真・恋姫無双 EP.93 救出編(3) |
ただ黙って従うわけにはいかなかった。
「状況を説明してちょうだい」
「前に話した通り、雷薄様は保護と言いつつお前に薬を投与していた。知らなかったとは言え、俺はそれに加担していたのだ。罪滅ぼしなどではないが、逃亡の手助けをしたいと北郷一刀に協力を頼んだのだ。詳細な事情は、助かった後にでも聞くがいい」
一秒も惜しいという様子で、是空が言う。しかしそれでも、雪蓮はうなずけなかった。
「一人で残るつもりなの? 無茶だわ」
「無茶ではないさ。大方の兵力はすでに削いである。孫権たちの協力もあるのだ。一人で残るが、すべての兵を受けるわけではない」
「でも……」
一刀の背中で、雪蓮は不安そうに顔を歪めた。一刀もまた、一度は承諾したもののやはり心残りがある。
「是空さん、やっぱり俺も――」
「ダメだ。作戦はすでに説明したはずだろう。納得したからこそ、決行したのだ。お前は彼女を……孫策を無事に妹の元に送り届ける。それが役目だ」
右腕を失っておらず、貂蝉たちを剣として携行していたならば、あるいは雪蓮を守りながら戦うことも可能だったのかも知れない。『もしも』をいくら考えても仕方がないとはいえ、一刀は戦えない自分が悔しかった。
「命を賭ける気概があるのなら、彼女を守ってやってくれ。こう見えて、意外と脆いのだ」
「わかりました……」
頷くと、一刀は小さく一礼して走り出す。背中の雪蓮が振り返り、剣を構える是空の姿をいつまでも視界に収めていた。
心細さに似た感情が、雪蓮の心に芽生える。それは、彼女にしては珍しい行動だったからだろうか。いつもは矢面に立つ身だが、今回は是空を残し逃げなければならない。その心残りが、そんな感情を生んだのだろう。
落ちないように揺れる一刀の背中でしがみつきながら、雪蓮は胸の痛みに眉を寄せた。
(この気持ち……)
最近、同じ気持ちを感じたことがある。一番新しいのは、冥琳を刺してしまった時だ。
大切なものを失ってしまうという絶望感。悲しみ、喪失感が入混じった感情である。
その前は、母が殺されたと報告を受けた時。さらに前は、父を火災で失った時。
(あの時も、こうして炎が……)
星空を赤く染め、黒い煙を立ち昇らせる。風に唸り声を上げ、炎は龍のように大きくうねってすべてを食らい尽くすようだった。
嘆くだけの無力な自分……幼い雪蓮に為す術はない。あれから自分は、変わっていけたはずだ。
(父様……)
脳裏に浮かぶ父親の面影が、先程見た是空の背中に重なる。雪蓮はもう一度、後ろを振り返った。
「……ねえ、一刀」
「どうした?」
雪蓮を背負ったまま走り続ける一刀に、彼女はどうしても確認して起きたかった。心に浮かんだ、不確かな希望。
「あなたは、是空の本当の名前を知っているの?」
「えっ?」
背中でしがみつきながら、わずかに一刀の筋肉が緊張するのを感じ取った。無言のまま何も答えなかったが、それが真実を告げているような気がした。
「やっぱり、そうなのね……火災の後、何体かの遺体を発見したけれど、黒こげで判別すら出来なかった。だからきっと死んだのだと思い続けていたけれど……」
是空の火傷、記憶喪失、そして雪蓮が不思議と感じる安堵感――すべての事柄が彼女の中で一つに帰結した。
「是空は私の父様……そうなんでしょ、一刀?」
一刀は無言だった。けれどだからこそ、雪蓮は確信する。
「この国で偽名を使うのは、別に珍しいことじゃないのよ。身を守るため、旅人がそうすることはよくあるもの。だから私が是空の本当の名前と聞いた時、一刀が知っている、知らないのいずれを答えたとしても問題はなかった。でもあなたは正直だから、咄嗟に是空の正体……私の父様だということを想像して、わずかに緊張したのよ」
「……そこまで、計算してたのか?」
一刀は大きく息を吐き、すべてを肯定するように頷いた。
「確かな証拠があるわけじゃないけど、彼は俺に雪蓮たちの父親だって言ってた。だから俺は協力することにしたんだ」
「ああ……」
はっきりと一刀から告げられ、雪蓮は言葉もなく背中に顔を埋めた。一刀は話してしまった事を心の中で是空に謝罪し、それでもどこかホッとした。
そんな時、前方から近づいて来る人影が見えた。陸遜だ。
「お待ちしていましたよ、二人とも」
「陸遜さん、無事だったんですね?」
「ええ。先に抜け出して、孫権さんたちの部隊に伝令を。兵を率いていたのは、孫権さんではありませんでしたが」
「蓮華……孫権は来なかったんですか?」
「周泰さんという方が代わりに。孫権さんは砦の守りをしておられるそうです。もうすぐ砦を制圧する予定だった部隊が、こちらに来るはずです。どこかに隠れてやり過ごし、砦に向かいましょう」
当初の予定では捨てるはずだった砦だが、蓮華が帰る場所を守っていてくれているようだった。頷き、再び走り始める一刀の背中で、雪蓮が声を上げた。
「待って! こっちに向かっている部隊をやり過ごしたら、是空が……父様が挟み撃ちに合ってしまうわ」
確かに、追っ手を止めている是空の背後に部隊が現れることになる。本来は砦を制圧して、待機しているはずの部隊だ。
「一刀、止まって!」
「ダメだ!」
「一刀!」
雪蓮の爪が、しがみつく一刀の肩に食い込む。痛みに顔を歪めるが、一刀は走る足を止めなかった。
雪蓮は一刀の頭を掴んで、大きく揺さぶってくる。
「お願い、一刀! 父様のところに戻って!」
「出来ない! 俺は約束したんだ、雪蓮を蓮華たちの元に帰すって」
「じゃあいい! 下ろして! 自分の足で戻るから!」
「まだ無理だって!」
「出来る!」
拳を握り、雪蓮は一刀の肩に顔を寄せた。耳元に聞こえる、囁くような弱々しい声が悲しく響いた。
「……お願い、一刀……ここでまた大切な人を残して逃げたら、私は残りの人生まで逃げ出してしまう……」
「雪蓮……」
そこに勇猛で知られる孫策の姿はなかった。父親を失うかも知れない恐怖に怯える、一人の少女の姿だ。一刀は背中に感じる、わずかな震えに唇を噛む。
「まったく……」
舌打ちを漏らし、一刀は走る足を止めた。
「かず……と?」
「自分の足で歩けるんだね?」
「うん!」
一刀は背中の雪蓮を地面に下ろす。雪蓮はわずかによろめきながらも、ちゃんと真っ直ぐ自分の足で立った。長い間、寝たままだったのでまだおぼつかない。
「雪蓮は是空さんを目指して、ただ走ればいい。後ろから来る兵士は、俺が引き受ける。でも、自力で動けないなら、そこまでだよ」
「わかった。ありがと!」
雪蓮は前のめりで倒れそうになりながら、元来た道を戻って行く。すぐ後ろを一刀と陸遜が追いかけた。陸遜は笑顔で、黙ったままである。
「待っていて、父様……」
自然とそう呟いた雪蓮は、夜の森の中を炎目指して懸命に走り続けた。
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恋姫の世界観をファンタジー風にしました。 年齢のせいか、集中力が途切れがちです。どうでもいいですね。 楽しんでもらえれば、幸いです。 |
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真・恋姫無双 北郷一刀 雪蓮 穏 | ||
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