ティーカップが壊れるとき |
電波塔の上から見るこの街の夜景はいつも変わらないな……。
――いつも同じように車が動き、飛行機が飛び、動物の声や人のざわめき、たまに風の音が聞こえたりする。そしてごく稀に魔女の気配がある場所さ。
「なんだかなぁ……」
それを見ながらアンパンをかじる。
「はぁ……」
……さやかを思い出すと、この街に帰ってきてよかったと思う。――マミともう一度顔を合わせるなんて絶対イヤだ。そう……、あのときまでは思ってたはずなのにさ。結果的にアタシはあいつの顔が見れてよかったとさえ、今は思ってる。それはきっとさやかのおかげだと思う。
「ふぅ……馬鹿かアタシは」
あの戦いから、さやかとは前よりも親密になった気がする。それのせいか、最近は泊まりあいなんてしてる。まぁ、アタシの場合はマミの部屋だから若干違う。でも、マミは何も言わず笑ってくれる。
『なんかマミさんに悪いよ』とさやかが言うもんだからさ、アタシがさやかの家に行くのが多い。とはいっても、玄関から入ったことはないんだけどさ。ベランダから強盗のように入って、なんてことない時間を過ごす。それは……一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂に入る。それで同じベッドで朝まで一緒に眠ったりなんかした。さやかの身体はいつも暖かくて、“希望”って言葉と“家族”って暖かさをさ……思い出させてくれた。
それとあいつがどんだけ家族から愛されてるのがよくわかった。アタシにはもうない家族って愛がさやかの部屋から感じ取れる。温かみってのがあるんだよ。
今の……アタシには、ない……ね。
「家族かぁ……」
――家族。思わず口に出してしまう、ひどく懐かしい言葉だ。アタシが失くした大切なものだった居場所。
それを壊したのは紛れも無くアタシ自身だった。――壊すのではなく、改善を望んだのにな。親父の助けになると思ったことは結局、全部無駄だった。……おかしいだろ、役に立てるかもって思った助けがさ……親父の害にしかならないなんてさ。
魔女を倒しても親父の助けにはならない。それは結果的に、アタシ自身を守ることでしかなかった。それでも最初は魔女を倒すのが親父の助けになるって信じてた。
だからこそ、アタシは倒しそこねた魔女を追って自分の住んでる市を飛び出し、見滝原市まで足を進ませた。それによってさ、そこではじめてアタシ以外の魔法少女がいるなんて知ったんだよ。そしてそいつに憧れを感じたアタシは純粋にお願いした。それは素直にすごいというのもあったし、アタシがないものあいつは持っていたから。それにあのときのアタシはあの優しさが疎ましくなかった。それでそいつとの共同戦線を繰り返すうちに、アタシは幻惑の魔法を自分のもとすることができた。……感謝してる。それは今でも変わらない。
――でも、それは絶望と一緒に崩れ落ちるよう消し飛んだ。
「……」
アタシは他人の都合を知りもせず、勝手な願いごとをした……から。そのせいで、結局誰もかも不幸にした。それでアタシの家族は終わりを迎えた。そうさ、願いって奇跡ってのはそれなりの代価ってのがあるんだ。それをアタシはもう支払ったんだよ、呪いって形でさ。
アタシの祈りは、ただの呪いでしかなかったのさ。――家族という希望を、絶望に変えた。
……家族にとっての魔女はアタシだったんだ。アタシが家族を殺したようなもんだ。それで全てを失ったといってもいいさ。それからはずっと一人だった。家族を失ったアタシはただ……がむしゃらに魔女を殺していった。それで気が晴れることはなかったさ。……それに加えて満足に戦うことすらできず、何も考えられない、――ただの子供、子供でしかなかった。
当然といえば当然かも知れない。現に簡単に倒せてたのは最初の頃だけだった。それはある意味で必然かもしれない。戦争ってやつは見たことがないけどさ、ただ闇雲に前に出れば出るだけそいつは敵から集中砲火を受けて死ぬ。だから、アタシは死ぬ運命そのときそう思ってた。死ねば楽になるのか、このまま苦しみ続けて何か意味があるのかそうも思った。
でもそんとき――何も感じない。たったそれだけで魔女は簡単に倒せるようになった。それがわかってしまえば簡単だ。何も言わずただ、アタシは温もりがある場所を自ら去るだけ。アタシの呪いがマミを殺してしまうかもしれないから。――いや、あいつの優しさがアタシを妬ましく思わせたから……。あいつは悪くない。
だからそれから、アタシは自分のために魔法を使うようにした。希望を抱かないように生きてきた。希望も絶望も感じない戦いを繰り返す。ただそれだけだった。
それをさやかに出会うまでアタシは続けた。結果的に強くなることはできた。ただ、アタシだけの魔法は完全に失われてしまったけどさ。
「……ロッソ・ファンタズマ」
アタシの周りにアタシが生まれた。同じ顔、同じ服装をした幻惑。
――今は使えるこの魔法。
これがなくなるときは、アタシがさやかの元を去ることだろう。だから、きっとこれからそれは訪れない。アタシはさやかが嫌だっていってもそばに居続けるつもりさ。アタシを暖めてくれるのをいつまで感じていたい。
それに加えてマミとの関係はある程度復旧したと言ってもいいかもしれない。だから、マミの元をまた去るなんてこともきっとない。それはきっとさやかの温かみのおかげだと思う。アタシが希望を感じ取れる女の子。だからこそ、アタシはアタシだけの魔法を再びこの手にできたんだ。
「さて、どうするか……」
そういえば、時間をどうやって潰すか考えていたのを思い出した。約束の時間まであと数十分……。
マミとの決闘までもう少しか。一方的な魔法による会話に従う理由なんてどこにもないんだけどさ。それを無視するほど、アタシは愚かじゃない。それにこれは、マミにどんだけアタシが変わったかを見せるチャンスでもあるからな。あいつはいつもアタシをあのときのままだと思ってるんだよ。だから……、戦うって聞いたときは嬉しかった。
アタシがそうだとしたらあいつの決闘理由は、アタシがマミのお気に入りのティーセットをぶち壊したからだろう、実際にそう言われたしさ。でも普通ありえないだろ、壊れたんなら新しいのを買えばいいし、金がないなら奪えばいい。アタシはそうしてきたさ。だから、新しいのが欲しいっていうならアタシが取ってくるさ。だけど、あいつはそれを望まないどころか戦いを望むとか意味がわからねぇ。
それに言い訳ってわけじゃないけど、別にアタシが好き好んで壊したわけじゃない。とはいったものの、こうやって壊したのは何個目なのかわからないさ。それぐらい壊した。そのたびにマミが怒鳴り声を上げたのを鮮明に覚えてるよ。
だいたいなんだあれ、妙に熱を持ったりしてさ……普通びっくりするだろ。ほむらとかまどかはそれでも落とさずよく飲めると感心するよ。まぁ、だから今回もアタシはそいつを落としてしちまったわけだよ……。今思い出しても、あいつは相変わらず過ぎてさ。
? ? ?
「なら、決闘よ! 今までのティーセットたちの分佐倉さんの身体で払ってもらおうかしら?」
ティーカップを落とした時、あいつは笑顔でなんていうことを言うのかと思った。いつものマミの冗談事、そう感じたさ。でもあいつはそれから笑顔を徐々になくしていきやがった。
「はぁ? 意味わからねぇよ。どうしてそうなんだよ。だいたい、マミはいつだってそうさ。勝手にティーカップを温めてさ……」
「そのほうが美味しく飲めるのよ」
即答……、そんなの知らねぇ。だいたい温める必要なんてないだろ?
「アタシが熱いの持てないの知ってるだろ!」
小さい時からの癖で、熱いものは基本的に冷やさないと飲めないし食べれないんだよ。感覚を消せばいいだけ、それもできるけどそんなんは人間じゃねぇ、人の形をしたただの違うやつさ。
「そうだったかしら……? あれってだいぶ前のことじゃないかしら? あなた成長していないわけ? もう子供じゃないんだから――」
そうアタシを睨みつける。悪かったな、いつまでも子供みたいだけどさ。だけどさ、
「あんただって、何度も何度も同じ事で怒るなよ!」
そうだ、一度怒られれば誰だってな――。
「それは、佐倉さんのせいでしょ!?」
「――わかった。殺ろう」
そういって、アタシは乱暴にドアを開けてマミの部屋を逃げるよう出た。これ以上会話したって無駄。頭が固いマミになんてアタシの気持ちはわからない。
× × ×
そうして、アタシはまた学校に来てしまった。あれから数日もたってないのにな。まぁ、知ってる場所と聞かれて即答したのがここだからさ。前にさやかと戦ったこともマミは知ってるし、それならってことだけどさ……。
門をくぐるかくぐらないかの境目でマミを発見することが出来た。すでに準備万端なのか魔法少女に変身してこちらを待ってたかのように見てくる。
「いよう。早いじゃないか」
「佐倉さんが遅いだけじゃないかしら」
こいつ……。
「始めましょう。時間も惜しいところだし……」
マミがマスケット銃を手にもつ。
「結界はどうすんだよ?」
魔法少女と変身しそう問う。一般人巻き込むのは正義のヒーローじゃないんだろ?
「大丈夫よ」
「何がだよ」
「速攻で佐倉さんを倒して、連れ帰る。そうすれば、大丈夫だわ――」
その声と同時に撃ってきやがった。正気か? 本当にそれでいけるって思うなら、痛い目に合わせないといけないな!
「はん!」
一般人なんかアタシは別にどうでもいいんだが、マミがその気ってならそれに合わせるだけさ。
「なら、アタシもそうするだけさ。マミを倒しておぶっていくだけ」
マミに対して手加減なんてもんは必要ない。それにそんなことしたら一瞬で終わりさ。だから、最初から全力でいく。魔力を集中してそれを作り出す。それにいつまでたっても昔のまんまじゃないと証明にならねぇからな。
「ロッソ・ファンタズマ……!」
口にする必要はどこにもない。だけど、こいつはマミにとって意味あることだ。
「また、使えるようになったのね」
嬉しそうに笑顔を返してくる。戦おうという相手にそれはどうなんだ。そんなことされても今更やめるつもりはないし、マミだってそのつもりはないだろう。
「そうさ、だから!」
だから、アタシは槍を召喚すると五人の幻惑と共に蹴り始めた、大地を一歩ずつマミへと向けて。
「佐倉さん! でも、それは幻惑よ、――ただのね」
マミがマスケット銃を召喚して一定間隔でこちらに放ってくる。だから、幻惑共々回避行動をしながら距離を詰める。……マミに言われなくたって、わかってるよ、幻惑は所詮幻惑でしかないってことはさ。だから、それが幻惑とわからないようにアタシはこの魔法を使う。また使えるようになって時間がたってないから感覚は前より弱い……! それでも、アタシのただ一つの魔法だから!
「――っ!」
マミの容赦ないしつこいマスケット銃での乱射がそれを拒み続ける。だからって前にいけない量ではない。でも注意しなければいけないことが一つある。それは大量召喚による乱射だ。
――あれは別物。回避そのものを否定してくるマミの攻撃の一つさ。それがくる前に距離をつめて片をつける。そうすれば、関係ない。
だから五体の幻惑を横へ横へと広げる。回避する距離をそれぞれが持てるように、それとマミが撃つときにどれを選ぶって時間を持たせるために――。
「距離を詰めればさ!」
その位置に達した時、アタシは魔力を込めた。同じように幻惑も右手が光り始める。そして、それを一気にマミへと解き放つ。六本の槍がマミへと一直線に伸びる。
――取った! マスケット銃を構えて撃つ瞬間にそれを射貫いた。だから、避けれない――。
「――予測通りすぎわ、佐倉さん」
「なっ!」
マミの声と同時に槍から違う感触が伝わってきた。物体を貫いた感触ではなく、弾き返された感触を――だ。それもそのはずだった。アタシの槍は目標物へとではなく空を貫くよう打ち上げられていたから。
「んな、それでも!」
弾かれることなんて特に珍しくもない。それはある意味でパターンだった。だから、そのまま振り下ろす。さやかとの戦いだって、今までの戦いだってそれはされてきた。でも、そうだとしてもそれからの攻撃につなげれば問題ない。
「だから――」
「……だから? そう、そうね。だ・か・らあなたは甘いのよ。あのときと何も変わらないわ……それじゃぁね」
――振り下ろした。確かにそう感じた。でもアタシの手元には槍は握られていなかった。幻惑も同じだ。皆槍を持っていなかった。
――マミの手に持つそれが現実を露わにしてた。あいつは払うと同時にそれに向かってマスケット銃を放ったんだ。だから、今のあいつの銃から白い煙が漂ってる。
「くぅ……」
――クソ! クソ! 悔しがってる暇なんかない。だから、足をひたすら動かした。マミが今ので反応するなら反応できない距離から攻撃すればいい。間合いさえ取ってしまえば、銃なんて恐れるもんじゃないさ。幻惑と共に走り出す。新たな槍を召喚しながら――。
「ただ、向かってくるじゃ。さっきと何も変わらないわよ」
言葉に加えて弾丸がアタシを襲ってくる。一発一発なら当たることなんてない。しっかりとその射線を見ればくるとこは予測できる。
「っ!」
回避して更に近づく。距離が十メートル、八メートルとさらに近づく。それでもマミは撃つのをやめない。さすがにこの距離を弾くのは無理。そう判断して、幻惑を壁として守りに使って距離を詰める。
「やるわね!」
幻惑が崩れてもまたそこから幻惑が生まれる。本命はアタシ本体。だから、その一撃がわからなければいい。
「だけどね――!」
「はん! どこを狙ってるんだよ」
マミの放った一撃はアタシの身体はおろか周囲にすら着弾していない。だから、更に距離を詰めた。貫けるその位置に……!
「いいえ、狙い通りだわ」
マミはその場を動かず静かにそういった。
「前が!?」
その位置に到達した途端、突如として土埃が舞った。よく周りを見ると麻袋に穴が開いたものが近くにある。これの影響か、
「土埃なんてあってもさ!」
そんなのは関係ない。全て吹き飛ばしてしまえばいい。だから槍を回して風を起こす。その風になびいて土埃が薄くなる。あれは――。土埃の中から薄い影が動いてこちらにくるのがみえる。
「煙に包まれて攻撃か……だけど、こうして見えてちゃな!」
だから、そこへ一撃を貫いた。
「よし――」
貫いたという感触は確かにあった。
「な……?」
でも、煙が晴れればそこにマミはいなかった。あったのは――。
「残念それは、私がさっき撃ちぬいた麻袋よ!」
声と同時にそれが見えたマスケット銃がこちらに向かってくる。
「はぁ!」
マスケット銃が静かに右奥からゆっくりと近づいてくる。……横殴り!? 回避行動……それを考える瞬間、アタシの身体は異物との接触を始めていた。
「ぐぁ!」
それが腹にねじ込まれるよう押し付けられると
「残念だったわね」
アタシは最初にいた場所に吹き飛ばされた。二、三度回転してやっとその勢いが止まる。その影響でアタシの幻惑の魔法は停止した。ロッソ・ファンタズマは全て消え去る。
「くそ……」
モロに食らった。あいつの本命でないからダメージは少ないが……。もう一度同じ戦術を繰り返しても同じ切り返しをおそらくされる……。
「考えてる時間なんてあるかしら?」
面をあげると目に入ったのは、注意しなければいけない攻撃だった。大量のマスケット銃が空に浮きこちらに射線を向けてる。
「いくわよ!」
その声と同時にそれがきた。銃による攻撃はさやかの投擲と同じだ。ただの直進攻撃……。だからさ、
「避けれないわけがないさ!」
立ち上がり足に魔力を集中して、その場を強く踏みしめた。
「よしっ!」
マミの銃が発射される前に離れることができたアタシは、落ち着きながら槍を構えた。今度はアタシの番だと意気込みながら。
「あれ?」
回避したはずなのに痛みがアタシの全身から感じる。
「くっ……!」
身体を確認するといたるところにも斬り傷のようなものが存在していた。
「佐倉さんがそれを回避するのは予定行動の範囲内よ。だからこそ、対応策を使わせてもらったわ。意識しても回避できない攻撃をね」
――対応策ってのが目に入った。その答えは単純だった。マスケット銃の一部射線がズレていた。一斉掃射だと思った全体の中に一部発射せず動きを見てから発射したのが混じってたのか……。どこまで落ち着いて先を読んでるんだよ!
「あぁ、そうかい……。そうやって、先を相変わらず見てるってか。」
だからこそ、仲間にいるときは頼りになった。その逆は……、こうして脅威になる。でも、それで引き下がるってわけにはいかない。
「っ!」
だから、アタシは回避するのをやめることにした。右手に力を込め、目を凝らす。回避できないなら全てぶち壊してしまえばいいってな。
「はぁ!」
アタシの考えなんてお構いなしに、第二射が放たれる。数は先程と同じ……か! だから、槍を回し始めた。弾を弾いて当たらないように――。
「うらぁ……!」
撃ったと感じた次の瞬間にそれは目の前へと迫りつつあった。回した勢いを利用して弾丸に向けて、槍を何度も突く。突く……、突く……!
突き損ねた弾丸がアタシの頬、身体をえぐるよう傷つけた。――それでも構わず続ける。
「っい!」
その痛みを感じる暇なんてない! まだ、弾丸は捌き終わっていない。だから槍を動かすことをやめることはできない。
「くぅ……」
攻撃をしのぐのと同時に踏み込む瞬間を探していた。そう何度も大量召喚して攻撃なんてものはできないはずだ。だから、それの穴を見つけようと目を凝らす。
槍を疎かにすれば弾丸がアタシを蜂の巣にする。並列しながらそれを行う。こんなのはいつものことだ。魔女にしたって、使い魔にしたって隙を見つけてつっこむ、それだけさ。
だけど、一向にそれが止まる勢いが攻撃にはなかった。五秒、十秒とそれは続いていく。
「ちっ!」
続くのであれば、それに対応すればいい。だから、
「くっあ!」
その場を離れる。それは左でも右でも構わない。でも、そんなのはマミにとってわかりきってる行動だろう……。だから、アタシは前に突っ込んだ。
――あえて弾幕が強いところなんて、行かないだろ?
前に行くことにより、少しずつだか確実にマミとの距離が縮まるのが見て分かる。あとはアタシの距離に持ち込めば、仕舞いだよ。
そして、そのタイミングで飛び跳ねて槍を向けるため、右手を引く。
「ごめんなさい、佐倉さん。それは私の予測していた行動の一つだったわ」
「なっ」
アタシの目の前に現れたのは一つの大きな大砲だった。
「……ティロ・フィナーレ」
あぁ、どうしてそんな顔をしながら攻撃してくるんだ? ――マミ。
ティーカップを割ったのはアタシがいけないんだ。だから、あんたのアタシに対する仕打ちは間違ってないんだ。だから、この痛みも罰だ。なぁ、そんな顔をしないでくれ。
――なんでそう悲しそうな顔をするんだよ。
「――っ、マミ――!」
アタシが声を出すか出さないうちに意識はぷつんと切れるようにしてなくなった。
でも、その前に誰かの悲鳴が聞こえたような気がする。
× × ×
「……んぁ」
目を開けると、アタシがいつも見る顔が心配そうにこちらを覗いていた。
「よう……」
心配かけないつもりで出した声は自分でも驚くくらい、小さな音でどこか弱々しかった。それに気づかせたくないから、顔を固めた。無表情で何事もなかったというように。見なくてもわかる、不自然な顔だって。
「あ、やっと目覚ましたな」
それ見たからなのかさやかは笑顔をこちらに向けてくる。こいつの顔はよく変わる。喜怒哀楽がはっきりしてるってやつかもしれない。
「ここは……?」
「マミさんの部屋だよ。覚えてないの?」
言われてみれば、さやかの後ろにある天井はどこか見覚えのある色と形をしてる。それに横に顔を向けるとアタシの私物のお菓子が大量に積まれてた。
確かに、マミの部屋に違いない。
「んー、マミからドデカイのを食らったことまでは覚えてんだけどさ。それからの記憶はないね」
ティロ・フィナーレの光がアタシを包み込んで、誰かの叫び声が聞こえた。そうとしか覚えてない。あのとき、痛さよりも悲しみのほうが伝わってきた気がする。マミの心の声かもしれない。それを判断する前に衝撃波でアタシは気を失ったんだろうけども。だからそれが何なのか今となってはアタシにはわからないし、マミにあっても聞くことなんてないさ。
「そっか」
頭の後ろに柔らかい感触がする。それに暖かさも。……そうか、膝枕してくれてるのか。わざわざあたしなんかのために……。どーりで変な高さに頭があって、なおかつこんなにもさやかの顔に近いんだな。まぁ、それはこいつが頭をこちらに向けるよう傾げてるからかもしれないけどさ。
「マミは……?」
起き上がろうとしたけど、思うように身体が動かねぇ。痛さよりも違う何かかもしれない。
「うーん、マミさんはあたしに任せるとか言って買い物行ったよ。なんか、ケーキとティーセットがなんとかってぼやいてたけど、あんた何かしたの?」
言わなきゃいけないんだろうが何だか癪だったので口を少しだけあけ、
「……割った」
正直にそういった。
「何を?」
聞こえなかったらしく、さやかが困った顔をする。だから、
「ティーセットに決まってるだろ! アタシが割ったからマミはそれを買い直しに行ったんだよ!」
大きな声で今度ははっきりと言ってやった。
「あんたさ、どうして謝るってできないの?」
さやかが今度は真剣な顔を向けてくる。
――謝るか……。いつからそういう言葉を形にしてないんだろうか。第一にそういった状況になって、あれからなるなんて思ったことさえねぇ。アタシ以外の魔法少女は皆敵。そう決めてたからな。
だから、そんな概念忘れてるってのが正しい。謝らないんじゃなくて、謝れない。だから、それを口にしようと
「それはさ――」
「まぁ、あんたはいつも素直じゃない」
「素直じゃないのはさやかの方だろ? いつもアタシからだし……」
「あぁ! はいはい、あたしは素直じゃありませんよ!」
そういって、さやかはそっぽを向いてしまった。拗ねてる顔もかわいい。そう思いながら、アタシはまた眠りにつこうと考えた。だからそれにアタシは手を添える。壊れ物のようにできるだけ優しく。
「え、杏子?」
それに反応したさやかが一瞬だけびくんと身体を跳ねさせた。相変わらず、身体は敏感なんだな。
「別に素直じゃなくてもいいだろ、世の中素直だけじゃ生きていけない。アタシたちは魔法少女なんだ。もう普通に生きていくことだってできやしないさ。だから、素直になれるときに素直になれなくていつするんだよ」
「……べー!」
顔を赤くしたさやかが舌をアタシに向けた。それを見て、アタシはさやかを強く抱き寄せると優しく右手でその口に触れる。それをさやかは拒否せず受け止めてくれた。
「そうだ、杏子。あたしがふぅーふぅーしてあげよっか?」
身体を離した瞬間、口元を緩ませながらさやかがアタシを見た。
「はぁ? なんで」
「だって、マミさんがそういってんだもん。私がやってあげてもいいけど、それだと佐倉さんが嫌がるかなぁって……。だから代わりにあたしがやってあげるって言ったんだけどぉ」
ははと声を出して笑うさやか。笑いごとじゃないんだけどさ……。だからアタシはそのまま寝てしまうことにしたのさ。
さやかが何かを言ってるそんなの気にせず眠りついた。
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杏子でのバトルシーン練習という感じで書いてみました。第二弾です。今回は『杏子vsマミさん』になってます。その際、バトルシーンよりも他の方に重点をおいた気がします。バトルシーンの練習とは一体なんだったのか……。 ーー素直になれないのは果たして誰なのか。 | ||
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