真・恋姫無双  馬鹿がサンタでやってくる 前編
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バレンタイン

 

世の男性を惑わす悪魔の日である。

そして、女性にとっての一世一代の大勝負の日となる日である。

チョコレートの一つ一つに一喜一憂する我らを見て遠い日の聖職者は何を想うのだろうか。

 

ご多聞に漏れずこの俺、北郷一刀もそうである。

この日ばかりは周囲に漂う甘ったるい空気だとか、どこか落ち着きのないそわそわとした雰囲気に流されるがまま、

頻りに周りを盗み見る。

女性と目が合えば慌てて視線を逸らし、男性と目が合えばそこには火花が散る。

人とは何故お菓子一つにあそこまで狂わされるのだろう。

 

しかし、そんなことも今は昔。

愛するあの子にチョコレート、なんて風習は残念ながらこの時代にはない。

それでも、と思ってしまうのは自身を取り巻く環境が特異なせいだ。

世の男性諸君にはこの上なく途轍もなく申し訳のないことではあるが、此処には自分を慕ってくれる女性が多いのだ。

バレンタインデーなんてイベントがあれば、一日二日では食べ切れないほどのチョコレートを貰い受ける自信がある。

だからこそ、頭を悩ませる原因ともなっているのだが。

 

二十年近く自分の体を形作ってきたものとは中々抜けないものだ。

例えば、常識であり、食事であり、文化である。そしてバレンタインも。

やはり、二月十四日に貰えるチョコレートとは特別なものなのだ。

日本で生まれ育った俺にとって、その日は神聖視せざるを得ない。

恋に恋する乙女の様に、白馬に跨った王子様を待つように。

その日ばかりは、男どもが世界中のどんな女性よりも、ロマンチストになる日なのだ。

最も、君の瞳に乾杯、とか、夜景よりも君の方が綺麗だよ、などと言い出すのは男だと相場が決まっており、元々男性の方が恋に夢見がちなのかも知れないが。

 

一年前までは無縁であったそんなイベントも、今では彼女達から、貰える、と分かっているのだから心弾まぬ訳がない。

ただ、そのためにはお菓子業界の陰謀だとも囁かれる風習をこの地、この歴史に刻みつけねばならなかった。

それが問題なのである。

自分から、この日は大切に思う人にチョコをあげる日なんだ、なんて説明でもすれば、物凄く良い笑顔を浮かべた覇王様が思い出され、

あら一刀ったら、そこまでちょこれいとうが欲しいのかしら?なんてからかわれるだけである。

そんなのは真っ平御免だ。

恥ずかし過ぎるし、女々しい男だとも思われたくなかった。

チョコレートは欲しい。でも自分の口から出すのは躊躇われる。でも貰いたい。

そんなことを考え悶々としていると、一つの妙案が浮かんだ。

貰うことばかり考えるからいけないのだ。大切な人の為に、と俺が配りまわれば自然とバレンタインが定着していくだろう。

そうと決まれば早速買い出しに行かねばなるまい。

いつもよりもちょっぴり重い財布を携えて、俺は町へと向かった。

バレンタインの前日、二月十三日のことである。

 

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とは言え、そう何でも都合の良いように運ぶ訳もなく、俺のバレンタイン大作戦はいきなり暗礁に乗り上げた。

ある程度の予想はついていたが、やはりこの時代にチョコレートなんて物は無かった。

まぁ、別にチョコを上げなくてはいけない、なんて決まっている訳でもないので適当に現代のお菓子を、と思っていたのだが自分一人で作れるものなどないということに今更ながらに気付いた。

最初はクッキーでも、と思ったのだがよくよく考えてみると作り方も何となくしか分からないし、この時代では材料もてんで予測が立たない。

ベーキングパウダーってなんだよ。

流琉にでも聞けば何とかなるかも知れないが、渡す相手に教わるというのは中々愉快な提案だ。

どうせやるのなら、驚かせてやりたい、と思うのは至極自然なことであろう。

 

結局、何時かの小母さんの言葉を頼りに、俺が唯一作れる胡麻団子の材料を買いに走ることとなった。

行く先々で、猫と戯れる軍師様とその弟子の忍者少女だとか、凪に追いかけられる沙和と真桜だとか、昼間から酒を飲んでいる小覇王さまだとかを見かける。

そんな彼女たちの様子をこの町の人々は生温かい目で見守っている。

騒ぎを起こした所で、またいつものことか、と寛大に、笑って許してくれるに違いない。

三国の重臣たちと、この地に住まう人々との関係は極めて良好と言える。

後に、この時代が三国志と語られても、悪役とされる曹操は居なくて、義兄弟、正確には義姉妹だが、を失う劉備も存在せず、孫策が刺客に倒れることもないだろう。

天の知識を持った俺には信じられないような事ばかりではあるが、それぞれが苦難を乗り越えた末に掴んだ世界だ。

ここでの毎日は目が回るほど忙しくて、目を細めるように楽しく、時には目も当てられないような惨状を巻き起こすこともあるが、今を生きる人々は笑顔を絶やすことがない。

 

これで良いのだ。

俺が知るべきは彼女たちの三国志だ。

語られもしない歴史なんて捨て置けばいい。

 

もし、歴史を捻じ曲げた責任を取れと言うのならば、この大陸に住む人々の、多くを背負った彼女たちの笑顔を守り抜いてやる。

それが俺の責任の取り方だ。

無論、責任などと言われずとも、そう生きるのが天の御遣いの役目であり、それを放棄するつもりもない。

 

中天にあった日は既に傾き、町をオレンジ色に染めていた。

町を照らすその穏やかな光は、時間の流れを緩やかに感じさせる。

 

柄にもなく感傷に浸ってしまった。

 

夕暮れ時というのは、どうにも人を感傷的にさせる。

 

長々と説いて何が言いたかったかというと、いつもと同じ日常風景だということである。

詰まる所、町は今日も平穏無事で平和な一日だったということだ。

 

 

買い物を終え、城に戻ると辺りはもう真っ暗である。

とりあえず、買って来た物を厨房へと運びこみ、お付きの料理人には秘密にしておいてくれと念押しした上でだ、小豆を水に漬ける。

二月の水は、指先が触れただけでも体の芯まで冷え込む程に冷たく、この水を用いて職務をこなす彼らには頭が下がる思いだった。

これだけの量だ、彼女たち、三国の面々、に配っても幾つかは余るだろう。

彼らにも日頃の感謝を込めてプレゼントしてもいいかもしれない。

 

今日できることはもう無い。

明日は忙しくなるだろう。

五十を超す胡麻団子を作るのだ。

ちょっとしたお菓子屋さんレベルである。

年甲斐もなく、はしゃぎたくなる程に楽しみだ。

突然の贈り物に驚く様を見せる彼女たちに思いを馳せ、俺は眠りについた。

 

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「いい加減に、起きなさいっ!」

 

冬の朝に布団を引っぺがす、というのは個人的に許せるものではない。

唐突にあの温もりを奪い、世間の荒波の様に激しく冷たい寒気を浴びせるなど人の所業ではなく、鬼畜外道の行いである。

声高々にその暴挙を非難したい所だが、眼鏡の奥を三角にした彼女を前にそんなことを言えるはずもなく。

 

「おはよう。」

 

そう返す他になかった。

 

全く、寒いのは分かるけどもっとしゃきっとしなさいよね、ボクだけじゃなく月まで待たせてるんだから。

そう言いながら着替えを手伝ってくれる彼女、詠はいつものようにメイド服なのだが、そのスカートの丈が長くなっている。

所謂、冬服というやつだ。

個人的には、あのミニスカートから覗く、黒いストッキングに包まれた健康的な太股を見ることが出来ないのは大変不満なのだが、この寒さであの格好をしろ、というのは酷な話である。

因みに他の面々も、生地が厚くなっていたり、露出が減っていたりと冬の装いとなっている。

中には相も変わらず布の面積よりも遥かに肌色が多い者もいるが。

きっと鍛え方が違うのだろう。見ているだけでも寒々しいので深く考えないようにしている。

 

制服の上着の袖を通させてくれる月に、俺は彼女たちの今日の予定を尋ねた。

本日はセント・ヴァレンタインズ・デーなのだ。

出来あがった胡麻団子を配る、という崇高な使命を帯びた俺は彼女たちの居場所を知らねばならない。

 

「今日の予定ですか?」

 

可愛らしく小首を傾げる彼女を抱きしめたい衝動に駆られるが、そんなことをすれば詠からの心温まるような罵詈雑言を頂くことになるので何とか堪える。

偶にはその場の感情に任せて生きてみたい。

 

「今日は久しぶりに皆さんとお茶会をしようと思ってます。」

 

皆って、と尋ねるように目を詠にやれば答えてくれた。

以心伝心とはこのことである。

 

「前に月の所にいた面々よ。」

 

成る程、董卓軍の人たちは庭に集まるのか。

忘れないように月の言葉を頭に刻み込む。

 

「ご主人さまもいらっしゃいますか?」

 

何と答えようか。

顔を出すつもりではいるが、長居をする時間はないだろう。

何せ、今日中に三国+αの方々に胡麻団子を配らなくてはならない。

 

結局俺は、いけたらいくよ、と当たり障りのない言葉を返した。

 

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朝食を取ると、一目散に厨房へと向かう。

料理人の何人かが驚いた様にこちらを見るが、そんなことを気にしている暇はない。

時間との戦いなのだ。

 

 

まずは餡子づくりである。

水に浸しておいた小豆を火に掛ける。

しっかりと煮込むのでかなり時間がかかる。

 

気持ちの逸るままに作業を始めたはいいが、いきなり暇になってしまった。

少し落ち着けという神様からのお達しなのかも知れない。

 

水を足しながら時間にして一刻程、約二時間だ、煮込む。

その後、鍋一杯に水を入れ中を一混ぜ、一分程置いたら水を捨てる。

それを三度ほど繰り返し布巾でしっかりと小豆の水を切る。

鍋に砂糖、小豆を入れて更に火を掛ける。

焦げ付かないように時折、鍋の底を確認しながら四半刻。

最後に塩を一つまみ、あとは冷ませば餡子の完成だ。

 

次に生地作り。

水と砂糖を混ぜ煮立てて完全に冷ます。

その後、白玉粉と混ぜ合わせ、耳たぶほどの固さになるまでひたすらに練り続ける。

そして、薄く伸ばした生地に餡を乗せて包み胡麻をまぶす。

これを粉と餡が無くなるまで続ける。

最低でも五十五個、小豆を煮込んでいる間に人数を数えたのだ、作らなくてはならない。

これがかなりの重労働であり、お菓子職人の苦労を垣間見ることができた。

後は油で揚げれば胡麻団子の完成だ。

 

数にして六十と八個。

我ながら良くやり遂げたものだ。

試しに一つ摘む。

やはり自分で作ったものは美味しい。

余った十二個を厨房の人たちと偶々通りかかった女官に振る舞い、五十五個の胡麻団子を一つ一つ丁寧に布で包んでいく。

それを大きな袋に入れて担げば季節外れのサンタクロースの出来上がりだ。

差し入れてくれた昼食と、厨房を使わせて貰った礼を告げ、まずは庭の東屋へと向かった。

 

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天気はいいものの、やはり外は寒い。

それでもいつもと同じ恰好で騒いでいる武官勢を見ると、ここが真夏ではないかと錯覚する程だ。

 

「何なのです?その大きな荷物は。」

 

お茶を啜りながら、呂布お付きの軍師が尋ねる。

流石にこんもりと膨らんだ大きな袋を見て気にせずにいるというのは無理だったのだろう。

答える代りに中から胡麻団子を六つ、人数分取り出してそれぞれに手渡した。

 

「アンタ、急にどうしたの?何か悪いものでも食べたんじゃないの?」

 

「何、くれるというなら貰っておけばいいだろう。」

 

「これ、一刀が作ったん?」

 

物凄く眉を顰める詠に、大して気にもとめずモグモグと頬張る華雄。

霞は喜色満面といった面持ちで胡麻団子を見つめていた。

華雄と霞は好感触だが、偶に気を利かせると、つんでれな詠ちゃんの反応はあまり芳しくなかった。

因みに恋はすでに頬を栗鼠のように膨らませており、口をきく所ではなさそうだ。

 

「ありがとうございます。」

 

俺から胡麻団子を受け取った月は、自分の前の皿にそれを乗せる。

そして天使の様に微笑みながら、お茶をお入れしますね、と言う彼女を、まだ用事があるから、と制す。

 

「……そうですか。」

 

月は残念そうに肩を落とし、浮かせかけた腰を再び椅子に預ける。

なんて良い子なんだろう。

この反応を少しは詠にも見習って貰いたいものだ。

そう思いながらそちらを見やると思い切り睨まれる。やはり、以心伝心。

そんな視線に気付かない振りをして正面に向き直ると未だ残念そうにしている月。

本当に、なんて良い子なんだろう。

思わず彼女の頭に手を伸ばし、優しく撫でる。

突然の出来事に、ぴくり、と肩を震わせるも目を細めてされるがまま。頬を赤らめて、へぅぅ、と呟いた。

これで今日の月分は充填完了である。

当然、そんなことをしていると、月に触るな変態!と、拳が飛んでくるのだが既にその行動はお見通しだ。

ひらり、と優雅に避けて詠に勝ち誇った笑みを浮かべてやった。

 

「こいつ……」

 

歯をぎりりと鳴らしながら、呟くというウルトラCを披露する詠を片目にしながら、未だ胡麻団子に手を付けていない、

ねねが口を開く。

 

「それで、一体どういった風の吹き回しなのですか?

 その量からすると、何もねねたちのためだけに作られた訳ではなさそうなのですが。」

 

「あぁ、今日はね、バレンタインデー、と言って、俺がいた国ではお世話になっている人や大切な人に贈り物をする日なんだ。」

 

「そんな日が天にはあるのですか。興味深いことなのです。」

 

むむむーと唸りながら腕を組み考え込む素振りを見せる音々音ことねね。

そんな彼女の仕草は、そのお子様体型とは不釣り合いで、まるで背伸びをして精一杯大人の様に振舞わんとする子どもに見えて微笑ましい。

とは言え、彼女は立派な大人と言える年齢であり、もし、そんな事を口にすれば物凄く良いキックを貰うので黙っているが。

 

「なんや、一刀ってばウチらのことそんな風に思ってくれてたん?ウチ、めっちゃ照れるやん。」

 

「そりゃあ、俺にとっては皆大切な人だからね。お陰で背負うほどの胡麻団子作る羽目になったけど。」

 

「さすがは三国一の種馬と言ったところか。美味かったぞ、感謝する。」

 

そう言うと華雄は立ち上がり月の方へと向き直った。

 

「月様、本日はお招き頂きありがとうございました。しかし、そろそろ鍛錬に戻らなくてはなりません。

 申し訳ありませんが、この辺りでお暇させて頂きます。」

 

頭を下げる彼女に、熱心だなぁ、と思わず零す。

それを聞き逃さなかった華雄は、こちらに向け口を開いた。

 

「武器を振らぬ武人など居るまい。

 武の道は険しく、未だ頂きは見えん。人が一生に歩める歩数など高が知れているのだ。

 ならば、高みに近づく為には寸暇を惜しんで歩き続ける他にないだろう。

 それに呂布という分かり易い目標もいることだしな。」

 

最近鍛錬をサボりがちな俺には何とも……。

「耳が痛い話だな。」

 

自分を武人だと言い張るつもりも腕もないが、一時は剣に捧げた我が身である。

仕事が政務にシフトしつつある今では剣を振る時間が余り取れなくなっていた。

それでも、自分の身は守れる程度に腕を磨いて置かなければ周りに迷惑を掛けるだけだ。

それに、仮にも男の子なのである。守られるよりは守りたかった。

 

「そう自分を卑下する話でもない。お前と私とでは立場が違うのだ。

 自分の身を守れる程度には、と思うことも鍛錬することも悪いことではない。

 だが、もし、戦場でお前が武器を振るうとなる時はどうしようもなく負け戦の時だけだ。

 そんな状況では呂布や関羽程度の武がなければ無意味だろう。

 武器を振るう暇があるのなら、さっさと逃げ出す算段でも立てておけ。」

 

戦うのは私や呂布、張遼の役目だ。

そう言い残すと彼女は踵を返して行った。

 

すげーかっこいい。

三国では余り見ないストイックなタイプだ。

 

さて、名残惜しいが他の面々にも胡麻団子を配らなくてはならない。

席を立とうとすると袖を引っ張られるような抵抗を感じる。

そちらに目を向けて見れば、恋が上着の袖を掴んでいた。

 

「どうした、恋?」

 

「……ご主人さま、お団子、美味しかった。」

 

「ああ、ありがとう。」

 

「恋、もう一つ欲しい……。」

 

そう言って貰えるのは本当にあり難いのだが、如何せん、お一人様一点限りの量しか用意していないのだ。

 

「ごめんな。今回は一人一つしか用意してないんだ。」

 

しゅん、となる彼女に、今度また作ってくるから、と約束して、その場を後にする。

 

あんなへっぽこに頼らずともねねがお菓子の一つや二つ、恋どのの為にお作りして見せましょうぞ。

背後からそんな声が聞こえてくる。

振りかえることなく、次なる女の子を探す旅に出た。

 

 

 

続く

 

説明
バレンタインデー短編です。
思ったより長くなりそうなので、
分けることにしました。
出てくる人物が増えると書くのが大変ですね。
続きは今週中に投稿しようと思います。
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コメント
雷起様 その反応を書くのが大変です。各陣営に数人と絞ったのですがそれでも多い。一刀くんはもう少し節操というものを持つべきですねw(y-sk)
残りのみんなの反応も楽しみですねぇ。(雷起)
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