双子物語-35話-
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【雪乃】

 

 新しい後輩が入ってから学校生活が更に充実してきたような気がする。それまで

ありそうでなかった創作活動をする部活を立ち上げてからというもの、

昔の私を尊敬しているという小鳥遊叶ちゃんと、その親友の名畑観伽ちゃんが

一緒に活動をしてくれることになった。

 

 観伽ちゃんの場合は、叶ちゃんが私のことを見てることが気に入らないのか

部活中でも割と敵視するような視線を感じることがあった。

 

 申し訳ないことに私の記憶には叶ちゃんに関することは全くなかった。

だけど、叶ちゃんの母親であるヒロ先生のことは印象深いのは覚えているのだけど。

 

 昔のことは覚えていないけれど、今の叶ちゃんの印象はすごく良く見える。

しかし、入部してから暫くして、部活中にうとうとしているのを見かける。

体力に自信があるから力仕事を手伝ってもらってるけど、それが負担になってるの

だろうか。

 

 ♪〜〜〜♪

 

 携帯の着信音が鳴り、すぐに取り出して確認をすると春花から電話が来たようだ。幸い

寄宿舎の入り口近くにいたために、外へと出ていってボタンを押して電話に出た。

 

「もしもし、春花?」

 

 急に向こうから電話がかかってくるのは珍しい。大体はメールで済ませてくる方なのに。

だから、また彩菜のことで愚痴でも言いにきたのかな。

 あの子はほんと落ち着きがなくて、誰にでも優しくて好奇心旺盛だから浮気がちに

なりやすいけど、春花がきっちりと手綱を握っていてくれると妹としては安心なんだけど。

 

「あはは、それはまた珍しいわね」

 

 しかも用件もいつもと違う「声が聞きたかった」という理由で、明日は雪でも降るのか

と、からかってやった。だって、春花にとっては私はライバルみたいなものだったから。

 

 私としては親友と思っているけどね。今、向こうはどう思ってるのだろうか。

でも、今求められているこの状況はとても心地よかった。

 

「じゃあ、またね。大変だろうけど、彩菜のことをよろしく」

 

 そう言って電話を切ると、頭上から激しい音が聞こえてきた。何か重たいものが

落ちたかのような、そんな鈍い。ドサッという音。

 

 あそこは確か叶ちゃんがいる部屋に近かったはず。私は少し不安になって一度、宿舎に

入ってから早歩きで音がした方向へと向かっていった。

 

 確か観伽ちゃんと同じ部屋だったはず。何かあったら教えてくれると思うんだけど。

でもずっと一緒に行動しているとは限らないから、そう考えながら叶ちゃんの部屋の

扉の前にたどり着く。

 

 深呼吸をして気持ちを少し落ち着けてから、ノックをして慎重に扉を開ける。

そこに笑顔で迎えてくれるか、不在だということを願って。

 

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******

【叶】

 

 小さい頃から、お母さんに甘えたくても甘えられる状況になかった私は気丈に振舞って

お母さんに安心してもらおうといつもがんばっていた。

 

 男の子に泣かされそうになっても、何とか反撃して私はどんどんとその地域の中で

いじめてくる子供がいなくなっていた。お母さんのためにも泣かない甘えないって

誓ったから。

 

 でも、本当は甘えたかった。辛かった。泣きたかった。そんな心が挫けそうなことは

いくらでもあったのだ。ささやかな、私のその望みが唯一、私を私らしく保たせていた

ことだった。

 

 あぁ、しかし。なんだろう。さっきまで寒かった心が、体が冷え切っていたような

感覚が、動かしにくい節々が徐々に柔らかく暖かくなっていくような感覚があった。

 

 

 目を覚ますとそこは自分の部屋のベッドの上のようだった。

さっきまで、部屋で何かしていたような気がしたんだけど。そして近くに誰かがいる。

視界を上へ向けたまま、私の手を握ってくれている。それがとても暖かくて柔らかくて

とても落ち着けるから、誰なのか、ということを確認するという気持ちがなくなる。

 

 それでも、握ってくれてる方から声がかけられて、その声で誰だったのかに気づくと

ほんわかしてる場合ではなくなってしまう。

 

「あ、気づいた?」

「え・・・。あ、せ、先輩!?」

 

 そう、私を介抱してくれていたのは憧れている澤田雪乃先輩であった。

それまですごいリラックスしていた気持ちが一瞬にして申し訳ない気持ちと緊張とが

ごっちゃになってしまう。慌てて起き上がろうとする私に掌を向けて制止させる。

 

「まだ動いちゃダメよ」

「あ、でも・・・私、もう平気なので」

 

「うーん・・・大丈夫だとは思うけど何だか疲れていそうだったから」

 

 言われてみると、少し体中がだるく感じるような気もするけど、そんなことを言ったら

先輩に対する心象も良くないし、何よりもこれをきっかけで部活を辞めさせたりとか

されたら。とか色々不安に思って頭の中がぐるぐるしている。

 

「いいから今は寝ていて」

「・・・はい」

 

 そんな不安とは逆に私の手を優しく握ってきてくれる先輩の手が柔らかくて暖かくて、

握られているだけでドキドキしてしまう。

 

「それだけ疲れてるってことは、部活や学校生活以外でも色々やってるんでしょう?」

「はい・・・」

 

「いくら体力に自信があるっていっても、自分を過大評価しすぎじゃないかしら、

無理をすると全てをダメにしてしまうこともあるのよ?」

 

 今まさにその状況になりそうだと、頭の中にはあっても口には出せなかった。

前々から私は人に頼まれると断れない性質で、全て引き受けてしまう癖がついていた。

それによって、どんどん頼みごとが増えていって、こういう状況になってしまう

ということが前々からあったのだ。

 

 だけど、それを大切な人にバレてしまうなんて・・・。

 

「あのさ、叶ちゃん。私の部活の方はそこまで必要なわけではないから、叶ちゃんの

気持ちが乗り気じゃなかったら、別にしなくても・・・」

 

 先輩の言葉を最後まで聞かないで、私は上半身を起こして必死に否定した。

 

「違います・・・!先輩の部活は私にとっては学園での癒しなんです」

「そ、そう・・・」

 

 情けない表情で必死にすがるように言う私に先輩は優しく微笑んで応じてくれた。

ただ、一つの約束として私と先輩との間に交わされた。それは無理をしないで行動する

ことと。

 

「そうね、勝手がわからないようなら、私との合作にしましょうか? そうすれば

叶ちゃんの負担も少しは軽減できるだろうし」

「え・・・?」

 

「ん、嫌だった?」

「あ、いえ、そういうことじゃなくて」

 

 私と先輩が二人で一つを作り上げるというのを考えると少しボ〜ッとしてしまったのだ。

意識している人と一緒なのが、どんなに嬉しくて、緊張してドキドキするか。

 決して嫌なことはなく。そう、ただただ憧れている歌手から握手やサインをもらった

ファンが飛び上がるように嬉しくなる、それに近いものがあった。

 

「?」

「そ、それでお願いします!」

 

 それから、私は遠慮しようと思っていた看病を、名畑が帰ってくるまでは

心配で戻れないと言うので甘えることにした。そういえば、私は看病されるということが

あまりなかったことを思い出す。

 

 してくれる相手もいなかったし、そもそも倒れて熱を出すということも、ほとんど

なかったからである。だから、こういう状況でもなんだか嬉しいのである。

 

「疲労からくる熱だから、ゆっくり休めば明日にはよくなってるはずよ」

「あ、ありがとうございます・・・」

 

 額に当たる絞った冷えているタオルが火照った顔の私には気持ちがよかった。

それから、ほどなくしてから、話を聞いて心配そうに駆けつけてきた、名畑と入れ替わる

ように出入りしていく。

 

「大丈夫!?」

「名畑・・・」

 

「なに?」

「来なければよかったのに・・・」

 

「なんで・・・!?」

 

 思わず名畑に八つ当たりした私も後になって考えれば、ひどいことを言ったなと

思えたのも随分経ってからのことであった。ごめん、名畑。

 

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****

 

 次の日に熱も引いた私は元気に自分のクラスの教室へと向かっていく。だが、心の中で

少しだけど、道中緊張した気持ちになりながら歩く。隣には名畑が心強そうに笑顔で

頷いてくれた。

 

 そう、今日はこれまでに受けに受けた、頼まれごとを断りに行くのだ。クラス以外でも

それなりにあるが、まずは自分達の居場所から先に解決した方がいいと思ったのだ。

 

 それに・・・、あまりのんびりしていられる時間でもなかったから。授業が一段落した

時にでもじっくり話す予定なのであった。

 

 キーンコーンカーンコーンッ

 

 本日授業の最後のチャイムが鳴り響いて、みんなそれぞれに行動をしようとしている中、

私は頼んできた女の子が友達と帰ろうとしている姿を見て思わず手を掴んで止めていた。

 

「なに?」

「あ・・・あの」

 

 慣れないことはどんな些細なことでも緊張するものだ。でも、近くに心強い親友がいる

私は勇気を振り絞って用件を話し始めた。

 

****

 

「あはははは」

「もう、笑わないでよ。名畑」

 

 話を進めると、相手はきょとんとした表情で軽い口調で返ってきた。予想外の反応だと

思ったのは私だけで。隣にいた名畑はわかっていたようだった。

 

 火照った顔を冷ますのに屋上でフェンスに肘をつきながら二人で話をする。

そういえば、ここに入学してから二人でじっくりと話す機会があまりなかった気がした。

時々、様子がおかしかった名畑も少し寂しく感じたのだろうか・・・。

 

「ごめんごめん・・・でも」

 

 名畑はその後にこう言った。叶の誠実な態度と行動でクラスのほとんどから信頼を

得ている。その叶が無理してることを知ったらみんな、当たり前のように自分のことを

するのではないかって。

 

「だったら最初からそう言ってくれればいいじゃない」

「だって、言ったら面白くなくなるじゃん」

 

「親友を困らせてそんなに楽しいの?」

「ははっ、うーん・・・。楽しいっていうより、可愛いからかな・・・」

 

「? どういうこと?」

 

 少し、名畑の言いたいことがわからなくて聞き返すと、慌てたように言葉を訂正して

あやふやにされた。なんだかそこが少し引っかかって、問い詰めようとしたが、

良いタイミングで冷たい風が私達の周辺を凪ぐ。

 

「おぉ、寒い。風邪を引かないようにそろそろ中に入ろうか」

「ちょっと、名畑。私の問いに答えなさいよ!」

 

「さぁ、何のことだかね。風の音が大きくて聞こえなかったよ」

 

 と、へらへらとしてかわされた私は仕方なく名畑の後ろについて歩く。今は放課後で

やることの半分以上は解消された私の肩の荷はだいぶ軽くなっていたように感じた。

 

 不思議と体も軽く感じて、心もワクワクしていた。そういえばここ最近は目の前のこと

で精一杯でそういうことを忘れていたような気がする。

 

 そんな色んな意味で軽い気持ちで部室へと向かって元気良く扉を開けた。

 

「先輩方、おはようございます!」

「おっ、いらっしゃい〜。元気になったようだね」

 

 眼鏡の先輩が私の目の前まで来ると上から下まで視線を辿ってしげしげと

見ている。まるで品定めをするかのような見方である。

 その後すぐに後ろから名畑が元気よく挨拶をしていた。回りは先輩方しか

いないけど、すぐにその雰囲気に慣れていた。

 

 その中で生徒会の人が一人いるのがまだ慣れることはなかったけれど。

そして、いつもは部長が真っ先に声をかけてきてくれるはずが、部室にはその姿が

見えないでいた。

 

 私がキョロキョロしているのを、眼鏡の先輩が気づいたのか、苦笑交じりで

頭を掻きながら私に声をかけてきた。

 

「あんなぁ、雪乃なんやけど、風邪引いてしまって。今、部屋で寝てるんよ」

 

「え・・・!?」

 

 それは初めて聞く情報で私は思わず大きい声で驚いてしまった。

 

「そんなに驚くことないって」

 

 眼鏡の先輩は特に気にすることもないように手をひらひらしながら笑って言う。

慣れた、とでも言いたげな態度である。その時、生徒会の倉持さんが静かに立ち上がる。

その際にふわっと動いたサラサラした黒髪の長髪がとても綺麗に見えた。

 

 その先輩は私の方をすごく優しい眼差しで見つめて近づいてきた。

 

「そうだわ、せっかくだから、このプリントを雪乃さんのとこに届けてくれないかしら」

「え、それ。私がしていいんですか?」

 

「えぇ、雪乃さんから聞いたけど。貴女と雪乃さんは二人で一つの作品を作るのでしょう?

だったら、彼女のいない時には何もできないでしょうし、ついでに看てくれると助かる

かもね」

 

 歯切れの悪い言い回しをしながら眼鏡の先輩にチラッと目配せすると、眼鏡の先輩は

その意味を感じ取って笑いながら頷いた。

 

「せやなぁ、他のことはこっちでやっておくから、そっちの方は任せたわ」

「あ、じゃあ私も・・・」

 

 私の後についていこうとする、名畑の制服の後ろの首元を掴まれ、ぐぇっという

声を上げながら掴んだ眼鏡の先輩は。

 

「名畑さんには手伝ってもらいたいことがあるから、ついてきてくれるか?」

「わ、わかりましたから・・・離して・・・!」

「じゃ、じゃあ行ってきます」

 

 ジタバタしている名畑を見て先輩達に言ってから小走りで先輩の部屋へと向かう。

その途中でどうしても頭に過ぎることが、私を悩ませる。

 

(やっぱり、私を看病したのが原因なのだろうか)

 

 だけど、その時に雪乃先輩が言っていたことを思い出した。

私のは風邪ではなくて過労による一時的な熱だったと。とはいっても、私の中には

少し罪悪感が残っていた。

 

 気がつくと少し息が切れていて、私は雪乃先輩がいる部屋の扉の前に立っていた。

中に人がいるのか疑わしいほど静かで、でも先輩は病気なんだから当たり前か。

 

 どうでもいいような思考を巡らせた後は、静かにでも徐々に強く私の胸を叩くような

心臓の音が聞こえてきた。緊張というものだろうか、ドキドキが強くなっていき、

それまでスムーズに進んでいた私の足はすっかり歩みを止めてしまっていた。

 

「し、失礼します・・・!」

 

 それでもここで立ちっぱなしになっても仕方ないので声を振り絞って言葉を吐き出す

ように言う。反応がなくて、一応ノックだけでもしてから入ってみる。

 

 心配からさせる行為で別に他意なんてないのだから、と自分に言い聞かせながら

ベッドの上で布団が盛り上がってるとこに近づいていく。

 

 そこには雪乃先輩が少しだけ苦しそうな表情で眠っている。よく耳を澄ませないと

息をしていることすら気づかない。そんな静けさ。美しく光を反射している白髪が

かかる額にはうっすらと汗ばんでいた。

 

 私は近くにあったタオルを取って、雪乃先輩の睡眠の邪魔にならないように

軽く拭いていく。これは、たまにお母さんにもしていたことだ。

 

 そうしている内に、私と先輩の距離が思ったより近づきすぎてることに

気づくが、先輩の唇に目をやってしまうと、抑えていた気持ちが少しずつ、

少しずつ利かなくなっていく。

 

(先輩・・・)

 

 まるで吸い寄せられるかのように、微かに開く先輩の唇に私は抵抗することなく

口付けをした。弾力があって、気持ちが良い。鼻からは大好きな先輩の汗の匂いを

感じて、興奮してしまいそうだった。

 

 経過した時は一瞬であれ、私にはその瞬間は長い時間のように感じたのだ。

だが、その至福なひと時も、先輩の色っぽいような唸るような声で我に返った私は

預かったプリントを近くにあった台に置いて、早足でその場を去っていた。

 

 顔はまるで熱があった時よりも熱く、頭の中は真っ白でとにかく動いてないと

どうにかなってしまいそうな気分だった。それと同時に頭に浮かんだ唯一の言葉と

言えば・・・。

 

(私、これからどうやって先輩の顔を見ればいいんだろおお!!)

 

 という、顔を合わせ辛い気持ちがすごく強くて、とにかく走りたくて、私は思い切り

走れそうな学園のグラウンドに向かうことにしたのだった。

 

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*雪乃*

 

 なんだか柔らかくて落ち着くような温もりが口元にあったような気がした。

なんというか、暖かくしたマシュマロを食べているかような、そんな感覚。

 

 そう、思いながら目を開けると寝る前と同じ、一人きりで私は部屋のベッドで寝ていた。

汗をかいていて、着替えるのに起き上がると近くにあった台の上に飲み物とプリントが

置いてある。特にプリントの方は見覚えはあったが、ここにあることに不自然を感じた。

 

「あれ・・・?私、これ持って帰ってたっけ?」

 

 そう思いながらさっきの夢の時に触れた唇に指を当てながらボ〜ッとその用紙を

眺めていた。胸の鼓動を不思議な感覚で味わいながら、顔が火照り、熱があって

頭がよく回らなかった、その時の私はこの状態のことを。

 

「動悸? 不整脈・・・?」

 

 と思い、後にわかる、この気持ちのことを今は知る由もなかった。

 

説明
主に後輩視点です。憧れの雪乃に対する気持ちを向き合うような
形に展開していきます。果てなくゆりゆりしていきますww
ここから少しずつもやもや感が出せたらいいなって。
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双子物語 オリジナル 百合 澤田雪乃 小鳥遊叶 ちゅっちゅっ 

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