ、私は足をそれよりも先に動かしていた。ただやられるだけを待っているつもりはない。試すつもりなら、存分に試せばいい。

 だけど、何だかわからないけど今目の前にいるのは敵だ。そう判断した私はたった三メートルしかなかった間合いを屋上の端を走るようにして、距離を増やす。それに対して妨害が何らかの形でくると応戦を覚悟していたが、少女は動くことはなかった。

 ――ただ、さっきと同じようにまどかに背を向けた状態で静止している。

「――!」

 なぜ動かないのか理由はわからないが、こちらにとっては好都合であった。近距離戦闘を行うことは今の私たちにとって、とてもやりにくいことだから。だからといって、ただ殺られるわけじゃない。当然そのカバー方法を私たちは決めているし、実行している。だから何も問題ないのだが……、少女がなぜ自分の間合いと思われる距離から動かないのかやっぱりさっぱりわからない。折角詰めた間合い。それを簡単に手放すなんてありえない。それだけ余裕があるのだろうか?

「……っ」

 少女の正面姿が見える位置までぐるりと少女を中心に回ることによって、急ぎ足でかけてきた。しかし表情が仮面によって塞がれているため、やはり何を考えているのか思考が読めない。

「……ふぅ」

 それは魔獣も同じか……と心を落ち着かせる。そしてリボルバーを構え、気にしないようにしながら動く。

 ――足は止めない。その動きに合わせるようにして一発、二発と左右のリボルバーの引き金を引いていく。四発の魔法弾が少女へと飛んでいく。紫色の私の魔力光が空を切り裂いて、ただ真っ直ぐに光り輝く。狙いはそれぞれ別の場所。少女の右側に飛んでいく。

 だけどそれは少女の居合いによって、当然のように斬り裂かれ散っていった。

 そしてやはりというべきなのか、少女が刀を振るったその一瞬を見ることができない。青い魔力光だけはなんとか確認できる程度か……。

 前右下斜め、前右上斜めダメ……と頭に刻むよう覚えていく。少女の居合いの本当の間合いと死角を探す。きっとあの距離は少女の間合いではないのだろう。だから、剣風のみの攻撃に留まっている。それならばと攻撃を加えていく。たったそれだけのことがわかりさえすれば、魔法少女として弱くなった私たちであっても十分戦うことができる。それが、死角たる所以。

 まどかの武器……、その攻撃はそのためのもの。まどかの使用する弓は連射がきかないからだ。……一撃で大ダメージを与える魔法。だからこそ、死角からの攻撃が有効。巴マミの最大攻撃魔法『ティロ・フィナーレ』に近いが、あれと同じほどの威力はない。そこまでの魔力を今のまどかは、私と同じように持っていない。

 ――だから私が死角を探し、攻撃しその対象の動きを止め、まどかが最後に矢で撃ち抜く。今までそうやって戦ってきた。だから今回もそれを行う。相手が“美樹さやか”なのかもしれないっていう疑念はあるけど、今は敵だ。そういう認識でいる。いるしかない。

 もう美樹さやかはこの世界にはいないのだから、その存在を語る、偽る上級の魔獣なのかもしれない。これは戦いなのだから、まどかもきっと動いてくれるはず。

 私にとって相手が魔法少女であろうと、魔女であろうと、魔獣だとしても関係ない。だから、私は攻撃の手を止めない。少女の周りを回るかのようにして走る。

「次っ!」

 弾を撃ち込む。狙いは最初に撃ったのと逆の場所。――右後。

「……」

 少女は無言でそれを同じように斬り裂いていた。どこなの!?

「くぅ……、次っ!」

 構わず次を撃ちこむ。必ずあるはずだ。少女が人間であるならば、無意識的に苦手とする部分。生物であれば必ずある場所。

「――次!」

 ただ少女の周りを撹乱しながら走り撃つ。それを弾が尽きるまで繰り返す。少女は撃ち落とす以外微動だにしない。撃ちこむことでわかったあの攻撃は、魔力をブーストさせることによって劇的にスピードを上げた居合い。ならば……いくらでも戦い方がある。

「……? っ!」

 ――あった。少女の弱点というのかその死角が。左手に持つ鞘のちょうど下の部分。その部分に攻撃した時のみ、鞘から刀を出し押し切るよう居合いをせずに斬り裂いていた。やっと、少女の得物を振るところを直接見ることが出来た。

「――調子にのってられるのも!」

 そう言った私の身体は既に少女へと向かっていた。――背後からそれを狙う。正面でも背後でもこの少女に限っては特に意味があるように思わないが利点はあるはず。まどかの顔が見えた。そこで反転して少女へ飛び込む。

「これで……」

 相手が居合いを使うのであれば、刀を抜けない間合いまで詰めればいいだけ……! そして、その死角の位置を撃てば隙ができるはず。リボルバーの残弾は残り一発ずつ!

「まどか!」

「う、うん!」

 振り向かなくてもわかる。まどかはその位置を撃ちぬいてくれるはず。まどかの姿を隠すようにその前を走る。少女の元へと進む。これで終わり!

「――ふっ!」

 しかし当然ながら私の行動を阻止しようと、少女は私に向けて刀を振るう。だけど、そう何度も連続して居合いを放つことはできないはず! だから、

「くぅ……。――それでも!」

 私はなんとか剣風に耐え、ひたすら前へ前へと少女の元へ確実に近づいていく。少女が死角に迫っていることに気づいたのか右足を軸にこちらに向こうと動き始めていた。鞘に刀を仕舞わずこちらにゆっくり振り向いてくる。――もう遅い。少女の身体がこちらに見え始めた瞬間、発見したその死角、そして左肩へと左右ニ発の弾を発射した。

「――見えた! 見えているなら回避できないわけはないわ!」

 その魔法弾を私共々斬ろうと放たれた縦一線による軌道。その動きを避け、少女の右側へとステップする。鞘を抑えこんでしまえば居合いを放つことはできない。でも普通の刀による追撃があるかもしれない。だけどこの後、まどかによって攻撃してもらえば私たちの勝ちだ。

「ほむらちゃん! 避けて!」

 タイミング通りにその声が届く。攻撃を避けたという飛躍距離をさらに確実にするため、足を動かす。回避距離を稼ぐ。――刀による追撃から逃れるために。

「――っ!」

 左耳に魔法がぶつかった衝撃音と共に、ピンクの魔力光が奥へと突き抜けていくのが見えた。それに加えて魔法弾が少女の左肩に当たったと思われる血がこちらへと飛んできた。 

 ――赤い血。それも温かみを持っている。

 やった! これで居合いと動きを止めたはず! そう思った私は歩みを止め少女を見ようと振り返ると、

「……それで終わりだと本当に思ってるの?」

 倒したと思っていた少女の声が耳に入った。

「えっ!?」

 ――振り返った先に立っていたのは、倒したと思っていた少女。それも何事もなかったかのようにこちらを見下していた。少しだけ違ったのは着けている仮面にヒビがうっすらと入っているぐらい。確かにまどかの魔法はぶつかっていた。 急所と思われる頭に。でも、攻撃は通っていなかった。

「そんな……!?」

 さすがにこれ以上魔力を消費すれば……と、手に力が篭る。――後ろに魔力の反応がある。まどかの第二射……、でもこの状況もう間に合わない! 少女が動く方が圧倒的に早い!

「やっぱ、だめだね。わかってたけど……ごめん! 後でどうにかする!」

 考える時間を奪い取るかのように少女の動きは一瞬の出来事だった。鞘は――、飾り。少女がこちらに刀を構え直そうと動き始めていた。右手の刀が乱反射して光っているのが見える。それがゆっくりと持ち上がっていく。

 通常居合いというのは、 鞘から刀を抜いて納刀として鞘を入れるまでの技だと私は知っている。だからこそ、その準備動作を封じるために死角を攻撃するのと同時に、少女の左肩を動かせないように魔法弾を放った。封じたつもりだった。

 だから、こうして目の前に立つ少女の左腕はない。私の攻撃は確かに届いていた。加えてまどかによって弓で撃ち抜いてもらった。急所である頭を。

 ――それで終わりだと勘違いしていた。

「くっ!」

 誘い込まれたのはこちらだった。わざと少女は左肩……、鞘の近くだけまるで死角があるかのようにしたのだ……。この位置に私をおびき出すように! 

 刀からの一撃を避けるために左足に力を入れ、地面を強く蹴った。後ろに飛び上がりながら少女へと身体を向ける。そして少女の勢いを止めるべくそのままの姿勢で、魔力を乱れ撃つようリボルバーの引き金を引いた。その影響によってか少女の動きが変化を遂げる。――刀の軌道が少しずつだか確実に変わっていく。

「っ……!」

 それを確認して更に続けた。身体の力が抜けていく感覚がする。目の前が闇に落ちるそんな錯覚さえする。でも攻撃を受けてしまえばそれで終わり! だからやめるわけにはいかない。

 着地した場所から見えたのは、既に少女が刀を振り切っていたところだった。反応が遅ければ斬られていたかもしれない。鞘を使う攻撃ながら確実に――。

「うっ!」

 よく見れば――、少女の左腕は肩からなかった。その腕は、少女の足元に転がっている。魔法弾は確かに当たっていたようだ。少女の重要であるはずの部分を破壊していた。そして、まどかの魔力矢も確かに届いている。だけど、それでも戦力ダウンのはずなのに少女は依然として殺意を放つ。加えて先ほどまで動かしていなかった足を進めてこちらにくる。

「ほむらちゃん――」

 着地した場所にはまどかが防御魔法を展開していた。それによって、いくらか私の着地による負担を抑えていてくれたようだ。それによって、銃を素早く少女へと構え直すことができた。

「大丈夫……?」

 まどかは苦悩の表情を浮かべていた。それはそうだ、かつて友だちだったその人物と思われる少女がぼろぼろになっても戦意があるのだから。加えて少女を倒すために撃ってしまったのだから。そこに躊躇いがあるのだろう。

「大丈……!」

 言葉を口に含んでいる間に少女が距離を詰めると私へと縦に一閃刀を振るっていた。

「なっ!?」

 その刀の一撃は私に当たることはなかった。回避できていたから。でもそれは――フェイク。刀に意識を集中させて他の攻撃に目を配らせない攻撃。――追撃による痛みが私を襲っていた。

 私は――そこになかったはずと思っていた少女の左手で殴られていた。

 その攻撃にまんまと引っかかった私は冷たい地面の床へと叩きつけられていた。

「くぅは!」

 その衝撃により、全身に鞭を打たれた状態のようにしびれを感じ始めている。

「……ぅ」

 痛みの感覚を削ると、ゆっくりとリボルバーを少女へと向けようとすると、

「やめておけ、よく周りを見ることだよ」

 私を踏んづけてそう少女が吐き捨てるよう言葉を作った。

「な、何を!」

 少女の足はうまく身体の点を押さえつけているのか、起き上がることができない。手元をうまく動かせば、少女にリボルバーを向けることができるかもしれない。そんなことを考えていると

「ほ、ほむらちゃん上!」

 まどかの叫び声が耳に入った。

「えっ……」

 見上げた私を待っていたのは絶望だった。月明かりに乱反射する鋼色の物体。――幾千以上の刀に思える金属物体が空に浮かんでいた。

「今のあたしなら、転校生……お前がやりたいことが一瞬考えるだけでできる。お前にはその魔力も素質さえももはやない。中級の魔獣、上級の魔獣と相見えてもひねり潰されて殺されるだけだ」

「あなた……、まさか本当に?」

 転校生と私を呼ぶのは一人しかいない。

「そうか――、やっぱりだめだね」

 少女は、刀を鞘にしまい床に投げ捨てるとおもむろに両手で仮面を外した。

「……力を返しに来た」

 仮面を外した少女は……。そこで笑っていたのは、何度も見た美樹さやかだった。

説明
まどかではなく、さやかがアルティメットになっていたらという世界での、次回サークル参加イベント用(COMIC1☆6)のサンプル作品のようなもの。※2012/04/14 入稿データに修正しました。 とらのあなにて委託が決定しました(http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/03/94/040030039410.html) 納品後の販売になります。
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