うそつきはどろぼうのはじまり 47
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開発されて間もない第三世代型は、彼女の最初の友だった。被験者としてエリーゼに与えられた増幅器はぬいぐるみを模しており、少女はティポと呼んで可愛がった。

ティポは所有者である彼女に感応し、いくつもの精霊術や技を放った。つまり、見た目は愛くるしい縫いぐるみでも、実態は紛れもなく増幅器なのである。ローエンは野営地で増幅器に纏わる不穏な噂を耳にした時から、少女の体調を気遣うようになった。が、表立った不調が現れないため、心配は杞憂に終わったと胸を撫で下ろしてしまったのである。

増幅器を使用したことによる副作用は彼女に現れていた。幼い頃の記憶を蝕むという形で、確かに五年前の時点で表面化していたのである。

「早く、父さんに知らせなきゃ!」

ジュードは早々に席を立った。今度こそ出遅れまいと意気込むままに、診察室から出て行く。

「エリーゼという前例があるなら、返還された人たちにも望みはある。記憶は蘇るんだ。エリーゼと同じように」

同じく部屋を飛び出したレイアの足取りも軽い。

「そうだね。時間は掛かるかもしれないし、ほんの少しずつかもしれないけど、必ず思い出すって分かるだけでも、気持ちが楽になると思う。医務学校に入院してる患者さん達には、あたしが伝えておくね」

胸を叩いた彼女と別れたジュードは、早速自室に戻って伝書鳩の籠を開いた。

一方その頃、若い二人と行き違うように、アルヴィンの病室を訪れた者がいる。

「失礼。アルヴィンさんがこちらへ入院していると聞いて・・・あら?」

見舞いの花束片手に、シャール家当主は目をまん丸にした。

「お嬢様」

「ローエンも彼のお見舞い? ということは、話はできるということよね」

ドロッセルは横目で寝台の中で身を起こしていた男を見る。鋭い視線を受けて、男は首を竦めた。

「依頼した荷物の受領報告はどうしたの? こっちは気が気じゃなかったのに、待てど暮らせど鳩の一つ来やしない。聞けばイル・ファンで行き倒れたって言うじゃない。依頼人への連絡一つも寄越さないで、全くどういうつもりなのよ」

常に領民達へ笑顔を振りまく彼女にしては、珍しく言葉がきつい。だが男は叱責を甘んじて受け止めていた。エレンピオスを出立してからというもの、依頼人ドロッセルに対する完了報告を、運び屋はすっかり失念していたのである。

「すまん。連絡しなかったのは完全に俺のミスだ」

「まあ、いいわ。――それで? エリーの様子はどうだったの?」

彼女は連絡が取れないままの、友の様子をせがんだ。そういえばこれも依頼のうちだったなと、男はかいつまんで語ってやる。

嫁にと送り出した少女が、先方の研究所で実質の軟禁状態にあり、まして記憶を喪失していると聞き、ドロッセルの顔から血の気が引いた。

「マナ抽出の、道具・・・ですって・・・?」

以前言っていた、悪い予感という奴が見事的中したわけだが、ここまで最悪の事態が数珠なりに待ち受けているとは露ほどにも思わなかったに違いない。領主の衝撃は計り知れなかった。

「エリーゼと交換で拉致された人々を返還する――政略結婚は表向きの理由に過ぎないことは、陛下からも説明があったわ。カラハ・シャールの領民にも、拉致されたと思われる行方不明者がいたから、私はその条件を呑んだ。でもエレンピオスから返還されてきた人たちの容態が、増幅器の副作用にしては変だって報告を受けて。その時から、嫌な感じはしていたけれど、まさか・・・あの槍が再び蘇ろうとしているなんて」

嫌悪感も顕わに領主は眉間に皺を寄せる。

クルスニクの槍。賢者の名を冠した精霊術貫通兵器だ。五年前に猛威を揮った時、マナを吸い上げられて体調を崩す領民が多く出たことは記憶に新しい。まさか再び、生きている間にその名を聞くことになろうとは。

「あの時でさえ、多くの人々が兵器の犠牲となったのに、それをエリー一人で賄おうとしているというの?」

「まだ、そうと決まったわけではありません」

ローエンは取り成すが、ドロッセルの顔色は青白いままだ。

「でも事実に近い可能性なんでしょう? もしそれが本当なら、私は・・・」

多くの感情が領主の胸中を駆け巡る。硬く瞑られていた瞼が再び持ち上げられた時、双眸は静かな決意を湛えていた。

「陛下に謁見を申し入れていたのは、正解だったかもしれないわね。本当は出立の挨拶をしようと思っていたのだけど」

「出かける? どこへだ」

男の問い掛けに、彼女は僅かな躊躇いを見せた。

「エレンピオスに。婚礼に呼ばれているの。私が参列する間、カラハ・シャールに領主がいないことになるから、留守をお願いしようと思って。――長々とごめんなさい。謁見の時間だから、行くわね」

ドロッセルは男の顔を見ずに一気に言い、足早に退出した。

病室には二人の男が残された。それまで会話の絶えることのなかった部屋に、静寂が訪れる。

イル・ファン上空に新たな雨雲が到着したらしい。朝方の煙るような霧雨が、いつの間にか叩きつけるような雨に変わっていた。

二人は無言で窓の外を眺める。先に沈黙を破ったのはローエンだった。

「混乱して、おいでですか」

淡々と響く雨音に乗せるような、穏やかな声だった。男は我に返って振り返り、曖昧に頷く。

「ん? ああ・・・まあ、な」

「仕方ありません。何せ、あまりにも多くのことが明らかとなりましたからね」

本当にその通りだ、と男は肩で息を吐いた。

カラハ・シャール襲撃の全貌。増幅器の秘密。エリーゼの変貌の理由。エレンピオスの意図。それまで個々の問題と思っていたもの全てが、一つに繋がった。その壮大で途方もない思惑の坩堝は、完全に男の理解の範疇を超えていた。

「しかし我々がなさねばならぬことは明白です。エリーゼさんの奪取――これ以上の最優先事項は存在しません」

きっぱりと言い切る宰相だが、男の返事は相変わらず鈍かった。煮え切らない態度に迷いの色を見てとったローエンは、容赦なく仲間を叱咤する。

「何を迷うことがありますか。エレンピオスで理不尽な仕打ちを受けているエリーゼさんを、救い出さねばなりません。我々にはその手段も、その方法も充分に与えられている。にも関わらず行動を起こさないというのは、それはかつての仲間に対する侮辱です」

かつて彼ら六人は世界の危機を救った。その過程で育まれた絆は、そう簡単に揺らぐはずがない。特に互いに孤独を知る、傭兵と少女との間で実を結びつつあった信頼関係なら尚更だ。

ローエンの厳しい声が続く。

「エリーゼさんは待っておられるはず。記憶を失っても、我々のことを何一つ覚えていなくとも、待っているのです。アルヴィンさん、あなたのことを。何故ならエリーゼさんはあなたを――」

「ローエン!」

その先を言わせまいと男が怒鳴る。だがそんなもので怯むような軍師ではない。凍てつくような双眸を若人に向け、重々しく宣告した。

「あなたを、信じていた」

「・・・・・・」

「あなたは既に、ご存知のはずです」

男は項垂れた。乱れた黒の髪を、微かに上下させる。

「・・・ああ」

「では、なぜ」

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