うそつきはどろぼうのはじまり 57
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少女の呟きに、技師が意外そうな顔になる。

「あれ? 知ってるんだ?」

「・・・ええ。研究所の中の人たちが話、してましたから」

「ふうん」

考えてみれば当たり前のことだった。エレンピオスに来てからこの方、彼女は研究所に事実上拘留状態であった。記憶のすり替えが起きている彼女には、自分が軟禁されているなどという意識はないだろうが、客観的に言えばそういうことであった。研究所で寝起きしていた彼女なら兵器のことを耳にしていたとしても、何ら不思議ではない。

折りしも端末に着信が入ったこともあり、バランはそれきり興味を失った。

槍を搭載している艦の甲板には、既に職員が待ち受けていた。降り立つなり、彼女は技師バランと離される。半ば強制的に連れ込まれたのは小さな控え室だった。よほど壁は厚いのだろう。一度扉が閉ざされてしまうと、もう物音一つ聞こえてこなかった。

新婦の控え室で、早速着付けが始まった。流石に豪奢な花嫁衣裳ともなれば人の手が必要になる。矯正用の下着から背中の開き具合、化粧に至るまで、誰かの助けを借りながらでなければ、とても準備などできるわけがない。

髪を結い、おしろいを刷き、踵の高い靴を履くところを見届けて、職員は速やかに退出していった。入った時と同様、固い施錠音が部屋に響く。

一人きりになったエリーゼは、ほっと手近な椅子に腰を下ろした。壁の時計は無情に時間を刻み続けている。彼女に残された時間は少ない。本心がどうであれ、手筈通りに宣誓してしまえば、その時点でバランと夫婦となってしまう。記憶を取り戻した今、それだけは何としても回避しなければならなかった。

彼女は卓の上に置かれていた花束を持ち上げる。大輪のプリンセシアを纏めた桃色を少しだけずらす。中にあったのは、水を含んだオアシスではなく縫いぐるみであった。

「ぷはー・・・やっと息ができるう〜・・・」

「ごめんなさい。苦しかった?」

「んーちょっとねー。でもこうでもしないと、一緒にいられなかったんだもん。隠れて来るより仕方ないよ」

彼女手自ら育てたプリンセシアを使った花束は、唯一搭乗艦への持ち込みが許可された品だった。許可証が発行されたのも本当に直前で、中々通達が来ないことに痺れを切らしたエリーゼが、花嫁の我が侭だからとバランに嘆願し、それでようやく許可が降りていた。エリーゼは花束を隠れ蓑に、ティポを艦内に持ち込んでいたのである。

彼女の初めての友人は、宙に漂い大きく伸びをした。

「エリーゼ、気分はどう? 記憶に不安がある?」

「うん・・・」

友人と巡り会い、記憶を取り戻してそれほど時間は経っていないというのに、もう朧となってしまった箇所がある。霞みかかってうまく思い出せない。そんな記憶、最初からなかったのではないかと疑ってしまうくらい、自然に消えているのだ。

重そうに頭を押さえる花嫁を、ティポは持ち前の明るさで励ます。

「無理しないで。リーゼ・マクシアに戻ってしまえば、記憶がなくなるなんてこと、絶対起きないから」

「・・・うん。そうだね。とにかく、何とかしてここから出なくちゃ」

「でもこの部屋、随分扉があったよ〜? あの重そうな扉に全部鍵があったりしたら、ちょっと無理だよね」

言われてエリーゼは、改めて部屋を見回す。水差しが置かれた机と椅子が一組。全身が映る姿見が一つ。それで全部だった。

「うーん。でも、窓もないです・・・」

万事休すと思いつつも、エリーゼは決して諦めようとはしなかった。

記憶を取り戻したばかりで疲弊しっ放しの脳を懸命に動かし、脱出路を探る。

(こんな時、ミラなら・・・)

彼女なら、どうするだろう。こんな待遇に置かれたら、まず真っ先にどう行動するだろう。

花嫁は控え室に迎えが来るまで、縫いぐるみと対話し続けた。必死になって活路を求め、それに対する段取りを念入りに決めた。運任せの要素も多々あり、痛ましい決断を迫られそうな場面は避けられそうもなかった。ティポもお喋りをやめ、口を閉ざしたくらいだった。

だが彼らは選んだ。時間が迫っている。こんな短時間で、活路を見出せただけでも儲けものだ。他に道は見つかりそうもなかった。

「僕はね、エリーゼ。君の判断が正しいって思っている。これは嘘じゃない。本当のキモチだよ」

花嫁の涙腺は決壊寸前だ。

「ティポ・・・。でも・・・」

「エリーゼ。自分を信じて」

紫の分身は言う。

「アルヴィンを信じるように、自分を信じて」

説明
エリーゼとティポは、決断した。
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