【 #njslyr 】ナイト・クリエイテッド・バイ・ウェイスト #2
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■注意■珈琲■このストーリーは、ブラッドリー・ボンドとフィリップ・ニンジャ・モーゼズの共著によるサイバーパンクニンジャ活劇小説「ニンジャスレイヤー」のファンジンにあたるものである。現在、ツィッターにおいて翻訳チームが日本語版の連載を実施している。■いわゆる二次創作■黒糖■

 

■注意■大蒜■この作品には登場人物名鑑に名を連ねながら、本編に未登場である登場人物が存在する。仮に本編における登場人物の設定が本作と異なっているとしたら、それは恐らくザ・ヴァーティゴ=サンが因果律を狂わせた結果だと理解していただきたい。■妄想重点な■野菜■

 

■注意■脂■なお、この作品の主人公は本作のオリジナルであり、本編には登場しない点を留意されたい。ファンジンにおけるいわゆるオリキャラは時として世界観を崩壊させるが、斯様な事態にならないよう心を砕いていく次第である。■非ニンジャばかりだ■辛め■

 

日本語版公式Twitterアカウント

http://twitter.com/NJSLYR

 

日本語版公式サイト

http://d.hatena.ne.jp/NinjaHeads/

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(第?部「フォールス妄想大国」より ナイト・クリエイテッド・バイ・ウェイスト #2)

 

「ザッケンナコラー!」

「スッゾコラー!」

 銃声。ヤクザスラング。硝煙とガスの入り混じった匂い。

「イヤーッ!」

「アバーッ!」

「イヤーッ!」

「アババババババ、アバーッ!」

 掛け声。断末魔。飛散する緑色の体液、鉄の匂い。

 怒号と共に繰り出されるあらゆる火器の一斉放射が、重金属の雲を真っ赤に染める。無人の荒野を走るかのように火線をすり抜けながら、幾つもの影が戦場を交錯している。

 超常の存在、ニンジャ。

 彼は一向に足を止めないそれらに向けて、当たらないライフルを撃ち続け、弾を再装填し、また撃ち続ける。

 周囲のクローンヤクザ達が、次々とニンジャ達によって薙ぎ倒されていく。しかし彼も周囲のクローンヤクザ達も、そんなことで士気を挫かれはしない。戦闘前に投与したズバリがほどよく身体中を巡っていたし、また彼らは恐怖を感じないように調整もされている。

(ニンジャに銃火器を命中させることは、ニンジャならざる者にとって不可能にも等しい)

 誰のものとも知れない無機質な声が、彼のニューロンを苛み続ける。繰り返し、繰り返し。

(だが、君達はニンジャに対して攻撃の手を止めてはならない。なぜか?)

 そんなことは分かり切っている。新たなカートリッジをポケットの内側から探り出し、交換。

(そうすることでクライアントの手助けになる可能性が、千分の一、万分の一は存在するからだ。ニンジャが君達の銃弾に対して回避行動を取り続ければ、いつか油断と隙を見せる時もやってくるだろう)

 アサルトライフルの引き金を絞り、撃つ、撃つ、撃つ。狙いはあまり定めない。無駄だからだ。必中の一発よりも、千分の一の確率で当たる千発を放った方が実際当たる。

(君達の利は圧倒的な数と、徹底した洗脳プログラムにより恐怖を排除した心。それらを最大限に駆使して、クライアントとの契約を果たすのだ)

 あっという間に弾は底をつく。カートリッジも全て使い果たした。彼は迷うことなく近くに倒れているクローンヤクザの死体に駆け寄り、カートリッジを剥ぎ取った。

(力の限り敵ニンジャを手間取らせよ。味方が到着するまでの足止めをせよ。彼の刃先を鈍らせるための、出来る限りの努力をせよ。そして)

「ザッケンナコラー!」

 自らもヤクザスラングを叫びながら走る、撃つ、走る。周囲で戦うクローンヤクザの数は大分少なくなったが、それでも彼の足が止まることはない。

 

(戦って、死ぬがよい。消耗品《クローンヤクザ》達よ)

 

「アバーッ!」

 前方からクローンヤクザの絶叫! 彼の眼前に装甲車よりも巨大な、黒光りするクモめいた八脚歩行マシンが現れる。その足の一本によってクローンヤクザが貫かれ、バイオサキイカめいて即死!

「アバーッ!」

 右側からクローンヤクザの絶叫! どこからともなく一条のスリケンがレーザービームめいて彼の周囲に飛来する。それがクローンヤクザの頭部を直撃し、ザクロめいて脳髄を撒き散らし即死!

「アバーッ!」

 左側からクローンヤクザの絶叫! 天から降ってくるのは重金属酸性雨にあらず、黄緑色の色彩を放つ不気味極まりない雨滴だ。それが空中でクナイ・ダートに変化し、蜂の巣めいてクローンヤクザを穿ち即死!

「アバーッ!」

 後方からクローンヤクザの絶叫! 手に赤く錆び付いたガントレットを装備したニンジャが地上に降り立つ。そのニンジャが繰り出す恐るべきパンチによって一瞬でクローンヤクザの首が飛び即死!

「スッゾコラー!」

 だが彼はなおも戦い続ける。上空が暗雲に満たされ視界が陰っても、彼は後退することを知らぬ!

 ……この酸性雨降りしきるネオサイタマで、暗雲?

 疑問を感じて、上を見た。彼の死が、真上から降ってくる。

 遥か頭上に、トラめいたメンポのニンジャが一人。標準的な体躯だが、それが手にしているものの方が問題だった。長さ三メートルはあろうかという大槍が一本。四角錐の無骨な穂先だけで一メートルは優にあろう。それを手にして、あの高さまで跳んだ?

「イヤーッ!」

 戦慄を催す掛け声と共に、ニンジャの手から大槍が投げ放たれる。重力加速を得た虐殺兵器が、一秒で殺人的速度に達して彼に迫った。

 感覚ばかりが加速して、周囲の戦闘がスローモーションに変わる。間近に迫り来る大槍を、彼は動くこともできずぼんやりと眺める以外になかった。

 避ける? あの弾丸よりも速いデカブツを、どうやって? 無意識的にとった回避行動の動きは、頭上の怪物に比べて明らかに遅過ぎた。

 戦闘能力を刻み込まれたDNAから生み出された彼らと言えど、所詮は人間を多少強くした程度の存在に過ぎない。ニンジャが相手ともなれば束になってかかって行って、ようやく足止めが可能になるくらいだ。

 それが、一人で。あの槍を避けられるとしたら。

 それこそライフル弾であれロケット砲であれ、涼しい顔で避けられるほどの敏捷性の持ち主でなければならぬ。

 例えば、ニンジャのように。

「アバーッ!」

 

 意識が、戻る。

 バイオモヤシめいて工場で大量生産されるクローンヤクザとて、肉体構造は人間と大差ない。人間並みに遊びを嗜むし、許可さえ出ればオイランと前後もする。夢だって当然のように見るのだ。

 ただ最近彼が繰り返し見続けているのは、一年前のあの惨劇の焼き直しばかり。ブッダよ、そろそろ容赦してください。何度あの屈辱的敗北を、彼に味合わせれば気が済むのですか。

 視界が狭い。目にインプラントされたサイバーサングラスのメンテナンスは、早々に打ち切られている。あの戦いで左半分の視界は完全に失われ、調整不足により徐々に残った右半分の光も失われつつある。

 そこに映り込むのは、代わり映えのない板張りの白天井。いつもよりも陰って見えるのは、まだ夜だからだ。

 眠り直すのは億劫だ。またあの夢を見させられるのもうんざりする。

 では夜明けまでの時間を如何に浪費するか。せめて煙草の一本も吹かせれば幾分良いのだが。

 ごろごろと喉がなる。ヨロシサンがなぜか彼らに実装した喉の分泌物排出機能は未だ健在だ。彼はそれを満足に吐き出すことすらできないというのに。

「ザッ、ケンナ。コラー……」

 力なきヤクザスラングを呟きながら、彼は何の効用もない痰の塊を唾と共に喉の奥へと押し流した。

 最低の余生だ。

 

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「まあ、あれは実際廃棄する直前でありまして。そういう用途でしたらまだ利用価値もあるかもしれませんな」

 耳障りな甲高い声が、モリトモの神経を逆撫でする。歩きながら彼女に説明を進める痩せ細った白衣の男の左胸には、ヨロシサン製薬のエンブレムが輝いていた。

 ここはネオサイタマ某所。モリトモが訪れたのは、ヨロシサン製薬の系列に属する病院の一つである。ここに、彼女らの捜し求めるクランケが入院しているのだ。

「ニンジャと戦闘して、生き残る例は実際稀ですからな。新品と引き換えに研究材料としてクライアントから引き取ったのですが、いい加減取れるデータも少なくなってきました。新薬の検体にしても健康体を使った方が早いですしなぁ」

「ええ」

 モリトモは適当に相槌を打ちながら、内心ではこの医師に途方もない嫌悪感を覚えてもいた。患者をまるっきり物品扱いだ。オムラもヨロシサンも、暗黒メガコーポの自称エリートはみんなこの調子なのか。それとも人間性を捨てないと、エリートにはなれないのか。

「君ィ、なかなかいいモン持っとるじゃないか。後で揉ませてもらえんもんかな」

「私、オイランじゃありません」

 薄笑いを浮かべた、初老の入院患者の脇を即答しながら通り過ぎる。最低の気分で。足腰がしっかりしているところを見るに、人間ドックを受診しに来たヨロシサン系列会社の役員か何かだろう。ネオサイタマのカチグミ・サラリマンは、立場の弱い女はファックして当然と思っているような連中ばかりだ。モリトモがその現実を痛いほど思い知らされたのは、オムラ・インダストリに入社した後のことだった。

 人より少々豊満な胸を、モリトモ自身は持て余している。生来の近眼も手伝って、そこより上にポイントを設ける癖が自然と身についた。味気のないモノトーンのレディースーツも、アップに纏めた髪の毛も、ミルクポットめいた分厚いレンズのメガネも、周囲の視線を上に集めるためのものだったが効果はあまり実感できぬ。

「ヤマナンチ=サンも、新品のクローンヤクザをお買い求めになった方がよろしいのでは? まあコスト削減のためというのは理解できますがねえ。寿命も実際残り少ないですし」

「構いません。そういったリスクを含めての検証を行いますので」

 医師がモリトモの顔を見て、鼻で息を吐く。小馬鹿にしているのが、ありありと見て取れた。肘鉄の一つも食らわせてやりたい気分になるが、交渉を始める前から台無しにするわけにもいかないのでここは辛抱である。

(こいつは、お前にしかできない仕事だ)

 出際にカンヌキからかけられた言葉を思い出す。マノキノ亡き今、彼は実際モリトモの最大の理解者である。その期待を裏切るわけにはいかない。

(ヨロシサンの洗脳には必ず穴がある。実際お前さんの口癖だわな。奴らにニューロンが単純なタンパク質の塊じゃないことを教えてやるいい機会だろう、違うか?)

 当然だ。だから、この交渉も必ず成功させる。駄目ならカンヌキ達の計画は、最初から頓挫してしまう。今回会う患者の意志の強さこそが、今回のプロジェクトの鍵となるのだ。

「ドーゾ、こちらになります」

 医師は病院の奥の、病室に続くドアを指し示した。ドア脇のネームプレートを確認すると、「Y13−037564」という不可解な数列が並んだ名札が一枚挟まっている。

 モリトモは唾を飲み込んだ。ネオサイタマの無知な市民は、彼のような患者の存在を知らない。ヨロシサン製薬がヤクザクランの戦闘員や企業の警護役として密かに製造、販売するクローンヤクザ。その一人が、この病室に入っている患者の正体であった。

「気性は荒いですが、動けませんのでご安心を」

 ノックもなく医師は扉を押し開く。部屋の中央に一台のベッド。その上にこの病室の住人が横たわっていた。仰向けになり、室内でなおサイバーサングラスで目を隠し口をへの字に顰めた顔から表情は窺えない。ただ頬はこけ死人めいて青白い血色のそれからは、一切の覇気が感じられない。

 さらに、彼の右腕は肘から先がない。骨が浮き上がったように細い左足も、大腿から先が消失している。残った左腕、右足も、蝋細工めいて、動かない。

 医師は手でその患者を指し示し、無言でモリトモを見る。アイサツせよ、ということか。

 恐る恐る彼女はクローンヤクザの顔を覗き込む。

「ど、ドーモ」

 と、同時に。

「ダッテメッコラー!?」

 しゃがれた声による一喝が飛んできた。な、ナムサン!

 

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 数日前。ネオサイタマ、トコシマ地区!

 凶悪犯罪がチャメシ・インシデントであるネオサイタマにおいて経済、治安とも比較的良好とされるこの地区の高層ビル群の中に、地域開発から取り残されたかの如き古いビルが挟まっていた。煤けたコンクリート色の五階建てビルディングだ。正門の脇にかかる古いバイオ杉材の看板には、古めかしいショドーで「山南地電工」と記されている。

 この時代遅れなアトモスフィアを纏ったビルの内部を完璧に予測できる者は実際少ないだろう。一階こそこのビルに相応しく古臭い窓口だが、二階から上は完全なる抗菌ルームとなっており、白衣とビニール手袋、マスクで無菌武装した作業員が義体の組み立てに勤しんでいる。更に四階には、作成した義体を取り付ける手術室とリハビリルームが設けられていた。

 そして最上階。ヤマナンチ・エレクトロニクスのオフィスには職員が勢揃いし、起立したままボスの到着を待ち構えていた。髪に白髪を生やした者が多く、若いカンヌキ達は少々浮いて見える。

 定刻を告げる鐘と同時に社長室の扉が開き、真っ白い髪を短く角刈りにした小柄な老人が姿を現した。少々左足を引きずるようにしながら職員達の前まで歩いていくと、後ろに着いてきていた長身の若者に愚痴る。

「そろそろまた、サイズ調整した方がいいかもしれねえな。生身の方が衰えちまうと、不便で仕方がねえや」

「そろそろギブアップしますか、社長? 両足とも義足にしてしまえば万事解決ですよ」

「いんや、まだまだ。ブッダにもらった足ィ手前から切り落とすなんざ、罰当たりもいいとこだろ」

 専務兼経理部長のトンカチは、強情なヤマナミ社長の言葉に苦笑いを浮かべる。彼自身、ヤマナミが両足をサイバネ化するなど想像もできないのだから。

 彼の右足、精密義足アンヨスゴイ六型改と左腕の精密義手オテテスゴイ七型はヤマナンチの最新主力製品だ。いずれもヤマナミ自身がモニタとして品質をチェックし、納得しなければ市場に出回らない。

 そんな彼が強い拘りとして操業以来続けているのが、この毎日の朝礼である。それは実際儀式めいているが、職員の団結を強める古式ゆかしいルーチンワークなのだ。

「ドーモ、オハヨ。会社の経営は相変わらずピィピィしてやがるが、今日から新プロジェクトが動き出すことになった。そこにいるカンヌキ=サンにゃプロジェクトのまとめ役となって頑張ってもらう」

 慌ててカンヌキが職員達に顔を向け、一礼した。オムラにないアトモスフィアにまだ適応し切れていない。

「巷じゃオイランドロイドだのモーターなんとかだのと下らねえポンコツがデカい面してるが、人間様の仕事に追いつけてるとは思わねえ。こいつぁ我が社にとっても初めての試みだ。一つオムラのハゲ頭には思いもつかねえモンを作って、奴の頭に居残った毛髪を追放してやろうじゃねえか」

 歯に衣着せぬヤマナミの言葉に、職員達からは笑顔が漏れる。そのヤマナミがトンカチに視線を配ると、彼は職員達を見回した。

「それではシャクン重点です。皆さん、ご唱和下さい」

 フォーマルに社長の話を聞いていた職員達が一斉に姿勢を正す。おお、ブッダ! これは現代日本において廃れて久しいとされる、シャクン・チャントではないか!

「一つ、人の手足となることが私達の喜びです!」

「一つ、健康な心身こそが人のあるべき姿です!」

「一つ、私達は社会の健康を目指して人々の手足を作り続けます!」

 彼らは会社のミッションを決まった時間に唱え、再確認するのだ。老若男女を問わずそれらを一斉に叫ぶ姿には、一種の神々しさすら感じさせる。

 デスクワークに戻っていく職員達を横目に、ヤマナミはトンカチを伴ってひょっこりひょっこりとカンヌキ達に近づいていった。

「お前らすまねえな。毎度こいつで一日始めねえと、ケツの座りが悪いのよ。さあ、ちゃっちゃと始めようぜ」

 カンヌキ達元モータードクロ開発チームのメンバーが、この朝礼に参加したのは他でもない。会社の警護役と看板を兼ねる新型ロボ・ニンジャの構想を、ヤマナミに対してプレゼンテーションすることが目的だ。僅かなパーティションでオフィスと隔てただけの会議スペースへ、ヤマナミ達は移動する。それに伴って興味を覚えた職員達も数人、パーティションの周りに集まり始めた。

「それでは新型ロボ・ニンジャのコンセプトについて、私から説明させていただきたいと思います」

 「モータートラ構想」という文字列が並んだだけの簡素なスライドが、ホワイトスクリーンに映し出される。冗長な演出を嫌うというヤマナミの趣向を、エルダー職員達から入れ知恵されたがゆえの簡潔さだ。

「エー、今回ヤマナンチがドロイド関連事業に進出する目的は、我が社の技術を広く世間に知らしめることでアガキ=サン始め競合他社に対し差別化をアピールすることだと考えます」

 「確かな主張」「アガキ対策」「効果的な広告」といった文字列がスライドに並ぶ。ヤマナミは頬杖をついて面倒臭そうに言った。

「まったく言い掛かりも大概にしろって話だぜ。ウチがアガキと同じことをするかっての。それで、アッピルできるモンを出してもらえると思っていいんだよな」

「ええ、ヤマナンチのチャレンジ・ミッションに相応しいものを提案できると思います。では、紹介しましょう」

 スライドが暗転し、奇妙なものが映った。一昔前のコンピュータグラフィックで、一台のバイクが描画されている。

 ヤマナミは、そのフォルムをしげしげと眺める。重厚なサスペンション、幅のあるタイヤに目を瞑れば、流線形をした普通のバイクである。ただそのノーズがフルフェイスのヘルメットめいた形になっていること、ハンドルが見当たらないことが少々気にかかった。

「ニンジャには見えねえな。これがスリケン投げたりするのかい」

「もちろん、このままでは投げません」

 スライドが動き始める。やにわにグラフィックのバイクが、ウイリー走行めいて立ち上がったのだ。その前後のタイヤが真っ二つに割れる。両側のサスペンションが百八十度回転して人間の手足に変わり、同時に胴体も回転してエンジンブロックが背後に格納された。更にサドルが胴体に収納されマッシブな胸部へと変化し、ヘルメットめいたノーズが離脱して首関節が明らかになる。前後二つずつに別れたタイヤはシールドめいて両肩、両脛に配置され……バイクだったものはヒューマノイドめいた形態に変貌を遂げていた。

 この映像を見て、舌舐めずりする者あり。元モータードクロの開発チームで、ロボットの機構を担当していたオガノである。

「こいつぁ、そそられますな」

 バイク形態とヒューマノイド形態、両方の姿が映ったスライドを見てオガノは野獣めいた笑みを浮かべる。その隣に座っていたエンベデッド・エンジニアのゼッタはカンヌキを見て苦笑した。

「あーあ、カンヌキ=サンが変なモノ見せるから。オガノ=サン完全に入っちゃいましたよ、これ」

 チームでは「後ろをブッダに捧げた男」の異名で恐れられていたオガノである。かつてはモータードクロの強度計算や、カラテ形態への変形機構などを一手に引き受けていた。マシンの構造が複雑になればなるほど燃える、そういう男だ。

「なるほど、バイクとロボットの二形態。中々格好いいな。元オムラのエンジニアなら、もうちょい味気ねえアイデアを出してくるかと思ってたぜ」

 ヤマナミの感想に、今度はカンヌキが苦笑いを浮かべる。

「いや実は、あまりオリジナルってわけでもないんですよね。構想を練ってたらたまたまガキが『高い機動マッポなバイク・サムライ』の再放送を見てまして」

「おいおい、マンガかよ。ロマンばかりじゃ飯は食えねえぞ?」

 カンヌキはヤマナミを見たまま、表情から笑顔を消した。

「もちろん、このようなギミックを設けた理由はちゃんとあります」

 スライドのバイクの上に、新たな文字列が現れる。「目標として時速二百キロ超な」「従来にない機動力だ」「人を運んでアブハチトラズ」

「一つ目は、ニンジャと同等の機動性を与えられるということです。ロボ・ニンジャが従来のニンジャに対して圧倒的に不利であるのが、足回りの鈍重さでして。モーターヤブの最高歩行時速百キロではニンジャにとても及ばず、モータードクロは割り切って重火器と全方位に対応できる武装の多さで補ったのですが」

「ニンジャには足元にも及ばなかった、と。やるせない話ですわ」

 オガノは溜め息を吐き出した。彼等が知っているのはモータードクロのテスト駆動結果のみであり、それを破壊した恐るべきニンジャの詳細までは知らされていなかった。

「ドロイドの二足走行は未だ発展途上にあります。人間とのコミュニケーションを目的としたドロイドならまだいいんですが、ニンジャ同等の敏捷性を出すには更なる技術革新が必要と考えます。その技術の隔たりを埋める手段が車輪走行との併用というわけです。最低でも、人間の三倍は素早く動けないと。まあ、変形時のラグはありますしバイク形態になったらアクションも制限されるわけで、まだまだ苦し紛れ感があるのは否めませんけれどね」

 スライドが切り替わる。やはりバイク形態の画像だったが、その上にはのつぺりした人間の像が乗っていた。更に映り込んだ文字列は「逃走重点」である。

「そしてもう一つの理由が、これ。人を乗せて搬送できるということですね。搭乗者と同時に戦うこともできますが、もっと重要な用途は要人を乗せての逃走です。バイク形態もAIによる自律走行が可能で、免許がなくても乗れます。戦闘能力も重要ではあるんですが、やはり社員の安全重点でないと。これも一人しか乗せられないのが少々問題ではあるんですけどね」

「文字通り、社員の足になるってか。いいぜ、この発想は気に入った」

 ヤマナミが目を輝かせる側で、一人浮かない顔をしている者がいる。モリトモである。

「ニンジャと戦い、人間を護送する。となると、AIには相当複雑なロジックを搭載する必要がありますね。モータードクロ以上にセンシティブなものにしないと」

 カンヌキのモリトモを見る目もまた、複雑なものだった。

「お前さんだったら、AIのプラットフォームに何を使うよモリトモ=サン?」

「モータードクロに使った生体ニューロンの認識能力は、モーターヤブに比べてかなり改善されました。でも同時にクローニング脳細胞由来の生体ニューロンでは、学習回数を相当こなさないといけないことも分かって来たんです。モータードクロは、大量生産に適さない」

 オガノとゼッタも、モリトモを見る表情に笑顔はない。カンヌキが小さく首を傾げる。

「端的に結論は?」

「人間の生体脳をそのまま用いること。恐らくそれが最も早く優秀なAIを作る方法かと」

「つまりはサイボーグってわけだ」

 渋い顔で言葉を継いだヤマナミに対し、モリトモはやおら頭を下げた。

「申し訳ありません。気分の悪いお話を聞かせてしまって」

「や、気にすんねえ。まあ、生きてる奴の脳味噌取り出して機械の中にぶち込むくらい、オムラだったら平気でやりそうだがよ。うちの流儀じゃ許可できねえな」

 ヤマナミはパーティションの向こう側、職場の方を見た。そこに一枚のショドーが掛かっている。

 

「人の手足な」

 

 ああ、カンヌキは、モリトモは知り得たであろうか? そのショドーこそヤマナミがドウグ社を飛び出してなお、自らの座右の銘として掲げるドウグ社の理念であった! その理念はなお、ヤマナンチ社のシャクンとして息づいている!

「分かっています。なんとかドナーとなって下さる方を探して」

「悪いがモリトモ=サン、生体ニューロンの方が調達は容易だと思うがな。ある程度の戦闘経験があって、しかもサイバネへの脳移植以外に助かる手段がない人なんてそうそう現れないだろう」

 カンヌキの言葉が胸に刺さる。他のメンバー達にも笑顔はない。それでも、モリトモはなお食い下がった。

「一応、探させて下さい。ネオサイタマ市内の病院をあたってみます」

 

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「それで、俺の所に来たということか」

 ヤクザ威圧感が、モリトモを容赦なく打ち据える! ナムサン、彼が五体満足なクローンヤクザならば、モリトモは失禁していたかも知れぬ!

 今彼女がいる病室には、一人の患者が寝かされている。その患者、クローンヤクザY13型がどのような経緯を辿ってこの病室に来たのかをモリトモは知らない。過去の苛烈な抗争で彼は片腕と片足を失い、脊椎にも重篤なダメージを負って首から下を動かすことができないという。屈強だったであろう肉体からは筋肉がこそげ落ち、今や糸杉めいた体をベッドに横たえているに過ぎぬ。

「あの、何とお呼びしたらよろしいですか」

「呼称が必要な場合は37564号と呼ばれていた。それ以外の名前は知らん」

 同一のDNAを培養して造られるクローンヤクザは固有の名前を持たず、製造時に付番されるシリアルナンバーが唯一のアイデンティティであった。病院への問い合わせを繰り返す内に偶然めいて彼の入院情報を手に入れたモリトモは、文字通り藁にも縋る勢いでクローンヤクザ37564号との面会に臨んでいた。

「お医者さんから、聞きました。サイバネ化は、コストの関係から見送られたとか」

「妥当な判断だ。新しいものと交換した方が安くつく」

「交換って」

 モリトモは辟易してこめかみを掻く。クローンヤクザは後天的なプリンティングを用いてクライアントに絶対的な忠誠を誓うよう調整されていると聞いているが、自分の生き死ににすら頓着しないとは徹底にも程がある。

「どの道、俺はあと一年前後で耐用年数が過ぎる。それでも構わないと言うのなら、またヨロシサンが払い下げを承認しているのなら、ロボットに脳を移植するなり全身をサイバネ化するなり好きにすればいい。俺にその善し悪しを判断する権限はない」

 なんと希薄な意志。このままでは、脳移植手術は失敗する。モリトモはそう直感した。生に対する執着心が足りな過ぎる。失敗してもヨロシサンやあの医師、そして37564号のように代わりのクローンなら幾らでもいるという発想は、少なくともモリトモには存在しないのだ。

 何とかしなければ。その一心が、モリトモの口からありもしない出任せを生み出した。

「ドナー候補者は他にも何人か見繕っています。その方達にも移植の意志を伺いたいと思っていますので、一週間後に改めてご意志を伺いに参ります。それまでにお考えをまとめていただければと」

 病室の隅でやり取りを眺める医師の視線が、胡乱なものに変わるのが分かる。ナムサン! 無論他の候補者などという存在は、今思いついたハッタリに過ぎぬ! 未熟なモリトモの嘘など、とうに見破られているに違いない!

「いつ来ようが俺の回答は変わることがあるまい。意志の有無が問題だというのなら、俺は候補の最下位となるだろう」

「まあ、そう言わずに考える時間を設けてはいただけませんか。手術が成功すれば自由な体が手に入るのに加えて、寿命も伸びることですし」

 仏頂面をした37564号の表情が、一瞬だけ緩んだように思えた。

「寿命が伸びる、とは」

「移植した脳は無菌状態の密閉カプセルの中で、同じく無菌のバイオ脳漿液に浸された状態で保存されることになります。クローンヤクザが三年で免疫力を失い死に至ることは私も知っています。あくまで机上の仮説ですが、脳移植すればそれを覆すことも可能ではないかと考えます」

「前例はありませんがな」

 背後からぼそりと一言入れた医師に一瞥をくれてから、モリトモは言葉を続けた。

「短命を義務付けられていればこそ、色々と諦めていた物事もあるはずです。どうでしょう、元のクライアントからは放棄されたというのなら。延命して新しい生き方を探してみては」

 37564号は応えない。そうして数秒か数十秒か天井を見つめたまま沈黙し、その間に一度だけ故障したサイバーサングラスが小さな火花を立てた。

「理解し難い発想だ。少なくとも、俺にとっては」

「そうでしょうか。ともあれ一週間後にまた訪問しますので、その時にもう一度ご意志をお聞かせください」

 これ以上の言葉を重ねても、彼の理解を得るのは難しい気がする。そう判断したモリトモは、一度この場を辞することにした。未だ胡乱な目をしている医師の前をすり抜け、病室を後にする。

 再び一人に戻った病室の中で37564号は天井を見上げたまま、動かない。

 

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「で、いったん帰って来ちゃったと。それで、本人が乗り気になってくれる可能性は?」

「うん、まあ。五分五分と言ったところですか」

 モリトモはカンヌキの問いに答えながら、合成焼酎のグラスを弄ぶ。場所はヤマナンチの社屋にもほど近い、大衆居酒屋の雑多な店内である。

「そりゃお前の希望的観測だろう? 実際のところは、三分も越えるかどうかってところなんじゃないか」

 ゼッタが赤い顔でモリトモを睨む。脳が論理で凝り固まったこの男は、モータードクロの開発時も時折モリトモと対立していた。

「あー、相変わらずわかってないですねぇ。相手は人間、デジタルとは勝手が違うんですから」

「人間じゃないよ。ママの胎じゃなくてクローン培養槽で育ち、スクールで学友と肩を並べてではなく洗脳映像とショック療法めいた教育を受けて出荷されてる。人間とは似て非なる生き物だ。そいつに一般の人間と同じ交渉が通用するとは、僕には到底思えないね」

 もう少しトーンを下げろと、カンヌキは片手でゼッタに指示を飛ばす。クローンヤクザの情報は巧妙に隠蔽されている。居酒屋にいる他の客には知り得ない話だ。

 モリトモは声を潜めて、ゼッタの言葉に反論した。

「では、その洗脳の方法が工業的に体系化されてるのは何でだと思いますか? 洗脳が理論的に行われているとするなら、解除する方法も理論化できると思いません?」

 ワザマエ。見事な意趣返しだ。一瞬ゼッタが口ごもる。

「じゃあ、その解除のための理論はどこにあるっていうんだ」

「鎖に繋がれたバイオゾウの話って、知ってます?」

 モリトモは空になった合成焼酎のグラスの縁を指でなぞりながら、席の全員を見回した。

「あれだ。生まれたばかりのバイオゾウを鎖で繋いでもう一方を棒で固定しておくと、って奴か」

 バイオ麦ビールのジョッキを手に、オガノが言う。

「子供のバイオゾウは鎖を引くが、非力だから棒を引き抜けない。するともうそこでしか生きられないんだと諦めちまって、力がついた大人のバイオゾウになっても鎖を引くことはなくなっちまう、と。ナムアミダブツ」

「例え話ではあるんですが、ヨロシサンが行っている洗脳というのは、これをより強力にしたものだと考えます。強固な固定観念を植え付けることで、クローンヤクザ=サン達は自分達を鎖に繋がれたバイオゾウだと思い込んでしまうわけです。その思い込みの矛盾に気づかせることで、洗脳状態は緩和されるでしょう」

 モリトモは一息に言い切ってから、ミルクポットメガネのずれを片手で補正する。

「じゃあ、それを仕込んできたってわけか」

「ちょっと背中を押してあげただけですけどね。監視の目もありましたし、色々やるにも時間が限られてましたし。ただあのクローンヤクザ=サンはかなり特殊な環境下にありましたので、なびく余地はあるかなと思ってます」

 と、ここで彼女は不意に、三人の注目が自分一人に集まっていることがむず痒くなった。狼狽してグラスを煽る。

「あの、すみません。語っちゃって」

「いや、気にしなさんな」

 カンヌキは笑って、両手を組み合わせる。

「実際安心したさ。お前さんが、自信をなくしてなさそうでな」

 彼は唐突に、自分の左手小指を右手で摘む。と、指はあっさりとカンヌキの手から離脱した。精巧な義指だったのである。それを見て、モリトモは目を丸くした。

「サイバネ、やめちゃったんですか?」

「ああ、売った売った。サラリーも下がったしな。節約できるところは節約しないと。ツレもパートタイム始めたし、ガキを食わせるのに実際総動員よ」

 苦笑いしながら、切断した指の付け根をタオルで拭う。

「でも、よかったですね? 奥様に理解していただけて」

「まあな。だがまともに実績を挙げられないと、いつ離婚届を突きつけられてもおかしかない。お前らには頑張ってもらわんと」

「いや、他力本願はないでしょカンヌキ=サン」

 冗談めかして笑うゼッタやオガノ、そして彼らに挟まれて笑うモリトモを見て、自然と彼も表情が緩んだ。カンヌキの本来の指は彼がモータードクロ開発チームのサブリーダーだった頃、死んだマノキノに代わってケジメした。モータードクロの商業的失敗の責任を一人で負ったのだ。それに対して一番ひどく落ち込んでいたのが、誰あろうモリトモである。

 進路が決まらなければオイラン専門学校行きが濃厚となる女性にとって、ネオサイタマにおける就職事情は実際暗い。ジェンダーフリーなど稚気じみた夢だ。モリトモはそんな中必死で脳科学を学び、ニューロン設計のブレインとしてマノキノの強い推薦でモータードクロの開発チームに組み込まれた。

 モータードクロに導入された生体ニューロンの社内における反応は、芳しいとは言い難いものだった。当初想定よりもスシ供給(生体ニューロンを働かせるためには大量の糖分が必要だった)の間隔が短いこと、認識力も低くオムラ社員まで攻撃対象となったことを問題視された。当然だ。彼らは「当初の」モータードクロの仕様を前提に、生体ニューロンの不備を訴えているのだから。しかしそれでも、モリトモの落胆は計り知れないものだった。

 今ではカンヌキのケジメした小指を見て、軽口を叩けるようにもなっている。それでいい。過ちは正せばいい。

 現状ではモリトモの言うクローンヤクザに、本当に心境の変化などというものが発生しうるのかが気掛かりだが……。

 

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 同時刻!

 Y13型クローンヤクザ37564号の姿は変わらずベッドの上にある。サイバーサングラスに映る景色は暗黒に近いが、彼は眠りにつけずにいた。眠ったら眠ったで悪夢に苛まれることになるので、好都合ではある。

 一年以上寝たきりの生活を送っていてなお、何故にあれを思い出してしまうのか。彼がベッドの住人と化した元凶の、あの戦いの記憶を。

 三七五六四《ミナゴロシ》、すなわち老若女を問わず敵とあらば全てを滅ぼすという悪魔の数字を持つ彼も、悲しいまでにクローンヤクザであった。

 37564号は、キョート・リパブリックを支配するニンジャクラン、ザイバツ・シャドーギルドに供給されたクローンヤクザである。その実戦投入はマルノウチにおけるアマクダリ・セクトとのイクサでのこと。クローンヤクザの多くがイクサでニンジャと戦い死んだ。生き残り、病院に収容された彼は運がよかった部類に入る。

 幸運? ザイバツからは早々に見限られ、ヨロシサン製薬の資料として生かされ続けている、この現状が? 彼に与えられたのはクライアントの意志などとは何の関係もない、退屈と投薬と苦痛にまみれた生活! 加えて彼を連日連夜苛み続ける、ニンジャの記憶……。

 これならばあの戦いの場で他のクローンヤクザと同様、ネギトロめいた死体に変わっていた方がどれほど救いであっただろう。クライアントの為に死ぬことこそ彼らに与えられたミッションであり、少なくとも37564号以外のクローンヤクザ達はそれを果たすことができたのだから。

 クライアントの意向に沿っていなければ、彼にはセプクすることすら許されない。寿命を迎えるまであと一年か、二年か。その間ずっとこのベッドの上で生き恥を晒し続けているならば、いっそのこと。

(いっそのこと……どうだというのだ)

 37564号は自問し、そして奇妙な感情の発露を認識した。戸惑いである。

 今日の昼、彼の病室を訪れたヤマナンチ・エレクトロニクスの社員を名乗る女。彼のニューロンには、狭い視界に映り込んだ彼女のミルクポットめいた分厚いレンズのメガネが焼きついている。そのモリトモと名乗った女が示した提案に、興味を覚えつつある。37564号はそんな自分自身に困惑した。

 これはいったい、どういうことか。動揺しているというのか。死ねと命じられれば自ら進んで死地に飛び込むことも辞さない、クローンヤクザが。

 おお、ブッダよ。ヨロシサンが彼に施した洗脳は完璧ではなかったのですか。いつもは寝てばかりだというのに、こんなところで気紛れを起こされるとはどういう心算か?

 そう、洗脳は完璧なのだ。ヨロシサン製薬のニュービー・サラリマンや、ヤクザクランなどにクローンヤクザを売り込む営業にとっては。彼らは、重役陣が明るみになることを恐れて隠蔽する洗脳の例外について知らないか、なかったことにしているのだから。

 クローンヤクザが洗脳を脱した事例は、存在する。では37564号がその例外に並ぶ可能性も? それは定かではない。

 ただ、ザイバツから破棄・隔離された環境で長時間過ごしたこと、脊髄の一部にまで及んでいるであろう重篤なダメージ、そして何よりモリトモの言葉が、彼のニューロンに大きな変化を与えようとしていることは紛れもなき事実であった。

 

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 一週間後! モリトモの姿は再び37564号が入院する病院にある!

 院内の通路を彼女と共に歩く医師は、もう一度モリトモに意向を確認した。

「本当に、再洗脳を施さなくてもよろしいのですな? あれには以前のクライアントに絶対的な忠誠を誓うよう調整が施されております。それと新しい環境とのギャップが、あなた方に不利益をもたらすかもしれませんが」

「結構です。彼のニューロンに負荷をかけたくはありませんので」

 医師は鼻で大きく息を吐く。小馬鹿にしているのがありありと見て取れたが、一週間前の不安は不思議と払拭されていたので、モリトモは彼の態度にもう腹が立たなかった。

 唯一、不安があるとすれば。ヤマナンチの動向を警戒したヨロシサン側が、37564号に何か仕掛けてはいないかどうかだが。

 病室に入っていくと、37564号は前回の訪問の時と同様、仰向けに横たわって無表情で天井を見上げていた。これも前回と同じく、モリトモが近づいていってアイサツする。

「ドーモ。37564=サン。ヤマナンチ・エレクトロニクスのモリトモです」

「俺を買い取りに来たというなら、好きにすればいい」

 素っ気無い返事に対して、モリトモは首を横に振った。

「いいえ、それより前にご意志の確認です。私達の脳移植にご協力いただけますか」

「それに答える前に幾つか、質問がある」

 首を傾げる。モリトモには見えていないが、背後で医師も僅かに眉を顰めた。

「なぜ俺に考える時間を与えた。考慮の末に俺が拒絶する可能性も、同様に存在するとは考えなかったのか」

「拒絶なさるのもご意志の一つだと思いますよ?」

 迷いなき即答である。出任せを言ったことがばれていることなど、最初から承知のことなのだ。

「そのご意志が貴方の中に芽生えることも、期待した上での猶予であったと思っています」

「不可解だ。何が貴様をそのように馬鹿げた賭けに駆り立てた。ただの廃棄物である、この俺に対して」

 モリトモは37564号からこのような質問が来たことに、少しだけ動揺した。

 だが、それは。紛うことなきイージークエスチョンだ。

「まあ、何と言いますか。私達もその廃棄物だから、でしょうかね。一流企業をリストラされた、不用品です」

 37564号が、しばし沈黙する。回答の意味を咀嚼するかのように。

「やはり貴様は不可解だ」

「そうでしょうか?」

 再び口を噤むこと、数秒。

「いいだろう。俺は貴様達が行っている、ロボットへの脳移植実験に同意する。これで満足か」

 ゴウランガ! モリトモが顔を輝かせた。彼女の方からは見えたであろうか? 背後に立つ医師が、ぎょっとするような表情を浮かべる様子を!

「結構です。有難うございます」

「ただし一つ断っておく。俺は元のクライアントに誠実であることを未だ義務であると思っている。もし貴様達とクライアントが対立することがあれば、俺はクライアントの側につくだろう」

 モリトモは病室のドアの外に向けて手を振った。途端に堰を切って現れる白衣の男達! ヤマナンチが誇る、サイバネ医療チームの面々だ!

「それはその時に考えることにします。少々窮屈をするかもしれませんが、我慢してくださいね?」

「イチ、ニイ、サン!」

 白衣男が数人、37564号の片側に一列に並び、号令と共に彼の体を担ぎ上げる! そこへさらなる数人がストレッチャーを引きながら病室に侵入し、37564号の真下へそれを滑り込ませた。な、何たる流麗な患者搬送プロセスか!

 新たな病床に体を横たえながら、37564号はもう一度モリトモに対するものと思える言葉を呟く。

「修正する。相当に不可解だ」

 37564号を搬送する白衣男達と共に、モリトモは医師に一礼してから病室を立ち去っていった。あっという間に37564号の消えた病室を一度見渡してから、彼は血走った目で白衣のポケットを探る。IRC携帯端末を取り出して、ホットラインに緊急接続。

「ワタナベ専務に取り次いでいただきたい。大変、興味深い事象が発生しました」

 

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 UNIXのモニタ上から「Y13−037564」のシリアルナンバーを持つデータレコードが消える。その様子を眺めるヨロシサン製薬のワタナベ専務に、笑みはない。

 バイオニンジャ開発の功績が認められ、一気に重役職へのし上がったのも、実際歓迎せざる昇進だ。そも専務職が空いた理由が、前任ヤダギ専務の事故死である。クローンヤクザ開発の最前線で活躍した、敬愛するべき功労者。その死因が他ならぬ、クローンヤクザの暴走だ。自らの創造物に刃を向けられたヤダギ専務の無念は、果たして如何ほどのものであっただろうか?

 浮かない顔でUNIXのキーボードを操作する。彼はIRCの画面を起動し、高速タイピングを開始した。

 

#CLONEYAKUZA

WATANABE@YOROSI_SAN:Y13−037564データ抹消完了したか

KANDAGI@YOROSI_SAN:抜かりなく

WATANABE@YOROSI_SAN:よろしいです。さらに意見を求めたい。Y13−037564反乱の可能性は

KANDAGI@YOROSI_SAN:実際0ではなく。ただし我が方にサブジュゲイターあり

WATANABE@YOROSI_SAN:サブジュゲイターの戦闘能力は実証済み。引き続き観察が必要あるか

KANDAGI@YOROSI_SAN:注視するが、ヤマナンチの試みが成功前提

 

 ワタナベ専務はカンダギ部長から送信されてくる文字列を眺めながら、自身がヤダギ専務の後を追わぬことを祈った。

 ワタナベが主任として開発したバイオニンジャ・サブジュゲイターは、実際信頼できるヨロシサン製薬のカウンター戦力だ。彼が使うヨロシ・ジツはヨロシDNAを持つ全てのバイオ構造物に干渉できる。仮に37564号が完全なる自我を持ち、ヨロシサン製薬に牙を剥いたとしても彼の能力が解決してくれるだろう。

 カンダギの指摘通り、ヤマナンチ・エレクトロニクスによる37564号の脳を用いたドロイドの製造も上手くいくとは限らない。いくらモータードクロの開発チームを引き抜いたとはいえ、ヤマナンチにとっては全く未経験の分野なのだ。

 だが、ワタナベがこの事象を侮ることはなかった。オムラ・インダストリの重役陣に比べれば、彼らは数段老獪である。引き続きヤマナンチの動向はウォッチしていく必要がある。

 巨象たるヨロシサン製薬に比べれば、ヤマナンチ・エレクトロニクスは一匹の死に掛けたネズミに過ぎぬ。だがそのネズミが死に際の一噛みで、象に致死毒を与える可能性もあるのだ。

 ことによっては。ヨロシサン製薬が抱える最大の「顧客」に対しても、状況を報告していく必要がある。ワタナベはチャを啜りながら、そんなことを考えていた。

 

(ナイト・クリエイテッド・バイ・ウェイスト #2 おわり #3に続く)

 

説明
不定期連載です/筆者の妄想が多分に詰まっています/本編と矛盾する設定があるかもしれませんが見逃して下さい/夏に冊子化できるといいね/奔放に書き散らしているので冊子化する時にお手入れするかもしれません/鯖/http://www.tinami.com/view/382479 ← #3/#1→http://www.tinami.com/view/375519
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一気にきな臭くなってきた!続きが気になります!(匿名希望)
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