あなたに手を引かれて |
それは、体育会が終わった直後のこと。
私、松平瞳子は山百合会のお手伝いをすべく、薔薇の館へと足を運んだ。
「ごきげんよう」
階段をゆっくりと上がっていき、奥にある部屋にノックしてから入る。部屋の中では、山百合会のお姉さま方が、学園祭の準備を行っていた。今日は主に、各部活動から上がってきた報告書を確認しているところだった。
「ごきげんよう、瞳子ちゃん」
真っ先に私に声をかけてきたのは、紅薔薇のつぼみ(ロサキネンシス・アンブゥトン)の福沢祐巳さまだ。祐巳さまは、自分の隣に椅子をもってきて、しきりにその席へとつくように、私を促す。
「………結構です」
私は、その祐巳さまの反対側に、天敵の存在を確認したので、敢えてそこを避けて席を探す。
テーブルには紅薔薇さま(ロサ・キネンシス)、黄薔薇さま(ロサ・フェティダ)、白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)の三人が並んで座っており、そして向かい側に天敵である細川可南子、そして祐巳さま、由乃さま、乃梨子さんの順に座っている。私は白薔薇のつぼみ(ロサ・ギガンティア・アン・ブゥトン)である乃梨子さんの隣に椅子を持ち寄ってから席に着いた。
「座ればよかったのに」
乃梨子さんは、私に紙の束を手渡してくれた。
「…別に指図されることではありませんわ」
私は、ちらっと祐巳さまを見てから、報告書の束へと目を移した。祐巳さまは、私をじーっと見ていたが、やがて、私の加入で止まっていた会議が再開され、祐巳さまもそちらへと集中しだした。
その祐巳さまの奥の席から。報告書を見ずにあからさまに引きつった顔で“天敵”が私を見つめてきていた。今年、同じクラスになって会話もしたが、彼女とはとにかく反りが合わない。
「可南子ちゃん、止めなってば」
そんな彼女を、祐巳さまが嗜める。それがまたなんか気に入らなくて。今度は私がじーっと彼女を睨むように見つめる。
「……瞳子、あなたも」
乃梨子さんが私の袖を引っ張る。
「…二人とも、会議の邪魔をするなら、今すぐ出て行って頂戴」
このやりとりに我慢が出来なくなったのか、紅薔薇さまである祥子お姉さまが私達を威嚇してきた。さすがに、私も彼女も、これには大人しく従わざるをえなかった。
会議が一段落し、一年生が揃ってお茶を入れに流し台へと足を運ぶ。三人の間には会話なんて全くない。私と彼女は互いに互いを牽制するようにして作業する。間に乃梨子さんが入っていたが、それでも私たち…少なくとも私は気にも留めずに互いをジッと見ていた。
「ちょっと、二人とも…!」
乃梨子さんが私達を嗜めようとするが、私達は耳も貸さない。そこまですることもないと頭では考えているのだが、こうなってしまった以上は意地の張り合いになってしまって、引っ込みがきかない。
「………………」
にらみ合うように対峙する私達を見た乃梨子さんが、肩をすくめていた。
その後、私はしばらく薔薇の館へと足を運ぶことになる。きっかけは、彼女が山百合会の手伝いに来るようになったことだ。彼女の行動が気になった…そんなところだろうか。
彼女…可南子さんとは事務的な会話くらいならできるようになっていたが、山百合会の人たちと彼女が一緒に会話している中に私が加わることがあっても、二人で話をするほどには親密にはならなかった。…というよりは、互いに接触するのを避けていた節があったからである。
とはいえ、山百合会の活動を手伝うことは楽しい。その活動の手伝いの内容は、学園祭の準備、そして山百合会主催の劇へ出演するための稽古。その劇の演目を聞いたときには、苦笑してしまったものだが。まあ、そんなことはいいだろう。それは私が中等部の頃から望んでいたことに違いない。彼女とは仲良く出来ていないが、乃梨子さんや志摩子さまとの些細なやりとりとか、黄薔薇姉妹の他愛ないケンカとか、祥子お姉さまの立ち振る舞う姿を見ていたりとか、祐巳さまとの世間話だとか。取るに足らないような出来事が、とても新鮮に思えた。
そうして、学園祭が近づいていった。
山百合会の活動は、日を追うごとに忙しくなっていく。何をやるにしても、人手が足りず、猫の手も借りたいほどであった。とはいえ、私は演劇部にも所属している。そちらも学園祭に向けて、劇の練習に出なければならない。私は二束のわらじを履く、忙しい日々を送っていた。
しかし、とある日、それができないような状況に陥ってしまう。
きっかけは、演劇部での出来事だった。
演劇部の学園祭での演目は「若草物語」。私は幸運にも、四姉妹の末っ子エイミー役…簡単に言えば、主役級の役を与えられた。幸運とはいえ、それは私の演技力が認められてのことだと自負している。
しかしながら、それが気に食わなかったのだろうか、とある先輩がとるに足らないような私のミスを取り上げて、それをネチネチと責めたててくるのである。さすがに私もそれにカッとなってしまい、「じゃ、あなたがやれば」と言い残して、その場を去ってしまった。何かもうどうでもよくなってしまって。その先輩の言うことがとにかく気に食わなくて。頭から湯気すらでそうな、そんな気持ちで家路についた。
……いくら感情的になってしまったからとはいえ、少しやり過ぎた感はあった。あの場で逃げるようにして出て行ってしまった私には、おめおめと戻って、「やっぱりエイミーをやらせてください」とは言い出しにくかった。
せっかく学園祭に向けて意気揚々と頑張っていたのに。こんなことでダメになってしまうなんて。私は自らの軽率な行動を悔いる他なかったのだった。
次の日。
体裁として演劇部に行けなくなってしまった私は、仕方なく山百合会の劇一本で頑張ることにした。未だにうやむやな気持ちが晴れず、気分は最悪だったが、それを表に出すわけには行かない。鼻歌なんて歌いながら、できるだけ気分がいいように振舞う。黄薔薇さまに演劇部のことを聞かれたりもしたのだが、
「あちらは順調に仕上がっているので、臨時のお休みになって」
…と、愛想良く答えた。そこで祐巳さまが私を見て、
「ああ、だから機嫌がいいんだ」
…なんて言ってくれる。
「そう見えます?ふふ」
どうやら、この場にいるみんなに、私の本当の気持ちが感づかれてはいないらしい。山百合会の方々には騙すようで悪かったが、私はこのまま学園祭までここでやっていこうと考えていた。
しかし、どうやら私は甘かったようだ。
「どういうことか、聞きたくて」
次の日、薔薇の館に入ろうとした私を、祐巳さまが遮ってきたのだ。それを見た私は、最初祐巳さまが何を言っているのかが分からなかったのだが、
「部活のこと聞きたくて」
と言われる。はぐらかそうとしたのだが、そこはちょっと頼りない感のある祐巳さまでも、山百合会の一員である。演劇部のスケジュール表まで持ち出して、私が言い逃れできないように仕向けてきた。私は仕方なく開き直る。おそらく、すでに山百合会の人たちには私のことは筒抜けなのだろう。だったら、隠しても無駄だと悟ったのだ。
「それってサボリじゃない。部活に出ない日が続けば、その分戻りにくくなるんだよ」
痛いところをついてくる。せっかく、山百合会の劇一本に集中しようと割り切っていたのに、演劇部のことが頭をちらつく。何か、無理やりに思い起こされているような、そんな感じ。
エイミーをもう一度やりたい。
そんなことが頭によぎる。私は祐巳さまに、演劇部に対する未練を呼び起こされてしまった。
「紅薔薇さまたちはね、瞳子ちゃんは演劇部に戻ったほうがいいと考えているみたい」
それで、祐巳さまがここで私を待っていた理由を察することが出来た。要するに、私は山百合会のお手伝いをクビだと宣告しに来たのだ。演劇部一本で集中しなさいというのが、祥子お姉さまを始めとした山百合会の皆様の総意らしい。
「私は必要ないということですか」
…それは、祐巳さまたちが私のことを気遣ってくれていることはわかる。しかし、祐巳さまに遠まわしにクビを宣告され、私はかなり気落ちした。だって、ここは私の居場所ではない、私なんていらないとそう聞こえてしまったのだから。
「必要ないなんて、そんなこと言っていないでしょ。たぶん、祥子さまは瞳子ちゃんのためを思って、解放しようとしている」
祥子お姉さまの名前を出されたところでそれは疑わしい。だって、ここは私があるべき場所ではない。私みたいな部外者がいていい場所ではない。ただそれだけのこと。
「私はね、瞳子ちゃん、瞳子ちゃんが手伝いに来てくれてすごく感謝しているの。でも、ずっと頑張ってきた部活動に支障を来すなら、それはやっぱり問題だと思う」
「きれいごとなんて聞きたくありません」
そんな祐巳さまの言葉に私は苛立つ。おそらくは祐巳さまは山百合会の総意を私に伝えに来ているに違いないのである。私的なことを挟まずに、言いたいことははっきりと言ってほしい。
「…だったら、言葉なんか選ばずにただ一言『クビ』って言えばいい。それで一気に解決するじゃないですか」
そう、祐巳さまがそう一言言ってくだされば、私も踏ん切りがつく…そんなことを考えていたその矢先。
「…しないよ。確かに私は瞳子ちゃんに引導を渡すように言われてきたけれど。それじゃ駄目だって、今わかった」
「はぁっ?」
祐巳さまが一瞬、何を言っているのかが私には分からなかった。
「今から演劇部に行こう。私ついていってあげる」
「…こうなったらこっちの劇もちゃんと出てもらうからね」
私に引導を私に来たはずの祐巳さまは、何を思ったのか一人で暴走を始めた。
「…私、時間つくって瞳子ちゃんの練習相手になるから。そうだ。家に来れば?」
何を言っているのですか、祐巳さま。託されたはずの仕事もしないで。それでよろしいんですか?さすがに私もそれには苛立ってしまう。
しかしながら、祐巳さまは私の手を取って、ギュッと握ってきた。そんな祐巳さまである。こっちが無駄に抵抗しようと、きっと強引についてきてしまう。そこまでしてもらうほど、私も子供ではない。
「わかりました」
私はそっとその手を抜く。一人で歩き出した私を、祐巳さまはまだ追ってきた。
「だから、ついてこないでください、って言ってるんです。もう、恥ずかしいじゃないですか」
なんか、子ども扱いされているようで、本当に恥ずかしくて顔から火が噴出しそうだった。しかし、当の祐巳さまはどこ吹く風みたいに、あっけらかんとした顔をしている。
「瞳子ちゃん」
とはいえ、祐巳さまは私を追っては来なかった。その代わりに、校舎に入ろうとする私を呼び止めた。
「ただし、無理は禁物だよ。よく寝てよく食べてストレスはため込まない。愚痴を言いたくなったら、私のところに来る。いい?」
全く、どこまでも世話焼きで、お人よしなんだから、この人は。
私は、そんな祐巳さまに向かって、小さく会釈をしてからその場を去って、体育館へと直行したのだった。
私は劇の稽古をしている中に入り込んで、深々と頭を下げた。正直、エイミーの役はいただけないのではないかとも思ったが、私がいなくなって、エイミー役を演じることができる人がいなかったという話だった。とはいえ、部としては勝手に部を去った私に声をかけるわけにもいかない。私が謝罪したことで、とりあえずは面目を保てたということで、この話は丸く収まることになったのである。私は晴れて再びエイミー役をいただけることになった。
今回の一件は、演劇部の皆様だけでなく、山百合会の方々まで迷惑をかけてしまった。それに応えるべく、私は今回の一件以前よりも気合を入れて劇に臨んだ。祐巳さまの言ったとおり、こちらの劇に集中し、余力で山百合会の劇に出るというスタンスをとる。そちらはそちらで余力といわず、出る限りは最善を尽くすつもりでいる。そのため、山百合会の方にはほとんど顔を出さず、演劇部の劇を集中して完璧なものにし、山百合会の劇は学園祭の直前の通し稽古へお邪魔させてもらい、感覚をつかませてもらう予定にした。
おかげで、演劇部の劇は順調な仕上がりを見せた。恥ずかしい話だが、部長や顧問の先生にはすこぶる評判がよい。さすがに、部員達全てにとは言わないが、そこは実力を持って納得させた。
だから、私も大分機嫌がよかった。山百合会の劇も参加させてもらえることが嬉しくて。通し稽古では、ついつい有り余っている力がセーブできなくて、『もっと控えめに』と、台本を握った祥子お姉さまに注意されてしまった。そんな些細な注意ですら、なんか嬉しくなってしまった。
学園祭当日。
私のクラスは展示物だったし、クラスの人たちも私が多忙であることを察してくれていたので、自分の分の展示物さえ出してくれれば、当日は好きにしていていいよと言われていた。私は昼に立て続けに行われる演劇部の劇と、山百合会主催の劇とに出るまでは自由な時間ができた。
私は、私と同じく、山百合会の仕事で多忙だろうという理由でクラスの仕事から除外された乃梨子さんとともに、校内を歩き回っていた。とりあえずはクラスの展示からさほど遠くない場所にあった手芸部の展示を見に行った。そこには、山百合会主催の劇、「とりかえばや物語」の衣装などを展示していた。手芸部は、これはこれで、集客狙いとしておいているのだそうだ。
「ま、出来もすごくいいしね」
とは、乃梨子さんの弁。アマチュアとはいえ、丁寧に作りこまれた衣装はプロ顔負け…とはいいすぎだろうか。でも、この縫い目なんか巧みの技を感じる。
「あ、瞳子。外でお姉さまのクラスと、祐巳さまと由乃さまのクラスが合同で屋台を開いているそうだから。いかない?」
特に劇の時間までは予定もなく、暇を持て余していた私は、乃梨子さんと一緒にそちらにお邪魔することにした。
そうして、二年松組と藤組の出している屋台へ行く。松組側の屋台に、祐巳さまと由乃さまがいるはずであった。藤組に白薔薇さまもいたはずだが、乃梨子さんと楽しそうに会話を始めてしまったので、挨拶だけに留めておいた。
「祐巳さま」
こちらはこちらで開店してしばらく、大盛況だったようで声がかけづらかったのだが、客足が若干鈍ったところを狙って、私は祐巳さまに声をかけた。
「あ、よかったら食べてって」
祐巳さまは、奥にいる人からフランクフルトの食券を三枚受け取ってきて、私に渡そうとした。おそらくは、私だけではなく、乃梨子さんたちの分も含んでいるのだろう。それは客引きかなと感じた私はスカートのポケットに手をつっこむ。
「おいくらですか」
「いいって。私のおごり」
祐巳さまは私の手を遮る。
「そうはいきませんよ」
私はお財布を広げる。
「可愛くないなぁ。こういう時は、ただごちそうさまって、言えばいいのに」
そうは言っても。
「おごっていただく理由がありませんもの」
ただで祐巳さまにお世話になるわけにもいかない。
「理由?理由は――えーっと、劇を手伝ってくれるお礼の気持ち。かな?」
「お礼?」
そこへ。
「ごちそうさまでーす」
と、花寺の助っ人の方々が揃ってやってきた。祐巳さまと私の会話を聞き、お礼をいただこうということらしい。彼らは、祐巳さまからたかるだけたかっていって、嵐のように去っていった。お財布から伸びる手が震えているのを見て、無理をしている祐巳さまがちょっと可愛そうに思えた。
落ち着いた祐巳さまと、先ほど見てきた手芸部の話を始めたら、祐巳さまは興味を抱いたようで、
「後で、私も行ってみようかな。瞳子ちゃんたちのクラスの展示も見に行きたいし」
「うちのクラスですか?だったら、瞳子ご案内しますよ。祐巳さま、ここのお仕事はいつまでです?」
何気なく言った一言だったが、祐巳さまは明るい表情で応えてくれた。
「え、案内してくれるの?本当?あのね、上がる時間はね」
祐巳さまが嬉しそうに確認し始めてすぐに、由乃さまの声がした。
「紅薔薇のつぼみは、舞台劇『とりかえばや物語』に出演中以外は、ずーっとこちらに詰めている予定です」
「ちょっ……、由乃さん、何言ってるのよ」
祐巳さまは急いで由乃さまの元へと駆け寄って、何やら話し出した。なかなか戻ってこないので、話途中ではあったが、失礼させてもらうことにした。紅薔薇のつぼみはお忙しそうだから。
「あ、すみません」
私は、奥にいた出納係の方に声をかけた。
「祐巳さま、お取り込み中のようですので、失礼いたします。それと、こちらはいただいていきます。ごちそう様ですとお伝えいただけますか?」
私はそれだけ伝言として残して、他の出店を回ることにしたのだった。
演劇部の劇の時間が迫ってきたので、私は体育館へと足早に向かう。その途中で、遠くに祐巳さまの姿を見た。祥子お姉さまの姿もある。声をかけようかとも思ったが、もう一人、祐巳さまたちのそばに、彼女…可南子さんの姿を確認した。わざわざ、劇の直前の貴重な時間を使ってまで、彼女に関わる必要もないと感じた私は見ぬふりをして立ち去ることにした。
演劇部の劇は、大盛況で幕を閉じた。アンコールまでいただいて、部員達は幕の後ろで大喜びだった。喜びも束の間、私は次に控える山百合会の劇の準備をしなければならない。そそくさと控え室に戻る。
程なく、そこに祐巳さまが祥子お姉さまと腕を組んできたので、残っていた演劇部の部員達の注目を一斉に集めていた。私一人見ぬふりをしていたら、祐巳さまは祥子お姉さまと何やら会話した後、私に近寄ってきた。祐巳さまはそのまま私の背後に立つ。
「瞳子ちゃん。よかったよ」
「遅刻してきたくせに」
おそらく、それは可南子さんについて行ったせいなのだろう。それで私も、反抗的な態度を取ってしまう。
「あれ?気がついた?でも、瞳子ちゃんが最初のセリフを喋る前だってば」
祐巳さまは私の前に出てきて言った。でも、なんか虫の居所が悪かった。私は祐巳さまを避けて歩き出す。着替えようとしたのだが、歩きながらではなかなか背中のファスナーがつかめない。
「手伝おうか?」
祐巳さまがファスナーに手をかけようとした。それを私は身体を揺さぶって拒否する。
「瞳子ちゃんさ、それ脱いだらそのまま『とりかえばや物語』の衣装着るの?」
「もちろんです……けど?」
「それ脱いで、まずは制服着て、でまた制服脱いで、それから『とりかえばや』の衣装じゃ、やっぱり面倒くさいよね」
そう、だから制服に着替えずにそのまま次の劇の衣装をつもりだったのだけど…。
「何おっしゃっているんですか」
祐巳さまが何を言いたいのかが分からない。
「じゃ。いっそ、このまま出かけない?」
「はっ?」
不意をつかれたようで。自分でもおかしいくらいの声を上げる。
「ほら、約束したじゃない。瞳子ちゃんが一年椿組を案内してくれるって」
「い、今?」
ちょっと、劇がもうすぐ始まっちゃいますよ。
「そ、悪いけれど、私、今しか時間ないんだわ。というわけで、よろしく」
祐巳さまは私の手をとって、歩き出した。
「祥子お姉さまぁ」
あまりに強引な祐巳さまが止められず、目に入った祥子お姉さまに助けを求めた。
「残念ながら、遅刻二十五分までは私は何も言えないの。でも、二十五分を一分でも過ぎたら、その時は許さないわよ」
剣もほろろとはこのことだろうか。私の助けはあっさりと受け流されてしまった。
「お許しが出た。ほら急いで」
「あれのどこがお許しなんですかっ」
祐巳さまはぐいぐいと私を引っ張っていく。控え室を出ようとすると、さすがに私も観念した。これ以上抵抗していると、着ている衣装もあってか目立って仕方ない。控え室を出たところで、祐麒さんや、白薔薇姉妹とすれ違う。みんな、私達を見て、目を丸くしている。確かに今来た人たちに、私達の状況を目で見ただけでは理解できないだろう。
「時間がないからまた後でね」
祐巳さまは、どちらにもそう残して足早に校舎へと向かう。そして、私はそんな祐巳さまに手を引かれてついていく。
「約束なんて……」
なんか、やりこめられた感がしたけど、なぜか私に気遣ってくれたのが少しだけ嬉しくて。つないだ手をギュッと握り返してみた。
私のクラス、一年椿組では、『他教のそら似』展というのをやっていた。乃梨子さんが仏教マニアだというのは、マリア祭の時に全校生徒に知れ渡っていたが、それがきっかけとなったものだ。当初、乗り気でなかったクラスメイト達も最後にはこうではない、ああではないと議論に熱が入って、乃梨子さんも唖然としていたほどだった。
展示物を一通り眺めた後、出口へと行くといろいろな色の細工物が置かれてあった台が目についた。それは、入場記念ということでお客に差し上げるビーズの作り物である。ビーズを輪のように一回りさせ、リボンで薔薇をあしらった飾りをつけるのである。名づけて「数珠リオ」。ネーミングセンスはいまいちだが、今回限りのものだろうから、この際気にしない。
「へー、なかなか洒落てるじゃない」
同一色、同系色、あるいは数珠みたいに沈んだ色のものが多い中で、祐巳さまは、その中でカラフルな色の数珠リオを手にとった。赤、黄、白のビーズを順番に通した数珠リオ。それは間違いない。私が作ったものだ。
「何でそれを選ぶんですか」
私はいきなり自分のものを手に取った祐巳さまに抗議する。
「ダメなの?」
祐巳さまはそれを置いて、別のものを手に取ろうとする。今度は紅一色のもの。おそらくそれは、祐巳さま信望者な可南子さんが作ったものに違いない。
「……………」
「これも嫌なの?」
「………好きにしてください」
つーんと、私はそっぽを向く。
「じゃ、これ下さい」
祐巳さまは、クラスメイトに一つの数珠リオを見せて、それを腕につけていた。それは、最初にとっていた、私の作ったものだった。
「結局それを選んだんですか?」
「ダメなの?」
祐巳さまはさっきと同じ答えを繰り返した。
「知りませんっ」
「もう、可愛くないなあ」
もう、ほっといてください。祐巳さまなんてしりませんから。
「さて、もう戻ろっか。みんなを待たせているし」
祐巳さまは再び、私の手を取ろうとする。
「止めてください、恥ずかしい…」
「いいじゃない。ただでさえ目立っているんだから」
私は手を引こうとしたが、祐巳さまはさすがに強引には掴もうとはしなかった。
「早く、行こ」
手を差し伸べてくれる。なぜか、私はその手は振り払う気になれず、そっと掴んだのだった。
「よし、じゃ、行くよ」
ちょっとはしたなかったが、廊下を駆けていった。たまには誰かの手を引かれるのも悪くない。そんな気がした。
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学園祭での瞳子メインの話です。 | ||
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