EX’S-exceed excessive execution exit- episode1 雨 3
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Episode.1 雨3

 

 A.D.3266/6/04 《オーストラリア北部:バーダム基地》

 何もない殺風景な荒野。

 オーストラリアの説明はその一言で片がつく、と言っても過言ではないほどに荒れ果てていた。

 現地民にしてみれば失礼極まりないだろうが、他所から来た者からの最初の感想は大体そんなものだ。

 所々に岩がある程度で、ほとんど360度見渡せてしまう荒野に、申し訳程度の草木。

 かつて世界最大の一枚岩があった場所すらも、現在では巨大なクレーターと周囲に岩が無数に転がっているだけになっている。

 雄大な世界遺産の姿はどこにも無い。

 幾度もの戦争の中で、核によって粉砕されているからだ。

 しかし、核分裂の抑制や放射能に対するプロテクトなど、現在では対処法などいくらでもある。

 当然、各国の主要都市にはそれがあり、国家の援助が無いフリーランダーの都市ですら、規模によっては戦略兵器への対処をしているところもある。

 いまは魔術戦技や術式武装が主流の時代であり、開発だけでなく維持コストも補給コストもかかる、術式非対応の実弾火器や、魔術と併用し辛い大型ミサイルは時代遅れなのだ。

 

 

 このオーストラリア北部には国連の兵器開発部の施設がある。

 開発しているのは当然そんな時代遅れの鉄クズや火薬の塊などではない。

「まあまあだな」

 開発しているのは人間が魔術を行使するための魔力運用デバイスだ。

 魔力はあっても、それを行使するための信号伝達を行えない人間はこの戦争で圧倒的に不利だった。

 牽制用程度に実弾火器を携行しつつ、抽出した魔力を弾丸やカートリッジに込めて、間接的に魔術を行使するのが限度。

 当然ながら大規模魔術にはろくに対抗できないのが現実で、個人の戦闘力が戦局を左右しかねないこの時代で、綿密な作戦行動が何より重要だった。

 しかし、近年その戦力差は埋められつつある。

 計画自体はずいぶんと古くからあったようだが、実用にこぎつけたのはわりと最近のことだ。

 理論の提唱から数十年もかけて、ようやく正式に実践投入されようとしているのは、初期の“装備”としてのカタチではなく“システム”というカタチのものだ。

 まずは、魔力器官―――魔力を精製している内臓器官のことで、心臓や肺など、生命活動に直結する部分がより多くの魔力を精製している―――のいくつかに極小の制御デバイスを取り付け、全身十数か所にナノマシンの精製機を取り付ける。

 ナノマシンの材料には普通に食事をして吸収された各物質を徴収することになっているため、食事管理にはかなり気を遣わなければならないが、ナノマシンによる体調管理によって拒絶反応などは起きない。

「試用、問題ありません」

 基本的に健康体であることが条件にはなるが、適正云々というのは無いため、現在、国連異種族掃討軍『Different.Race.Destroy.Forces.』では各地で展開中の部隊に、近隣の施設で順次処置を受けよ、という命令が降りている。

 このバーダム基地でも処置のために多くの部隊が出入りしていた。

 魔力の総量や術式の構築には才能の優劣も確かにあるが、元々魔力を行使したことなどない人間だが、魔力の総量だけならば天使や悪魔を凌駕していた。

 経験の差もあって魔力効率がよくないのは当然だが、努力次第では天使や悪魔と、魔術戦でも対等に戦えるようになる。

 そこに高い才能があれば、クラス・ミカエルをも凌駕出来る者が現れるはずだと、国連上層部の希望にもなっている。

 しかし現実はそう甘くない。

「フゥ・・・。思ったより疲れるな」

 その強さを知る一部の部隊ならば、“力”を象徴するクラス・ウリエルの上位である“紅”のクラス・ミカエルはおろか、“青”のガブリエル、“緑”のラファエルからのミカエル昇進者でも一筋縄ではいかないことを知っている。

 まして、先行する称号を持たずに、直接クラス・ミカエルとなった“黄”など、相手にもならないだろう。

 それは“クラス・ミカエルだから”ではなく、魔力に対する理解と経験の差であって、付け焼刃で勝てるほど甘いわけがない。

 能力や役割に特化したクラス・ミカエルという敵は、確かに強大な存在だということだ。

 だがそれで引き下がっては、戦争に勝利することが出来ないのも確かで、それを覆すための努力を惜しまずにきた成果が、この“システム”でもある。

 

 

 ニッポン人部隊の一つである、通称『警視庁』もまた処置を受けていた。

 この通称は、隊長が元ニッポンの警察官であることから、別部隊からそう呼ばれている。

 しかし、この『J01遊撃部隊』の隊員は殆どがそのあだ名を認めてはいなかった。

 理由としては、隊員の多くは元ヤクザや元暴走族であり、実力のある者、として隊長が直接集めた人員だからだ。

 そして何より、隊長は警視庁ではなく神奈川県警の出身である。

 この部隊も隊員の多くは初めての処置だが、隊長である火渡大吾(ひわたり だいご)を始め、副官の長沢瑛莉(ながさわ えり)、第1分隊長の星羽(ほしばね)スターほか数人は、このシステムタイプの試験型の処置を3年近く前に受けていたため、最処置―――というよりはアップデートといった方が適切か―――を受けに来ている感覚だった。

「隊長たちスゲェな。さすがに慣れてる」

 元々射撃試験場だった場所をほぼそのままに使用して、魔力を拳銃から撃ちだす魔力射撃で処置の運用試験を行っている。

 処置後3日で行われるもので、デバイスの不具合の他、部隊員の初期能力の測定も兼ねている。

 試験運用で他の隊の記録を易々と超えていく上司達の魔力運用技術に感嘆する隊員達だったが、この後自分達の番で―――特に初処置の隊員は―――想像以上の過酷に立ち向かうことになる。

 たかが10メートル離れた的に当たるどころか届かない、発射すらも出来ないといった結果を出した者は、魔力が底をつくまで屋外の訓練場でひたすら撃たされ続けるのだ。

 そして数時間後、魔力が回復した頃にもう一度テストを行い、届かなければやはりもう一度屋外へ、という過酷な訓練コースに突入してしまう。

「ゲ、届かねぇし!」

こうしてまた1人、地獄に連行されて行く。

 

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「長沢」

 野太い声を背中に受け、『警視庁』副官の瑛莉はセミロングの髪をなびかせて振り向いた。

 乗せてる程度にしか見えない帽子がトレードマークの、なんともやる気を感じない表情が印象的だ。

 顔立ちはそれなりに整っていて、一週間の滞在で施設内でもそこそこ話題になるほどの容姿だが、21歳だからか、若干幼い印象があるせいで話題にしている者にも偏りがあるようだが。

 そんなことは全く気にしていない、むしろ興味も無い様子で、彼女はこの日の運用試験が終了してからも試験スペースにやってきて、様々なテストを個人的に行っていた。

「調子はどうだ」

 振り向いた先に居た隊長・火渡大吾は、外見や雰囲気からして刑事(デカ)だった。

 刑事ドラマの刑事(デカ)そのものと言ってもいい。

 タバコの似合うオヤジは格好いいが、ただ一つ、サングラスが無いのが少々惜しまれる。

 ニッポンにいた頃から何も変わらない根っからの刑事で、現場(前線)に出て自分で動かなければ気がすまないタイプの人間であり、指揮官として優秀でありながら、そういった気質に部下も軍上層部もそれなりに困らされていた。

 この隊が遊撃部隊になったのは、彼が鎖をつけられない人物だと上層部が理解したからでもある。

 隊長含め全部隊員が階級章をつけていないのも、隊員達の経歴などから、この部隊には階級など無意味だと判断されたからだ。

 一応、隊長である大吾は大佐相当官、瑛莉やスターら分隊長に少佐相当官、他の隊員にも階級が与えられているが、自分がどの程度の階級なのか知らない隊員もいる、というほどに無意味だ。

 基本的には自由な作戦行動が許されており、軍上層部からの特務以外の命令を受けない破格の待遇だが、それを嫌う一般部隊は多く、支援や補給を拒否されることもしばしばある。

「まぁ、好調ですかね。旧式とは比較にならないほど速いみたいでー」

 瑛莉の態度はなんともやる気のない感じで、言葉遣いも年上の上司を意識したふうは無い。

 だがそれはこの状況に対してわざとそういう態度をとっているわけではなく、ほぼ常時こういうテンションの女性なのだ。

 なんだかんだできちっと着た制服や短くされた髪が、真面目で仕事のできる人、のように演出しているが、本人の性格を知るとそんなものとは随分と遠い人物だとわかるだろう。

「えと、こんな感じでー」

 言うと、華奢な細腕に似つかわしくない若干大型のガンブレードをターゲットボードに向ける。

 銃本体の大きさもそこそこだが、銃身の下にある刃は支給される一般的な銃剣のそれの倍はあり、グリップガードが装備されているなど、完全に中近接戦闘を想定した武装だ。

 術式武装であるこの銃には撃鉄が無く、代わりに様々な弾頭に対応したマガジンが挿し込まれている。

 術式を構築した状態でトリガーを引くことで弾が発射される、術式行使を前提としたこのガンブレードは軍からの支給ではなく、瑛莉が個人的に持ち込んだモノであり、出所を疑う者も多い。

 トリガーを引いた瞬間、銃弾は発射されず腕にはほとんど衝撃が伝わることもなかったが、確かな銃撃の音と共にボードが木端微塵にはじけとんだ。

 発射された“もの”が、目に見える軌道を一切残さずに目標に命中したのだ。

 それを確認すると、ガンブレードを降ろすと同時に左手を挙げてパチンと指をはじいた。

 

 ―――!!!!!

 

 斬撃の嵐。

 トリガーを引いてから数秒遅れてようやく現れた射撃の軌道。

 床を抉り、隣のターゲットのスペースまでも巻き込み天井を引き裂いていく。

 上下の階層にも明らかな影響が出ており、施設の全区画に轟音と衝撃を伝えた斬撃の嵐は、収まる頃には広々とした吹き抜けを作り上げていた。

 木端微塵にされた、壁だったそこから荒野の冷たい風が吹きつけてくる。

 素人目には巨大な衝撃波でも起きて周囲を圧壊したように見えるかもしれない。

 しかしそれは確かに斬撃だった。

 圧力をかけたわけではなく、斬り裂いた。

 轟音は斬り裂かれた床や壁が風に飛ばされてぶつかり合った音で、衝撃波が直接空気を振動させたものではない。

 厚さ五十センチ以上の耐熱・対衝撃プレートが紙切れのように引き裂かれて舞う様はまさに圧巻だったが、大吾は何事も無いように、目の前の圧倒的な破壊の爪あとに当たり前のような視線を送っている。

 鳴りっぱなしの警戒警報を気にする様子は微塵も無い。

「オマエとは相性が良かったということか」

「わたしは子供の頃から、間接的にも魔術に触れてきたから、というのもあるんじゃないかなー、と」

 夜風に揺れる大吾のタバコの煙とは対照的に、瑛莉の髪や服は微かにも揺れていない。

 まるで、そこだけが無風であるように。

 

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 凄まじい轟音と衝撃に何事かと集まってきた各部の隊員と施設職員が目にしたのは、使い物にならなくなった試験スペースと、そんなことは些細なことであるように会話を続ける『警視庁』の隊長と副官の姿だった。

「でもー、この出力だと一日に四、五発が限度だと思いますねー。射程もそれほど広くないしー、何よりかなり疲れますー。実践向きじゃないですねー」

 そう言う瑛莉の様子に疲れなど微塵も見えないが、大吾は「そうか」と納得したように頷く。

「出力を抑えて弾数を稼いでー、後はカートリッジでナントカしますよー」

「オマエら、ンな何事も無かったように話してンじゃねぇぇぇぇ!」

 集まってきた隊員の一人が思わず叫びを上げた。

 元暴走族で、大吾とは―――補導する側とされる側として―――旧知の仲でもある星羽スターはタンクトップに星柄トランクスという格好で、周囲の注目など構わず二人に大股で詰め寄ると、元試験スペースで現吹き抜けとなったそこを指差して、二人の視線を向けさせる。

「ナニしてくれてンだ! まぁたウチの隊の負債増やすことしやがって! 大体、下に誰か居たらどぉすンだ?! 下手すりゃ死んでンぞコレ!」

 元暴走族と元ヤクザが大半のこの部隊において、他の隊に悪評される要因はむしろ、元警官の隊長と気だるそうな雰囲気の副隊長だった。

 そんな大吾と瑛莉の下で働く彼らは今や、自分達の方がよほどまともな人間ではないかとさえ感じている。

 スターの金髪トゲトゲ頭を始めとして、まともな髪型や容姿のものが殆ど居ないこの部隊において、比較的まともな見た目の二人が誰よりもまともでないとはこれいかに。

「・・・・・・ダレか死んだー? ・・・どうでもいいけど私もう寝るねー」

 吹き抜けを覗き込んで声をかけてみるが、反応は無い。

 そして瑛莉は実のところ興味も無い。

「点呼取りゃあ判んだろ。オマエ取って来い」

「やらかした当事者は何もしねぇンかよ?!」

 腕時計型の端末を操作してガンブレードを格納した瑛莉は、あくびを手で押さえることもせずに実に気だるそうに自室へと戻っていった。

 大吾は二本目のタバコに火をつけると、スターにあごで指示するのみだ。

 時たま落ちる上階の残骸を目で追うと、下の残骸の間に血まみれの腕が見えたが、大吾はそれでも表情一つ変えずにタバコを味わっていた。

「テメェら、いつかゼッテェェぶっ飛ばす!」

 そんな捨て台詞を吐きながらも指示に従うスターは、かなり本気で二人に腹を立てているが、この手のことに大分慣れてきている自分に最も腹が立っていた。

 しかしそれも僅かな時間で薄れていき、安否確認の点呼や始末書、債務計算などを冷静に考え始める。

 そう、彼はこの状況で誰よりも冷静に行動を始めていた。

「さて、助けてやるか」

 スターを見送ると、大吾は迷いも無く下階に飛び降りた。

 表にはあまり出さないが、彼の本質は『熱血』だ。

 負傷者がいれば、当然自ら助けに向かう。

 スターに安否確認をさせ、発見した腕の主以外にも埋もれている者がいないか、自分で探して救助する。

 この数分後、そこには確認を終えて救助活動に参加したスター達に怒声のような指示を出しながら、自ら最前線で瓦礫を撤去する大吾の姿があった。

 

 

「・・・・・・足りない」

 自室へ向かう通路。

 瑛莉は先ほどの射撃を思い出して、右手を見つめていた。

「もっと。もっと、もっと。もっともっともっともっと」

 掌から血が出るほどに強く握り締め、その眼に映っていたのはさっきまでは微塵も見せなかった感情だった。

 まさに炎を宿したような、憎しみに満ちた瞳が見ているのは、廊下の先ではなく記憶に残る光景。

 家族と親友を失い、膝をついていたあの時に眼前に広がっていた光景だ。

 気だるそうな雰囲気の裏に隠した憎悪は、日に日に暗く、濃くなっていく。

「・・・全部、殺してやる」

 そうつぶやいた瑛莉のPHに、次の戦場が提示されてきていた。

 そこはアメリカ、いくつのも勢力が刃を向け合う混戦地域。

 

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 A.D.3266/6/17 《アメリカ:テキサス》

 オーストラリアの地とはまた違う大気に包まれた荒涼の大地、アメリカ。

 砂埃が舞う国連軍基地の滑走路に、十数人の青い軍服が散れて立っている。

 整列するわけでもなく、空を見上げたりどこか連絡をとっていたりと、それぞれの思うままといった風だが、彼らは理由も無く砂埃にまみれているわけではない。

 彼らの最前に立つ、黒い肌がどことなく光るスキンヘッドの中年軍人マーティン・ギブソン中佐はイラついていた。

 それはもう誰が見ても明らかなほどに、感情を撒き散らしている。

 原因は既に視界にあり、それはいま着陸態勢に入ったところだ。

「うえは何考えてんでしょうね。あんな奴らを寄越すなんて」

 副官のロック・ハンダーだけが、怒り心頭の上司に当たり前に話しかける。

「知るか」

 マーティンの足元には、噛み切られたタバコが散乱しており、相当恨みに思っていることが窺い知れる。

 いま着陸しようとしている国連軍の輸送機には、ある意味では、マーティンらにとって天使や悪魔以上に憎らしい部隊が乗っている。

 その原因となった出来事を思い出すというのは、部隊員の殆どのとって怒りと屈辱感か、トラウマを思い返すようなものだ。

 マーティン隊は今回、そんな部隊の支援を指令されていた。

 それも、自分達の部隊が既に展開しているこの地域で。

 地についた輸送機のブレーキ音が響くなか、また一本、何本目になるかわからないタバコが噛み切られた。

 

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 A.D.3266/6/20 《アメリカ:テキサス州 ラボック》

 アメリカの地に降り立って3日。

 ラボックの街を挟んだ向こう側には魔徒連合の駐屯基地があり、今日も街中で遭遇してはマーティン隊とにらみ合いをしているのだろう。

 流石に一般人のいる街中での戦闘は無いようだが、険悪なムードは街にも伝播しているようで、どこか寂しげな雰囲気が漂っている。

 様々な商店の立ち並ぶ通りなどでは、それなりに賑わっているように見えるが、今のように二つの勢力の睨みあいに挟まれる以前なら、こんなものではなかったはずだ。

 そんな中で瑛莉は、特徴的な青い軍服で街中を歩き回り、雰囲気の悪化に一役買っていた。

 瑛莉に悪意は無く、普段着に気を遣っていない、というだけなのだが、道行く人々がそんなことを知っているわけもない。

「・・・アメリカ、かー」

 会議をサボって街に出てきたはいいが、特にすることも無く、ふいに立ち止まって空を見上げる。

 青い空に少しの雲が流れている、どこにでもある普通の空だったが、瑛莉にとってそれは“どこにでもある空”ではなかった。

「ママぁ、風船がー!」

「仕方ないでしょう? また貰えばいいじゃない」

「やだやだやだぁー!」

 瑛莉の意識を空から戻したのは、どこにでもあるような会話と光景だった。

 駄々をこねる女の子と、その母親だろう女性の姿が街路樹の下にあって、見上げると枝に紐が絡まった風船が浮かんでいる。

 風船には何かのキャラクターが描かれていて、母親の手に同じキャラクターが描かれた袋があるところから、何かのイベントにでも行って来たのだろう。

「待っててねー」

 当たり前に親子に近づき、女の子の頭を撫でながら、しかしどこかやる気無さげに声をかけると、瑛莉はコンテナからガンブレードを取り出した。

 当然、その様子を見ていた周囲の人々は驚きで足を止めてしまっている。

 なかには早々に走り去る者や、いつでも逃げられるように身構えている者もいるが、瑛莉はそんな人々を気に留めている様子すらない。

風船の位置を確認して、ガンブレードを上に放り投げる。

 風船に直撃しない位置に放り投げられたガンブレードが、紐が絡まっていた枝を切り落とし、風船は枝の重さで瑛莉の手元に落下した。

 一瞬遅れて落下してきたガンブレードをコンテナに収納すると、絡んだ枝を街路樹の根元に放り捨て、風船を女の子に手渡す。

「ありがとう、お姉ちゃん」

 母親の苦々しい笑顔とは違う、屈託の無い笑顔が眩しい。

「今度は離さないようにねー」

 母親に手を引かれ、何度も振り返って手を振る無垢な子供の笑顔を、いつものやる気の無い表情で見送る。

 

 

 親子の姿が見えなくなったところで、瑛莉はもう一度ガンブレードを取り出し、瞬間、すぐ脇の路地に放った。

 その動作は一般人には見えない程の速度だったため、先程のように注目を集めるようなことは無かったが、数人だけ、その動作を認識している者がいたのを、瑛莉は見逃さなかった。

 向かいの歩道、親子が去っていった正面、ビルの一室、他にも視界に入っていただけで10人は確認できたのだから、視界の外にも当然数人はいるはずだ。

 その正体は十中八九、魔徒連合だろう。

 他の場所での睨みあいとは違い、平気な顔で軍服で歩き回る瑛莉を、監視しているつもりなのか。

 ガンブレードを放った路地に入ると、そこには胸にガンブレードの刃が深々と突き刺さった男が、苦悶の表情で横たわっていた。

 じきに絶命するだろう男の胸から刃を引き抜くと、苦しそうに血を吐いて咳き込み、瑛莉を一睨みしてそのまま息を引き取った。

 周囲から監視していた者達がじきにやってくるだろうが、瑛莉は路地から出ようとはせず、刃に付いた血を振り飛ばすと銃口を路地の出口に向け、迷わず引き金を引いた。

 ―――。

 銃声はしなかった。

 サイレンサーが付いているわけではなく、弾丸を発射せずに魔力だけを撃ち出したからだ。

 路地の出口から現れた者はその魔力を感知したはずだが、それは既に遅く、姿を見せた次の瞬間には眉間に風穴が開いていた。

 貫通した魔力は僅かな量だったために、直後には霧散しており、いまにも街に被害を出すようなことは無かった。

 だが、この瑛莉の行動はあまりにも街への被害を考慮しないものであり、それは作戦でもなんでもない、瑛莉の独断だ。

 作戦はこの瞬間にも会議室で練られているのだろうから、誰も瑛莉の暴走に気づかない。

「・・・。面倒だし、いいやー」

 一応部隊に連絡しようかと思ったが、面倒、という理由だけでそれを取りやめた。

 路地の外では、突然に眉間に風穴を開けて血と脳漿を流す男の姿を見て、一般人達がパニックになっているようだ。

「・・・うるさいなー」

 気だるそうに顔をしかめると、背後に一発撃ってまた一人路地に入ろうとしていた者を殺害しつつ、死体を跨いで路地から出る。

 人々はパニックを起こし、魔徒連合の軍人と思われる者達が次々と集まってくる。

 本当は、瑛莉は親子のやりとりを見ていた時からキレていたのかもしれない。

 親子に対してではなく、家族を失った記憶を呼び起こして、監視者たちからの敵意に復讐心が堪えられなくなったのだろう。

 やる気なさげな態度は崩さず、瑛莉は開けた通りの真ん中で、開戦した。

 

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 国連軍の駐屯基地も大騒ぎになっていた。

 急遽装備を確認して、準備の出来た分隊ごとに出撃させている。

「あの馬鹿はナニやってやがる!」

 会議を中断して、スターは出撃の指揮を執っていた。

 大吾やマーティン、各分隊長がいた会議室に情報が伝わったのは瑛莉が交戦を始めて数分後、一般人からの連絡があってだった。

 大慌てで各隊に準備をさせて、いま街に送り出しているが、もう作戦も何もあったもんじゃない。

 部隊を送り出しながら瑛莉の暴走の原因を考えるが、現場を見ていないスターには全く見当がつかない。

「ちんたらしてねぇでさっさと行け、ウスノロ共! 第一分隊! 俺らも出るぞ!」

 大吾は既に向かっており、後続の指揮をロックに任せたスターも、軍服の上にトレードマークの特攻服を羽織って、自分の隊の分隊員とともに車両に乗り込んだ。

 この時代の車は、完全にガソリンを使わないバッテリー式にシフトしているので、軍用車両も静かにエンジン―――モーターと言ったほうが正しいかもしれない―――がかかり、振動もかなり少ない。

 そのモーター音が好きなスターも、いまは音を楽しんでいる余裕は無かった。

 

 市街地に入ると、先に到着した部隊が交戦に入ったらしい、魔術のぶつかり合う光がビルの合間から見えている。

「なんだって、こンな街中で・・・。 クソッ!」

 運転手を急かしてアクセルを踏み込ませる。

 角を曲がって大通りに入ったところで、スターは車両から跳び出した。

 ただその場で跳び降りたわけではなく、スターの跳躍は、三階建てのビルにも届く高さだった。

 特攻服裏のPHからコンテナにアクセスし、何よりも使い慣れた武器を展開する。

 十本の木刀が特攻服からぶら下がっているベルトに通され、さらに数十本にもなる木刀をビルの壁や通りに射出した。

 ただの木刀がコンクリートやアスファルトに、難なく突き刺さる様は不思議なものだったが、突き刺した木刀を足場に立体機動で戦場を跳び回る金髪の特攻服の姿は、相当に衝撃的なものがあった。

 それは遅れて車両から降りた分隊員たちも同じで、スターほどのスピードと動きのキレは無いものの、確実に敵を翻弄する立体機動で跳び回る。

 

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 スターの分隊が変態機動でアクロバティックに戦っている通りとは別の場所で、マーティン隊は大量生産品の術式武装で堅実に戦争をしていた。

マーティン隊には、大吾隊のようにワンマンアーミーになり得る、強力な単騎がいない。

 通りや路地、ビルという立体物を利用した古来からの市街地戦を展開し、弾丸に魔力を込めた術式弾を使用していると言う点を除けば、魔術が認知されていなかった時代の戦争の様子そのまま、と言えるだろう。

 建物の影や放置された自動車を盾にしつつ、弾幕を張って注意を引きつけ、別の分隊が回り込む。

 当然敵も同じ手を使ってくる可能性があるため、前後左右上下、油断は許されない。

 そしてどうやらその可能性は実現したらしく、分隊が向かった方から銃声が鳴り響く。

「・・・くそっ!」

 分隊の勝利を願うよりも作戦を変更するべきなのだが、お互いに弾幕を張っている状態では、下手に身動きするのもまずい。

 状況を打開する策を急ピッチで組まなければならない。

「苦戦してるみたいですねー」

 弾幕を張るマーティンの横に、いつのまに現れたのか、この戦いの元凶が気だるそうに立っていた。

 最初に戦闘を開始して、一対多数で戦っていたはずだというのに、疲れどころか服に汚れ一つ無いその様子に、背筋が寒くなる感覚を覚えた。

「テメェ、無事だったのか・・・」

「もちー。・・・で、どうしますー?」

 どこかおかしい。

 マーティンは瑛莉の様子に違和感を覚えた。

「どうする、って、どういう意味だ」

 それを聞き返しながら、なんとなくマーティンは意味を解っているような気がした。

「わたしが全部殺しましょうかー?」

 やっぱり、と思うと同時に、全身の筋肉が凍りつくような悪寒。

 このやる気なさげな21歳の小娘に、どうしてそこまでの悪寒を感じるのかは解らない。

 だが、状況を打開する策が現れた。

「テメェに頼るのは癪だが、ここは任せる」

 違和感の正体は、妙な積極性と、話しているマーティンを一切見ずに、敵意に目を向け続けているその姿勢だ。

 どちらも気だるそうな態度と矛盾する。

「おーけーでーす」

 言うと、飛び交う弾幕の中へ躊躇無く飛び出していく。

 強力な障壁を使用しているらしく、直撃コースの弾も全く当たらず、風に止められて失速し落ちていく。

 さえぎる盾も何も無い通りの真ん中でガンブレードを構え、銃口を弾幕の元に合わせて引き金を引くだけで、通りはすんなりと静かになった。

 当然、すぐに増援がやってきて弾幕の騒々しさが戻るのだが、それでも戦況は確実に良くなった。

たった一人で戦況を変えてしまう単騎戦力。

 瑛莉の本当の内面を見た気がしたマーティンはそれを頼もしくは思えず、ただただ、恐ろしいと感じていた。

 

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 戦況は、すでに負けは無いという状況にまで追い込んでいる。

 それはほとんど大吾隊の活躍あってのことだが、勝てる、と思うことは士気を高める。

 自分達の実力で無いと理解しながらも、マーティンも勝利を確信して気分が上がってきていた。

 だが、追い詰められた者が何をしでかすか、という考えに至らなかったのは、慢心が招いた失敗だった。

 大吾たちという、大きな力で一気に追い詰めすぎた。

「来るな! 来たらこのガキを殺す!」

 追い詰められて、命惜しさに子供を人質にした男と対峙しているのは瑛莉。

 瑛莉はその子供に見覚えがあり、子供の方も瑛莉を覚えているようだ。

「・・・お姉ちゃん、ママが。ママが」

 女の子が大粒の涙を流して、瑛莉に訴えかけるのは、足元に転がる母の安否。

 だが、流れ弾が当たったのか、母親は胸から血を流して息絶えていた。

 瑛莉は男に銃を向ける。

 その姿勢、その表情に、少し前までのやる気の無さは微塵も無く、確かな怒りの感情が表れていた。

 瑛莉のそんな姿を見たことがないマーティンや周囲の者達も、流石に驚きを隠せない。

 だが瑛莉の怒りは、人質を取るという男の行為に対してではなく、人質を取ったぐらいで見逃してもらえる、と思っている男に対してだった。

「武器を捨てろ! 捨てろよ!」

 男の銃が女の子の頭に押し付けられ、いつでも撃ち抜ける、というところを見せる。

 だが、瑛莉は銃を降ろさない。

 そんなことで抑えられる怒りではない。

「捨てろって言ってるだろォ! 捨てろォッ!」

 眉一つ動かさずに銃口を突きつける瑛莉の様子に、男の焦りは募り、銃を持つ手に力を込める。

 そして瑛莉もまた、引き金に力を込めた。

 

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「クソだりぃ・・・」

 街の食堂の椅子に背中を預け、スターは疲れきった様子で天井を仰ぎ見ていた。

 ラボックでの戦闘から二日。

 事後処理に駆け回り、今は僅かな休憩時間といったところだ。

 例によって瑛莉は手伝う気が無いようで、国連本部に呼び出されて大吾もいないため、マーティンやロックと共にあちこち走り回ることに。

「・・・おたくの副隊長は、なんでずっとあんな感じなんだい?」

「さぁな・・・」

 スターは答えない。

 一瞬だけ真顔になったのをロックは見逃していなかった。

 答えない、というだけで本当は知っているのだろう。

 簡単には口に出来ない理由でもあるのだろうか、とロックも追及することはしなかった。

 だが瑛莉には、いや、瑛莉だけでなくスターにも大吾にも、他の隊員にも例外無く『警視庁』には何かある、とロックは感じていた。

(こいつは、嫌な感じだね・・・)

 

 

 瑛莉は引き金を引いた。

 男が女の子の頭を撃ち抜くより早く、男の眉間は撃ち抜かれ、その瞬間に女の子はスターに助けられた。

 だが他に多くの被害が出てしまった。

 瑛莉が撃ったのはただの魔力弾ではなく、オーストラリアの試験場で撃った、“斬風”の最大出力だったからだ。

 男の死体は跡形も無く切り刻まれ、その背後3キロの直線上は瓦礫の山と化す結果となり、一般人にもかなりの死者を出てしまった。

 二日経った今でも、その事後処理にスターやマーティンが駆け回っている。

 魔力切れで一日中寝ていた当人はいたっていつも通りで、やる気の無い態度で面倒だから、と事後処理も任せきりだ。

「私が絶対、全部殺して仇をとるからね、お父さん、お母さん、おばあちゃん、・・・咲月」

 暗い自室で、恩師から譲り受けたガンブレード『火断・斬風』を見つめて、かつて誓った復讐を反芻する。

 家族と親友を失った瑛莉は、自分にまだ残されたものがあるこのアメリカに、特別な感情がある。

 思い出の場所はここからはまだ遠い。

 行きたいけれど、行きたくない。

 会いたい人はいるけれど、変わってしまった自分を見せたくない。

 渦巻く感情を押さえ込み、ガンブレードを格納して立ち上がった瑛莉は、いつものやる気なさげな表情だった。

 

 

説明
第3話です。 今回は戦争をしている勢力の1つ「国連異種族掃討軍(国連軍)」がメインの話になります。 かなり駆け足な展開ですが、削らなかったらメインキャラがおっさんでダイ・○ードな内容になっていたので、方向修正の結果なのです…。


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