魔法少女さや☆マギカ5 護る物(後) |
沙弥は家に帰ると地下に降り、完全防音の部屋でヴァイオリンを弾いていた。
沙弥の父、上条恭介は非凡なヴァイオリンの才能を持ちながらも数年前の事故により楽器を弾けない腕になってしまった。
それまでは娘にも音楽の素晴らしさを教えようとヴァイオリンを習わせていたのに、自分が弾けなくなった途端に沙弥に辛く当たるようになった。
『そんな音で恥ずかしくないのか』『僕が弾けないのを知っててそんな風に弾いて満足か』家の地下以外で弾いていてはそんな矮小さが露呈するようなことばかり言われるので、ここを使って気分転換に演奏していたのだ。
だが、完全に四方を防壁に囲まれたこの場所はまるで牢獄のようであまり好きではなかったし、自分の声の響きが普段と全然違って気持ちが悪い。
さっきまで弾いていた曲はハチャトゥリアン作曲『仮面舞踏会』の二楽章・ノクターンだった。譜面があったので弾いてみたがあまり面白くなかったので、一通り音を鳴らしてから楽器を片づける。使えば劣化するのは仕方ないのだが、使い込んでこそ出てくる味もあるのだった。
「よっと、お久しぶり、かな野中杏子」
「てめぇは、さっきの……」
杏子のお部屋。窓をこんこんとノックする音が聞こえたのでカーテンをがらがらとあけると、そこにはさっきの白い小動物、キュゥべえがいた。
「お前の話なんか聞かないからな、サヤがあんだけまじめにオレの方見て言ってくれたんだ、守らなきゃ友達じゃない」
「そうか、君は上条沙弥の友達なんだね……彼女のこと、話してくれないかい? それに外は寒くてね……」
「ん〜、まあいいか。話を聞くなとは言ったけど、聞かせるなとは言ってないしな」
勝手な理屈を自分で組み立て、杏子は白い悪魔を家に招き入れる。杏子は先週の休みにまとめ買いして備蓄していたクッキーをキュゥべえに与えた。
かりかりかりかりとクッキーをかじるキュゥべえを見て、杏子は微笑む。この獣が腹の底では何を考えているかも知らずに。
「お前可愛いな〜、思わずもふもふしたくなるぜ」
「ふう、美味しかったよ野中杏子。さて、夜の徒然に聞かせてくれるかい?」
「ああ、サヤは今年になってであったんだけどな……」
「お、杏子は休みか」
次の日、朝のホームルームの時間。軽く朝の陽気に身を任せまどろんでいた沙弥は先生の声に驚いて目が覚めた。彼女が休むなど珍しい。風邪でも何やかんやで学校に来るというのに。
確かに昨日くしゃみもしてたし……だがそれくらいしか心当たりがない。まあバカは風邪を引かないと言うし……そう考えると余計に心配になる。
そんな心配をしていると、前からプリントが配られてくる。沙弥は前から受け取った分はとりあえず自分の分だけ取って後ろに回し、杏子に回ってきた分は彼女の分をのこしてあげて後ろに回す。
折角なので机の中に入れてやろうとするが、色々紙屑で散らかっていて入らない。仕方ないなと思いながらもまだ次の授業までは時間があったので、ゴミを取り出して……
「何、これ……」
今の紙屑の文字、誰かに見られなかっただろうか。そんな下らないことを考えながら沙弥は紙屑を取り出す。
『死ね』『バカ』『もう学校来るな』『邪魔』などのボキャブラリーの欠片もないような決まり文句が書かれた紙屑がそこには散乱していた。ふとやたら紙を破っているノートがあったので開いてみると、彼女の不器用だが丁寧さの感じる板書の上からマジックで大きく汚い言葉が並べ立てられていた。
思えば(彼女を極力避けていたからかは知らないが)彼女が他の人と話しているのを聞いたことがなかった。体育の時間あれだけ活躍していても、どんな競技中だって彼女は一人だった。プレーの上手さに目がいってしまうが、彼女は敵からも味方からも歓迎されていなかったのだろう。
沙弥はそれを全部思い切って捨てた。彼女が今までどんなことをされてきてこれからどんなことをされるのか、そしてこの行動をとったことでクラス内でどういう目に遭うのかなんてどうでもよかった。
彼女がどんなに冷たくあしらっても沙弥に寄り添ってきてくれたのは、沙弥だけが彼女の事を考えているという想いが無意識のうちに伝わっていたからかもしれない。
紙屑の上に涙がポロポロとこぼれ落ち水性のマジックで書かれた文字が滲む。それでも完全に文字が消えることはない。受けた言葉の傷が癒えることはないように。
「ごめん、ごめんね、杏子……」
彼女に会いたい。彼女が休むくらいだからよっぽどひどいのだろうがそれでも。自分の気持ちをすべて伝えたい、彼女に伝わっていない自分のすべてを。
放課後、彼女は走った。学校は途中で抜けられないし部活もあってもう夜だったが、杏子の家まで自慢の足でもうすぐ……
「何処へ行くんだい?」
キュゥべえだった。こんな時まで……沙弥は足を止める。そして地面を睨みつけた。
「こんな時に……何の用よ!!!!!!?」
「気がつかないのかい、この圧倒的な妖気に……」
キュゥべえが淡々と告げる。その刹那、凄まじい気が全身を突き抜けた。同時に大気が歪んでいくのが目でも肌でも感じられる。
「野中杏子は……魔女に乗っ取られた。契約して魔法少女になっておけば避けられたのに」
「……何が言いたいの!!?」
「倒すんだ。それが、魔法少女である君の使命なんだから」
杏子が魔女に……同時に沙弥は周囲の様子がおかしい事に気がつく。道行く人はみなふらふらと同じ方向を目指して歩いている。その方向は杏子の家だった。
「『魔女の口づけ』だね。魔女の烙印を押された人間は精神が狂ってしまうけど……あれは異常だ、此処ら一帯の人間全員を食うつもりだよ」
「そんなの……私が許さない、杏子は、私が救ってみせる……」
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QBはマジ外道すぎてある意味では真に正義なのかもしれません。 | ||
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