博麗の終  その13
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【勝てない戦い】

 

「ねえ、あなた。困っているのでしょう?」

 

 視線を血溜まりに落としたまま、レミリアが問いかける。

 

 ささやくほどの小さな声なのに、不思議なくらいよく通る。

 

 鳥居から屋根の上まではそれなりの距離があって、周りでは百を超える有象無象や化物だちの大きな戦闘が繰り広げられているのに。

 

 八意永琳の脳には、確かに届いている。

 

「わかるわよ。あなたの考えていること」

 

 顔も上げないでぽつぽつと話す。

 

 その普段とは違い過ぎる様が、予想していなかった状況が、永琳の頭を惑わせていく。

 

「人間の軍は指揮官や副官が持たせるだろうし、八雲の式神はいい戦いをしているようだけれど。指揮者のいない寄せ集めの軍は、あっさり総崩れになりそうねえ。そのまま別の軍へなだれ込まれたら終わりだから、それまでに手を打ちたい。でも……気になるわよねえ。コレが」

 

 血溜まりの中にある左手は、いまだに変化の気配すら感じさせない。

 

「…………」

 

 永琳は、やはり動けなかった。

 

 

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「私はね、八意永琳。あなたの策をだいたい読めていると思うわ。今、ここにいるべき者たちがいないのは、私の妹や友人、ついでに館の門番対策でしょう?それぞれ西行寺幽々子、霧雨魔理沙、魂魄妖夢といったところかしら。亡霊の挑発にあの子は乗るでしょうね。白黒は話し合いで引き分けに持ち込むのかしら。庭師はうちの勝ちだろうけれど、時間稼ぎにはなるか。まあ、戦術的にはいい配置だと思うわ……気に入らないけれど」

 

「あら、お気に召さなかったかしら?精鋭揃いの紅魔館相手には、この布陣が最も適しているはずよ。残りの戦力はすべてあなたに注がないといけないわけだから」

 

「……二度言わせるな。読めている、と言ったぞ。だからお前の考えに乗せられるのが気に入らないんだ。この”私を止められなくてもかまわない布陣”が、お前のエゴにまみれた思考を浮かび上がらせてくるんだよ。いくつもの仮定の中で、最も利己的なものだ」

 

「……」

 

「『幻想郷が滅びようがかまわないが残される方が望ましい』くらいのものだろうさ。その証拠に、すべての戦力を注ぐはずなのに、お前のところの他の奴らは何故ここにいないんだろうな?……っと、ああ違う。お前の体で隠れている八雲紫のすきまの中に、蓬莱山輝夜がいるな。戦闘に出さないものだから数え忘れていた。私の従者の時間能力対策に、忍ばせているのだろう?」

 

 輝夜の名前が出た時に、永琳の身体が震えた。

 

 時間操作の対策には時間操作しかないのだから、輝夜がここにいることは仮定として至極真っ当なものだ。

 

 しかし、潜む方法など誰にも明かしてはいなかった。

 

 すきまを依頼する紫や実行してもらう輝夜にも、直前まで知らせてはいなかった。

 

『思考能力すらも侮っていたか。まあ、わかったとしても安全なことには変わりが無いのだからそれもいいだろう。最悪、輝夜を逃がして永遠亭も放棄すれば済むだけの――』

 

「ちなみにだが。どれだけ結界でガチガチに固めていようとも、私はそこを攻撃できるよ。今、ここからでも大丈夫だ。お前の体を貫いて、そのままお前の主を攻撃できる。ずいぶんと吸血鬼というモノを低く見積もってくれているようだが、そんな柔な守りで『確実に大丈夫』とでも思っているのかな?私の名にかけて誓うよ。そんな考えでは、お前は主を守れやしない」

 

『……うろたえてはいけない、はったりのかのうせいはおおきい』

 

 賢者と称えられる者の思考が揺れ、ほおに冷や汗が垂れていく。

 

「返答が無いのなら、ついでだ。解説でもしてやろうじゃないか。私のスペルカードに槍を投げる物があるのは知っているかな?」

 

 レミリアが右の手の平を上に向けると、小型の紅い槍のような物が出現した。

 

「この槍は私の魔力で作るのだが、弾幕化しなければそのまま投擲して物理的魔力的な攻撃をすることが出来る。今は適当に作ったからこんなものだけれど、今もそこで暴れている化物を滅ぼせるくらいの威力はある。気合を入れて作れば威力も大きさも上がっていく。では『この槍をお前の体が綺麗さっぱりぶち抜かれるように投げてしまおう』と言ったら……お前はどうするんだ?」

 

 言葉を止めて、永琳の方へと顔を向ける。

 

「もちろん、私の物理的魔力的な攻撃よりもはるかに強大な結界なら止められてしまうだろう。ただお前もよくわかっているように、万物は防御よりも攻撃の方が力を発揮しやすいんだよ。困ったものだな。私もここに来る前は色々と苦労してきたよ。まあそんなわけだから、止めるには私の数倍の能力が必要になる。さあ八雲紫にそこまでの力があるのかな?」

 

『ない。ないと言い切れる。あったらこんな軍勢を用意しなくとも、結界を中心にして守り切る方法を模索ればいいのだから。あの槍は危険だ。投げさせてはいけない』

 

 また一つ、永琳の敗北条件が積み上げられた。

 

「お前の身も主の身が危ないというのは、わかってもらえたと思う。そして、この戦場も私の化物たちが優勢のようだ。加えて私にはこの『血溜まりの手の平』というカードもある。どうするんだ?このまま続けて、勝負をつけて、私に勝ち名乗りでも上げさせたいのか?もちろんその際には『責任者であるお前』と『連帯責任としてその主』を、念入りに潰させて頂くことを約束しよう。私が霊夢に会っている間に、何かを仕出かされても困るからな」

 

『…………』

 

「死なない体でずいぶんと長生きをしてきたみたいだけれど、私はきちんとお前らを殺すよ。身体は壊れなくても精神は殺せるだろうからな。お前は四肢と首を切って、念のためさらに半分にした後に友人へと進呈しよう。実験材料として欲しがっていた時期もあったから、今日の働きのいい報酬になるだろう。もしあれに捕われたのなら私程度ではすぐに死んでしまうが、お前ならとてもとても大事にされるだろう。よかったな」

 

『……………………』

 

「ああ、主の話もしないとな。心配しなくとも、きちんと敬意を持って処刑させて頂くよ。どこまで再生してしまうのかよくわからないから、出来る限り細かくしてみようと思っている。サイコロ状くらいにさっと切り刻むところから始めてみよう。でも恐らくはそれくらいでは死なないから……そうだな。肉をすり潰して土に混ぜて、自然の分解システムに任せてみようか。自然という最強のシステムを相手にしたら、お前らの不死は不死でありえるのかな?」

 

 少し考え込むような様子を見せる。

 

「ん〜?」などと言いながら、右手に持った小槍を握りつぶして消去する。

 

 そしてその手をぼーっと眺めていると、突然「ああっ!」と言って驚いたような表情を見せた。

 

「そうだ、思いついた。永く使っていないと、自分でも何ができるのかを忘れてしまうんだ。そうだよ。ゾンビだ。死なない体をゾンビ化してみようじゃないか。”死なない身”と”アンデッド”。意味合いの違う”不死”と”不死”を掛け合わせたら、何が生まれるんだろうな。考えただけでワクワクするじゃないか!私は変質し続けながらも回復し続けるという、どこにもたどり着けないあやふやな存在になってしまうと思うが……そういうモノを従えるのも一興だと――――」

 

「わかった、もういい……」

 

 話を切り、八意永琳は立ち上がって宣言した。

 

「私たちは、降参する。勝ちの目がない以上、争うだけ無駄というものでしょう」

 

 

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 永琳は、速やかに全軍へと指示を出した。

 

 化物の動きは止まりレミリアの傍へ立ち、皆は霊夢の部屋の逆側へと集められた。

 

「まあ、こいつの出番がなくなってなによりだよ。殺したくはなかったから」

 

 と言いながら、レミリアは右足を上げて一気に踏み下ろした。

 

 途中には今まさに膨れ上がりつつ変貌を遂げようとしていた化物がいたが、その恐らく巨大であろう体躯を見せ付けることもなく完全に潰されてしまった。同時に五体の化物も綺麗に消え失せていた。

 

「じゃあ、入らせてもらうわね」

 

 吸血鬼は、いつもの笑顔でこう言った。

 

「ええ。どうぞご勝手に」

 

 月の頭脳は、敗者として言に従った。

 

 

「ふふ…………あなた。本当に、吸血鬼のことをなーんにも知らないのねえ」

 

 

 勝者がくすくすと哂う。

 

 

 博麗神社の、鳥居の外で。

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それぞれに、守るべきものがあるのです。
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