So Long Days! -1-
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1993年6月20日――

今日も、何の変哲もない一日が始まっていたのだが、ぼくにとっては紛れもなく特別な日なのだろう。

 

あの日のぼくは、まだ27の若造だった。

あの日、ぼくは「愛する人」を失った。決して死んだわけではないが、彼女はぼくの前から消えた。

若かりし自分はどれほど落胆しただろうか?わからない。

少なくとも、それ以来しばらく、ぼくは女性というものが怖かった。それだけは確かだ。

 

けれども、今はそうでもない。

一時期ほど女性を怖いとは思わなくなったし、誰かが結婚したと聞いても殺意なんぞはわいてこない。

そういう意味では、この仙人としての自分は限りなく大らかだ。いい意味で鈍感なのだ。

だからといって、誰か適当な可愛い子と交際しようとは思わないが・・・・

 

そんなことを時おり考えながら、今日という日を迎えた。

「あの日」から、とうとう100年が経ってしまった「今日」を。

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ぼくは運送関係の会社で荷物運びをしている。

ここ2,3年ほどで一気に景気が悪くなってしまって、うちの会社にも影響が出始めているそうだ。

まあ、それより前の、つい5,6年前の景気が異常だったから仕方がない。

急に良くなったものは急に悪くなるのが道理というもので、

実際、そんなことがぼくの生きていた頃もあったような気がしなくもない。そういうものなのだ。

 

朝礼が終わってロッカールームに行くと、先に着いていた同僚が声をかけてくれた。

彼の名はホセという。彼には若い頃、さんざんお世話になった。親友といっても過言ではない。

そんな彼が、今ぼくと同じ職場にいるのだから、これほど珍しいことはないだろう。

 

「おっはよう!・・・って、あれ、お前どうしちゃったの?」

「おはよう、ぼくは至って元気だよ。強いて言うなら、ちょっと考え事をしてた」

「大丈夫かよー あ、そうだ、いいものがある」

 

「いいもの?何だい?」

「最近、ヒーリングCDって流行ってるだろ。ちょうど今、ほら、借りてきたのを持ってる」

「なになに、『気軽にクラシックを』? ショパンとか、モーツァルトとか、その辺りかい」

「彼らの も 入ってる」

「も?」

 

「トラック6」

「トラック6?・・・待ってくれよ、これってぼくの曲じゃないか!」

「そう、君は一躍有名人になったってわけだ」

「なるほど、ぼくも彼らの仲間入りか」

「そう、そう」

「あまり嬉しくないけどね」

 

「そうか、そうだよな。ヒーリングなんて、生易しいものじゃないよな、君の音楽は」

「よくわかってるよ。きみくらいだ、そういうことを言ってくれるのは」

「そりゃ嬉しいや、アハハ」

「はははっ」

そんな感じで、ぼくとホセはしばらく笑いあっていた。

 

ちなみに、CDはすぐに彼に返した。ヒーリングなんて聞かなくても、彼と話していたおかげで随分楽になったからだ。

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そして、彼と2人で倉庫の前に向かった。ここがぼくたちの仕事場で、他に7,8人ほどひとつのチームとして働いている。

そこでぼくはいつも、荷物の積み下ろしをしながら、チームの仲間たちが話す世間話に耳を傾ける。

ものの流れとは不思議なもので、形のあるものが集まる場所には、決まって、形のないものも集まってくるのだ。

様々な場所から届いた小包と、出どころの分からないうわさ。関係がないようで、とても似かよっている。

 

「おーい、タカもケンも、手が空いてるならこっちに回ってくれ」

このチームの長がぼくたちを呼んだ。タカというのはホセのことで、ケンはぼくのことだ。

 

なぜそういう呼び名になったのかは分からない。どうせならもっと格好いい呼び名を・・・

とはいえ、この職場ではぼくたちの本名を知っている人はいないのだから、何と呼ばれようとも文句は言えない。

ぼく自身も職場のみんなの名前が本名かどうかも分からない。たぶんここでしか通じない名前を使っているはずだ。

そんなことがあるのか、と思うかもしれないが、むしろ仙人の社会では当たり前のことで、一度死んだ者の社会だからこそ、なのだ。

 

チーム長と3人でやっていた仕事が片付き、ぼくたちは休憩をとった。

 

「なあ、ホセ」

「何だよ、まだ今朝のを引きずってるのか?」

「そっちは何ともない。さっきチーム長が言ってた話だよ」

 

「旅をしている女の子の話か?」

「そう。本当にそんな子がいたら気味が悪いなあ、って」

「どうして?可愛い子が大きめのカバンを背負って観光してるんだろ」

「観光なんて言ってたかい?」

「そうじゃなかったら何のために旅をしてるんだよ」

 

ぼくは慌てた。

「知らないよ。少なくとも、チーム長は『旅をしてる』としか言ってなかったよ」

「そうだったっけ?」

「それに、その女の子は一人で旅をしてるんじゃないかい。誰かと、なんて言ってなかった」

「おいおい、お前ってやつはどうしちゃったんだ?いきなり熱くなっちゃってさ」

「どうもしてないよ。気になっただけ」

 

「いや、お前はどう考えても疲れてるよ。今日働けば明日明後日と休みなんだから、ゆっくりしてたほうがいいよ!」

どういうわけか、ぼくにはその言葉がやけに癇に障った。

「いーや!疲れてなんかいな」

「何だって?」

「・・・・何でもないよ」

もう、何も言えなかった。言うのも面倒だと思った。

説明
かなり前に書いてサイトに載せている小説を再掲しました。
本当はもう少し長い小説なのですが、これはその始めのほう(全体の3分の1)です。
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