彼女の中の眠れる美女 |
――ベッドの上にある毛布の固まりがモゾモゾと形を変える。
周囲には脱ぎ散らかされたフォーマルな服、スーツとドレスの一揃いが一着ずつ。それらと組み合わされていたらしいシャツやネクタイ、白い手袋やパンプスも同じように転がっている。
黒地にシルバーラインの入ったリボンで作られたコサージュが、お揃いのデザインだ。
「……ぁ…………ぅ……ん」
毛布の中から漏れ出てくるくぐもった声が、甘い雰囲気を周囲にまき散らしている。
「……ぉん、くぅん…………」
「……くら…………ッ!」
やがて規則的な上下を繰り返していた白い固まりが、一際小さくなり――。
小刻みな震えを数度繰り返して動かなくなった。
――――…………。
『ぷはッ!』
数分の間を置いて毛布がまくり上げられ、中から息を荒げた少年が現れた。その四肢の下には彼と同じように何も身に着けていない少女の姿。彼女も同じように荒い呼吸を繰り返し、耳まで真っ赤になっている。
「暖房を掛けすぎたか……」
そう言いながら、彼はサイドテーブルに置かれたリモコンに手を延ばした。
毛布が引っ張られ、二人分の足が覗く。少女の足首には彼女の名前と同じ色をしたランジェリーが小さく丸まり引っ掛かっている。
「熱くないか? お前は」
「…………////」
問われ、少女の頬が紅く染まる。
熱いに決まっている。ほんの少し前の行為を思い出し、しかも目の前には明るい照明の下に晒された彼の逞しい胸板や鎖骨。そして二人きりの時にだけ見せてくれる本当に優しい微笑み。
――熱いに決まっている。
「…………さくら?」
顔を真っ赤に染めたまま視線を逸らした彼女の横顔を、少年は不思議そうに覗き込んだ。
虫刺されのように、首筋から胸の先端に至るまで点在する――胸周りは特にその数が多い――赤く小さな跡が、少女の可憐な姿を嗜虐的に彩る。
一度、想いを満たしているとはいえ、彼の下腹部は再び熱を取り戻し始めた。
「!!」
彼女も敏感にその変化を感じ取ったのだろう。チラリとお腹の方へ視線を流した後、彼に向かって鋭い目線を送る。
だが、その瞳にはまだ甘い熱の余韻が感じられ、――柔らかく濡れている。
少年が知っている中で最も色っぽい彼女の表情。
今、唇を重ねれば、少女の心の奥に眠っているもう一人の彼女を、愛の行為に積極的な眠れる美女を目覚めさせる事ができる。
「…………」
少年はおもむろに、今日渡されたばかりのダークブラウンの箱から、ハート形のチョコを一つ取り、口に放り込む。
甘みと共にやってくる芳醇な苦み。少年の好みに合わせたビター味。チョコレートの味に愛のイベントを絡めた日本人の感性に、少年は不思議な感動を覚えた。
そして、今度はダークブラウンの箱と並べて置かれたチェリーピンクの箱に手を伸ばし、中から少し色の薄いチョコを取り出した。形は同じハート。
それを少女の唇に押し当て、その上から自分の唇を重ねる。彼女の口内へ押し込みつつ、少年の唇が何度も少女の唇を啄んだ。彼女のために選んだ甘いミルクチョコレートの薫りが鼻腔を立ち上ってくる。
少女の口の中でチョコレートが蕩けていく様を彼女の心に重ねながら、少年は深い口づけを始めた。
彼女の中の眠れる美女を誘い出すように、深く、深く――……。
説明 | ||
更新の予定はなかったのですけど……。 今年(2009年当時)のバレンタインデーは言うに事欠いて土曜日なんですもの! ロマンチックに愛をはぐくんで下さいと言う事で。 大人向けですが、たぶん18禁ではありません。 ▼2012/03/09:作品を公開するアカウントを変更しました。 |
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