真・恋姫?無双 〜天下争乱、久遠胡蝶の章〜 第四章 蒼麗再臨 第四話 |
後漢王朝末期、誰もが乱の兆しを感じていた。
朝廷の腐敗により政治は乱れ、災害異変により人心は揺れた。人々は明日をも知れぬ困窮を嘆き、怨嗟と悔恨の声は中原に蔓延していた。
そんな中、民衆の不安を体現するかの様に各地で一斉に反乱軍が挙兵。
“蒼天己死 黄天当立”
朝廷に対し、公然とその放伐を宣言した組織―――世に言う“黄巾の乱”の始まりである。
大陸全土に瞬く間に広がった戦禍の火種は、腐敗した朝廷に対する民衆の不満と怒りを以て爆発。此処に“黄巾党”と朝廷軍との大戦は、開幕を告げたのである。
圧倒的兵力を誇る黄巾党に対し、朝廷は各地で義勇軍を募り対策に乗り出した。
これに応え、各地で義勇軍と黄巾党の戦端が勃発。血で血を洗う戦国時代の幕開けとも呼べる、元を正せば同じ農民達による数万人規模の殺し合いが始まった。
覇道を志し、己が手を以て乱世を収束させんとする者。
奪われた誇りを取り戻す為、牙を研いで期を待つ者。
民の苦しみを憂い、彼らを救わんと天下に起つ者。
大将軍何進の大なたの元、それぞれに野心を秘めた無双の英傑達の戦いは始まる。
――――――この物語は、これより前に始まる。
天下に困窮の木霊こそせよ、未だ乱世の訪れぬ時分。長引く政争を嫌い中央より退いた一人の女性に連れられて、彼の物語は幕を開ける。
水底に沈みながら、記憶の縁に“彼女”は蘇る。
それは、遠い昔の記憶だった。
まだ幼く、物事の大局を理解する程の知識を蓄えていなかった自分は、母に言われるがまま生まれ育った街を離れて、母の知己がいるというこの襄陽へと連れられてきた。
母が何故、あんなにも寂しそうな笑みを浮かべていたのか。
母が何故、官職を捨ててまでこの地へと来たのか。
未だ幼く、見るモノ全てが新しく映った自分は、その事に終ぞ気づく事はなかった。
二日ばかり街に滞在した後、自分は母に手を引かれて襄陽の街外れの山中を歩いていた。
鬱蒼と生い茂る木々は青青としており、空を見上げれば浮雲は気ままに漂う日和。大小様々な山々はうねうねと竜が横たわっているかの様に幽玄で、鳥の囀りが時折、道を歩く二人分の足音に混じって聞こえるだけだった。
何処に行くのかも聞かされていなかった僕は、やがて山中に忽然と現れた一際大きな屋敷に目を奪われた。
四十余段を数える階段を上り、当時の僕の背丈の三倍はあろうかという程に大きな門を抜けると、砂利を敷き詰めた庭先を縦横に断つ様な石畳の上を歩いて一つの小屋に辿りついた。
小屋といってもその屋敷の中には似た様な建物が幾つもあり、敷地自体の広さで云えば街で暮らしていた頃の自分の家とは比べ物にならない程だろう。
その、小屋の中に入るなり母は言った。
“――――――水鏡”
以前、都に赴いては蔡?先生の元で師事を請うていた頃に聞いた名だった。
襄陽の水鏡、司馬徳操。
朝廷に出仕せず、庵に籠って後進に学を授けている天下の英才。その誉れ高き偉人は、驚いた事に母と然程年の変わらぬ様に見える女性だった。
現れたその人、水鏡先生は母を見、僕を見、そうしてまた母を見て困った様な微苦笑を湛えた。何なんだろうか、と思った僕に、母は『暫く外で遊んでいなさい』と言って小屋から追いやった。
仕方なく、母に言われるがまま僕は小屋から離れて敷地の中を見聞した。
四方を塀に囲まれ、山中でもやや小高い丘の上に建つそこから空を見上げると、不思議と天に手が届きそうな程に近くに感じられた。
……だが、所詮それは“感じられた”だけであって、実際に天に届く筈もなく。
ただぼんやりと、する事もなく天を仰ぎ見て手を伸ばしていた僕は、傍から見れば至極滑稽に見えた事だろう。
『………………ふぇ?』
そう。
多分、ああ見えて割と人見知りする性情の彼女にしてみれば、殊に。
少女は渓流の畔に足を運んでいた。
峰々の間を滔々と流れるせせらぎを頼りに、その水辺をゆったりとした歩調で歩いていた。
やがて、目当てのモノを見つけて呼びかけた。
「仲達くん」
木々の間に、渓流の中に僅かに木霊したそれに応える様に水面が揺らめき、やがて一人の青年が姿を現した。
陽の高い時分から裸身を晒し、水しぶきと共に現れたその姿は若い竜が水浴びをしていたのではと見紛う程で、水気を払う様にして振るわれた髪からは水滴が陽の光を浴びてキラキラと輝きながら散っていく。
「もうそろそろ戻らないと、水鏡先生やみんなが心配しますよ?」
「あれ?朱里は心配してくれないの?」
僅かに子供っぽく問いかければ、異性の裸体を間近で見たからだろう、少し朱の差した頬のまま、少女は「勿論、私もです」と答える。
「最近は巷が物騒だから、あまり一人で遠出しないで下さいよ?もし何かあったら、大変なんですから」
「大丈夫。こんな山奥じゃ、連中が欲しがる様なものなんて何にもない……って、野盗はみんなそう考えるさ」
鬱蒼と生い茂る木々と煌びやかな水流。
成程、風光明媚な光景でこそあれど、其処には食うものにも困る様な人の生理的欲求を満たすモノは殆ど存在しないだろう。
山中に住まう鳥獣や天然の野草とて、街に比べればその魅力は余りにも少ない。
それに、と仲達は思う。
この荊州は大陸の中でも比較的裕福な南の地方に位置している。それに太守の劉表を初め、この地は豪族達の自治組織によって守られているといっても過言ではない。
こんな土地で旗揚げする様な反乱軍もいなければ、そんな連中に正面切って喧嘩を売る様な野盗の類も皆無だろう。少々頭の回る人間なら誰でも考えつく事だ。
…………と、いい加減気恥ずかしくなってきたのか、朱里は僅かに視線を逸らして俯いた。
「……あの、仲達くん。そろそろ何か着てくれると助かるんですけど…………」
「そう?僕は気にしないけど」
「私が気にしますっ!」
声を張り上げて朱里が叫ぶと、驚いた様に鳥達が木々から飛び上がった。
その様が余りにも楽しくて……そして、目の前の彼女がどうしようもなく愛おしくて堪らず、仲達は声を上げて笑った。
あの日―――母親と別れて、この水鏡の私塾に留まる事となった、その日から随分と時は流れていた。
天下に怨嗟の声は益々高まり、北方の土地では幾度となく異民族の侵攻によって村々が焼き払われているという。相次ぐ朝廷の失態、重臣の汚職……数えてあげればキリがない程に重ねられてきた政治の腐敗は、けれどこの荊州の山奥では随分と余所事の様に感じられて仕方がない。
だからこそ、この土地で幼少期から育ち、過ごしてきた朱里や、中央の穢れた所を見ぬまま母によって政争から遠ざけられた仲達は、無垢なままに成長した。
家族の事が気にならないといえば、嘘になるだろう。
だが――――――自分達に出来る事が、何だと云うのだろうか。“何か”をすれば、家族が戻ってくると、みんなで幸せに暮らせるのかと。
才覚著しいからこそ気づいてしまったその事実に、二人は口にこそ出さなかったがいつも考えていた。
“――――――天下を平和にする、その手伝いがしたい”
為したい事は幾らでもある。
だがその為に、何を為せばいいのか。為さねばならないのか。
何も答えの出ぬ問答を、ずっと心の中で繰り返してきた。
「…………仲達くん、もう服は着ましたか?」
「別に見てても良かったのに。今更恥ずかしがる様な事でもないだろう?」
「ッ!?だ、だから―――ッ!!」
顔を真っ赤にして、今度こそ怒声を張り上げようとした、その瞬間。
―――一筋の流れ星が、青空を裂いた。
「流れ星……?こんな昼間から?」
朱里ほどに天文学に長けている訳ではない仲達でも、昼間の流星が凶兆の証左である事は容易に理解出来る。
だが――――――あの流れ星は、凶兆とかそんなモノではない。
それは、裏付けもなにもないただの“直感”
本来であれば唾棄すべき様な、下らぬ考え。
それでも、仲達は僅かに脳裏を過ったそれを信じるかの様に、心の中で小さく祈った。
(……“器”が、欲しい。この混迷の天下を救う、乱世という名の荒れ狂う竜を飲み干す程に大きく、強い“器”が!)
随分と経っても尾を引き続ける流れ星は、仲達の祈りを待ち望んでいたかの様に地へ向かい始める。
ゆっくりと落ちて、そのまま虚空に消えて、
――――――いや、違う。
「こっちに……来る!?」
「はわっ!?」
気づいた時には、もう遅かった。
急激に速度を上げた流れ星はそのまま二人のいる川辺へと真っ直ぐ向かい、数瞬の後、二人を包む様にして大地に弾けた。
渓谷に突風が吹き荒れ、木々が薙ぎ倒されんばかりにざわめく。鳥獣は声を上げて我先にと逃げだし、しかし一瞬にして吹き荒んだ暴風に攫われるまま吹き飛んだ。
その様を、渓谷を望める山頂から一人の“影”が見つめていた。
「………………お願いします、お兄さん」
影は呟き、やがて跡形もなく消え去る。
後にはただ、虚空へと逃げた鳥達の慌ただしい羽音と―――
川辺に転がる“三つの”人影だけが残っていた。
説明 | ||
今回から外史世界に突入します。 尚、作品の展開上冒頭部からオリキャラ×原作キャラ要素が激しいです。苦手な方はご注意ください。 |
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コメント | ||
>劉邦柾棟様 コメント有難う御座います。その辺りは後々明らかにしていきたいと思います。(茶々) 最後の言葉って『風』か?(劉邦柾棟) |
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