真・恋姫?無双 〜天下争乱、久遠胡蝶の章〜 第四章 蒼麗再臨   第五話
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それは、きっと夢だった。

 

紅く染まった大地、月の光に照らされた荒涼の丘に佇む、一人の青年。

彼に贈られたのは幾千の侮蔑、幾万の憎悪、幾億の恐怖。世に生まれ、育つ者全てに忌み嫌われるべき、救い難き巨悪の威名。

 

 

乱世が生んだ最大にして最凶の邪悪――――――“魔王”

 

 

人道を外れ、天道に抗い、覇道と対し……故にその道に彼以外の人はなく、その足元に転がるは物言わぬ無数の骸。

朋友もなく、主君もなく、従者もなく。ただただ一人、孤独の果てに彼は謳う。

 

 

 

“――――――我に、従え”

 

 

 

身を、刃を、瞳を……そして、心さえも鮮血に染め上げて、彼の王はただ哂う。この世の全てを無価値で無意味なものであると断じるかの様に高らかに、ただ嗤う。

 

 

―――そして、その魔王を討ち果たさんと集いしは無双の乙女と義勇の英傑。決戦の大地に集いし勇者を前に、遂に時代の巨悪は倒される。

 

 

それが、その外史の物語。

“彼”が歩んできた世界の中で、ほんの一つに過ぎない物語。

 

 

 

 

 

 

 

だから―――だから、きっとそれは見間違いなのだろう。

 

鮮血の丘に立つ“魔王”の傲慢な嘲笑が、彼にはどうみても、

 

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――――――泣くのを必死に堪えている、ただの子供の顔に見えたのは

 

 

 

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何処かで見た様な天井だった。

眼を覚ました時真っ先に見えたのは、所々に染みの様な痕が残る、何処となく使い古された暖かさを感じる天井。僅かに首を動かして周囲を窺えば、現代とはかけ離れた調度品が数点、部屋の中にあった。

 

 

「…………こ、こは……ッ!?」

 

 

おぼろげな記憶の中から鮮烈に蘇る、あの瞬間。

見ず知らずの“管理者”によっていきなり呼び付けられ、再び外史へと飛ばされて――――――

 

 

「目は覚めましたか?」

 

 

と、扉を開けながら部屋の中に響いた声の方へ俺は視線を向けた。

 

 

其処には、柔和な笑みを湛えた何処か理知的な、それでいて包容力のある雰囲気を醸す妙齢の女性と、その手伝いと思しき一人の少女。こちらは中世の魔法使いの様な帽子を目深にかぶり、何故かおどおどした様な雰囲気を醸している。

 

 

尚、いずれも劣らぬ美女と美少女だ。

 

……いかんいかん、何か変な方向に思考が飛んでる。

 

 

「あの、貴女は……?」

「申し遅れました。私は司馬徳操、巷では“水鏡”と呼ばれております」

 

 

名を聞いた瞬間の俺の顔は、恐らく筆舌し難い程に驚愕に染まっていただろう。

 

 

水鏡―――司馬徽、徳操。

仲達が、そして彼の口伝ではあるが諸葛亮も、師と仰ぎ教えを請うた乱世随一の知者。史実の一説には劉備に臥龍、鳳雛の事を教えたのは彼(この外史に限れば彼女だが)だという話もある。

 

 

……という事は、だ。

確か以前見た諸葛亮は白を基調とした装いの少女だった。そして目の前にいるこの少女の基調は黒。

臥龍と対を為す人物とすれば、凡そその姓名の見当は付く。

 

 

「……じゃ、じゃあその子は鳳統……?」

「あわっ!?」

 

 

言って、彼女が驚いた瞬間、自分の軽動ぶりに考えが至った。

 

 

―――そう、二人にして見れば、俺は何処からどう見ても完全無欠十全鉄壁の不審者以外の何者でもなく、その不審者がいきなり世間に知られていないどころか名乗りもしていない見ず知らずの人の姓名をズバリと当てようものならそれは不審以外の何者でもなく最早疑いようもなく完璧なる不審者だ。

 

案の定、先程まで何処かおずおずしながらも小鳥の様に忙しなく動きながら司馬徽の手伝いをしていた少女は思いっきり吃驚して慌てて司馬徽の元へ駆け寄ってその陰に隠れ、恐怖と警戒を露わにしている。

教え子がそんな事になれば当然師匠が黙っている筈もなく、俺は疑惑の眼差しを向けているであろう司馬徽と視線を合わせようと恐る恐る顔を上げる――――――と、其処に浮かんでいた感情は、俺の目が余程狂っていなければ恐らくは疑惑ではなく当惑。

 

 

国会のど真ん中で行き倒れていたのは実は欧州の然る皇太子殿下の甥っ子だという事を知った中南米の副首相みたいな面持ちを浮かべた司馬徽は、ややあって自分を無理やり納得させた様な面持ちに切り替えると、淡々と言葉を紡いだ。

 

 

「……色々とお尋ねしたい事はありますが、兎も角今日の所は此処でお休み下さい。日を改めて、貴方に会わせたい者がいます」

「え……あ……はい」

 

 

俺が返答とも思えぬ返答を返すと、司馬徽は鳳統を連れだって部屋を後にする。

 

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彼女が考えを纏める時間を求めた様に、俺にもまた時間は必要だった。

 

 

俺の知る仲達の記憶を持った同級生、司馬達也。

学園長が収集した骨董品の中に混じっていた、外史へと繋がる鏡。

外史世界に現れた、正体不明の“管理者”なる女性。

狭間の中で見せられた、仲達の記憶と思しき映像。

 

 

そして――――――

 

 

“――――――貴方はこれから、とある外史に飛びます。そこで貴方は真に為すべき事を為す、その世界まで導くのが、私の役目”

 

“――――――貴方が望むままに、願うままに為す事を為せば、外史は生まれ変わる事が出来、ッ!もう、時間が…………!!”

 

 

切迫した女性が、最後に叫んだ言葉。

 

 

“―――お願いです!『仲達さん』を!!”

 

 

「……仲達、さん…………か」

 

 

俺の知る限りでは、仲達の事をそう呼んだ人は“一人”しかいない。

 

 

……だが、幾らなんでもそれだけで断じるというのは無理があり過ぎる。

仲達の重ねてきた歴史、歩んできた世界の数がどれ程のものか想像もつかないが、或いはその中で彼は幾千、幾万通りの道を歩んできたのだろう。その巡り合わせの中で、仲達の事をそう呼んだ人物が他にもいるかもしれない。

 

 

第一、背丈にしても声色にしても“彼女”とは違いすぎる。

 

 

「…………俺は、どうすればいいんだ?」

 

 

彼女は言った。

俺の役目は真に為すべき事を為す事だと。望むまま、思うままに事を為せば、外史は生まれ変わる事が出来ると。

 

 

―――じゃあ、俺が真に為すべき事って何なんだ?

―――望むまま、思うままに為す事って何なんだ?

 

 

「……………………華琳」

 

 

もしかしたら、会えないかもしれない。

それでも……せめて夢の中でだけでも、会いたかった。

 

 

あの気高く、強く―――そして誰よりも寂しがり屋な、誰よりも愛おしくて堪らない、彼女に。

 

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“水鏡の元に三傑あり”

 

 

遍く天下にその賢才を知られた水鏡に教えを請うた者の中でも、取り分け秀でた賢者三人を指して世間はそう言った。

即ち“臥龍”“鳳雛”“睡麒”とあだ名された俊英三人。世に人材評価で知られた者も、自らを天才と称して憚らない者も、いずれは彼の賢人には及ばなくなるであろう……という、大凡の凡夫は耳を疑い、或いは一笑するかもしれないそれは、しかし真に彼の者達を知る者は深く頷く事だろう。

 

 

故に賢者達は噂し、それはやがて困窮に喘ぐ天下を救って欲しいという民衆の願いと共に巷に広まった。

 

 

 

“――――――臥龍か鳳雛、或いは睡麒のいずれかを得れば天下がとれる”

 

 

 

それは、民が広めたに過ぎぬただの噂なのか。

或いは、天下に覇を唱える者を導く標となるのか。

 

 

答えが出るのは、今少し先の事である。

 

 

 

説明
今回は少し短めです。
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