不変の世界 |
世界は常に進んでいる。その流れに逆らうには死ぬしかないだろう。時間の流れは誰にでも等しく振りかかる。どんな風に過ごしたとしても、流れる時間は変わらない。
競馬に夢中になり、生活費まで持ちだして最後の勝負に掛けた一時間あれば、大企業との契約をもぎ取り大金を得ることを約束された一時間もある。両方ともどこかで聞いた話だ。本当かどうかなんて知らないし、そんなものはどうだっていい。ただその一時間の違いは明らかだろう。もっと広い目で見れば、世界各国の貧富の違いなど様々なものがある。だのに時間は等しい。
――時間は等しいが、時間の価値は不平等だ。
ぼくが出した結論は今まではこうだった。この結論に特に意味はない。意味もなければ価値もない。誰かに伝えるわけでもないし、不平等であることが当たり前だからだ。誰もが違うし同じ人間なんてどこにもいない。こんなことは誰もが知っている。時間の概念なんて面倒なものを考えなくても似たような結論には誰もが至っていることだろう。だからこそぼくのこんな結論なんてものは無意味だ。
開拓していくものがなければ一つの意見として尊重されることはない。道徳的考えなんてものは大抵の人間が持っている。心の底から悪鬼の所業を正しいものだと思ってやっている人間はいないだろう。なにか仕方ない理由か言い訳が必ずある。
快楽主義で殺人を犯した人間も背徳感から来る快楽によってだろう。禁忌に惹かれているわけだから、理由がある。本当かどうかは確かめようがないからわからないが、ぼくからの視点ではそう考えられる。
やってはならないことだとわからずにそういったことをさせるためには、常識の概念が作られる前にそれが普遍であると子供に思い込ませなければ無理だ。そんなことをするには莫大な費用、それも人件費がかかるだろう。人間費とでもいったほうが分かりやすいか。とにかくそんなことをする物好きもいないだろうし、やろうとしたところでいつか見つかり弾圧される。だからこれも無意味だ。
ぼくの考えは結局は無意味という答えにたどり着く。それが決まっているかのように。なにを考えても根源にあるのは無意味。それが不変の答え。
ぼくは時間を操ることができるようになった。どうしてそうなったかなんて考えもしなかった。無意味、だからだ。時間を操るといっても誰かに干渉できるわけじゃないし、何も変えることはできない。きっと世界はそういう風にできているからだ。
時間の加速。早送りといったほうがいい。この力を使えば時間は勝手に進んでいく。誰もが等しくだ。最初は時間を操るといった大それたものじゃなく、ただ単に自分の認識速度を遅くしているだけだと思った。でも違う。実際に世界は加速している。
ぼくがその流れに逆らうことができていないからだ。加速している時、ぼくの体は勝手に進んでいく。動かしているつもりはない。動かそうとしても止まっているときもある。でも加速をやめればたちまち自分の手足は言うことを聞くようになる。
ぼくはこの世界がなんなのか推測を立てた。この世界は単なる記録だ。ぼくにとっては進むことしか、読み飛ばすことしかできない。だがきっと時間を遡ることができる人もいると思う。それどころか時間を止めることができる人もいるかもしれない。
可能性に過ぎないが、ぼく一人が例外であるよりはそうであってほしいと思う。ぼくだけがこのことを知っているならば誰かに伝達しなくてはならないかもしれないから。
ぼくはこの世界が嫌いだ。その理由はさっきの推測、いやぼくはもうそれが真実だと結論づけている。記録の塊の世界。加速する世界はぼくの意思は届かない。それでも不具合が生じることなく時が進む。それは決まっているからだ。不変だからだ。
決められた世界はつまらない。ぼくがこうやって考えていることも決められているのだ。だれだって気味が悪いと思うんじゃないか。他人の心なんて推測の粋をでないけれど、そうであって欲しい。
ぼくは世界を加速する。決められた世界なら何をやっても同じなんだ。だからぼくはこの世界を放棄する。記録の流れは死んでも止められないのに気づいてしまったけれど、ぼくの命はそこで終われるから。
ぼくは死ぬ直前に加速を止めた。体は宙を舞っている。ビルの屋上から飛び降りたらしい。結局、死にたがっていたのだ。ぼくの意思は無意識のうちに加速する世界のなかで生き続けていた。ぼくが加速する力を手に入れなくても結局はこうなっていたのだろう。
ぼくは納得しながら終わりが来るのを待った。
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何も変わらない。 | ||
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