真・恋姫†無双異聞〜皇龍剣風譚〜 第二十話 始まりの君へ
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                                真・恋姫†無双異聞〜皇龍剣風譚〜

 

                                   第二十話 始まりの君へ

 

 

 

 

 

 

 

「チッ!!」

 炎に包まれた馬車に疾風の如く駆け寄った関羽こと愛紗は、半ば本能的に、突如として自分に向かって風切り音を引いて高速で飛来した物体を、舌打ちと共に青龍偃月刀で弾いて軌道をずらした。すると、空中で方向を変えた“それ”は、愛紗の側面を通って背後の樹木に激突し、轟音と同時に樹木を木っ端微塵に吹き飛ばしてしまった。

「なっ……!!?」

 

 豪胆な愛紗も、思わず背後を振り向きながら、驚愕の表情を浮かべて爆砕した樹木の残骸を見つめるしかなかった。北郷一刀がこの場に居たならば、樹木を破壊した飛行物体が携行型サイズのロケット弾であると直ぐに看破しただろう。

だが当然の事ながら、愛紗にはその様な遥か未来の戦闘兵器の知識などありよう筈がなかったのである。精々、厳顔こと桔梗の豪天砲が打ち出す巨大な杭と同じ様な物だと思っていたのだ。

 

「愛紗ちゃん!!」

「愛紗!!」

 愛紗は、未だ耳鳴りのする鼓膜に微かに響いた自分の名を呼ぶ声で我に返ると、研ぎ澄まされた戦士の勘に従って、瞬間に声のした方向を察知し、顔を向けた。

 

「天和!地和!無事だったか!!」

 愛紗が、張角こと天和と張宝こと地和の名を呼んで、油断なく周囲の気配を探りながら素早く二人の元へ駆け寄ると、二人は、怯えた表情を浮かべながらも気丈に頷いた。

「うん。私達、外で追いかけっこしてたから。でも……」

 

「私達を庇ってくれたアンタの部下の人が……」

 地和がそう言って、身体を逸らして愛紗の視界を開けると、兵士がもう一人の兵士に横向きに抱きかかえられながら、苦悶の表情で荒い呼吸を繰り返していた。その背中の鎧は吹き飛ばされて露出し、赤ん坊の頭程の大きさの痛々しい火傷が出来ていた。

残りの者達は小さく半円陣を組んで、周囲の様子に目を光らせている。

 

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「傷はどうか?」

 愛紗が半ば身体を逸らして、自分の後を追い掛けて走って来る張梁こと人和に視線を投げながらそう尋ねると、手負いの部下は額に脂汗を滲ませながらも、不敵に笑ってみせた。

「なんの、かすり傷です。こんなもの、調練で将軍に打ち据えられた時の事を思えば、どうと言う事はありません」

 

「ふっ、良く言った―――地和」

「何?」

「お主の妖術で、治療しては貰えぬか?」

「勿論いいけど……ちぃ、治癒系は余り得意じゃないから……」

 

「構わん。((寥化|りょうか))は、私と共に多くの戦場を駆けてきた精鋭だ。気休め程度でも傷が塞がれば、罵苦風情を蹴散らす事など造作もない……そうだな?」

「無論です、将軍。それに、地和ちゃんに手当てをしてもらえるなら百人力ですから」

 寥化が、愛紗の慈しむような、それでいて試す様な声にそう答えて微笑むと、愛紗は満足気に微笑み返した。

 

「全く、いい年をして仕方のない奴だ―――頼むぞ、地和」

 地和が愛紗の言葉に頷くと、人和が息を切らしながら愛紗に追い付き、二人の姉に駆け寄った。

「天和姉さん!ちぃ姉さん!良かった……無事だったのね……!!」

「人和ちゃん、うん、大丈夫だったよ。人和ちゃんも、どこか怪我してない?」

 

人和を優しく抱き締めた天和がそう尋ねると、人和は大きく頷いて息を吐いた。

「えぇ。こっちに飛んできたのは、愛紗さんが撃ち落としてくれたから……」

「済まぬが皆、お喋りはここまでの様だ―――来るぞ」

 愛紗が周囲に視線を巡らせてそう言うのと同時に、先程と同じ風切り音が木霊した。愛紗は、兵達が素早く三姉妹を取り囲んだのを目の端で確認すると、直ぐ様、空中に視線を走らせて飛来するロケット弾を見つけ、上空のそれを睨み付けたまま、青龍偃月刀の柄の握った手を石突きにまで滑らせて、両手で抱え込む様にして握り直した。

 

 その姿は((宛|さなが))ら、迫り来る白球を待ち受ける((強打者|スラッガー))の様である。

「そう何度も、同じ手が通用するものか!この関雲長を―――舐めるなぁぁぁ!!」

 愛紗はそう叫ぶや、迫り来るロケット弾目掛けて、刃を寝かせた偃月刀を振り抜いた。次の瞬間、ガキィン、という金属音が響き、ロケット弾は煙の尾を引いたまま、上空に向かってその軌道を変えた。

 

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「うっそぉ……」

 天和が、そう呟きながら上空に巻き起こった爆発を呆然と眺めていると、当の愛紗は、まるで血振りでもするかの様に青龍偃月刀で轟と風を切り、それを腰だめに構えて、鋭い眼差しを周囲に広がる森の暗がりへと向ける。

 

「いつまで小細工を弄するつもりだ、この臆病者ども!貴様等も化け物の端くれならば、さっさと出て来て、この関雲長を喰らってみせぬか!!」

 愛紗は、偃月刀の石突きで大地を打ち据えて仁王立ちになり、そう叫んだ。敵に出て来てもらわねば、こちらはジリ貧である。

 

先程の様な物を長距離から射ち続けられたら、自分は兎も角、部下達や三姉妹が持たないだろう。しかも、あの破壊力だ。矢の様に、当たり所が良ければ大丈夫と言う訳には到底行かない。

それならば一層の事、何程の強さの怪物であっても、目に見える距離で戦った方が、まだ幾らかはマシと言うものだ。強大な力を持つ罵苦は、人語を解すると言う。加えて、恋と戦った罵苦は武人の矜持を持っていたとも聞く。で、あれば、こちらの挑発に乗ってくれるかも知れない。

 

 地の利も、持ちうる兵器も相手に分がある以上、最早、相手の自尊心に訴える位しか敵を引き摺り出す方法はなかった。暫く挑発を続けて、どうしても出て来ないと言うのであれば、こちらから森の中に分け入らなければならないだろう。

 だがそれは、あくまでも最終手段だ。三姉妹が視界に入る距離から離れる事は、出来うる限りしたくない。

 

 正にそれこそが、敵の目的であるかも知れないのだ。

「どうした!私が恐ろしくて声も出せぬか!?」

 愛紗は、もう一度、森に向かって大声を上げると、その奥に潜むモノの気配に神経を集中させた。

 

 

 

 

 

 

「ふん―――こちらの懐に飛び込んでは来ぬか……流石は関羽。そうそう上手くは行かんな」

 ((饕餮|トウテツ))は、自分の眼前に薄ぼんやりと浮かぶ画像の中で叫んでいる愛紗を兜の奥で見つめながら、微苦笑を漏らした。

これが例え、近代兵器の知識を持った正史の世界の兵士であっても、遮蔽物もろくに無い場所で三発ものロケット弾を撃ち込まれれば、射手を沈黙させる為に行動する筈で、そこに踏み止まろうなどとは考えないだろう。最も、秒速300メートルで飛来するロケット弾を“打ち返す”などと言う、悪い冗談の様な芸当が出来るとなれば、話は変わってくるのかも知れないが。

 

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「まぁ、どの道、連射が利く物でなし、あれだけ派手に花火が上がれば、北郷一刀も気付くか……佳かろう、関羽。お前の度胸と技量に免じて、望み通りにしてやろうではないか―――」

 饕餮がそう言い終わると同時に、彼の鎧姿は暗い闇の中に溶けていた……。

 

 

 

 

 

 

 永劫にも思える静けさの中、愛紗は不意に、“それ”が現れる事を直感的に感じ取り、腰だめにしていた青龍偃月刀を正眼に構え直した。直後、眼前の空間が蜃気楼の様にぼやけたかと思うと、その中で、漆黒の鎧が実像を結び始める。

 

 愛紗と、その背後に居る一行が息を呑んで見守る中、((凡|あら))ゆる物を貪り尽くすと云われる凶神の名を持つ騎士は、ゆっくりと一歩、暗い蜃気楼の中から進み出た。

「大したものだ、関羽―――正史で世界中の人間から“幻想”の対象となっているだけの事はある……。まさか、生身で“アレ”を打ち返すなどとはな……」

 

「貴様は……」

 親しげと言ってもいい口調で漆黒の騎士から話し掛けられた愛紗が、偃月刀の刃を向けながら警戒の色も露にそう尋ねると、騎士は、愛紗の琥珀の瞳を見返して、静かに答えた。

「我が名は饕餮―――((蚩尤|しゆう))様より、魔獣兵団を預かる者だ。貴公の様な英傑と((見|まみ))えられた事、嬉しく思うぞ、関羽」

 

「饕餮……と言う事は、貴様、“四凶”か!?」

「如何にも―――流石は文武両道の猛将。説明が省けて多いに助かる」

 饕餮がそう言って鷹揚な様子で頷くと、愛紗はぎりと歯ぎしりをして腰を落とした。

「戯言を……何故、罵苦の大幹部である貴様が、こんな所まで((態々|わざわざ))出て来た。私や天和達を狙って、何を企む!?」

 

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「そう怖い顔をするな、関羽。今日の俺は“日雇い”でな。格別、どうしてもお前達を((斃|たお))さねばならぬ程の理由は無い……まぁ、仕留められるに越した事はない、とも思うがな」

「言っている意味が良く分からんが……こうして出て来たからには、私と勝負する気になったと言う事だろう?―――ちょうど良い、我が主に仇成す妖の者、今この場で斬り伏せてくれる!!」

 

 饕餮は、すらりと偃月刀を構え直した愛紗を見て、どこか嬉しそうに鼻から息を吐いた。

「その覇気や((佳|よし))―――こちらとしても、貴公ほどの英傑と剣を交えるのは、((吝|やぶさ))かではない……しかし、今言った通り、今日の俺は日雇いの使い走りでな。言い付けを守らぬと、執念深い雇い主に、後々((煩|うるさ))く言われてしまうのだ……」

 

 饕餮は残念そうに愛紗の言葉に答えると、右腕を肩の辺りまでゆっくりと振り上げ、パチンと指を鳴らした。すると、周囲の森が((俄|にわ))かに((騒|ざわ))めき、薄暗がりの中から昆虫と人の歪な間の子の様な怪物達が、愛紗を取り囲む様に飛び出した。

「これは……!?」

 

 愛紗は、背後で三姉妹が発した短い悲鳴を耳の端で聴きながら、軍人の本能で素早く周囲に視線を走らせ、瞬時に敵の数を目算する。

「(((大凡|おおよそ))、三十三、四と言ったところか……)」

「……俺の今回の仕事は、((此奴|こやつ))等の((運用試験|トライアル))でな。心苦しい限りだが、自分が真っ先に戦う訳にはいかんのだ……然るに、貴公が此奴等を全て斃す事が出来た暁には、俺が相手をさせてもらおう」

 

 饕餮は、愛紗が周囲を確認し終わるのを待っていたかの様なタイミングでそう言うと、僅かに両膝を曲げて跳躍し、手近な所では一番高い木の上に、その身をふわりと着地させた。

「おのれ……お前達、三人から決して離れるな!命に替えても守り通せ!!」

 愛紗は、木の上で文字通りに高みの見物を決め込む積もりらしい饕餮に一瞥を((呉|く))れると、僅かに背後に顔を向けてそう叫び、「応!」と言う部下達の頼もしい声を聞くのと同時に、青龍偃月刀を右上段に構え、大地が小さく陥没する程の勢いで、怪物の群れに向かって跳躍した。

 

「なっ!?」

 次の瞬間、愛紗は、驚愕の表情を浮かべて動きを止めた。蟲の異形は、愛紗が、銀月の如き軌跡を描いて振り下ろした刃を、両腕を交差させ、その強靭な外骨格で“受け止めた”のである。

「言い忘れたが―――」

 

 木の上から、饕餮が愛紗に向かって言葉を投げた。

「そやつ等の中には、“当たり”が四匹ほど紛れている……雑魚と思って半端に打ち込むと怪我をするぞ―――そら」

 

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 僅かに饕餮の方に意識を逸らしていた愛紗が、饕餮の言葉で眼前の怪物に再び意識を集中すると、怪物の禍々しい大顎の奥で、何かが光るのが見えた。

「(いかん!)」

 愛紗が怪物の顎を蹴り上げて身を反らした瞬間、上空に向けられた怪物の口から、轟音を伴った炎が火柱となって吹き出し、周囲の酸素を瞬く間に燃焼させた。

 

「これは……炎だと!?」

「あぁ―――次いでに言うと、“当たり”にはそれぞれ、特別な“仕込み”がされている……注意するがいい」

「チッ、よく言う……!!」

 

愛紗は直ぐさま体勢を立て直すと、回転させて勢いをつけた青龍偃月刀を横薙ぎに振り抜いて、上把(刃に近い柄の部位)で、((強|したた))かに打ち据えた。炎を吐いた怪物が、くぐもった奇声を上げて他の怪物を巻き込みながら吹き飛ぶと、愛紗は間髪を入れずに肉薄し、手近で体勢を崩していた別の怪物の脳天から偃月刀を振り下ろして両断する。

 

 ドス黒いの血飛沫が吹き出したが、愛紗はそれを気にも止めず、勢い余って地面にめり込んだ刃を軽々と引き抜いて刃ごと身体を回転させ、自分の周囲を一網打尽に薙ぎ払った。

「(まだ近い……しかし、これ以上は……!)」

 愛紗は心中でひとりごちると、唇を僅かに噛んで、一瞬、部下に囲まれて守られている三姉妹に視線を向けた。彼女達は、一様に怯えの表情を覗かせているものの、気丈に愛紗の姿を目で追いかけている。

 

 怪物達は、吶喊して来た愛紗に気を取られているせいで、未だ三姉妹や愛紗の部下達には注意を向けていないものの、先程の炎の様な兵器を有する個体が紛れている以上、出来得る限り彼女達から怪物を引き離しておきたかったのである。先程の炎が直撃していれば、愛紗のみならず、彼女達も巻き込まれていたであろう。

 武人である自分が死ぬのは良い。万が一そうなったとしても、武で国を支えられる者は―――主を支える事が出来る者は、他にも居る。

 

 しかし、彼女達には替えは居ない。袁術こと美羽と張勲こと七乃が妹分として活動はしているものの、大陸全土に及ぶ張三姉妹の人気と実力には、まだ遠く及ばないだろう。そしてその事実は、北郷一刀の大陸統治に於いて、“人心”と言う欠くべからざる要素を満たす、重要な要素である。

 そんな人物達を、蜀の軍部を統括する自分が付いていながら、むざむざ死なせたとあっては、二人の主に申し訳が立たないばかりか、外交上、蜀漢に取って多大な損失を与える事になるだろう。何より―――。

 

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「(死なせたく、ない……!!)」

 愛紗は、彼女達が好きだった。

 少し、自分達、義姉妹と似ていたから。

 自分達には、血の繋がりは無い。乱世に出会い、姉妹の契りを結んだ。

 

 だから、義姉妹でありながら、同時に主従でもあった。しかし、例え血は繋がらずとも、大望を分かち合い、互いを支え合って、それに向かって困難な道を歩み続けて来たのは同じだ。

愛紗は、三姉妹が((戯|じゃ))れあう姿を見る度に、“もしも”の自分達を夢想していた。もし、乱世ではなく、平和な世で出逢えていたら、そして義姉妹の契りを結べていたなら、自分も些細な事で“義姉上”に腹を立てて追い回したり、食事を取り合ったりして戯れ合えたのだろうか、と。

 

 別に、自分たち義姉妹の関係が不満だと言うのではない。義姉を一国一城の主とするのは愛紗の宿願だったから、何時もそのつもりで接していた。だから愛紗は、「桃香様」と義姉の事を呼ぶ度、心の中で密かに、「義姉上」と呼び変えていた。それで、満足していた。

 それが、この生真面目な少女に出来る、殆ど唯一の義姉に対する“甘え方”だったのである。素直に「桃香お姉ちゃん」と呼べる張飛こと鈴々が羨ましいとも思うが、その鈴々も、最低限の主従の関係は((弁|わきま))えている。

 

 自分達はきっと、これから先も“普通の”姉妹にはなれない。初めからそうだったのだから、当然だろう。それが、悲しいとも辛いとも思わない。しかし、それでも、張三姉妹の姿は、愛紗には眩しかった。

―――憧憬、と言ってしまっても良い程に。

彼女達は、愛紗が密かに夢想した、心の中の“自分達”だったのである。

 

「おぉぉぉ!!」

 愛紗は裂帛の気合を発すると、七匹目の怪物に向かって、偃月刀を袈裟斬りに振り下ろした。怪物の身体が、紙細工の様に斜めに切り裂かれた直後、愛紗は、ブシッ、と言う、上手く水の出ない水鉄砲の様な音を耳にして、反射的に横に跳び退いた。

 

「くっ……今度は何だ!?」

 愛紗が左腕を上げ、僅かな衝撃と痛みを感じた服の袖を見ると、美しい刺繍の施されたそれは、無残に灼け爛れ、袖に包まれていた腕の数カ所に、まるで線香でも押し付けられたかの様な火傷らしき痕が出来ていた。

 

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 愛紗が、素早く音がしたと思われる方向を見遣ると、その先に居た怪物が、口から不気味な“筒”を生やして、それをこちらに向けていた。怪物が、深呼吸をする様に軽く顎を上げた次の瞬間、再びあの、ブシッ、っと言う音が響いた。

 愛紗は、丁度、自分に襲い掛かろうとしていた怪物の腕を取って、筒を生やした怪物と自分との間に放り投げた。すると、手桶で水をぶち撒けた様な音がして、放り投げられた怪物は地面に崩れ落ち、悶絶しながら“ジュウジュウ”と不気味な音を立てて焼け爛れた身体を掻きむしり、その部分が湯を掛けられた氷の様に溶けてしまった頃、唐突に動きを停めて、それから弛緩し、動かなくなった。

 

「まったく、次から次によくも……!」

 愛紗は苛立った声でそう呟くと、炎を吐く怪物との距離に気を配りながら絶妙な間合いを切り、筒を生やした怪物との射線上に別の怪物が入る様に調整して呼吸を整えた。怪物達は、今までに数度相手にした事のある下級種とは、全てに於いて一線を博している。

 

愛紗の交戦した事のある下級種は、獣と変わらず力任せに襲いかかって来ていたが、今戦っているモノ達は、その身体能力のみならず、戦う事に関しての“技術”を有していたのである。それはつまり、戦闘技術を用いる猛獣と戦っているに等しい。

加えて、生物にあらざる攻撃方法まで持ち合わせているとなれば、いかな軍神関羽と言えど、一筋縄で行く相手ではない。ましてや今、愛紗には、張三姉妹の身を守ると言う責務もあるのである。

 

「(残りの“当たり”はあと一匹、か……!)」

 愛紗は、襲かかって来る怪物達の中に紛れている筈の最後の一匹を探しながら、更に二匹を切り捨て、後ろから掴み掛かろうとした者の腹に肘鉄を打ち込んで、一度呼吸を整えた。“当たり”の最後の一匹は、あの、空飛ぶ爆弾を持っている筈だ。ならば、絶対に三姉妹の方に注意を向けさせてはならなかった。

 

 火炎や溶解液なら、まだ部下達が身を挺して守る事も出来ようが、あんなものを至近距離から打ち込まれた日には、幾ら関羽隊選り抜きの精鋭達でもどうする事も出来はしないだろう―――そう考えて焦る愛紗の耳に、金属的な音が不意に響いた。

 その音は、愛紗にある物を連想させた。魏の李典こと真桜の得物、“螺旋槍”の駆動音である。愛紗が死なずに済んだのは((偏|ひとえ))に、頭を過ぎった連想のおかげと言えた。彼女は反射的に、駆動音が向かって来る方に向き直り、両手の間の柄を使って、“それ”を受け止めようとしたのである。

 

「しまった!?」

 思わずそう口にした愛紗の手には、柄の中程から両断された青龍偃月刀が握られていた。

「ギィィィ!!」

 それを成した怪物は、口惜しそうに大顎を震わせると、バックステップで間合いを取った。その両手から生えているのは((鎖鋸|チェーンソー))―――これも、愛紗に取っては未知の物であった。

 

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「爆弾ではないだと!?」

 愛紗は一瞬、驚愕したものの、再び暴力的な音を轟かせて襲い掛かって来た二振りのチェーンソーを、両手にそれぞれ持った偃月刀の刃と石突きの金属部分で弾き返して、鎖鋸怪物の身体に前蹴りを呉れ、大きく息を吐いた。

 

 迂闊だった―――と、内心で己を叱責する。最後に残ったのが、あの爆弾を内蔵した怪物だと思い込んでいたが為に、反応が僅かに遅れてしまった。

 自覚はなかったが、暫く大きな戦から遠ざかっていたせいで、勝負勘が鈍っていたらしい。愛紗は気合を入れ直し、二つに断たれた青龍偃月刀を双剣の様に構えると、鎖鋸怪物に向かって吶喊した。

 

 鎖鋸を構えて迎え撃つかと思われた怪物はしかし、そうはせず、((恰|あたか))も愛紗を嘲笑するかの様に大顎を震わせて、後ろに向かって大きく跳躍した。間合いを外された愛紗は、一瞬、中空で怪訝な表情を浮かべた後、弾かれた様に上空を見上げた。

 そこには、愛紗に向かって一直線に飛来するロケット弾があった。チェーンソーの刃の回転する音が、愛紗の耳からロケット弾の風切り音を覆い隠していたのである。

 

 次の瞬間、ロケット弾は、天和、地和、人和の悲痛な叫び声をも呑み込んで、爆音と共に炸裂した―――。

 

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あとがき

 

 さて、今回のお話、如何でしたか?

 いやはや、なんだかんだで一ヶ月も経ってしまいました。久し振りに龍が如く4がやりたくなって中古で購入→ディスクを入れた瞬間にPS3が逝く→修理に出して一万円掛かる→悔しいので遊び尽くしてやろうとミニゲーム地獄に突入→漸くコンプしてみたら三週間も過ぎていた。と言う流れになってしまいまして……。ちょこちょことは書いていたんですけどね……。

 

 しかし、何回も書いていますが、戦闘シーンって本当に難しいです……。リアルな決闘や戦争描写ならまた話は違うんでしょうが、特撮的なバトルを活字にするって、本当に大変なんですね……orz読みづらかったら御免なさいです。

 自分の頭の中では、愛紗が三倍くらい派手に動いてくれているのに、上手くそれを文章として成立させられないのが、もどかしいったらありゃしない……!!場面転換とかももっと入れて、張三姉妹のリアクションとか書きたかったんですが、上手く繋がらなくてカットでしたし……と、愚痴はここまでにして、今回の内容について。

 

 基本、全編戦闘ばかりではありましたが、中にちょこっと、愛紗の張三姉妹に対する印象などを盛り込んでみました。もう少し長く書きたかった箇所ではありましたが、流れが切れてしまうので……いつか、もっとじっくり書きたいテーマです。

 愛紗が桃香に対して『義姉上』と呼びかけるのは、アニメ版で愛紗が桃香をそう呼んでいたので、一応オフィシャルなのだと思い、そうしました。私自身、“愛紗”と言うキャラクターなら、『お姉ちゃん』や『姉さん』よりも、『義姉上』の方が、しっくり来る感じがします。

 

 今回のサブタイ元ネタは、『仮面ライダー響鬼』第二期OPテーマ

 

 始まりの君へ/布施明

 

 でした。愛紗編を書くに当たり、色々と考えてみたのですが、この恋姫†無双と言う作品は、やはり、無印の冒頭で、北郷一刀と愛紗が出逢った所から“始まった”と言う感じがしたので。歌詞的にも、愛紗のポジティブな面にぴったりですし、私がssを書き始めてから二年近くなって、漸く“私の一刀”を愛紗と再会させてやれる―――今、始まりの君へ―――と言う、個人的な感慨もありましたので。

 ちょっとクサいですが、書き始めた当初は、こんなに時間が掛かるとは思ってもいなかった事もあり、正直な気持ちなんです……。

 

 では、また次回お会いしましょう!!

 

 

 

 

 

説明
 どうも皆様。YTAでございます。
 何だかんだで、一ヶ月も間が空いてしまいました。すみません……。言い訳はあとがきにでも書くとして、記念すべき二十番代最初のエピソード、楽しんで頂けたら幸いです。

 また、コメント、支援等、励みになりますので、お気軽にして頂けると大変嬉しいです。
 では、どうぞ!
 
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コメント
西湘カモメさん コメントありがとうございます。まぁ、スーパーヒーロータイムはそう言うものですからwww(YTA)
もう一カ月たったのか・・・。愛紗達は馬苦の新兵器開発の相手に選ばれたわけか。しかもなんかピンチだし。一刀は果たして間に合うのか?って、間に合うのはお約束だよね。(西湘カモメ)
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