わたしは誰の子 |
人の縁とは妙なものだ。まさかとうに死んだと思っていた父親に、生きているうちに会えるとは。しかもボンゴレの取引先の社長。
Gが気を使って、わざわざ再会の場を作ってくれたはいいものの、「お前は愛人の子だからな、私的な会い方はもうしたくない。それよりドン・ボンゴレによろしく頼む」と百ユーロという端金を握らされ、なんだ父親なんて初めからいなかったのだと思い知らされる。
あまり期待はしていなかったが、これはこれでちょっとがっかりした。私が街中を走り回っていた頃見てきた父親とは、子に時に物を買い与え、時に怒り、時に誉め、時に自分に都合のいい嘘をつく、人間の暖かい所が全てが詰まった生き物だった。
喉から手が出る程欲しがった時もあり、Gの優しい両親には大変迷惑を掛けた。否二十歳を越えた今では本当の父親が見つかるまで忘れていたのである。
私を叱咤したり誉めたり、変わりにやってくれたのはGになっていたし今更縋るのも情けなかった。会って何かが変わるとも感じなかった、でも「お父さん」という台詞は一度くらい言ってみたかったのかもしれない。
三十分弱で私達の親子関係は終わり、喫茶店に残された私はとりあえず頼んだカフェラテを飲み干し、百ユーロをチップだと言い机に置いて帰った。
屋敷に戻ると、玄関ホールにある螺旋階段にGが煙草を吸いながら座り込んでいた。私が戻って来た途端携帯灰皿に吸いかけを押し込み立ち上がる。
「おう。」
「ただいま。」
何を言いたいのか、顔を見るだけで解った。
「楽しかったよ。」
「……そ、そうか……。」
私は一体「誰」と会ってきたのか。天涯孤独である事を恥じた時は無い。私には血の繋がった家族はいない。血の繋がりはないけれど、受け入れてくれる家族はいる。それで充分なのだ。
「些か疲れた。休む。今日は休暇をくれてありがとう、G。」
「ああ、そんな事……。」
あれは夢にしておこう。悪い夢だ。すぐに忘れるに違いない。部屋に戻り、そのまま寝転んで瞼を閉じると自然と涙が滲んだ。シーツをぎゅっと握り、くるまって、ただ静かに。ただ。静かに……。
***
私はそのまま寝てしまったのか、上着とズボンを脱いだだけの姿でベッドに横たわっていた。きっとシェリーがやってくれたのだろう。時計を見ればまだ午前五時。シャワーでも浴びよう。きっと顔がひどい事になっている。
私はすぐバスルームに飛び込み、昨日の悔しさも全て流した。ついでにバスタブにも湯を溜めくつろぐと、あっという間に一時間が過ぎた。準備をしなければ。七時にはGが食堂に来る。
「ジョット様、お召し物を置いておきます。」
「ああ、すまないな。」
シェリーは気が効く良い娘だ。我が儘な私に付いてくれるそのストレスは想像出来ない……。
風呂から上がると、用意されていた衣服に驚いた。ブラックスーツではなく普段着。しかもワンピース。
「シェリー?間違えてないか?」
「あ、ついさっきボスがジョット様は休暇を取れという御命令が下りましたので。」
「休暇?昨日も取ったのに?」
時々Gは解らない。
仕方無くその服を着て食堂へと向かう。まだ幹部達はいない。
「G、休暇なんていらないぞ。」
素知らぬ顔で新聞を読みながら一人、この長いテーブルでコーヒーを啜るG。私に気付くと、メイドに朝食を出すよう言った………いやいや。
「G。」
「座れよ。」
やけに落ち着いている。こういう時のGに冗談は通じない。
「私、何かしたか?仕事で」
「違う。そういうので休ませるとかじゃない。」
丁度よくメイドが朝食を持ってきた。見計らって、Gは新聞を置き私を向かいに座るよう促す。
「疲れたり、病気もしていないぞ?」
「いやだから……。」
歯切れが悪い。致し方無く椅子に座り、尋問の如く奴を問い詰める。理由無き休暇はGも私も嫌いだからだ。
「…………ジョット、昨日の事、……シェリーから、聞いた。」
真っ直ぐ私を見るその眼。今度は私が何も言えなくなってしまった。……最初に浮かんだ感情は「恥」。恥ずかしくなって、何も言えない。
やっと会えた親に「もう会いたくない」と金を握らされたなど、Gの隣にいるには相応しくない行いに思えて来たのだ。私は二度捨てられた孤児。何もかも持っているGから見れば、さぞかし面白く失笑の対象でしかないと。
咄嗟に顔を伏せた。眉間に皺を寄せ唇を噛み締める真っ赤な顔は見せたくない。恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。
「ジョット。」
恥ずかしい。
「顔を上げてほしい。」
恥ずかしい。
「………あのさ。」
恥ずかしい!!!惨めだ!
「お前が欲しいってのなら、俺が、その……、親にも、なるし……、兄とか、弟にだってなる。血の繋がりとかは対して重要じゃない。………と俺は思ってる。」
予想だにしなかった言葉に私は顔を上げてしまう。Gが?私の親の代わりになるだと?見れば奴は恥ずかしそうにそっぽを向いていた。
………ああ……そう……、励ましてるのか……。だがな、G……それはちょっと。
「あっはははは!……Gが?もう、面白いなあ。ほんとに。………ほんとに……。」
「おい……、笑うな……。」
結構真面目だったんだが……と小声が最後に聞こえてきて、また私は小さく笑う。
「………ありがとう、G。私もな、甘えてたのかもな。二十歳過ぎてるというのに。」
「親に会いたいってのは甘えじゃねえだろ。」
「いや、私には元々いなかったのさ。そんなのより、もっと素晴らしい家族がいたのに。欲張りな私がいけない。」
「……お前は欲張りじゃねえと思うが。」
「ええいもうこの話は終わりだ!今日は休みにしてくれたのだろう?ならばG!私に家族サービスをしてくれ!」
顔色を戻しいつも通り、悪戯を思い付いたような顔で笑ってやる。
「家族サービスて。」
「それをするのが、父親に貸せられた義務らしいからな!」
呆れるG。でもGは結局我が儘を聞いてくれる。娘のような、妹のような私の。小さい頃から、そう、私は解っていたのだ。父親や兄、弟がくれるような愛は全部Gがくれていた。欲しがらずとも。
終
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