うそつきはどろぼうのはじまり 52 |
国王は軽く肩を鳴らす。
「城に缶詰では、身体がなまってかなわん。今は特に差し迫った用件もなかろう」
「大ありです! エレンピオス側によるマナの略奪行為、このまま見過ごされるおつもりですか」
「見過ごすつもりは毛頭ない」
雷を落とした宰相に、国王は平然と告げた。
「そもそも槍を放ったくらいでは精霊界への道は開かれぬ。向こうはそれを知らぬようであるから、まず、それを伝える。それでもまだ分からぬようなら、使われる前に破壊すればよい」
突然大きくなった話についていけず完全に出遅れたドロッセルは、しばらくぱちぱちと目を瞬かせていたが、ようやく国王の言わんとしていることを理解したのか、こっそりローエンに訊ねた。
「破壊するって・・・クルスニクの槍って、そんなに簡単に壊せる物なの?」
五年前に当事者であった国王と宰相とは違い、彼女は現物を見たことがない。クルスニクの槍の功罪は体験していても、その形、その規模まではまるで想像できなかったのだ。
一方、巨大兵器と間近で対峙したことのあるローエンは難しい顔で顎鬚を撫でていた。
「さて・・・」
自分ならどうやって破壊しようとするだろうか。精霊術で少しずつ削っていくしかないのかもしれないが、何せあのミラでさえ冗談抜きに脅威と看做していた兵器なのである。そう易々と壊れるような仕組みになどなっていないであろう。
だが国王の思考は至って明快であった。
「壊せずとも壊す。向こうは我々リーゼ・マクシアに住まう者を完全に舐めているからな。俺一人が近づいたところで、ろくな警戒も示さんだろう。――というわけだ。同行させてもらうぞ」ドロッセルはうろたえた。突然話を振られたというのもあるが、彼女の混乱に輪を掛けたのは申し出の内容だった。
「はあ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げたシャール卿に、国王はどこ吹く風で淡々と理由を述べ立てる。
「槍はエリーゼ・ルタスの近く、つまり式場にあるということだ。その槍に近づこうとするなら、招待客に紛れるのが方策としては妥当だろう。しかし俺はそもそも招待されていないからな。ならば他の招待客の同伴となるしかあるまい。向こうから何か聞かれたら、そうだな、護衛とでも言っておけ」
ドロッセルは堪らず悲鳴を上げた。
「そんな・・・っ! 陛下を護衛呼ばわりだなんて、畏れ多いにも程があります!」
「先ほど俺を呼び捨てにした奴の台詞とは、とても思えんな」
尊称なくガイアスと呼びかけられたことを根に持っているのか、国王は面白そうに笑う。彼女は途端にばつの悪そうな顔で口篭った。
「あ、あれは、その、話の流れ的に・・・って、ちょっとローエン! 何とか言ってよ!」
オルダ宮最後の良心、説得の砦とばかりに泣き付いたドロッセルだったが、宰相は丁度匙を投げた所だった。
「あきらめてください」
本気で頭を抱え始めてしまったドロッセルを尻目に、リーゼ・マクシアを統べる王とその側近は手早く打ち合わせを行った。
「クルスニクの槍の製造と運搬、そして飛行艦隊の貸与には確実に軍が絡んでいる。要は挙式にかこつけての進軍だ。条約を結んでいるとはいえ、便乗して攻撃を行ってくる可能性は否定できない」
リーゼ・マクシアは厳しい局面に直面しつつある。だがそんな危機的な状況にも関わらず、ローエンは不敵な笑みを浮かべていた。
「帝都イル・ファンと貿易都市カラハ・シャールの同時防衛ですか。久々に腕が鳴りますな」
その知力と胆力に溢れた軍師の涼しげな物腰に、国王は確信的な信を置いた。
「留守を頼む。指揮者と謳われたその美しい旋律で、リーゼ・マクシアを守り抜いてくれ」
「御意」
宰相は胸に手を宛がい、優雅に一礼した。
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