朝の風景 |
少女はゆっくりと少年の前髪を払い、彼の寝顔を覗き込む。
彼が見せてくれる、数少ない無防備な姿の一つ。
手の平に掛かる寝息がとてもくすぐったい。そのまま少年の整った顔の輪郭をなぞりながら、顎を経て唇に指先を触れさせる。
かさついた感触。強くなった寝息が殊更さくらの母性本能をくすぐる。色々な愛おしさが込み上げてきて心が一杯になった。
窓の外はすっかり明るくなり、彼の剥き出しの肩や腕がしっかりと瞳に飛び込んでくる。
首の根本辺りに小さな赤い跡を見つけてさくらの頬は朱に染まる。
あれから何度も何度も肌を重ねたきたけれど、未だに恥ずかしさは拭えない。籍を入れた最近は特に毎日よりももっと多い頻度で肌を重ねている。あの恥ずかしさになれる事はないだろうけれど、ちょっとずつその気持ち良さが分かってきたような気がする。この間なんて、まさか自分から……。それこそ小狼に要求されるまま、口に出す事すら憚られるような事も……。
その時の事を思い出したのか、さくらは首まで真っ赤になりながら、まだ寝息を立てている愛しい彼の鼻の頭を、ちょんと押してみる。
(すっごい恥ずかしかったんだから……)
普段は溢れんばかりの凛々しさを纏った少年から、まるで捨てられた子犬のようにか細く可愛らしい声でお願いされては、誰だって断り切れないだろう。そんな無防備な姿を見せてくれるのが自分だけだと思うと、今度は幸せな気持ちが胸に溢れて。さくらはもう一度、小狼の鼻の頭をちょんと押した。
モゾモゾと小狼が身動ぎをした。起こしてしまっただろうかとさくらが用心深く彼の顔を覗き込む。彼の寝息はむしろ穏やかになり、起きる気配はなさそうだ。
ホッと一息つき、さくらは改めて、小狼の顔の輪郭を優しくなぞり、前髪を払う。
とても幸せな気持ちが、胸の奥をふんわりと温かくする。
もし、自分が知世のようにカメラを扱えたら、間違いなくこの瞬間を大切に大切にフィルムへ収めるだろう。
知世には悪いが小狼のこの表情だけは、誰にも見せたくない、独り占めにしたいとさくらは思う。――それは小さけれど、譲れない彼女のわがまま。
「私だけの……。小狼くん……」
目と鼻の先にいる彼にも聞こえるかどうか分からないくらいの小さな囁きを添え、さくらの瞳がゆっくりと閉じられた時――。
「俺もだ。さくら……」
彼女と変わらない声量で、答えが返ってきた。
「しゃ! 小狼くん!?」
いきなりの事に驚いてさくらが目を開けると、そこに穏やかな彼の瞳があった。鼻の頭がくっつき合うほどの距離で見つめ合う瞳の合わせ鏡。
「起きてたの……?」
「ああ、今さっきだ」
さくらの見開いたままの瞳が気恥ずかしいのか、小狼はすぐ、プイと視線を逸らしてしまった。
一方のさくらも紅くなるばかりで、それ以上は動こうとしない。いや、動けないのだろう。
「えと、その、おは、おはよう!」
誤魔化すように声を張り上げるだけで精一杯。落ち着きを取り戻すにはもう少し時間が必要のようだ。
「おはよう……」
小狼も挨拶を返そうとして、彼女へ視線を向け――。動きが固まる。
「…………さくら、その、胸……」
「え? ……キャ!」
小狼の視線の先には、一糸纏わぬさくらの二つの膨らみがあった。彼に指摘されるまで、彼女は自分が全裸でベッドに寝ていた事をすっかり忘れていた。さくらは素早くシーツをたぐり寄せ、自分の胸を隠そうとする。
「わ!! 待て……!!」
小狼がその端を捕まえようとしたが時既に遅く。シーツのほとんどはさくらの身体を覆うよう、巻き付けられていた。
当然、今度は小狼が裸体を晒す事になり――。
「キャッ!!」
短い悲鳴が寝室に響き渡る。
両手で顔を覆うさくら。だがさり気なく指の隙間から悲鳴の原因を覗き見ている辺りは、好奇心が沸いている証拠だろう。
「…………ゴ、ゴメン」
小狼は何とも言えない気まずい表情でそっぽを向き、そこへ両手を当てていた。朝から愛しい妻の、あんな刺激的な場面を見せられては、健全な男としては反応するなと言う方が無理である。
「もう! 小狼くんのえっち!」
「仕様がないだろ。男は好きな子の前だと絶対こうなるんだから」
そう言いながら、彼はゆっくりと彼女に近づき、彼女の両手に両手を添え、顔からゆっくりと引き剥がしてやる。当然、彼女が指の隙間から覗いていた事も見逃さない。
「責任、取ってくれ」
「え? あむぅ…………」
さくらが反論する間も与えず、小狼の唇が彼女のそれをふさぐ。
そして離れた唇の間で引かれた銀色の糸が、まるでさくらの羞恥心の紐を解くよう、彼女の身体を覆うシーツを開(はだ)けさせた。
二人はすぐ、再び夢見心地の世界へと沈んでいった――。
説明 | ||
ありがちな朝の一幕。 二人はいつになってもイチャイチャバカップルだと思います。 関節表現のみです。R-15くらい? |
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