夜の逃避行
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十二月十三日金曜日

この東海地方一帯で関東大震災級の地震が起こる。

 

そんな噂がまことしやかに囁かれていた。

噂の出所は、有名な透視家が言ったとか、実は○×学園の三年が冗談で流したと

か、掲示板でいきなり誰かが言い出したとか色々あるが、どれが定かかはわから

ない。

そりゃあそうだよなぁと私は思う。

そして今日は十二月十三日の金曜日だった。

 

 

「早く帰りたいー」

「死にたくないよぉ」

「情けない声だすなって」

苦笑しつつ私が言うと、友人二名から猛反論をうけた。

「もしかしたら人生最後の日かもしんないんだよ! 全く落ち着きすぎっ」

落ち着きすぎって言われても、信じてないんだもん。そう思うが、口には出さず、はいはいとだけ言っておいた。

二人は少し不満そうに口を尖らせると、また地震について語り始めた。

 

その夜。

結局地震はおきず、くだらないと笑いながらテレビを見ていた。しかし、お母さんもお父さんも小学生の弟までもが噂を信じており、皆馬鹿らしいほど神妙な面持ちだった。私はそれをまた鼻で笑い、コンビニに出掛けることにする。勿論家族から猛反対をうけた。(時間が遅いのもあったからだと思いたい)

 

 

部屋の中の重苦しい異常な空気から開放され、私は思わず大きな溜息をついた。

馬鹿らしい。やってられっか。

凛とした空気が私を包む。寒いというよりも冷たかった。

それからゆっくり空を見上げてみる。濃い青のそれには、ところどころ穴が開いたような星が光っていた。

つまらん。

ずんずんと前に進む。気がつけばコンビニを通り越していた。畜生。疲れるわけだ。

そして、小さな公園に着いたときである。

 

女の子がいた。

 

……見たことあるような気がする。そう思い近くに行ってみると、案の定クラスメイトの子だった。

しかし名前が思い出せない。あまり目立たない子なので顔を知っている程度の認識だった。

その子は誰か必死に思い出している私をよそに、堂々とした態度で公園内を歩いていた。

なんだろう……。

背中にリュックサック。靴は丈夫なスニーカー。

あぁこの子は逃げようとしている。

 

避難しようとしている。

 

「春日さん」

びくりと体が震えた。私の名前が呼ばれたらしい。

それは月のように鋭く冷たい声だった。

「春日さん。貴女も逃げるの?」

逃げるの? そんな非現実的な言葉が私に突き刺さる。逃げるの?

のまれそうになる。雰囲気に、夜に、この子に。

その時不意にこの子の名前を思い出した。

「月島さん……」

よく出来た物語みたいだと思って少し笑う。いやただ……綻びだらけかもしれない。

「水を買いに来たの」

「やっぱり逃げるんだ」

月島さんが真顔でそう言う。

「一緒にコンビニ行かない?」

ミネラルウォーター買うからと続ける。

「そしたら私も買う。この中に三本入ってるけど」

月島さんが軽く跳ねた。がたがたとリュックサックがなる。一緒にコポコポと水がはねる音もする。

「地震が本当に来ると思ってる人ってどのくらいいるんだろうね」

私が言う。

皆きっと信じてるふりをして、騒いで、楽しんでいる。現に皆逃げてない。夜がこんなに静かだなんて。

「皆お祭りと勘違いしてるよ」

月島さんは長い木の枝を拾い上げ、ずるずると引きずった。道路に跡がつく。何やってんだか。

「でも、春日さん信じてるんだよね」

嬉しそうな顔もしないで、無表情のままそう月島さんが言った。

「信じてないよ。くだんない」

「なら水は? さっきと全然言ってる事が違う」

「信じてるなんて一回も言ってないよ」

月島さんはつまらなさそうにふぅんと呟く。

「逃げようよ」

「どこに」

「どっか遠い所」

「どうやって」

「……」

結局。どいつもこいつも中途半端過ぎた。遠い所に逃げる? なら昨日のうちに行けば良かったんだ。

「春日さんって思ってた感じと違う」

落胆するならすればいいじゃないか。

しかし月島さんは無表情のまま続ける。

「私春日さん好き」

それは予想外の言葉だった。

「だからコンビニ行こう。逃げなくていいから一緒にコンビニ行こう」

彼女が喋るたび、息をするたび白い靄が私達を隔てた。

「うん。でも水は買わない」

「ねぇならポテトチップスと、キットカットとカントリーマアムとジャガリコ買おう。半分こしよ」

月島さんが静かにそう言って笑った。

私は「ポテチはコンソメ以外認めないから」とだけ言った。コンビニ今から行ったら補導されるかなぁなどと思いながら。

 

 

時間は気が付けば12時を過ぎていて、ということは金曜日は終わった訳で、もちろん地震はおこらなかった。

私達はコンビニに行ってだるそうな店員に大量のお菓子を差し出して驚かれた。

そしてだるそうな店員だったからか補導される事もなく、人も猫さえも通らない公園に戻り貪るようにお菓子を消費した。

 

 

 

最後に一言。馬鹿預言者め。地震は金曜日じゃなくて土曜日だったじゃないか。

しかも震度2なんて人を小ばかにしたようなものが地震と呼べるだろうか。いや呼べるわけ無い。

馬鹿にしやがって。

私が太ったらお前のせいだかんな。そう思って一人で笑ってみる。今日は休日。月島さんと遠くに逃げてみようか。

説明
女の子達の逃避行です。
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シュール 女の子 不思議 地震 

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