女教師の誘惑 |
カチャリと進路相談室の鍵を閉めた担任に向かって、少年は静かに告げた。
「ズルいですよ。先生」
「ん? どういう事? 小狼くん」
彼女はどこか嬉しそうに振り返る。
そのまま足取りも軽く、小狼と呼ばれた少年の元へ近づいてきた。口元に小さな笑みが零れている。彼女がこの状況を楽しんでいるのは明白だった。
教師に成り立てという彼女の振る舞いは、少年には大人の女性と言うより、年の離れた姉のように感じられる。
「……生徒が教師に呼び出されたら、嫌でも応じなければならない。それが俺のような生徒なら尚更……」
少年は女教師をいさめるよう、まっすぐ彼女の瞳を見上げた。怒気を含んだその視線には何かを悟ったような、諦めの色も読み取れる。
「フフ。さぁ? それはどうかな?」
彼の視線を全く意に返さず、彼女は最後の一歩を踏み出す。そして、両腕の中にすっぽりと、自分よりも小さな彼の身体を納めた。どこか草原の青草にも似た爽やかな薫りが女教師の頬を掠める。ずっと嗅いでいたいと思う大好きな匂いを、肺一杯に吸い込む。つられるように彼女の頬に紅が差す。
「もう何の説得力もありませんよ。そうやって抱き締められると」
されるがままでありながら、少年はすんでの所で顔を横に向ける。彼女の豊かな胸へそのまま顔を埋めるのは躊躇われた。思春期を迎えた少年の心理を彼女がちゃんと理解しているのか。彼女の行動を見る限り、それは甚だ妖しい。
「相変わらず手厳しいなぁ小狼くんは。
でもそう言いながら私の胸でしっかり赤くなってる君の言い訳は?」
クスリと笑みを零しながらも、彼女は腕に力を込め、少年の顔を更に胸へ押しつけた。さり気なく彼の頭頂部にキスを落とす。
「!! それはさくらが抱き締めるから……!」
痛い所を突かれ、思わず少年の声が荒くなる。苦しい言い訳と分かっていながら、素直に自分の頬の紅さを認められない少年の心模様を、さくらと呼ばれた若い女教師は柔らかい笑みに包み込み、受け止める。
「やっと呼んでくれたね、名前。ねぇ、もっと一杯呼んでくれればもっと甘えさせてあげるよ? 小狼くん?」
「誰が甘えたいって……」
照れ隠しも相俟って、つい突っ慳貪(つっけんどん)に言い返してしまう少年だが、彼女の優しい笑みを見ているとそうした態度を取る事自体が、どこかバカらしく思えてくる。彼女と接しているとどんな天邪鬼でも素直に言う事を聞いてしまいそうな気さえしてくるのだ。
「…………本当にいいのか?」
「フフ。君次第かな」
悪戯っぽく微笑む彼女の囁きがとても優しくて、不思議と甘ったるくて。
少年は彼女の顔を見上げ、重なった事が恥ずかしいのか、すぐに視線を逸らし拗ねたような声で告げる。
「…………さくら。……もっと……その。…………抱き締めてくれ」
「う〜ん〜! 良くできましたvv」
待ってましたとばかりに、女教師は我が子を可愛がるかのよう優しく、力とたっぷりと愛情を込めて、少年を抱き締めた。
彼も彼女から立ち上ってくる甘い匂いと、肢体の柔らかさに癒されながら、されるがままに身体を預けた。物心が付いてから初めて感じる心地良い、誰にも譲りたくない場所へ。
「とんだダメ教師だな」
少年が呟く。
「小狼くんもね。…………大好きだよ」
呼応して彼女が呟き返す。
「お、俺は絶対言わないぞ。そんな」
さくらの真っ直ぐな言葉が心へ響き、照れ隠しでそれを小狼は素直に認める事が出来ない。
「あら残念。小狼くんが言ってくれればごにょごにょしてあげるのに」
少しだけ首を傾げ、耳たぶを掠めた彼女の吐息が、少年の心を板挟みにする。照れ隠しゆえの恥ずかしさと、さくらを真摯に想う愛情との間で。
「…………分かったよ。俺も、さくらが好きだ」
たっぷり時間を掛けて、紡がれた彼の心からの言葉。恥ずかしがり屋の小狼が真っ直ぐ訴えた想い。
さくらの唇が、小狼の唇と出会うのはそれからまもなくの事だった。
説明 | ||
カードキャプターさくらのキャラクターを使ったパラレルです。 さくらちゃんが友枝小に赴任してきた新任教師。小狼くんがその担当クラスのクラス委員長という設定。 |
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小狼 カードキャプターさくら さくら CCさくら | ||
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